2016年11月30日

よてい

1月26日木曜日 7時
うたのよう

工藤冬里・礼子
東京・高円寺・UFO CLUB
with
マヒトゥ・ザ・ピーポー 、Hair Stylistics



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2016年10月19日

予定

11月11日金曜日
なんばベアーズ
6:30open/7:00start
工藤冬里+工藤礼子

with
根岸卓平/半野田拓/ayami yasuyho

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10月

手がやぶれてるの
小道をおりる
二回目はゆるんだ空気に
朝の月も
香って
みんながそろった
夜のあとは
そそぎだされた
日のひかりと



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2016年07月11日

予定

8月26日金曜日
大阪 難波屋
工藤冬里・礼子

9月18日日曜日
東京 スーパーデラックス
午後6:30開演
サウンドライブ東京
ジェイコブ・レン、モーマス、Maher Shalal Hash Baz、
The Hardy Rocks、工藤冬里・礼子


http://www.soundlivetokyo.com/2016/ja/0917-18.html

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2016年07月09日

すいか

庭のすいかの苗がじょじょにのびて小さな毛の生えた
葉っぱのはしっこにせみの幼虫が止まっている。
背中はぱっくり開いておらず脱皮してない。
ずっとそこに止まっている。
夏は来なかった。
雨は止まなかった。
そこで時が止まっている。

朝こねこが蝶をつかまえてきた。
羽を無造作に口にくわえて。
放してやると片一方の羽が破れている。
そっと草に置いてももう飛べない。
そうっと陽の光を浴びている。


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2016年06月14日

9年前の

cafe oto でのライブが
デジタルで出ました。
思い出深いライブです。

https://www.cafeoto.co.uk/shop/category/digital-downloads/


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2016年06月05日

オキシトシン

梅雨にはいったっていうそらは
ぼくたちのかきのきのはをてらし
しげったくさをとかす。
あそこにみえるやまさえも
あさってのゆめにはかてない。
とおい、とおい、あさいうみの、そのまたさき。
ほたるみにいった、たくさんいった、
うみべでくるまをとめてねた、
はやおきしたおもいで。


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2016年04月29日

こねこの世界

こねこたちの恋の季節は早かった。
膝に来て手をちゅっちゅとしている間は考えもしていなかった。
近所のおじさんねこたちは新入りの若い衆を見にきてるんだと思っていた。
二匹とも男の子だと思っていた。
戸を開けた怪力の原因がわかって愕然とした。
近所の獣医さんに連れて行ってみた。
やっぱりそうだった。
これ以上こねこの世話はできない。
にゃんつー、ライオン丸の順に手術してもらった。
悲惨だった、青春真っ只中毎晩のるんるん、はずむゴムまりみたいな
こねこたちがずだぼろになった。
痛みに歪む顔、冷たい目、わたしはこねこたちをしあわせにできない、
と思った。
こねこたちの心の望みが絶たれる。
それでもくっついてくるこねこたちはヨブみたいだ。

にゃんつーがいらいらしてる、ライオン丸がきらいになったんだろうか?
お腹の傷が癒えるにつれ、にゃんつーは元のようにライオン丸を舐めあげはじめた。
体が変わってもにゃんつーの心は変わってなかった。
心が女だった。

おじさんねこたちはあいかわらず、数は二匹だけになったけど会いに来る。
こねこたちがそれぞれ相手を見つけてこねこたちが生まれていっしょに
育って、いっしょに遊んで大きくなって、野原を駆け回って、
蝶を追いかけたり、できたらどんなによかっただろう。


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2016年04月08日

うたうたう

4月30日 日曜日
午後7時より
大阪 音凪


6月26日 日曜日
午後8時より
東京 大久保 ひかりのうま

工藤冬里・礼子



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2016年04月01日

こねこの世界

寒い冬のあいだはこねこもおおねこもストーブの周りで過ごした。
おおねこたちも寒いからしょうがないという感じになった。
こねこたちがハイテンションで居間をぐるぐるしだすとじゅんが、
もー、うるさーい!という感じでばた狂いだす。
そうするとこねこたちを居間から出した。
夜もこねこたちがストーブの周りの椅子の上で溶けて眠っているのを
はがして連れて行って玄関で寝せた。
夜は安息の時間、じゅんれいだけでなくわたしにとっても
やっとほっとするときだった。
こねこたちのおねしょは相変わらず、そうじも忙しかった。

まだ帽子も手袋も手放せなかった2月のこと、夜中にとつぜん
ライオン丸が部屋にいるのに気がついた。
びっくりして起きると閉めたはずの重い戸が開いている。
にゃんつーはいなくなっている。
咄嗟になんでかにゃんつーがさらわれた、と思った。
「にゃんつーはかわいいから」
こねこが戸を開けることはできないと頭から思っていた。
懐中電灯を持って外に探しに出た。
見当たらないので電燈を灯しストーブをつけて待っていた。
一時間くらいしてにゃんつーが帰った。
午前4時だった。

