ぎりぎりの女たち

小説家 ライターの真野朋子のブログです。 主に映画、音楽、舞台鑑賞などについて書いていきます。趣味性の強い内容ですが、中身は堅苦しくないので、少しの間お付き合いください。 映画の感想は見てから時間が経ってアップすることが多いです。鑑賞後すぐの感想はツイッターで随時行っています。https://twitter.com/majtom49

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「ジュディ 虹の彼方に」

ジュディ・ガーランドの伝記映画だが、47年という短い生涯の最晩年に焦点を当てている。オスカー主演女優賞も納得のレネー・セルヴィガーが、歌唱も含めて大熱演。
ジュディは16歳の時、「オズの魔法使い」に主演し、歌と演技が認められて一躍スターダムにのし上がった。しかし当時、ハリウッドは夢の工場であるのと同時に「才能があればスターにはしてやるが、人間性は否定する」という非情な世界だった。
ダイエットのため薬を服用させられ、10代らしい楽しみも奪われ、これじゃあクスリやアルコールに逃げたくもなる。
会社の言うことをきかない、仕事をサボるといったことも精神状態の破綻からきているのに、だれもジュディの心のケアはしなかった。繰り返す結婚離婚も傷つくばかり、気がつけば借金だけが膨れあがり…
そんなどん底の時に巻き返しをはかろうとロンドンに進出した。その時代から、物語は始まる。
レネーの中年ぶりがほどよく似合っていた。彼女の最晩年に焦点を当てたつくりはよかったと思う。
若い頃のジュディにももちろん興味はあるが、映画の中で想像することはできたし。
実はゲイの人たちに人気がある、というのがよくわかるエピソードも登場し、今っぽさもあった。
あらためて「スタア誕生」など過去作品も見直したくなった。



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「男と女 人生最良の日々」

仏映画の名作「男と女」から53年。主演俳優2人と監督はもちろん、音楽担当も当時の子役2人さえも同じメンツを揃えての続編だ。名作の続編は数あれど、半世紀を経てここまで同じ顔ぶれで撮れるとは奇跡としか言いようがない。
ジャン・ルイ・トランティニャンはすでに90歳近くになっているし、アヌーク・エーメも80代半ばを過ぎている。クロード・ルルーシュ監督は2人より多少若いぐらいだし、音楽のフランシス・レイも同様。つくづく人生100年時代を感じさせる。
そして何より、作品が単なる懐古趣味に終わっていないところが素晴らしい。
ジャンはすでに認知症が始まっていて老人ホームに入っている。アンヌはジャンの息子に頼まれて彼に会いに出かけて行く。そして彼らはゆっくりと過去の思い出をたぐり寄せていく…
2人が再会するシーンがさりげなく洒落ている。風で乱れる髪をかき上げるアンヌの仕草に、まだ色っぽい視線を向ける車椅子のジャン。彼は当然、老人ホームなどにはいたくはない。脱走劇を企てたりして、なかなかのヤンチャぶりだ。
過去の名場面がさし挟まれた、ロードムービー風の作りになっているのもいい演出だ。回想シーンがすべて「本物」というのは、この作品ならでは。だれもが53年前の「男と女」を見直したくなっただろう。
ドーヴィルの海にあふれる陽光は、昔と変わらず輝いている。日が落ちる寸前に放つ緑の光線は、2人のささやかな未来を祝福しているようだ。何ともいとおしい思いでいっぱいになる1本だ。
おなじみのダバダバ…も郷愁をさそう。


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「スキャンダル」

まさに Me too 運動の火付け役となった事件がこれ。2016年、FOXニュースで起こったセクハラ問題(後に訴訟となる)。その裏側を描いたドラマだ。
実話だけにとてもスリリング。華やかなニュースショーの世界も、裏では差別や足の引っ張り合い、裏切りなど暗部は山ほどある。
複雑な人間関係、仲間だと思っていたら明日はライバル、そして敵になる。
そんな中、才色兼備でおまけに野心もある女性たちは、とても苦労して男社会を生き抜いている。
ニコール・キッドマン、シャーリーズ・セロン、マーゴット・ロビーが、3人3様の女優魂を炸裂させる。3人の共演は、えっと思うほど少なかったのだが。
2016年〜17年に起きた事件を、速攻で映画化し公開してしまうという素早さ、米映画界の瞬発力に関心してしまった。

新型コロナウイルスの影響で、4月8日ごろから首都圏の映画館が次々に休館し、今はもう劇場ではまったく映画を観られなくなってしまいました。
公開予定の作品も見送りとなり、いつ封切れるのか目途さえたてられないようです。洋画の場合、本国での公開が遅れているのですから仕方ないですね。
この先、緊急事態宣言が解除されて、無事に営業再開できる日がきても、系列ではない小さな劇場はそのまま閉館、にもなりかねないほど事態は深刻です。
ずいぶん長く生きていますが、映画が映画館で観られない日々がくるとは想像したこともありません。
2月下旬ごろから、すでに客足は遠のいてしました。公開予定の新作は次々と見送りになり、本来ならとっくに上映終了していそうな地味&マニアックな映画でも、(新作が封切れないので)いつまでも上映している、という有様でした。おかげで観たいと思っていた映画は見逃すことなく、ほとんど観ることができましたが。
そのうちに深夜の上映をとりやめたり上映回数を減らしたり、ついには1席置きにしか座らせないようにしたり、と劇場も努力をしてきました。消毒や換気にもとても気をつかっていたようです。
確かに、映画館は密室に人が集まって2時間ぐらい空間を共有します。しかしだれもしゃべらないし動かないのです。だからといって感染リスクが低いとも言えませんが…
とにかく「最後の日々」は、悲惨なほど客席はガラガラでした。上映する作品もだんだん尽きてきて、といった感じで休館もやむなし、です。それでも最後まで上映を続けてくれてありがとう、と言いたいです。
早すぎる解除は危険なので、絶対避けてほしいと思います。
でもいつか、晴れて映画館が再開しスクリーンで映画が観られる日がきたら、飛んで行きます!


3〜4月に観たけどまだアップしていない作品が数本あるので、これからゆっくり書いていきます…

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「ミッドサマー」

前作「ヘレディタリー」は、並のホラー映画とは一線を画した感があった。
強い個性のあるアリ・アスター監督なので、今回もとても楽しみにして観た。何しろ題材が、スウェーデンで行われる夏至祭。1日中暮れない北欧の陽光と、祭の白い衣装を着た娘たち、あふれるばかりの花、奇妙なかけ声とダンス。その裏にはどんな禍々しいものが潜んでいることやら…
ヒロインのダニーがなぜこの祭に参加するに至ったか、最初の30分ぐらいはその経緯と状況説明だが、これが意外に長い。ボーイフレンドとの関係や家族のことなど、ダニーを語るには必要な要素だがもっと手短にまとめてもよかった気がする。とにかくこちらの興味は「夏至祭」なのだから。
ボーイフレンドを含めた男子大学生4人とともに、スウェーデンの辺鄙な田舎にあるコミュニティに辿り着いたダニー。村の人はみな感じがよく、アメリカからやって来た彼らを歓迎してくれる。まるでアーミッシュの村のように、自然と共存し素朴に生きているように見える。でも何やら秘密もありそうだ。
次第に明らかになるこの村の異常性、ほとんどカルト宗教のコミュニティと変わらない。残虐で怖しい儀式と裏腹に、のどかな食事風景やダンスのコンテストなどが輝く陽光の下で行われる。
抜け出そうと思っても、もうどうにもならない。ダニーはそこに順応していくしかないのか…
ホラーでもないし謎解きミステリーでもないが、思わせぶりな演出や時折挿しこまれるゴス表現と相まって、この監督特有の世界を作り出している。
「火」が重要ファクターとなっているのは前作「ヘレディタリー」と同様だ。
また、占いをやっている身としては、画面のあちこちに散りばめられている北欧のルーン文字がとても興味深く、その意味解釈に忙しくて、もう一度じっくり見たくなってしまった。
もうひとつ、かつての美少年ビヨルン・アンドレセンが何十年ぶりかのスクリーン復帰! 実年齢より老け役なので当然面影はないが、印象的な役どころだった。



