日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

2015年09月

午後は久々に京大数理研図書室

午前中はベルリン出張の機内持ち込み系荷物のチェックと、大学に出勤して行うべき作業のリストアップの後、しばし数学。

それにしても、今はWebサイトで公共交通機関など、目的地のさまざまな最新情報が簡単に手に入るし、Googleマップやストリートビューがあるから、現地の道順も街角の風景も含めて、あらかじめ頭に入れておくことができるので、海外出張もずいぶん楽になった。

30年ぐらい昔だと、まずは大きな書店に行って現地の地図を捜すことから始めないといけなくて、それも市街全図ぐらいの大まかなものしか手に入らない。パリやニューヨークといった大きな街ならともかくとして、ニューヨーク州イサカとかスウェーデンのリンシャピンとか南フランスのアンチーブとか東フランスのナンシーとかとなると、もう日本では地図そのものが全く手に入らない。

となると、もう出たとこ勝負で、ヨーロッパ出張は大抵そうなるのだが、夜遅く現地入りすると、公共交通機関の事は良くわからないから、空港からはタクシーが頼り。しかし土地勘が無いので、一体何処に連れられていくのか不安なものである。とりあえずホテルにチェックインして、翌日現地で地図を入手し、それから事が始まるといった感じだったが、無事に現地入りするのがまず大変である。

20年程前だったと思うが、ストックホルムに到着した夜、タクシーの運転手が、「そのホテルは知らないが、通りの番地からすると、この辺りだと思う」とか言って下ろされた。しかし、一体何処にホテルがあるのかわからず、大きな荷物を持って、夜も更けて人通りも少なくなり、小雪がちらつく通りを30分ほど右往左往した。あれは結構心細かった。

10数年前にイタリアのトレントに行った時も、まだGoogleマップとかストリートビューは無くて、鉄道の駅から英語が全然通じないタクシーに乗ってホテルに向けて出発したのはいいが、山越え谷越え、一体何処に連れていかれることやら?!と冷や冷やしたものである。

今ならあらかじめストリートビューでホテルの建物まで確認できるので、こんな心配は無用である。

ただストリートビューがあればいつでもOKかというと、そうでもなくて、数年前にケルンから鉄道でパリ東駅に着いて、メトロに乗り換えるのに往生した。思ってた以上に巨大な駅で、乗り換え口はいくつもあり、案内掲示はよくわからんしで、初めて大阪梅田駅に行った人みたいに、駅構内をかなりウロウロした。

午後は京大へ。京大北部生協食堂で、遅めの昼食、食後の自販機コーヒー。その後、数理研図書室に籠もり、夕方まで数学。次に京大に来るのは、出張から帰ってきてからになるので、帰りにトラの仏壇に旅の安全祈願と帰国後の再会を誓って数理研を発つ。俺サマの出張中に、トラの一周忌の法要は行われるのかしら。

その後、京大生協ルネの書籍部と隣のアンチュチュを少し偵察してから、帰宅。

夕食後、夜はまた少し数学。


自宅や山科駅前Sbuxで授業の準備を色々

午前中は、代数学序論IIの講義メモを予定のところまで書き上げ、さらに演習講座の問題も作って、担当の助教の先生にメールで送信。さらに、ベルリンから帰ってきてから始まる、留学院生君用修士論文ゼミのための、ミニ講義メモ作成に取り掛かる。

その後、自宅を出てその辺で適当に昼食の後、山科駅前Sbuxへ。今日の日中は最高気温が30度まで上がり、夏が戻ってきた感じ。派手な柄の大きなスポーツタオルを首に掛けて出かけたのだが、Sbuxの注文カウンターの姐さんがそれを見て、「今日は、外、暑いですか?」などと声を掛けてきた。

Sbuxにて、しばしミニ講義メモ作成作業。隣のテーブルには、ハイキング姿の60代後半ぐらいの女4人組が歓談していた。それぞれ70代ぐらいのご主人が体調を崩し、検査だの手術だのと大変だという話をしていた。ウチの主人みたいに、病院嫌いの気の小さい男は、検査入院して帰ってきただけでも、すっかり病人みたいにやつれてしまったわよ、みたいな事を言っていて、病院嫌いの気の小さい俺サマとしては、身につまされる話であった。

「でも、人間70歳を過ぎたら、何か病気のひとつやふたつ抱えてても不思議じゃないし、気にしてもしょうがないわよね」みたいな事も言っていたが、彼女達は山登りなどを楽しみ、とりあえず元気一杯の様子で、まことに御同慶の至りである。その後は、兄嫁がケチで意地悪で困ったものだという話をひとしきりしてから、去って行った。

女たちの会話は、いつも胸が痛むほどリアルである。

反対側の隣には、おそらく教育関係の仕事を定年退職したオジサンと、何者がは不明だが、たぶん俺サマと似たような年格好のオジサンが、「定年後に何かお仕事されてないのですか?」「いやあ、何かやろうと思ったんだけどねえ、、、」云々かんぬん、みたいな話をしていた。