次の日はよくわけがわからないまま寝た。
やっぱり夜中に今度はにゃんつーも入ってきた。
にゃんつーが重い戸を開けて。
まいった、と思った。
心の垣根を越えてきたと思った、まだうちの子じゃないと思ってた
のはわたしかもしれなかった。

どうせみんなもとは野良。
拾われたの。
そうじゃないと生きてけない。
家族になったんだ。

ところが。













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2016年03月19日

こねこの世界

れいちゃんが家に帰らなくなった。
くいしんぼのれいちゃん、朝昼夕方にお魚ごはんを食べに帰るも
いくら引き止めてもぷいと出て行く。
いつも家でお昼寝している時間にもいない。
夜もいない。
心配になって探しに行くと、すぐ隣からにゃーと出てきた
こともあった。
れいちゃんの決心は固かった。
こねこのいる家には帰らない。

こねこたちはいつもいっしょ。
にゃんつーの可愛がりかたはすごい。
ライオン丸( もう一匹のこねこ )をなめあげてきれいにして、
お腹をちゅっちゅをされるままにしている。
二匹ともまだ性別不明で、感じからどっちも男の子だろう
となんとなく思っていた。
それでもみんながいる居間には入れてもらえなかった。
おおねこたちのいる前では抱っこもしなかった。
玄関でくっついて寝てるか外でうろうろしてるか。
にゃんつーの顔が曇った。
トイレをいくら教えてもなかなかトイレでしてくれない。
居間以外のあちこちにそそうをして回るので一日中掃除していた。
掃除したばかりのところにされると怒り爆発した。
拾わなければよかったとヒトの言葉で言った。
ちょっとした隙間からみんなのいるところに入り込もうとするこねこを押し戻した。
疲れ果てた。
かわいいと思う余裕がなかった。
あっという間に夏が終わった。

夜の散歩に出た冬里さんがれいちゃんを抱っこして戻った。
れいちゃんは笑ってしばらくいた。

そんなことが2、3回、風が冷たくなる前にれいちゃんが家に帰った。










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2016年03月13日

こねこの世界

去年まだ暑い8月にこねこが草むらのなかでないているのを見つけて
からこのかた休まるひまがなかった。
その日の夕方いつもの散歩道を歩きはじめてまもなく小雨が降り
出した。
戻ろうかどうしようか逡巡していたとき背の高く伸びた葦のような
固い草のあいだからなきごえが聞こえた。
まずい、こねこだ、見たらだめかもしれないと一瞬思うもやっぱり
見に行ってしまう。
硬い茎を押して見ると根っこに濡れそぼったちいさいもの発見。
目がつぶれている。
こねこの様子を見て冬里さんはその日のうちに死ぬかもしれないね
と言ってた。
15才のじゅんと9才のれいちゃん(うちの先住ねこたち)は思った通り
怒ってる。
翌朝急いでこねこのミルクと哺乳瓶をホームセンターに買いに行って
(高い!)日に何回かミルクをあげた。
胃腸がじょうぶみたいで みるみる元気になった。
目も洗い続けたらきれいになった。
目は水色、白い毛に茶色の前髪が斜めにカットされた柄。
箱に入れて、じゅん、れいの気に障らないように玄関に置いた。
最初はいるだけで嫌みたいだったけど玄関にずっと置いていれば
いいよという感じになった。
でも絶対こっちに入れないでね。
こねこはミルクを飲み終わっても手に吸いついてくる。
スリッパを入れておくとずっとスリッパをちゅっちゅしている。
もともとのんびり屋で温和なれいちゃんが少しずつ慣れてきた。
こねこもれいちゃんに寄っていく。
たまに居間でいっしょにいても少しの時間ならだいじょうぶ
になった。
じゅんはずっと怒ってしゃーしゃー言っている。
ストレスなのか唇が腫れて痛そうにしている。
かわいそうなのでこねこはすぐ玄関に戻された。

それでも少しづつおおねこたちの譲歩が見られていた一月後、
近くに住む息子が朝こねこを連れてきた。
団地でおとといからないていたと言う。
前日の夜から雨が降り続いて心配で見に行ったらやっぱり。
これも同じくらいの小ささで目がつぶれている。
冬里さんは様子を見て同じことを言いました。
こんどはミルクを飲ませてもすぐ吐いてしまう。
少し飲んでいいかなと思っているとまた吐いてしまう。
お腹が空いていていっぺんに飲みすぎるみたいだ。
ほんの少しずつあげるようにしたら元気になってきた。
いっしょにいる一匹目のにゃんつー(という名になった)のお腹に吸いついているのに気づいた。
にゃんつーはおかあさんみたいにじっと吸わせて、からだを舐めて
あげている。

二匹目のこねこをみてれいちゃん( ねこの )が切れた。










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2016年02月16日

家のまえに

梅の木の何本か植わった地面があって、ことしは白梅からひらき始めました。
この家にとっていちばんいい季節です。
いまは紅梅もだいぶひらいてちょっとしたひょうしに、あ、梅の匂いだとおもいます。
いぜん近くでくんくんとしたときは紅梅と白梅とはべつの種類の世界の香りでした。
わたしがすきなのは夕日がななめに花をてらすとき、白はうすい金色に、紅は浮かんでるみたいに
見える短い時間があるのです。



