2006年05月29日
《アート》ヤン・シュヴァンクマイエルの「時代錯誤」
先日、三菱地所アルティアムで開催中のヤン・シュヴァンクマイエル展(〜6/4)を見てきました。シュヴァンクマイエルという長い名前のチェコ人は、特にティーンエイジャーたちに人気のある映像作家/画家で、僕が見に行ったときも、普段ギャラリーに足を運ぶことのなさそうなゴスロリの格好をした女の子たちが熱心に作品を見ていました。今回の展覧会は、ヤンの作品と、昨年亡くなった彼の奥さんエヴァの作品を、100点ほど集めたものです。商業施設のギャラリーという決して恵まれたスペースを持たないアルティアムの中に、ところ狭しと並べられた不思議な絵画作品は、映像作品から流れる単調な音楽とともに、さながら御伽噺の中の世界に迷い込んだような空間を形作っていました。ゴスロリの格好をした女の子たちも、シュヴァンクマイエルの作品が与えるそうした感覚を楽しんでいたと思います。
シュヴァンクマイエルの絵画/立体作品の多くは、「コラージュ」という手法によって作られています。これは、簡単に言ってしまえば、あるモノを別のモノと組み合わせる手法です。
例えば、彼は、図鑑に載っているように描かれた樹木に人間の耳や心臓などを合わせたり、鳥の体に猿のしゃれこうべを合わせた作品などを作っています。こうした方法は一見すると「サンプリング」と近い造型感覚のようにも思えますが、彼の作品が「サンプリング」と異なっているのは、あくまで寄せ集められた個々のモノが、もとのコンテキストを引きずっているように思える点です。
「サンプリング」された個々のモノや音が、もとのコンテキストから「盗まれ」、その起源を軽やかに忘却されることで流通しているのに対し、シュヴァンクマイエルの作品に使われている個々のモノは、「これはもともと鳥の体だ」であったり「ひとの耳だ」であったりという、もともとのコンテキストを強く感じさせます。そういう意味で、シュヴァンクマイエルの「コラージュ」は「引用」とも言うべきものであり、解剖台の上で蝙蝠傘とミシンを引き合わせた、かつてのシュールレアリストたちの方法を思い起こさせます。いや、思い起こさせるというより、シュヴァンクマイエルの作品は、今から80年前に流行したシュールレアリズムの作家たちと殆ど同じ方法を使って、そして実際に制作された作品も、シュールレアリズムに分類される作品と大差がないように思えます。
展覧会の入り口のところには、シュヴァンクマイエルとエヴァの言葉がかけられてあり、その中に次のような言葉がありました。
「グロテスク、遊戯、魔術という聖なる『三位一体』は、ありとあらゆる蒐集物の陳列室の基本的な柱を表しており、想像という魔術世界、すなわち現代の実用本位で功利的な文明に対立するもうひとつの世界の窓となることを目指している。」
どうやら、シュヴァンクマイエルにとっては、シュールレアリズムの親玉アンドレ・ブルトンが好んで使った「魔術」という言葉が、重要なキーワードとなっているようです。しかし、この方法は、80年前ならまだしも、現代でも有効なのでしょうか。シュヴァンクマイエルの作品は、現代の文明に対立する新たな世界を築くことが出来ているのでしょうか。
僕は、残念ながら、シュヴァンクマイエルの意図は、現代社会において成功しているとは思えません。時代遅れとなってしまった「魔術」という言葉に対して僕たちがリアリティを感じることが出来ないのと同じように、シュヴァンクマイエルの言葉にリアリティを感じることが出来ません。
たぶん、このことは、シュヴァンクマイエルの多用した「コラージュ」という方法が、もはや古臭い手法になってしまったことに由来するのだと思います。実際に、僕たちの身の回りにあるデザインの中にも「コラージュ」と似た方法は応用されています。例えば、シュヴァンクマイエル展のポスター(左下)は、当の作家の作品よりも複雑な方法によって作られているように思えます。
