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機動戦士ガンダム00(アレハンドロ・コーナー)いつもはオンエアをリアルタイムで見ていますが、昨日はコンサートに出掛けていたので、ビデオ録画で見ました。
 
作品世界における一般人・若者世代の代表としての素朴な反応と、平和の象徴としての(?)“バカップル”ぶりを見せてきた沙慈とルイス。ふたりが、何らかの形で「ガンダム」とソレスタルビーイングに関わることになるだろうというのは、見ている多くの人が想像していたこととは思いますが、それがこんな形で訪れることになるとは思ってもみませんでした。両親・親戚一同を一気に、一瞬で失うだけでなく、自らの身体も失うことになるとは。あまりに悲し過ぎます。
 
「よかった、よかった」を連発する沙慈に、慌てているのはわかるけれど、少しは周囲の状況を見て想像力を働かせ、両親を失ったルイスの気持ちを想像してやれよと、“KY(空気読めよ)”な沙慈の態度と言葉に、思わず画面に突っ込みを入れたくなりましたが、包帯が巻かれたルイスの左手のカットは、いささか衝撃的でした。ふたりの「ガンダム」とソレスタルビーイングに関わり方が、こんな形で訪れることになるとは、と。
 
いきなり、そして、気まぐれに、一般人の命を奪うネーナ。人の命を命とも思わない、何とも憂鬱なキャラです(スイッチを間違えても、ああいうことにはならないでしょうに。ヨハンとミハエルは、どこを見ているのか)。制作サイドの意図はわかりますが、それを、このようなストーリーの運びで行なおうとするのに対しては、共感できません。ソレスタルビーイング同様、「戦争根絶」を唱えながら、スタンスやポリシー、アプローチが正反対なチームを配する展開のなかで、気まぐれで人を殺すことで「ガンダム」とソレスタルビーイングに対する世界の反感を高めるのは、どうかと思います。
 
「ガンダム」というスペシャルな素材と斬新な切り口なのに、それが独自の作品世界としてきちんと構築されているようには見えず、つくり手の手のひらで転がされている雰囲気が色濃く思えてなりません。もっと自然で“なるほど”感に満ちた、鮮やか、かつ見事なストーリーを期待していたのですが。
 
それはさておき、エイフマン教授の死に、静かな怒りの炎をたぎらせるカタギリと、オーバーアクションな物言いがけれん味たっぷりで、いつもながら魅せるグラハム。「道理を無理でこじあける」とは、彼らしいセリフです。「阿修羅すら凌駕する」と、怒りを自らのパワーに変えて、トリニティ3兄妹の長兄・ヨハンに挑みます。性能的に劣る機体でこの成果。相手のビームサーベルを奪ってアインの腕を落とすとは。グラハムの技量とセンスは、ガンダムマイスターたちよりも上手かもしれません。
 
「あれがガンダムのすることなのか?」 スローネ3機を相手に戦いを挑む刹那。もっとも、怒りの気持ちはわかりますが、単独で3機を相手に突っ込むのは、あまりに無謀過ぎますが。刹那にとってのガンダムは、ただの兵器以上の存在。それを扱うもの=スローネ3兄妹のガンダムマイスターとしての資格を問おうとしているよりも、「ガンダム」という存在自体を神格化しているかのように響きます(「エウレカセブン」でのニルヴァーシュのように、自律的な動きを見せたら、刹那はどんな反応を見せるのでしょう?)。そんな刹那にとって、ガンダムマイスターとしての刹那自身は、どんなふうに映っているのでしょう? 刹那にとっての「ガンダム」という存在はいかなるものなのか? スローネ登場前後で、きっちりした描写がほしかったところです。
 
ところで、これまで描かれたところでは、ガンダムを超える機能性とパワーを備えているように見えたスローネは、ガンダムと同じテクノロジーが用いられているとのことですが、スローネはガンダムのコピーであって、オリジナルではないということが明らかになりました。ガンダムのテクノロジーの核となるGNドライブは、機能的には同じであるものの、オリジナルとは異なり、活動時間には限りがあると。とはいえ、コピーであっても、太陽炉を造るには相当な時間を要するようです。個人的には、そのあたりの、製造において時間のファクターがどのように絡んでるのかは、興味深い設定です。ぜひ、「そういう設定になっているから」で終わらせずに、詳細を描いてほしいものです。
 
組織のなかに裏切り者がいるというのが、メンバー一致の見解のようですが、それこそがシュヘンベルグの筋書き通り? 王留美に、ガンダムスローネなど知らないと言い切るアレハンドロですが、自らを監視者と言いながら、このシナリオを書いているのは、彼なのでしょうか? 彼こそは「戦争根絶」の裏に秘められた、シュヘンベルグの本心を次ぐ、司る者なのか? ストーリーのカギは、アレハンドロの傍にいるリボンズのように見えます。「ラグナ」というのは、スローネにとっての「ヴェーダ」のようなものでしょうか? ソレスタルビーイング同様に、戦争根絶を唱えながらも、容赦のない戦闘を続けるスローネ3兄妹は、誰の指示で動き、戦いに何を思い、見ているのでしょうか?
 
「これで世界が変わるというなら」。刹那やティエリアは、「戦争根絶」という結果だけでなく、目標実現に至るプロセスや方法論に、ある種のこだわりや自己の信念を持って遂行しているのに対して、王留美は、結果さえ出れば、プロセスには目をつぶってもいいというスタンスのようです。
 
ソレスタルビーイングとガンダムの核心に迫ろうと、事実を丹念に拾い集めようしている絹江。「ガンダム鹵獲作戦」での戦闘行動中にネーナの声を耳にした兵士に接触します。ところが、絹江に情報を漏らした兵士は、何者かに消されて。逮捕ではなく抹殺。軍や政府関係ではないことは明らか。それなりの情報網と人手をもった組織が存在するようです。絹江は大丈夫なのでしょうか?
 
次回は「絆」。ロックオンが狙い撃とうとする相手は誰なのか? 己のすぐ傍にいたということは刹那? さらなる衝撃の展開が待っているのでしょうか。
 
 
PS.
スペインの市街地カットに、ガウディのサグラダ・ファミリアが見えました。この時代には完成しているのでしょうか? それとも、今も建設途中?
 
 
>> 「機動戦士ガンダム00」公式ホームページ