伊達でございます!

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1リットルの涙

フジテレビ「1リットルの涙(新番組)」第1話:ある青春の始まり

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1リットルの涙難病に侵された少女の手記、木藤亜也「1リットルの涙」をドラマ化。身体の機能が次第に失われる重い病を背負った少女とその家族、友人たちとの絆を描くドラマです。《最期まで生きることを捨てなかった。病気と戦いぬいた少女が遺した命の日記。》というのが、ドラマの広告コピー。重い内容のドラマになりそうです。
 
事実、第1話は、《特別じゃない ただ特別な病気に選ばれてしまった 少女の記録》という言葉(テロップ、作者本人の自筆?)で幕を開け、《花ならつぼみの私の人生 この青春の始まりを、悔いのないよう大切にしたい》という言葉(同)で閉じます。印象的な演出ではありますが、次回以降の主人公にとっての過酷な展開を予感させます。
 
主人公の池内亜也(沢尻エリカ)は、高校一年生になったばかり。豆腐店を営む父・瑞生(陣内孝則)、市の保健士を務める母・潮香(薬師丸ひろ子)、3人の弟妹たち、中学生の亜湖(成海璃子)、小学生の弘樹(真田佑馬)、就学前の理加(三好杏依)の6人家族の長女です。志望校に見事合格し、高校生活が始まったばかりというのに、脊髄小脳変性症と診断されます。実は、ひと月前の高校入試の頃から、足がもつれて転んだり、急に箸が思うように使えなくなったり、身体に少しずつ異変が現われていました。そんな娘の病気を、潮香はひとりで受け止めようとしますが、担当医の神経内科医・水野宏(藤木直人)の言葉は、想像を超えるものでした。「自分の知る限り、脊髄小脳変性症が完治した例はない」。ほとんど死の宣告に等しい内容です。
 
終盤のホームルームのくだりでの亜也のセリフ、「みんなで無駄なことするのも、悪くないんじゃないかな? だって、私たちには、まだまだたくさん時間があるんだから」は、第1話のクライマックスともいえる場面でしたが、これは、次回以降に、「たくさんは時間のない」亜也が描かれることの対比として描くための前振りとして、言わせたかったように見えましたが、このセリフに至るまでの展開が脈絡としていて、ちょっともどかしさを感じました。クラスメートの描かれ方が、亜也が言うような、進学校特有の、勉強以外を無駄とする価値観ベースになっているというよりも、学校生活全体に無気力な生徒の集団のように見えるのも、それに拍車をかけていました。内容は違いますが、「がんばっていきまっしょい」初回での、悦子のボート部設立の演説を思い起こすシーンでした。
 
エンドロールは、木藤亜也さんの在りし日の写真をもとに構成していましたが、僕は、原作者の顔を出すのは、最終回のみにとどめたほうがよかったと思っています。実話をもとにしたドラマとはいえ、「沢尻エリカ=池内亜也」で虚構(ドラマ)をスタートさせたばかりの初回で、わざわざ現実(本当の亜也)のストーリーに目を向けさせなくてもよいのではないかと。このドラマを最期まで見終えたところで、ドラマのエンドロールに続けて、池内亜也さん本人の話に振ったほうが、見ている人は、ドラマを踏まえたうえでの現実へと、より共感できると思います。実話感を強調したかったのでしょうか?
 
陣内孝則は、過日の「赤い疑惑」同様、ハイテンション&オーバーアクション。お父さんが絡む家のシーンは、ホームコメディー寸前。演技過多に感じます。亜湖の言葉を借りれば、うざいかも。が、「いいかげん」とは、適当ではなく、ちょうどよい加減であると、亜也を諭すところは、いいお父さんしていました。
 
その妹の亜湖は、姉の亜也とは、正反対のような性格。池内家は子供の数が多いので、ドラマ序盤では、瑞生と潮香は子連れ再婚=血のつながらない姉妹かと思いました。亜湖と亜也の関係も、今後の見せ所のひとつになりそうです。
 
薬師丸ひろ子は、やっぱりうまいですね。含みと溜めのある、シリアスさのある演技が何とも言えません。歳は取ったものの(当然ですが)、その朗らかな微笑みは、「野生の証明」の頃とと変っていません。
 
「がんばっていきまっしょい」の関野(錦戸亮)に、「ドラゴン桜」の次郎(水谷百輔)と、見た顔が続きますが、錦戸亮は、すねたブーに見えてしまいます。他の秋ドラマ同様、連続登板の宿命でしょうか。それとも、演出の問題でしょうか。
 
沢尻エリカの演技については、今のところは保留です。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第2話:15歳、忍び寄る病魔

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1リットルの涙亜也(沢尻エリカ)が、自由に動ける時間は限られています。その時間を有意義なものにするためにも、病気のことを早く本人に知らせるべきと主張する担当医・水野(藤木直人)と、それを頭では理解しながら、心がついていけず、結果、告知を伸ばし伸ばしにする母親・池内潮香(薬師丸ひろ子)。潮香の葛藤は、周囲の想像以上だと思います。日頃の生活習慣から来る病気ではないとはいえ、健康に関わる仕事に携わっているだけに、悔しさと納得のいかなさも強いでしょう。
 
そんな“迷いの森”をさまよっている潮香に対して、水野は、なだめすかすことはせず、どちらかというと、突き放すようなスタンスです。といって、冷たいわけではなく、セカンドオピニオンなど、出来ることは精一杯対応します。患者の自主性に任せているのでしょう。これまでのところ、水野の内面は描かれていませんが、彼の人生観や医師としての信念が伺えるエピソードが盛り込まれることを期待しています。
 
潮香は、本屋やネットを総動員して、自分なりに亜也の病気=脊髄小脳変性症のことを調べますが、調べれば調べるほど、病気のことを知れば知るほど、希望の灯が揺らぎます。インターネットのない30十数年の原作当時は、どのようなものだったのでしょうね。その頃は、まだセカンドオピニオンのような考え方もなかったでしょうし。お母さまの苦労と苦悩が忍ばれます。
 
ついに亜也の父・瑞生(陣内孝則)も病気を知ることになりますが、この展開においては、陣内のハイテンションな演技も、悪くないように思えてきました。でも、麻生遥斗(錦戸亮)を前にしてのあの調子は、劇中の遥斗だけでなく、見ているこちらも引いてしまいます。遥斗の「お父さん、怖いんだけど……」の突っ込みが、おもしろかったです。亜也が取り損なった醤油差しに「それってギャグ?」も、いい突っ込み。ただ、本人にとっては、笑いではないだけに、亜也の微笑みが悲しいですが。
 
亜也の病気を巡って、家庭内に波が立ち始めました。次女・亜湖(成海璃子)の目には、両親揃って、姉ばかりひいきしているように映ります。犬を飼うことの許可が、そんな亜湖の心を決定付けたように見えます。これは、ドラマの善し悪しとは関係ありませんが、食品製造を行なう店が、犬を飼うというのは、見ていて抵抗感を感じます。
 
亜也は、懸念の合唱コンクールの件も解決し、バスケットボール部の練習試合の選手にも選ばれるなど、順風満帆の高校生活。憧れの先輩とも、ちょっといい感じです。しかし、少しずつ、確実に、症状は出始めています。
 
遥斗の厭世的な性格は、父親との関係よりも、兄・圭輔の死に関係しているようです。生物部への入部も、兄の影を追ってのよう。兄の死因は、まだ描かれていませんが、亡き兄は、医学の道を目指していました。亜也の病気を通じて、遥斗も、医学の道を志す展開になりそうな予感がします。
 
亜也と遥斗が、捨て犬をめぐって、少しずつ互いの心が近くなります。毎回、どこかのシーンでレミオロメンの「粉雪」を流すというのは、ドラマ内の“お約束”でしょうか。一連のくだり、僕は、音楽がないほうがよかったと思いました。それはさておき、亜也が小犬を抱くアップで、犬の目の下を毛虫がはっていたように見えたのですが……。気になって、そこばかり見てしまいました(笑)。
 
弁当を食べる亜也が、母親の食事観を語り、母親の潮香は、訪問指導先で、適当な食事でも健康という母親に対して、自分の娘のことを思い浮かべてしまい、つい、相手に対する声の調子が強くなって……という印象的なくだりですが、僕は、演出があざとすぎるように感じました。これもっとスマートに、淡々と描いたほうが、あとからじわじわと来て、このドラマにとっては、かえって効果的だと思います。
 
亜也と同じ病気の父を持つ少女との出会いは、亜也を絶望の淵に落とすのか、それとも、勇気を持って病気と向かい合うきっかけになるのか、今後の展開のポイントになりそうな感じです。水野に言われて綴り始めた日記、これが、このドラマの原作となったのですね。
 
亜也を演じる沢尻エリカさん、その雰囲気と屈託なのない明るさが、僕には、酒井法子さんとダブって見えます。だから何だ、というオチはありませんが(笑)。
 
今日の第3話は、何とか今日中には見られそうです。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第3話:病気はどうして私を選んだの

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1リットルの涙「病気は、どうして私を選んだのだろう」。ドラマ初回に、亜也のノートに綴られていた言葉として、ドラマを見る僕らに投げ掛けられ、そして今回、エンディングで、再びその言葉を耳にしました。「病気は、どうして私を選んだのだろう」「運命なんて言葉では、片づけられないよ」。病気と向かい合い、病気を見据えた、亜也の、真っ直ぐで正直な感想と言うには、あまりに悲しく、重い言葉です。
 