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2016年01月29日

どっかが

どっかがきゅっと止まってミックスダウンして
晴れた空とまざってもやがちょっとかかってる。
乾いていて夜ガラス戸をとおして入るヘッドライトの光みたいに
しゅっと消える。
かなしいは論外、2匹まとめて抱っこしたらごろごろ。


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2016年01月22日

予定

cafe nogisu
1月31日 日曜日
夕方7時より

高橋宗孝、工藤冬里 せんとうつわ
わたし うた

愛媛県松山市歩行町1-8-5 富士第1ビル 2F

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2015年12月31日

国立

改札をでて、見おぼえのないあたりにどちらに行こうかまよってしまう。
でも左に行って、さびしくなるあたりからあああのお蕎麦屋さん、
あああの居酒屋、と記憶がよみがえる。
いちょうが散るころで、風がふかなくても葉が宙に流れる。
あのコーヒーショップの二階で小さい子供といっしょに何時間も暖をとっていた。
あの頃も陽にひかりながら舞う葉っぱを見ていた。
寒かった。
自転車で銭湯に行った。
これから何年もないかもしれない。
ともにあるく人生は記憶に残る。
きみも共に歩もう。



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2015年11月22日

まめ

まめもらったので、ひのあたるえんがわでかぞえてみた。
むしもらったのでかわいたじめんでころがしてみた。
いちにちはこうやってはじまる。
いきのびたねこたちとわたしと、おちるはっぱとどろをこねて
ケーキにしてきょうも食べる。

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2015年10月23日

こねこ・健診

こねこには
こねこのミルク
あまいみず
いったんとまって
よるはながれて



朝からよ
みずは剝がれて
おさまって
かわりにながす
にがいコーヒー



こねこには
はっぱもおもちゃ
ちらばって
こねこの夢に
日はひかり

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2015年10月02日

のこりのことし

11月7日土曜日
夕方
近江八幡 酒游館
アリントン・デイオニーソ氏と
工藤冬里・礼子

12月10日木曜日
夕方
東京 大久保 ひかりのうま
工藤冬里・礼子




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2015年09月24日

あす

9月26日土曜日夕方
松山市道後アトリエなんなんな
高橋宗孝くんの個展最終日
マツヤマヘルに参加








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2015年09月21日

ひがんばな

ひがんばなの第一世代
がさいているあいだに
さきはじめる第二世代
やがてくる両世代のおわりとともに
おとずれる
やさしい夕暮れ

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2015年07月08日

うたう予定

8月29日土曜日
神戸ビッグアップル
夕方

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2015年07月01日

とつぜん

風がふいて

木が、枝が、頭をゆらしてあめとあめの音と

そらをなみがわたる

「あなたが秋に来るなら」

とおくの道を車がとおる

「わたしは夏をほうきで掃きだしちゃいましょ」









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2015年06月17日

田んぼ( 田植えがおわったばかりの )

そらがぬるんで

水にひかる

はいいろのせかいを

とりが切る

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2015年06月05日

夜中に

夜中にこっそりほたるを
見にいっても
ほたるは寝ています
ゆめをみて
あばれたほたるが
しゅっとあがっても
あたりは闇ばかり
夜が明けるまで
くくく
とわらいをこらえて
もうひとりのわたしを
ねかしつける
ママ

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2015年05月15日

うたうよてえ

6月21日日曜日
徳島県鴨島町スタジオピクニック
夕方


7月5日日曜日
bonjour!現代文明
〒604-0906 京都市中京区新烏丸通竹屋町上ル東椹木町121
夕方


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2015年05月12日

蝶々がジャスミンに止まりました。
ながーい口で蜜をすいます。
すうだけ、口が長いのでかむことはできません。
葉っぱはもう食べません。
あれはむかしのはなし。

だからあ、とんでるんだって。
あんたも蜜吸って生きてみ。
らっくやでー。

そう言ってとんでいきました。

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北九州のおにいさん

北九州のおにいさんはたまのお休みの日だったかもしれません。
お天気の朝ピクニックだって行けたのに、テトラに着いてみると
おじさんおばさんがうろうろしているだけでした。
写真もすぐに見飽きて、することもなし、
帰ろうと思ったら北海道のお姉さんが気がついて、
やっとれいこがすこし仕事をしたのでした。
ごめんなさい。
気がつかずにひとを傷つけていることがあるものです。
家に帰ったらさみしくなりました。
またおあいしましょう。



