2006年09月22日
サーバー移転のお知らせ
いつもドネルモをご覧いただき、ありがとうございます。
ドネルモへのアクセス数も順調に増え続けており、読者の方とのコメント欄での対話も充実してきました。ただ、現行のブログでは、コメント欄の文字数に制限がある等、いろいろと不都合な点がありましたので、この度、サイトを引越しすることにいたしました。
新しいサイトのアドレスは
http://dlmblog.jpn.org/
になります。
今後ともよろしくお願いいたします。
管理人
(現行のサイトでは左下に記載されていた「気になるイベント」「リンク」は、新しいサイトではトップページ上からリンクする形にしています。)
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deceptionjp at 12:52|この記事のURL
│Comments(3)
2006年09月19日
《デザイン》 グラフィックデザインの「軽薄さ」-Fukuokan Concept展
去る7月13日から18日、アジア美術館で「Fukuokan Concept(福岡んコンセプト)」展が開催されました。これはJAGDA/日本グラフィックデザイナーズクラブ福岡地区に所属しているデザイナーら34名が、「福岡」をテーマにした作品を展示したもので、国立博物館の開館、七隈線の開通、オリンピック招致などで(当時)盛り上がったことを背景に、「あらためて福岡を考える契機を市民に提供する」ことを目的としていました。続きを読む2006年09月15日
《スポーツ》 ワールドカップ狂想曲
ワールドカップドイツ大会が終わってもう二ヶ月が経過しました。ドネルモでも取り上げた方がいたように、マスコミによる過熱報道が戦時報道との類似点で語られたのは、私にとって印象的でした。戦時中の報道と類似点は、今回のW杯報道の特徴を的確に表していたと思います。続きを読む2006年09月06日
《パフォーマンス》 戯れる日本人−オーストラリア人の率直な印象?
【オーストラリア-日本 ダンスエクスチェンジ(AJdX)2006 LUCY/KOTA Project(9/3:山口情報芸術センター)の別のライターによるレビューです。】
私には、ルーシー・ギャラン振付の「setting」が、その方向性において、二国間交流(ダンスエクスチェンジ)の一つの仕方を示したように思えました。それというのも、オーストラリアから(おそらく初めて)来日し、約1ヶ月ほどで作品を作ったギャランさんは、その制限内で自分なりの日本文化に対するイメージを形にしたように見えたからです。そのイメージは、彼女が受けたであろうカルチャーギャップを率直に表現していたがために、より両文化の溝を際立たせていたように思います。続きを読む
私には、ルーシー・ギャラン振付の「setting」が、その方向性において、二国間交流(ダンスエクスチェンジ)の一つの仕方を示したように思えました。それというのも、オーストラリアから(おそらく初めて)来日し、約1ヶ月ほどで作品を作ったギャランさんは、その制限内で自分なりの日本文化に対するイメージを形にしたように見えたからです。そのイメージは、彼女が受けたであろうカルチャーギャップを率直に表現していたがために、より両文化の溝を際立たせていたように思います。続きを読む
2006年09月05日
《パフォーマンス》 安全な異文化たちの奇妙な交流ーダンス・エクスチェンジ・プロジェクト
文化の交錯のありようを様々に考えさせてくれるステージだったといえるでしょう。「オーストラリア-日本 ダンスエクスチェンジ(AJdX)2006 LUCY/KOTA Project」が、山口情報芸術センターで9月3日に開催されました。オーストラリアの振付家ルーシー・ギャレンと日本の山崎広太がそれぞれ互いの国に滞在し、相手の国のダンサーにそれぞれ振り付けし、その成果が上演されました。オーストラリアと日本という異なった二つの文化圏を交差させるこのプロジェクトから見えてきたものは、何だったのでしょうか。続きを読む
2006年08月26日
《レスポンス/演劇》 「多様」は何を含むのか?
