日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

2014年08月

夕方からワインセミナー、その後、micorSDカードを買いに行く

いやはや、昨日は学科長の仕事で忙しかったし、次の火曜日からまた毎週の学科長会議が始まるので、気分的には「夏休みは終わった」って感じだが、新学期の授業が始まるのは9月末。まだしばらくは研究中心でやってられるな。

と思っていたのだが、前に使っていた携帯電話を業者に買い取ってもらう前に、データのバックアップをどうやってとるか?という問題が巻き起こり、古いマニュアルを引っ張り出したり、電話会社のホームページを見たりといったことをやっているうちに 午前中が終わってしまった。結局、先代の電話はmicroSDカード(SDアダプター付き)を買ってくれば良さそうで、先々代の電話は、特にバックアップするデータはなくて、単に初期化だけすれば良いだろうということで落ち着いた。

それから街に出て、久々に新福菜館府立医大前店にて昼食。その後、京大ルネへ。microSDカードもそこのPCコーナーで買えるかしらと思ってたが、今日は棚卸のため閉店。そのまま隣のアンチュチュの図書室に籠り、夕方まで数学。

16時から17時半過ぎまで、アンチュチュで開かれたワインセミナーに参加。今日はフランスのロワール地方のワインについて。白ワイン4種と赤ワイン2種の試飲もあり。総評としては、俺サマ的には、この地方のワインはどれも酸味が強すぎて、いまひとつって感じ。しかしセミナー自身はとても勉強になる、良いものだった。

赤ワインのぶどうの種類でピノ・ノアールというのが有名だが、以前大丸で買って飲んだら、やけに薄くて酸っぱく、俺サマの好みと正反対だったが、今日の話で、「ピノ・ノアールとはそういうもの」だと知った。また、白ワインのぶどうの種類で、ソーヴィニオン・ブランというのが最近人気だが、以前初めて飲んだ時は「番茶にアルコール混ぜたみたいな酷い味!?」と敬遠したが、その後だんだんこの味に病みつきになってきて、今日も、「もうちょっと酸味を抑えてくれれば大満足ね!」ぐらいには思った。あと、白ワインで最も人気のあるシャルドネ種の作付け北限はシャブリ地方で、ロワールはもっと北にあるので、ここでは従来シャルドネはほとんど作られてない。しかし温暖化のため、一部で良いシャルドネが作られつつあるとのこと。

あとは、日本人の年間平均ワイン消費量は3リットル弱だが、フランスやイタリアでは50~60リットルとか。しかし最近は若い人のアルコール離れが進み、ワイン業界も危機感を持っているとか。これは日本だけの現象なのか、世界的傾向なのかは聞き逃した。

そういえば、10年ほど前、ドイツの大学院で数学と情報工学の中間みたいなことを勉強しているというドイツ人学生が日本に来てたので、「最近の日本の情報工学系の学生は、数学が大嫌いと相場が決まってるが、そちらの国ではどうか?」と、聞いてみたら、「ドイツでも同じだ」と言っていたな。

その少し前に、エッセン大学でドイツ人の院生に、「近頃、日本の大学の教室では、授業中に私語の嵐が吹き荒れてどうにもならないが、こちらではどうか?」と聞いたら、「ドイツでも同じだ」と言ってた。これは団塊ベビー世代の話で、その後日本では、学生が教室で寝てばかりいる時代がやってきたが、それもドイツと同じかどうかは、聞きそびれたまま現在に至っている。

数学や私語はアルコールは関係がないけど、何となく、若者のアルコール離れは世界的傾向のような気がするな。

ワインセミナーからの帰り道に、京都駅前の家電量販店に立ち寄る。SDカードは2階のカメラ売り場、microSDカードは1階の携帯電話売り場と、売り場が別れているとは驚いた。もひとつ、俺サマがセロテープで補修しながら騙しだまし使っている今のガラケーは、miniSDカードなるものを使うそうで、それもついでに買っておこうかと思ったが、miniSDカードは売ってなかった。電子媒体の規格はどんどん変わっていくので、厄介である。

