日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

2016年10月

午後は数理研図書室へ

午前中は自宅で野暮用の後、山科区内のスーパーに買出しに出る。

帰宅後、支度をして百万遍に繰り出す。京大生協ルネ食堂にて、やや遅めの昼食。健診直後ということもあって、とってつけたように、サラダバーなどの野菜と肉類を中心とした、高蛋白低炭水化物のダイエットメニュー。まあ、しばらく続けないと何の効果も無いんだけど。

昼食後、ルネ生協書籍部をさらっと偵察してから、京大数理研図書室へ。閉館する17時前まで数学。

帰りに京大農学部前バス停から17番のバスに乗ろうと思ったが、ちょうど数理研での研究集会が終わった時間と重なっていたらしく、専門は少し離れているが、いかにも業界人らしい雰囲気を漂わせた一団がバス停にたむろしていた。

これはかなわんと思い、素通りして、東山通りの百万遍バス停から、別のバスに乗る。

帰りに山科区内のスーパーで買い物をしてから帰宅。買い忘れていたものがあって、また自転車で同じスーパーに繰り出して、再買出し。帰宅後、夕食。

夜、日本数学会から何やらメール。内容は学会地区委員の選挙の結果の報告で、予想通り俺サマは落選していた。

これは学会の規定で、京阪神地区の大学教員から4名候補者を選出し、学会員の投票でその中から3名の委員を選出するという話。

馬鹿の俺サマは、単なる数合わせのための泡沫候補者として立候補させられたようなものだが、日頃学会にはお世話になっているから、数合わせ要員だろうが泡沫候補だろうが、それで事が進むのならと喜んで立候補の依頼を引き受けた。

実は同じ理由で、1、2年前にもこの地区委員立候補の依頼を引き受けて、同じように落選している。特に選挙運動とか、面倒な事は一切なく、ただ名前を使わせるだけで良いので、気楽に引き受けた。

でも、次回からは断るつもり。雑用系の仕事なので、むしろ委員に選ばれなくて幸いだが、局所的に見れば、人気投票で落選するというのは、俺サマの半生の有り様とおおいに重なり、俺サマのウィークポイントというかトラウマというかコンプレックスというか、そういうものが矢鱈刺激されるので、あまり気分の良いものではない。

しかも、人気投票の最たるものである卒研配属騒ぎで、俺サマの機嫌が極めて悪い時に、こんな連絡が来るのだから、八つ当たりのひとつもしたくなるところ。

「俺サマみたいな数合わせ泡沫候補立てて、こんな出来レースみたいな選挙ばかりしてないで、ちったあマトモな候補者を探したらどうなんだ?ばーろー!」ぐらいの事は言ってやりたいものである。


鰻行脚弾丸ツアー決行!

日曜日にしては早起きして、京都新聞日曜版の2つのパズルを解き、早々と自宅を出る。

山科駅前の金券ショップで、近鉄の割引乗車券を買ってから、京都駅へ。京都は行楽シーズン真っ盛りということもあって、京都駅は大変な人出だったが、近鉄は特に込んではいなかった。

車中、数学などをやっているうちに津に到着。駅前の鰻屋で、やや遅めの昼食。

1ヵ月に渡るドイツ・ポーランド出張に発つ直前の8月上旬頃、ここの鰻(と別の店の鰻)を食べながら、1ヶ月後には必ずや無事に帰国して、またこの鰻を食べるんだ!と心に誓った。そして帰国後1ヶ月にして、ようやく本懐を遂げることができたのである。

今日は墓参り日和なので、駅ビルの花屋で花を買って、墓参り。彼岸でも何でもない日なので、墓地には人はまばらで、静かだった。娑婆の世界でくたびれたら、墓地で静かに死者と語り合うってのも、いいもんである。

それから別荘に行って、8月に帰った時にできなかった、家の中の掃除。この別荘も、単に掃除するためだけに存在しているようなものだが、生まれ育ったこの家で、来し方行く末に色々思いを馳せながら掃除をするのも、たまには良いものである。

その後、自転車で某神社に参拝。ここは俺サマが、津一番のパワースポットと信じている神社。平地に突然現れる小さな山に建っていて、お百度石があったり、お尋ね石があったりと、なかなかのものである。

一時期はかなり荒れ果てていたが、10数年前に若い夫婦の宮司が常駐するようになって立派に再興された。しかし、今は祭壇(と呼ぶのが正しいかどうか知らないが)に灯りが点っていたりして、宮司が管理している気配はあるものの、彼らの姿を見掛けたことはない。

その後、津市内唯一のデパートで、赤味噌を購入。京都でも赤味噌は手に入るが、豆だけで作られた赤味噌で、しかも出し入りでないものは、津に帰らないと手に入らない。

その後、中学時代の同級生を表敬訪問。今日はいつになく御機嫌だったらしく、色々意味不明な話を聞かせてくれた。ここで「意味不明」というのは、何故そういう滅茶苦茶な思考になるのか、俺サマには理解不能ということだが、まあ、そこが奴の面白いところだと思う。

