2011年10月23日

アド・アストラ【スキピオとハンニバル】1巻 カガノミハチ

 人類史上最高の名将ハンニバル・バルカと、長靴から汚いスネ毛がはみ出しはじめた頃のローマ共和国が激突した「第二次ポエニ戦争」を描く歴史漫画。塩野七生先生の著書――の前に「覇者の戦術」って本――で知っていらい大好きな時代なので正面から漫画化された事実だけでも嬉しい。

 内容の方は、ハンニバルがさくっとアルプスを越えてティキヌス河畔の騎兵戦が行われたところまで。大スキピオが将器を示すのが、かなり前倒しされている雰囲気である。ここまで片っ端からハンニバルの狙いが読めていると、カンネーの会戦がスキピオにとって辛いものになりすぎるかと……同胞が万単位で殺されていくのに、敵の意図を読める自分は偉い人に進言を通さなければ何もできないのだから。
 でも「悲しいけど、ローマに英雄は不要なのよね」ってファビッた人が言ってた。

 作者が戦々恐々としている考証関係を悪い性格で突きまわすと、カルタゴ軍の顔である「象」が気になった。明らかに御者一人乗りの小型種として描かれている。いわいる「森林象」のイメージか。少なくともハンニバルが乗っていたのはインドゾウである可能性が高くて、インドゾウなら背中に櫓を乗せていると思っていたのだが?
 うん、私ウザいね。

 勝手に気にしていることはあったものの、投槍で行われる騎兵戦の姿を描いてくれているのは非常によかった。この時代はまだ鐙がないから槍を刺した時の衝撃で落馬する危険を考えると投槍の使用がベターなのだ。ヘタイロイとかいうマケドニアの変態共がどうやって長槍で戦っていたかは置いといて。
 あと、ヌミディア騎兵やガリア人が活躍する一方で、添え物扱いされているイベリア人にも、もっと光を!……リビア人重装歩兵の方が先に見せ場があるだろうなぁ。可哀相に。
 世界のローマ化を推し進める(と糾弾するのはフライング気味だけど)ローマ人に対して、統一されないからこそ生まれる各民族の特色を活かして戦うハンニバル。彼らの姿は戦争が人と人の衝突であるだけではなく、民族と民族、文化と文化の衝突であることを教えてくれる。古代の人々が戦争の背後に「神々達の戦い」を見たのは、それを感じたためではないか。
 今後、神を感じざるをえないほどの激闘が描かれることを期待したい。

アド・アストラ【スキピオとハンニバル】2巻感想
アグリッパ(AGRIPPA)1巻感想:ガリア戦記時代の漫画

アド・アストラ 1 ─スキピオとハンニバル─ (ヤングジャンプコミックス・ウルトラ)
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Edit こいん │Comments(13)TrackBack(0)漫画 

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この記事へのコメント

1. Posted by    2012年05月05日 09:57

 最近ようやく読みましたが、やはり幼少期のハンニバルの場面が強烈ですね。

 特に横暴なローマの執政官と対した時の「ローマに俺は殺せない」「俺の死はバールの死であり、カルタゴの死だ」とか。

 終盤はまだまだ先ですが、やはり注目は晩年の二人の対面。

 「世界最高の将帥は誰か」の問答をどう描いてくれるかが今から楽しみと。
2. Posted by こいん   2012年05月05日 12:36
 ハンニバルには、カルタゴ人の支援が情けなかったこともあって、カルタゴのスペイン植民が生んだ極めて特異な人物という印象を抱きがちですが、宗教が彼をカルタゴと一体化させていますね。

 問答ではピュロス王が「誰?」状態にならないよう話に織り込んでおいてほしいものです。
 どこかでピュロス王的勝利を語れば良いのかな。
3. Posted by 日吉台   2012年05月05日 17:08

 カンネーの後で「ピュロスの勝利」に触れる可能性はありますね。

 その辺りの説明は不可欠でしょうが、この漫画はその場面で終わるような気がします。

 そして最後に彼らが相次いで亡くなった日付と状況が重なると。
4. Posted by 陣   2012年05月05日 17:12

>敵の意図を読める自分は偉い人に進言を通さなければ何もできないのだから。

 この辺りの「最後の最後での唯一の直接対決」については、後のワーテルローに通じるところもありそうですね。

 あれもウェリントンにとってナポレオンに対する最初で唯一の直接対決だっただけに。
5. Posted by こいん   2012年05月05日 17:34
>日吉台さん
 出てくるなら、その辺りでしょうね。「あなたは勝つ方法は知っているが、勝利を活かす方法は知らない」という部将のハンニバルへの批判も合わせて、彼を応援する読者には重い展開なりそうです。
 やっぱり、スキピオが主人公というなら、続けられるでしょうけど。