帰宅して夕食の後は、しばし数学。

 夏マスクは、何故かアンチュチュに行くまでには全く発見できず。雨が降ってたことが関係してるのかしら。アンチュチュからの帰り道の2時間ほどで一気に6名見つけた。京大正門前の50女1名、京都駅近辺で20女1名、30女2名。山科駅で30女1名、70女1名。

それで、先日から何となく気になっているのは、この夏は鮮やかなマリンブルーが流行っているのか、男でも女でも、色々な服装にその色が使われてい例をちょくちょく見掛けるが、結構目をひく。
 

院試面接、判定会議、臨時学科会議、前期卒業判定、等等

さて、昨夜「すわ炎上か?!」と危ぶんだ、同僚某先生からの不穏なメールの件も、昨夜俺サマが出した渾身の「ご説明メール」の対する今朝の返答で、無事解決したことがわかり、ひと安心。まあ、学科長ってのは、色々気ぃ使いますわ。

今日も昨日と同じく、昼前に出勤。昨日の大学院入試の筆記試験答案を採点担当の先生に届けたり、午後の院試口頭試問の準備をしたり、生協食堂で昼食をとったり、ドサクサに紛れて少し数学を考えたり。

生協食堂などには、当然ながら大学院入試の受験生達が居て、筆記試験の出来具合や、面接試験で何を聞かれるかしら、といったことを話し合っていた。工学部の学生などは、就活の時のような格好をして緊張した面持ちだった。

13時30分から大学院入試の口頭試問と面接。これは学科長の俺サマが仕切らないといけないことになっている。14時25分頃から合否判定会議。半時間ほどで終わり、5分ほど休憩の後、臨時学科会議。その合間に、あらかじめ指名しておいた然るべき先生を回って、総長選挙に関する宿題もあらたか片付ける。

学科会議は16時前に終わりそうな雰囲気になったものの、別の会議を終えて新たに加わった先生を中心に議論が再燃してきた。それで、あとの議事運営は副学科長に任せて、俺サマは学科会議を抜け出す。

研究室に戻って、大学院入試の合否判定結果の報告書や、それに関連する書類を大急ぎ書きあげて、理工学部事務室へ届ける。そのついでに、前期卒業判定資料の分厚い束を受け取り、研究室に戻ってその確認作業。何とか事務が閉まる17時半までに仕上げ、 確認報告書に署名捺印して提出。やれやれこれで今日の仕事はほとんど終わった、と。

さて学科会議はまた続いているのか?と会議室に寄ってみたら、すでに誰もおらず真っ暗だった。ついでに学系事務室に寄ったら、物理の学科長が居たので、総長選挙に関する「宿題」は、数理科学科の方で無事解決したことを伝える。

物理の学科長も、俺サマに負けず劣らず心配症というか、学部執行部から降ってくる「宿題」と学科との板挟みで妙なことになりはしまいかと、常に先手先手で対策を考えている様子。今回の件も、もし数理科学科で暗礁に乗り上げたら物理学科にお鉢が回ってくるというので、色々心配されていたようである。まあ、俺サマも、昨夜の「不穏メール」で一瞬「これは、まずいことになるかも?!」と冷や汗かいたけど。

それから割合まっすぐに帰宅したのだが、金曜日のラクトスポーツプラザ通いの時間(特にヨガのレッスン)にはぎりぎり間に合うか という感じ。学科長の仕事が半日続いたので、気分的にかなりくたびれてしまったし、金曜日のヨガはダウンドックのポーズばかりさせられるので、これまた心身ともにくたびれる。それで今日はスポーツプラザはサボることにして、ゆっくりと夕食。夜は少し数学。 

さて、今日は大学と自宅を往復しただけなのに、夏マスクを14例発見した。こういうフィールドワークは、サンプルが散発的に現れる場合には面白いのだが、こうあちこちにマスクがウヨウヨしているようでは、珍しくも何ともないというか、いちいち記録するだけでも大変である。道を歩いていると、どんどん向うからマスクがやってくるので、ちゃんと記録しないと忘れてしまうが、その度に立ち止まってメモしないといけない。

