July 02, 2008

LHCのブラックホール発生実験とそのシュヴァルツシルト半径

・ 「LHCとブラックホール」 2008/05/25
・ 「LHCのブラックホール発生実験で放出されるエネルギーの量を考えてみる」 2008/05/28
・ 「ブラックホールのシュヴァルツシルト半径をニュートン力学的に計算」 2008/05/30

この話をクローズさせる気はなかったのだが、このトピックについてどんな考え方があるのか色々なブログを読むにつれ、果てしない絶望感が俺を襲ってきて続きを書く気にもなれなかった。「こええ」とか「ぎゃあ」みたいな他愛もない意見なら良いのだが、このLHCの実験を取り扱うブログの中には完全に染まっちゃった人もいて「最近の世界中の地震や異常気象はLHCの実験によってもたらされている!」みたいなことを平気で書き連ねているのだ。世界では一年間にM5以上の地震は1,500回程度起きていて(つまり1日に4回は世界のどこかでM5以上の地震が起きている)のにも関わらず、プレートテクトニクスや異常気象をもたらす気候メカニズムの話も飛び越えて、まだ本格稼働すらしていないLHCの実験による量子の震えが地球に悪影響を与えている、みたいなことを言い出すなんて、人生のどこをどう間違えたらそんな暗黒考察ができるようになるのか不思議でならない。しかもエネルギーのスケールも何も考察していないし。大体この実験だって人類にとっては凄まじいエネルギーだけど宇宙規模から見ればスケールが小さすぎるんだよ。「質量があるものが光速を超えると宇宙の秩序が崩壊して宇宙が壊れる。もしケツからウンコが飛び出す速度が光速を超えたら宇宙が壊れるので明日からウンコするな」みたいな主張に取り合う人はいないが、これが怪しげに見える物理学者の実験に対してはそのような主張も真面目なものとなるらしい。

さて、前回のエントリでシュヴァルツシルト半径を求めるこの式を導き出した。

r=2Gm/c^2

この式を使用するにあたってここでは、
万有引力定数 G = 6.8×10-11 [m3・s-2・kg-1]
光速 c = 3.0×108 [m/s]
を使用する。Mに入れる値の単位を[kg]すれば、rの値は単位が[m]となる。

試しに何か数字を入れてみよう。

分かりやすいところで太陽。
質量は約1.99×1030[kg]。
よってシュヴァルツシルト半径 r = 3.01×103[m] ≒ 3[km]
となる。

地球だと質量は5.97×24[kg]なので
シュヴァルツシルト半径は、r = 9.02×10-3[m] ≒ 0.9[cm]
となる。

60kgの人間だったらシュヴァルツシルト半径 r = 90.67×10-16[m]

太陽を質量はそのままに半径3km以内に、地球ならその質量を保ったまま半径0.9cmに縮めればブラックホールになるのだ。更に言えば、人間を半径0.000000000000009067mの範囲に押し込めばブラックホールになる。太陽や地球をそこまで縮めるのは現在の科学技術では完全に不可能だし、人間をブラックホールにするのももちろん不可能だ。がんばって万力を使って潰しても血や汁が垂れちゃうしな。ということで陽子の出番です。

質量は二つの陽子が衝突したとして、たったの3.34×10-27[kg]
この質量のシュヴァルツシルト半径 r = 5.05×10-43[m]
つまり、0.00000000000000000000000000000000000000000505m

小さい・・・水素原子のファンデルワールス半径ですら120×10-12m程度だ。ちなみに原子核の大きさは10-15m程度。ここで俺は壁にぶち当たる。そもそもプランク長(約1.6×10-35m)よりも遥かに小さい物体を我々は通常の物理法則で取り扱えるのだろうか?

はい、終了。

と、ここまでこのトピックを引っ張っておきながら最後に身も蓋もないまとめをしよう。このLHC、何もブラックホールを作るために稼働する実験施設ではない。主目的の実験は他にあって、ブラックホール作成実験はおまけのまたおまけでしかない。そもそも「ブラックホールが作成されるはず」としているのは超弦理論方面からの、それもごく一部の主張であり、この実験の成功は、

,海寮こΔ僕松蠎仝気隠れている(つまりこの世界は4次元ではなくもっと多次元ということ)
△海譴泙任皺誕器で扱ってきた実験よりも少しだけエネルギーを上げれば観測できるはず

