日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

教務委員のお仕事や教授会など、終日雑用に励む

午前中は自宅で朝食の後、教務委員の雑用に励む。今のメインは、卒研仮配属と来年度の時間割編成だが、前者の方は来週の水曜日に学生の希望調査票が提出されるまでの間、小休止。それで今日は時間割編成の方でゴソゴソと。

昼食は例によって簡単に済ませてから、自宅を発つ。

14時過ぎに大学に到着し、年末調整の書類をプリントアウトして提出したり、教職員証の写真撮影のために学内某所に出向いたり、研究室のプリンターのトナーを交換したり、昨日の阪大出張の出張報告書を作って提出したり、今週分と城崎出張で休講した授業の補講分の授業の準備をしたり。

途中、今秋から別の大学に転出する、某巨大研究グループの助教の先生が、「今日で最後です」と挨拶にやってきた。

その研究グループの助教の先生はRits出身者がほとんどだが、この先生は会社勤めの経験もあるキリスト教系某私大出身で、Rits出身の助教の先生達とは明らかに雰囲気が違う。俺サマが「紳士」として唯一一目置いていた人物だった。別れ際に俺サマが発した「それでは、お元気で」というのは、俺サマの本心からの言葉である。

16時半から18時頃まで、教授会。現学部長が任期を1年残して定年を迎えるので、残りの任期1年を引き継ぐべく2人の先生が候補者として選ばれ、投票が行われた。

うち一人の先生は投票前の挨拶で、自分は再来年に定年を迎え、最後の年を静かに過ごしたいので、学部長に選ばれるのは気が進まないというような事を言っていた。

一般に勤め人というのは、定年前の最後の年は静かにすごしたいものだそうだ。ふーん、そういうものかね?と若い頃ずっと不思議に思っていた俺サマは、定年まで7年を切った今年度に入ってから、急にそういう気分になって、「ああ、そういうことか」と分かってしまった。

これは、「明日死ぬと分かっていれば、今日は何をしたいか?(何をしたくないか?)」という問いと基本的に同じで、終わりが見えた時にこそ、自分にとって何が大事で何が無意味かが分かるということだと思う。

俺サマの場合、自分の研究と講義以外の事は、Ritsの中で何をどう頑張っても空回りするだけだから全て無意味だと悟り、研究と講義以外の事は淡々とこなすだけになってしまったな。

って言うか、研究と講義こそが大学教師の仕事のメインで、それ以外の仕事が幅を利かすこと自体間違ってる!と、昭和の昔には通用しても平成の今は通用しない事を胸のうちで叫んでみる。

教授会の後、研究室にてしばし講義の準備など。それから図書館に寄って、少し調べ物をしてから、18時半頃に大学を発つ。大丸ラクト山科店で、久しぶりにフルボディーのチリの赤ワインを1本買って帰宅し、すぐに夕食。

その後、大学への行き帰りのバスや電車でやっていた、寺子屋ドイツ語の予習など。

午前中は野暮用に励み、夕方は阪大の談話会を聞きに行く

午前中は自宅で朝食と野暮用の後、山科区内のスーパーを回って買出しに出る。帰宅してさらに野暮用を片付け、またも簡単な昼食の後、しばし教務委員の雑用に励む。

その後、阪大に向けて出発。山科から阪大に行くルートは3つあって、1つは新大阪から御堂筋線に乗り換え、千里中央からモノレールで柴原まで行って、そこから少し歩いて理学部に一番近い門にたどり着くルート。

2つ目は大阪駅から阪急に乗り換え、石橋駅から阪大だんだら坂を延々と上って、理学部とは反対の方の門から大学に入るルート、

最後は今日初めて行ってみた、大阪駅で阪急に乗り換え、蛍池駅から1キロ程度の道を歩き、最後は中国自動車道の通っている殺伐系の道を延々と歩いて理学部に一番近い門にたどりつくルート。勿論、蛍池から柴原までモノレールに乗る手もある。

最初のルートはモノレールに乗ることもあって、一番高くつくが、まあ、気分はそう荒まない。2番目のルートはそれより少し安くで行けるし、阪大だんだら坂も風情が無いとも言えない。

