まだ 生きている。再開します

ブログを中断し2年くらい経ったのだろうか?

もう 見向きもされていないことが、かえって 気持ちも楽になり、再開することにした。


自分の人生の切り売りの再開。
孤独が確固たる今、切り売りになんの躊躇もない。


切り売りして何が悪い。売るものがもう何にも ないのだから。家族もないし、質に入れるような物も、何もないのだから。


過去、本当に ブログとしては 全く成立していなかった 支離滅裂な 叫びと現実逃避と泣きを並べ立てながらも、ささやかな読者に支えられていたことの奇跡に今更ながら、不思議な思いである。


元妻のブログ終了で、家族の復活はもう
叶わないのだと悟った。
それから間もない内に、ブログにすがり続ける虚しさから離れ、
自身の負債問題解決という現実の命題の解決とささやかな復興を取り戻すつもりで 生きていくつもりだった。



だけど、
神様は そこまで、俺の都合のいいようには生きさせてはくれなかった。



その後
次から次へ 次から次へと、バチが当たった。
そして その最後の総仕上げとも言わんばかりの途方も無い脳天直下の雷(いかずち)をもって丸腰の俺にぶつけることで神様は 最後通牒を俺に告げてきた。


ただ 死ね!と言わんばかり脳天直下の落雷は かえって
自分に自殺への反抗を芽生えさせ、
この くそったれの人生を全うすることを決めさせた。

それは いずれ 話す。



「 いつか。。。きっと。。。」



なんて 考えは 今はもうない。



ないのだ。夢見る阿呆は ブログ前半の話。


芽はもう生えることはない。



家族という温もりも もはや 過去。あんな時代もあったのか?幻だったみたい?と引き出しにしまいこむ。



絶望が何たるか。
絶望の淵にくると 乾いた笑いが出る。
何にも面白く無いのに笑っている自分がいた。

その先がは自ら命を立つ。ということだろうか?


中断していた2年を これから 書いていく。


ギャンブルは最強の魔薬である。
魔薬の味を知ったらは 死ぬそのときまで 忘れない。他人に人生を拘束されない限り、断つのは無理。




禁煙なんて本当たやすい。



ギャンブルという遊びが破壊するのは 一個人に止まらない。
一度に1億くらいかける奴だって どこかに
いるだろうから。



とかく ギャンブルに一度でもハマった人間を信じちゃダメだ。


もはや 綺麗事は言わない。俺を含めてペテンばかり。



恐ろしい生物兵器である。



私を 反面教師にしてほしい。


まあ そんなに 寿命も ないだろうから
人生は もう あきらめた。


みなさんは 破滅しないように生きて。


では、また











子供の声

タクシードライバーをしていると 本当にいろいろな人と出会う。

お客様の側にいて
黙って前を見つめ運転するだけの僕ですが。


そこでお客様は まるで僕がいないかのような本当 ざっくばらんなプライベートをさらけ出してくる。


もちろん そんな時は とにかく 自分の存在を消し目的地に着くことだけを考える
んだけど。


ちょっと前の夜、
街で 母親と小さな女の子二人の家族連れを乗せた。
一見、幸せそうに見えた親子だったが。


自宅が近づく頃になって、しっかりしてそうな長女が 突然 母親に こんなこと言った。


それは、影法師の僕にまで突き刺さる
重い言葉だった…



ママ、パパが謝ったら、離婚しなくていいでしょ?だったら私が帰って、パパに謝ってもらうから、お願い!絶対、離婚しないで!


(おっおい!まっまじかよ…)


もっもう、決めちゃったんだ。
だから、その話はやめて… ね?


えっ…うん。


母親も 言葉を失っただろう。僕という他人がいる前で、突然そんなこと言うんだから。


僕も まるでそれが 自分の娘の声のように聞こえていた。家族構成も年齢的にも同じような感じだったから、余計に 心に突き刺さって思わず、自宅を 数十メートル通り過ぎてしまった。


(メーターは 辛うじて上がらなかったから
よかった…)



