日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

2015年11月

午前は四日市、午後は津、夜に京都に戻る

最近は無料朝食付きのビジネスホテルが増えてきたけど、俺サマが泊まった四日市駅前のホテルもそうである。中国人団体客が押し寄せるので、8時から9時過ぎまでは避けて欲しいとのことで、頃合いを見て9時過ぎに朝食。

10時前にチェックアウトして、しばし四日市の街を散策。俺サマが生まれ育った津の旧市街は、昔は賑わいのある豊かな街だったが、俺サマが大学を出た頃からどんどん寂れ果てて行った。しかし最近は少し盛り返してきてて、なかなか良い傾向だと思っているのだが、それでも四日市に比べれば、まだまだ寂しい街である。

昼前に津に戻り、別荘の手入れをしたり、味噌を買ったり、昼食に鰻を食べたり、3時のお八つに蜂蜜饅頭を食べたり、親戚に届けものをしたり。

蜂蜜饅頭は鰻と並んで津の人のソウルフードらしい。蜂蜜饅頭と言うと、津の甘党の人は誰も彼も少しだけテンションが上がる。かつては間口の狭い小さな店でやっていたが、その3軒隣に大阪資本の餅菓子屋の丹波屋が乗り込んできた。しかし丹波屋は津の人の口に合わなかったらしく、間もなく撤退し、その店を蜂蜜饅頭が買い取り、益々商売繁盛の様子である。

甘党の俺サマなのに、何故か今まで蜂蜜饅頭を食べたことがなく、今日初めて2個一気食いした。

さて、出し入りでない大豆だけの赤味噌は津でしか手に入らないので、帰省した時に買ったりする。愛知の八丁味噌なら京都でも手に入るが、豆味噌と米味噌が混じっているので、津の味噌とは少し違う。まあ、ほんとはどっちでもいいのだが、折角津に来たんだから、買っておこうか、と。

鰻は津駅西口のいつもの店。大門商店街の近くの某有名店は、何時行っても行列が出来てるので、ちょっと嫌気がさしてきて今回は避けた。

津駅西口からずっと西に上がった所に、新しい良い鰻屋があるそうなので、食後にそこも偵察。年末に帰省した時にでも寄ってみようか、と。

その鰻屋からもうちょっと先に、俺サマが通っていた高校があるので、久しぶりに行ってみた。俺サマが高校進学する時に合わせるかのように、山を切り開いて作られた学校で、昔は竹やぶに囲まれて、マムシも頻繁に現れた。今は新興住宅地に囲まれて、すっかり様子が変わってしまっている。しかし心臓破りの坂道や校舎は昔のままだった。

まあ、久しぶりに行ってはみたものの、高校時代の思い出は、ほろ苦いものばかりで、懐かしいという感じはしないな。

夕方、津駅ビルの珈琲店でしばし数学。行きはそうでもなかったが、帰りの近鉄特急はかなり混んでいた。電車の中でも少し数学。

京都駅に着いたら、さらに観光客でごった返していた。

19時過ぎに帰宅して夕食。夜は水曜日のフランス語の予習。

四日市のマリンバのコンサートに潜入する

午前中はしばし数学。留学院生君とのプロジェクトや講義の準備などで中断していた、自分のプロジェクトを少し進める。

山科区内で適宜昼食の後、京都駅へ。観光シーズン真っ盛りの京都駅構内は観光客でごった返しており、鯉の滝登りのように、押し寄せる人波を必死に掻き分けて、何とか近鉄の改札にたどりつく。

14時10分の近鉄特急で四日市へ。車中、ベルリンで買ってきた、カミュの「異邦人」ドイツ語版を少し読んでたけど、結局、途中八木で乗り換えた以外は、ほとんど爆睡状態。

16時20分に四日市に到着し、駅前のホテルにチェックイン。その後、四日市駅ビルのパン屋のイートインで軽く夕食。

四日市は電車で何度も通り過ぎているが、街に降り立つのはたぶん初めてである。小学生の頃は、四日市は石油コンビナートで日本の重化学工業を支える最先端の工業都市で、同時に四日市喘息で有名な公害の街という風に習ったが、今は俺サマ好みの活気のある健康的な良い街である。