という大前提に立っている(念のため言うと加速器でブラックホール生成を試すのは何もLHCが初めてではない)。超弦理論を貶める気は全くないし(そもそも今の俺のレベルでは理解が完全に不可能だ)、もしこの世界に余剰次元があっても不思議ではないとは思うものの、上で書いた通りにそれを明らかにするにはLHCではエネルギースケールが足りなさすぎる、というのが俺の個人的直観。で、ブラックホールができたらできたで、同じ前提に立つホーキング放射によってあっさりと蒸発するだろう。もし「何か」ができたとしても、それは地球に降り注ぐ高エネルギー宇宙線のエネルギーよりも遥かに小さいスケールのものであり、高エネルギー宇宙線で「何か」が生成されていると観測されていない以上は我々にその「何か」を観測する術はないし、物理学者の大半は今回のLHCの実験で「何か」ができるとは考えていない。

「その超弦理論って何ですか?」という方はこれを読んでみよう(arXivを直リンクして良いのか不安だが)。これを読んで何を感じるかはあなた次第だ。雑誌Newtonが何の裏付けも何の数式も提示しないで超弦理論を推しまくっているせいで何となく「この世界には余剰次元がある」と思っている人もいるだろうが、物事はそんなに単純ではない。

arXiv - hep-th/9709062 E. Kiritsis (CERN) "Introduction to Superstring Theory"

とつらつら書いていたらこんなニュースを発見した。

LHCの実験停止の仮処分申請は無効、米国政府が裁判所に抗弁書を提出

【Technobahn 2008/6/26 18:49】欧州原子核研究機構(CERN)がスイスとフランスの国境沿いに建設を行った大型ハドロン衝突型加速器「Large Hadron Collider」で予定されている極小ブラックホール生成実験を行った場合、ブラックホールが周囲の物質を取り込みながら成長し、最終的には地球をも飲み込む程に成長。地球崩壊をもたらす原因になるとして米国に在住する元原子力関係者が実験開始の一時停止を求める仮処分をハワイ州地方裁判所に提訴してた訴訟に関連して、米国政府は24日、裁判は無効だとする抗弁書を裁判所に提出した。

抗弁書は40冊、合計数百ページにも及ぶ膨大な文書。

抗弁書のなかで米国政府は、LHCに対する米国政府の出資比率は限定的なもので、米国政府がCERNに対してLHCでの実験停止を求めることはできないこと。LHCはスイスとフランスの国境沿いに建設が行われたもので米国の裁判所は外国の科学実験施設に対して、実験の停止を命じる法的根拠はないこと。原告らの主張は実験に基づいた科学的主張ではなく、推論であること。例え、米国の裁判所が実験停止の仮処分命令を出したとしてもCERNには米国の裁判所命令を履行する義務はなく、CERNは実験を実施することが可能、と主張し、この裁判の正当性そのものに疑問を呈した。

原告らはLHCで予定されている極小ブラックホール生成実験を実施した場合、実験の過程でアップ、ダウンとストレンジから成る異質のストレンジレット(Strangelet)と呼ばれる陽子を生成され、このストレンジレットは近くに存在する物質を取り込みながら成長することによって地球をも飲み込む巨大ブラックホールに成長する可能性があると主張。その上、改めて実験の安全性を多数の科学者を交えて検証する期間、CERNが実験を強行しないように実験の一時中止を求める仮処分を裁判所に求めている。

原告らはまた、LHCには米国の連邦政府機関も一部、出資を行っており、出資者の権限として実験の一時停止を求めることは十分に可能だと説明している。

米国内で実験停止を求める訴訟が起こされたことに関して、CERNでは裁判は「ナンセンス」だと述べた上で裁判の進展状況に関わりなく今のところ8月頃からの開始を予定している実験開始に向けた最終準備を進めている。

Technobahn - 「LHCの実験停止の仮処分申請は無効、米国政府が裁判所に抗弁書を提出」 2008/06/26

当たり前の話だけど、そもそも裁判に正当性があるのかね?というアメリカ政府の主張です。でもこれって陰謀論者には攻撃可能な格好の材料となるではないのかな(笑)。「アメリカ政府がこの陰謀に加担している!」みたいな。CERNもこんな馬鹿どもにかまっていないで、早くヒッグス粒子見つけてくれよ!


[関連エントリ]

・ 「LHCとストレンジレット」 2008/07/03
・ 「LHCとマイクロブラックホールとその挙動」 2008/07/26
・ 「人類は標準理論を超えて進む」 2008/08/08

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In my opinion one and all should browse on it. 前のページに戻る
Posted by Kevork Kiledjian Raglan Sleeve Sweater at June 14, 2012 03:44