1月下旬にフリーアナウンサーの有賀さつきサンが亡くなった。父君さえ「検査入院だと思った」と言っていました。故人の意思で病名等は一切明かされてはいないが、フジテレビ時代の先輩・山村美智子(元祖ひょうきんアナウンサー)が昨年の7月に会った時に「カツラ?」と聞いたらしいので、抗がん剤を使っていたのではないかと思われます。

 ご自身の父君さえ「検査入院と思っていた」というのだから、誰にも告げずに逝ったのかもしれないですね。仕事は昨年いっぱいで整理してあり、銀行口座の整理もされていたと報道されています。

 見かけよりもずっと強い人だったのか、死期を悟ってそうなったのかは分かりませんが敬服いたします。

 有賀さつきサンというと実は私、恩人だと勝手に思っている存在なんです。1991年、当時、私は編集プロダクションに転職したばかりでした。実績といえば、その前に所属していた出版社で進学情報誌の編集・取材しかありません。
 そのプロダクションは集英社の仕事もしていた関係から、『PLAYBOY日本版』の仕事が降りてきて「まぁ、できるだろ」と、私が有賀さつきサンにインタビューに行ったのでした。

 彼女は女子アナブームを牽引していただけあって華があり、キラキラしていたのを覚えています。
その企画「TOKYO High&Low」の一画を飾ったにすぎない記事でしたが、同行したカメラマン(写真部長だった。つまり、ライターとカメラマンが閑職同士w)が「あのライター、結構やるよ」と編集部内で言ってくれたので、私は堂々とメジャーデビューを果たす事ができたのでした。

 そのインタビュー中、有賀サンは私などの三下ライターの聞く事にも非常に丁寧に答えてくれたんですね。横柄さなんか、微塵も感じられなかったです。
 その、真面目さが彼女の独立→成功へと導いて行ったんじゃないでしょうか。

 だから有賀さつきサン(あの時の写真部長も)は、私の恩人なんです。

 ご冥福を祈ります。

 ではまた。

◆今はコレですが何か
https://hentai-alliance.com/archives/5940

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