部が悪そうに母親は お金をさっさと払って そそくさと 子供達を連れ、自宅へと
消えていった。


静かになった車内
僕は 大きくため息をついた。


子供の声か…

僕の長女の声…
今になって聞こえてくるのか。
さっきのは
あの時の 長女の心の声。

僕は振り切った。振り切るしかなかった
どうしようもない大人だ。


ああ…


つかの間の時間の一期一会。
僕は 毎日 朝から晩まで
この都市の隅から隅まで走りまわって
たくさんの人たちを乗せて下ろしている


本当に ここでは書けないくらいの様々な体験を早くもいろいろと経験した。


警察沙汰も数回、外人トラブル、料金を踏み倒そうとする男との格闘等等。新人ドライバーで そんな奴は 今までいないと驚かれる始末でして。


幸せな家族もいたな。そうでなさそうな家族もいた。
子供を車内でぶち回す母親もいた。
深夜遅くまで働いて 子供を託児所に迎えにいく母親もたくさんいた。
一人暮らしの寂しそうな高齢者も たくさん乗せたな。


僕は、そんな様々な人達に 乗ってよかったと思ってもらうようなドライバーをいつも精一杯 演じているけど、


自分は 金も無い 家族もない、催促まみれ
幸せには縁がない
日本の最底辺で生きている男なんです。





つかの間の夏は 
あっと言う間に終わりそうだ。






一月ぶりです。近況を

猛烈に働いた。運転した。7月。
代償は いいこと少々。 悪いこと多々だが。一筋の光がようやく ようやくだ。


飢えは この上ない体験をした。
タクシーのお釣りの自銭を 限界まで切り崩した先の地獄は 今も 続いてはいますが、たまにお客様からいただくチップで 
なんとか持ち堪えている現状です。


水道の水をガブ飲みしたり、食料も完全に尽き、米びつにへ張り付いた米粒をスプーンで掻いて食べたりもしました。
食べなかった日も数日あります。


しびれました。本当しびれました。
少年時代に テレビで見たことがある難民生活をこの日本で一丁前のオッサンが体験を することになるとは…


昭和の時代、
御飯を残した時のお母さんの常套句だった
"アフリカの難民の子たちは…"
そんな生活....送ったわ。




もちろん
更にだいぶ 痩せた。 近所の人や入社して数ヶ月だが 上司 先輩からも 口々に言われる。


それでも 僕は 別れても
いつも心の中で笑っている娘達の姿だけが生きる糧だった。
虚しいけど希望にしていた。


もうあとは本当に死ぬしか選択肢がないまでおいつめられて、


死ぬなら死んでしまっても仕方がないという諦めの気持ちと 
犬死なんて情け無さすぎる。なにくそ!踏ん張ってやる!という気持ちが
相芽生えた。


この世界に もう頼るもの何一人いない、ちょめ個人の体に刷り込まれていく 心と体、両方の苦しみはそう簡単に 忘れていくものではないだろう。



そして もう一つ報告。
断言しよう。


僕は もう ギャンブルは しない。


ようやく 区切りの答えを見つけることができた。



今、僕のギャンブル依存症は 
ギャンブル恐怖症というものに変わっている。

今晩の飯がないなんて時に 小銭を見つめながら、増やせるのか?増やそうか?なんて よく考えました。

ただ、それを持って実践することを想像するだけで恐怖を感じてきて、

これなくなったら、飯どうする?もう仕事もできんよ? 頼る人誰ももうおらんよ。と頭の中で声が錯綜してきて 恐怖に襲われるのです。



気がつけば かなりの
ブランクがたっています。


このお金を失ったら 飯が食えねぇ。本当どうなってしまうんだ?という恐怖。

地獄が何かって 経験してみたから。

だから、恐怖を感じない仕事の方へ
身を預けるほうが 心の平穏を得られるのです。

でも これも 大金を持てば また あっさりとギャンブルの誘惑に乗ってしまうことでしょう。


だから、しばらくはそんな大金を持つことがないうちに 仕事を死んだ気で頑張ってギャンブルという体感を忘れ去ってしまおうとの魂胆です。



そして今はもう 仕事の方が 遥かに面白く
全くしようなんて思いたちません。ただ
その落とし穴となる寂しさは消えないから、1日休みをなるべく取らずに僕は 時間を調整して タクシーに関わり続けて行こうと考えています。


結果を出せば 給料は青天井のタクシー。
なかなかの好成績でやってます。


どの時代を生きても、仕事にだけは
僕には 幸運の女神がついている。


このカテゴリーにだけ住み着いている
この女神とだけ 付き合って行けば、



なんか こんな俺にも もう一回、

"幸せ"なんて言葉

いつか言える日が来るのかもしれない。


livedoor 天気
スポンサードリンク
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