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「ラスト・ディール 美術商と名前を亡くした肖像 」

こちらは北欧フィンランドの映画。
家族も顧みずに美術商ひとすじでやってきたオラヴィだが、最近は商売もうまくいってない。
そんな時、オークションで作者不明の肖像画に出会う。オラヴィは絶対に著名画家の作品と信じて、落札するため資金集めに奔走する。
折も折、疎遠になっていた娘から、中学生の息子を預かってくれないかという申し出がある。
美術ものは割りと好きなのだが、この作品はテンポもよく小難しくなりすぎず、かといってありきたりな家族の再生物語でもない。
オークションのスリリングさ、おじいちゃんと孫が力を合わせて名無しの肖像画の正体を探るあたりが見どころとなる。もうひとつ家族の問題も重要なファクターだ。
オラヴィは長年商売に夢中で家族は二の次だった。どれほどの迷惑をかけたかも、よくわかっていない。
孫と交流が始まったことは、彼にはとって新たな世界への入り口だった。このあたり、ハリウッド映画だったらこうなるんだろうな、という展開が単純にそうはならなかった。
オラヴィが急に物わかりのいい爺さんにならないところがいい。人は「気づく」ことはできても、早々簡単に変われるものではない。でもラストはしみじみさせられた。
サインのない肖像画の正体や、その理由も納得できるものだった。



ダンサーそして私たちは踊った
「ダンサー そして私たちは踊った」
ジョージア(グルジア)の国立舞踊団で、伝統的な民族ダンスの訓練を積んでいるメラブ。昼はハードなダンス・レッスン、夜はレストランで働いて家計を支えていた。
ある日、新メンバーのイラクリが入ってくる。彼は一風変わっているが、ダンスの才能は秀でていた。メイン団のオーディションを受けるため、2人は猛特訓を始める。
だが、ライバル心はいつしか恋心に変わって、メラブは稽古にもバイトにも身が入らない。
根性ダンスものが、いつしかBLものに変化していく。
こちらの関心はジョージアの民族ダンスを見てみたい、という一点だったので、BL的展開にはさほど興味がなかった。よくある流れだが、まだまだ保守的なお国柄ではゲイは禁忌。メラブもいばらの道を歩き始めることになる。
より自分らしく生きるために、メラブが選んだ道とは…
青春映画としてはこれでいいのかもしれないけれど、正直踊りがもっと見たかった。ハードな稽古シーンは確かに迫力があったが、フルコスチュームでのジョージアの踊りがどんなものか見てみたかった。

後日、youtube でチェックしてみたところ、舞踊は大変素晴らしかった。コサックダンスに近いがそれとも異なる、凝ったステップや足技もさることながら、打楽器メインの音楽と衣装もよかった。


9人の翻訳家
「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」
 世界的なベストセラー小説の出版のため、各国から集められた9人の翻訳家が豪邸に缶詰になる。彼らは外部との接触を一切禁止され、原作は毎日少しずつ渡されその都度回収されるという、徹底した秘密主義。
密室ミステリーというか、心理サスペンスというか、確かにそういった要素もあるが、途中から何やら様相が変わってくる。このあたりの意外性にちょっと唸った。たぶんこうかな、という予想もあっけなく覆されてしまった。
9人の翻訳家の役が、本当に各国から集められた俳優たちが演じていて、なかなか見応えがある。くせ者ぞろいのキャラもいい。
出版界の実情や裏事情などもよく描かれていて興味深いが、最後は小説というか本に対する愛がほろ苦く、納得できる締めくくりだった。



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「ナイブス・アウト

これはもう、アガサ・クリスティへオマージュを捧げた正統派ミステリー(でもちょっとコメディ要素も)だ。
大富豪であるミステリー小説の大御所が、自宅で謎の死をとげた。ワケありでくせ者ぞろいの親族に、型破りな探偵が警察とともに捜査にやってくる。
全員が秘密を持っているし、あやしいところがありあり。古式ゆかしいミステリーのパターンを踏襲しながらも、現代風なテーマも盛りこんで、おまけに笑わせてもくれる。
探偵役のダニエル・クレイグ以下、オールスターキャストはいかにもクリスティ原作の映画みたいだ。監督のオリジナル脚本だそうだが、正直ミステリーとしてはツメが甘いところもあるが、登場人物のキャラも楽しいし観ていて飽きない。
「9人の翻訳家」と合わせて観るといいかもしれない。
エンド・クレジットで流れるRストーンズの「スウィート・ヴァージニア」は、スワンプ・ロック風で好きなナンバーだが、探偵役のダニエル・クレイグが南部訛だったので起用したのか?!



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「ジョジョ・ラビット」

「マリッジ・ストーリー」より、こちらの作品でのお母さん役の方が魅力的だったスカーレット・ヨハンソン。クラシックなファッションが似合い、キャラもカッコよくて素敵だった。
第二次世界大戦下のドイツで、10歳のジョジョは想像上の友だちヒトラーに何かと助けてもらいながら、立派な兵士を目指していた。
気弱なジョジョの日常をコミカルに描いているのだが、後半はかなり重い展開になってくる。そのコミカルとシリアスのバランスが絶妙で、子役のあざとさもあまり目立たない。「ライフ・イズ・ビューティフル」をちょっと思い出したりもした。
ユダヤ人少女との交流など初恋めいたエピソードも出てきて、だれもがジョジョを応援したくなる。
今ノリにのってるサム・ロックウェルが、またまた脇でいい味を出していた。
戦争の悲惨さや理不尽さを描きながらも、どこか希望が見える。偽善的になりすぎず、見終わった後すがすがしい気分になれる作品だ。音楽の使い方もセンスがあるなと感じた。

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「パラサイト 半地下の家族」

どうもこの映画を観に行った時、インフルをうつされたみたいなのだ。予防接種していたにもかかわらず、けっこうキツくて本調子に戻るのに時間がかかった。まだオスカー受賞の前だったのに、大きめの劇場はそこそこ混んでいた。
まあ、作品には何の問題もないし、とても楽しめた。格差社会というシリアスなテーマを見せながらも、エンタメ要素たっぷりで笑わせてくれる。そのバランスがとてもいい。
韓国映画やドラマをほとんど観ないせいか、俳優にもなじみがないがそれがかえって新鮮だった。
半地下に暮らす貧困家族が金持ちの家にパラサイト(寄生)する、その過程がスリリングで面白い。テンポもよく、あっという間に一家は席捲してしまう。ちょっとやりすぎだが、見ていてわくわくする。
観客の大半は、それではすまないであろうことをうすうす予想している。しかしそれ以上の「予想外」がまだあったのだ。豪邸の秘密には驚かされた。「パラサイト」の意味深さを知る。
ラストのオチは、さほど予想外ではなかったが、何か妙に納得した静かな締めくくりだった。とにかくポン・ジュノ監督の手腕とパワーに圧倒されっぱなし。



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「キャッツ」

内外から聞こえてくる前評判があまりにも悪いので、「キャッツ」好きの私としてはかえって興味が増した。もともと映画化に向かないことはわかっていたが…
しかし実際観てみたら、想像していたほど悪くなかった。評判なんてアテにならない。やはり自分の目で確かめてみないと。
やれ珍作だ、怪作だと評している方々は、「猫人間」そのものを受け付けないんじゃないか。舞台で観てもダメかもしれない。
私でさえ、初めて「キャッツ」の舞台を観た時は、最初少しギョッとした。なにこの猫人間、と。でも10分もしないうちに慣れた。舞台の世界は「非日常」が受け入れやすい。おそらく映画よりもずっと。
CG技術が今ほど発達する前の90年代ぐらいに映画化していれば、着ぐるみっぽいアナログな感じの猫人間でよかったかもしれない。
舞台では脇役の白猫ヴィクトリアを主役にしたことも、長老猫を雌にしたことなども、特に問題ないだろう。映画化なのだから多少のアレンジは許される( 個人的な好みでいうとラムタム・タガーがちょっと残念だったが)
しかしせっかく踊れるプロダンサーを主要な役に配しておきながら、ダンス・シーンがあまりダイナミックではなかった。これはダンス中心の「キャッツ」において致命的だ。しなやかで美しいダンサーのプロポーションも生かしきれていない。
ロンドンの街や夜景などCGで再現したり、映画ならではの工夫もあったのに。肝心のダンスが今ひとつじゃなぁ。見どころがほしかった。
それにしても、ジェニファー・ハドソンの魂の熱唱は、だれの心にも響いただろう。曲の(歌の)力は大きい。