また、彼が、「コラージュ」によって「ありとあらゆる蒐集物」を集めようと意図したところで、僕たちはパソコンを使えば、簡単に、より複雑なエピゴーネンを作ることが出来るように思えます。彼が「魔術的な世界」と呼んだものは、僕たちの日常の中で一般化している「非日常」に過ぎず、「現代的の実用本位で功利的な文明」に対立することが出来ないように思えるのです。
勿論、こうした点を持って、シュヴァンクマイエルの作品の価値が減じられたと言いたいわけではありません。時代錯誤な方法と意図で作られた彼の不思議な御伽噺の世界は、彼の意図が受け取られているかどうかはともかく、今なお、僕を含めた多くの人たちを喜ばせているのも事実です。そして、彼の作品の魅力として感じる淡いロマンティシズムは、未だに方法としての「コラージュ」を信じる、その「時代錯誤」に由来しているようにさえ思えます。
展覧会会場で熱心に作品を見ていたゴスロリの女の子たちに、シュヴァンクマイエルの作品がどのように映ったのか、僕には分かりません。しかし、お気に入りのファッションによって自らのアイデンティティをも軽やかに変えるゴスロリの女の子たちの姿と、軽やかな「サンプリング」の時代において時代遅れとなってしまったお爺さんとの対比は、僕には、シュヴァンクマイエルにどこか残酷な皮肉を突きつけているようにも思えました。(yasukouch)
例えば、彼は、図鑑に載っているように描かれた樹木に人間の耳や心臓などを合わせたり、鳥の体に猿のしゃれこうべを合わせた作品などを作っています。こうした方法は一見すると「サンプリング」と近い造型感覚のようにも思えますが、彼の作品が「サンプリング」と異なっているのは、あくまで寄せ集められた個々のモノが、もとのコンテキストを引きずっているように思える点です。
「サンプリング」された個々のモノや音が、もとのコンテキストから「盗まれ」、その起源を軽やかに忘却されることで流通しているのに対し、シュヴァンクマイエルの作品に使われている個々のモノは、「これはもともと鳥の体だ」であったり「ひとの耳だ」であったりという、もともとのコンテキストを強く感じさせます。そういう意味で、シュヴァンクマイエルの「コラージュ」は「引用」とも言うべきものであり、解剖台の上で蝙蝠傘とミシンを引き合わせた、かつてのシュールレアリストたちの方法を思い起こさせます。いや、思い起こさせるというより、シュヴァンクマイエルの作品は、今から80年前に流行したシュールレアリズムの作家たちと殆ど同じ方法を使って、そして実際に制作された作品も、シュールレアリズムに分類される作品と大差がないように思えます。
展覧会の入り口のところには、シュヴァンクマイエルとエヴァの言葉がかけられてあり、その中に次のような言葉がありました。
「グロテスク、遊戯、魔術という聖なる『三位一体』は、ありとあらゆる蒐集物の陳列室の基本的な柱を表しており、想像という魔術世界、すなわち現代の実用本位で功利的な文明に対立するもうひとつの世界の窓となることを目指している。」
どうやら、シュヴァンクマイエルにとっては、シュールレアリズムの親玉アンドレ・ブルトンが好んで使った「魔術」という言葉が、重要なキーワードとなっているようです。しかし、この方法は、80年前ならまだしも、現代でも有効なのでしょうか。シュヴァンクマイエルの作品は、現代の文明に対立する新たな世界を築くことが出来ているのでしょうか。
僕は、残念ながら、シュヴァンクマイエルの意図は、現代社会において成功しているとは思えません。時代遅れとなってしまった「魔術」という言葉に対して僕たちがリアリティを感じることが出来ないのと同じように、シュヴァンクマイエルの言葉にリアリティを感じることが出来ません。