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2015年04月17日

うたう予定

5月8日金曜日
福岡市警固2丁目 月
午後7時ごろ
工藤冬里・礼子

5月9日土曜日
博多テトラ
午後7時目安
3c123、山崎春美、後飯塚僚、福岡さん森元さんたちと

5月13日 水曜日
松山市ワニとサイ
午後7時
Shiu Yieng Hui , Matsuyamaher

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2015年04月09日

しか

長距離バスのバス停に見送ってから身軽になったわたしは
100円ショップ巡りをしました。
欲しくなってもだいじょうぶ、なんでも買ってあげるよ。
つぶれたお店が思い出される照明の落ちたショッピングモールの二階
春休みの子供たちも二、三人。
ダイソーよりおしゃれなものが多いんだ、スリッパにお風呂グッズ、明るい
もろいプラスチック。
ワイングラスに多肉植物、わー、タオルもホテルみたい。
暮らしの夢。
ふと目にとまったのは小さなガラス玉の中のしか。
ひっくり返すとキラキラがおちてくる。
こんなふうにあなたのいない時間はすぎてゆくのですよ。



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2015年03月17日

北条

北条への道はくねくねの山道。
行っても行っても終わらない。
夢の続きのような暗い道を小鳥さんの運転で上ってゆく。
やっと海が見えたのはカモミール茶をのんだところ。
それからぐんぐん下って海に着いた。
ひんやりするけどどことなく暖かい病院の二階に着くと広い校庭に残された
小学生みたいに所在無げなきみがいました。
社会的な表情をすてたきみには言葉が伝わるのかわからない。
こちらにかかわりなく表情が変わる。
眼は反転して内側を向いているみたいだ。
狂気ということばでそれにかたをつけようとするのを止める。
きみはたしかに愛をつらぬきとおした。
おせっかいだってこどもみたいだって愛だったんだ。
愛はきみの魂を砕いてしまったよ。
なんの処世術もなすすべももたなかった
もうひとりのわたしへ。





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2015年03月16日

もや

朝からもやがたちこめてる。
日の光はさえぎられ中くらいの大きさの鳥が木にいっぱいとまってる。
からだももやがかかってどこにまんなかがあるのかよくわからない。
うかんでいる空気と息が流れてる。
夢にはママが出てくる。
部屋のなかにわたしたちがいる。
窓からは狭い中庭に鹿たちが見える。

部屋から出られなかったときは鳥たちだけがビジターだった。
ママドンクライ。
人生には喜びのほうがずっと多い。

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2015年02月11日

3月のうた

3月1日日曜日
鳥取ボルゾイレコード
7時より
ミノル・タナカ
工藤冬里・礼子

3月30日月曜日
徳島県吉野川市鴨島町ピクニック
夕方
工藤冬里・礼子


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2015年02月09日

牡蠣

いつの間にか日が沈んだね。
部屋に五人と牡蠣。
南の海から連れてこられて
それまでは目がみえなかった
耳が発酵していなかったとしても
ここで海のにおいにこじあけられて
時間がつるりと交差した
交差した先は冬のえだのようにほうぼうへ
散ってゆくとしても
きみらの灯りにてらされて12ヶ月の海を覗いた



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2015年02月02日

サウンドライブトーキョー

2014・11・11

this is my song
http://youtu.be/PINsSpMppOg?list=PLkYGnJOG-yZS34ip_5On09L53wi1esQMG

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2015年01月23日

こんなに

こんなにしずかなのに
じひびきのようにちかづいてくるものがあって
からだにくされのようにはいってきては
おともなくゆらす、ゆらす
いのふがさわぐよるのあいだに
うみがわかれるからまっていなさい
ああ、あのまちのあのろじもとおった


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2015年01月11日

はーちゃん

はーちゃんのかおもこえもわすれてしまったよ。
はーちゃんのいないところにいろみずを注ぎこもうとしたよ。
海のようないろみずやくりの煮汁のようないろみずや
よるのいろみずや病気のいろみずやいろみずのいろみずや。
あれもこれもいまとなってはうつくしいおもいでです。
たてに切ったら思い出なのか、おかあさんはピンクのスライムに
なって床の隙間から落ちたイヤリングのかたっぽを拾ってわらってる。
はーちゃんのかおは思い出せない、だってくるくるかわるんだもの。
はーちゃんのいないところはいないままにしておいて、
さあ、もうかたっぽのくつをさがしてこよーかなー。



よるは見えにくいとおもうのですが踏まないでください( なめくじ談 )



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2014年12月12日

料理

どうして料理ってあっためることなんだろ?
かたいものをどうしてやわらかくしていくんだろ?
わたしは火のまえでなにをしてたんだろ?

じめんからひろいあつめたものがなくなった日から。
そらからふるようにあふれてくるものが。

まめをにるゆうがた、ささやきごえとかみなり。
ガスの火で手をあっためながら。




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2014年11月30日

およぐ

午後のプールは空いている。
たまに水中で歩いている婦人がひとりかふたあり。
高い窓から秋の日が射す。
ひかりがゆれる、みずも。
からだのじかん、足の図鑑、体積とさかな。
シジュウガラがむしをくわえてる。
きのうの午後はみんなで来てくれたね。
柿の木で鳴いたからわかったよ。
くももすぐ近くにいたんだ。
くものかあさんはじっとしたままずぼんにかくれてる。
朝しんでた小さなもぐらはだれの子だろうね。
こんな曇りの日は周波数がないね。
およぎたい。やきくん。


