メーガンさんがアフリカ系の血を引いているからに違いないだろう、ハリー王子との結婚式にはアフリカン・アメリカンな要素がちりばめられていた。

そのひとつが米国聖公会(イングランド国教会の一派)のアフリカ系の総裁主教による説教で、彼は愛の力について、隣人愛・人類愛の領域にまで広げながら情熱的に説いた。

総裁主教の名調子はゴスペル音楽そのもののエネルギーを発散し、女王陛下はじめ王族たちは(その「オーソドックス」でないノリに)少々面食らっている様子だったが、俺たち庶民の心にはよく響いた。

その説教の直後にぶっ飛んだのが Stand By Me だった。









静かに、静かに始まったその歌は、ウエストミンスター寺院という場にふさわしい抑制のきいた調子ながら、実に熱かった。

「あなたが一緒にいてくれるなら、恐れるものなどない」

愛の力を信じる気持ちが、しっかりと語られていた。

コーラスはまとまりがよく、ダイナミクス(音量の高低)を巧みに使いこなす感情表現にグッときた。

個人的にはこれまでに聴いた Stand By Me のなかで最高の演奏だった。


話はかわるが、今回の結婚式での「アフリカ系テイスト」は、人種差別主義的であることで知られるフィリップ殿下(女王陛下の夫)などがどう思っているかはともかく、英国王室がアフリカ系の血を受け入れる意思を明確にあらわすものだといっていいだろう。

かつては植民地として支配しただけでなく、奴隷として人間扱いすることのなかったアフリカ人を、口先だけでなく平等な存在として迎え入れる意思だ。

このことを日本に置き換えるとすれば、それは例えば「朝鮮テイスト」であるかもしれない。

日本人は朝鮮半島を支配下に置き、朝鮮人を一段下の人間と見、今にいたっても彼らをバカにする人が多い。

こういう国の皇室が朝鮮系の血を引く人を家族として迎えたり、それを国民が素直な気持ちで祝う日が来ることってあるんだろうかと思ったりしたわけだ。


彼我の違いはもうひとつある。

英国王室では、このたびメーガンさんを選んだハリー王子にせよ、お兄ちゃんのウィリアム王子にせよ、嫁は自分で見つけてきたことが日本とは大きく違う。

宮内庁をはじめ皇室関係者によるやかましいフィルターに左右されるところの多い日本と比べれば、英国王室の自由度は高い。

自由なだけにチャールズ皇太子のような無茶をやって国民の信頼を失うこともあるが、それは英国王族がまっとうな人権を保障されていることのあかしともいえる。

比較対照的に日本では、皇族方の人権の制限されっぷりは悲惨だし、そのことを含めたもろもろの硬直ぶりという文脈のなかで、「朝鮮テイスト」のような現象がおきる未来は予想しにくい。

その意味で日本人の気持ちは閉じている。

英国は、開かれている。

なんてことを考えたりするメーガン・マークルの結婚式だった。


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