適宜覚書-十二落抬

十二落抬(しーあーるらおたい)とは、他力本願とも言われる麻雀の役です。中国から伝わった古役だけど現在では知名度も低く採用されることはほとんど無いというところが、ここに合ってるかもと付けました。

伸ばすべき芽は伸ばすべくもっと若者を褒めようね、

【大阪2児遺棄】「幼い命救えず悔しい」マンションに広がる交流 - MSN産経ニュースという話がある。そう、あの子ども2人を放置し、玄関にテープで目張りまでして、ホスト遊びに狂った母親の起こした悲劇にまつわる話だ。

自分はこの母親について早々に特別異常な人物では無いということ、どうにかならなかったのかという感想(適宜覚書-十二落抬 : 子どもが受難の時代に思うこと)を書いた。この事件は色々と琴線に響くものであったらしく、多くのBlogでも持論や感想が挙げられた。また、背景の情報と思しきものも出ていた。それらの多くは母親に同情的な論調であり、社会が支えられるようにならなければいけないといった結び方をしている。

自分のことを棚にあげておいて、「ああ、結局は他人事だよなあ。社会がおかしいのは分かるけど、指摘してどうこうなるなら問題なんかはなから起きやしないよ」とシラけた気持ちでそれらを読んでいたのだけれど、表記の動きには仰天した。

【大阪2児遺棄】「幼い命救えず悔しい」マンションに広がる交流 - MSN産経ニュースより引用:

マンションの住人は1人暮らしの20~30代の若者がほとんど。子供の泣き声や異臭に気付き、管理会社や児童相談所に通報した住人もいたものの、結果的に事件を防げなかったことを悔やむ声が上がっていた。

いやね、そりゃ確かにね、ご近所さんが異常を感知して動くって気配は希薄化してはいる。でも、それを当の若者が悔やんで自分で動き出したと言うことは、これは大事だよ。

普通は(何を普通と言うか微妙だけどネットなんかでは)むしろ周囲にいた人達は被害者面をする。「普通に住んでいたのに面倒事を起こしやがって」とか「だから、子持ちは嫌なんだ、子ども禁止のマンションがいい」とか言い出しそうなものだけど、この人たちの反応は真逆だ。第一に子ども達がどうであったかを考えていて、心底それを悲しいことだと思っているからこそ、もう起こしちゃいけないと行動している。

こういう行為は全力で褒めなきゃ駄目だ。誰かを責めるよりも、前向きに動いている人や組織を褒めるべきだ。まず、あなた達がやっていることは正しいことだと伝えなければいけない。そして、可能な範囲で助力をすることだ。

怪談を語ろうと思ったがイマイチ纏まらず

IT / ウェブの匿名性はもはや名ばかり ─ 瞬時に明かされるあなたの身元 / The Wall Street Journal, Japan Online Edition - WSJ.comを読んだ。恐らく、この事実をもって「これはいけない」「怖い!」と思うのは、当事者であるネットユーザではないだろう。ネットを普段から使っている人間にしてみると「ふーん?」「またかよ」と食傷気味な話だ。

TwitterでもAmazonでもFoursquareでもGoogleでも、プライバシーの懸念は高い。それらが更に既存機能に付加をしてきた場合には更に危険度は上がる。当然、サービスイン時には危機意識が高い人から疑念や批判、或いは改善提案がなされるが、その一方で利便性との兼ね合いからそれでも継続使用するという考えが勝つ。そうでなければ現状がこうである訳が無い。

つまり、「運用でカバー」すれば問題は無いという話になる。情報を漏らしてしまった人はヘボをしたからで上手く使えば何の問題も無い。そういう考え方が普通になってくると、冒頭示したようにそもそもの危機感すら軽視し時には攻撃の対象にすらなる。使いこなせないのは情報弱者の弱音に過ぎないと言うマッチョな考え方もあるだろう。 

