日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

2015年01月

研究集会最終日、午後は吉祥寺を散策してから京都に戻る

朝、ホテルに荷物を預かってもらって、チェックアウト。土曜の朝の井の頭線は駒場東大前までずっとすいていた。9時過ぎに東大に着いてしまったので、しばしキャンパス内を散策。今日は昨日とうってかわって快晴の良い天気で、気温も少し上がった。

本日研究集会の最終日。10時から11時までと11時20分から12時30分頃までの2つの講演で終わり。最初の講演は、物凄い早口のインド人。しかも喋る言葉を全て黒板に書いていく上に、書くのがもどかしくなって、途中で滅茶苦茶な筆記体になったりするので、ノートを取るのが大変であった。

まあ、この講演以外にも、さすがの俺サマも業を煮やして、「板書が汚すぎて、ノートを取る気が失せた!」と殴り書きして、途中で放り出してしまった講演があったが、こういうことは、数学の研究集会では珍しくない。

工学部だと、「いくら立派な研究でも、それが人々に伝わらなければ意味がない」と、学生には明快なプレゼンテーションの方法を熱心に教える。むしろ、たとえ中身が無くても、プレゼンがちゃんとしてれば、とりあえず良しとされるようなところがあるぐらい。

しかし数学科は伝統的に逆で、中身が無いのにプレゼンだけ立派というのは「ニセモノ」扱いされて、かなり馬鹿にされる。むしろ内容が優れていれば、プレゼンなどどうでも良いというようなところがあって、数学科ですくすく育って、そのまま数学者になった優秀な人の中には、プレゼン的には凄まじく酷い講演をする人が少なくない。

研究集会が終わってすぐに吉祥寺に戻る。まずはその辺で昼食をと思ったが、週末の吉祥寺はそぞろ歩きの人々で一杯で、飲食店でちょっと良さそうなところは、14時頃になってもどこも行列ができている。東京は良い街だけど、何をするにもすぐ行列で、その挙句は売り切れご免の憂き目も覚悟しなければならない。

昼食の後、吉祥寺の駅ビルでたい焼きを1つ買った。たい焼きを食べるのはたぶん40数年ぶりである。昔のたい焼きは、皮がしっとりしてたけど、今日のはちょっとパリっとしてたな。最近はそうなのかしら。

昼食とたい焼きを済ませ、井の頭公園へ。前に行ったときは、「かいぼり」で池のほとんどの部分の水が干上がっていたが、今日はたっぷり水が張っていた。大道芸人よろしく楽器を演奏してる人、風船でミッキーマウスを作って見せたりしている人、自作の絵やアクセサリーなどを売る人、ベンチで読書する人、ジョギングをする人、散歩している人と、、、まあ、週末の鴨川べりや京都御苑のような感じであった。

井の頭公園を出て、荷物を預かってもらってるホテルに向かう途中、楳図かずお亭を見学していこうかと思ったが、道を忘れて結局よくわからなかった。

15時頃にホテルで荷物を受け取り、中央線と新幹線を乗り継いで19時頃に京都の自宅に戻る。夕食後、夜はアメリカ数学会のレビューの仕事を仕上げてメールで送った以外は、何となくのんびりとすごす。






研究集会4日目、雪が降り積もった!?

朝起きたら雪が降り積もっていた。井の頭線も10分から20分の遅れが出ていて、結局8時54分発の普通列車に9時5分頃に乗り込んだ。

遅れが出ているせいか、電車はぎゅう詰め状態で、駒場東大前で下車するときも、乗客を押しのけないといけないぐらいだった。

俺サマが若かりし頃、帰りが23時台と遅くなったことがあった。京浜東北線で大宮方面に向かっていたのだが、電車は満杯で俺サマが降りるべき南与野駅ではほとんど下車する人が居なくて、俺サマの周りからドアの近辺まで乗客でガッチリ固まっていて、ちょっとぐらい押しても前に進めない。それで結局下車できずに、終点の大宮まで行って、そこから反対方向の電車に乗り換えて戻ったことがある。

ふてぶてしいオジサンとなった今は、そういう状況になっても、「降ります!」と声を上げて、行く手をはばむ乗客をぐいぐい押しやって強引に下車する。今日も抵抗する乗客を押しのけて、やっとの思いで下車できた。

俺サマが駒場東大前で下車した後、電車は9時35分頃に渋谷に向けて発車したが、それまでに満杯でドアからはみ出している乗客が居たため、何度もドアを閉め直ししていた。最後は、ドアにコートの端っこが挟まって少し外に飛び出したまま、見切り発車していった。

