日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

昼は数学、夜は大阪、そういえば七夕を忘れてた

今日も6時間睡眠で目が覚めてしまった。起きて朝食と野暮用の後数学をと思ったが、 案の定睡魔に襲われ仕事にならない。それで20分程昼寝してたら、少しスッキリした。

遅めの昼食は、偵察を兼ねて近所の店へ。山科区内は一部を除き、深刻な被害は無かった模様。今日からまた夏日に戻って蒸し暑い。

今回の「記録的な」「過去に経験しなかったような」とおどろおどろしい形容詞テンコ盛りの大雨については、行政メールだのNHKニュースだので京都市内を対象に警報が 轟き渡っていた。しかし、びっくりしたのはJRが何日も止まった事ぐらいで、結局本当に酷い被害に見舞われたのは亀岡、福知山といった府北部だったり、岡山、広島、愛媛だったりしたようだ。

ああ、そういえば昨日は七夕だったそうだが、大雨騒動ですっかり忘れていた。忘れてなかったら、星に何の願いをしてたかしら。腰痛が治りますようにとか、老眼がこれ以上進みませんようにとか、ピンピンコロリで逝けますように etc. というのも年寄り臭いし、早く次の論文が書けますようにというのも何だか情け無い。

年取ると願う事が切実過ぎて七夕のノリには合わない。結局、星頼みにしないで、せいぜい自力で何とか折合いを付けるか、出家して悟りでも開いて下さい!みたいな話になるし、やっぱり七夕を忘れてて正解だったな。

夕方から大阪。JRももう完全に正常運行していた。例によって搬入物資を荷下ろしし、一息ついてから近くのスーパーに買い出し。今日はちびまるこちゃんもサザエさんも見逃した。

夕食後は、和文英訳の頼まれ仕事をしたり、テレビを見てまったりしたり。

先日もやってたような気がするが、一流アスリート達が、中学、高校、大学生時代に「こいつにはとても敵わない」と手も足も出ない凄い選手だったけど、結局その後は成功することもなく消えてしまった天才アスリート達の今を追うという番組をやっていた。まあ、スポーツ業界に限らず、数学業界でもそんな話はいくらでもある。

その後は、NHKスペシャルで、さきの死刑執行にちなんで地下鉄サリン事件に関する事をやっていた。あの年は、1月に阪神淡路大震災で3月に地下鉄サリン事件が続き、大変だった。

さらにその後は、1,2年前、関東の方の病院で患者の点滴に界面活性剤を混入させて殺害した疑いで、最近逮捕された看護師の話をやっていた。容疑者の知人の話として、容疑者は日頃から人と接するのを避けたがる人だったというのがあって、その点では俺サマと同じだなと思った。

ちなみに、ワイドショー等の事件取材型番組では、「容疑者はちゃんと挨拶する人で、こんな恐ろしい事をする人だとは思いませんでした」みたいな近所の人の話を紹介することが多い。俺サマはそういうのを聞くたびに、大変な違和感を感じる。

というのも、この手の話は、「ちゃんと挨拶をする人はいい人」という人間に対する浅薄極まりない洞察と、「容疑者=犯人」という、推定無罪なんて知ったこっちゃないもんねーという近代法の原則どこ吹く風の2つの前提に基づいた話だから。

ドラマ「99.9」が出来るぐらいだから、普通の市民が推定無罪原則を実感できないのはやむおえないかも知れないが、「挨拶する人はいい人」という固定概念はどうにかならんものかと思う。

しかし、誰だって挨拶だけしてれば「いい人」になれる!ってのは、念仏を唱えていれば極楽往生できるというのと同じく、ある種お手軽なので、皆さん、やめられないんだろうな。

22時過ぎに拠点マンションを退散、大阪駅から新快速に飛び乗り、無事日付が変わる前に帰宅。

電車の中で、変な黄色の帽子を被り、派手なスポーツタオルを首から掛けた人達を沢山見かけた。どうやら阪神タイガーズの試合を応援しに行った帰りの人達らしかった。


 

夕方は久しぶりに外に出て、朝は極楽物療、夕方は寺子屋ドイツ語

昨夜も何だかんだと寝るのが遅くなったが、今日は午前中に極楽物療に行かなくっちゃと思って、6時間睡眠で起きた。まだ眠かったのだが、あれしなくっちゃ、これしなくっちゃと思うと気になって眠れなくなる、爆睡力が低下した年寄りの俺サマであった。

朝食と野暮用の後、極楽物療へ。今日の山科は平穏ではあるが、「数十年に一度」「過去に経験したことのない」「滝のような」etc. と形容詞テンコ盛りの雨模様が西日本に続いているせいか、物療に来てる患者もまばらだった。

カーテンで個室状態に仕切られたベットで低周波電気治療を受けながら聞き耳を立てていると、患者の婆さんと看護師さんらとの会話が聞こえてきて、山科のナントカ川が溢れてどこそこが冠水したと言っていた。