すでに病気が発症した以上、亜也には、自由に動ける時間が限られている。少しでも病気の進行を遅らせ、その、残された、限りある時間を有意義なものにするためにも、一刻も早く病気のことを早く本人に知らせるべきである。担当医・水野(藤木直人)の治療方針は、揺るぎません。けれども、亜也の母・潮香(薬師丸ひろ子)も、父・瑞生(陣内孝則)も、まだ心の整理がつきません。できることなら、本人も気づかないままでいてくれれば、と。
 
ありのままの現実を、まず受け止める。当事者にとっては、厳しい注文です。しかし、本当の当事者は、亜也本人であるはず。水野医師は、亜也への告知を、両親に迫ります。「まだまだやれることが、たくさんある。そういう時期だから、話さなければならないのではないでしょうか?」「大切な今を、亜也さんに、悔いなく生きてもらうために」。限りある時間の密度を高めることは、決して後ろ向きな発想ではありませんし、運命に流されることでもありません。
 
「鬱陶しいくらい、明るくしような」「笑って、冗談かまして、バカ言って」「アイツの一番楽しい時期が、もっと楽しくなるような」。父・瑞生の精一杯の言葉です。陣内が言うと、ひとつひとつの言葉に血が通って響きますね。「アイツに隠している間、アイツの目、まともに見れない」。父のつらさもギリギリです。しかし、両親の覚悟ができた頃には、すでに亜也は、自分の病気を知っていました。
 
自ら病名を切り出す亜也。「あたしの病気って、脊髄小脳変性症なんですか?」「そうだよ」。事実だけを伝える水野医師。慰めや励ましの言葉は言いません。「ひとつ聞いてもいいですか?」「病気は、どうして私を選んだの?」。今回はここで終わりましたが、次回、水野医師は、彼の考えを語るのでしょうか? 結論の出ることのない、この言葉を何度も問い掛けながら、病気との戦いが始まるのでしょう。
 
自ら病名を知ることとなったのは、やはり、病院で知り合った少女・優花(松本梨菜)の父・明彦(桜山優)との対面からでした。自分の身体に出た症状との重なり。「病気」「小脳」「脊髄」。優花の母祥子(橘ゆかり)の言葉にあった断片的な言葉。それらが、頭から離れません。知ることが怖かった亜也は、水野医師のところを訪問しても、結局、何ひとつ聞けずに、言えずに、戻ってきましたが、彼との無言の対話を通じて、病気と真っ向から見据えることを決心しました。ドラマでは、インターネット検索で「脊髄小脳変性症」にたどり着きましたが、30十数年前は、どのようなものだったのでしょう?
 
前2回では、水野医師の人となりについての描写はありませんでしたが、今回、彼の医師観が語られます。医師になって初めて受け持った患者が、脊髄小脳変性症を10歳で発病した翔太(川口翔平)でした。10歳の子供に自らの運命を伝えるのは酷。彼の両親も同じ思いで、結局、告知をしたのは1年後。すでに、身体の自由が利かなくなってからでした。しかし、自分の本当を知った翔太は、水野に問います。「先生返して」「僕の時間を返して」「(病気のことがわかっていれば)もっと出来たのに」。知っていたら、残りの時間で、好きなことを、もっともっとやり抜いたのに。翔太は、17歳で他界しました。
 
身体の変調をいぶかしがりながらも、自らの運命を知ることなかった日々は、すべてが万事順調そのもの。しかし、憧れの先輩・祐二(松山ケンイチ)との初デートで、自分の身体が、自分のものでないように感じる亜也。自分は、どうなってしまうのか? 日記を書く文字も、思うようには書けません。
 
それでも、自らの心の葛藤を、自らの思いで整理し、事実に向かい合い、受け止める決心がつきます。「今が最後なんだ、このあたしでいられるの」。それが、合唱コンクールの当日でした。「いきなり泣くし、いきなり復活するし、お前って変」。自分でもよくわからない体調不良で心が揺れ動く亜也を見ていたのは、麻生遥斗(錦戸亮)でした。
 
慕っていた兄・圭輔(佐藤祐基)の一周忌を迎えて、遥斗もまた、悩んでいます。「オレは、モノにも人にも末永く優しい人なの」。兄の口ぐせが、今では自分の口ぐせに。遥斗にとっては、今も兄を身近に感じているようです。ケンウッドの古いMDプレーヤーは、兄の形見。医者を目指していた兄。だが、自分は、医者になりたいと思ったことはない。「別に、無理して生き延びなくても」。遥斗の本心なのか、兄の死により、そう考えるようになってしまったのか? 兄の病気が明らかにされていない今は、まだわかりませんが、「自分の大切な人が病気になったり心でも、それでいいって言えるの?」とムキになって反論する亜也が、遥斗にとっての大切に人となり、父の病気を直すために医者になりたいという優花のように、遥斗もまた、医師を目指す展開になるように見えます。
 
その遥斗の父・麻生芳文(勝野洋)は、亜也が掛かっている常南大医学部付属病院の医師。亜也の病名も知ることになるのでしょうけれど(すでに知っているようにも見えます。それゆえの、つきあっているのか、という質問に思えました)、今後、亜也と遥斗に対して、どのような態度を見せることになるのでしょう。息子とともに、亜也を励ます存在になるのか? 勉強に専念させたい息子との関わりを望まぬ、冷徹な父親となるのか? このラインのドラマも始まりそうです。
 
亜也の母・潮香は、もう一杯一杯で、本当に心の余裕がない状態。それを、薬師丸ひろ子が熱演しています。亜湖(成海璃子)の絵に目を向けることすら、もうできません。「あんたは黙っていなさい」。亜湖には堪えられない言葉です。「そんなに優しくしてもらえるなら、私も病気になりたい」「おかしいよ、この家」。亜湖のフォローが、巡り巡って亜也のフォローになる。早く気づいてほしいところです。
 
レミオロメンの「3月9日」。素敵な合唱曲に生まれ変わっていますね。ただ、亜也ではありませんが、ちょっとピッチが安定しない歌声でした。実際に合唱祭などでも、よく取り上げられるのでしょうか? さあ来るぞ、というところでの、毎度ながらの「粉雪」挿入は、シーンをチープなものにしているように思えてなりませんが……。非常に広がり感のある鳥の声や街中のノイズなど、効果音に十分な注意が払われているゆえに、安易に音楽に走らないでほしいと思います。
 
「重い荷物をひとりで背負って、生きてゆきます。なあんてかっこいいことが言えるようになるには、少なくとも1リットルの涙が必要だった」。木藤亜也さんの日記の一節が、タイトルになったのでしょうか。30十数年前の実話を現代風に置き換え、フィクションを盛り込みながらのドラマ化という試み、今のところは、うまくまとめられていると思います。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第4話:二人の孤独

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1リットルの涙自ら、自分の病気は「脊髄小脳変性症」ではないかと切り出した亜也(沢尻エリカ)でしたが、気丈に見えても、やはりまだ15歳。病気自体については受け止めていても、病気がもたらすものの重さは、十分には受け止めてられていません。想像以上の事実の重みに、押し潰されそうな状態です。「私がんばるから」と、精一杯の笑顔を見せますが、「脊髄小脳変性症」は完治が見込める病気ではないため、治療薬や治療法が開発されることを期待して、少しでも病気の進行遅らせるしか手がないという現実のなかで、「希望を持って生きて行こう」という医師や母と二人三脚で病気に立ち向かっていくには、気持ちの持ちようだけでは済みません。「病気は、どうして私を選んだのだろう?」 答えのない質問を繰り返さずにはいられない亜也です。
 
そんな亜也の姿を目の当たりにした母・潮香(薬師丸ひろ子)は、「知らせてよかったのか?」「本当に受け止められるのか?」と、告知の是非を自問自答し続けます。「代わってあげられなくて、ごめんね」。世の母親すべてに共通する気持ちが切ないシーンです。逆に、ついこの間までは、病気であることさえ受け入れようとしなかった父・瑞生(陣内孝則)は、「俺は諦めないぞ!」と、娘の病気に立ち向かう気持ちをみなぎらせます。これも、逆の意味で切ないシーンですが。
 
翌朝、亜也は、何ごともなかったかのように、いつもと同じ笑顔を家族に見せ、元気に登校しますが、病気のことを知ってしまった以上は、もう、知らなかった頃のようには振る舞えません。完治する病なら、今日よりも明日、明日よりも明後日と、未来に希望と期待が持てます。しかし、「脊髄小脳変性症」は、今日よりも明日、明日よりも明後日と、それまで普通に出来ていたことが、少しずつ出来なくなって行きます。明日は、今日と同じでいられるのか? 何が出来なくなってしまうのか? 明日が見えない恐怖は、患者にとっては、非常に辛いものがあります。でも、病気を理由に、出来ることを自ら投げ出すなと母に諭され、何とか前向きでいられる亜也です。
 
一方、期末試験を終えたクラスメートの関心事は、高校生活のなかで心置きなく遊べるこの夏をいかに充実させるかにあります。しかし、亜也にとっては、徐々に、そして確実に、身体を蝕んで行く病気のことを一時も忘れることはできないため、夏休みの予定どころではありません。事実、バスケットボール部の練習で、自分の思うようにパスが出来ないという形で、病気の進行を否応なしに自覚させられます。それに追い打ちを掛けるような形になった、部の憧れの先輩・祐二(松山ケンイチ)との花火大会。歩道を渡ろうとした瞬間、身体がうまく動かなくなり、道路に頭から倒れてしまいます。
 
