今晩は。

日本免疫カウンセリング協会・カウンセラー藤川富紀子です。


今回は私の経験してきたことを綴ってみようと思います。
ザックリと、大まかな経験談ですが、今はとてもラブリーになれましたので
参考にしていただければと思います。

離婚して、何年か経ちますが、離婚の最終的な要因になったことは、
私がパニックを起こし、過呼吸と突発的な言語障害を引き起こしたことでした。

何故、そんなことになったのか。
私が離婚できたのは30代後半でした。
当時私は第一子を育てながら20代半ばで離婚を決意したのですが、
周囲や夫の意見に負け、離婚は成立しませんでした。

この時は、夫が働かず、パチンコや競馬ばかりしていたものですから、
いくら私が働いても、生活はカツカツでした。
姑に相談しても、働きたくないのだから仕方ない、夫婦なのだから嫁が働けばいいと
言われる始末。
私は、その前後から、髪がよく抜けることが多く、深夜には寝ることができず、お酒に頼るように
なっていおました。
あまりにも、髪が抜け続けるので、病院へ行ったところ、安定剤や髪が生えやすくなるような
薬を処方されました。
暫く、様子を見ながら生活をしていたのですが、やはり生活してく中で、
夫への不満と、夫の両親への不満がたまり、アルコールでごまかす日々が続きました。

そんな中、姑の借金トラブルに巻き込まれ、我慢できず子供を連れて実家へ
戻ったのでした。
一年近く実家で生活しましたが、先にも述べたように、後にまた、
夫と一緒に生活するようになりました。
今度は夫の実家から離れて暮らすことを条件に生活を共にすることに
したのですが、やはり、転職は繰り返し、働かない日は続きが繰り返されました。

もう、私には、夫と生活するエネルギーは無く、ましてや愛などというものは全く無く、
そもそも、人を愛するという意味が分からず結婚していたわけなのですが・・・・

□■□■□■□■□子供のころから、私は異性を好きになる属に言う恋愛感情を抱いたことがありませんでした。
人として好きか、嫌いか。その程度の感情しか異性に感じたことはありませんでした。
ですので、好意を持ってもらえば、嫌いではないので交際をする。
そのような流れでした。□■□■□■□■□
・このような感情を抱いてしまう原因が幼少期にありました。そこはまた、後々お伝えできればと思います




夫は真面目に働くこともありましたが、収入のほとんどは、パチンコ、競馬、趣味で車やバイクに投資をしていたものですから、生活は成り立つはずがありませんでした。

その他にも、色々、どこの家庭にでもあるような些細なことから、夫婦の夜の営みの
トラブルまで、色んな問題に悩み続け、その最終的には、鬱の悪化、過呼吸、言語障害となってしまいました。

今ではお陰様で、鬱を克服し、言語障害もありませんし、アルコール依存も卒業できました。

あんなに朝から晩まで、毎日のようにお酒を飲んでいたのに、今ではお付き合いで飲むことはあっても、晩酌すらしなくなりました。



離婚してからも、鬱病は続きました。
離婚をしたら鬱病もアルコール依存も治ると思っていたのですが、
悪化したり良くなったりの繰り返し。

仕事の帰りに、駅で過呼吸を起こして倒れることも多く、
また、突然不安に襲われ、外出先で発狂したり、号泣したりと、自分でも自分が
コントロールできなくなっていました。

なぜ、処方された薬を飲んでいるのに、全くよくならず、通院するたびに
薬が変わり、時には薬が増えたり、記憶障害も起こすようになっていたのか。

今振り返ると恐怖でしかありません。

子供との約束を忘れることが増えたり、遅刻を恐れて、毎日時間に追われて生活し、
人の顔色を窺い生活することが、薬を飲む度に悪化していったように思います。

鬱病と診断され、安心したあの日は何だったのでしょう。
鬱病だから、もう、主婦業頑張らなくていいと、割り切ったこともありましたが、
離婚してからは、鬱病に罪悪感を感じ、子供を養っていかなくてはならない責任感、
仕事は絶対穴をあけてはいけない。
働かざる者食うべからず。
人に迷惑をかけてはいけない。鬱病だからと言って世の中は甘やかしてくれることは無い。
そんな思いから、自分を追い込み、勝手にまた苦しんでいったようにも思います。

当時、子供たちは、とてもよく協力してくれていました。
早朝に仕事に出かけ、帰宅が遅くなっても、よく手伝いをしてくれていましたし、
私が、倒れた時には、長女が、仕事を抜けて一緒に病院までいってくれたりと、
本当に、子供たちには支えてもらい、助けてもらってきました。

子供たちには、色々我慢させることが多かったですね。

ある日、次女に、
「もう、薬もお酒もやめて。それか、薬はやめて。約束したことも、お話したことも、ママは薬を飲むと何も覚えてない!」

と言われました。


本当に、記憶が毎日曖昧でした。



薬を飲まない不安、自分が変わる不安、色々な葛藤がありましたが、
やはり、薬に頼っていては何も変わらないし、変われない。
健康になれない、そう決心し、薬を徐々に減らしていきました。

仕事も、本当に自分に合う環境を見極め、収入は減っても、自分ができる仕事、
自分に見合う仕事と職場を探しました。

私は、どちらかというと、子供のころから社交的ではありません。
大人数も苦手でしたし、賑やかで華やかな場所も苦手でした。

ですので、自分が得意とするものを仕事にし、なおかつ、できる限り
一対一でできる仕事をさがしました。

そうなると、リラクゼーションや、美容サロンなどかな。
と思い、その業種の仕事に就くようなりました。
以前、エステの仕事を経験していたこともあり、やはり好きな業種で仕事をすると
ストレスは軽減されました。

職場の仲間も、皆いい人ばかりで、本当に働きやすい環境で、
徐々に自信を取り戻すことができるようにはなってきていました。

薬は飲まなくなりましたが、お酒は止めることができませんでしたが・・・・。




□■□■□■□■□好きな職場でも人間関係のトラブルはある□■□■□■□■□

職場では、離職する人もいましたし、また、新しく就職してくる方もいました。
そうなると、やはりなかなか、自分の意見を曲げず、他人を認めないようにする人もいました。

私は、その中で、なぜ、他者を認め受け入れることのできる人と、そうでない人がいるのだろうか。
そこに疑問を持ち、心理学の本を読んだり、単発の心理の講座を学びに行くようになりました。

そうすると、何と言いますか、理屈ではわかるけど、それを経験していない人は
永遠に他者を受け入れ、認めることはできないということなの?という
疑問が出来ました。


そこで、出会ったのが、現在所属する、日本免疫カウンセリング協会の折本先生でした。

心理カウンセラー養成講座。

実践形式で講座を受ける中で、だんだんと、自分自身が一致するようになりました。
不安が自信へ、自信が明るいイメージを持たせてくれるようになりました。
その経験の積み重ねで、アルコールへの執着が無くなったのは、本当に不思議な出来事なのですが・・・。

現在、私はラブリーミーティングを開催していますが、
自分自身が合致すると本当に、ラブリーになれるという、実体験をしています。

生きていれば、それぞれ、その都度、色々なことにぶつかり合い悩みますが、
以前のような、後ろ向きな考え方はしなくなりました。


ですので、是非、前向きになりたい、自分自身を受け入れたいと思う方々には
ラブリーミーティングに参加していただきたいとです。


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