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2014年11月22日

キャスねえさん

キャスねえさんは柿がすき。
近所の柿の木を見つけておいしそうだと言う。
いまにももいで食べそうな勢いだったので
国際法的に落ちてるのなら食べてもいいよと言うと
あっというまに落ちてる二個をずずっと食べた。
キャス姉さんはさみしんぼ。
どこに行くにもくっついて来る。
せっかく東京にきたんやからひとりでカフェとか
いきたいやんか、姉さんいっしょだとぜったい無理、
朝から公園はどこやいうて連れて行かされる
「智恵子は東京には」
病気だと言われたこどもたちがまっている
かあさんのホリデー
時が華々しい女の人の手でページをめくっていく
掃除機をかける手をとめてふと思い出す。







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2014年11月06日

れいちゃんの you too 日記 その12

これでおしまいになります。
ほんとかなあと思いつつ、動くにつれ、痛みは一時ぶり返すことも
ありますが、減っています。
じぶんの中にほんとは怒りがあるんじゃないだろうか??と
考えましたが怒りはないみたい。
ただ起こるのを許されたことが自分には悲しすぎた、ということ
だと思います。
あるいは反対にいえば最初に体に痛みがあったためにじゅうぶん
感情を意識しにくくなっていたとも言えるかもしれません。
「腰痛は怒りである」には対処法として痛みを叱りつけると
ありますが、誤作動であるにしても、自分を守ろうとして
無意識がおこなったことを叱るのもどうかなあと思います。
本来ならば死別という味あわなくてよかったものに対して
誤作動を起こすのはいたしかたのないことです。

これからも幾多のこころの痛みを経験しないとならないこと
でしょう。
それでもそのたびにわたしたちの島のようなこころではなく
海のように深く空のようにひろいこころがもっと大きな
痛みを憶えていることを思い出したいと思います。

おわり



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2014年11月05日

れいちゃんの you too 日記 その11

「腰痛は怒りである」はサーノという人の理論を基にした本で、
それはからだの痛みは無意識に閉じ込められた感情を
感じさせないようにする役割を果たしており、脳が
その部位への酸素不足を引き起こして痛みを
生じさせているという説である。
読み始めた時は自分には当てはまらないと思っていた。
こんなので治れば世話はない。
読んでいくうちに自分の症状と重なるのに気づく。

試しにじぶんの心に聞いてみる。
「どんな感情がある?」
「さみしい」
「それはわかってるよ、でも痛みに変わるくらいさみしい?」
「うん」
れいちゃん泣いてる。
そしていつも感じている痛みの固まりが溶けた。

じぶんでもびっくり。
次の日の朝も痛みは大幅に減ったままだった。
朝ごはんのあと台所の排水が詰まって床が水浸しになり雑巾に水を吸わせて
絞るという作業に追われた、いつもならとても無理なはず。

その夜、もう明け方近く、友人が夢に出てきた。
ゆりちゃん(まだ死んでない友人)と地図である家を捜していると
美恵子さん(亡くなった人)が病気になる前の姿でやってきて
「それはここだよ」と教えてくれて去っていった。
また泣いた。

次の日は海沿いの温泉に行った。
治療以外でどこかへ出かけるのは去年の年末以来初めて。
痛みは見え隠れする。
山道をくねくね30分、海が見えた。
今年の夏は海に行かなかった。
ちょうど海が見えはじめた頃日が沈み始めた。
海に面した露天ぶろから夕焼けが見える。
小学校一、二年の女の子がお母さんとずっとしゃべってる。
お母さんが出すお金の計算問題に女の子が答える。
海には夕日、。
なみだがあたたかい湯にとける。
帰りは皆既月食だった。
満月が影になってゆくのを車を止めて眺める。

次の日久しぶりで庭の草を刈った。
柿の木にぐるぐる巻きついている蔓を鎌で断ち切っていく。
じぶんでじぶんに巻きつけたものを断ち切るように。


つづく






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2014年10月31日

れいちゃんの you too 日記 その10

最後に高知に行ったのは10月1日、ツアーから帰ってきた冬里さんに
車で連れて行ってもらいました。
あ〜、車の楽なこと。
行きは南国インターで維新バーガーを食べました。
これはカリカリの地鶏ソテーに卵焼き、野菜が、お好み焼きみたいな
生地のバンズにはさんであるもので、「リョーマの休日」
という旗とともに高知の心意気をよく現しています。
わたしが鍼をしている間に冬里さんは海に行って石をひろってきます。
わたしは鍼のあとは動きにくくなるのでそのままホテルで休憩。
いつもなら駅前でパンを買って部屋で食べ寝ながら大きいテレビを
見るだけですが、この日は冬里さんが市場で藁焼きのかつおを
買ってきてくれました。

その前の週にひとりで高知に行った時、行きのバスの中の字幕ニュースで
神戸で行方不明になっていた女の子が亡くなっていたのがわかりました。
倉敷で行方不明になっていた子は助かったからこんども無事見つかったら
いいなと思っていたのに。
世界の空気が変わったような気がしました。