その後、四日市駅から電車と徒歩で30分ぐらいの所にあるライブハウスで開かれた、マリンバのコンサートに潜入。我らが高田中学が誇る天才マリンバ奏者N君と、彼が率いる若手マリンバ奏者たちのコンサートで、クラシックからポピュラー、ジャズまで多彩な演奏を楽しんだ。

N君は世を忍ぶ仮の姿として、普段は小さな会社の社長さんをやっているが、今日も自分の出番の直前まで、赤色灯を持ってライブハウスの駐車場の誘導係のオジサンをやっていた。

俺サマは中学2年か3年の時、文化祭か何かの催しでN君の超絶技巧のマリンバの演奏を聞いて強い衝撃を受けるとともに、激しく興奮した。この男はただの悪党面した悪ガキだと思ってたが、実は物凄い奴なんだ、と。

あれから40年以上経って、N君がまだマリンバをやってると聞いて、もう一度彼の演奏を聴きたいと思ってたのだが、ようやく今日それが実現した。

まあ、今日ははるばる京都から来た甲斐があったな。N君の人相の悪さには益々磨きがかかっていたが、演奏は素晴らしかった。後進の指導にも力を入れているらしく、若い人たちの演奏も素敵だった。

人間、自分の専門である程度ベテランになってくると、後進の指導がしたくなるようである。そういえば俺サマも、計算機屋時代や可換環論屋時代の終わり頃には、そんな事を考えてた覚えがある。

しかし幸か不幸か、俺サマはRitsの学生には超絶不人気なので、後進の指導も何も、学生が全く寄り付かず、それをいいことに代数幾何学に転向してしまった。

代数幾何学業界での俺サマは、依然馬鹿扱いされっ放し状態で、まだまだ自分のことで精一杯って感じだから、後進の指導どころの話ではないな。

だから、普段は、「駆け出しの若い頃の気分に戻れて、めでたし、めでたし」と思っているんだけど、既に功なり名を挙げ、そろそろ引退して後進に道を譲るだの何だのと言ってる同世代の人々を目の当たりにすると、自分だけすごろくの振り出しに戻ってるような気分になる。

まあ、あんまり、そういう事は気にしないようにしてるんだけどね。

帰りは同じくライブハウスに来てた中学の同級生の車で四日市駅前まで送ってもらい、夜遅くまでやっている駅前スーパーで小さな寿司と日本酒を買ってホテルで夕食の締め。

留学院生君から、LINEのメッセージが届いていて、何やらささやかながら新発見をしたそうである。

急に冷え込み、午後は学生とゼミ

山科区内で早めの昼食の後、大学へ。今日は急に冷え込んだので、またJR西日本が遅れるだろうと予想し、早めに自宅を出る。

今日は寒さが原因ではないけど、よくわからない理由で電車が遅れていた。琵琶湖線、京都線に繋がる神戸線では、いつも何だかんだとトラブルが発生して、電車が遅れるのである。

神戸線での頻出トラブル原因の中に、「ポイント故障」とか「信号が赤になったので確認」という意味不明なものがあったが、あれは須磨海岸の亀が陸に上がって来て、線路を横切ろうとして上手く行かず、結局切り替えポイントに挟まって身動きが取れなくなる事故だったらしい。昨日のニュースで、JR西日本が亀を安全に横切らせる画期的技術を開発した!と出ていて、初めて亀が原因だと知った。

なーんだ、亀が原因だならそうだと言ってくれれば良かったのに、とも思うが、その一方、「ガメラが襲ってきたんじゃあるいまいし、亀ぐらい何とかしろ!」と利用者からの苦情が殺到するかも知れないので、あえて詳しい事はアナウンスしなかったのだろう。

それ以外に、「踏み切り確認」とか「線路に人が立ち入った」とか、神戸線区内で発生する色々意味のわからない「原因」がアナウンスされるが、いつものことながら詳細は明らかにされないので、利用者としては結構フラストレーションが溜まる。

俺サマとしては只々、神戸線区内は魑魅魍魎の世界というか、日々わけのわからない事が起こってるんだろうなと、怪しげな想像を膨らませて遊ぶぐらいしか、対処の仕様がない。

