日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

2016年02月

午後は街に出て、その辺をぶらぶら

午前中は、自宅で野暮用の後、京都新聞日曜版の2つのパズルを解き、大学の仕事で年度末の報告書を書いて、Webで大学のサーバーに送り一件落着(のはず)。

昼過ぎに散歩に出て、その辺で昼食の後、大丸ラクト山科店や山科区内のスーパーで買出し。

帰宅してすぐに街に出て、上島珈琲寺町通店へ。しかし残念ながら満席。それでJEUGIA三条本店横のドトール珈琲を覗いてみたら、幸い席が1つ空いていたので、すかさず確保。少しだけ数学。

ドトール珈琲を出てから、JEUGIA三条本店へ。J.S.バッハのチェンバロとビオラダガンバの曲のCDが出てたので、試聴。ビオラダガンバの代わりにビオラを使っているようで、「じゃあ、まあ、いいか」と購入見送り。

あと、狼娘エレーヌ・グリモーさんのピアノのCDが出てたが、水をテーマに色々な作曲家の曲を集めたもの。「まあ、これも、いいか」と購入見送り。ジャケットの写真を見たら、以前のいかにも狼娘って感じの風貌から、少しは人間の女って感じになっていた。

それから丸善BAL店をさらーっと偵察。俺サマは職業柄、数学の専門書はげっぷが出る程読んでるが、普段、一般書はほとんど読まない。だから本屋に入っても、専門書コーナーをちょっと眺めた後は、その辺をさーっと歩き回って、トイレを借りて出てくるぐらいが関の山。

数学書って、1行に膨大な情報が詰まっていて、それを解き明かしながら読んでいかないといけないので、ページ数の割には読み応えがある。だから、一般書を読むと、内容がスカスカに思えて、ひどく頼り無く感じてしまう。

そうなると、その中で何かしら一つの世界が広がっている小説か、何かしら有用な情報源となる実用書ぐらいしか読む気になれない。それも数学書を読むのに疲れた時ぐらいで、数学書に夢中になっている時は、「何を好きこのんでテンションの低い一般書など読む必要があろうか」という気分である。

大学を卒業して、十数年後に数学に戻ってくるまでの間は、現代詩を読むのが好きで、日本の色々な詩人の詩集を買っては、気に入ったフレーズをマーカーペンで印をつけながら読み耽っていた。

現代詩は数学書と同じく、1つの言葉に沢山のことが凝集されているので、数学を離れ、そういった凝縮感に飢えていたあの頃の気分に合ってたのだろう。

俺サマも現金なもので、再び数学に戻ってからは、現代詩はお払い箱になってしまった。

そういう意味では詩人の想像力と数学者の想像力には似たようなところがあるが、20世紀初頭の数学の巨人ヒルベルトは、数学者の想像力の方が遥かに上だと思っていたようである。(まあ、数学者は自分達が世界で一番エライと思ってるし、物理学者もやはり自分達が世界で一番エライと思ってるからなあ、、、、)

自分の下で学ぶある学生について、「彼は数学者になれそうか?」と問われたヒルベルトは、「残念ながら彼は詩人の想像力以上のものは持ち合わせていないようだから、数学者になるのは難しいだろう」と答えたそうである。

もっともヒルベルトの言う「数学者」というのは「ヒルベルトのような数学者」のことだから、詩人の想像力さえ持ち合わせていない俺サマみたいなのは想定外である。

帰宅して夕食の後、夜は少しだけ数学。


昼は数学、夕方はドイツ語、夜はフランス語

午前中は自宅にて夕方のドイツ語の予習をちょっとだけした後、しばし数学。

午後は散歩に出て、その辺で昼食。帰宅してまた少しだけ数学。

夕方は、百万遍に繰り出し、アンチュチュで時間調整した後、16時40分から18時10分頃まで寺子屋にてドイツ語の授業を受ける。

寺子屋のもう一人の受講生は、アンチュチュの笑い女の対極キャラの人のようで、笑い女のように無闇矢鱈に笑い倒されるのもかなわんが、俺サマが多少面白い事を言っても完全に無反応なので、ちとシンドイ。

