うちは「西郷どん」ウォッチャーだが、ここ数週はいろいろあって見ておらず、この週末にまとめてチェックしたところ、奄美大島で西郷の妻になる女性とぅまのひとことが胸に突き刺さった。

「島の人たちは民(たみ)ではないのですね」

薩摩藩主だった島津斉彬がいかほど民百姓のことを思って政治をしていたかと力説する西郷にむかって、とぅまが言い放ったことばだ。
当時、奄美の住民は薩摩藩から砂糖の生産を強制され、食うや食わずで働かされ、なかば奴隷のような暮らしをしていた。

自分たちは殿様が目をかけてくれる「民ではない」という、とぅまの血を吐くような言葉。これが史実であったかどうかは別として、当時の島の実情をよく表すセリフであり、言われた西郷は絶句するばかりだった。


こういうシーンを見るにつけ、明治政府がどれほど新しい日本をつくったのかがよくわかる。

自由や平等、人権といった誰も聞いたことのなかった概念を、ゆっくりとではあるが着実に取り入れることで、日本人の暮らしはがらりと変わった。

たしかに江戸期の日本は、それなりに安定し豊かさもある社会ではあったが、それは「16世紀から19世紀にかけての極東アジア」という固有の条件下における繁栄であり、時代が変われば通用しないシステムだった。

幕末の日本人は、徳川幕府という体制が通用しない時代が来たことを知り、一から出直す気持ちで日本をつくり変えた。


ほとんど同じことが明治維新から77年後に起きた。

一流国となるべく軍備を増強し、アジア地域の植民地化によって成長しようとした日本だったが、すでに世界では植民地主義という成長戦略が通用しない時代が訪れようとしていた。

だが発想の転換は難しい。日本はアジアでの利権を死守しようとして米英に戦いをいどんだが失敗。

そんな日本にマッカーサー将軍が持ち込んだのは、それまで日本人が思っていたのとは別次元の自由や平等、人権だった。

自分たちは一流国家だと思っていたが、実はそうでもなくて、いくらでも改善の余地があったことを俺たちの親世代は思い知り、新しい日本の到来を歓迎した。

終戦から6年後、アメリカへ帰るマッカーサーを20万人の日本人が星条旗を振りながら見送ったというエピソードが時代の空気をよく表している。

外圧によるものではあったが、一から国を作りなおすことで活力を得た日本は、アメリカの手厚い庇護のもと、高度経済成長へのみちを驀進していった。


敗戦から73年がたち、時代はまた新しい局面にさしかかっている。

戦後の日本を繁栄させてきた「ものづくり」中心の成長戦略は限界に達し、国内的には働き手の圧倒的な不足により社会がまわらなくなりつつある。

時代にあった何かを必要としているわけが、多くの日本人が変化をきらっている。成功体験から逃れらないからだろう。

江戸期の安定した日本もひとつの成功体験だが、明治の日本人はそこから脱して新しい日本をつくった。

明治維新以後の飛躍的な成長も華々しい成功体験だったが、昭和に至りそれを清算することで新しい日本がつくられた。

大河ドラマ「西郷どん」が俺たちに語っているのは、単なる昔ばなしだろうか。

いや吉之助どんは、新しい日本をつくる勇気を俺たちに与えようとしているんじゃないか。生まれ変わるたび、いくらでもよくなれると励ましてくれているんじゃないか。

2018年というタイミングにこの物語が放送されることの意味を勝手に考えて盛り上がっている。


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