「アングラ」論議、華やかです。先日、ダンスと観客とが取りうる関係は「サービス」以外にもあり得るのではないか、それはもっと多様なものでは、という趣旨の記事を見かけました。この記事を執筆された方に対して私は、ではその「多様」とは具体的にどのようなものなのか、と聞きたい気がします。続きを読む
2006年08月22日
《パンセ/演劇》 「アングラ」劇の現在-「ARASHI」をみて
福岡市文化芸術振興財団などが主催した、演劇「ARASHI」(8/6ゆめアール大橋)を見ました。この演劇自体についてのレビューは財団のホームページにアップされる予定なので、ここでは触れないことにします。しかしながら、上演から10日以上たった今日でも、私の脳裏にこびりついている問題があります。それは、上演翌日の批評ワークショップにおいて、一般に「アングラ」と呼ばれるような演劇の思想を、演出や出演者が、自分自身の思想として力を込めて語った、ということです。続きを読む2006年08月19日
《アート/アニメ》 不可視のイマージュ
「侵犯は、禁止に対する否定ではなく、禁止を乗り越え、禁止を補って完成させる」(バタイユ)アンパンマンを見たことのある方なら、「ドキンちゃん」とは一体何であるのか、そもそもバイキンなのかどうなのか、疑問を持たれるだろう。三越で開催されている《アンパンマンとやなせたかし》展(福岡三越9階「三越ギャラリー」:〜8/20)は、この問題を考察するに相応しい刺激的な展覧会であった。小さな子供向けと思うなかれ、親御さんのみならず、若い男女も熱心に作品に見入り、活発な議論が飛び交う充実した催しである。続きを読む
2006年08月15日
《パンセ》 リセットできない戦争ゲーム
湾岸戦争で航空機が爆弾を落とすシーンがテレビで流れたとき、戦争がゲームになったと論じられました。ゲーム感覚で戦争を捉えることにより、爆撃で人が死んだり、戦車が街で戦ったりするときの惨状が、覆い隠されると言われたものです。しかし、湾岸戦争以前から戦争はすでにシミュレーション(模擬ゲーム)であったように思います。そのシミュレーションにおいて、現実をシミュレートする想像力が弱かった場合、戦闘の現実の結果に逆襲されることになる、その典型例が60年前の日本にありました。続きを読む2006年08月11日
《アート》 女性が描く美人画―台湾の女性日本画家・生誕100年記念─陳進展―
日本画の技術を以ってして、「台湾の美人画」を描いた女性画家・陳進の展覧会が福岡アジア美術館にて開催されています(〜9/10)。日本統治時代に裕福な家庭で育った陳進は東京女子美術学校に留学し、卒業後は美人画の大家である鏑木清方や伊東深水に学びました。この時点で陳進の宿命ともいえる「女性が描く美人画」と「日本が求める理想的な台湾美人画」という二大要素が生じたわけです。続きを読む2006年08月09日
《アート》 懐かしい記憶―「村田朋泰展 俺の路・東京モンタージュ」
最近、三菱地所アルティアムにおいて開かれた展覧会は、すべて、「記憶」と関わっていると言うことが出来るのかもしれない。5月の「ヤン・シュヴァンクマイエル展 造形と映像の魔術師」は、コラージュという方法によって我々の「記憶」を揺さぶり、6月の「ボックス・アート ―タミヤ編― プラモデルパッケージと戦後の日本文化」は、子供の頃プラモデルに感じた懐かしい感覚を思い起こさせた。そして、7月15日から開催されている「村田朋泰展 俺の路・東京モンタージュ」展(〜8/21)のノスタルジックな世界。しかし、村田朋泰の作品にノスタルジーを感じるのはなぜだろうか。続きを読む2006年08月05日
《音楽》 その音楽祭、プライスレス。
ゆふいん音楽祭のファイナル・コンサートに行ってきました(7/30:湯布院町中央公民館ホール)。今年で32回目を迎えるこの音楽祭は、室内楽を中心とした日本のトッププレイヤーたちが集い4日間にわたって行われます。わたしが行ったのは最終日でしたが予備席が出るほどの満席、聞いたお話では、前日の演奏会も満席だったそうです。続きを読む2006年08月03日
《パフォーマンス》 行ってきました!東京に!

トヨタ・コレオグラフィー・アワード2006(世田谷パブリックシアター・7/29,30)にはるばる行ってきました。「次代を担う振付家の発掘」のために、賞金つきのコンテストなのです。合計8組の個性豊かなパフォーマンスが、二日間、わずか4千円で見れるという、お得な企画です。すごく面白かったです! komikuriの独断と偏見で、模様をお知らせします。(画像左:ボクデス/右:身体表現サークル)続きを読む
2006年07月31日
《パフォーマンス》 Let me dance with media
カナダのダンサー兼振付家のポール=アンドレ・フォルティエが山口に滞在し、メディア・アーティストの南隆雄とコラボレーションして製作したパフォーマンス《1×60》を、先日観てきました(7/23:山口情報芸術センター[YCAM])。フォルティエは、この作品を制作するために山口に滞在した30日間、毎日30分、市内の様々な場所でダンスをするという《30×30》を同時に展開、その様子を収めた映像がYCAM内で放映されていました。《1×60》の会場には、《30×30》を偶然にも「目撃」し、興味をそそられたというお客さんも集まっていたようです。続きを読む2006年07月29日
《レスポンス/パフォーマンス》 コンテンポラリー・ダンスの可能性
4 コンテンポラリー・ダンスの可能性【《議論を経験して》《スポーツとアートの関係》の続きです。】
私が観客として、コンテンポラリー・ダンスに要求するのは、その「批評性」です。一定の決まった様式を完璧に踊る、というのは他のダンスの分野に任せておけばよいのではないかと思います。それでは「批評性」とは何か、それには二つあると思います。続きを読む
私が観客として、コンテンポラリー・ダンスに要求するのは、その「批評性」です。一定の決まった様式を完璧に踊る、というのは他のダンスの分野に任せておけばよいのではないかと思います。それでは「批評性」とは何か、それには二つあると思います。続きを読む