今日も10時から17時40分過ぎまで、講演を5つ聞いた。昼休みは1時間15分程度あったが、雪はやんだものの、降り積もった雪がシャーベット状になって足場が悪く、生協食堂で昼食をとった後は、数理科学科の図書室で文献をコピーしたりしてすごす。

今日は終日数論のセッションで、午前中はジーゲルモジュラー関数の話で、聞いていてもよくわからなかった。午後は数論幾何学の話で、瞬間的にエタールコホモロジーやクリスタリンコホモロジーや変形理論の話が出てきて、心和む思いがしたけれど、それ以外は何を言ってるんだから、よくわからず。

俺サマは、この研究集会では毎日ずっと前の方の席を陣取っているのだが、今日は俺サマの周りに東大系の数論幾何学の若い人たちが群がって賑やかだった。彼らは、数理研の数論の研究集会にも大挙して押しかけて来て、わいわいやっていた。この妙に明るいノリな何なのか。

そういえば、この異様な賑やかさには見覚えがある。俺サマの学生時代、京大の代数トポロジーのグループがこんな感じだったと思う。何だかえらく勢いがあって、「俺たち、ガンガンやってるぜ!」みたいな感じ。俺サマのように、脳みその足りなさを適当に誤魔化しながら、息を潜めてコソコソと数学をやってる人間にとっては、眩しすぎるぐらい眩しい。

その中でも、俺サマの隣の席の男はずいぶん若そうに見えたが、ガンガンやってるシニアなお兄さん達にかなり難しい事を質問していた。「おお!?東大では中学生が数論幾何学をやってるのか!?」と、ちょっとびっくりしたが、どうやら修士の学生のようだった。

夕方、吉祥寺に戻り、駅ビルで買った弁当や惣菜、酒で夕食。昨日は「外食してライブハウスにでも」とか言ってたけど、結局とりやめ。

広島なら牡蠣とお好み焼き、仙台なら牛タンとホヤ、名古屋は味噌カツときしめん、徳島はぼうぜ寿司と徳島ラーメン、etc. みたいな感じで、地方にはそれぞれ特色がある食べ物があるが、東京は、、、まあ、寿司かなあ。それとも、もんじゃ焼き?うーん、何でもあるから、特にこれってものがない。

吉祥寺も、ラーメン屋と寿司屋が沢山あって、あとはエスニックかな。吉祥寺に行ったらこれが食べたい!ってのが無い。まあ、メンチカツとか最中とかで有名な店があるけど、そういうのはすぐに行列作って長々と待って、みたいな話になるから、「そんなのはいいや」と。それに東京の店だから、どこも座席が狭っ苦しそうだし、今夜は雪も残ってて寒いし、、、と、色々理由をあげつらって、「まあ、明日の昼食にでも、その辺のラーメン屋に入ってみるか。」、ということで、夕食の外食はパス。

あと、ライブハウスは、若い頃はよくSometimeに通ったので、今日もちょっと店の前まで行ってみたけど、テーブルチャージ1800円、ドリンク1000円から、みたいな感じなので、ビビッてやめてしまった。それぐらいでビビッてるようで、どうするんだ?!って話もあるけど、そもそも数学に転向してからは、ジャズはあまり聴かないのよね。

計算機科学はいい加減な学問で、全体の辻褄さえ合ってれば、細かいところはユルーく行きましょう!って感じだけど、数学はイグザクト・サイエンスだから、細部に至るまでとことん正確さを求める厳しさがあり、結構シンドイ。それで俺サマのように、あっぷあっぷしながら、かろうじて数学研究を続けていると、ジャズの緩さは耐えられなくて、かえってクラシックの厳密さに安らぎを感じたりするのよね。

だから、「寒いし、高いし、ホテルの部屋はぬくぬくと快適だし、ライブハウスはやめ!」ってことになった。









東大研究集会3日目は、陰ながらお祝い申し上げる

今日も9時1分吉祥寺発の井の頭線普通列車に乗って東大駒場キャンパスへ。昨日発見した「吉祥寺9時過ぎのオジサン」は居なかった。奴はもう1本後の電車かもしれない。

今日も10時から17時半過ぎまで5つの講演を聞く。昼休みは1時間ちょっとなので、今日も東大生協食堂で済ます。

この研究集会は毎年この時期に開かれているが、今年は特にこの集会の中心的存在とされる某大先生の75才の誕生日記念集会ということで、この先生とゆかりの深い人が講演者として集められたらしいことが、わかってきた。

弟子筋が沢山いる偉い先生の場合、60歳の誕生日記念研究集会が開かれることは珍しくない。さらに何とか数学を続けて長生きしていると、80歳記念研究集会を開いてもらえたりする。