そういえば小学校4,5年の頃、クラスで俺サマを含めて2,3人の男の子がふざけてお馬鹿な事をし、周りの子たちも一緒になって笑っている時に、ちょっと離れた所から、「何なの?貴方達は!」と冷たい視線を投げかけてくる、少し悲しげな表情をした優等生風の女の子が居たりしたものだが、まあ、そんな感じ。

帰りはまっすぐ帰宅。夕食の後は、水曜日のフランス語の予習など。

前回の「シネマで学ぶフランス語」の授業では、設問の答えをかなりひどく間違えた。その一つは、あるシーンを見て、「デノーマンディ(女医)のこの発言は何を意味しているか?」というもの。

正解は「デノーマンディは、患者の実際の状態を見て、自分が主張した治療法は間違いだとわかり、それまでの意見を変えた」だが、俺サマの解答は、「デノーマンディは、患者の実際の状態を見ても、まだ自分の主張した治療法に固執し、患者に対してその場しのぎの上辺だけのことを言っている」というもの。

うーむ、俺サマって、何て性悪説な人なんだろう。。。

もう一つの設問は、別のシーンについてのもので、「研修医たちのパーティーで、バンジャマン(主人公の若い研修医)は、ステファン(別の若い研修医)の何が気に入らなくて喧嘩を売ったのか?」というもの。

正解は、「バンジャマンは、イスラム教徒の先輩研修医アブデルに対して、ステファンがわざと酒をすすめるなどして、からかったことに腹を立てた」のだとか。俺サマは、バンジャマンがそんな義憤に駆られた言動をする気高い人物だとは思ってなかったので、この正解にはちょっと驚いた。

俺サマの解答は「バンジャマンは研修医の仕事が辛くて悩んでいる時に、既に十分酔っ払ったステファンの能天気な態度にむかついた」というもの。

うーむ、やっぱり性悪説、、、というか、俺サマって猜疑心の塊みたいな思考をしているな。

俺サマは、「自分は今、全世界を敵に回して戦争をしてるんだ!」と、(どこかの国の将軍様みたいなことを)頭のどこかで常に考えているような所があるが、それが上の間違いの遠因となっていると思われる。

まあ、フランス語講座の設問で間違えるぐらいなら、まだいいけど、もっと人生の根本的なところで間違っているような気がしないでもないな。


午前は雑用、午後は数学、夜はドイツ語

午前中は自宅で野暮用の後、大学の仕事関係であちこちにメールを出したり受け取ったり、Webサイトを調べたり。その後、少しだけ数学。

午後は散歩がてらに山科区内を徘徊。その辺で昼食の後、帰宅して、しばし数学。

夕方、野暮用とほんの少しの数学の後、夕食。

夜は明日の寺子屋ドイツ語の予習。

どうでも良いことだが、今日は西田ひかるが西田敏行の娘ではないことを知った。あの、にしゃーっと笑った時の顔が似てるから、絶対親子だと思ってたのだが。。。

そういえば、昨日、卒業式の日の謝恩会の案内が来た。勿論、俺サマは行かないけど。

このブログでも何度か書いてきたけど、俺サマは仕事関係の飲み会、宴会、懇親会の類には出ないことにしている。それは、参加するかしないか、いちいち考えるのが面倒臭いからである。

学会の懇親会だと、馬鹿なくせに無理して数学やってる俺サマとしては、馬鹿が大嫌いな数学者サマ達にマトモに相手にされず、その悔しさのあまり後でしばらく勉強ができなくなるリスクを考慮しなければならない。

職場の飲み会だと、時期によっては、顔を見てるだけで酒が不味くなるような同僚も居るかも知れないから、それを我慢するメリットがどれほどあるかを、慎重に見極めなければならない。

こういうリスクなりメリットなりをその都度考えたり、あの時は参加して今回は参加しないのは、誰それに対して義理が立たないのでは?みたいな事まで慎重に比較考慮しなければならない。

学生相手の飲み会となると、更にその傾向は顕著である。つまり、立場上学生に対する公平な態度を考慮する必要があるので、特に謝恩会などは、年度によって参加したりしなかったりというのは非常にまずい。