まあ、興味本位とウケ狙いでやってる夏休みの自由研究だし、この現象についての大体の傾向も見えてきて、これ以上目新しい現象が発見できるという期待も持てなくなってきたので、8月一杯で切り上げようとは思っている。しかし、仮にこのフィールドワークを続けるとすれば、サンプルの計数方法を工夫しないといけない。何せサンプル数が20年前の300~500倍と膨大なので、例えば、日本野鳥の会みたいに、カウンター片手にカチカチやって計測するぐらいのことをやらないと手に負えない。ただしこの場合、若い女、若い男、オッサン、若いとは言えないかもしれない女の分の4個のカウンターが欲しいところ。

今日の14例の内訳だが、自宅から大学に行く時に、山科駅近辺で30女、50女、60女各1名。JR琵琶湖線車内で、会社員風20男と60男各1名。また、南草津駅前で、Tシャツとジーンズの20男1名。Ritsのびわこ草津キャンパスでは、教員の40男と生協職員の50女各1名。帰宅時のバスの中で、学生風20女1名。山科駅に戻ってきて、20女、30女、60女、70女各1名。そして山科区内の路上で70男1名。



 

大学に出勤し、色々雑用

午前中に大学に出勤。 生協食堂での昼食を挟んで、夕方まで色々雑用。明日の大学院入試の口頭試問や判定会議の準備、今日の筆記試験の有効答案の受け取りと、採点担当者の先生への配達。9月下旬の学会出張申請書の作成と提出、この秋に行われる総長選挙について、各学科に割り当てられたノルマをこなすべく学科長に降ってきた宿題の準備、等等。

夕方頃、少しだけ時間ができたので、今日郵便ポストに入っていた9月の学会プログラムを精査して、聴講したい講演をチェックしたり、研究室に置いてある本を引っ張り出して調べものをしたり。

夕方帰宅して夕食。その後、俺サマは学科長の仕事に関連して、某同僚から不穏なメールが一通届いていたけど、これが炎上しないことを祈りつつ、夜は少し数学。

今日は街に出なかったので、夏マスクのサンプルはそれほど期待してなかったのだが、あにはからんや、17名も見つかった。

まず、午前10時台に山科から南草津に移動する1時間ほどの間に6名発見された。内訳は、山科区内の路上で50代の男1名、大丸ラクト山科店で70代の男1名、山科駅に通じる地下通路の30代の女2名の計4名。それから南草津駅で、えらく若ぶった格好した50男1名、色白70代女1名の計2名。

また、帰りの17時から18時台の2時間弱の間に、Ritsの男子学生2名、南草津駅前で煙草を吸うためにマスクを顎のところまで下げていた50代の男1名、南草津駅で電車を待っていた20代の会社員風の男1名。ラクト山科近辺では、20代、30代、60代の女それぞれ1名と40代の女2名、さらに山科区内の路上で30代の女1名、学生風の男1名。

まさに、「ちょっとその辺に出れば、入れ食いのようにどんどん見つかる」って感じ。昨日は「20年前の300倍」とか書いたけど、500倍ぐらいは行くんじゃないかしら。まさに、夏マスク・ビッグバン!って感じ。

さて、ここで、夏マスク個人小史をひとつ。

1992年にRitsに勤め始めた頃、スギ花粉症に苦しんでいた俺サマは5月半ばぐらいまでマスクが手放せなかった。マスクも5月になると暑苦しくてしょうがなく、早く花粉の季節が終わらないかと思っていた。

その頃はまだ、「マスクは冬に風邪をひいたときだけするもの」という認識が一般的だった。会う人ごとに「高山さん、こんな季節に風邪ですか?」と聞いてくるので、「いいえ、花粉症なんです」と色々説明しなければならず、いささかうんざりしたものである。花粉症のマスクはまだ広まり始めたばかりで珍しく、当時の俺サマは「マスクの先生」と呼ばれていた。

また、当時、北海道から来られた先生が、「顔が暖かくていいですよ。僕は札幌時代からずっとこれです」と冬場は(風邪とは関係なしに)ずっとマスクをされていたのを、皆で珍しがっていたものである。

