「伊根町足谷」を訪ねてみることにした 場所は「伊根町本坂」の碇高原側の村はずれに左へ入る細い道路と電柱が走っている

「足谷川」ぞいの一本道の道路である 結構奥へ入ったかな と思うころ、はじめて人工物の看板に出合う こういうところで看板に出合うと何かほっとするものがある 「足谷会」が結成されていろいろな管理をされているようだ 草刈りもやられた後でなにか人が住んでいそうな錯覚に陥る

さらに奥へ入ると、家屋が見えてきた まだ使えそうな家屋である

上には別の廃屋がある

ちょっとした広場になっていて「足谷集落乃跡」の碑が建っている

碑の後ろには「離村者」の連名がきされていた

その横にもう一つの石碑があり、「碑旨」が記されている

「地の恵み、人の恵みに育まれ、はらからの住居し跡地として、有志により此処に建碑し、後世に記す」と書かれている 明治5年ごろは22戸あったらしい 広場のように草刈りがしてなかったが奥へ道が続いているので行ってみたら、地蔵さんが並んでいた

行けるのはここまでだ 左奥の文字は「人はなき村を見守る地蔵さん」とある
「アキカラマツ」が咲きかかっています

今はツボミで線香花火のような花が咲きます


「足谷川」ぞいの一本道の道路である 結構奥へ入ったかな と思うころ、はじめて人工物の看板に出合う こういうところで看板に出合うと何かほっとするものがある 「足谷会」が結成されていろいろな管理をされているようだ 草刈りもやられた後でなにか人が住んでいそうな錯覚に陥る

さらに奥へ入ると、家屋が見えてきた まだ使えそうな家屋である

上には別の廃屋がある

ちょっとした広場になっていて「足谷集落乃跡」の碑が建っている

碑の後ろには「離村者」の連名がきされていた

その横にもう一つの石碑があり、「碑旨」が記されている

「地の恵み、人の恵みに育まれ、はらからの住居し跡地として、有志により此処に建碑し、後世に記す」と書かれている 明治5年ごろは22戸あったらしい 広場のように草刈りがしてなかったが奥へ道が続いているので行ってみたら、地蔵さんが並んでいた

行けるのはここまでだ 左奥の文字は「人はなき村を見守る地蔵さん」とある
「アキカラマツ」が咲きかかっています

今はツボミで線香花火のような花が咲きます


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