このとき、真っ先に亜也のもとに駆けつけたのは、妹・亜湖(成海璃子)でした。姉ひとりをちやほやしているかのような母親への反発心から、着て行くはずだった浴衣をやめてしまいましたが、実は姉思いの妹です。亜也が顔から突っ込むように転ぶのは、すでに2度目。病気の性格上、家庭内でオープンにしたくない親の気持ちもわかりますが、本人と親だけで病気に立ち向かうのではなく、子供たちに対しても告知を行ない、家族みんなで亜也を支え、病気に立ち向かって行こうという流れにするのは、難しいのでしょうか? そうなれば、父・瑞生の、よい意味でのポジティブかつハイテンションなノリも、家族が一丸となる意味で、もっと活きて来るでしょうし、亜湖の目線からも、姉だけがひいきされているようには映らないはずです。いずれにしろ、家族のありようを考えさせられます場面です。ドラマ内においては、担当医・水野(藤木直人)のさらなるフォローが望まれるところだと思います。それはさておき、沢尻エリカさんは、浴衣がよく似合いますね。
 
亜也にとっては、検査入院とリハビリの夏。しかし、病気の進行を抑えることができるかは、個人差が著しいため、実際に試してみないとわからないというのは、「脊髄小脳変性症」の厳しい現実のひとつですね。亜也は、祐二にサインしてもらったリストバンドをしてリハビリをがんばりますが、祐二は、部内で亜也の病気ことが話題になり、不安を隠せません。本来なら、傍にいて亜也を励ましてほしい存在ですが、まだ交際がスタートしているふたりではないので、それを期待してはいけないのかもしれませんが。リハビリを行なう亜也のもとを訪れたときの複雑な表情は、迷っていたのか、リハビリを目の当たりにして迷い出したのか、それとも、断るつもりで来たものの、場の雰囲気から言えなかったのか。亜也にとっては、さらなる追い打ちです。リハビリ担当医・田辺(小林正寛)が言う「恋の力はすごい」ではありませんが、人間、張り合いがあるとそれは違いますから。
 
いつも明るい亜也が、ときおり見せるぼんやりとした姿が気になっていた遥斗(錦戸亮)は、亜也のもとを訪れます。前話で、亜也が見ていたホームページをチェックしようと、履歴を見るシーンがありましたが、履歴は残されていなかったようですね(これは意外でした)。遥斗に病気のことを聞かれた亜也は、顔色を変えずにいきなり本当のことを告げますが、遥斗の反応を見て、冗談にしてしまいます。しかし、引っ掛かりを押さえきれない遥斗は、亜也の担当医・水野の専門から「脊髄小脳変性症」にたどり着き、亜也の病気に気づきます。
 
誕生日に亜也を誘った祐二は、当日まで悩みに悩んだのか、単に断りの言葉が言えずにいたのかはわかりませんが、結局、当日の直前になっての電話キャンセル。しかし、亜也はすでに病院を出た後。亜也に直接伝えず、伝言で済ませてしまうというのは許せませんね(次回、遥斗が一発お見舞いすることになるのでしょうか?)。交際がスタートしていないからこそ、誕生日の約束を反故にするべきではなかったと思います。遥斗が亜也のもとに向かうのは、予定調和なありがちの展開とはいえ、いいシーンだと思いました。ただ、突然の雨まで降らせるのは、どうかと。あざと過ぎると思います。過剰な演出を避け、淡々と描いたほうが、逆に、亜也の悲しと遥斗の思いが伝わるのではないかと思います。亜也は、先輩は来ないかもしれないことを感じ取っていたようですが、先輩が来るか来ないかに、何かを掛けていたようにも思えます。
 
30十数年前の実話を現代風に置き換え、フィクションを盛り込みながらの今回のドラマ化では、現実の亜也さんが叶わなかった恋をさせてあげたいとの思いを込めて、原作にはない遥斗が設定されたと聞きましたが、エンディングの言葉「タイムマシンをつくって、過去に戻りたい こんな病気でなかったら、恋だって出来るでしょうに 誰かにすがりたくて、たまらないのです」は、まさにその思いを表しているようです。遥斗は、家族以外で唯一、亜也の病気を見続ける存在であり、今後は、亜也の恋の対象となっていくのでしょうか? 遥斗という役割は、それだけにはとどまらないようです。兄の事故死から、自らの内なる心を閉ざしてしまったのような遥斗ですが、亜也にぶつけられた「人間だけが欲張って余分に生きようとしていることは、欲張りなのか?」の答えを巡って、自らの辛い過去と決別する(「何で圭輔なんだ」が、今の遥斗のすべての始まりのようですね)、遥斗自身にとっての再生の物語にもなりそうです。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第5話:障害者手帳

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1リットルの涙クラスメートにとっては高校生活最初の夏休みであっても、亜也(沢尻エリカ)にとっては、次(来年)があるかどうかは、神のみぞ知る状態。「人生の一度の夏休みが終わったような気がした」という気持ちは、この病気のつらさを端的に言い表した悲しい言葉です。
 
夏休みが終わり、退院することになりましたが、亜也の身体は思ったよりも回復していません。真っ先にそれを感じ取ったのは、亜湖(成海璃子)です。自分ひとりでさっさと先に行ってしまったのは、やり切れない悲しみの現われなのでしょう。家に戻ってから妹・理加(三好杏依)が「ペンギンみたい」と無邪気に言いますが、画面のこちら側もヒヤリとする言葉でしたが、それを笑い飛ばす亜也は、やはり強いですね。
 
退院に際して、担当医の水野(藤木直人)より、亜也が「障害者手帳」6級の認定になる旨を説明された母・潮香(薬師丸ひろ子)は、「脊髄小脳変性症」という病気であることの現実を、さらに厳しく認識させられます。障害が固定されたこと交付される障害者手帳が、「脊髄小脳変性症」の場合は、進行することが確実であるゆえに、先んじて交付されるというのです。手帳を交付されることが、病気であることの社会的烙印を押されたように感じる父・瑞生(陣内孝則)は、それを受け入れることができません。亜也の病気のことを、潮香から初めて告げられた日と同じですね。
 
亜也の新学期が始まりますが、通うだけでも大きな負担です。潮香は、担任に亜也の病気のことを伝えますが、他の先生方にまでは伝えられていないようですね。見れば身体の様子が普通ではないことに気づくと思うのですが、あっさり遅刻と言われてしまうのは、その教師が亜也のことをちゃんと見ていないのか、見てはいるものの、あえて特別扱いしないのか、どちらでしょうね。
 
病気ゆえに身体が思うように動かないから、回りの人たちに迷惑を掛けてしまう。だから「ごめんなさい」。何かするたびに「ごめんなさい」。でも、回りに迷惑を掛けない人なんていない。だから「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」。「ありがとう」という言葉の持つ優しさを感じさせられました。
 
潮香は、子供たちに亜也が「脊髄小脳変性症」であることを伝えます。亜也自ら、「治ることはない」と言う事実の重さに怯む亜湖に、困った人に手を差し伸べるように、自分の素直な気持ちで接すればいいと優しく諭す瑞生が、魅せますね。スパイクの件で親に気を遣う弟・弘樹(真田佑馬)ですが、この種の兄弟の多いドラマでは、必ずひとり、このようなしっかり者のできた兄弟がいますね。
 
《すべて身体障害者は、自ら進んでその障害を克服し、その有する能力を活用することにより、社会経済活動に参加することができるように努めなければならない》。ドラマのなかで、潮香が語る「身体障害者福祉法」第2条「自立への努力及び機会の確保」です。その第2条は、《すべて身体障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする》と続きます。「与えられる」前に、「努める」ことをまず、求めているのですね。
 
水野に亜也の病気を訊ねる遥斗(錦戸亮)は、やけにつっけんどんな態度ですが、水野との間に、過去に何かあったのでしょうか? 「自分で調べたらどうだ」「それならわかるだろう」というやり取りは、あらためて病気の厳しさを感じさせます。「お前が医者になって彼女の病気を治したら」と「彼女とは関わるな」との父・芳文(勝野洋)の言葉の真意は、どのようなものなのでしょう? 遥斗が医者を目指す気持ちを後押しする気持ちからなのか、目指すならば本気で目指せと、覚悟を求める気持ちからなのか。この種のドラマでありがちな、病気の重さゆえにという“親心”な展開にはならないことを祈っています。
 
亜也の憧れの先輩・祐二(松山ケンイチ)とすれ違った遥斗は、一発お見舞いするかと思いました。というか、期待していました。ドラマにありがちなパターンですし、殴れば済む状況ではありませんが、亜也の心の痛みを感じてほしいと。その祐二に別れを告げる亜也は、遥斗に傍にいてくれと頼みますが、恋心なのでしょうか。以降、ふたりの距離は、ますます近くなりそうですね。「もうあの日に帰りたいなんて言いません 今の自分を認めて生きていきます」。悲しいけれど、力強い言葉です。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第6話:心ない視線

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1リットルの涙シリーズも折り返し地点を過ぎました。今回は、障害を持つ人とその家族が直面する、古くて新しい問題=周囲の好奇の目や同情、偏見、差別、思いやりといった言葉で語られる“こと”が、本人とその家族の関係性にもらたす影響がテーマになっています。障害を持つ人とその家族が直面する身近ないちエピソードという、ドラマ的には小さく、狭い範囲の素材かもしれませんが、描かれている内容=そのメッセージ性は、広くて深いものがあります。序盤での、亜也を見る周囲の目の描かれ方に、少々あざとさを感じましたが、ドラマそのものの出来も、シリーズ屈指の素晴らしさだったと思います。
 
亜也(沢尻エリカ)と一緒にいることで集まる周囲の視線。それは、悪意のありなしに関係なく、家族にとっても厳しいもの=苦悩の始まりでした。池内家の場合は、末っ子の理加(三好杏依)は、また幼すぎて実感がわきませんし、亜湖(成海璃子)の年齢になれば、自分なりに亜也のことを理解し、受け止めています。ところが、年齢的に微妙な状況の弘樹(真田佑馬)は、自らの思いと周囲の目の間で葛藤を生みます。弘樹のエピソードとして描いているのは、ドラマの設定として自然かつ、視聴者の共感を得やすい、うまいシナリオ構成だと思います。
 