それ以外に爺さんと看護師さんらの会話も聞こえてきて、サッカーのワールドカップがどうのという話になり、その爺さんは、その昔開通したばかりの東海道新幹線に乗って東京オリンピックを見にいったと言うから、俺サマより少し年上かなと判断した。それを聞いた看護師さんらは、その頃まだ私達は生まれてないと言っていた。

ちなみに、この爺さんはシドニーでワールドカップが開催された時(何時の事だか勿論俺サマは知らない)、旅行会社のツアーに単独で申し込んで試合を見に行ったと言っていた。スポーツ観戦の趣味が無い俺サマに言わせれば、狂気の沙汰としか言いようがないが、まあ、世の中には色々な人が居るのだろう。

それにしても、病院で看護師さんらとこの手の世間話をしたがるのは、爺さんと相場が決まっている。皆、どうでも良いような問はず語りの相手してもらって、いい気になっている。しかし全ての爺さんがそうだという訳でもなく、むっつり爺さんも沢山居る。

俺サマはこれから爺さんになろうとしているのだが、この手の雑談の何が面白いのかさぱっぱり分からんクチなので、たぶん「むっつりオジさん」改め「むっつり爺さん」になると思う。

物療から帰宅後、どうせ数学やっても睡眠不足で仕事にならないと踏んで、1時間ほど昼寝。その後、しばし数学。

15時半過ぎに出て百万遍界隈に繰り出す。鴨川の護岸が濁流で流されたというニュースもあったが、雨は小降りで概して街中は平穏だった。

アンチュチュで少しだけ時間調整の後、16時40分から18時10分まで寺子屋ドイツ語。今日も例のあっけらかん女子高生が来てたが、先生は特に舞い上がってる風でもなかった。

京大近辺は平穏だったが、東一条のコンビニが1軒潰れていた。

帰りに大丸ラクト山科店で赤ワインを1本買って帰宅。すぐに夕食。その後、英文和訳の頼まれ仕事が舞い込み、今回は大意だけ分かれば良いということなので、さっと読んで電話で大意を伝え、一件落着。

その後、昨日の大雨で休講になった授業のうち、補講をしない積もりでいた「複素解析学I」について、やはり補講をしようと思い立ち、Webで申請手続きを行った。これで来週と再来週の土曜日は補講の嵐が吹き荒れる。

何故2回生の代数の講義と演習クラスは早々と補講することを決めて、3回生の複素解析学については、わざわざ補講することもないかと思ったのかという背景はとても微妙な話である。

要するに、Ritsの学生の大半は複素解析学をそれほど必要としない分野の卒研を選びたがるのだから、頑張って色々教えても虚しいという気分がどこかにあるからである。

俺サマは、自分が話す時は相手の顔色ばかり見ていて、相手が少しでもつまらなそうな顔するのが物凄く嫌いである。そんな事言ったって、俺サマの話が相手にとってそれほど興味が持てないなら、つまらなさそうな顔になるのは自然なことではないか、と。はい、確かにそうですね。

それでどうなるかというと、俺サマの場合、やっぱり人と話をするのは面倒臭いからやめようということになる。すなわち、相手を観察してできるだけ無駄な事は話すまいと考える。この辺りに俺サマの病理的思考が色濃くあらわれている。

俺サマが「人と話しするのが大嫌い!」というのは、要するにそういうことである。俺サマは吉本の売れっ子芸人でもないのだから、そんなにいつもいつも話が面白いわけがなく、喋ってつまらなそうな顔見て嫌な思いをするよりも、何も喋らない方がマシだとなるわけである。

複素解析学の補講は無理にやらなくてもいいかと考えたり、代数学の授業でも、この手の講座では必ず取り上げるべき重要項目のいくつかを敢えて教えなかったりするのも、この傾向の延長として理解できる。

つまり、数年間学生を観察した結果、この人達は将来こういう方向に進む人ばかりだから、ここまでは話すとしても、ここから先は話しても仕方あるまいという風に線引きして、内容を精選しているのである。人を見て法を説け!って言うしね。


JRが止まって終日休講、終日自宅で静かに過ごす

昨夜の予想通りJR琵琶湖線は始発から止まっていて、朝7時半ごろに確認したら、午前中の授業は全て休講になっていた。

午後の最初の授業については10時、午後の2番目の授業については12時に発表するとのことだったが、これもまた予想通り終日休講になった。先日の大阪地震の関係で休講になった分の補講が明日に予定されていたそうだが、それも全部休講になったようだ。

それにしても滋賀県は、先週金曜日の米原の竜巻とその日の夕方の大津のゲリラ豪雨によるJR運休、翌日土曜日夕方にまたゲリラ豪雨でJRが止まり、今週末は「数十年に一度」「記録的な」「これまでに経験のないような」と、おどろおろどしい形容詞句がこれでもかこれでもかと冠される大雨のためJRは終日止まりと、踏んだり蹴ったりである。