その後数年して、京大病院で臓器移植手術が盛んに行われるようになり、術後は免疫抑制剤を使うので感染症予防のために夏でもマスクをしなければならないと聞いて、「それは大変だな。気の毒に」と思ったものである。その頃から、真夏にマスクをしている人を散見するようになり、臓器移植か何か、医学的にのっぴきならない事情をかかえてるんだろうなと思って遠くから見ていた次第。これが1990年代半ばごろ。

時は流れ、2002年に俺サマは少し体調を崩し、しばらく近所の整形外科に理学療法に通っていた。そこの理学療養士の30代前半ぐらいの屈強そうな男の人が、務め先から自転車で帰るところを目撃することがあったが、真夏のカンカン照りの夕方に(勤務中にはしてない)マスクをしているのを見て、ぎょっとした覚えがある。この人は何かとんでもない持病を抱えているのか、それとも、かなり特殊な思想信条なり感性の持ち主なのか、と。つまり、2002年の段階でも、夏マスクはかなり珍しかった。

以上から考えると、夏マスクが爆発的に増えたのは、せいぜい10年ぐらい前からではないかと思われる。スギ花粉症に限らず、年間を通して何かしらの花粉に反応する人が増えてきて、マスクが手放せないとか、紫外線の影響が強調されて、マスクが推奨されたといった事情が先行し、その後で伊達マスクの流行が始まり、ビッグバン状態に突入したと思われる。

と、いうことで、かつて「マスクの先生」として令名を轟かせた俺サマは、夏マスクのパイオニアだったのさ、えっへん!と自慢した上で、このブログは、馬鹿の俺サマの馬鹿自慢ばかりじゃないことを強調しておこう。

パイオニアと言えば、最近は「電気釜」とは言わず「炊飯ジャー」と言うそうだ。昭和の昔から電気釜を使い続けてきた俺サマは、今日友人に指摘されてびっくりした。そういえば何年か前に、これからは御飯を保温する「ジャー」に炊飯機能を備えた新しいコンセプト「炊飯ジャー」として売り出すことにした、とかいうニュースを目にしたことがあったな。俺サマはジャーは嫌いで炊飯機能しか使ってないので、いまだに「電気釜」って気分だけど。

似たようなことは、ATM (automatic teller machine) でもある。俺サマが昔勤めていた会社は、少なくとも当時はATMで業界トップシェアを誇っていた。そこの新入社員研修でATMの工場を見学して、いかなる先進技術が投入されているか、開発担当者から直接レクチャーを受けたものである。自分は開発には全然タッチしてなかったのだが、何となくパイオニアの仲間になったみたいで、ちょっと誇らしい気分だった。

ATMは当時はCD(cash dispenser) と呼ばれていたので、俺サマも長くその名前で覚えていたが、数年前に京都駅の案内所で「駅構内にCDはありませんか?」と聞いて、「???それ、もしかして、ATMのことですか?」とか問い直されて、初めて「今はCDではなくATMと言うんだ」と悟った次第。一瞬、世の中に置き去りにされた老人みたいな、寂しい気分になりましたな。

「置き去り」といえば、20世紀最高の数学者の一人アンドレ・ヴェイユ大先生は、自ら提出したヴェイユ予想という超難問を解決するには、ヴェイユ・コホモロジーと呼ばれる新しいコホモロジー理論を作れば良いだろうと提案した。ヴェイユ先生の提案を受けて、俺サマが崇拝するアレキサンドル・グロタンディックをはじめ、数多くの超一流の数学者たちがヴェイユ・コホモロジー理論の建設に邁進し、ついにはヴェイユ予想はピエール・ドリーニュによって解決された。ヴェイユ予想の解決にとどまらず、ヴェイユ・コホモロジー理論は今や整数論研究の必須の道具となったとさ。めでたし、めでたし、、、という話は、数学業界では広く知られた事実である。

かようにコホモロジー理論のパイオニア的存在で、その真髄を知り尽くしていたはずのヴェイユ大先生だが、晩年には「数学はコホモロジー理論一色になってしまい、かつて自分が慣れ親しんだものとは、すっかり変わってしまった。数学は私を置き去りにした!」と寂しそうに嘆いておられたそうである。