ストーリーとしてはメインディッシュではありませんでしたが、亜也に対する遥斗(錦戸亮)の、優しいまなざしながらも、必要以上に手を差し伸べないというスタンスからの心遣いは、現実世界でのモデルケースになりうるくらいに、見事な描写だったと思います。たとえば、生物部での助手としての扱い(テレビの前のこちらは、ビーカーを落とさないかとひやひやでしたが、努めて健常者として扱う姿勢に好感です)、バスに乗れるどうかの見守り(乗れそうにないことがわかった時点で、追い越して運転手に声を掛けようとスタンバイしていたように見えました)など。
 
この種の描写は、本よりも(文字で読むよりも)、生身の俳優が演じるドラマのほうが、わかりやすく、活きた内容になると思います(TBS「ドラゴン桜」における桜木のメッセージの、コミックとドラマの関係と同様です)。活きたメッセージという点では、薬師ひろ子さんの演技力も、このドラマでは多きなプラスですね。文字で見ると、理想論やきれいごとに取られそうな境界線上の言葉が、きれいごとにならずに、ストレートに心に響きます。
 
遥斗は、亜也の恋心の対象としてのドラマオリジナルの設定だけはでなく(“亜也御用達”キャラとしてだけではなく)、亜也の家族全体を見守る存在にもなっているのですね。このドラマの脚色の見事さを、あらためて感じました。それが、決してスーパーマンな形になっていないところも好感です(弘樹に加勢したり、弘樹をいじめる相手を諭したりしない点など)。
 
「大事にしろよ。ボールも、姉ちゃんも」。遥斗というキャラクター設定を端的に感じさせる、素敵なセリフでした。エピソードとしては別ものながら、遥斗のそのセリフを発端に、亜湖の「(恥ずかしいと思ってる)あんたのほうが、よっぽど恥ずかしい」、瑞生の「今、お前のここ、痛てえよな」と流れるセリフに込められたメッセージに、見事につながります。シナリオ構成、演出、演技が一体化した、非常に見応えのあるシーンだったと思います。
 
「絶対応援に来てよ」から「無理して来なくていいから」へと変わり、弘樹の気持ちが痛いほどわかる亜也が、弘樹の試合を見に行くべきかを迷っているくだりでは、弘樹の気持ちを代弁する存在になるなど、狂言回しというには、あまりに魅力的な「遥斗というキャラクターの設定」=ドラマの脚色になっています。
 
父・瑞生(陣内孝則)が、豆腐の売り込みを通じて感じた「情け」に、戸惑いや恥ずかしさや傷つきの心が入り交じった複雑な思いを抱きますが、ストーリーの展開としては常套過ぎますので、亜也の実家が商売を営んでいるという設定を活かして、たとえきっかけは同情心だったとしても(瑞生曰く、純粋な気持ちからではなかったとしても)、結果=「食べた人に“うまい”と言わせれば勝ち」、それが置いてくれた店とっても、自分にとってハッピーなんだという“あきんど魂”な展開のほうが、ドラマの舞台設定とキャラクターの関係性が活きてきたと思います。
 
「デビュー戦の招侍券(招待券)」以降は、弘樹の心からの姉自慢(弘樹本来のキャラクター発揮)、オープニングのシュート練習に帰結するPKによる点取りシーンなど、予定調和な展開ながらも、今回のエピソードを閉めるにふさわしい、微笑ましさあふれるクロージングになっていたと思います。シーン全体を包み込む、フルートとハープのアルペジオのストリングスが美しい曲も、エピソードを盛り上げました。
 
「心ない視線に傷つくこともあるけれど 同じくらいに優しい視線があることもわかった」。病気になった人が言うことのひとつに、病気をしたことで見えてきたもの、気づいたものもあったということがあります。亜也にとっての、その端的な思いが、この言葉に集約されているように思えます。その言葉に続けられた「だから私は絶対に逃げたりしない そうすればきっといつか」の「いつか」は、結末が見えているとはいえ、僕らひとりひとりの考えや希望を当てはめて、以降を見てほしいという制作サイドからのメッセージが込められているように感じました。
 
「お茶を飲むときにむせた」という日記の言葉から、嚥下障害に気づいた担当医・水野(藤木直人)。本人と家族が思う以上に、病気の進みが早いようですね。もしかしたら、このまま治ってしまうのではないか。母・潮香(薬師ひろ子)の思いを砕く、過酷な展開が待ち受けているのでしょうね。次回以降も、物語をしっかり受け止めたいと思います。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第7話:私のいる場所

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1リットルの涙新しい年を迎えましたが、「脊髄小脳変性症」は静かに、そして確実に亜也(沢尻エリカ)の身体を蝕み、亜也は、それまでよりも歩行が困難になり、車イスを使うようになります。それでも、家族や友だちに支えられて、日々を明るい気持ちで過ごすことができていますが、2年生への進級を控えて、学校側より養護学校への転校を持ちかけられて……というのが今回のストーリーです。
 
「今までよりもっと、人の助けを必要とする性格になった」「迷惑をかけるだけかもしれない 何の役にも立てないかもしれない それでもわたしはここにいたい だってここがわたしのいる場所だから」「友達って対等に付き合ってくれるからありがたい」「友だちっていいな、いつまでも一緒にいたい」。この頃の亜也が日記にしたためた言葉です。しかし、そんな友との時間を共有する、亜也にとってのかけがえのない場所=学校に居たくても、亜也ひとりに関わってはいられない学校と、亜也に授業のペースを乱されたくないクラスメートたちは、亜也の存在を煙たがるようになります。
 
保護者会の日、母・潮香(薬師ひろ子)は、クラスメートの親たちから、亜也の存在がわが子の進学にとってマイナスであると言われます。亜也を身体を気遣うと、どうしても、授業のペースがゆっくりになると。それまで、友だちの善意と友情に支えられ、何とか学校生活をこなしてきましたが、学校が集合授業という形態を取っている以上は、効果的な対処策が見いだせません。普通科としては、亜也ひとりに特別な対応は取れないというのが学校の言い分です。亜也の担任は、亜也のことでは、学校側からも決断を迫られている難しい立場に置かれているようですが、もう少し亜也の力になってやってほしいと感じました。
 
有効な治療法がなく、予想以上に病気の進みが早い亜也にとっては、学校にも長くは居られないと感じている潮香は、亜也が大好きな学校との折り合いを、自らの意思で付けるための「考える時間」「決断する時間」をもらえないかと父母たちに訴えますが、逆に、保健士なら仕事を辞めて娘に付き添ったらどうかと、詰め寄られます。そんな保護者会の様子を、陰から見守る遥斗(錦戸亮)がいました。
 
そんな遥斗は、これまで通りに亜也を支えるだけでなく、亜也にに対して、自らの心を少しずつ心を開き始めました。亜也の進路=将来の夢「人の役に立てる仕事」を聞いて、慕っていた兄・圭輔が生前口にしていた「生きているからには、人の役に立ちたい」を思い起こしたのが、そのきっかけになったようです。最初は「友だちの話」として語り始め、いつものように「ウソ話」にしてしまいますが、池内家に食事に招かれた際に、ついに本当のこと=亡くなった兄のことを明かします。他者との深い交わりを避けてきた感のある遥斗にとっては、小さいことですが、大きな一歩だったのではないでしょうか。
 
遥斗のセリフ「(生物室を)お前の待合室にしてやるよ」は、思いやりにあふれる素敵な言葉でした。行き違いから、まり(小出早織)とうまくいっていないことを聞かされて、「オレに言っていることを、そのまま杉浦に言えばいいんじゃないの」とアドバイスする姿勢も、自然体で好感が持てるものです。亜也が言う「病気になって、人の優しさが、温かくて、嬉しい」は、まさにこういうところにあるのではないでしょうか。
 
潮香に「夕食を食べに来ないか」と言われた遥斗が、「お父さんはご在宅ですか?」と返すくだりは、重くなりがちなドラマを、ほっとひと息つかせる笑いになっていますね。遥斗にとって、亜也の父・瑞生(陣内孝則)のキャラクターは、相当強烈だったようです(そりゃそうですね。あのハイテンションぶりには)。瑞生は、遥斗の父・芳文(勝野洋)とは、何から何まで正反対な感じですね。亜也に対して、「いい家族」「自分の居場所がある」と言うのは、父の目には兄しか映っていなくて、自分の居場所がないとずっと感じていたからでしょう。遥斗は、自分の居場所がしっかり見えたときに、兄の志を継いで、医学の道を志すことになるのだと思います。
 
考えてもみなかった「養護学校」という言葉を学校側から切り出されて、動揺を隠せない潮香は、亜也の担当医・水野(藤木直人)に相談します。水野は、それもひとつの選択肢だと、淡々と語り、同じ病気の子を持つ親と話すことも参考になると、亜也と同世代の患者=及川菊枝(かとうかずこ)、明日美(大西麻恵)を潮香に引き合わせます。「これからは、いろいろな選択に迫られることになる」という水野の言葉は、この病気のことを考えると、本当に重い言葉だと思います。
 
当初は、自分の殻に閉じこもっているかのような、厭世的な感じで近寄り難い雰囲気をもって描かれていた感のある水野ですが、ふたり目の若年性の「脊髄小脳変性症」の患者=亜也との邂逅を通じて、医師としての自らの思いを再確認し、静かながらも熱い使命感を持って、病気と対峙する道を進んでいますね。研究者としての道を目指していながら、「脊髄小脳変性症」に苦しむ患者の姿が見ていられなくなり、臨床医として病気と戦う道を選んだ岡崎医師のエピソードも印象的でした。
 