13時半から17時40分頃まで、卒研院生合同ゼミ。ああでもない、こうでもないと色々議論。こういう基礎的な細かい議論は、学生と一緒にやらないと、なかなか自分で復習したりすることが無いので、俺サマとしては大変勉強になる。と、相変わらず自分の事しか考えてない悪徳教授の俺サマでした!と。

ああ、そういえば10月末に大騒ぎした健診の結果が返ってきた。まあ、頑張って禁酒してたお陰で、ギリギリセーフといったところだったが、この1年でちょっと太ったので、それが多少問題ありといったところ。

大丸ラクト山科店で、シャブリのシャルドネを1本買って帰宅し、夕食の後、夜は留学院生君との共同プロジェクト関連で、昨日までに思いついた事を纏めて、留学院生君のメールで送付し、本日の業務は終了。

講義日、そういえば俺サマの講義スタイルが変化してる

講義日。やっと11月らしい涼しさになった。

10時過ぎに出勤、10時40分から12時10分まで、2回生「代数学序論II」の講義。今日は有限生成アーベル群の例や構造定理の概要と中国人剰余定理の証明。次回は有限生成アーベル群の構造定理の証明(の概要)に入る予定。

短い昼休みは、研究室にて昼食。留学院生君との共同プロジェクトで、今週の疑問点の最後のものを解決。

13時から14時半まで、3回生「複素解析学II」の講義。今日はローラン展開定理の証明を終え、ローラン展開から見た、正則、極、真性特異点の特徴づけを示し、コーシーの積分定理の一般形の証明に入ろうとした所で終わる。積分定理の証明を後回しにしていると、色々やりにくいようなので、年度末に回す計画はやめて、来週から入る予定。

そういえば、以前は学生の様子を見ながら、彼らに語りかけるように講義をしてたような気がするが、最近は黒板の前で数学を考えながら、自問自答して得た結果を板書していくといったスタイルに変わってきている。学生の方はほとんど見てない。

N響の某演奏家が以前、コンサートというのは、演奏者が神様と二人きりで会話しているのを、聴衆が傍で眺めるようなものだと言ってたが、俺サマの講義も「俺サマは今、数学の女神と語り合ってるんだから、君達は邪魔しないで傍で大人しく聞いててくれ給え」みたいな、、、まあ、そんなカッコの良いものでもないけど。

確かに以前は大した講義は担当してなくて、所謂「単位調整科目」というか、まともに話したら1ヶ月で終わってしまうような内容の薄い話を、半年分に引き伸ばして講義してたから、かなり余裕があった。

しかし今は学科の基幹科目を担当させてもらって、結構ヘビーな内容を講義しているので、学生の反応を見ながら緩急自在に色々調節して、、、、みたいな器用な事はなかなかできないという事なんだろうと思う。

それに以前は学生が授業中によく騒いだので、監視しなければならないということもあった。最近の学生さんは大変行儀が良く、騒ぐわけでもなく、寝るわけでもなく、せっせとノートをとって静かに聞いているので、俺サマとしても安心して「数学の女神と語り合える」というわけだ。

行儀が良いと言えば、近頃は若い人よりも50代60代の方がよっぽどマナーの悪い人が多いと言われているらしい。そりゃあ、そうである。俺サマの若い頃は、行儀の悪い男の子は沢山居た。「男の子は元気が一番、多少行儀が悪いぐらいがちょうど良い」みたいな妙な事を言う大人も少なくなかったし、その雰囲気を察知してか、男の子は「いくらやかましく言って躾けようとしても、言うことを聞かない」のが普通であった。そういう子らが、親の言う事も奥さんの言う事も聞かず、時には逆切れして見せたりして、やりたい放題の野放しで生きてきた結果が、「マナーの悪い50代60代のオジサン達」なのだ。って、俺サマは成長過程で十分矯正されてきてるから、その点ではオリコーさんだよ!と言いたいんだけど。愛想は悪いけどね。