20数年前、建設中のRitsのびわこ草津キャンパスを見学した時、広大なキャンパスの中に巨大なプールのような窪地が作られていた。それは「千年に一度の大洪水」の際に、溢れた水を溜め込むためのものだとの説明があり、千年に一度の事まで考えて作ってるのかと驚いたものである。

その窪地もいつの間にか埋め立てられて、今は学生用自転車置き場になっている。千年に一度の事よりも目の前の事に対処せざる得ないのだろうけど、最近の滋賀県は天変地異の波状攻撃にさらされているし、この流れでこの夏あたりに、その「千年に一度」が起こったらどうするのかしら。俺サマは知らんぞ、と。

いずれにせよ、20数年前に「千年に一度」の話を聞いているので、NHKのアナウンサーが目を吊り上げて「数十年に一度」と連呼しても、「(高々)数十年に一度レベルの話ね(大したことないんやん!)」と、軽く受け流しそうになる自分が怖い。

20数年前、俺サマが京都に戻ってくる前年の大雨の時は鴨川が氾濫し、開通直前だった京阪鴨東線の地下構内が水没して数か月開通が遅れたそうだ。

10年ぐらい前には、やはり大雨で地下鉄東西線の御陵駅と山科駅が水没し、さらには四ノ宮からもうちょっと滋賀県寄りの所でがけ崩れがあって、地下鉄東西線や京阪京津線が何日も止まっていた。

「数十年に一度」と言うと、それよりも酷いものを指すんだろうな。だとすれば、俺サマが生まれて間も無い頃の伊勢湾台風かしら。

当時俺サマはまだ1歳だったので、伊勢湾台風の事は全然覚えていない。俺サマの津の実家は、それほど水害等の心配は無い所に建っているが、それでも風雨があまりに激しいので、母親は俺サマら自分の子供を連れて避難したそうだ。親父はその日実家に居なくて、母親はその後何年もその話を恨めしそうに蒸し返していた。

その親父は、というと、多額のローンを組んでやっと建てたばかりの家が、台風の風と雨でこんなにガタガタになってしまった。幸秀、この爪痕を見よ!と。普段は俺サマに似て(俺サマが親父に似た、というのが正しいが)とても無口な人だが、酒を飲んで饒舌になった時に、よくそんな事をこぼしていた。

「数十年に一度」というのは、そういうのを指すのか。でも俺サマは記憶には無いもののその場に居たのだから、「これまでに経験したことのない」という条件には当てはまらないな。もっとも、テレビで「これまでに経験したことのない」と言っているのは、皆俺サマよりも若い人ばかりだから、彼らが経験したことが無いという事か(と、年寄り臭い事も一応言っておく)。

いずれにせよ、「数十年に一度」と言うなら、数十年前の類似の事例を示して欲しいものだし、「これまでに経験したことのない」と言うなら、何歳以下の人なら経験してないはずなのか明示してもらいたいものだ。そう言う事を一切省略して「数十年に一度」「これまでに経験した事の無い」ばかり連呼されても、じゃあ100歳位ぐらいのお爺ちゃんお婆ちゃんなら経験した可能性が排除できないから、言ってる事が矛盾してるじゃねーか?!と思ってしまうのである。

ああ、そういえば数年前に津でそれこそ「これまでに経験したことのない」大雨が降ったな。雨雲レーダーで見てると、三重県中部から愛知県にかけての細長い地域の上空に次から次から凄い雨雲が発生していて、何時間も延々と大雨を降らせ、市内を流れる川が氾濫しそうになっていた。地球温暖化か何だか知らないけど、「伊勢に居て物案じすな」とまで言われた三重県でも、こんな事が起こるなんて、世も末だなと思ったものである。

京都に居る俺サマは、津の友人達と連絡を取って状況を知るに、これは恐らく伊勢湾台風以来の大事だと確信した。その日、高校の同窓会があったらしく、暢気に2次回をやっているグループに、俺サマの友人の一人がそんな事をやってる場合か?!と激しく警告したが全く聞き入れられず、という事があったらしい。

まだ1歳だったので覚えてないため、伊勢湾台風は事実上「これまでに経験したことのない」災害であり、従って警告されても想像力が働かなかったということだと思う。

昨夜は京都市から避難勧告の携帯電話メッセージがガンガン入ったりしてたが、とりあえず今日のところが何事もなく平穏に自宅謹慎していられた。まったくもって、ありがたい事である。

それで今日は終日自宅に居て、数学の合い間に断続的に野暮用という一日だった。何とか夏休みまでに終えたいと思っている文献読みの方も、昨日と今日全部休講になったお陰でかなり進めることができた。



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