しかし、75歳記念というのは、珍しくないのかも知れないが、俺サマとしては初めて聞いたような気がする。どうやらこの大先生の場合、10年前には65歳記念集会も開かれたらしい。

それで今夜は誕生パーティーも兼ねたレセプションが開かれたらしい。数年前までの俺サマなら、偉い先生の誕生パーティーは良い機会だから、ぜひ潜入して一緒に祝おうではないかと考えた。しかし今は、社交の類には一切参加しないことにしているので、陰ながらお祝い申し上げるだけにとどめる。

例によって、ホテルに戻る途中、吉祥寺駅ビルで弁当や酒などを買って帰り、ホテルの部屋で一人密かに「○○先生、75歳おめでとうございます!」とささやかな祝杯をあげる。

それにしても、折角憧れの街吉祥寺に宿泊しているのに、ホテルと東大駒場を往復して、途中夕食の惣菜やら酒やらを駅ビルで買い物するだけの毎日である。まあ、ホテルの部屋も居心地が良いので、部屋でゆっくりしないと勿体無いことも確かだけど。

明日の夜は最後だから、夕食は外食して、ジャズのライブハウスにでも行ってみようかしら。








東大研究集会2日目

9時頃にホテルを出て、10時前に東大に到着。行きの井の頭線で、俺サマと同じく吉祥寺から乗り込んだ、俺サマと同世代ぐらいのオッサンがどうも見覚えのある顔。「この顔にピンと」きて、しばし考えた末、以前に東大に出張した際にも、やはり井の頭線で一緒になった男だと分かった。どうやらこの男、毎日9時過ぎの井の頭線の一番後ろの車両に乗ることにしているようだ。

奴は東大駒場前で降りて西口から出ていった。尾行して東大関係者かどうか突き止めたい気もするが、俺サマは東口なので、深追いはしなかった。

10時から17時半過ぎまで、5つの講演を聞く。昼休みは1時間20分程度で、大学の近くにはあまり飲食店は無いので、今日も東大生協で昼食。

昼食の後、駒場キャンパス内を少し散策してから、早めに会場に戻る。京大数理研の研究集会と違って、WiFiが使えないのは不便だが、京大数理研と違って、外部の人間でもコピーカードがあれば数理科学科図書室のコピー機が使えるのは便利である。

東大駒場キャンパスは、本郷キャンパスに比べて狭く、近年はモダンな建物に建て変わったりしているけれど、歴史を感じさせる建造物や並木などがまだいくつか残っており、俺サマは結構気に入っている。

ただ、大学を一歩出ると閑静な住宅街で、ほとんど店らしい店がない。まあ、静かといえばそうなのだが、俺サマなどは学生街というか、もうちょっと賑やかなものを期待してしまう。

本郷は、計算機屋時代に1、2度行ったことがある。台湾人の研究者を連れて情報科学科の某先生を訪れた際、「これが、あの有名なYoneda's Lemmaの米田先生の研究室だよ」と教えてやったら、物凄く感動していた。生憎、米田先生は不在のようだったが。

現在、東大の数学科は駒場にあるため、数学に転向して以後の俺サマは、本郷キャンパスはとんとご無沙汰である。三四郎池とか赤門とかも、20年数年前に見たっきりで、その記憶もおぼろげになりつつあり、先日久々に夏目漱石の「三四郎」を読んでも、どうも大学のイメージが湧きにくくて困った。

阪大のキャンパスに行くこともちょくちょくあるが、行くたびに何故か憂鬱になる。大学の近辺の雰囲気が俺サマの趣味と合わないこともあるのだが、学生時代に大学院の入試を受けて落第したり、その後も何かと阪大関係では、良い思い出が無いことが原因だと思う。

名大のキャンパスも、大学近辺の街(八事とか本山駅近辺)の雰囲気はあまり感動しないし、学生時代にやはり大学院の入試に落とされたりしているのだが、その後は特に悪い思い出はない。三重県生まれの俺サマとしては、名古屋は子供の頃から親しみを持っていた街なので、名大に出張してもそれほど憂鬱にはならない。

京大のキャンパスも、学生時代に毎日のように「馬鹿だ!馬鹿だ!馬鹿だ!」と言われ続け、最後には院入試で落とされ、放り出された大学なので、卒業後10年ぐらいは寄り付きたくなかったのだが、今では本務校のRitsよりも馴染んでいる。まあ、それについては数理研猫の功績も大きいけど、やはり何だかんだ言っても、学生時代は楽しかったからなんだろうと思う。

