日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

2017年02月

セミナー初講演は無事終了し、帰りの電車を間違えて、やっとこさ帰宅

時差ぼけの関係で、今日も早起き。1階のレストランでの朝食を挟んで、部屋で数学など。昨年9月にこちらの大先生から聞き出した話をノートに取ったのだが、今読み返してもよくわからない事が多々あるので、質問事項を洗い出そうか、と。

10時半に大先生がゲストハウスまで車で迎えに来てくれて、11時前に大学に到着。俺サマの居室は、昨年9月に来た時の最後の方に居たのと同じ部屋だが、大先生のオフィスは「諸般の事情」で前と同じフロアの別の所に移っていた。

12時15分から、代数幾何学セミナーで講演。こちらの代数幾何学の先生達やポスドク、院生など、合計10人近くの人が聞きにきてくれた。

Beamer TeXのスライドで講演するのは、これが最初で、30枚ぐらいのスライドを用意したから、90分の時間で話し切れるものかどうか、時間切れを心配していた。実際は1時間で全部終わってしまい、質疑応答も含めて予定より半時間ぐらい早い13時20分頃には終了した。

来週も90分のセミナーで話す予定だが、今度はスライドが20枚ぐらいしか無いので、13時頃に全部終わってしまいそうだ。

ま、兎に角、講演の1つが無事に終わってよかった。

それから大先生と、隣の物理・天文学科の建物の中にある学食で昼食。途中、俺サマの講演を聞きにきてくれた別の先生も合流した。

昼食の後、数学教室のある建物の隅で売っている店屋に行き、大先生に食後の珈琲をご馳走してもらった。

その後、居室や居室の隣にある学科図書室でしばし数学。

夕方17時半頃に大学を発ち、大学前のノーリンベルスカ駅から18番のトラムに乗って、宿舎のある市中心部へ帰る、、、積もりだったのだが、またまたとんだヘマをやらかしてしまった。

夕方のラッシュ時なので、電車は次々に入ってくるのだが、俺サマは電光掲示板ばかり見ていて、電車の頭についている路線番号をちゃんと確認してなかった。それで18番の直前にホームに入ってきた11番に飛び乗ってしまったのである。

しばらく走ってから、今、どの辺に居るのかiPadのGPS機能付き地図で見てみたら、現在地が変な所を指している。そこで初めて11番に乗ってしまったことに気が付いた。

とりあえず最寄の駅で降りてみたが、その駅から市街地へ行く電車に乗ろうにも、市街地の駅の名前はほとんど知らない。日はとっぷり暮れて、辺りの様子もわかりにくい。その辺の人に聞こうにも、一般に英語もドイツ語もあまり通じないから、困ったものである。

市中心部の観光地なら、その辺の店の人は全部英語が通じるかというと、実はそうでもない。定型片言の英語はできるけど、という店員さんの方がはるかに多いように思う。

これはエライことになっちまった!と、しばしパニックになってたが、ふと、逆方向の11番のトラムでノーリンベルスカに戻れば良いことに気づいた。その後、11番よりも前に来る、23番のトラムに乗れば良いことも判明した。

結局、ノーリンベルスカを出て、1時間後にまたノーリンベルスカに戻ってきた。駅に隣接するショッピングセンターKauflandで再度トイレを済ませて態勢を整え、切符を買いなおし、今度は間違えずに18番のトラムに乗って中心街に戻ってきた。

中心街のテアトル・バガテラ前駅で降りて、そのままBar Smakに直行して夕食。自棄食いでもないのだが、いつもより沢山注文してしまった感じになって、完食するのがちと大変だった。

その後、すぐ近くの24時間営業の酒屋で、ミネラルウオーターとビールを買って、5.37PLNだというので、5.40 PLN出したら、0.02 PLNコイン1個のおつりが戻ってきた。「あっ、またやられたな!」と思ったが、11番トラムの件で疲れてたので、そのまま見過ごす。

クラクフの店屋は、よくこんな風におつりを誤魔化すと大先生が言ってたが、去年の夏も今回も、違う店で同じ手口に遭遇したので、この辺では広く行われているのだろう。金額にして30~40銭ぐらいの誤魔化しなので、まあいいかという気になるが、それでも何だか悔しい、

帰宅したら、ルームサービスの掃除が入った後だった。ヨーロッパの特に、ゲストハウスのような所は、タオルなど3日に一回しか交換しません!みたいな宿泊施設が多いみたいだけど、こちらは何日おきにルームサービスが入るのかしら。聞いてみたら、意外な答えが返ってくるかも知れないけど、まあ、わざわざ聞くまでもないか、と。