友人宅を退散してから、鰻のT屋で夕食。

最初は、津の住民が一族郎等引き連れてワゴン車に分乗して押しかけ、いつも店の前に長蛇の行列ができてる、人気ナンバーワンの鰻のH家を避け、お手頃価格だが、その分鰻が少ないF家も今回はパスし、もうちょっと遠くの鰻のK治にしようかと思っていたのだが、T屋は年末に帰省する頃には営業してないから、今のうちに行っておこうか、と。

夕食後、別荘の戸締りなどを確認してから、津駅へ。伊勢志摩サミットでブレイクした某地酒を買ってから、京都に向う近鉄特急に乗る。

ああ、これで鰻は食べまくったし、墓参りもした。パワースポットの神社も参拝したし、赤味噌も地酒も買ったし、旧友の意味不明な話もたっぷり聞かせてもらった。この幸福に比べたら、健診がどうのとか、卒研配属の憂鬱なんて、ちっぽけなものじゃないか。そんな事より、また明日から研究に励もう!とか何とか考えているうちに、京都に到着。


アカデミックな麗しい一日(、、、のはずだったのだが)

午前中は自宅にて、夕方の寺子屋ドイツ語の予習。

昼過ぎに百万遍に向けて出発。まずは京大生協ルネで昼食。

隣の席では、既に食事を終えて、食後のお喋りを楽しんでいる俺サマと同世代の女二人が、病院でどんでもない治療を受けて大変な目に会ったとか、自分が以前に病院に担ぎ込まれた時に、そこの主治医の治療に不信感を持って別の病院に逃げ出した事がある、といった話をしていた。彼女らの話はまだまだ続くようであった。

反対側の隣には、若い女が一人で食事をしていて、俺サマの3分の1ぐらいの分量の料理を俺サマよりも前から食べ始めていたが、俺サマが食べ終わって帰る頃にも、まだ半分ぐらいしか食べ終えていなかった。まあ、食事はゆっくり摂る方が良いらしいから、別にいいんだけど。

その後、ルネ生協書籍部をちょっと冷やかしてみる。数学の進歩は目覚しく、俺サマが計算機屋をやめて数学に戻ってきた20年程前も、学生時代からの進歩に目を見張ったものである。あれからまたまた進歩して、専門書コーナーには一体何の話なのか皆目見当がつかない、新しい数学理論の本がいくつか出ていた。

俺サマが計算機屋を辞めて数学に戻ってきたばかりの20年ほど前、最新の数学研究の全容をおおまかにでも掴んでやろうと、春と秋の数学会で全分野の講演を聞いて回っていた。しかし、自分が研究するフィールドが大体固まってくると、それに関係しそうな話しか聞かなくなる。

そういう状態で何年かすると、「最近、若い人が集まっている、あの分野は、一体何をやってるのでしょうかね?さっぱりわかりませんわ」などと年寄り臭い事を言うようになるのである。

これは、「最近、若い人が、LINEで既読スルーされただの、ポケモンGOがどうのとか言ってるけど、あれは何なんでしょうね?」と言ってるのと似たような話で、時代の流れに取り残されつつある自分を自虐的に語りながらも、実のところは、自分は自分で既に固有の世界を持っているから、別にどうでもいいやという心境なのである。

まあ、一応俺サマの研究に関係しそうなら、いち早く取り入れてやろうと、アンテナは張ってるけど。

それからアンチュチュの図書室にて、しばし数学。一応アンチュチュだからということで、フランス語の古い論文に読み耽る。

俺サマのような馬鹿はよく、「お前、何を当たり前な事言うてんのや?そんなの常識やんか!?」と偉い先生に叱られたりするのだが、60年ぐらい前の、当時最先端の研究論文を読むと、そういう「当たり前な事」が懇切丁寧に書かれてたりする。

伝統のある分野を専攻すると、最新の研究論文は勿論の事、大昔の論文にまでさかのぼって勉強しないといけないのが厄介である。しかし、代数幾何学はせいぜい60年ぐらい前まで遡れば良いが、解析などは、分野によっては19世紀の大家の論文を押さえておかねばならないそうで、それはそれでご苦労な話である。

計算機科学などは、せいぜいチューリングマシンの80年前に遡れば良く、通常は10年以上前の論文など誰も読まない。だから、数学者的な見方からすれば、20年前と本質的に同じ研究成果が、新しい装いで再び最新の成果として発表されたりする。むしろ装いの新しさに、この分野としての本質があるのだが。

計算機科学は新陳代謝が盛んな分野だが、数学は何百年も営々と垢が溜まるように、ひたすら積み上がっていく分野なので、両者は全く似て非なる学問だと思う。

16時40分から18時10分頃まで、寺子屋ドイツ語。

かように、今日はアカデミックな麗しい一日を過ごすことが出来たのだが、帰りの地下鉄の中でふと「卒研配属」の事を思い出し、暗い気分になる。

ああ、そう言えば、昨年の今頃は、もう学生人気に汲々とする不毛な人生とはオサラバだ。俺サマは覚悟を決めた。もうどうにでもなれ!みたいな勇ましい事を言ってたような気がするが、今年もまた汲々としている。