>陣さん
 ウェリントンとスキピオは、スペインでの勝利で道を開いたところも似ていますね。
 同時代の項羽と劉邦の戦いも、一番手強い相手がいないところを攻撃して最終的に勝つ方法が、ハンニバルとローマの戦いに似ていると言われますが。
6. Posted by 陣   2012年05月05日 18:49

 「カンネーの後にローマを直撃すべきだった」かどうかについては、かなり議論があるところですよね。

 塩野先生的にはハンニバルの判断にも一理があったと同調的ですが。

 そしてそれはそれとして「カンネー」は「少数による多数撃破」の模範例として現在に至るまで戦術教育の「代表」として使われてるんですよね。

 ただしそこには「それでも戦争の全体の勝利には至らなかった」という観点が欠けているわけで、その最たる例が第一次世界大戦のタンネンベルクと。


 ただし例の問答で欠かせぬ部分は、スキピオが問うたのは、あくまで「戦術家」についてなわけで、「戦略家」でも「政治家」でもないということかもですね。

 それに問われた場合のハンニバルの返答も気になるところですが。
7. Posted by こいん   2012年05月05日 21:56
 海上補給路が繋がらない以上、あの時点でローマが落ちることは奇策でも使わない限りありえませんので――架空小説には水道水を汚染して疫病を流行らせるなんてものもありますが――仮にハンニバルがローマをすぐに攻めた場合、ローマを攻めた成果を最大にしつつローマの攻略に失敗したことを最小にする宣伝工作が不可欠だったかと思います。
 異民族のハンニバル軍が、ローマの地元で宣伝合戦に勝つのは難しいところでしょうね。

 政治家として評価してみると、スキピオもハンニバルも政争によって地位を追われている点が皮肉ですね。
8. Posted by 陣   2012年05月06日 22:49

 その辺りに着眼したのがマハンでしたよね。

 本作でも第一次戦役でカルタゴが制海権を失うところから始めているのが重要と。

 スキピオの最期まで描くとすれば、彼が「恩知らずの祖国よ」と呪詛を投げ付ける場面があるかみたいですね。

 あと当然に「スキピオとカルタゴを滅ぼした男」カトーの登場も。
9. Posted by こいん   2012年05月13日 23:36
 ハンニバルには自分の代で海軍の再建をして、後続にたくす選択肢もあったと思うのですが、極めて高いリスクを侵して陸路ローマに攻め込んだのはローマを敵とする誓いが強烈過ぎたためでしょうか。
 シリア王の元で艦隊を率いたときには負けているので得意分野で戦いたかっただけかもしれませんね。
10. Posted by 陣   2012年05月15日 20:00

 この辺りはまさに後のナポレオンにも通じる感じですね。

 果たして「陸は海を制する」ことが出来るのか否かと。
11. Posted by こいん   2012年05月15日 20:57
 この時代は艦隊が――極端にいえば――毎晩寄港しなければいけない時代ですから、陸地を制圧する効果はナポレオン時代よりも大きいと思います。
 ハンニバルもおそらく、港の制圧を重ねることで、ローマ海軍の動きが鈍って、本国との連絡が取れるようになることを期待したのでしょう。

 小アジアに渡ってから艦隊を解散して成功したアレクサンドロス大王の先例も影響を与えてしまったのかもしれません。
12. Posted by 陣   2012年05月19日 14:57

 逆を言えば、航海技術や搭載する砲撃能力の向上の大きさがナポレオン時代の鍵ということになりそうですね。

 当時のイギリスは、まだローマとは比べ物にはならなかっただけに、その意義は大きいと。

 あと軍隊の質として、「市民兵」主体のローマと「傭兵」主体のカルタゴの差というのも大きい感じですが。
13. Posted by こいん   2012年05月20日 12:22
 航海には多くの専門的な技能が必要ですからね。
 どんなに熱い市民魂も大自然の力がハッキリ現れる海洋では力を削がれます。

 ポエニ戦争もナポレオン戦争も「アマチュアの数」と「プロの質」の戦いとして捉えて見るのも一興ですね。

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