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日本テレビ「アイシテル −海容−」重いながらも、重いだけで終わらせない、丁寧で繊細な配慮が感じられるドラマづくりには好感ですが、智也が清貴を殺めた理由が明らかにされるくだりでの、清貴の性格設定には違和感が残りました。終盤で、視聴者に対しては、それを補足修正する役割を持たせての(そういう意図も込められているかはさておき、自分にとっては、そのように映りました)、清貴の母・聖子から智也に宛てた手紙=「どうしても伝えたいことがあって手紙を書きました」につながっていくようですが…。
 
やっぱり、おにいちゃんち、変だよ。おにいちゃんは悪い子。おにいちゃんのママと一緒にしないで。僕のお母さんを悪く言うな…。智也にとっての、自分の母親が侮辱されたからむかついたという動機に至る、清貴の言動が、何話か前で担任教師が評していた、場を明るくしてくれる子とのキャラと一致していないように映ります。ドラマの構成・編集的にも、「変・変・変」のシーンが幾度となく挟まれたため、清貴には悪気はなかったのでしょうし、清貴の父・秀昭の、あの子は思ったことをそのまま口にしてしまうとのフォロー(のように映ります)があっても、ちょっと嫌な子に映ります。清貴のこの描かれ方、本作にとって、これでよかったのでしょうか? ドラマはまだ途中ですが、引っ掛かりを感じます。
 
生きててよかったとほっとしながらも、でも、むかついて…。清貴への自分の言動を振り返っての悩みようからすると、智也の母・さつきに「死んだら」と告げた美帆子の描かれ方に引っ掛かりを覚えるということを以前書きましたが、今回の、父親が捨てた、さつきからの2度目の手紙を読んでの美帆子の反応は、その違和感を打ち消す自然なものだったと思います。
 
そして、聖子の、もし逆の立場だったらとの思い。親なら、誰もが、まさか自分の子どもがそんなことをするはずはないとの意識。動機が明らかになるまでにも、これだけのことがあったのに、この先の道のりは、まだまだ遠そうで…。被害者家族にとって、家族揃って笑える日は来るのか? それは、事件を忘れるのではなく、心の整理ができる日なのか。加害者の親にとっては、自分たちがどう生きていくかが問われて行くことなど、これからの、そしてその先のそれぞれが、きちんと描かれる展開を期待しています。
 
 
PS.
◆相手が子どもであっても、事件の状況が述べられて、それが事実かどうかの確認を求めるのですね。罪を犯したとはいえ、10歳の子どもには、結構酷な気がします。
 
 
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■第8話のあらすじ(番組ホームページより)
 
さつき(稲森いずみ)は、智也(嘉数一星)が犯した罪をともに背負い、生きるために、懸命に智也と向き合おうとしていた。そんなさつきの思いは、少しずつ智也にも届き、智也は、ついに家裁の担当者・富田(田中美佐子)に、事件当日のすべてを話し始める。
 
あの日、トイレに行きたくて困っている清貴(佐藤詩音)を自宅へ連れて行ったこと、「ただいま」と言わない智也を、清貴が「ヘンだ」と言ったこと、智也よりキャッチボールのうまい清貴が、「日曜日にいつもお父さんとしているから」と自慢したこと…。
 
事件当日の話を始めた智也だったが、肝心のところで身体が震えて、話せなくなってしまう。「焦らなくていい」と言う富田に、智也はその後のすべては日誌に書きたいと言い、富田も智也を信じ、それを認める。そして、面会にかけつけたさつきには、「家庭裁判所の審判廷で、すべてが明らかになる」と話す。
 
その頃、さつきから2度目の手紙を受け取った小沢家は、揺れていた。聖子(板谷由夏)は、「もし自分が、さつきの立場だったら…」と考え、さつきを罵倒した娘の美帆子(川島海荷)も、「あの人が生きていてよかった」と、複雑な心境を打ち明ける。夫・秀昭(佐野史郎)だけは、「犯人のことなんか考える必要はない」と手紙を破り捨てるが、さつきたちの住むアパートの玄関の落書きや張り紙を思い出し、どこか煮え切らない思いでいた。
 
そして、いよいよ智也の審判が始まり、智也の書いた日誌によって、事件のすべてが明らかになる。
 
 
>> 「アイシテル 〜海容」番組ホームページ