夕方頃、ミニ講義メモをとりあえず書き上げ、Sbuxを出て、大丸ラクト山科店へ。あれ?先ほど俺サマの首タオルを見て「今日は暑いですか?」とか言ってたSbuxの姐さんが、惣菜売り場のオヤジと立ち話してるぞ。仕事帰りなのかなあ、とか思いながら、赤ワインと白ワインを1本ずつ購入。

帰宅してしばし数学の後、夕食。そしてラクトスポーツプラザへ。中秋の名月とかで、巨大な満月が煌々と照っていて、LEDライトで照らされたような夜道だった。

今日のスポーツプラザは、ZUMBAと筋トレ。ZUMBAは先週休講の反動か、今日はいつもよりも多い15名が来ていた。まあ、先週代講で行われたシャドウボクシングは、「明日のために、打つべし!打つべし!打つべし!」って感じで、ちょっとストイックだけど、ZUMBAはひたすら楽しいからなあ。

帰宅後、ストリートビューでちょっとばかしベルリン出張の行程をチェック。



ベルリン出張荷物仮詰め、あとは講義の準備など

午前中は京都新聞日曜版の2つのパズルを片付けた後、来週のベルリン出張の荷物の仮詰め作業。

ベルリンはここしばらくは京都の3月中旬ぐらいの気温らしいが、京都はまだ最高気温が27度とか言ってるので、どうもピンと来ない。問題は、コート類は何を持って行くか。

たぶんこれでいいかな?というのが、高校時代に買ったアーミージャケット。しかし、グロタン・カット(つまりスキンヘッド)で、それ着てベルリン市内を歩いてたら、ネオナチに間違えられはしまいか?とか、色々余計な事を考えてしまい、結局、今日のところは保留となった。

午後は街に出て、外国人観光客に人気の河原町三条寿司の「むさし」で、かなり遅めの昼食。その後、ロフトやドラッグストアや百均や丸善や最近出来た何だかよくわからない雑貨店やらを覗いて、旅行用の小型の歯磨き粉、コンパス、携帯目覚まし時計用ボタン電池を購入。スケッチ用の鉛筆をどうしようかしら?と思ったけど、まあ、普通の鉛筆で良かろう、と。

買い物の後、上島珈琲寺町通店に籠もって、複素解析学の講義ノートの作成作業。少し離れた大テーブル席で、プチ同窓会なのか、50代ぐらいの女数名のグループが歓談してた。その中の一人が物凄いキンキン声で、えらいテンションで喋りまくっていた。アニメの声で、時々ああいうのがあるような気がするが、地声で出しているところが凄い。

夕方、上島珈琲を出てJEUGIA三条本店を偵察。若いチェリストのCDを試聴してみたら、しんみりと深みのある、なかなか良い音で、バックのオーケストラや伴奏のピアノもとても良い。これは買ってもいいなと思ったのだが、ジャケットの本人の写真がどうも気に入らなくて、結局パス。昔、こんな顔した女にこっぴどい目に合わされたことでも、あったのかしら?全然思い出せないんだけど。

帰宅して夕食の後、夜もまた複素解析学の講義ノート作り。ベルリン出張の前後2回分が出来たところで、代数学序論の方の講義メモ作り。これもほぼ出来たと思った頃に、そういえば演習講座の問題も作らないといけないことを思い出した。まあ、明日にでも片付けてしまおう。


異様に重いリュックをしょって、今期初の寺子屋へ

午前中は来週のベルリン出張の準備。帰りのフライトがやけに早いので、ホテルからどうやって空港に行けば良いか、色々検索。リムジンバスの停車場所や発車時刻などを調べる。あとは現地に行ってから、その通りになっているか、直接確かめてみよう。

それから、近所の銀行で寺子屋講座の授業料を下ろし、支度をして自宅を出る。

今日は荷物を少なくしたはずなのに、やけにリュックサックが重い。

俺サマのリュックサックは、晴雨兼用傘、スペア眼鏡、フランス語の電子辞書、筆箱(筆袋と言った方がいいかも)、計算用紙、デジカメ、スケジュール手帳、風邪薬や胃薬や絆創膏、歯ブラシなどが入ったお助け袋、扇子、小型電卓、手回し懐中電灯、布製手提げ袋、ジョギング用日除けキャップなどが常時入っているので、それだけでそれなりの重さになる。それに加えて、今日はドイツ語の電子辞書やノート、数学の本、フランス語講座のプリントやノートなどを持てば、さらに重くなる。

しかし、それにしても重い。まるで子泣き爺を背負っているみたいだ。昨夜、夕食のために新福菜館まで歩いた時も、こんな感じだったな。

しかし、兎に角、まずは新福菜館で昼食。またも新しいバイトの兄ちゃんが居て、その子が客から注文を取って厨房に伝える際に、微妙な混乱が生じるようで、厨房の中が何やら騒がしかった。