しかしこのルートは、36年前、阪大院試の不合格発表の行き帰りと同じなので、いまだにその時のトラウマが疼いてしまい、思わず感傷的になってよろしくない。

今日試しに行ってみた蛍池ルートは、蛍池駅近辺の街並はそれなりに心和むものがあるけれど、最後の中国自動車道の近辺でどっと気分が落ち込む。俺サマはああいう生活臭が希薄というか、トラックを中心とした車がびゅんびゅん走っていて、道を横切ろうにも信号も5分ぐらい変らず足止めを喰らうバイパス道路の側で、人々が息を殺してひっそり生きてるような殺伐系の風景は嫌いである。

その殺伐系の風景のすぐ近くににある上に、さらに学生時代に院試に落とされた阪大に行くと、気分が滅入るので嫌いであるというような事を昔ブログに書いた。そしたら、阪大のすぐ近くに住んでいた俺サマの学生に、「先生、そんなにあの街を嫌わないでください」と言われたのには面食らった。

16時過ぎに到着。16時半から17時半頃まで、阪大数学科の談話会を聴講。東大から有名な代数幾何学の先生が講師としてやってきたので、聴講者も色々な分野の人が多数来ていた。

その後、蛍池駅ルートで大阪駅に戻り、駅地下街で夕食。今日は前から目をつけていた「豚テキ」を食べた。俺サマの子供の頃は、豚テキはそう珍しくなかったが。今ではこの店ぐらいなのかしら。あるいは、最近は単にポークチョップと別の呼び方をしているだけかも知れない。

いきなりステーキのワイルドステーキ狂いで露見した、「猫に小判、俺サマに高級和牛」の原理がここにも適用できるのか、俺サマとしてはちょっと物足りない感じ。もうちょっと安い肉で、脂身や筋がガンガン入ってるのを食べたかったな、と。

その後、拠点マンションに移動して、しばしまったりとすごし、21時頃に退散。大阪駅から米原行き快速列車に乗って山科に戻り、23時前に無事帰宅。


夕方まで自宅で教務委員の仕事や代数の演習問題作り、夜は大阪

午前中は自宅で朝食と京都新聞日曜版の2つのパズルの後、しばし野暮用。その後、教務委員の仕事や年末調整のWeb入力最終仕上げ。

昼食は3ヶ月ぶりぐらいに、山科区内のラーメン屋へ。夏場のラーメン屋は比較的すいているものだが、この2,3日、ぐっと寒くなったせいか、家族連れなどで大賑わいだった。

店の女主人と思しき人は、やはり俺サマの事を覚えていて、帰りのレジで「いつもご来店頂き、ありがとうございます」とか言ってきたので、思わずぐぐっと身構えてしまった。やはり数学者と違って、2ヶ月や3ヶ月では俺サマの事を忘れないんだな、と。

しかし恐らくそれ以上に親しげに声を掛けてくるような、「一線を越える」ことはしそうにないので、この店にもまた安心して足を運べると思う。

昼食から帰宅して、食後の珈琲を入れて、さて教務委員の仕事をもうひと頑張りと思って、何気なくメールをチェックしたら、、、ああ、、、俺サマ、またやってしまった!「先生、火曜日の代数の演習問題、まだ届いてませんが」と。

前回に懲りて、ちゃんと手帳に赤文字で、この日は演習問題作りを忘れるな!と書いておいたのだが、手帳に書いたらそれで安心してしまって、その後でロクに予定を確認しないので、こういう事が起こる。

それで予定を変更して、大慌てで演習問題作りに励む。今回はちょっと梃子摺って、16時前にようやくメールで送信して一件落着。

その後、支度をして大阪へ。夕方の京阪三条駅は、大阪方面に向う人でごった返していたが、快速急行列車は案外すいていて、特急と比べてそれほど遅くもなく、18時過ぎに北浜駅に到着。

拠点マンションで荷物を下ろし、買い物に出て、何とか19時過ぎから夕食。今日はちびまるこちゃんもサザエさんも見逃したが、ダーウィンが来た!の猫の生態の話は面白かったし、その後、昭和の懐メロ歌謡曲みたいな番組をやっていて、三浦友和と山口百恵の息子が出ていた。

それ以外に、森昌子やヒデとロザンナのロザンナも出てたし、山本リンダも菅原洋一も橋幸夫も布施明も井上順も出ていたが、ジュリーは出てなかったな。

21時過ぎに拠点マンションを退散し、淀屋橋から京阪特急にて京都に戻り、23時過ぎに無事帰宅。


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