2012年01月05日

宮城谷昌光「沙中の回廊」に描かれた「箕の戦い」を戦況図化してみた

 この記事は時代小説の戦いをまとめたものであり、内容は史実ではない。出てくるページ数はハードカバー版のものである。


戦略状況

 コウの戦い後の紀元前627年8月。狄族が晋に侵攻してきた。南下した彼らは晋の首都“絳”から260里離れた箕の邑を包囲した。抗戦する箕を救うために文公の喪中であった襄公はやむなく出師を決定した。北上した晋軍と迎撃する狄軍の戦いは後詰決戦の形となる。


兵力と布陣

・晋軍
 総兵力:推定6万〜7万5千(狄の二倍)
 総司令官:襄公
 主な晋将:先軫、先且居、胥臣、郤缺、士コク
 主な勇士:士会、狼ジン

・狄軍
 総兵力:推定3万〜3万8千(騎兵含む)
 総司令官:白狄子

箕の戦い布陣
図1.両軍の布陣推定図

 戦場は起伏が大きく、兵車の運用には適さない。
 襄公自らひきいる晋軍は中軍を先軫が、上軍を先軫の息子、先且居が率いる。胥臣は下軍の佐。郤缺はその配下にいる。士コクや士会、狼ジンは中軍に配置されている。新上下軍の名前は戦闘中に出てこないので、廃止されたか上中下軍に統合して使われている可能性がある。狄軍の司令官は白狄子である。
 兵力について直接的な記載はないが、ヒントになる記述がいくつかある。まず、士会の兄、士コクによれば狄軍はコウの戦い時の秦軍(2万5千〜3万)より多い(299P)。また、戦闘中に晋軍は狄軍の二倍とある(300P)。
 文公の8年以来、晋は上中下軍に新上下軍のを加えた五軍体制のはずだから(243Pより)、全軍が動員されていれば62500が総兵力となる。ただし、632年に北方異民族対策に歩兵三部隊である“三行”が編成されたとあり(221P)、彼らの存続や兵数、扱いが不明である。最大でも6軍の兵数を超えることはないと考え、7万5千を上限とした。狄軍の兵数は晋軍の兵数に対応する。


作戦意図

・晋軍
 特別な作戦はなかった模様。兵力の多さを活かした全戦線での圧倒狙いか。

・狄軍
 敵がもたない騎兵部隊を縦横に動かして、隊列を寸断。各個撃破していくこと。


戦闘経過

箕の戦い展開
図2.箕の戦いの展開

 兵車戦に向かない地形に出没する狄の騎兵に晋軍は苦戦する。随所で陣を寸断され、最初に上軍が潰乱した(図2−1)。先且居は父のいる中軍に合流する。自軍の劣勢をみて先軫は覚悟を決め、先且居に襄公をの護衛たくすと、中軍を前進させた(図2−2)。晋の中軍に対して狄軍の攻撃が集中し、大きな打撃を受けるものの、先軫は前進を止めさせない(図2−3)。中軍が囮になっていると判断した胥臣は、郤缺の勧めにしたがって、敵の後方に兵車を降りた迂回部隊を放つことにした(図2−4)。中軍では先軫が冑を脱ぎ陣頭に立っての突撃を行い、壮絶な戦死を遂げる。
 ついに中軍が崩壊して敗走を始めた刹那、狄軍の総司令官である白狄子が郤缺に襲撃を受けて捕らわれた。思わぬ自体に狄軍は中軍の追撃を止める。


結果

 狄軍は撃退され、戦いは晋の辛勝に終わった。
 戦死した先軫の穴は息子の先且居が抜擢されて埋めることになる。大活躍した郤缺は恩賞として謀反を行った父が持っていた冀の邑を与えられ卿に引き上げられた。ただし、謀反に加わった経歴と強すぎる兵を用心されて、軍権は授けられなかった。


考察

・以心伝心の共同作戦
 晋軍の中軍が囮になり、下軍が迂回を行う作戦は当初から打ち合わせされていたものではなく、戦場で即興に行われたものである。もしも胥臣が先軫の意図を読み取らなかったら、先軫の死は無駄死に終わっていたことであろう。
 この戦いで晋軍が披露したのは部隊指揮官に信頼関係と高い戦術眼があって初めて遂行可能な戦法だったと言える。人事に政治が過剰に混じれば、軍才のない人間が昇進するため、このような戦い方は難しい。逆に能力主義が強すぎても指揮官は対立し、共同作戦を行わなくなる。黄金期の晋軍は絶妙なバランスの上に立っていたことが分かる。
 それを誇るだけではなく、バランスが失われても一定の戦闘力を発揮できるシステムを用意しておくことが重要なのだが……。

・勝敗を分けた兵の多寡
 戦術が互角だったとみれば、晋が際どい勝利を収めることができたのは敵に二倍する兵力を持っていたおかげである。
 中軍に厚みがあることが、郤缺が足の遅い歩兵で回りこむ時間を稼ぎ出した。また、狄軍の陣が薄かったために、迂回部隊は途中で妨害を受けずに進めた。
 やはり、うまく扱えるなら兵が多いに越したことはない。

柳フンの戦いとの共通点
 箕の戦いは後に士会と郤缺が荘王相手に戦った柳フンの戦いと展開において似た所がある。どちらも中軍が死を覚悟して猛然と前進し、左翼から敵の後方に向かって迂回機動部隊が放たれているのだ。
 しかし、後になった柳フンの戦いの方が格段に手際がよく――やはり事前の打ち合わせはしていないようだが――士会は予め編成した迂回機動部隊を早めに送り出している。
 ついでに言えば荘王も白狄子とは違っていて、離脱に成功している。王の優れた戦場勘と晋軍の二倍に達する楚軍の兵力のおかげであろう。


以上、宮城谷昌光「沙中の回廊・上」298〜310Pより


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