たぶん、このことは、シュヴァンクマイエルの多用した「コラージュ」という方法が、もはや古臭い手法になってしまったことに由来するのだと思います。実際に、僕たちの身の回りにあるデザインの中にも「コラージュ」と似た方法は応用されています。例えば、シュヴァンクマイエル展のポスター(左下)は、当の作家の作品よりも複雑な方法によって作られているように思えます。
また、彼が、「コラージュ」によって「ありとあらゆる蒐集物」を集めようと意図したところで、僕たちはパソコンを使えば、簡単に、より複雑なエピゴーネンを作ることが出来るように思えます。彼が「魔術的な世界」と呼んだものは、僕たちの日常の中で一般化している「非日常」に過ぎず、「現代的の実用本位で功利的な文明」に対立することが出来ないように思えるのです。勿論、こうした点を持って、シュヴァンクマイエルの作品の価値が減じられたと言いたいわけではありません。時代錯誤な方法と意図で作られた彼の不思議な御伽噺の世界は、彼の意図が受け取られているかどうかはともかく、今なお、僕を含めた多くの人たちを喜ばせているのも事実です。そして、彼の作品の魅力として感じる淡いロマンティシズムは、未だに方法としての「コラージュ」を信じる、その「時代錯誤」に由来しているようにさえ思えます。
展覧会会場で熱心に作品を見ていたゴスロリの女の子たちに、シュヴァンクマイエルの作品がどのように映ったのか、僕には分かりません。しかし、お気に入りのファッションによって自らのアイデンティティをも軽やかに変えるゴスロリの女の子たちの姿と、軽やかな「サンプリング」の時代において時代遅れとなってしまったお爺さんとの対比は、僕には、シュヴァンクマイエルにどこか残酷な皮肉を突きつけているようにも思えました。(yasukouch)
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│Comments(93)
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この記事へのコメント
1. Posted by 女性1
2006年06月19日 00:21
この記事の作者は、人に対しても作品に対しても、表層に現れた現象に囚われ、本質を探る前に、ご自分の豊富な知識により、拒絶と排他と蔑みをされているように感じます。
何故彼の作品にひき付けられる人が大勢いるのか?彼の病的なまでのある感覚へのこだわりを表現するための試行錯誤への解釈。彼の作る世界観が他の物とどう違うのか?彼の一番活躍した時期の作品と時代背景、そのインパクトへの解釈。など、展覧会を評するには色々な切り口があるにも関わらず、
何故彼の作品にひき付けられる人が大勢いるのか?彼の病的なまでのある感覚へのこだわりを表現するための試行錯誤への解釈。彼の作る世界観が他の物とどう違うのか?彼の一番活躍した時期の作品と時代背景、そのインパクトへの解釈。など、展覧会を評するには色々な切り口があるにも関わらず、
2. Posted by 女性2
2006年06月19日 00:22
十把一絡げに切り捨ててどうなるのですか?
ゴスロリの少女達を何度も「無知の象徴」のように扱いながら、どのように見ているかまで推測さえもしないのは、何故でしょう?
もし、この作者が「資生堂の70年代の広告デザイン」を見た時、その重要性より「時代遅れ」と評するのではないか?と余計な勘ぐりまでしてしまいました。
しかし、yasukouchさんの文章力と知識は、すばらしいものがあると思います。頑張ってください。
ゴスロリの少女達を何度も「無知の象徴」のように扱いながら、どのように見ているかまで推測さえもしないのは、何故でしょう?