健常者にとっては、養護学校という響きは、想像以上に重いものがありますね。健常者が無意識のうちに持っている、差別的な意識なのかもしれませんが。潮香にとって、菊枝・明日美の母娘との会話は、目からウロコな内容だったと思います。「治らない病気」という現実と、「養護学校」という選択。子供ではなく、親の自分がいやがっていたことに気づいたと語る菊枝。もっと早く入れていればよかったと。
 
明日美は、「病気になったのは不幸じゃないです、不便なだけ」と言います。ここでは、時間は掛かってもいいから、自分でできることは自分でやるのがポリシーだと。健常者がサポートする際に直面するのが、これですね。やればできるものの、時間が必要な障害者のペースに付き合っていられなくて、「手を貸す」のではなく「代わりにやってしまう」。それが現状ではないでしょうか。そのような意識を変えていくのは、簡単そうに見えても難しいことだと思います。養護学校の封筒の文字「心身障害者地域理解推進校」は、その現実の一面の現われだと思います。
 
潮香は「養護学校という選択肢」を冷静に受け止められるようになりましたが、亜也はまだ時間が必要でした。養護学校のパンフレットを見る亜也。「豊かな成長と幸せを求めて」の文字。そして、卒業後の進路の「進学 ゼロ」という現実。勉強しかないと思っていた亜也にとっては、自分の未来を暗示するように見えてしまうのでしょう。そして転校による友との別れ。「友だちまでいなくなったら、自分でなくなってしまう」。進学校ということもあるのかもしれませんが、そんな亜也の気持を、学校は、クラスメートは、温かく見守ってはやれないようです。次回は、その「選択を迫られる」展開になりそうです。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第8話:1リットルの涙

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1リットルの涙今日のタイトルは「1リットルの涙」と、ドラマのタイトルそのまま。最終回に至る前の、ひとつのクライマックスとなる展開を予感させますが、まさに通りの内容でした。しかし、ストーリーは、養護学校への転校という選択肢を巡っての、亜也の心の揺れと決心と、ストレートかつシンプルなもの。それに1話をまるまる当てているため、ドラマの緊張感と密度が気になりますが、ストーリー構成も役者陣の演技も見応えのあるもので、冗長さや水増し感はありませんでした。ただし、音楽への依存度の高い演出面には引っ掛かりを感じました(秋クールのドラマは、この傾向が顕著に感じます)。
 
「粉雪」に合わせて粉雪を舞わせたりと、今回は、主題歌と挿入歌に寄り掛かり過ぎた演出が目につきました。「3月9日」→「粉雪」→「Only Human」→「3月9日」→「Only Human」と、主題歌・挿入歌の繰り返し使用。歌詞という、第2のセリフにも成り得るメッセージを持つ“うた”は、場面の雰囲気に合わせて安易に用いず、ここぞというストーリーのピークで用いてこそだと、僕は思います。音楽に寄り掛かるのではなく、音楽との相乗効果を図るべきです。
 
その意味で、僕は、これまで、毎回のお約束ごとのように「粉雪」を流してムーディーにシーン流す演出に、どちらかというと批判的な立場を取ってきましたが、今回の繰り返し使用も、それと同様の、使い方の安易さを感じました。主題歌・挿入歌の多用は、感動を呼ぶ仕掛けとしては便利なツールですが、その質的な密度を上げるか下げるかは、優れた演出があってこそ。その部分、今回の演出は、及第点を上げられないと感じました(不遜な言い方ですみません)。
 
対するストーリー構成と流れは、よく練られたものだったと思います。亜也ひとりの視点だけをストーリーの軸とせずに、周囲の人たちが、それぞれの視点や立場から、ストレートに思いを吐き出し、結果として、心ない言葉もあれば、心からの言葉もあるなかで、最後は、亜也(沢尻エリカ)自身が自らの道の選択を下すという、亜也自身の揺れる心と、自ら下した決心が、丁寧な形で描かれています。
 
前話からの流れとして、まずは、亜也のクラスメートの親たちの考えから、亜也につらい意見を、松村の母親に語らせています。「学校側は後手後手」「亜也の問題をこのまま済ませるつもりはない」と、亜也排除の先鋒のような物言い。一方、それに対するひとつの客観視点として、遥斗の母が父・芳文(勝野洋)に、保護者会の荒れた様子を報告するくだりも描かれます。亜也のことを心配する遥斗(錦戸亮)に、父は、環境のいい学校に移るのも手であることなど、亜也のことは、一面的には捉えられないと諭します。「子供のお前が……」と遥斗をまだまだ子ども扱いしているのが、気になりました。
 
これまで、遥斗の父は、亜也のことを心配する遥斗に対して、快く思っていないように見えましたが(遥斗の思いを動機付けにすることで、医師の道を歩ませようと導くことも可能だったと思います)、今回の描かれ方を見ると、亜也の“応援団”な模様です(今後の関わりを予感させるには至っていませんが)。「患者のがんばりに勇気をもらう」「逆にこっちが励まされる」。亜也の主治医・水野(藤木直人)に対して、君もそうだろうと、ねぎらいの言葉と最大限の協力を惜しまない旨を伝えます。という、ある意味、両極端な親の見方が提示されます。
 
そして、視点は池内家へと移ります。保健士を辞めて、付きっ切りで娘の面倒を見ればと詰め寄られた潮香(薬師丸ひろ子)は、帰宅後も動揺を隠せず、亜也には「これからも亜也をよろしくお願いしますと挨拶してきた」と濁すので精一杯です。夫・瑞生(陣内孝則)に対してだけ、ことを伝えます。「亜也のせいで授業が遅れて迷惑」であると。それに対して、瑞生は「仕方がない」「親は自分の子供のことしか考えられない」「他の親が何と言おうが、オレたちはオレたちでいい」と、自分たちのスタンスを再確認します。その思い打たれた潮香は、仕事が生きがいだった自分の思いへの決別=20年勤めた保健士の仕事を辞める覚悟です。「街みんなの保健士を辞めて、これからは家族専属のに保健士」と。そんな母の覚悟に、亜也は「傍にいてくれると、ほっとする」と正直な思いを書き記しています。
 
しかし、潮香が仕事をやめるということは、一家にとっての収入減を意味します。それを敏感に感じ取る子どもたちと、「子供たちの家計の心配をされたら格好つかない」と言う瑞生。電動の車イスが42万円と、亜也の快適さはお金次第という厳しい現実も目の当たりにします。そんななかで、亜湖(成海璃子)は、亜也と同じ学校に進んで、身の回りの世話をしたいと、自分にとって、今できること=勉強に励みます(音楽に頼ることなく、こうした小さなエピソードの丁寧に積み重ねることで、大きな感動を築くことは十分に可能だったと思うのです)。
 
そんな周囲の思いを、やはり敏感に感じ取ってしまうのか、少し弱気になる亜也を、遥斗が励まします。「先のことばかり考えてどうする」「今できることをがんばるのではなかったのか」と。「どうしちゃったの? まるでいい人みたい」という亜也のリアクションが、暗くなりがちなドラマのトーンを和らげます。でも、本心は怖さで一杯。「学校をやめたら、その時点で、自分の人生の何かが終わる気がする」と。ここで、卒業アルバム用として、合唱コンクールの写真と「3月9日」が響くのには、唐突な印象がありましたが、これはエンディングに向けての伏線だったのですね。
 
模試会場で、いつも自分をサポートしてくれている友だちのまり(小出早織)にケガをさせることになり、自らが周囲に与える負担と、自らの心の重荷を感じる亜也です。クラスメートたちも「亜也ひとりに付き合わされている」感を募らせ、ついには、亜也のことをクラスで議論することになります。亜也に一番近いふたり、杉浦の「ほんの少し支える」ことも許されないのか、という思いと、松永の「正直、キツイと感じることもある」との思いは、友情と現実の狭間の葛藤としてのリアリティをもたらします。ただ、亜也のいないところでの議論は、転校を亜也自身ではなく、母親にまず勧めた担任の対応と同じ図式。それに怒りを覚えた遥斗は、「お前らずるい」「本人の前では良いい人の振りして、本当は迷惑でしたと言っている」と、自らの思いをストレートに、クラスメートと担任にぶつけます。「本人よりも先に親に話す」「外堀から埋めるような行為」「先生が向かい合わなくてどうするんだ」と。
 
それを耳にしてしまった亜也は、居たたまれなくなり、教室をあとにします。悲しみが止まらない亜也は、追って来た遥斗に、「つくり話でいいから、何か言ってよ」と言います。いつもの気丈さが失せてしまったかのような亜也です。でも、遥斗は、いつものようには言葉を掛けてやれません。遥斗がクラスメートと担任に向けた言葉は、自分自身に向けてのものでもありました。「何もできない」「オレもあいつらと同じ」「口先ばっかり」「オヤジの想像通りのただのガキ」と、自らの無力さを口にします。でも、僕は、その自覚と意識から、新たな道が始まるものと思います。意識していることは、力なりです。
 
亜也は、自分がつらいときに、いつも自分の傍に一緒にいてくれて、励ましてくれていた遥斗に心から礼を告げるととともに、養護学校への転校を決意し、「ありがとう、麻生くん、バイバイ」と。そこがよかったと思われた方も少なくないと思いますが(むしろ多いかもしれません)、僕は、「粉雪」で粉雪を舞わせるあざとい演出に、せっかくの感動に水を差された気分です。粉雪が舞った瞬間、涙がすっと引いてしまいました。このくだり、僕は、セリフと演技に重きを置いた、静かな演出のほうが、ふたりの悲しみと覚悟の心が、より深く伝えられたと思っています。
 