俺サマはヴェイユ先生とは違って、何もしないままに、ただ単に世界から置き去りにされてますなあ。まあ、それはそれで、気楽でいいんだけど。









 

電気釜が戻り、夜はアンチュチュへ。

午前中は自宅で数学。午後は、山科駅の蕎麦屋で昼食の後、京都駅前の家電量販店へ。修理に出していた電気釜が戻ってくるというので、受け取りに行った。メーカーの保障期間は終わっているが、量販店独自の保障延長サービス期間内だったので、無料だった。

大きな電気釜を持っていては遠出はできないので、 量販店から近い京阪ホテル1階ピエモンテの1時間300円のセルフサービスのラウンジで一息つき、しばしフランス語の予習。俺サマのすぐ後で70代の女達のグループが近くに来て、富山の風の盆に行ってみたいという話をしていた。俺サマは風の盆の町に研究集会で出張したことがあり、そこで買った、ご当地ハロー・キティー「風の盆」バージョンのキーホルダーを今も大事に持っている。

それからまっすぐ自宅に戻り、シャワーを浴びてから、フランス語の予習の続き。17時半頃に自宅を出て、18時過ぎに京大ルネに到着。生協で早めの夕食を軽く済ませ、19時から21時過ぎまでフランス語の授業を受ける。

昨日の話ではないが、このアンチュチュの講座も、夜のコンサートと夕食という悩ましい問題がある。帰宅した時には、既に小腹がすいていて、どうしようかと思ったが、つまみ無しで冷酒を5勺程飲んで切り上げる。 

そういえば、明日からの大学院の入試やそれ以外のことで、事務から「学科長、あれしろ、これしろ」メールがいくつか飛んで来てたが、今日のところはとりあえず無視。 明日と明後日の2日大学に出勤して全部片付ける積り。

さて、夏マスク調査の報告である。今日は13名発見したが、若い男の子のサンプルが多いのが特徴であった。20代ぐらいの若い男は、13時過ぎに山科の路上を彼女らしき女と一緒に歩いていた1名(女はマスクなし)、14時頃にゲームマシンで遊びながら京都駅で電車を待っていた1名、家電量販店の客1名、14時半頃伊勢丹京都駅店内に居た客1名、 16時前に京都駅八条口前高速バス待合室にいた1名、16時過ぎに地下鉄東西線の車内にいた1名の合計6名。昨日大量に発見された、マスク・オヤジは16時頃に地下鉄東西線で50代の男1人が発見されたのみ。

若い男というのは色々面倒臭い人種で、わけのわからないことを考えていることが多く、(医師の指導によるもの以外での)夏マスクの原因の分析は、ほとんど不可能と思われる。似たようなことが、若い男の所謂「腰パン」にも言えて、あれは俺サマが若い頃にもちょっと別の形で流行った。で、俺サマも若い頃は無性に腰パンがやりたくてしょうがなく、高校にもジャージの腰パンで通ってたし、会社の独身寮の食堂でも、穴の空いたジャージを腰パンしてウロウロしてたら、ある時、食堂のおばちゃんに叱られた。厨房で働いている若い女性達の目のやり場がないではないか、と。あの頃も今も、何故あれほど腰パンがやりたかったのか、うまく説明できない。まあ、男の子というのは、そういうものなんだろう。

それ以外では、13時半頃に山科駅近辺で60代の女1名、14時頃京都駅で電車を待っていた60代の女1名、ほぼ同時刻に京都駅構内を夫らしき人と歩いていた70代の女1名(夫はマスクなし)、16時前に地下鉄烏丸線で女子高生1名、16時過ぎに地下鉄東西線で60代の女1人、ビッグカメラの20代の女性店員1名。

夏マスクは、街で見かける何百人何千人の中の10数名だから、僅かな数とも言える。しかし、これが20年前だと1月に1人見掛けるのが精一杯だったことを考えると、毎日平均1名見掛けるだけでも30倍に増えたことになり、実際は毎日10人ぐらい見掛けるのだから、「20年前と比べて、夏マスクは約300倍に増えた」とも言える。300倍というのは、「最近、夏マスクが増えたよなあ」という直観的な印象とも合致する。しかも30年前は夏マスクはほぼ皆無だったから、「30年前と比べて、夏マスクは爆発的(あるいは無限大)に増えた」とも言える。なるほどなあ。人間、長いこと生きてると、色々なことが起こるんだなあ、と。