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「マリッジ・ストーリー」

ネトフリでやっと鑑賞できた。これは現代の「クレイマー、クレイマー」か。
あの映画から何と40年も経ったのだ。夫婦の離婚や親権争いは相変わらずだけど、いろいろな面でアップデートされている。でも、親が我が子を思う気持ちは時代が変わっても同じだ。
クレイマー夫妻は、ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープという二大演技派が配されたが、今回のアダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンも負けていない。特に終盤の夫婦ののしり合いは、すさまじい迫力だ。ここまでの演技を引き出した脚本もすごいが。
こんなにたくさん好きなところがあった相手なのに、どうして別れることになったのだろう。好きだったところが嫌いになったわけではなくて、色褪せて魅力ではなくなってくるのだ。
子どもの取り合いはイタイ。子どものため、ではなくて次第に自分のプライドをかけての戦いになってくる。そして弁護士同士の争いもまた追い打ちをかける。心身ともに疲弊する離婚。
テーマの割りに長尺に感じたが、ネトフリでなかったらもう少し短くなってすっきりしたかも。



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「ロング・ショット」

シャーリーズ・セロンが、国務長官で次期大統領候補の役って、そんな設定ありかな。でもコメディだからあり得る、か。と、やや不安を抱きながら観たのだが…。
いや、失礼しました。何の不安もなかった。立派に、国務長官に見えた。映画の中では。
何といっても、セス・ローガンがいいのだ。キモい、すれすれのカッコ悪さ。この手のコメディには欠かせないキャラだ。ダメ男でしかも失業中。こんな男でも高嶺の花がゲットできた!
究極の格差カップルだが、これからの世の中を象徴しているようだ。
トランプ政権に対するあてこすり感もある。ヒラリーが当選していたら、なかった企画かもしれない。
政治ネタのギャグもふんだんに散りばめられて、笑えるポイントはいくつもある。意外に社会派ドラマでもあった。
が、「ロング・ショット」の意味するものが、もしかして劇中に出てきた例の下ネタのこと? だとすると、またさらに笑えるんですけど…



teen spirit
「ティーンスピリット」

エル・ファニング扮する少女ヴァイオレットが、「ティーンスピリット」というオーディション番組に出演し、栄冠を勝ち取るまでのお話。
彼女が暮らしているのが英国南部のワイト島(昔のロックフェスで有名)、しかも彼女と母親はポーランド移民だ。田舎の島で母親と2人暮らしに息苦しさを感じ、周囲ともあまりなじめず友だちも少ない。
歌うことでしか表現できないヴァイオレットは、田舎のパブで酔客相手に歌っている。コネもカネもないが、夢だけはある。
客として来ていた引退した元オペラ歌手ヴラドに、いい声だと才能も認められた。ヴラドからボーカル・レッスンの特訓を受け、オーディションにのぞむヴァイオレット…
「フラッシュダンス」みたいな映画だった。実際、短いフレーズが出てきたほど。ヒロインがひたすら、オーディションに合格することに向かって邁進する姿を神々しいほどに描いている。エル・ファニングの好演あってこそ。
恋愛話などで焦点がぼやけることもなく、歌唱も彼女がひとりで歌いきった。たぶん本当にドラマがあるのはその後のストーリーなのだろう。夢と現実のギャップや、業界の汚い裏、成功の代わりに失ったものなどなど…。でも映画はすっぱり終わらせていて、これまた潔いと思った。



冬時間のパリ
「冬時間のパリ」

何だか出演者が浮気ばかりしている話だった。フランスではよくあることだろうし、不倫も浮気もたいして罪悪感がない。バレてもバッシングなどないし。
フランス映画の中だとそれが許されてしまうのだから不思議。でも何か、共感できなかった。
若い人ならともかく、中年になっても色恋にぎらぎら燃えているんだね。というかそれが人生の核みたいに見える。
でも、出版の世界が舞台だし、そこはとても興味があった。やはり世界的にこの状況なのね、と納得。
売れなくなった作家が、新作は出さないと編集者に宣告されるシーンはつらかった。結局、他社で出版できたみたいだけど、今どき私小説なんて。作風変えないとまたクビになっちゃいますよー。
あと映画的に、どこかの店とか家のリビングなどで、おしゃべりするシーンが延々と続いて単調だった。会話を楽しめって? 絵的に変化が乏しく、会話もそこまでスリリングじゃなかったような。
最後のシーンだけは風通しがよくてよかった。何事もなかったようにバーベキューを楽しんじゃう。おそれいりました。ビノシュのネタのギャグに笑った。




もう1月も終わろうとしているのに、まだ2019年を振り返っているのかと呆れられそうですが、いつもぐだぐだに遅れがちのブログと同様です。

毎回のことですが順位はつけません。
「とても印象に残った」と「印象に残った」の2種類だけ。
ネガティブな意味での印象に残っている作品は入っていません。
何かしら感心したり、すごいと感じた作品ばかりです。


とても印象に残った映画

「ブラック・クランズマン」
「幸福なラザロ」
「天国でまた会おう」
「ワイルドライフ」
「ロケットマン」
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
「ボーダー 二つの世界」


印象に残った映画

「ROMA / ローマ」
「天才作家の妻 40年目の真実」
「ビールストリートの恋人たち」
「芳華 YOUTH」
「ゴールデンリバー」
「イエスタデイ」
「ハウス・ジャック・ビルド」






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「ラスト・クリスマス」
有名なヒット曲「ラスト・クリスマス」からヒントを得たという映画。とてもキュートで感じのいい、心なごむ作品だ。全編にわたってジョージ・マイケル、およびワムの曲が散りばめられている。
こういう映画を観る時は、先回りして展開や終わり方をあれこれ予想したり、裏読みしたりせず、ひたすら素直な気持ちで作品と向き合うのがいい。その方がずっと楽しめるからだ。
歌手志望のケイトは、クリスマス・ショップでアルバイトしながらオーディションを受けまくっているが、落ちてばかりだ。家族とはうまくいかず家出しているし、仕事でも失敗続きでいいことは何もない。
そんなツイてないケイトは、ある日トムという青年と知り合いになる。電撃的な出会いでも一目惚れでもないのだが、彼と出会ったことをきっかけに、ケイトの暮しが少しずつ変化していく…
いつもどこからともなくふらっと現れるトムが、なかなかにカッコいい。アジア系のイケメンをもってくるところも、この映画のセンスの良さだ。
ケイト役のエミリア・クラークが、過剰なほどの演技でジタバタするので、すべてを包みこむような優しさを見せるトムといいバランスだ。
二人の距離は、近づいたり離れたりを繰り返しているが、その展開も楽しい。ケイトに変化が現れ、成長していく姿が見られる。
物語は二人の話だけでなく、旧ユーゴ出身のケイトの家族のこと、移民問題も絡めてシビアな面も描かれる。母親役のエマ・トンプソンが脚本も執筆しているので、ただのラブストーリーではないと思ったが、作品に奥行きを感じさせる。
また、店主役のミッシェル・ヨーのサイドストーリーも微笑ましい。
途中で「ああ、もしや…」と、思わずオチを予想してしまった私だが、そんな野暮なことはしない方がいいに決まっている。
ラストが突飛すぎるという意見もあるし、それもわからなくはないが、私はこれでいいと思う。だってクリスマスだもの。