ルームサービスは入ったけど、何故か帰って来たら、全ての水道から赤水が出る始末。一体どうなってるのだか。




SIMカードはすんなり動き、午後はホテルの部屋で講演の準備

時差ぼけの影響で、6時前に起きてゴソゴソと数学など。8時頃に1階のレストランに朝食に出て、また戻ってきてゴソゴソと。

中央駅前ショッピングモールにあるSIMカードの取り扱い店は10時から開店なので、その前にもうちょっといじってみようかと、ネットでAPN設定について検索したら、設定すべき識別記号やパスワードが公開されていたので、ダメモトでそれを設定してみたら、、、すっと動いた!やれやれ、これで取り扱い店通いをする必要が無くなった。

それで、午前中は街中を偵察。特に、前回よく使ってたコインランドリーが潰れていないかを確認したあと、中央広場を見て回る。夏場は観光客がひしめいていた中央広場も、冬場の今は閑散としていて、軒を連ねていたレストランの野外テラスもまばらになり、その代わりオブヴァシャーネックという、ベーグルの先祖みたいなパンを売る屋台がいくつか出ていた。

そうこうしているうちに昼食の時間になったので、中央駅前ショッピングモールに行って、そこのファーストフード店で軽く済ませる。North Fishと英語風の名前がついた店だが、シンボルマークが、ドイツなどでよく見られるNord Seeと良く似てる。

若しかしたらNord Seeがポーランドに出店してNorth Fishなのかも知れないと思ったが、どうやらNord Seeはドイツ資本だが、North Fishはカナダ資本らしい。

North Fishでは珈琲が無かったので、昼食後はSbuxに入ってみる。日本なら税込み300円ちょっとのshort sizeの珈琲が、こちらでは8 PLN 弱、つまり200円ちょっとぐらいだった。

それからまた少し街中を偵察飛行しながら宿舎に戻り、夕方まで数学。明日の山羊家魚大学での講演の準備。

暗くなってから宿舎を出て、夕食。去年の夏に来た時にお世話になった、ポーランド料理食堂。店も料理の味も、店の人も、前と変わってなかった。ポーランド料理はスープが美味しい。

その後、その食堂よりも少し先にある、24時間営業のスーパーに立ち寄り、ビールを1本買ってから宿舎に戻る。時差ボケの影響か、まだ現地時間で21時にもなっていないのに、猛烈に眠くなってきた。もう、さっさと寝る!

なんとかクラクフのゲストハウスに到着

8時過ぎに関空前のホテルをチェックアウトして、関空へ。10時50分のフライトだが、8時半過ぎに既にチェックインが始まってたので、さくっと済ませる。

セキュリティーチェックは例によって長蛇の列が出来ていたが、自腹アップグレードのビジネスクラスなので、チェックインカウンターで貰ったファーストレーンチケットという薄ぺらい紙を出せば、横からすっと入れる。

フランクフルトやクラクフの空港でも、似たようなものがあるが、搭乗券を見せれば良く、別のチケットが無いと駄目という面倒なことにはなってない。

さて、セキュリティーの前で、このファーストレーンチケットを出そうとしたのだが、いくら捜しても無い!俺サマはあまり物を落とさない人間だけど、とうとう焼きが回ったか!?と諦めて、チェックインカウンターに走り戻って、新しいのを貰い直して事なきを得た。

セキュリティーと出国審査をさくっと済ませて、ゲートの場所を確認してから、ビジネスラウンジでゆっくりしようかと思ってたのだが、セキュリティーでまず引っかかってしまった。

自宅で荷造りの最終確認をしてた時に、ふと思いついて「これも持って行こう」と思って機内持ち込みの方の鞄に放り込んだ小物入れの中に、去年の夏にデュッセルドルフで買ったワインオープナーが入っていた。刃渡り4cmぐらいのソムリエナイフもついてるやつ!

ワインオープナーが入ってる事は知ってたのだが、それを機内持ち込みにしてはいけない事まで、頭が回らなかった。やっぱり俺サマは焼きが回ってしまったか!とがっくり来る。

その後、ビジネスラウンジでゆっくり見直したら、ファーストレーンチケットがちゃんとパスポートに挟んであった!おかしいなあ。さっきはパスポートの全ページを何度も見直した積もりなのに!

ルフトハンザの機内では、昼食の後はほとんで寝ていた。最近睡眠不足が続いていたからなあ。

夕食の時に、チキンとパスタのどちらが良いか?と聞かれたので、チキンと答えたら、何か違うようなものが出てきて、食べてみたらパスタだった!

