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プリマダム作品の出来としては、どこかに“緩さ”を感じさせるものの、まったりとした和みを感じさせる独特の雰囲気には、毎回、見ていてほっとさせられます。ドラマを見てひと息という感じで癒されます。このドラマは、「バレエ」を切り口にして「自分が夢中になっていること」をテーマにして、あるいは、エピソードの軸足にして展開するドラマと見ているのですが、視点や切り口が少し散漫な感じの展開になって来たように感じます。盛り込まれたエピソード同士が、ひとつの作品として、うまくこなれていないというか、噛み合っていないというか……。
 
今回の構成要素は、以下のようなところだったと思います。
 
●佳奈(黒木瞳)の夫・高太郎(古田新太)に浮気疑惑
  →高太郎の得意先病院の外科部長に頼まれての、不倫の清算の仲介役
  →自分の誤解に気付いた佳奈は、高太郎の優しさを再認識
 
●笑子(神田うの)と夫の愛人・大河内美樹(西山繭子)のバトル
  →夫が浮気するなら、こっちも男遊びをするだけ(男なんてアクセサリーと一緒)
  →自分を一生懸命愛してくれた夫を思い出し、妻としてしっかりやろう
 
●遥生(中島裕翔)とバレエ
  →自分なりのバレエ観ができた=クラスメートの目を気にせず、バレエにまっしぐら
  →匠(小林十市)から学んでいると、バレエがもっともっと好きになりそう
  →夢は母親(嵐子)と一緒に一緒に踊ること(母親が嫌いなわけではない)
 
●嵐子(中森明菜)の決心
  →遥生をロイヤルバレエに入れたい(自分と同じ道を歩ませたい)
  →遥生の人生は遥生が自ら決めるべき、好きな道を選択させよう
  →自分のもしものときは、遥生を佳奈に託すという選択肢もある
 
タイトルにもあるように、佳奈の「バレエな日々」のひとコマとしての高太郎の浮気疑惑や、バレエ教室のメンバー・笑子のエピソードがメインに展開していましたが、ストーリーの本筋的には、ただただバレエ好きだから、自分のためにやるというスタンスの佳奈と遥生と、そんな価値観は認められないという嵐子による、「大好きなバレエ」をめぐる、異なる捉え方・価値観の差のほうが、ドラマの肝であったように感じます。
 
「好き」と「バレエ」と遥生と嵐子という切り口からドラマ的にも奥深さを期待させ、主人公である佳奈にもスポットを当てることになる要素よりも、浮気と浮気疑惑を軸に夫婦愛というよりも、愛しい人の“妻の座”をめぐる話が、中途半端に頭でっかちな形で盛り込まれてしまったため、ドラマの世界観が未だしっくり来ない印象を与えるように感じます。佳奈と笑子が匠(小林十市)の教室に忍び込み、浮気された者同士、仲良くウサ晴らしの自己レッスンという構図と、ふたりの会話とそれを受けての展開は、それなりに楽しめるものでしたが。
 
ストーリーの端々で出てきた「一番」というセリフ。「何をやっても一番になれず、それが元でバレエも辞めた」と言う笑子と、遥生の、一番を目指すような価値観とは別の、今はただバレエがもっと好きになりたいという、母親が言うようなロイヤルバレエなどの上を目指すような話はその次と言う、「バレエ」を素材にした生き方や価値観をめぐる展開を予想させながら、佳奈の「妻の座は一番じゃなくては」というセリフが、ドラマの根底に流れるメッセージを、あいまいなものにしてしまったように感じます。言わんとするところがうまく整理されないまま、「一番」を讃歌する形でドラマが終わったしまったような視聴感を残したように映ります。
 
終盤の、死の影が迫った嵐子(薬を飲んだりしないの? 命の危険を承知で息子と踊って、という展開?)と、「すべては嵐子の命ずるままに」な感じだった畠山(内藤剛志)の思惑という、次回以降の展開と絡めてみても、今回の盛り込み要素が十分に整理されていなかったため、ドラマとしての視点や切り口が散漫になってしまったように感じます。