そしてこの日記を書き始めてからのこと、冬里さんに小学生の作文
(いいと思うよ)みたいだと言われ、痛みについて調べたことを
書いたらと言われそれではとネットで本を調べると心理本が
ヒットします。
今までは自分には関係ないと思っていたのですが試しに
読んでみることにしました。「腰痛は怒りである」。

つづく



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2014年10月28日

れいちゃんの you too 日記 その9

業を煮やしたRちゃんがまた高知に通ったのが9月。
去年回復したのはこれがきっかけだったかもしれないと
日記を見て思い出したのです。
つい最近のこと。
初回は冬里さんが車で連れて行ってくれました。
痛いのを想像して体さんが緊張していましたが、
道の駅で買ったいちじくを食べて気炎をあげたのでした。
病院に着いていちじくを食べている間に先生に呼ばれ
あっというまにまた鍼をだだだっと打たれたのでした。
やはりこれをきっかけに体が変化していったようです。
冬里さんはそのあと長いツアーに出て二回目からは高速バスに
乗ってゆきました。
高速バスの一番後ろの席に陣取って横になりだんだんつらく
なってくるのをあれこれ体勢を変え何とかこらえます。
高知駅からアンパンマンの電車に乗り換えて
30分。アンパンマンの掲示板を見ながら
アンパンマンのゴミ箱にごみをいれながらやなせさんの
生まれ故郷の町の病院に着きます。
おじいちゃんの鍼は無口ですが容赦なく、鍼をしてから3日も
4日も痛いのです。
それでも回を重ねるごとに少しづつ痛みの閾値が高くなるのが
分かりました。
治療のみこみができただけでもよろこびでした。

つづく



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2014年10月20日

れいちゃんの you too 日記 その8

6月もそんなふうにすぎていった。
友人が亡くなる前、心にとまっていたのは
「夜と霧」だった。
収容所でフランクルを支えたのは自分を見つめる
もう一つの目だった。
精神科医として、このような状況におかれた自分を一歩離れて
分析している目。
厳寒の中過酷な作業をしながら眼前に現れた妻の幻は
会話をするくらい現実的なものだった。
そのもうひとつの目に自分がどう映るか、それが中心にあるものだった。
痛みのさなかにあってもその中心で支えられていた。

それがなんだかすこしぼやけた感じ。
ねむくなってねこのまぶたがのぼってくる感じ。
暑くてどうでもいい感じ。

それでも助けがなかったわけじゃない。

窓の外ではしらさぎが右往左往。
ねこは心配そうに寝ているわたしにおりかさなってくる。

キャッチすることを繭に入った心がやめていた。
悲しみを、淋しさを痛みに変えてれいちゃんどこへゆくんだい?



つづく



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2014年10月16日

れいちゃんの you too 日記 その7

うれしかったのは年末に両親に会いに行けたことだ。
高速バスの3時間半、相棒のヨックションをおしりにしいて
なんとか大丈夫だった、荷物も紙袋に着替えだけ持った。
みんなで映画を見に行ったりごはんを食べに行ったり、
それでも平気だった。
梅田の新しくなった吹き抜けの駅ビルでゾロゾロ、
姉と姉といっしょにすんでるあやちゃんもいて6人で見物して回った。
からださんが夏からがんばってこんなに回復してくれてたのに
ほんとうにおかあさんはばかだった。
おかあさんて?

痛みはなくなったけどまだからだがぎくしゃく、まえに倒せない後ろを
ぎゅっとふりむけないわたしはまだ治療を探していた。
ほねにはほねを、
インターネットで評判のよさそうなところをしらべる。
これって海をおよいでわかめを探すようなものかも。
だれもしらないんだもん。
選んだのはエキテンで評がよかったところ。
いま思えば治療法の説明はまったくなし、エキテンも評を
書き込めば治療費が割引になる仕組み、これじゃあねー。
おかあさん(?)がばかだった。
ここでのことはまだ記憶が定着してないというかつらくて
書けない感じです。
ことし一月のこと。

結果はばきばき骨を砕いたあと、あれ?
また、ふりだしにもどった。
すこしづつずれてゆく感じ。
暗い予感。

前よりもひどかった。


三月に両親がお見舞いに来てくれて、温泉をすすめられた。
四月のこと、あったまりすぎて湯舟からあがって、
たちくらみするぞー、
と思って近くの掛け湯の台につかまろうとしながら
気を失った。
何か夢を見ながら目を覚ました。
女の人の顔がのぞきこんでいる。
ふわっとした柔らかいものにだかれている。
どこで目を覚ましたのかすぐにはわからない。
そのまま脱衣所に運ばれた。
温泉の人が呼んだ救急車が着いて病院に連れて行くという。
え?はだかんぼさんなのに?
断ると簡単な検査のあと救急隊員たちは帰って行った。
温泉のひとにしばらく休めばだいじょうぶだからと頼んで
木のベンチに横になっていた。
起き上がろうとするとめまいと吐き気。
結局自分で運転して帰ったのは4時間くらいしてからだった。
不思議なことにめまいの嵐のあいだ痛みはひと休みしていた。