食べてから交換しろというのも何だし、関空よりも立派なものが出てくる、フランクフルト空港のビジネスラウンジで食べ直せばいいやということで、その場は収める。

現地時間の14時50分頃にフランクフルトに到着。16時45分のクラクフ行きに乗り継ぐまで2時間もあるから、ビジネスラウンジでゆっくりしてられるなと思ったのだが、さにあらず。

例によってフランクフルト空港での乗り継ぎは、延々と20分以上歩かなければならない。途中に入国審査がある。これはすんなり行った。

昨年9月にクラクフからフランクフルト入りして関空行きのフライトに乗り継いだ時は、乗り継ぎ時間が1時間を切るぐらいなのに、出国審査に大量の人々が押し寄せていて、まったく前に進まず、しかも例によって徒歩20分以上離れたゲートまで全力疾走しなければならず、往生した。

兎に角、入国審査は順調だった。それからクラクフ便のB12ゲートに向うのだが、まだ15分以上延々と歩かないといけない。途中ビジネスラウンジがあったので、入ろうかと思ったが、この先何が起こるかわからないから、ちゃんとB12ゲートの所まで行って場所を確認してから、たぶんその近くにあるであろうラウンジに入ろうか、と。しかしこの考えは完全に間違っていた。

15分ぐらい行くと、セキュリティーチェックがあった。まだ少し早かったけど、兎に角やるべき手続きは早めに済ませておこうか、と。

で、このセキュリティーで俺サマのリュックサック(平成の人は「バックパック」と言うようですね)の入ったトレーが脇に置かれて、全然こちらに流れてこない。係員のおっちゃんに「Das ist mein Rucksack! それ、ワシのRucksackや!(はよ、返してや!)」と叫んだけど、「そうか。じゃあ、こっちに回ってくれ」とか言っている。

結局、機内サービスのミネラルウオーターのペットボトルが、セキュリティーチェックにひっかかった。いつもは全部飲み干して、写生用の筆洗いにするために、空瓶だけ持って出てたっけ?今回は少し中身が残っていた。こういうヘマも、また焼きが回った証拠だなと、また落ち込む。

係員は、このペットボトルをこちらで処分して良いかと言うので、それでも良いかとも思ったが、短い滞在期間にペットボトル飲料を買って空瓶を確保するのって、意外とできそうでできなかったりするので、「中身は要らんから、その瓶だけ返してくれ!」と食い下がった。

結局、一旦外に出て瓶の中身をトイレに流すなり、飲むなり、そのままセキュリティーの近くに置いてあるペットボトルを捨てるトナーに捨てるなり何なりしろ、ということになった。

それで俺サマが、トナーに中身の水を捨ててたら、その係り員が「何やってるんですか?!それはトイレではない!」と怒鳴ってる。あ、そうか、瓶ごと捨てるのは良いが、中身を入れてはいかんのか、ということで、その場で飲み干し、もう一度セキュリティーに入り直した

ISのテロの影響か、セキュリティーチェックは以前よりもかなり時間をかけて入念にやっているので、2回も通るとかなり時間を食う。

やれやれと思ってB12ゲートを捜したら、セキュリティーチェックのすぐ近くだった。じゃあ、次はビジネスラウンジを捜そうか、と思ったら、そのエリアにはラウンジはなかった!もう一度セキュリティーを逆戻りして、10分ぐらい歩かないと無い。同じセキュリティーチェックを3回も通るアホみたいな事はしたくないし、搭乗開始まで30分しか無い。それでビジネスラウンジは諦めた。

フランクフルトからクラクフへのフライトは順調で、機内で出てきたスナックも美味しく、パンのお代わりなどもやって、やっとお腹一杯になった。

クラクフの空港には、例の大先生が迎えに来てくれた。フランクフルト空港で、ユーロをポーランド・ズロチに両替する積もりだったが、上記の騒ぎでやり損ねたので、まずは大先生おススメの両替所へ。それからiPad用のSIMカードを買った。

ポーランドの製品はポーランド語しか書いてないので、前回同様に大先生に手伝ってもらって、あちこちたらい回しされつつ、何とか買った。前回買った時も、2、3日動かず、何度も販売店に通ったりして苦労したが、「今回は大丈夫だ」という。

まあ、それやこれやで、最後は大先生に山羊家魚大学のゲストハウスまで送り届けてもらい、現地時間夜9時前に、ようやく部屋で落ち着いた。そこでiPadにSIMカードを入れてみたら、、、やっぱり去年の夏と同じく、動かない!説明書はポーランド語なので、何が何だかわからない。それで明日の日曜は、店に言って「どないなってますのや?」と直談判しなければならない。