しかし、果たしてそうかといえばそうではないだろう。例えば、Web上で何か問題発言や問題行為を起こして祭り状態になったとしよう。注目が集まって、多くの人の興味が集まると、その人の特定が始まる。これまでのWeb上でのアクションを人力で探り、その紐づけされた情報から更に芋づる式に手繰っていく。いずれは知人なり同僚なり、近所の人なり、学友なりと物理的に近接したネタ元にまで繋がり、更にそこからオンラインに新しい情報がもたらされる。警察でも出来るか怪しいような頂上作戦によって多くの人は、どこの誰であるかを特定され、電凸やら、スネイクやら、表札撮影までされてしまう。これは情報弱者云々ではなく、単に注目を集めたかどうか、情報の紐づけやPULLがなされたかどうかの違いでしか無く、既に誰しもそういう脅威に晒されている。あえて情報弱者と言うなら、それでも「自分は大丈夫」と確信する人こそそのものだと思う。

で、今回の話は、そういう繋がりをシステマティックにやったらある程度絞り込めますよという話で、Webマーケティングとして至極真っ当な方向性だろう。その怖さも、実際にDMが来るなり、電話が来るなり、訪問販売にやってくるなりされないと実感が湧かない。でも、いずれ行き着くところはそこだろう。

この異常な酷暑の中おあつらえむきの少しゾーーっとする妄想。スマートフォンをもって位置情報をダダ漏れしつつ外を歩いていると、まとわりつくようにあなたの好みの商品を紹介するセールスが出現するようになる。それどころか今は興味無くてもいずれ興味を持つだろうリコメンデーションまでするようになる。即ち、家に訪問販売するのではなく、個人に直接ストーカー販売するのだ。家であるならば居留守でも侵入禁止宣告も有効だが、外は公的な場であるし実際にそこにいるんだから居留守も糞も無い。

え?そんな分かりやすいものはストーキング禁止法やらで何とかなる?そりゃあそうかもね。でも、お友達だとか知人だとかもこぞって商売を開始するかもしれないよ。その商売に失敗したって、その人たちは、あなたの情報をあなた以上に持っていてそれを分析出来る。あなたは情報を出さないという選択は出来るけれど、自分が出した情報を紐づけ分析したらどうなるか、企業以上に分かっていると断言出来るだろうか?Amazon.co.jp: ソウル・コレクター: ジェフリー・ディーヴァー, 池田 真紀子: 本と紐づけている見方も面白怖いかもねえ

とか思ったら、現実化していましたねえwwwww。IT / 増えるストーカーの携帯電話GPS追跡 / The Wall Street Journal, Japan Online Edition - WSJ.com。要は法的に問題ないストーキングを企業が知恵絞って考えれば、生け簀の魚みたいなもんだわな。

Wave終了の件

個人的には全く困らない。ベータで使い始めはしたものの掲示板的な使い方くらいしかしなかったので、どうにも持て余していた。ガジェットなどで機能が追加出来るのも面白いけれど、いかんせんとにかく動作が遅くて何かとエラーが出ていたので常用には苦しかった。

これが例えば自分が開発者であったり、アーキテクチャをどう具体的な実装やアプリケーションに結び付けるかを考えることが出来る立場だったら話は違っただろう。GoogleWaveという一つの具体的な形に留まることなく、こんな見せ方や切り口もあると思いつき、実際に自分でサーバをたてて知らしめるまでいけば先は幾らでも広がっていった筈だ。

というか別のGoogleが今のサービスを止めたからといって息の根を止められる訳でも無いんだけどなあ…とも思う。確かにGoogleWave上に自分らのWaveを作って情報共有しているだけという状況なら、サービスの停止イコールWaveの終了なのかもしれないけれど、それにしたって何のためにあれだけ多重化を前提とした環境だったのか分からないような感想を見ていると、むしろ終了判断は正しいのかもなあとも思う。

卑近な話をすると自分はこのベータサービスで元は取れたなあ。サービスそのものがどうこうじゃなくて、こういうのに魅かれる人達と知りあって繋がる機会が得られた。十分過ぎる。

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