MRIで異常はなかったが続くめまいと吐き気に、
むかし国立に住んでいたときにめまいを治してもらった友人に
電話した。
友人は国立で治療院を開業していて勉強熱心な人。
めまいは頭蓋骨のずれをやんわり治してもらったら
すっかり消えてびっくりしたことがある。
友人が勧めたのは松山にある加島色彩研究所というところだった。
ここも冬里さんに連れて行ってもらいました。
待合室がチープな感じの70年代の新宿の喫茶店みたいなところでした。
順番を呼ばれて入ったのはカーテンで仕切ったベッドの置いてある
ほとんどベッドだけの空間。
こういうのがいくつか並んでいて隣の仕切りの話し声が聞こえる。
待っているとまたまたおじいちゃん登場。
恰幅のいい人です。
助手の女の子が金属の編み針みたいなのをたくさん持っていて
それを一本づつわたしの二の腕に直角に当ててゆく。
そして女の子がもう一方の手の親指と人差し指でOリングを
作るとおじいちゃんが自分の指で作ったOリングでその強さを調べてゆく。
金属棒にはそれぞれ疾患が対応しているらしく小さく文字が
書いてある。わたしが反応したのは血栓と仙骨だった。
それからおじいちゃんが体中に印を付けて行く。
おじいちゃんが去った後はお姉さんがピップエレキバンの丸い小さな
絆創膏みたいのに2ミリ位の色紙を3,4種類載せて印のついたところに貼ってゆく。
この作業が30分以上かかった。
終わったらおじいちゃん登場起き上がってみてと言われベッドに
座る、痛いところがまだありますか?
頭の打ったところの痛みがだいぶ消えている。
腰も和らいでいる。
まだ痛いところに印をつけなおしてもういちど色を貼ってもらった。
こんなに早く良くなると思ってなかった。
ここのホームページを読んだり、友人に仕組みを聞いたりした。
痛みは周波数なのでその波長を打ち消す色を貼ると痛みは消える
とのことだった。
それでもOリングが不思議だった。
調べてみてじぶんには納得がゆかず、ここは一回きりでした。
ずいぶん助けてもらいました。

5月はよくなっていった。
近所のカフェで若い友人の個展の際にうたをうたった。
近くには車で出かけたり歩いたりできるようになった。
うれしかった。
友人のお見舞いにも行けた。
お風呂でのことを聞いて友人は慰めてくれた。
つらい気持ちをわかってくれたのはやはりつらい思いの
彼女だった。
6月に入って友人は入院した。
それから一週間して亡くなった。

つづく
















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2014年10月09日

れいちゃんの you too 日記 その6

それからは一回松山のペインクリニックに行きました。
強そうな女医さんでした。
待合室に高い化粧品や薬の宣伝があって
それだけでも引いてしまいます。
高知のおじいちゃんは一回580円だったのに。
大変な事態やと言われ
すぐにブロック注射を打たれそうになりました。
腰部の硬膜外という神経の根元に麻酔をうつもので痛み止めを
注射してから打ちます。
痛みを感じさせている交感神経を麻痺させる治療です。
これを打たないと治らないという勢いでしたがその時は
きっぱり断って帰りました。
わたしはスーパライザーという皮膚の奥まで届く
近赤外線の治療器に当たってみたかったのでそれをいうと
毎日来ないと効果がないということでした。
それからはうちでヤフオクで安く購入した光線に当たっていました。
光線はむかし東京の国立に住んでいた時友人がよく使っていました。
うちに置いてあると古いロボットがいるみたいです。
この頃から少しづつ痛みが和らいでいた。
ちょっとずつ歩いてみた。
10月には友人と新しくできたカフェに行った。
薪で焼いたパンがおいしかった、のせねこの写真集を見た、
ひととはなした。
スーパーの嫌いな冬里さんがスーパーから電話してくれて
これ買う?と聞いてくれるようになってたけど自分でも買い物に
行けるようになってきた。
11月12月もいまおもえば順調に回復していった。
久しぶりに動けるようになってまずうれしかったのは
家から家に行けるようになったことだ。
それはそう、花を咲かせるちからと、木を成長させる勢いと、
調和する一体感がある。
それでもそれまでの生きることを成していたいろんなもの
あっちのスーパーに行く、図書館に新刊を眺めに行く、洋服を見に行く
などなどしばらくできなかったもろもろのことがしたかった。
そうだよねー、つらかったんだもんね、といって
病気の友人たちのところを通り過ぎた。
元気なころは友人に毎週びわ灸をしに行っていた。
友人のがんは少しずつ、でも確実に進行していた。
友人はやさしかった、わたしを気遣うメールをくれていた。
なにからにげていたんだろう?