 

昼間はフランス語の予習と数学。夕立のあと、コンサートへ

午前中はフランス語の予習。アンチュチュ夏学期は夏休みで中断していたのだが、明日から再開。夏休み中にしっかり復習もやろうかと思ってたのだが、結局サボり倒して、今日から慌て始める。それにしても、映画の会話のフランス語って、何でこんなに難しいのかしら。それに比べれば、数学論文のフランス語なんて、アホみたいに簡単に思えてくる。

昼過ぎにちょっとその辺に散歩に出て、昼食もその辺で済ませる。午後は自宅で数学。やさしいフランス語で書かれた難しい数学論文で七転八倒。8月中に読破!の計画には、既に暗雲が立ち込めている。

夕方支度をして、二条城の近くで開かれたチェロとチェンバロのバロック音楽のコンサートへ。出掛けようと思ったら土砂振りの雨。先日雨漏りで往生した傘に防水スプレーを念入りに吹っ掛けて、いざ出発。ところが山科駅に着くころには、雨はあがり、晴れてきた。

大丸ラクト山科店で夕食用のパンを買って地下鉄に乗り、二条城駅のベンチで腹ごしらえ。一般にコンサートというのは、「さて今から夕食」という時間から始まり、夕食をとるにはちと遅すぎる時間に終わる。だから、よほどうまい作戦を立てないと、夕食を食べ損ねる。

大きなコンサートホールならサンドイッチやワイン、珈琲などを売ってるので、開演直前にそこで簡単にすます。あるいはどこかでお握りやパンを買っておいて、会場のすみっこでこそこそ食べる、というのが一般的なようである。いずれにせよ、早めの夕食を軽くとるといった感じ。しかし、それではコンサートが終わった頃に小腹がすいてくる。

昔、エッセンで現地の先生にコンサートに連れって行ってもらった時は、コンサートの前に先生の自宅に連れて行かれ、パン、ハム、チーズ、トマト、紅茶、牛乳などで簡単に夕食をすませた。ドイツ人の夕食は普段からこんな感じみたいだから、「高山、コンサートに間に合わなくなるから、早く食え!」とせかされたことぐらいが普段と違うところか。

パリのオペラ座の前には、夜遅くオペラが終わった頃に野菜スープなどを出す店があるらしい。夜遅くに重いものは胃にも体重(!)にもよろしくないが、野菜スープはちょうど良い。オスナブリュックに滞在してたころ、ちょくちょくパリ大学のセミナーに潜入して、夜はバスチーユの方のオペラ座を見に行ったが、野菜スープの店らしきものは見当たらなかった。イタリア人なら、野菜スープなんてことは言わず、構わず夜中の11時でもしっかり夕食を食べるのかしら。 
 
演奏者だって腹が減るのは同じだろうけど、クラリネットなどの管楽器をやってる人で、食事をすると胃が膨れて肺活量が下がってしまうので、本番が終わるまで何も食べないという人がいたな。

さて、コンサートの感想を一言で言えば、「 チェロとチェンバロがこんなに相性が良いとは今の今まで知らなかった!」と驚いた、といったところか。いやーっ、びっくり、びっくり、楽しかったなー!とかブツブツ言いながら帰ってきた。また、休憩時間に美味い手作りの焼菓子と飲み物が出てきたのは、小規模なコンサートならではの醍醐味ね。

さて、昼にちょっと散歩に出て、夕方、コンサートに行って帰ってきただけだけど、夏マスクは7人も見つかった。昼間の散歩で山科区内の路上にて40代と50代の男各1名。夕方の二条城近辺までの往復では、地下鉄東西線車内で50代のサラリーマン風の男と20代の女、二条城近辺の路上で40代のサラリーマン風の男、帰りの地下鉄東西線内で、制服のスカートをちんちくりんに短くした女子高生2名。またしてもオジサンが4名とは、一体どういうことなんだろう?いくら考えても、よくわからん。




 
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