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「UPSIDE 最強のふたり」

実話を元にしたフランス映画「最強のふたり」のハリウッド・リメイクだ。
冒頭のシーンがオリジナルとまったく同じなので、何と工夫のないリメイクなんだ、と少し驚いた。まあ、あのシーンはかなり痛快なので、そのまま使いたい気持ちはわかるが。
しかし話が進むうちに、設定や展開など仏版とはかなり変えていることもわかってくる。
介護士のデルが子持ちだとか、ペンフレンドの彼女とのことも大きく異なる。より現実味が増してくる感じだ。
どちらがいいとかの問題ではなく、どちらもそれぞれの持ち味がある。雇い主が置かれているセレブ生活のむなしさや、馬鹿馬鹿しさなどはアメリカならではの描き方だ。
白人が黒人を救う話にはならず、この種の映画にありがちな偽善ぽさもないのがいい。
ニコール・キッドマンが演じた秘書役が、最後まで観た時になぜ彼女がキャスティングされたかがわかってくる。だれもが納得するラストだろう。
オペラだけでなく、アレサ・フランクリンの曲の使い方も素晴らしい( オリジナル版でのEW&Fも忘れがたいが )

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「ドクター・スリープ」

「シャイニング」の続編、として期待しない方がいいかもしれない。確かに主人公はあの時の少年ダニーで、あれから40年後の話だ。
やっとの思いで生き延びてきたが、人生ロクなことはない。トラウマを抱え父親と同じ依存症に苦しんでいるのだ。
自分と同様の特殊能力を持つ少女と出会い、彼女がその能力と折り合いをつけるというのが話のメイン。けれども謎のカルト集団が現れて、2人の行く手を阻んだりして、スティーブン・キングお得意の善と悪のバトルが始まる。
最終的に、ダニーは例のホテルに行き、トラウマになっている過去の出来事に決着をつけることに( それまでが長い!)。「シャイニング」を踏襲するシーンが何度も出てきて、あたらめて前作の素晴らしさを再認識させられた。
「ドクター・スリープ」を観る前に、もう一度「シャイニング」を見直しておくとより楽しめる。だが同時に、キューブリックを超えるどころか並ぶだけでも容易ではないと、思い知らされる。
ユアン・マクレガーは、トラウマを抱えた男の役は毎度のことながらハマリ役だ。




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「草間彌生 INFINITY」

彼女の大規模展覧会も見に行ったし、作品やその人となりもおおよそ知っているつもりでいた。それでもこのドキュメンタリーは、なかなかのインパクトだ。映画そのものにさほどの目新しさはないが、とにかく草間彌生の人生の、作品の、何と稀有なこと。
その斬新さは、60年代のウォーホールも目じゃない、といった感じだ。50年代にニューヨークに渡ることができたのは、彼女にとっては本当にラッキーだっただろう。
ジョージア・オキーフにいきなり手紙を出すというのもすごいが、彼女を受け入れたオキーフもさすがだと思った。それだけ才能がほとばしっていたのだろう。
草間彌生には不遇の時代もあり、また強迫神経症に苦しんだり、入院生活を送った時期も長かった。しかし一向に衰えないのは創作意欲だ。
夭逝する天才のことを、一生分の作品をその短い生涯の中で出しきった、などと表現することがあるが、草間の場合は90歳になってもまだ出しきっていないような気がする。まさしくインフィニティだ。



「パリの恋人たち」

 途中まではスリリングな展開になるのかと期待して観ていた。が、結局だれにも感情移入できないどころか、好きになれない登場人物ばかりだった。
特にイザベル・ユペールもどき( 失礼!)のヒロインは、友だちどころか知り合いにもなりたくないタイプ。もっと大人のラブストーリーを予想していたのだが、主演兼監督のルイ・ガレルの自虐ネタなのか、せめてコメディ要素でももっとあれば…。
上映時間75分なのに、長く感じられた。個人的には久々にハズしたフランス恋愛映画。

永遠の門
「永遠の門 ゴッホの見た未来」

画家フィンセント・ファン・ゴッホが、死に至るまでの最後の2年間に焦点を置いた作品だ。
37歳ぐらいのゴッホを、60代のウィレム・デフォーが演じているのだが、ポスターを見てもわかる通り、ぜんぜん違和感がない。すごいなりきりぶりだ。
監督は「潜水服は蝶の夢を見る」のジュリアン・シュナーベル。なので単なる伝記ものではない、アート感覚に満ちた作風を期待して観た。
確かにカメラワークが素晴らしく、時に焦点をずらせてみたり、ゴッホの精神状態にリンクするように揺らいだりと、さまざまな工夫がなされていた。
特に、黄金色に輝く麦穂の中をゴッホがひとり歩くシーンは、芸術が生まれる瞬間をとらえていて特に印象的だった。
自分が心動かされた風景をひたすら描き続けたゴッホ。だれからも理解されず、貧困と精神的な病と闘っていた孤独な芸術家を、ウィレム・デフォーが好演している。
また出番は少ないが、神父役のマッツ・ミケルセンの登場場面が見逃せない。父親が聖職者で自らも一時は同じ道を志していたゴッホ。その内面の吐露が印象深い。



残された者jpg
「残された者」

乗っていた小型飛行機が北極圏で墜落し、たったひとりで救助を待ち続ける男(マッツ・ミケンセン)の話。どうして事故に至ったか、男はどういった人物なのか、まったく説明がないままだ。
観ている方がすべて想像しなければならない。一見して、少なくとも1ヶ月以上はそこにいるようだ。食料にする魚の釣り方も工夫がなされているし。
ある日、待ちに待った救助のヘリがやって来る。しかしその矢先にまたもや墜落してしまい、パイロットは死亡し同乗の女性は何とか助かった。ひとりで救助を待っていた男は仲間を得るが、相方は瀕死の重傷でほとんど意識もない。
さらに厳しい条件で再びサバイバルに入る男。少しでも条件のいい場所に移る決意を固め、寝たきりの女性を抱えて移動を始める。絶壁が現れたり、吹雪に合ったり。シロクマに襲われそうになったり、苦労はつきない。
それでも諦めない男。じっとして死を待つより、動き回っていた方が後悔も少ない、と思ったのだろうか。何しろ男はひとり言も少なく、観客は想像するのみだ。回想シーンもないので、出演者はほぼひとり。
それにしても、マッツ・ミケンセンが実に奥深い演技を見せている。さすがは「北欧の至宝」だ。


ボーダー
「ボーダー 二つの世界」

 このありふれたタイトルからは考えられないような、非常に想像力ふあれる奇抜な作品だった。脚本もだが、主演2人のまさしく体当たり演技には恐れ入る。
「僕のエリ」の作者の原作、と言えば解る人には解るだろうか。あの作品が好きだった人にはお勧めできる映画だが、けっこう観る人を選ぶダークな作風のファンタジーだ。
 人間と、人間ではないものの境界( ボーダー )を描いているわけだが、ネタばれせずにうまく書けそうもないのでこれ以上はやめておく。
特殊能力を持った人の話かと思いきや、ストーリーは徐々に予想もつかない方向へ進んでいくので、事前の知識なしで観る方がいい。「イレイザーヘッド」を思い出した箇所もあったりした。
北欧の神話に根ざしている部分もあるようだが、その奥深さを思い知った。ムーミンとイケアだけが北欧ではないのだ、当たり前だが。
こういった作品に出会った時、たくさん映画を観てきてよかった、とつくづく感じるのだ。