俺サマは嫌われキャラなので、卒研生は毎年せいぜい1~2名で、しかも彼らとは数学の話しかしない。その1~2名も謝恩会に来るかどうか分からないとなると、教師の立場として無理してでも参加すべきか否かは迷うところである。

かように、仕事関係の飲み会の類に関して、参加すべきか、せざるべきかを悩むことに意味はあるのか?と長年考えた結果、俺サマの今の職業ではほとんど意味が無いということになった。それで、じゃあ、(親和会宴会など少数の例外は別として)全部ヤメ!となって今日に至っているのである。


コトチカ山科、全滅す

午前中は自宅で野暮用の後、大学へ。

昼頃に到着し、久しぶりに生協食堂で昼食の後、自宅で当面使わない本を研究室の書棚に戻し、3月の理科大出張のための出張申請書を書いて事務に提出。

13時から学科会議、今日は卒業する学生の成績確認作業、その他,簡単な議題が1件だけだったので、13時20分過ぎに終了。

その後、個人研究費執行手続きのため、レシートの束を所轄の事務室に提出し、すぐに大学を発つ。

帰り道、地下鉄山科駅の改札の前を通ったら、昨年秋に2店が相次いで閉店したコトチカ山科で、最後に残っていた1店舗が3月16日で閉店するとの掲示が出ていた。うーん、こんな中途半端な店舗で商売が成り立つのだろうか?と、俺サマは当初から心配していたが、やはり1年半で全滅と相成ったか。

帰宅して、夕方までしばし数学。

夕食後、夜はラクトスポーツプラザへ。今日は骨盤矯正ヨガと有酸素運動自主トレ。

そういえば、先日の親和会宴会のフランス風懐石料理だが、ひところ「フレンチは重くて腹にもたれる」と人気が低迷し、イタリア料理に客が取られた時期があって、危機感を持った日本のフランス料理人たちが「懐石路線」に走ったのだろうか?

「腹の減る親和会宴会」は、今回が初めてでないような気がして、過去のブログを見てみた。すると、去年7月の親和会でも、中華風懐石で「美味いけど、腹が膨れない!」とブータレていた。

どうやら、コトはフランス料理に限らないようだ。

そういえば、それ以前は京都の料亭で和食の宴会だったが、会席料理ではあるものの懐石料理ではなく、しかしながら、最近は刺身や天ぷらがこんなに小さいのが流行なのか?!とびっくりすることが多くなった。

昔の親和会宴会は、美味い料理を腹一杯食べられる!って感じだったけど、最近は良くて腹8分、大抵は腹半分のことが多い。

酒飲みは、料理を食べ過ぎると酒が入らないと言って、折角の料理を残すことが多いし、三々五々2次会に繰り出すことを考えると、やはり一次会ではあまり食べない方がいいので、そういうことも影響して、幹事サイドも料理の少ない店を選んでいるのかも知れない。

俺サマは二次会など行かないし、同僚の誰かと会話を楽しむことはあり得ないし、宴会の席での酒はあまり良いものが無いので、唯一最大の目的は料理である。その辺が、他の参加者とは違うので、もひとつ不満が残ってしまうのかも知れない。


修論公聴会、無事終了

午前中は自宅で野暮用の後、大丸ラクト山科店で昼食用のパンを買って昼前に出勤。研究室での昼食を挟んで、大学の仕事を片付ける。13時前に留学院生君が、修士論文の差し替え版を持ってきた。

今日は10時半頃から、修士論文の公聴会である。15時半までは、確率論と微分方程式の講演だし、会場はその方面の先生や学生で溢れ返っていて、俺サマの座る席も無い状態なので、それをいいことに研究室でしばし数学。

15時半からは、かつて俺サマがやっていた理論計算機科学関連の講演があり、その後で、俺サマの研究室の留学院生君が最後の講演を行ったので、その2つには顔を出した。

理論計算機科学の講演内容は、フランスの国立研究所で開発された定理証明支援システムCoqを使って、ある実験を行ったという話だった。これは、かつて俺サマが共同研究をしたり、ライバルとして研究成果を争ったフランスの研究グループの活動に深く関連した話で、聞いていてとても感慨深かった。