ここからは、亜也の決意の言葉。まずは家族に対して、「わたし、養護学校行くね」と。そして、クラスメートへ。「私の病気は治りません」「治療法がありません」「当たり前にできていたことが、ひとつひとつできなくなってきた」「思い描いていた未来がゼロになった」「悲しいけど、これが現実」「今の自分を好きにならなくては」「病気になって初めて気づいたこともたくさんあった」「家族のありがたみ、友だちの手の温かさ」「失うばかりではない」「病気という重荷を背負っているあたしが、今のあたし」と、自らの思いを淡々と語ります。
 
最後に、亜也の言葉は、ドラマの(原作の)タイトルである「1リットルの涙」へと続きますが、亜也さんの日記では「重い荷物をひとりで背負って、生きてゆきます。なあんてかっこいいことが言えるようになるには、少なくとも1リットルの涙が必要だった」となっていたこのくだり(第3話でも触れましたが)は、ここでは「みんなとは、生きる場所は違うけど、これからは、自分で選んだ道のなかに、一歩一歩、光を見つけたいから。そう笑って言えるようになるまでに、あたしには、少なくとも1リットルの涙が必要でした」とされています。テレビのセリフのほうが、亜也というキャラクターの等身大のメッセージ色が強く感じられるように思います。
 
序盤の生物室のシーンで、卒業アルバム用の合唱コンクールの写真を見て、「卒業できるのかな」とつぶやいた亜也は、卒業は叶わず転校することになり、合唱コンクールの曲「3月9日」でクラスメートに送られます。最初の「3月9日」は挿入歌で、最後の「3月9日」はクラスメートの合唱で。こういう音楽の使い方のほうが、演出的には好ましく感じます。
 
「いいじゃないか転んだって また起き上がればいいんだから」「転んだついでに空を見上げれば 青い空が今日も 限りなく広がって微笑んでる」「あたしは生きてるんだ」。今回の亜也さんの言葉でドラマが閉じられます。そのあとに流れた、《「亜也ちゃん、行かないで」と言ってほしかった》というくだりこそが、友だちの前では明かすことのなかった、心の奥底に秘められた本心だったのですね。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第9話:今を生きる

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1リットルの涙病気という現実を受け止める亜也、亜也との関わりを通じて、自らの“生”を一生懸命生きることになった遥斗と亜湖の姿。前話のような劇的なシーンはありませんでしたが、受けた感動の大きさは、前話以上でした。ドラマを思い出しながら、この感想を書いている途中でも涙がこぼれてくるほどです。亜也が転校してからの1年の経過が描かれていましたが、ドラマ内での時間経過が映像面で十分に提示されず(学園祭などが時間経過の提示だったりするのでしょうけれど)、セリフを耳にしてから時間経過にハッと気づく場面もありました(たとえば、亜湖の合格を知らせに家族で亜也を訪ねたくだりなど)。
 
新学期。誰もが心を弾ませる季節なのに、亜也(沢尻エリカ)にとっては、大好きだった「東高」との別れが現実になった季節です。「今日からここが、あたしの居場所」。亜也は、養護学校で寄宿生活を送ることになります。母・潮香(薬師丸ひろ子)から携帯電話をプレゼントされます(原作の時代にはないツールですね)。自由に移動することができない亜也にとってのケータイは、同世代にとっての友だちとのコミュニケーションツールとしてよりも、家族や緊急時のライフラインにも似た意味合いがあります。気丈に見える亜也ですが、心は不安で一杯。亜也の目には、養護学校のコンクリートの壁が、自ら立ちふさがる障壁のように映ります(ここでの生活を通じて、違って見えるようになりますが)。
 
亜也は、同じ「脊髄小脳変性症」である明日美(大西麻恵)と同室になります(映画版の亜也とテレビ版の亜也、ふたりの亜也の共演ですね)。明日美は、歳も病気の発症も亜也の1年先輩になります。同じ病気ゆえに、障害を気にせず過ごせるという精神的な気楽がある反面、常に相手に自分を重ねて見てしまい、病気の症状が進んだ自分の未来を見るかのような、つらさもあります。
 
養護学校での日々は、それまでの高校生活とも、亜也が思い描いていたものとも違っていました。病気に関しては、ひとりひとりに合わせたフォローが行なわれますが、ここはケア施設ではなく学校。全員が何らかの障害を持った集団のなかでの規律が求められます。車イスに頼ったら、歩く機能が急速に低下してしまわないかという恐怖を感じる亜也は、ものごとを自分のペースで進めようとしますが、周囲のペースと折り合いをつけることを求められます。
 
そんな亜也にとっての心のよりどころは、今も遥斗(錦戸亮)でした。池内家では、すでに父・瑞生(陣内孝則)公認のボーイフレンドのような扱いですね。自転車に乗っていた遥斗を捕まえて家に連れて来たのは、父なりの優しさでしょうか(荷物運びもさせたのは、父なりの親愛のつもりでしょうか)。「お父さん、あいかわらず」「もう慣れました」。池内家の家族に対しては、心の垣根がない遥斗です。明日美に遥斗のことを聞かれた亜也は、「口は悪いし、態度は大きいし、すぐウソをつくし」と悪態をつきますが、つらいときには、なぜかいつも傍にいてくれる存在であり、一緒にいるときは、病気であることを忘れられる存在であると、語ります(恋ですね、恋)。
 
自らが訊ねたこととはいえ、こういう同じ病気である他人の“恋話”を耳にする明日美の心境は、どのようなものなのでしょうね。明日美自身の内面描写はありませんでしたが、第7話での潮香とのシーン(「病気になったのは不幸じゃないです、不便なだけ」)から考えると、明日美には、他者をうらやむ気持ちや妬みや嫉みという気持ちは、もうないのかもしれません。意識的にそう努めているのかもしれませんが、それが、このドラマで描かれている、病気である自分を真に受け止める、受け入れることなのかもしれません(今回、亜也も、このことを意識することになるわけですが)。なんて、軽々しく書ける内容ではないのですが……。
 
そんな遥斗に、父・芳文(勝野洋)は、亜也との交際について問い掛けます。お前の覚悟はどうなのか? ただの友だちのつもりなのか? と。病気の性格上、「今が楽しければそれでよい」では済まされない。つらくなる一方の未来に向き合い、受け止める覚悟はあるのか? と。病気と向き合うことは、家族であってもたいへんなことだと。これまで、遥斗の前では、亜也に対して冷たい態度をとっていたように見えた父ですが、医師としての病気の現実を見据えた視点からの言葉だったのですね。
 
多くの患者を間近で見てきた立場だからこそ、今、亜也に悲しい思いをさせても、本当につらくなったときに絶望させないための、医師としての心遣い。そこには、厳しいながらも医学者としての現実的な視線がありました。その場に直面してから怖じ気づくなら、最初から関わるな。ドラマを見ている僕らには、それは、亜也の病気のことが頭から離れず、デートをキャンセルした憧れの先輩・祐二のようなことは繰り返さないように、とも見えます(彼を責める意味ではなくて)。
 
しかし、現実は深刻、かつ厳しいものでした。亜也の症状には、悪化の兆し。しかも、進行は、これまで以上に早い様子です。主治医・水野(藤木直人)曰く、「次の段階」入っていると。その症状は、「固形物が食べるのが困難になる」「飲食物の誤嚥を引き起こす」「なめらかな発声が困難になる」「四肢の機能低下による転倒などのケガ」「風邪程度の病気でも肺炎などの合併症を引き起こすことになる」というもの。そのひとつひとつは、病気ではなく、これまでは当たり前だった日常が、当たり前でなくなることばかり。この病気のつらい面ばかりです。
 
悲しいことに、亜也自身が最初にそれを自覚したのが、遥斗との水族館デートでした(ドラマは違っても場所は同じというくらいに、ドラマにおけるデートシーンの定番になりましたね、ここ)。話そうとする自分の心に、発声がついてきません。ショックを受ける亜也です。話すことに不自由さを感じる亜也に、水野は、自分に「伝えたい」という気持ちと、相手に「受け取りたい」という気持ちがあれば、聞く気持ちがある人には必ず伝わると言います(現実的には「マ行」「ワ行」「パ行」「ン」が言いにくくなる、声にならずに空気が抜けていく、とのことですね)。
 
さらに、バスに乗り遅れて、雨に打たれた亜也に、「小さいことが命取りに」という、もうひとつの現実が押し寄せます(予定調和な雨の映像面の出来については、以前書きましたので、今回はもう何も言いませんが、事情はどうあれ、細部にまできっちり仕上げてこその“プロの仕事”だと思います)。遥斗を迎えた「楽しいだけではいられない」「昔のようにはいかない」という潮香の言葉が、遥斗の心に重くのし掛かります。そして、亜也からは「住む世界が違うかもしれない」と言われます。
 
亜也への気持ちが揺らぐほど、重い言葉ですね。遥斗に感謝し、家族のように迎い入れている潮香ですが、帰ってきたときの遥斗に対するあの剣幕は、冷静でいられなかったのでしょうね。瑞生のフォローがせめてもの救いです(潮香もあとで詫びましたが)。ただ、よく気のつく潮香なら、防寒用の衣類や雨具を持たせたり、事前の遥斗に亜也の身体のことを伝えておくはずですが、ドラマの都合ですね。実話を下敷きしているのなら、このあたりも、もっと現実感を持たせたストーリー構成を取るべきたと思います(役者陣の演技に負けていませんか? シナリオと演出)。
 
水族館デートからどのくらいが経過したのでしょう。ある日、遥斗が亜也を訪ねてきます(先の一件以降、心の迷いが吹っ切ることができた今日の日まで、亜也に電話できなくかったようですね)。遥斗よりも先に、亜也が、今の気持ちを口に出します。これまで、夢のなかでの自分は健康体だったのに、今日の夢での自分は、夢のなかでも車イスだったと。現実の自分を受け入れることを、心のどこかで拒絶していた自分が、現実にきちんと向き合い、素直に今の自分を受け入れることができるようになった亜也でした。
 