IT the end
「IT/ イット THE END」

 前作の最後に続編製作中とあったので、楽しみに待っていた。
 前作から27年後という設定で、ルーザーズ・クラブの面々も中年にさしかかっている。みなそれなりにちゃんとした大人になってはいるが、いかにもそれらしい成長ぶりだ。ぽっちゃりだったベンは筋肉質のイケメンに変貌していたが。
 ジェームス・マカヴォイ演じるビルが今回も主たる役割だ。べバリーはジェシカ・チャスティンだし、子役時代のイメージを損なわない程度に有名俳優を配している。ペニー・ワイズ役だけは前作と同じ。
 169分の長尺だが、前作のおさらい的な(でも新たに撮られた映像)部分もかなり含んでいる。ちょっと忘れかけていたことを思い出すのにもちょうどよく、思ったほどの長さは感じない。
 正直ホラー度でいえば1作目の方が上だろう。でもドラマ的には今作も優れていて、スタンド・バイ・ミー的な前作から、トラウマを抱えた大人への成長過程が興味深い。そして友情と童心を取り戻し、戦いを終えたラストは何ともほろ苦い。
 何とスティーブン・キング自身も出演していて、マカヴォイとの会話も軽妙でなかなかの存在感だった。
また冒頭のシーンで、グザヴィエ・ドランがゲイ・カップル役で出演しているなど、ぜいたくな配役も見逃せないのだ。


yesterday
「イエスタデイ」

これはなかなか面白い着想の映画だ。ダニー・ボイル監督、やるな。
もしも自分以外の人がだれひとりビートルズを知らない世界になってしまったら?売れないミュージシャンが、ビートルズの曲を自作と偽って歌って大ヒット、スターへの道を駆け上がる。でも彼はいい人だから、常に後ろめたさを感じ、ガールフレンドにも嘘をつかなければならずに悩む…
特にビートルズ・ファンでなくても十分に楽しめる作品だ。そのくらいビートルズの曲はすでにスタンダードと化しているわけだ。でも、洋楽ファンならニヤッとするような小ネタが満載で楽しい。
私は個人的にストーンズ・ファンだが、これはストーンズでは絶対に成り立たない話だ。作ったとしてもこれほど面白くはないだろう、残念だけど。
主人公のジャックがアジア系というのもいい。特にカッコいいわけでもなく、ごく平凡な青年なのに曲のよさでどんどん売れてしまう。すぐにエド・シーランの前座として大会場でライブをやることに。
本人役のエド・シーランが自虐ネタを披露したり、意外にも好演している。
ジャックしか知らないことが、ビートルズ以外にもあったりして、そういった小さなエピソードも凝っている。ロバート・カーライルがものすごく意外な役で出演していて、とても驚いた。
こういった一種のファンタジー映画は、最後どう着地させるかがポイントになるのだが、これはうまくいっていたと思う。だれもが納得できるしハッピー、それでいてありきたりではない。
ヒネリが足りない、と言えばそれまでだが、このあっさり感もまたいい。



真実_
「真実」

是枝監督がフランスを舞台にフランス人俳優を使って撮る映画って、一体どんな感じになるんだろう、と興味いっぱいで観に行った。
いや、これもう普通にフランス映画ではないか。カトリーヌ・ドヌーヴ演じる大女優が自叙伝を発表し、アメリカで脚本家をしている娘とその家族がお祝いに駆けつける。娘のもっぱらの関心は、本の内容だ。案の定、きれいごとばかりで「真実」などまるで出てこない。母娘は険悪になり、そこにドヌーヴの現在の夫や元夫、長年仕えた執事も加わって、すったもんだが持ち上がる。
フランス映画にはありがちな設定、でも最後はやっぱり家族っていいな、と。
脚本がよく出来ていると思った。特に、ドヌーヴの新作映画での新人女優とのやりとりを、実際の家族と重ね合わせたり、劇中劇も面白い。
是枝監督の手腕もあるだろうが、何といってもドヌーヴの存在感なしには語れない映画だ。娘役のジュリエット・ビノシュとの丁々発止の絡みもスリリング。彼女の夫役のイーサン・ホークもいい味を出していた。
この映画、日本語吹替え版もあるようだが、イーサン・ホークはフランス語がほとんどわからないアメリカ人、という設定。そのため時々英語と仏語チャンポンの会話が出てくるし、それによる面白さもあるのだが、吹替えにしたらどう処理するんだろう、などと考えてしまった。



ホテルムンバイ
「ホテル・ムンバイ」

海外旅行に行って初めてのホテルに泊まる時は、いつもわくわくする。フロントの対応もだが、部屋に一歩足を踏み入れた時に感じる高揚感は何とも言えないものだ。
映画は、インドのムンバイにある高級ホテルが、テロリストの標的になった実話に基づいている。
デヴ・パテル演じる若いホテルマンは、経験は浅いが自分の仕事に誇りをもっている。何よりお客様がいちばん、という考え方を先輩スタッフから徹底して教えこまれている。人はお金のために働くが、もちろんそれだけではない。
そして彼よりもっと年の若いテロリストたちは、貧しい地域に生まれ育ち、貧困がゆえに無知で、無知だから簡単に人に騙される。そしてごく狭い世界観でしか物が考えられない。このあたり、テロリストたちの残虐性だけでなく、愚かさや憐れさも描き出しているところがよかった。
映画の主軸は、ホテルの従業員たちがいかにしてお客様を守り通すか。地元警察は脆弱すぎてまるでアテにならない。ホテルマンたちの知恵と勇気だけでテロに立ち向かうのは相当厳しいが、文字通り体を張っての戦いが続く。客もいろいろな立場の人がいて、思いはさまざまだ。
サスペンスとしても非常によくできている。大型ホテルは迷路のように入り組んでいて、秘密の通路があったりする。ムンバイは大都市と思っていたが、テロを制圧する特殊部隊が到着するまでこんなに時間がかかるとは。つくづく、自分の命は自分で守らないと (特に海外では)と感じた。



アス
「アス」

「ゲット・アウト」の監督の新作というので期待して観た。自分たちとそっくりな謎の人々と対峙する一家が体験するサスペンス。例のあれ、ドッペルゲンガーの仕業か? と思いきや、そんな単純な話ではなかった。この監督らしくひねりはあるのだが。
最初は、ありふれた家族が経験するちょっとしたホラーものかと思った。それが違うことは、一家の母親が幼い時に経験した、お化け屋敷での出来事に起因する。と、そのあたりまではなかなか秀逸でよかった。自分たちとそっくりな赤い集団は、かなり不気味だ。おまけにすごく凶暴だし。
しかし、そのうち話がどんどん大きくなってゆき、どうやらドッペルさんはこの一家だけにとどまらない。どんどん拡散していって、遂には世界的な陰謀説にまでたどり着く。
ここまで話がデカくなると、少々興醒めしてくる。もっと B級ぽくて、ちょっとチャチなぐらいが笑えるのになぁ。
ウィキペディアにはご丁寧に映画のオチまで書かれているので、これから観る人は読まない方がいい。知ってから観ると面白くないから。



僕のワンダフル・ジャーニー
「僕のワンダフル・ジャーニー」

前作「僕のワンダフル・ライフ」がとても好きだったので、続編というので観た。今回もまた一匹の犬の輪廻転生ものがたりだ。
前作で主人公デニス・クエイド演じるイーサンのガールフレンド役、長い時を経てようやく結婚に至る女性をペギー・リプトン (「ツイン・ピークス」のノーマ役)が演じた。だが続編ができるまでの間に亡くなってしまって、とても残念だった。でも雰囲気のよく似た女優さんが演じてくれたのでよかったが。
イーサンと愛犬ベイリーの関係は今作も変わらないが、例によってベイリーは何度も生まれ変わる。しかしイーサンの孫娘を守る、という役目は生まれ変わっても変わらない。
今回も愛犬家にはたまらないエピソードが満載だ。わかってはいても、思わずもらい泣きしたりとか。
でもやっぱり、イーサンとベイリーの関係に絞った前作の方がテーマがはっきりしていて、より伝わりやすかったかも。
ラストでイーサンに、遂にお迎えがきてしまったので、さすがにもう続編はないかと思われるが…