まだわかってなかったんだ。



つづく











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2014年10月01日

れいちゃんの you too 日記 その5

翌朝もう一度鍼をしてもらい、帰りは台風だった。
高知の台風はすごい。
高速はしばらく行ったら通行止めになった。
降りて近くの喫茶店でモーニングを頼んだ。
隅っこにわんこがいる、聞くと台風なので中に入れてもらえたそうだ。
ちゃいろの小型のわんこにちょっかいを出したりしてすごすが
通行止めは解除になりそうもない、あきらめて峠を越えて帰ることになる。
峠のお店でごはんを食べたり見て回ったり痛みなしで歩いたり座ったりした。
でも帰り道は山道くねくね遠かった。
愛媛が近づくにつれまた骨がばらけそうになってきた。
うちに着いたときには元に戻った感あり。
高知には三回通った。
三回目が一番痛かった。
はりつけになったみたいだった。
車もしんどかった。
うちに帰ってしばらくすると痛みが戻った。
鍼の跡も痛かった。
そんなこんなで高知行きはおしまいになった。
おじいちゃんの鍼の威力がわかったのはずいぶん後のことだった。

つづく

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写真はとうりさんが撮りました



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2014年09月30日

れいちゃんの you too 日記 その4

さいしょは夜中も眠れないくらいだった。
座るとすぐ無理がくる。
歩くとたががはずれた感じ。
なみくんが粗大ごみから拾ってきたソファーにふとんを敷いて
寝たり起きたり、しているうちに眠れるくらいになってきた。
友人が光線に当たりにおいでと言ってくれた。
まるいドームに炭素棒二本を発火させて当てるという年季の入った
治療器だ。これも少し和らいだ。
痛みが背中にも広がっていた。
調べてみるとトリガーポイントというのがあってそこから痛みが
広がってゆくとあった。
大洲に住んでいる若い友人で線維筋痛症が治った人がいた。
その人に連絡を取ってどうやって治療したのか聞いてみる。
高知に鍼をしにいったという返事だった。
鍼は効かない、ととっさに思ったけど教えてもらったホームページを
見てみることにした。
南国市の西田順天堂内科、
おじいさんのお医者さんだ。
鍼で線維筋痛症を治すという一ページだけのブログ。
それでも鍼の本をたくさん書いていてたくさんお勉強してそうです。
冬里さんに頼んで連れて行ってもらうことにしたのが九月初め。
車がこんなにがたがたゆれるとは思わなかった。
大きい揺れがあるたびに骨がばらけそうになる。
わたしがうぎゃというと冬里さんが反応するのがわかる。
長い二時間半、もうだめだと思ったら病院に着いた。
レントゲン室におじいちゃんも入りガラス越しに必死で見ているのが
わかる。
結果は骨は異常なし。
どの辺りが痛いのか先生に、そして隣の部屋でベッドに寝て看護婦さんに
くわしく伝える。そこを赤いペンで印づけてゆく。
そして先生登場、緊張、ぎゃー、標本にされた虫みたい。
ずしんずしんとたくさんの鍼が体中に刺さる。
耐えること20分。
鍼をはずすときもぴくんぴくんする。
服をきて起きてみる。
先生登場、どう?
あれ?
痛みなし。消えている。
その夜は宿泊先の南国市のさみしいホテルの横の焼肉屋さんで
久しぶりの痛みなしで冬里さんは祝杯をあげたのだった。
つづく













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2014年09月29日

れいちゃんの you too 日記 その3

それでもふつうにうごいていた。
でも車で踏み込んだ時のつっぱった感じ、おしりあたりの痛みは
出たり隠れたりしていた。
このころ行っていたのは友人の鍼。
これまで何回も助けられてきた、でも今回は痛みがすぐにもどった。
上部頚椎の人はこういうことはあると言う、力のかかり具合
が変わってくるせいで自然に治ると言われた。
長年のねこ背が伸びてきていた。

最初にぎっくりなったのが五月、七月には東京でのライブが決まっていた。
車の運転がしにくくなっていたので息子に空港まで送ってもらい
初めてのジェットスターに乗る、隣がたまたま空いていたので
横になっていたらいたみはあまり感じなかった。
成田に着いてそこから東京駅までバス。
これも隣が空いていて横になってなんとかしのいで東京に着く。
このときは出発何日か前にこれも初めての熱中症になっており、
水分不足が怖くてずっとポカリスエットみたいなのを握りしめて
腰にも気を遣いつつの道中だった、着いたらへとへとで
フォレストリミットに着くまえにへしゃげそうだったが、
フォレストリミットで金田一さんや福岡さんや
つかさくんや大谷くんミック冬里さんを見るにつけ元気が出てきた。
この日のライブはなんかよかった。
次の日は冬里さんと東京を散歩した。

七月末には父の手術があった。
堺の病院に入院するので前日に実家に冬里さんに車で連れて行ってもらった。
90近いので麻酔が心配だった。
手術室に入るまえに父の頭をなぜてあげた。
手術はぶじ成功。

家に帰るとなんだかへんな感じ、違和感が増している。
帰ったらその週末に始まった夏の大会、一日目、座ることができなくなった。
立ったり座ったりしてなんとか一日すごす。
帰りにラーメン屋さんで食べて、冬里さんはなんでか忘れたけど、コンビニに
行くとかだったか、わたしひとりで歩いて帰ることにした、ほんの五分くらいの
距離。
歩けなくなっていた。
あわてて冬里さんに声をかけようとするがもういない。
結局ずいぶんながい間かかって家に帰った。
ほんとうのたたかいのはじまり。
つづく








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