今度は、遥斗が今の気持ちを亜也に伝えます。「先のことはわからないけど、今の気持ちならウソはない」「お前の役に立ちたい」「住む世界が違うとは思わない」と。「俺、お前のこと好き…好きかも、たぶん」と恋心も口に出しますが、亜也と「ちゃんと向かい合う」という遥斗の決意は、「好き」よりも“強い”言葉だと思います。現実を受け入れるということは、現実に流されるということではなく、現実に甘んじることでもなく、きちんと向かい合うことであり、今できることを、精一杯行なうこと、それがこのドラマのメッセージのひとつでもあります。
 
それを具現化して、僕らに見せてくれたのが、亜湖(成海璃子)でした。亜湖は、亜也が転校して以来、必死で受験勉強を続けていました。亜也が果たせなかった思い=叶わぬ夢=「東高」を代わりに卒業するために。亜也の思いを受け継ぎ、今の自分にできることを精一杯やる。これが、亜也の病気に対して亜湖が出した答えでした。そして、ついに「東高」に合格します(亜也の着ていた制服で代わり卒業するとは、泣かせるセリフです)。そんな亜湖に対して、当初は「お前、本当にアイツの妹?」と言っていた遥斗も、最後は「さすが、アイツの妹」と、自分のことのように喜びます。
 
そんな亜湖の姿を見て、亜也との迷いが吹っ切れた遥斗は、医学部(常南大学医学部)を目指すことを決めます。亜也への思いと、亡き兄の夢を携えるかのように。こうなる展開は、わりと早い段階から感じさせていましたが(亜湖も遥斗も、上から2番目で、両親には上の子ほど期待されず、悶々としていて、などの共通項がありますね)、急がず、慌てず、丁寧に描かれてきたゆえに、「やっぱりね」な印象を与えることなく、静かな感動を生んでいます。
 
遥斗と亜湖のくだりを見ていて感じたのですが、亜也を通じて遥斗という存在を知り、その優しい心に触れた亜湖は、亜也の亡きあと、亜也が叶わなかった亜也の思いがふたりを結びつけるかのように、遥斗と結ばれる結末もありだと思いました。亜也の代理で恋をするのではなく、亜也が亡くなった悲しみを分かち合う、傷を癒し合うような関係でもなく(“シナリオ力”が問われる展開ですが)。
 
《足を止めて今を生きよう/いつか失ったとしても/あきらめた夢は、誰かに委ねたっていいじゃないか」》《人は過去に生きるものにあらず/今できることをやればいいのです》。まさに今回のストーリーそのものでした。
 
ところで、「3月9日」がお経みたいな歌というくだりは(抑揚に欠けるメロディーラインゆえですが、そう感じる方も少ないないと思います=僕もそのひとりですが)、シナリオの言葉なのか、陣内さんのアドリブなのか、気になるところです。
 

フジテレビ「1リットルの涙」第11話(最終回):遠くへ、涙の尽きた場所に

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1リットルの涙難病に侵された少女の手記、木藤亜也さんの「1リットルの涙」をドラマ化した「1リットルの涙」。秋ドラマでは一番人気のようでした、早いもので今回が最終回。個人的には、最終回のタイトルは、どのような形になるのか気になっていました。というのも、「1リットルの涙」は、すでに第8話で使われて、以降、「今を生きる」「ラブレター」と続いていましたので。最終回のタイトルは、「遠くへ、涙の尽きた場所に」。いいタイトルだと思います。始めから結末=主人公の死で物語が閉じられることが見えているドラマです。「死」という言葉を使わずに「遠くへ」。すでに涙を流し尽くして、もはや流す涙も枯れてしまったのような悲しみ。もう涙を流さなくても済む場所へ、と読むこともできるかもしれません。見る人それぞれにイメージが膨らむタイトルだと思いました。
 
物語は、声高々になメッセージを掲げることはないものの、強い力をもって、静かに淡々と進みました。前話で遥斗(錦戸亮)に“別れのラブレター”を送った(イルカのストラップは送り返さなくてもと思ったのですが)亜也(沢尻エリカ)は、20歳になっていました(前話の2年後という展開ですね)。「神経難病ふれあいの会」会報「かけはし」への投稿は、その後も続けられていました。そんななか、亜湖(成海璃子)の絵が入賞し、校内に飾られていることを耳にした亜也は、東高を訪れます。卒業は叶わなかったものの、過ぎし日の自分記憶=自分が一番輝いていた15歳の頃を、生きていることの証として確認、心に刻みます。入賞作の絵というのが、店の前で撮った家族の集合写真。絵にはどのようなタイトルが付けられていたかわかりませんが、亜也が元気だった頃を懐かしむのではなく、何があっても家族の心はひとつという、今の池内家を象徴するような一枚でした。
 
しかし、「脊髄小脳変性症」の進行は止まりません。もはや亜也は、自分の足では立つこともままならなくなっていました。そんな亜也は、「生きていることの実感」を求めて、一時帰宅を願い出ます。快く許可する主治医・水野(藤木直人)ですが、それは、次の入院が最後=もう二度とは戻れないことの宣言に等しいものでした。クリスマスを自宅で家族と過ごす亜也は、精一杯の感謝の気持ちを込めて、妹と弟にプレゼントを贈ります。亜也の言葉は、過去に描かれた、池内家の日常と巧みにシンクロする見せ方でした。それにも増して、母親を独占して済まないという亜也の気持ちに打たれました。そして、翌朝の記念写真。亜湖の絵のもととなった、15歳の亜也と家族で撮った1枚の5年後。決して病気にへこたれない、明るい家族の姿がありました。亜也の実感は、それだけに終わりませんでした。「かけはし」への投稿に対する読者の声。亜也のメッセージに励まされているとの感謝の便りです。「誰かの役にたちたい」。そんな亜也の思いは、達せられていました。そんな声をきっかけに、亜也の日記が「1リットルの涙」として、まとめられる運びになります。
 
亜也の描写と並行して、遥斗と瑞生(陣内孝則)、遥斗の父・芳文(勝野洋)と潮香(薬師丸ひろ子)、遥斗と芳文、主治医・水野と遥斗らが語り合うシーンが挟まれます。いずれも、死に向かう亜也を前にしての、自らと亜也の総決算的に回想するようなエピソードです。瑞生は、遥斗への感謝の気持ちを。これからは自分のためだけに生きろと。見ているこちらが閉口するほどのハイテンションな演技が続いた陣内さんの抑えた語りが、悲しみを誘います。潮香は、亜也の日記を読み、自分の知らないところでの亜也の強さを知り、親が子供を育てているなんて、おこがましいのかもと言います。芳文は、事故で亡くなった長男の思い出を語ります。ドラマの序盤が亜也が語った、「なぜ自分なのか」に通じる内容です。運命を受け入れ、しかし、決してそれに甘んじることなく、今できることを精一杯やると。芳文は遥斗に、子供扱いしてきたことを詫び、自分の信じたことをやれと言います。とはいえ、芳文のスタンスには、演出面での振れも感じます。医師としての自分と、父としての自分の間で揺らいでいたことの証なのかもしれませんが。水野は、遥斗に、医者としての野心に満ちた奢れる日の思いとその後の無力感を吐露して、「決して諦めない」こと新たに誓います。そんな周囲の思いを、亜也は知ってか知らずか、水野に、死後の献体を申し出ます。
 
最終回に、再び「脊髄小脳変性症」のつらさ=病気は身体を蝕んでも、心を蝕まむことはない=身体の自由が利かないことが、残酷なまでに自覚できること=ドラマ序盤で水野が語っていたことを、もう一度思い起こさせるシーンが描かれました。医学部の5年生たちが、臨床実習として亜也に接するくだりです。幼子を相手にするような接し方に、不勉強さを感じ取った遥斗は、「もっとちゃんと勉強してください」と言います。一触即発な雰囲気さえ感じさせるシーンですが、ことを荒立てない演出は、この病気の悲しみと現実をうまく表現していたと思います。
 
遥斗は、意を決して、再び亜也を見舞います。自らの日記を遥斗に見せる亜也。亜也を労り労いつつも、いつものすっとぼけた感じの遥斗。いつのまにか亜也は寝入ってしまい……。一瞬、遥斗との束の間のひとときに満足して、このまま寝入るかのように亡くなるのかに見えたくだりですが、亡くなったのはそれから5年後。ドラマはその翌年、亜也の一周忌のシーンで閉じられます。潮香と瑞生の語りで終わるのかと思ったところで、水野が訪れます(水野ひとり、若がっているように見えました)。ここまではいいのですが、続く、まるで“池内亜也ファンクラブ主催”のような亜也の墓を目指す参列者たちの群(亜也の投稿に勇気づけられた人たちですが)という図式のエンディングは、いただけませんでした。音楽に頼り過ぎる演出につながる、過剰な演出(画面の右端に映っていた「志月亜愛信女位」…うろ覚えですが…は、亜也の戒名?)。その一方で、ドラマ初回から毎回、エンドロールで実話を強調と(ドラマ初回の感想にも書きましたが、僕は、実際の亜也さんは、最終回のエンドロールで見せる形のほうがよかったと思っています)。
 