ロケットマン
「ロケットマン」

個人的にエルトン・ジョンをよく聴いたのは、72年〜76年ぐらいまでだ。74年に見た来日公演が、私のエルトン歴のピークだったように感じる。その後はちゃんと聴かなくなってしまったが、来日公演などはよく行った方だと思う。だからこの映画に使われているナンバーもなじみのある曲ばかり。懐かしかった。
でもそのような思い入れなしでも楽しめる映画なのではないか。
ロックスターの半生をミュージカル風に綴っていて、つらい体験やシリアスな思いもきちんと描かれているが、全体的にキラキラしてハッピーな気分になってくる。
デクスター・フレッチャー監督の持ち味だろうが、もし彼が ( ブライアン・シンガーの後釜としてでなく )最初から最後まで「ボヘミアン・ラブソディ」を監督していたら、かなり違った印象の映画になっていただろうな、とふと想像したりした。
例によって、タロン・エガートンはエルトンにはあまり似ていないが、そんなことはどうでもいい (ラミ・マレックですでに実証されている)。エルトンの曲を吹き替えでなく、すべて彼自身が歌いきっているのもすごいと思った。
エルトン・ジョンはまだ現役のシンガーで伝説の人ではないし、映画は「ボヘミアン〜」のような大ヒットにはならなかった。でも洋楽好きなら十分楽しめるし、エルトンとバーニーとの友情物語にもジンとくるものがある。「え、この時期にこの曲はまだなかったはずだけど」、などという些末な指摘は野暮というもの。監督の演出力に恐れ入った。

74年の来日公演の思い出話はこちらに ↓
エルトン・ジョン思い出とともに



once upone a time in HW
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

いやはや160分の長尺も、何ということはない一気に観てしまった。タランティーノにやられた!。めっぽう面白い、と私が感じたのは、国は違えど1969年という時代の空気を一応知っている、というのもあるだろう ( この国ではヒッピーというより、フーテンと呼んだりしていたが )。まだ生まれていなかった人にも、どこかしらノスタルジアはみたいなものは感じるかもしれない。
ディカプリオとブラピのバディもの、というだけでもかなり興味が惹かれたが、シャロン・テート事件がベースになった裏ハリウッド実録もの……と想像していたのだが、いい意味で期待は裏切られた。さすがタランティーノは一筋縄ではいかなかった。
前半は割りと説明に終始し、これといった展開はない。劇中劇が長すぎたりと、少々うんざりするがこの監督の映画愛にとことんお付き合いすることに。 TVドラマや西部劇や B級映画へのオマージュは、よくわかるしそれはそれで楽しい。
タランティーノの手にかかると、おぞましいマンソン・ファミリーも笑いのネタか。徹底的にマヌケに描かれていて何だか心地良かった。カリフォルニア・ドリームの光と影が物悲しいが、どこまでも油っこい。
「ロケットマン」にも出てきたが、ママ・キャスって当時は西海岸で相当ハバをきかせていたのね…





永遠に僕のもの
「永遠に僕のもの」

予告篇では、ただの自己チュー少年の犯罪ものかと思ったのだが、そんな単純な話ではなかった。
アルゼンチンで実在した有名な連続殺人犯をモデルにした…のだが、70年代の時代感覚と土地柄の空気感が独特だ。アルモドバルがプロデュースに名を連ねているだけに、単なる犯罪実録物とは一線を画している。
この題材をハリウッドで映画化したら、案外つまらなかったかもしれない。
どんな犯罪者にもそうなるに至った理由とか背景があるものだが、この少年には皆無だ。まともな両親に愛されて育ったのに、根っからのワルで罪悪感は微塵もない。おまけにルックスがよく美少年だから、犯罪の残虐さと相まってマスコミが飛びついた (このポスター写真は当時の新聞記事を再現している)
16歳頃に窃盗から始まった犯罪歴だが、豪邸に忍びこんでもものおじせず、その場を楽しむように音楽をかけたり踊ったり。宝石店に侵入しても、盗みっぷりは大人の泥棒が舌を巻くほどの大胆さだ。やがて盗みのためなら平気で人を殺すようになり、残虐さはエスカレートし手がつけられないほどに。
結局20歳の時に逮捕され、終身刑。現在も刑務所に入っている。
実際の犯人の写真を見ると、主演のロレンソ・フェロとそっくりなので驚いた。似た人をキャスティングしたのだろうけど。
この映画では音楽も見逃せない。カバー曲や、アルゼンチンのヒット曲?かもしれないが、抜群な効果を発揮している。特に「朝日のあたる家」が流れるシーンは秀逸。
時代性を反映した、ほのかな BL風味もその種の女子にはウケそうだ。




世界の涯ての鼓動
「世界の涯ての鼓動」

ヴィム・ヴェンダース監督の最新作。ジェームス・マカヴォイとアリシア・ヴィキャンデルの2人が、たった5日間の短い出会いと別れ…。とはいっても、2人とも特殊な仕事に就いていて、非日常的な状況下での恋愛、という設定だ。そういった状況だからこそすぐに火がつき燃えあがる、というのはよくある話だが。
それにしても、このテーマを描くのに、ここまで大袈裟な設定にする必要があったのか、とちょっと首をひねってしまった。予算もずいぶんと使っただろう。邦題も何やら覚えにくくて仰々しい。
男性の方はまあ、任務が任務だけにこういった展開は理解できるのだが。女性の方は、潜水艇を使った事故も緊張感不足で、さしてスリリングではなかった。
せめてラストが、男女が反対の結果で終わっていたなら、少しは「おおっ」となったかもしれないが。予想通りで特にヒネりはなかった。
ノルマンディーの海の美しさが印象的。でも緯度が高いところの海は寒そうだし、荒々しく厳しい…




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「よこがお」

深田晃司監督の作品はここ何作か欠かさず観ている。個人的に大変注目している映画監督なのだ。
「淵に立つ」で、印象深い演技を見せてくれた筒井真理子が主演するというので、楽しみにしていた。確かに彼女のための映画と言ってもいいぐらい、よこがおだけでなく様々な「顔」を見せてくれた。
介護の仕事をしながら真っ当に生きてきた中年女性、市子があることをきっかけに人生の歯車が大きく狂っていく…。その引き金になる出来事は、市川実日子演じる若い女、基子との関係が発端となっている。
同性愛的な匂いを漂わせた基子は、ストーカー気質で一言で表せばキモイ。彼女の発言が市子を破滅へと追い込んでいく。
 好きだけど冷たくされたから意地悪した、という小学生女子がよくやる陰湿で幼稚な行為。それが重大な結果を呼ぶことなど想像もしていない。ただ、自分の方を向いてほしいというだけの理由で、ますます嫌われることをしてしまう。
 だが市子も、ただ黙って被害者だけにはとどまっていない。静かに復讐を企むのだった。
 そのあたり女同士の心の機微がうまく描かれているのは、深田監督の脚本力だろう。ごく小さな昔の秘密を、おしゃべりの流れでうっかり告白したことが、こんな風に曲解されて伝わるなんて。
 ただ常識的に考えて、やや不自然な展開がいくつか見られた。それはまあ、置いといて…という感じでこの監督の世界が味わえた。

さらば愛しのアウトロー
「さらば愛しきアウトロー」

アメリカを代表する二枚目俳優、ロバート・レッドフォードがついに俳優を引退するという。イーストウッドの年齢にまだ届いていないじゃない、とはいうものの御年83歳とか。個人的には「追憶」の二枚目っぷりが忘れられない。アメリカン・ニューシネマという言葉も今では懐かしい…
この作品はなかなか小気味よく、あまり大袈裟でないところも彼の引退作にふさわしいと思った。
実話が元になったクライム・ドラマ。15歳の時から泥棒稼業まっしぐら、逮捕と脱獄を繰り返すハードな人生ながら、強盗のスタイルがクラシックで洒落ている。武器は使わない、人を傷つけない、笑顔で金をいただいてしまう、と。
強盗仲間がトム・ウェイツとダニー・グローバーというのもすごい。老いらくの恋の相手、シシー・スペイセクとのやりとりも微笑ましい。そして彼を追いつめる刑事、ケイシー・アフレックもいい味を出している。共演者のみなが引退の花道を飾ったという感じだ。
主人公の過去を振り返るシーンで、若き日のレッドフォードの写真や映像が組み合わされていてうれしかった。そんな小さなサービスに至るまで、本物のスター俳優だったのだなぁと改めて感心した。