昼食後、10月中旬開店予定の、新福菜館の新しい建物の前を通ってアンチュチュへ。玄関のフロアで、1年ほど前まで土曜朝の中級クラスで一緒だった人にばったり会った。

前のクラスは、あれから中級が一通り終わって上級に進んだあたりで、それぞれ止めてしまったり、別のクラスに移ったりして、消滅してしまったらしい。その人は、また別の中級クラスに通っているのだ、と。

ゲーテでもそうだったが、語学学校のクラスメートというのは、会話練習などで話したり、休憩時間に雑談したり、演奏家の生徒が居ると皆でコンサートを聴きに行ったり、それなりに仲良くなる。しかしそれは実に淡い関係で、何学期か一緒に居ても、その後バラバラになって、稀に語学学校の近辺でばったり会うこともあるが、互いに音沙汰無しとなることも多い。

俺サマが今やっている「シネマで学ぶフランス語」は、生徒同士の会話練習が無く、先生と生徒とのやりとりだけである。授業時間が短いため休憩時間も無い上に、皆さん、遅れて来て、夜遅く授業が終わればさっさと帰るので、雑談する時間など無い。笑い女とのバトルのように、ただ単に先生と話す時間の奪い合いをしているだけで、クラスメート同士が仲良くなる機会はほとんどないのである。

図書室で、「シネマで学ぶフランス語」の今学期最終回である、来週水曜日の部分の予習。

16時40分から18時10分頃まで、今学期初の寺子屋ドイツ語。ここ2ヶ月ほどドイツ語はとんとご無沙汰だったので、ベルルン出張前にリフレッシュできてよかった。今学期は休むことが多そうで、あと3、4回出席できるかどうか、といったところなので、1回毎に支払うチケット制度を使うことにした。

寺子屋の授業を終えて、帰り支度をしていると、リュックサックの中から昨日の夕方に買った赤ワインがごろりと出てきた!自宅を出る前に、あんなに中を調べたのに、何で気づかなかったのか?俺サマのリュックサックはドラえもんの4次元ポケットなのか?!と。

この赤ワイン、通常のものよりも瓶が重い。通常1本1.2kgぐらいだが、この赤ワインは瓶だけで900グラム以上あり、中身も含めて1.6kg以上もある。これが子泣き爺のようなズッシリ感の原因だったのだ。

帰宅して夕食後、夜はフランス語の予習をとりあえず完了。後は、直前にまたDVDを見直すぐらいでよかろう。

色々やるべき事があるような気がするのだが、ベルリン出張が終わらないと、どうも落ち着かない。そもそも海外出張自体が「面倒臭いなあ、行きたくないなあ」って感じで、毎度ながら出張前ブルー状態である。しかし、出張から帰ってきたら、たぶん何もかも忘れていると思う。

午後は学生とゼミ、久々の留学院生、夜は歩いて歩いて新福菜館

午前中は自宅にて野暮用や数学。昼前に自宅を出て、大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買って出勤。

13時前に到着。研究室で昼食の後、13時30分から16時半過ぎまで、卒研・大学院合同ゼミ。5月以来就活に忙殺されていた留学院生君も、久しぶりに顔を出していた。しかし、また来週から再び、就活の疾風怒濤に向かって行くのだとか。

ゼミの後、事務的な雑用を済ませた頃に留学院生君が研究室にやってきて、就活の状況を聞いたり、修士論文のテーマを説明したり。就活が多少長引いても、早く終わっても、どうにでも調節が利くテーマを設定してみた。

その後、すぐに大学を発ち、大丸ラクト山科店で、今晩で無くなりそうな赤ワインを1本買ってから、この週末でしばらく営業停止する新福菜館に向かう。

京都市役所前から新福菜館までは1キロ以上あり、普段は何でもないのだが、今日は赤ワインやら複素解析学の講義ノートやら、色々リュックに入っているので、歩いても歩いても、なかなかたどり着けない!という感じだった。景気づけに、昭和の残党派らしくブルーライト・ヨコハマを歌いながら歯を食いしばって歩き続ける。

♪歩いてもー、歩いてもー、小舟のよーおおにぃー、
♪私はー、揺れーてー、揺れてラーメンの丼の中ぁー!

19時過ぎにようやく新福菜館の到着。店内が何やら騒がしいと思ったら、中国人観光客の一族郎等10名(小さな子供2,3名を含む)が押しかけていて、店員さんが注文を取るのに四苦八苦していた。中国人にとって、新福菜館の中華料理は、どんなものかしら。

帰りはもう歩く気が起こらず、府立医大前からバスで京都市役所前へ。

帰宅して赤ワインの残りをちびちびやりながら、しばし野暮用。その後、また少しだけ数学。
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