もし、この作者が「資生堂の70年代の広告デザイン」を見た時、その重要性より「時代遅れ」と評するのではないか?と余計な勘ぐりまでしてしまいました。
しかし、yasukouchさんの文章力と知識は、すばらしいものがあると思います。頑張ってください。
3. Posted by 安河内
2006年06月22日 12:15
女性様、コメント有難う御座います。執筆者の安河内です(記事の名前はyasukouchとなっていますが、今後「安河内」で統一させていただきます)。
まず、女性様がおっしゃるとおり、展覧会を評する切り口はいくつかあると思います。今回の私の記事の主眼(=切り口)は、読んでいただければお分かりになると思いますが、あくまで展覧会冒頭に掲げてあった作家の言葉から類推される意図、すなわち作品を制作することで社会に抵抗するという意図が、現代社会において有効かどうか、という点にあります。そして私は、有効には思えないと結論した次第であります。個別の作品論に至らなかったのは、私の力不足でありますので、あしからずご了承下さい。
また、「十把一絡げに切り捨ててどうなるのですか?」と書かれてありますが、私自身は、決してシュヴァンクマイエルの作品を、詰まらないもの、見る価値のないものと切り捨てているわけではありませんし、「拒絶と排他と蔑み」という感情を執筆時に抱いていなかったことも申し添えておきます。繰り返しになりますが、今回の私の記事は、あくまで彼の意図が現代社会において達成されるかどうかという問題を扱ったものにすぎず、私自身、そういった議論と美術作品としての優劣は殆ど関係がないと思っています(美術作品に何を求めるかについては様々な考え方がありますが、少なくとも私はそう考えております。この点につきましては、後々書かせていただきたいと思っております)。ただ、ご指摘のとおり、もう少し彼の作品の魅力を掘り下げ、分析できれば良かったと反省しております。
さらに、女性様がゴスロリ少女を「無知の象徴」のように扱っていると指摘された点については、強く否定しておきます。私は、そのような意図を持って「ゴスロリ少女」という言葉を使ったわけではございません。どの部分が具体的にそうなのかご指摘いただけると有難いです。実際に、私は今回の記事の中で、4回、「ゴスロリ少女」という言葉を使いましたが、それらはあくまで本文中で言う「サンプリング」に近い感覚を持つ存在として引用したにすぎません。なぜ「無知の象徴」のように扱っているとお感じになっているのか、私には分かりかねます。なぜでしょうか。強いてあげれば、冒頭の「普段ギャラリーに足を運ぶことのない」といったところでしょうか。しかし、私は、他の方と同じように、芸術至上主義者でもないし、画廊や美術館に行くことが賢いとか偉いとか考えているわけでもありませんので、「普段ギャラリーに足を運ぶことのない」という部分が「無知」に繋がることは決してありません。
最後に「資生堂の広告」の件についても触れておきます。私は不勉強のため、「資生堂の広告」が具体的にどれを指すのか分かりませんし、女性様がおっしゃっている「重要性」という言葉がどのような意味合いで使われているのか、分かりかねます。しかし、繰り返しになりますが、今回の記事で私が「時代遅れ」という表現を使ったのは、作家の方法が、現代社会において、言うなれば「新奇さ」を持ち得えず、拮抗するだけのパワーを持ち得ないという意味合いにおいてのみであります(言うまでもありませんが、この「新奇さ」と美術作品としての優劣の問題は全く関係がありません。先日見に行った印象派展に「新奇さ」は全く感じませんでしたが、とても楽しめました)。本文中にも書きましたが、例え彼の意図が「時代遅れ」であったとしても、そのことによって彼の作品の価値が減じられているわけではないと考えていることを、もう一度強調しておきます。
以上長々と返信させていただきましたが、今後もこの場で記事を書かせていただく所存ですので、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
まず、女性様がおっしゃるとおり、展覧会を評する切り口はいくつかあると思います。今回の私の記事の主眼(=切り口)は、読んでいただければお分かりになると思いますが、あくまで展覧会冒頭に掲げてあった作家の言葉から類推される意図、すなわち作品を制作することで社会に抵抗するという意図が、現代社会において有効かどうか、という点にあります。そして私は、有効には思えないと結論した次第であります。個別の作品論に至らなかったのは、私の力不足でありますので、あしからずご了承下さい。
また、「十把一絡げに切り捨ててどうなるのですか?」と書かれてありますが、私自身は、決してシュヴァンクマイエルの作品を、詰まらないもの、見る価値のないものと切り捨てているわけではありませんし、「拒絶と排他と蔑み」という感情を執筆時に抱いていなかったことも申し添えておきます。繰り返しになりますが、今回の私の記事は、あくまで彼の意図が現代社会において達成されるかどうかという問題を扱ったものにすぎず、私自身、そういった議論と美術作品としての優劣は殆ど関係がないと思っています(美術作品に何を求めるかについては様々な考え方がありますが、少なくとも私はそう考えております。この点につきましては、後々書かせていただきたいと思っております)。ただ、ご指摘のとおり、もう少し彼の作品の魅力を掘り下げ、分析できれば良かったと反省しております。