ワイルドライフ
「ワイルドライフ」

なかなか深みのある家族ドラマだ。原作ものだが、文芸小説のエッセンスをうまく引き出して映像化していたと思う。俳優ポール・ダノの監督デビュー作。
妻役のキャリー・マリガンの演技は特に素晴らしいが、夫役のジェイク・ギレンホール、そして息子役の少年にも注目したい。不仲な両親の間で揺れ動く少年の心情を見事にとらえていた。
60年代のモンタナの田舎町。知り合いもいないこんな場所に引っ越してきて、夫が長期で家を空ける危険な出稼ぎ仕事に就いてしまったら…残された妻の閉塞感は想像に難くない。
その空虚さを就活で解消しようとするが、そううまくはいかない。安易に男に走ると、やがて手痛いしっぺ返しが。
キャリー・マリガンがあやうい人妻を熱演した。身勝手で愚かな女、イタい人妻と笑うのはたやすい。でもモンタナの夕日のあのせつなさを思えば、妻としても母としてもすべて投げ出したくなった彼女の心情もわからなくない。
何でもひとりで決めてしまう割に、どこか頼りない夫であり父親であるギレンホールも抑えた演技が渋い。そんな両親を、不安げに見守るしかないひとり息子。すべて彼の視線で描かれているところが、この映画の秀作たるゆえん。
希望の見えるラストも胸にしみた…



child 's play
「チャイルド・プレイ」

これまでの「チャイルド・プレイ」とは別物の、完全な新作だ。旧作では、人形に殺人鬼の魂が乗り移ったという設定だったが、今度のチャッキーは ハイテクのバディ人形。学習機能付きだ。これはかなり進化していて興味深い。人形の顔立ちや質感も、現代風にアップデートされているし。
問題のチャッキーを所有している少年は、若いシングルマザーと2人暮らし。友だちは少なく、孤独だ。このあたりはいつの時代も変わらないホラー映画らしい設定に、むしろ安心する。
ただ、ホラーとはいっても恐怖度はさほとではない。ラストの大仰なスプラッターはお決まりだが。
チャッキーにも感情が芽生えてくるあたり、何だか憐れに思えてしまう。バディ人形として、ただ少年とずっといっしょにいたい、仲良くしていたかっただけなのに…
チャッキーの声を、大御所マーク・ハミルが担当。時折口ずさむ物悲しい歌が耳に残る。
とはいえ随所にブラック・ユーモアが散りばめられて、飽きない演出だった。


Girl_(2018_film)
「 GIRL/ガール」

だれもがこのポスターの写真を見て、バレリーナを志す少女の物語だと思う。
この物語にはモデルになった人物がいるようだが、トランスジェンダーの人だ。肉体は男性で生まれてきたけれど、心は女性。
「彼女」ララは難関のバレエ学校に合格し、クラシック・バレエのダンサーを目指している。
そもそも男女を問わず非常に厳しい世界だ。才能があることはもちろんだが、血のにじむような努力は必至。プロの世界に入ってからも、構造はプリンシパルをトップとするピラミッド式だし、競争社会でもある。精神的にもタフでなければ生き残れない。
15歳のララは性転換手術を希望している。親も承諾しているが、手術が可能な年齢まであと少し。男性の第二次性徴を抑制する薬を飲んでいるのだが、なかなか女性らしさが生まれてこない。
おまけにララはこれまで男子クラスでバレエを習っていたのか?、ポアント (トゥシューズ)を履いたことがない。これからポアントの技術を習得しなければならないのだ。
自分の身体のこと、バレエのこと、周囲との軋轢、苦労や心配事は絶えない。そんなララの複雑な心のうちを、主役のビクトール・ポルスターが繊細に演じた。彼は男性のバレエダンサーで、トランスジェンダーではない。ララ役選びは難航したらしいが、絶妙なキャスティングだったと思う。
終盤にあっと驚くような展開があり、それは賛否両論あるだろう。それまで丹念に描いてきた流れをぶち壊すような乱暴なエピソードはいかがなものか。世間の誤解を呼びそうだし。
希望の見えるラストに少し救われたが… (バレエシーンは思ったより少なかった )



ゴールデン・リバー
「ゴールデン・リバー」

これは好きだ。普通の西部劇のようだが、フランス人監督が撮っただけに一風変わったテイストだ。アクションより人間同士の結びつきに重きを置いた、興味深い内容だった。
こういう作品に当たった時、たくさん映画を観てきてよかったとつくづく感じる。年に数本しか観ていなかったら、おそらく見逃していただろうから。
ジョン・ C・ライリーとホアキン・フェニックス演じるシスターズ兄弟。慎重で物静かな兄と短気で乱暴な弟は対照的だ。しかし殺し屋としての腕は確か。
殺しを依頼された2人は標的を追うが、荒野を馬でひた走る生活は慣れているとはいえハード。西部劇らしい描写が続くが、時折くすっと笑わせる小ネタの要素も光っている。
兄弟のキャラの振り分けはそれなりの理由があって、2人の過去も徐々に明らかになっていく。さまざまな出来事の中で自然に語られていく方法は、テンポがよく飽きさせない。殺しを依頼されていた2人だが、事態は思わぬ方向に進んでいき、さらに予想外の展開に…
兄弟以外のジェイク・ギレンホールやリズ・アーメッドのキャラもふるっている。西部劇でこのような展開はなかなか思いつかないだろう。ゴールドラッシュの時代、というのがカギだ。
クライマックスはウエスタンらしいドンパチではなく、夢と野望と未知なる冒険を含んでいたが、そうそうもくろみ通りにはいかない。しかしこれも有りだろう。
「金」が人生を狂わせた、という単純なオチ以上のものが語られていたのだから。



cold war
「 COLD WAR あの歌、2つの心」

冷戦下での15年にわたる一組のカップルの日々が、モノクロ映像で語られる。もっと政治的な内容を想像していたのだが、純粋なラブストーリーだった。
出会いはポーランドの音楽舞踊学校。ここでは生徒とピアニストという関係だった。民族舞踊や歌のシーンも多く、なかなか見せる演出だ。
やがて2人は恋に落ちる。愛し合う2人だが、想いと行動はなかなか噛み合わず、すれ違いばかり。
ピアニストの男性は公演先で亡命する。女性の方は歌手になって成功し、1度は完全に別々の道を歩み始めるのだが… 運命の人との絆はゆるぎないものがあった。
全編で流れる挿入歌が物悲しい響きで印象的。愛だけでは如何ともしがたい、もどかしさや不条理を語っていた。
国立の民族音楽舞踊団が舞台、ということで中国映画「芳華」を思い出した。あちらの方が大衆的かつ大陸的でわかりやすく、個人的には好みであった。




パピヨン
「パピヨン」

いろいろな意味で、名作のリメイクは難しいということを感じた。
パピヨンと呼ばれる実在した脱獄囚の、体験手記をもとに映画化された作品だ。
45年ぶりのリメイクだそうだが、この「パピヨン」も満足できる作品だとは思う。
ただあまりにも有名な前作と、比較しないではいられない (もし観ていれば、の話だが)
パピヨン役は、何といってもスティーブ・マックィーンの存在感が大きすぎたかも。チャーリー・ハナムは、彼なりによくやっていたと思うが、面立ちが似ているためにますます比べたくなってしまう。
そしてダスティン・ホフマンが演じたドガ役。パピヨンとは正反対なキャラだが、お互いに信頼し助け合う唯一無二の存在だ。
レミ・マレック (ボヘミアン・ラプソディより以前の撮影)が、印象的で時に主役を食っていた。彼に関するエピソードやキャラが少し変わったようだ。どちらがいいというのではないけれど。
前作が「脱獄」にこだわったのに対して、今回は「男の友情」に重きを置いている。途中、ドラマの「プリズン・ブレイク」みたいになって、何だか可笑しかったが。
悪魔島に流されてからが、今回ちょっと急ぎ過ぎたように感じた。あの島で、もう逃げられないと覚悟を決めたドガと、まだまだ脱獄に執念を燃やすパピヨンの対比が興味深いのだが。
最終的な脱獄計画に至るまでの経緯も何だかあっさりしすぎて、苦労して手段をあみ出した描写がないから感動も少な目だった。
しかし2人の別れのシーンは、やはり胸にくる。前作観た人のほとんどが、脳内であの有名なテーマ曲が流れていたにちがいない。