あー、くたびれた。日本時間的には、しっかり徹夜してしまったって感じだな。もう寝よう。

関空なう

午前中は自宅での野暮用、荷物の最終チェック、その合い間に最後の極楽野暮用、ついでにその辺で昼食、帰宅してまた野暮用と、てんてこ舞い。

13時半過ぎにタクシーを呼び、京都駅へ。14時30分発の関空特急はるかに飛び乗る。出張の前は、準備に手抜かりはないか等のことばかり気になって、他の事が考えられない状態だが、電車に乗ってしまえば、もうあれこれ考えてもしょうがない。

それで、少し数学でもと思ったのだが、睡魔に襲われ、結局ほとんど居眠りをしてすごす。

15時50分頃に関西空港駅に到着。どこから乗ってきたのか、同じ電車からおびただしい数の中国人旅行者が降りて、改札前に長蛇の列が出来ていた。

すぐに近くのホテルにチェックインし、部屋で一息ついてから、関空のレストランやルフトハンザのチェックインカウンターの場所などを一通り偵察して回る。夕方の韓国方面の便のチェックインカウンターには、これまたおびただしい数の韓国人の行列ができていた。

関空の国際便フロアに居る旅客の9割以上はアジア系だが、通りすがりに聞こえてくる言葉の頻度から推察するに、日本人はその半数以下かも知れない。

体の底に溜まる泥水のような睡魔がまだ取れないので、ホテルに戻って部屋で何もせずにだらだら過ごす。

19時頃、体調も少し回復し、そろそろ腹も減ってきたので、関空のレストランで夕食。その後もしばらくその辺をぶらぶら見て回る。

夕食を少し軽めにしたので、その後で、夕方の偵察で目をつけておいた小さなワインバーみたいな店に寄って行こうとしたのだが、店先のワインメニューをよく見てみたら、俺サマ好みのが無さそうだったので、パス。さらにそのへんをぶらぶらと。

8月に出発した時も同じような事を思ったけど、空港というのは賑やかで活気があり、楽しげな所である。ここで働く人達は、おもに地元の人なんだろうけど、それなりの苦労はあれ、結構愉快に仕事をされているのではなかろうか。

昨年の8月も、出発前の数日間がとても憂鬱だったのが、空港の賑やかさに触れて回復したというようなことを書いたが、今回もそれはある程度あてはまる。

しかし、今回は回復の度合いはそれほどでもない。理由について、思い当たるところ、なきにしもあらず。

今度こそ研究成果に繋がる成果をださなくっちゃ!というプレッシャーは重くのしかかっている。それに、昨年の夏と同じ大先生に会うので、前回の滞在で俺サマが馬鹿であることがバレてるはずだから、今回行ったら前より扱いが冷たくなってるんじゃないかしら?という不安もある。

可換環論屋時代に共同研究してた大先生も、会うたびに俺サマの扱いが軽くなっていったし。ま、しょうがないと言えば、しょうがないんだけど。

しかし、こういう事をつらつら考えていると、何となく若い頃に聞いた「アメリカの計算機科学科の教授と大学院生」の話を思いだしてしまう。

スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学、カーネギメロン大学といった、計算機科学の超一流大学の教授は、数十名の大学院生を抱えて世界のトップを走り続けるべく、毎日とても忙しい。大学院生が研究上の問題で教授と話がしたいと申し出ると、教授は「じゃあ、今、君に5分与えるから、君の考えている事を話してくれたまえ」と来る。そこで教授が興味を示せば、次は10分、その次は20分と、より多くの時間を取って議論の相手をしてもらえる。しかし、最初の5分で「この学生の言うことはつまらない」と判断されると、次は2分に削られ、そこで挽回できなければキックアウトを喰らって「無能学生」のブラックリストに載せられ、以後、多忙を理由に決して相手をしてもらえなくなる、と。

これは計算機科学業界の話だが、当時計算機メーカーの研究員だった俺サマは、「日本に生まれて良かった」と胸をなでおろしたものである。

しかし、数学者サマも、馬鹿が大嫌いという属性を持つ以上、この話の「アメリカの教授」と同じで、俺サマなどは、いつキックアウトを喰らうか、びくびくしながら付き合っているのである。