研究集会の休憩時間に、数学とは無関係の事務的で形式的な用件で、某大学の先生が、「立命館大学の高山先生ですよね?」と声を掛けてきたが、用件はすぐに終わった。

少し前なら、「あんた、何で俺サマが立命の馬鹿の高山だってこと、知ってんだよう?」と首でも絞めて問い詰めてやろうかって気にもなったが、ここ数年、そういうことがちょくちょくあるので、「もう、みんな俺サマの事、知ってるんだろうな」と諦めて、無駄な抵抗はしないことにしている。

吉祥寺駅ビルで惣菜を買ってホテルに戻り、夕食。その後は、集会で取ってきたノート整理みたいなことをしたりして、のんびりすごす。

東大の研究集会1日目

10時半ごろに東大駒場キャンパスへ。11時から17時半まで研究集会の講演を4つ聞く。今日の講演は、狭い意味では俺サマの専門や研究テーマとは少し離れているし、聞いてても分からない部分が多い。しかし、広い意味では俺サマの専門に近いので、心を込めて聞く意味は十分ある。

第一、講演者は最先端の研究レベルの一定の数学的思考を働かせながら話すので、それを聞いている俺サマも、たとえ内容が100%は分からなくても、その思考の流れを共有できる。

こういう体験がいかに重要であるかは、例えば、教授会、学科長会議、学科会議で展開される非学問的議論と比較すれば、明らかである。別に大学の会議での議論を軽視するわけではないが、大学の中の議論にばかり付き合っていると、俺サマみたいなフラフラした人間は、たちまち最先端の学問的思考の水準が分からなくなってしまう。

ところで、時々、業界人以外の人から、「研究集会によく参加してるけど、研究発表はしないの?」と質問される。計算機屋の頃はあちこちの研究集会で講演してたし、可換環論屋の頃も適当に研究発表してた。しかし、代数幾何学に転向してからは、全くしてないし、今後もする予定はない。

「何故、代数幾何学の研究集会で研究発表しないの?」と聞かれると、実のところ答に窮するが、数学業界では、研究集会で研究発表できるのは、集会の運営責任者が指名した人だけなので、俺サマの一存ではどうにもならないのである。

では、何故集会の運営責任者に指名されないのかというと、それは単に「俺サマが馬鹿だから」である、ということにしてあるが、たぶんそれでほぼ正解である。

「ほぼ」正解というのは、実のところは、特に代数幾何学に転向して以後、いくつか論文は書いたものの、同業者を驚かせるほどインパクトのある内容ではないことと、代数幾何学の研究者のどのコミュニティーに属していないこと。この2つが原因だと思う。

では何故、代数幾何学の研究者のコミュニティーに属しないのかというと、その辺は自分でもうまく説明できないなあ。

今やっている東大の研究集会でも、昨年のボンの研究集会に来てたフランスの大先生が来てて、「ボンの集会の後で、初めて先生に出させて頂いたたメールでの質問に、丁寧な御返事を頂いて、有難うございます」とか何とか言って挨拶すれば、立ち話で少しばかり研究の話などもして、お知り合いになれたかも知れないし、若い頃の俺サマならきっとそうしたと思う。しかし実際は、「ああ、あの大先生、来てるな」と遠目に見てるだけだったし。

結局、代数幾何学って、物凄く難しい分野だし、俺サマもまだ自信が無いんだよね。数学に限らず、博士号取りたての若い人の場合、将来への期待も込めて、研究者コミュニティーの中で割合暖かく迎えられる傾向があるけど、俺サマのように50歳過ぎてからこの分野に転向してきた人間は、それなり以上の研究成果がないと相手にしてもらえないってところがあるし。

だから、研究集会の懇親会みたいなところで顔を売ってる暇があれば、少しでもまともな研究成果を出すべく頑張った方がマシという風に、若い人とは戦略が違ってくるのである。

まあ、俺サマ一人なら、別にこれでいいんだけど、数学者を目指している院生が居るとなると、ちょっと心配である。学生にしてみれば、学会で相手にされていない先生の所に居るよりも、色々顔が広い先生の下に居る方がチャンスが広がるからである。ありていに言えば、たとえ学問的にそれほど偉くなくても、業界内の偉い先生達に顔が広くて、面倒見の良い先生につく方が有利だと言えよう。

それで、数学者を目指している院生に対しては、「俺を頼らずに、自分の力でチャンスを掴みなよ。そのための道筋は教えてあげるから」と。さらに続けて、「馬鹿の俺サマも、そうやってきたんだから、君にもできるよ」、と無責任に言い放ちたいところだけど、そこまでは言ってない。















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