公聴会の後、指導教官の先生に最近の動向について少し話を聞いた。それによれば、フランスの研究者達は、俺サマが理論計算機科学者時代にやっていた研究を、俺サマが見切りをつけて数学に転向した後も着々研究を進め、その後大きな成果を挙げていたこと分かり、衝撃とも言えるほど感銘を受けた。

俺サマを含め、当時その方面の研究を精力的に行っていた日本の研究者達は、ほとんどその研究からは手を引いている。俺サマは理論計算機科学自体から足を洗ったし、他の研究仲間たちの多くは、新しい流行の研究分野に鞍替えしていったようだ。

と、いうことで、俺サマの口からはとてもじゃないが言えた柄ではないのだが、基礎研究はしぶとく延々と続けることが大事である。アメリカやヨーロッパの連中は、どんなに予算が減らされても、どんなに学生達に不人気な分野になろうとも、「これは重要で意味のある研究テーマだ」と確信したら、石にかじりついてでも延々とやり続け、10年20年のスパンで、いつの間にか巨大な研究成果を生み出している。

しかるに、日本の研究者は、変わり身が速いというか、常に流行の研究テーマを追いかけて、1つの事をこつこつと深めて行く態度に欠けるのではないか?という思いは、計算機屋時代にはずっと持っていた。

しかし、その俺サマが、あっさり計算機科学を捨てて数学に転向し、今や数学者サマから馬鹿にされながら、細々と生きながらえているという次第である。

ちなみに、俺サマは何故理論計算機科学をやめてしまったかを復習しておくと、

流行の分野でない
=>学生が飛びつかない
=>卒研の学生が集まらない
=>大学の中で”肩身が狭い”なんて生やさしい話ではなく、この少子化の時代の私大で「流行の分野をやらない教員は要らない!」式の露骨なイジメが、あの手この手でガンガン入る
=>しょうがないので、国公立大への転出を画策するも、馬鹿だから採用されない
=>その状態が数年続き、とうとう体を壊すも、まだ国公立大転出に望みを繋げる
=>そうこうしてるうちに、日本が貧乏になって、国公立大も私大並みに厳しくなる
=>何もかもがアホらしくなって、理論計算機科学をやめてしまう、

という図式による。まあ、重圧に潰されてしまったって訳。

日本のかつての研究仲間たちは何故、以前の研究テーマをやめてしまったのか。また、外国のライバル達が何故今の今まで生き長らえることができたのか、まあ、一度酒でも飲みながら、ゆっくり聞いてみたいものである。

ちなみに、流行を追い回して、次々と研究テーマを変えることの是非はけっこう難しい問題である。上にも書いたように、1つの技術をじっくり育てることを軽視してたら、独創的で大きなイノベーションは生まれない。

今は大変な人工知能ブームだか、20年以上前にもブームがあり、日本でも人工知能研究が盛んだった。しかし、ブームが去った後、当時の研究者達は殆ど撤退して別の研究を始めた。

計算機屋時代の友人によれば、今のブームは、当時からずっと執拗に研究を続けていた外国の研究者の仕事が火付け役だとか。

しかし、その一方で、独自技術にこだわり過ぎると、今度は「ガラパゴス現象」と問題視される。漱石の草枕じゃないけど、とかくこの世は住みにくい。

留学院生君の講演の後、教員が集まって判定会議。無事、全員「合格」と相成った。

17時過ぎに大学を発ち、18時20分頃にアンチュチュに到着。

京大生協ルネで夕食の後、19時から21時過ぎまで「シネマで学ぶフランス語」の授業を受ける。

アンチュチュを出てから初めて気づいたのだが、今日の公聴会の後、大学院生たちが打ち上げをやったそうで、留学院生君も参加したようだ。LINEで、「先生も来られませんか?」みたいなメッセージが入っていたので、俺サマは学生とは酒を飲まないことにしていると返事しておいた。

帰宅して夜は3月の東京出張のホテルの予約。爆買いツアーの影響で、今から東京のホテルを予約するのは無理かと思ってたけど、なんとか確保できた。
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