帰宅してすぐに夕食。しばし呑んだくれた後、徳島大学の集中講義の準備を少し進める。


荒んだ心をひた隠しにして、講義日

しつこい夏も、ようやく息の根を止めたか?と、ほのかな希望を抱きつつも、卒研説明会と健診の2日間で、気分が荒み切っている一日。

午前中は自宅で野暮用の後、すぐに出勤。昼前に大学に到着し、生協コンビニで昼食用の弁当を買う。

研究室にて、昼食を挟んで、すこし数学。

13時から14時30分まで、3回生「複素解析学II」の講義。今日は真性特異点の極限を使った特徴づけの話を終えて、真性特異点の近傍では、関数による像がどんな値に収束する点列でも取れるという、ワイエルシュトラスの定理の証明をし、最後に真性特異点の具体例の話に少し入った所で時間切れ。

次回は真性特異点の具体例の話を終え、無限級数版のテイラー展開定理や一般化されたコーシーの積分定理の話に入る予定。

卒研説明会の直後ということもあって、4回生以降に確率統計や初等整数論、微分方程式を専攻する学生しか居ない大学の3回生に、果たして複素関数論をどこまで、教える必要があるのだろうか?という不毛な問題に悩む今日この頃。

引き続き、14時40分から16時10分まで、2回生「代数学序論II」の講義。今日は対称群の元の符号数の話の続き。巡回置換への分解をさらに互換の積へ分解する話をしてから、符号数の定義をし、これがwell-definedであることは、群の準同型写像を使って示せることを示す

次回は準同型写像を使った符号数の定式化についての証明を示し、第一、第二同型定理の話に入る予定。

同型定理は代数学では必須の計算ツールで、この手の講座を開講しておいで同型定理を教えないとは何事か、お前の学科は本当に(数理科学科という名前の)数学科なのか?と問われかねないレベルの話である。

とは言うものの、俺サマとしては、4回生以降に、確率統計や初等整数論、微分方程式を専攻する学生しか居ない大学で、果たして同型定理まで教える必要があるのだろうか?という疑問も払拭できない。よって、同型定理をやるかどうかは、講義の進み具合を見て最終的に判断する予定。

講義の後、バスロータリーでの学生の長蛇の行列が解消する17時頃まで待ってから、大学を発つ。

帰宅して夕食の後、夜は代数学の演習講座の問題作成や明日の寺子屋ドイツ語の予習(の予定)。ここでも、4回生以降に、確率統計や初等整数論、微分方程式を専攻する学生しか居ない大学で、果たして代数学の演習講座を開講する意味があるのだろうか?という不毛な疑問に悩んでしまう。




卒研説明会も健診も終わった、あとは呑むしかないな、と

自宅で野暮用の後、さっさと出勤。電車の中で、アメリカ数学会から督促が来てた、レビュー用の論文に目を通す。うーむ、これは大変だな、と。

昼前に大学に到着。まずは健診のための検尿サンプルの準備。昔に比べて、検尿キットのテクノロジーはかなり進歩している。

その後、アメリカ数学会に、この論文は俺サマの守備範囲を超えているから、レビューの依頼は他の人にして欲しい旨のメールを出した後、しばし開放感に浸る。

その後、明日の講義の準備や、昨日のM2院生ゼミの件でふと気になった事の計算や、注文していた書籍が届いたので、その予算処理の手続きを色々。

13時30分から14時前まで健診。毎年そうだが、高山「幸秀」を高山「秀幸」と読み間違えるの、なんとかならんのかとも思うが、まあ、兎に角終わった。

その後、生協食堂で遅めの昼食。研究室に戻って、近く大学のメールシステムが激しくリプレースされるというので、それに対応すべく、作業や雑用を色々。

そうこうしているうちに16時近くになってきたので、バスロータリーに長蛇の列が出切る前に大学を発ち、大丸ラクト山科店や山科区内のスーパーで買い物をしてから、帰宅。

帰宅後、しばし野暮用の後、早めの夕食を済ませ、ラクトスポーツプラザへ。今日はまず有酸素運動自主トレをやってから、骨盤矯正ヨガ。

ヨガの後、すぐに帰宅。そして久々の酒盛り開始。

「。。。ったく、これが飲まずにおれようか!独逸もこいつもふざけやがって!」と、その辺に物を投げて一人でクダを巻いてるだけでは、あまり生産的ではないので、明後日の寺子屋ドイツ語の予習をしながら呑んだ暮れる。

呑んだ暮れながら、くそお!この週末は絶対に津に帰って鰻食いまくってやるからな!と、胸の内で青白い炎をメラメラと燃やし続ける。


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