さらに、女性様がゴスロリ少女を「無知の象徴」のように扱っていると指摘された点については、強く否定しておきます。私は、そのような意図を持って「ゴスロリ少女」という言葉を使ったわけではございません。どの部分が具体的にそうなのかご指摘いただけると有難いです。実際に、私は今回の記事の中で、4回、「ゴスロリ少女」という言葉を使いましたが、それらはあくまで本文中で言う「サンプリング」に近い感覚を持つ存在として引用したにすぎません。なぜ「無知の象徴」のように扱っているとお感じになっているのか、私には分かりかねます。なぜでしょうか。強いてあげれば、冒頭の「普段ギャラリーに足を運ぶことのない」といったところでしょうか。しかし、私は、他の方と同じように、芸術至上主義者でもないし、画廊や美術館に行くことが賢いとか偉いとか考えているわけでもありませんので、「普段ギャラリーに足を運ぶことのない」という部分が「無知」に繋がることは決してありません。
最後に「資生堂の広告」の件についても触れておきます。私は不勉強のため、「資生堂の広告」が具体的にどれを指すのか分かりませんし、女性様がおっしゃっている「重要性」という言葉がどのような意味合いで使われているのか、分かりかねます。しかし、繰り返しになりますが、今回の記事で私が「時代遅れ」という表現を使ったのは、作家の方法が、現代社会において、言うなれば「新奇さ」を持ち得えず、拮抗するだけのパワーを持ち得ないという意味合いにおいてのみであります(言うまでもありませんが、この「新奇さ」と美術作品としての優劣の問題は全く関係がありません。先日見に行った印象派展に「新奇さ」は全く感じませんでしたが、とても楽しめました)。本文中にも書きましたが、例え彼の意図が「時代遅れ」であったとしても、そのことによって彼の作品の価値が減じられているわけではないと考えていることを、もう一度強調しておきます。
以上長々と返信させていただきましたが、今後もこの場で記事を書かせていただく所存ですので、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
4. Posted by 女性3
2006年06月25日 18:27
コメントの文字数制限の為、私は長々した文章は書けなかったのに、こんなに長いコメントをいただけるとは思ってもいませんでした。
本文よりはコメントの文章の方がおもしろいですね。(言いたい事はたくさんありますが、文字数の為省略)
前回は文字数制限で唐突になりましたが文章力と知識を褒めたのは本心です。公の場に発表するものですので読む人(その作品のファンやある種の服を着る人など)が不快にならない程度にお願いいたします。
本文よりはコメントの文章の方がおもしろいですね。(言いたい事はたくさんありますが、文字数の為省略)
前回は文字数制限で唐突になりましたが文章力と知識を褒めたのは本心です。公の場に発表するものですので読む人(その作品のファンやある種の服を着る人など)が不快にならない程度にお願いいたします。
5. Posted by 110
2006年06月26日 14:05
女性様、長いコメントは管理側の編集で一つにまとめることができるようです。
(女性様のコメントは名前が分けてあったため編集されなかったのではないでしょうか?)
「読む人が不快にならない文章」を心がけるべきという女性様の意見には共感致しました。
そのようなことは、書く側の最低限のマナーだと思いますし、
私もドネルモに参加する人間として気をつけていきたいと強く感じました。
急に口を挟んで申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします。
(女性様のコメントは名前が分けてあったため編集されなかったのではないでしょうか?)
「読む人が不快にならない文章」を心がけるべきという女性様の意見には共感致しました。
そのようなことは、書く側の最低限のマナーだと思いますし、
私もドネルモに参加する人間として気をつけていきたいと強く感じました。
急に口を挟んで申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします。
6. Posted by
Julien
2007年01月16日 12:02
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Ethan
2007年03月21日 21:20
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2007年03月22日 15:17
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2007年03月23日 08:47
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2007年03月24日 18:52
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2007年03月30日 03:01
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Noah
2007年04月06日 11:24
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Heath
2007年04月06日 23:20
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Easton
2007年04月09日 12:10
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2007年04月12日 17:32
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Darien
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