アマンダと僕
「アマンダと僕」

フランスの新鋭ミカエル・アース監督によるヒューマンドラマ。
とても感じのいい作品で、どんな人もやさしい気持ちにさせてくれる。大袈裟な演出はないけれど、しっかり地に足がついていている。主張も押しつけがましくない。
主人公のダヴィッドは、毎日を平凡に生きているありふれた青年だ。24歳の彼は、まだちょっと自分さがし中、という感じだ。
しかし突然身内を失ったことで、彼の人生はこれまでとまったく違うものになっていく。
7歳の姪を引き取ることになったのだ。悲しみに浸る間もなく、子どもと2人での生活という現実がやってくる。自分の将来もよく見えていない状態なのに、子育てという未経験の領域に直面したのだ。
最初2人はぎくしゃくしてばかりでストレスもたまる一方だったが、悪いことばかりではない。失ったものがある一方で、離れていた人が戻ってきたり新たな関係が生まれたり。
これでめでたし、にはいかないけれど希望のある終わり方に好感が持てた。
何だか「うさぎドロップ」みたいな話だな、とちょっと思った。
続編にも期待できそうだ。10年後のアマンダと僕、とか観てみたい。


The-House-That-Jack-Built-Movie-Poster-Lars
「ハウス・ジャック・ビルト」


まったくをもって、胸クソが悪くなる映画なのだ。ラース・フォン・トリアー監督の作品は数本以外はほとんど全部観ているが、いまだに慣れない。
今度は何をやってくれるのか、という期待感もあるが同時に、観なきゃよかった的なほんの少しの後悔も。だが結局は次もまた観てしまうのだが。
シリアルキラーを描いているというのと、カンヌで途中退出者続出、という情報だけで十分だ。それなりの覚悟で観たが、やはり相当にグロい。
マッツ・ミケルセンの TV版「ハンニバル」が正視できなかったような向きには、とてもお勧めできない。
主演のマット・ディロンは、何だかお久しぶりな感じだが、よくこの役を引き受けたな、と。
12年間に60人殺したシリアルキラーだが、トリアー監督が描くとありきたりなサイコパスではなくなる。 決して共感はできないが、それなりに興味はわく。
自分の家を作っては壊しを何度も繰り返したり、異様な潔癖症だったり、まるでアートを創作するように人殺ししたり…
また監督特有のこだわりで、ダンテの神曲のフレーズが何度も使われたり、グレン・グールドのピアノ映像やらデヴィッド・ボウイの「フェイム」が繰り返し出てきたりする。さまざまなイメージが散りばめられて1本の作品になっているところは、ただのシリアルキラーものとは一線を画している。
ブルーノ・ガンツがとても印象的な語りと、演技を見せてくれた。マット・ディロンの怪演にも驚かされた。ディランのパロディには笑ったが。
原題は、the house that jack built




Everybody_Knows_(film)
「誰もがそれを知っている」

イラン出身のアスガー・ファルハディ監督の作品は、このところ何本か続けて観ている。複雑な人間関係を緻密に描き出すことで優れた佳作が多い。
今回はイランではなく、スペインの田舎が舞台だ。妹の結婚式に出席するために、はるばるアルゼンチンから子どもといっしょに里帰りしたラウラ (ペネロペ・クルス)。大家族や幼なじみや知り合い、大勢の人が集まってにぎやかな宴会が開かれるが、その最中にラウラの娘が誘拐される。身代金要求のメールも届き、お祝いムードは一変してしまう…
母性の塊のようなペネロペは、嘆き悲しむ時もパワフルでまさにラテンの血。私生活では夫婦であるハビエル・バルデムが、ラウラの幼なじみで何かと力になってくれる。2人の過去は訳ありで、おまけにこの大家族にはさまざまな事情があったりする。
田舎の濃い人間関係や、損得絡みの恨みつらみ、感情のもつれといったことが、誘拐事件を発端に次々に露呈される。閉ざされたコミュニティならではのややこしさだ。
事件そのものは拍子抜けするような結末だった。物語はかなり作りこんだけれど、今回はペネロペとハビエルの存在感に頼りすぎたのか、多少の物足りなさは否めない気がした。


ジョン・カリー
「氷上の王 ジョン・カリー」

76年のインスブルック冬季五輪、といってピンとくる人はそう多くないだろう (札幌大会の次、オーストリアで開催された )。ジョン・カリーはフィギュアスケート男子シングルの優勝者、この種目でイギリス初の金メダリストとなった。ちなみにこの時、女子シングルで優勝したのはアメリカのドロシー・ハミルだ。
日本からは現在解説者としておなじみの佐野稔が出場し、9位だったようだ。
ジョン・カリーのスケーティングはまさに「氷上のバレエ」で。非常に芸術的要素が高かった。当時は今のように難易度の高いジャンプを何度も飛んだり難しいステップで得点を競う、というのとは少し違った。その代わり、コンパルソリーという規定種目があったのだが。
古いフィギュア・ファンなら知っている、そのジョン・カリーのドキュメンタリー映画だ。
彼はもともとバレエを習いたかったようだが、父親に反対されスケートならばスポーツだから、という理由で許された。だから余計にバレエに対する思い入れが強かったのだろう。
五輪の後は引退してプロとなり、アイスショーを手がけ世界中をまわった。氷上のヌレエフ、の名のように斬新なアイデアで、芸術としてのフィギュアスケートを確立した。
しかし同時に彼はゲイであることが暴露され、スキャンダルの渦中の人に。今とはまったく異なる社会状況の中で、彼はマスコミの餌食となってしまったのだ。
80年代の後半に HIVと診断され、91年に発症。その時初めて、ゲイであることをカミングアウトし、同時に病も公表した。94年、44歳で死去。フレディ・マーキュリーの死とほぼ同時代だった。
彼のスケーティングは、まるでフレッド・アステアのダンスのようにエレガントだ。もうこういうタイプのスケーターは現れないかもしれない。
映画は本人のインタビューや関係者の証言が中心だが、スケートのシーンもふんだんに使われているので、これまで彼の名を知らなかったフィギュア・ファンにも楽しめる内容になっている。



melody
「小さな恋のメロディ」

「卒業」と同時にリバイバル上映していた。実は「ちゃんと観る」のは初めてだった。部分的に記憶があるのは、テレビ放映などで観たせいか。
私はたぶん、アイドル映画だと馬鹿にしてちゃんと観ていなかったのかもしれない。いやいや、これはもう、青春映画の名作ではないか!
マーク・レスターとジャック・ワイルドという当時の子役スターに、新人のトレーシー・ハイド (ツインテールが可愛い!) 
ストーリーは初恋ものの定番だが、ところどころヒネリがきいて英国風ユーモアのセンスが憎い。脚本は、その後「フェーム」など映画監督として有名になったアラン・パーカーだ。
とにかく子どもたちがみな、生き生きと描かれ表情が輝いている。常に動き回っている子どもたちを追うカメラワークもいい。
そして何といっても、主演3人の次にこの映画に貢献しているのがビージーズ! 曲が、本当に素晴らしいのだ。「メロディ・フェア」はもちろん、ヒット曲の数々が懐かしかった。そもそもビージーズの曲からヒントを得て作った映画らしいのだ。
11歳の少年少女、まさに思春期直前、この瞬間にしかあり得ない恋物語だ。何歳になったら結婚できるのかさえ知らない幼さだ。あと2、3年もすると、こんな微笑ましい状況ではなくなってくるのだが。
イギリスらしい階級差の問題なども出てくるが、そこはさらりと流して余計な説明をしていないとこがまたいい。
公立学校が舞台になっているが、おそらく現在はドラッグの問題など、荒み方が比べものにならないだろう。70年代始め、まだ古きよき時代だったのかもしれない。
この作品は、本国や欧米ではほとんど話題にもならなかったそうだが、日本では大ヒット。むしろヒットしなかった理由の方が知りたいぐらいだ。
マーク・レスターは若くして俳優を辞め、トレイシー・ハイドもすでに引退している。撮影当時17歳だったジャック・ワイルドは、子役のイメージから脱却するのに苦労しアルコール依存になったりしたが、2006年に癌で亡くなるまで俳優を続けたそうだ…

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