これもまた、昨日の話ではないけど、俺サマの学者としての「育ちの悪さ」が関係してて、これを一気に解決するうまい方法など無く、地道にやってくしか無いみたい。

と、いうことで、毎度御馴染み「馬鹿は何かと気苦労が多いんだよね」というのが、このたびの深い憂鬱の原因ではないか、と。

年を取ることのメリットの一つは、若ければ「あと30年以上、こんな気苦労をしていかねばならんのか?!」と気が遠くなるだろうけど、老い先短い俺サマなんざ、ま、あと7、8年頑張ってみて、上手く行けばさらにギラついてそのまま続ければいいし、駄目なら老人らしく研究から引退すればいいのさ。それに、それまでに病気か何かで死んでしまうかも知れないし、くよくよすることはないさ、と思えないでもない。そう。くよくよしても、しょうがないのだ。

大局的にはそうなんだけど、でも、今日はまだ憂鬱だ。早くこの1ヶ月が過ぎて、日本に帰ってきて、また新福菜館のラーメンや津の鰻を食いたいものだ、みたいな事を考えている。


午後は大学で会議、それ以外は出発の準備を色々

午前中は自宅で野暮用の後、近所の整形外科で極楽物療。

物療も明日もう1回やって、その後1ヶ月行けなくなるが、大丈夫かなあ。旅行保険で現地で引き続き物療という訳には行かないし。まあ、これ以上悪くならなければ、何とか乗り切れると思うけど。

物療から帰宅後、支度をして大学に向けて出発。山科区内で昼食の後、14時前に大学に到着。3月末の学会のプログラムや学会誌が届いていた。

毎年3月の数学会は東京で開かれるのが通例で、講演や専門書の展示販売は勿論の事、昼間は学生時代の同級生で、今は立派な数学者になっている友人と会って情報交換したり、夜は東京近辺に集中している計算機屋時代の仲間と落ち合ってボウリングをしたり、飲み会をしたするのが楽しみである。今年はその頃にデュッセルドルフに居るので、全て見送り。まあ、しょうがないですなあ。

学会誌を見ていたら、編集委員の「つぶやき」記事として、教え子たちからの年賀状がどうのこうのという事が書かれていた。

へえーっ、ゼミの卒業生と年賀状のやりとりをしてるのかい。全く数学者の考える事はわからんな、と。俺サマなんざ、卒業式を待たず、1月末か2月初めの最後のゼミが終われば、「それでは皆さん、ごきげんよう!」と、学生たちとは今生の別れだぜ。

これはおそらく「育ち」の違いからくると思われる。普通の数学者は、学生時代から優秀で、指導教官からチヤホヤされて、正月は自宅に招かれれ鍋をふるまってもらったり、卒業後も何かと目を掛けてもらえたりする。だから自分の学生にも、指導教官からやってもらったように温かく接する。

数学者は一般に馬鹿が大嫌いだが、数学者としてのキャリアを歩む中で、何かしら苦労したりしてると、デキの悪い学生も優秀な学生も、分け隔てなく同じように温かく接するようになる。

一方、俺サマのような馬鹿学生が、順風満帆に生き残ってきた教授だけが集まる大学に入ると、当然ながら優秀な学生とは扱いが違ってきて、まあ、ほとんどケンモホロロの扱いを受けて大学を放り出される。通常はそれで数学者社会とは永遠にサヨナラするのだが、俺サマのように何かのハズミで大学に戻ってくると、話がややこしくなる。

「先生、僕、会社辞めて大学に戻って来たんです!」と挨拶に行っても、何でお前みたいな大学院入試にも受からなかった馬鹿が大学の先生になれるんだ?Ritsってのは、お前でも勤まる、しょうもない大学だったのか?と言わんばかりの事を言われる。まあ、万事がそんな調子。

一般に、両親に愛された事の無い子供は、自分の子供の愛し方がわからないと言われるが、指導教官に愛された事のない元馬鹿学生は、自分の学生の愛し方がわからないのである。

まあいんですよ、別に。俺サマは、自分の霞のかかった脳味噌に見合うだけの研究時間があって、好きな研究が出来るんだったら、それ以上、大学の中でうまい事やっていこう、なんて贅沢は言いませんから。

14時から15時過ぎまで、学科会議。年度末の教務関係の議題や資料の確認作業など、色々。

会議の後、すぐに大学を発ち、大丸ラクト山科店で買い物をしてから帰宅。

夕食を挟んで、野暮用と並行しながらデュッセルドルフの宿題に取り組む。数時間後、とりあえず片がつき、やっと肩の荷が半分ぐらい下りた気分。

その後、4月からの卒研生に向けて、ゼミの予定などのメールを送付。ついでに学科の事務に、ゼミ室の予約メールも入れておく。

その後は荷造りの続き。それにしても、マタニティーブルーって、海外出張出発直前のこの憂鬱と似てるのかしら?などと、変な妄想にとらわれたりして、今の所、あまり精神状態は宜しくないんだよね。



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