物語を閉めるにあたって、描写の面で物足りなさを感じた点もいくつかあります。ひとつは、クラスメートたちのその後。大学合格(ひとりを除く)を祝う宴で、一緒に旅行をとまで行っていた友情のその後、というほど重い内容ではなくて、彼女たちのその後がワンカットでもあればと。その後の亜也を見ていたのは、遥斗ひとりという感じでしたので。それと、原作を30十数年後の今に置き換えて描いたその結末で、実際の池内家の面々のその後を紹介(亜湖が東高へ進んだのも実話だったのですね)していたのに対して、「脊髄小脳変性症」についてのその後=当時と今の違いに触れられませんでした。実話とのつながりを感じさせて物語を閉じるなら、亜也とともに物語の主役となった「脊髄小脳変性症」ついてのフォローもほしかったと思います。それがあっての、エンディングの亜也の思い、「同じ病気に苦しむ人が、ひとりじゃないって思ってくれたこと」=「諦めない」=「生きるんだ」が、より効果的になったのではないかと。
 
主役の沢尻エリカさん(自毛色なのか、染めているのかは知りませんが、高校時代の亜也の“茶髪さ”には違和感を感じましたが=池内家はみな黒髪ですし)を始め、薬師丸ひろ子さんら、役者陣の演技はみな素晴らしく、魅せるものでした。なかでも成海璃子さんの好演が光っていたと思います。が、何よりこのドラマを魅せ、感動をより深いものにした一番の功労者は、「遥斗」という原作にはないキャラクターを加えた脚色にあると思います。原作とドラマとテレビの前の僕らを、巧みにつないでくれたのが、遥斗だったのではないかと。あるときは家族よりも亜也を身近に見て、あるときはドラマ全体を俯瞰するかのような客観的な視点から亜也を見つめてきた、このドラマにおける狂言回し的な位置づけを超えた役回りの遥斗。できれば、遥斗のその後も、見せてほしかった(平成版「白い巨塔」番外編=柳原の視点でドラマを振り返り、ドラマのその後の今とつなげるエピソード、という形で企画が進んでいるのかもしませんが)。
 
 
※時間的な都合で最終回までに書けなかった第10話も、追ってアップできればと思います。
 

フジテレビ「1リットルの涙」特別編〜追憶

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沢尻エリカと薬師丸ひろ子(1リットルの涙)15歳で脊髄小脳変性症を発病し、25歳で亡くなった木藤亜也さんの日記「1リットルの涙」と、母親・木藤潮香さんの手記「いのちのハードル」を原作に連続ドラマ化された「1リットルの涙」(放送:2005年10月〜12月・全11話)の特別編です。亜也(沢尻エリカ)の死から半年後が描かれます。
 
亜也の闘病をきっかけに看護師を志、見事念願叶った亜也の妹・亜湖(成海璃子)は、かつて亜也が入院していた常南大学医学部付属病院の心療内科病棟の配属になります。そこには亜也の主治医だった水野(藤木直人)や、亜也の高校時代のクラスメートだった麻生遥斗(錦戸亮)が勤務しており、亜湖は再会を楽しみにしていましたが、遥斗に会った亜の変わりように驚きます。亜湖の目には、遥斗は、担当患者とも看護師らのスタッフとも距離を置き、自分の殻に閉じこもったままの無気力な医師に映ります。亜也の心の支えとなっていた頃の面影は、まったくありません。遥斗は、亜也のことかきっかけに医師になったものの、結局、病気の前では無力で、何もできない現実に打ちひしがれ、今も亜也の死を乗り越えられないまま、自分自身を見失っていたのでした。そんな折り、遥斗は、いじめに悩み、生きることに後ろ向きな中学生・みずき(岡本杏理)を担当医となり、みずきから亜也のことを聞かれます。みずきに対して生きることを諭す遥斗は、亜也との日々を回想します。そして、遥斗は自分自身を取り戻し、みずきも、最後まで懸命に生きた亜也の話を聞き、生きて見ようと思い直します。
 
亜也の亡き“その後”のエピソードですが、「追憶」とのサブタイトル通り、2時間半を超えるドラマのほとんどは、新たに撮影された亜也のシーンも加えられてはいましたが、遥斗が亜也の死を乗り越えていく新ストーリーではなく、遥斗の回想という形で描かれる連続ドラマの総集編的な内容、というよりも“名場面集”。なので、冗長なくだりもところどころありましたが、連続ドラマを見ていた目には、印象深いシーンとセリフが目白押し。主題歌の使い方にいささかあざとさを感じるものの、涙なしには見られませんでした。
 
そんな形で、あらためて連続ドラマを振り返ることになって思うのは、連続ドラマ初主演だった沢尻エリカの技量を超えた体当たりの演技を始め、薬師丸ひろ子、陣内孝則、藤木直人ら脇を固める役者の見事な配役と確かな演技力です。このドラマが深い感動をもたらすのは、実話に基づくからという原作の力以上に、脚色と脚本と演出と演技の素晴らしさでしょう。今回の新撮部分もそれは健在で、成海璃子は、実年齢よりもずっと上の役を違和感なく演じていましたし、錦戸亮も、兄に続いて失ったかけがえのない人と自身の初恋(初めて真剣に人を愛したという意味での)を同時に無くした喪失感から戻れない遥斗というキャラを、説得力をもって魅せました(錦戸亮のはまり役ゆえに、この作品以降のドラマでは、何の役を演じても「遥斗」と二重写しに映ってしまうのは、それはそれで悩ましいところかもしれませんが)。
 
亜也の死から半年後という舞台設定でしたが、高校1年生になった更紗(池内理加)が、登場人物中、ただひとり年齢を重ねていることでの見た目のとまどいと(セリフレベルでも触れられていなかったように思いますが、弟はどうしたのでしょう?)、半年という時間の起点がどこなのかが、うまくつかめないままに終わってしまいましたが、思えば、連続ドラマの最終回は、それまで描かれたエピソードから6年後(亜也の一周忌のシーン)だったので、亜湖がいつのまにか看護師になり、更紗が急に高校生になったかのような連続ドラマ最終回の記憶とのズレは、僕個人の違和感なのでしょう。
 
連続ドラマの「1リットルの涙」は、放映年に、日本PTA全国協議会「親が子供に見せたいテレビ番組」2005年度の第1位に選ばれたそうですが、この種の話題、僕らの年代だと、ドリフターズの「8時だよ、全員集合!」が不動のワースト1位だったのを思い出します。
 
 
>> 「1リットルの涙」番組ホームページ
 
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伊達でございます!

埼玉生まれ。「太陽にほえろ!」のサウンドトラックの素晴らしさから、テレビドラマを見るようになりました。小学校4年時に体育館で生オーケストラを聴いてクラシックが大好きに…。初めて買ったクラシックのレコードは、スッペ「軽騎兵/詩人と農夫」のEPと、バーンスタイン「運命/未完成」とセル「ベト9」の2枚組LP。初めてのオペラは、銀座・ヤマハホールで見たベルイマンの映画「魔笛」。中学の吹奏楽部(ホルン)で演奏することの楽しさを、高校の頃に通った銀座・日立ローディプラザの生録会でフュージョンに出会うとともに、音楽録音の魅力を知りました。

<お気に入りの曲>
◆東海林修「ディスコ・キッド」◆大野克夫「太陽にほえろ!」◆冬木透「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」◆宮川泰「宇宙戦艦ヤマト」◆岡村孝子「未知標」「潮の香りの中で」「ひとりごと」「愛を急がないで」「天晴れな青空」「晩春」◆薬師丸ひろ子「元気を出して」「トライアングル」◆麗美「国際線」「君の友達でいたいから」◆荒井由実「卒業写真」「海を見ていた午後」◆松任谷由実「最後の春休み」◆大貫妙子「会いたい気持ち」「黒のクレール」◆辛島美登里「Merry Christmas to You」「Silent Night −祈り−」◆今井美樹「野性の風」「瞳がほほえむから」「セカンドエンゲージ」「Peace of My Wish」「Miss You」◆飯島真理「Melody」「シグナル」◆宮里久美「背中ごしにセンチメンタル」◆米屋純「水色時代」◆高橋洋子「魂のルフラン」◆古内東子「うそつき」◆MISIA「忘れない日々」◆笹川美和「金木犀」「向日葵」◆柴田淳「ため息」「夜の海に立ち...」◆熊木杏里「最後の羅針盤」「朝日の誓い」◆池田綾子「ひとつの願い」「月」「プリズム」◆諫山実生「手紙」「Eternal Love」◆平原綾香「孤独の向こう」◆arp「まぶた」◆lisa「Will」「TIME IS ON MY SIDE」◆山麻衣美「We are the Stars」◆Chocolove from AKB48「明日は明日の君が生まれ」◆城南海「誰カノタメニ」「ワスレナグサ」◆沢田研二「ヤマトより愛をこめて」「時の過ぎゆくままに」◆布施明「愛よ その日まで」◆町田義人「戦士の休息」「長距離ランナー」「愛」◆さだまさし「療養所」「道化師のソネット」「親父の一番長い日」◆浜田省吾「愛という名のもとに」「Midnight Flight」「J.BOY」◆橋本仁「青空になる」◆中孝介「路の途中」◆Mr.Children「HERO」「HANABI」◆SEAMO「Continue」◆EARTHSHAKER「EARTHSHAKER」「WALL」◆X JAPAN「Rusty Nail」◆プリズム「KARMA」「MEMORY OF THE MOMENT」◆カシオペア「朝焼け」「GYPSY WIND」「EYES OF MIND」◆スクェア「いとしのうなじ」「TRUTH」◆クロスウィンド「そして夢の国へ」◆YOU「BALLAD 9.36」◆鳥山雄司「GHETTO PEOPLE」◆柴田敬一「まどろみのなかで」◆YMO「1000 KNIVES」「MAD PIERROT」「TECHNOPOLIS」◆Maynard Ferguson「Gonna Fly Now」◆TANGERINE DREAM「NETWORK 23」◆YANNI「DANCE WITH A STRANGER」「NOSTALGIA」「SANTORINI」「PATHS ON WATER」

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