研究室に戻り、代数学序論IIの演習問題を作ったり、再来週以降の代数学序論IIや複素解析学IIの講義の準備など。

夕方帰宅し、すぐに夕食。その後ラクトスポーツプラザへ。今日は骨盤矯正ヨガと有酸素運動自主トレ。

ラクトから帰宅後、代数学序論IIの演習問題をTeXで清書し、演習担当の助教の先生にメールで送付。これにて本日の業務終了。

アンチュチュは引き続き厳戒態勢

明け方ふと目が覚め、数学の事が気になってしばらく寝付けず。意識的に下世話な事を考えるようにしてたら、いつの間にか気分が楽になって寝入っていた。

本日すこし寝坊。午前中は自宅にて数学。明け方考えていたプロジェクトを開始。

午後に自宅を出て、山科駅前で昼食の後、ラクト山科の床屋でグロタン・カットにしてもらい、大学に出勤。今日は終日雨で、気温もようやく11月らしい涼しさになった。

夕方の会議まで1時間ほど時間があったので、しばし数学。留学院生君とやっているプロジェクト関連で文献検索。どの文献も期待してた事は書かれていない。そのことが分かって、かえって我々の疑問はもっと簡単に解けるのでは?と気づき、色々考えているうちに疑問はあらかた解決した。

16時半より学科会議。今年度末に定年退職する先生も、最終講義をしないとのアナウンス。ああ、またか、と。どうもこの10年ぐらい、最終講義の打診を辞退するのがファッションみたいになっている。数学以外の事はあまり考えられない先生などは、これを勝手に「従うべき慣例」だと信じてたりする。

10数年前までの数理科学科では、定年退職する先生たちは当然の如く最終講義なるイベントを、この大学における自分の最後の晴れ舞台だとばかりに嬉々としてやっていて、俺サマはいつもそれを楽しみにしていた。

大学という所は、専門が違う同僚達がどんな学問をやっているのか、それを知る機会は実のところほとんど無い。しかし、今年度末に退職される先生はそうではないのだが(この点は特に強調しておく)、最終講義を聴講して、ああこの先生は、普段は大学の会議でしか顔を合わせないし、会議では、聞いていて思わず力が抜けるぐらいに愚かな事か、さもなくば見え透いた嘘しか言わないから、「こいつは本物の馬鹿か、さもなくば、正真正銘の悪魔に違いない!」とずっと軽蔑してたのだが、実はこんなに素晴らしい学問をやっていたんだなと、初めて尊敬の念が湧いたりするのである。

会議は17時40分過ぎに終了。すぐに大学を発ち、大丸ラクト山科店でサンドイッチを2個買って、地下鉄の隅っこで簡易夕食。結局少し遅刻して19時10分前にアンチュチュへ。

尊敬する父親のいいつけに従って、勉強、読書、音楽の趣味、そして恋人まで父親の意向に沿ったものを追い求め、常に父親に気に入られようとしてきた主人公の女医が、年老いた父が心臓病も省みずバイアグラまで使って若い女に狂っている事実を目の当たりにする。「父はこんな人ではなかった」と衝撃を受けるも、同時に、自分を抑圧していた父から解放される。おそらくは父親の意向に沿って選んだ、倦怠期にある同棲中の恋人を初めて裏切り、職場の年下イケメン医師と浮気する。その事が嬉しくて、何でも相談できる懇意の兄に、思わず「私、職場の同僚の若い医師と寝たのよ」と自慢げに告白する。

クラスメートの女達は、老いも若きも皆上のように”正しく”解釈していた。しかし俺サマだけは、「父に幻滅して自棄糞になり、若いイケメン同僚と関係を持ってしまったファザコン女医が、その揺れ動く心を兄にぶつけて、兄に心の支えになってもらおうとした」と”誤った”解釈をしていた。

まあ、女は女の気持ちがよく分かるのでしょう。笑い女は例によって俺サマを馬鹿にして、まるで小学生のように
笑い倒していた。

そういえば、アンチュチュには、相変わらず警備の警官が2名居て、21時過ぎに講座が終わり、俺サマが帰る時も、敷地内に停めたパトカーの赤色灯がクルクル回っていた。玄関口の献花台はもう撤去されていた。FBの俺サマもプロフィール写真。まだ三色旗のままでいいのかしら?

旧東ドイツ領ベルリンにあるロシア大使館の建物の前には、警官の監視ボックスなどがあり、常時フランス警察が警備しているようである。アンチュチュにはフランス領事館が入っているので、今の状態が常態化しそうな雰囲気。じゃあ、俺サマのプロフィール写真もずっと三色旗になるのか?

21時過ぎにアンチュチュを出て、帰宅。

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