日々是偵察飛行日記

座右の銘「生涯一座敷童、日々是偵察飛行也」をもとに、俺サマ口調で日々を語り倒す。

2017年03月

終日雨。物療の後は、自宅で野暮用と講義の準備に励む

午前中は自宅で野暮用の後、極楽物療へ。ちょうどその頃から雨が降ってきて、その後、終日雨。今日は久々に京大数理研図書室でもと思っていたが、雨が五月蝿いので計画中止。

帰宅後、自宅での昼食を挟んで、夕方頃まで講義の準備。新学期から新たに集合論の科目を担当するので、その講義1,2回分のメモを作る。

この科目は引き続き後期には、位相空間論の講座になるのだが、位相空間論は10数年前に一学期だけ教えたことがある。

あと、毎年教えている群論の講義メモも、ついでに1,2回分書き上げる。群論は毎年教えているので、内容が全て頭に入っている。だから、何も見ずにすいすい書き下して行くのだが、そんな状態ならいちいちメモなど準備せずに、教室でいきなり黒板に書いていけば良いようなものだが、一応、最終リハーサルの積もりでメモを書いている。

それにしても、新年度の2回生は色々な意味で大変な人達だと、同僚教師達の間で噂になっているし、俺サマもオムニバス形式の講義で1コマだけ教えた時に、彼らの上級生達とは明らかに雰囲気が違うことを感じたのだが。。。どうなることやら。

その後、しばし野暮用の後、雨が五月蝿いので、近所のスーパーでちょっとした買い物。帰宅後、夕食。

夕食後も野暮用を色々。明日の入学式に着る一張羅のスーツを、押入れの奥から引っ張り出してきて、20代の頃に、たぶん新宿の伊勢丹で買ったスーツバックに入れる。式の時だけ着て、あとは普段着に着替えようという魂胆。

夜は数学でもと思っていたが、明日は朝早くに出勤しないといけないし、早々と寝る態勢に入ろうかしら、と。


午後は大学に出勤して何やかやと

午前中は野暮用の後、極楽物療。その帰りに、山科区内のスーパーで買出し。帰宅して荷物を下ろし、しばし支度作業の後、自宅を出て、山科区内で昼食の後、大学に出勤。

年度末の教務関連の用事は、たった一つの案件なのに、何やかやと手続きがあって、一日では片付かない。二日目の今日で終わるかと思って、最後の提出書類を見たら、、、え?副学部長にハンコをもらえと?それで学部長や副学部長が詰めている部屋を捜したが、前にあったところはもぬけの殻になっている。

Ritsの事務系はよく引越しをして、その都度何やかやとアナウンスがあるようだが、そういうのは全部聞き流しているので、何かあった時にはたと困る。

前に副学部長らが居た部屋の近辺を捜したら、それらしいエライ人の部屋があったので、早速入ってみた。秘書らしき人が一人だけだったが、どうも前の人とは違う。

まあ、秘書の担当者が代わったのだろうと思って、「この書類に副学部長のハンコが要るので来たのですが」と聞いてみたのだが、どうも話が通じない。「ここは副学部長が居る部屋ではないのか?」と聞いても、YESだかNOだかよくわからん返事をする。

しばらく押し問答の末、これでは埒があかない。兎に角、理工学部事務室に行けば、副学部長の引越し先が分かるだろうと思って、別の階の理工学部事務室に突入したら、そこはもう理工学部事務室ではなく、副学部長らが詰めてる部屋になっていた。まあ、話が早くて、いいんですけどね。

通常、1ヶ月なんてあっという間だけど、クラクフとデュッセルドルフの1ヶ月は、何だか物凄く長い期間だったような気がしている。しかも、その1ヶ月に大学のあちこちの部屋がすっかり変わってしまってるのだから、俺サマは今、浦島太郎気分満喫状態である。

それで早速、かくかくしかじかで副学部長のハンコが欲しいと言うと、昔から知ってる秘書の人が「副学部長は、今、帰られました。学部長は居られますけど、学部長印では駄目ですか?」と。

俺サマは事務の事はよくわからないけど、大は小を兼ねる式に「副学部長印」って書いてある所に学部長の印を押して、担当部署がウンと言うかしら?と逆に聞いてみたが、「さあー」って感じ。

こんな調子では、この用件、いつまで経っても終わらへんやん!?と思っていたら、ちょうど事務の人が通り掛かって、どうしたのか?と。

かくかくしかじかで、事情を理解したらしく、然るべき筋に連絡を取ってくれて、何とか今日で方がついた。助かっちゃいましたね。

それ以外に、出張報告書最終版を印刷してハンコ押して提出といった用事も。

以上、1時間ちょっとで終わってしまったので、夕方まで新学期の講義の準備を少ししてから、大学を発つ。

帰宅して夕食の後、夜はラクトスポーツプラザ。久々の骨盤矯正ヨガ。2月頃まで毎回来ていた、陰の薄い爺さんと、存在が野太い爺さんの姿はなく、また、男は俺サマだけの状態に戻った。その後、有酸素運動自主トレ。

ラクトからの帰宅途中、明後日の入学式での7秒間の自己紹介、何を話そうか?と考える。「高山です。授業でお会いするのは、来年度からです。それでは皆さん、ごきげんよう」と。それで十分じゃないかしら。

帰宅して、野暮用を色々片付けているうちに、(ブログ書いて)寝る時間になった。

今週は事務的な用事で毎日出勤してたが、明日は出勤しなくて良さそうだ。




物療、買い物、出勤、報告書書き、その他いろいろ雑用の一日

午前中は自宅で野暮用の後、近所の整形外科で極楽物療。帰宅後、4月からの卒研ゼミのテキストの準備作業。

その後、山科区内のスーパーで買い物。そのついでに、その辺で昼食。久しぶりにラーメンを食べた。次は鰻だな。新学期が始まる前に、万札握り締めて津の鰻食べまくり弾丸ツアーでも決行しようかしら。

帰宅後、教務関連の雑用を片付けるべく、支度をして大学に出勤。午前中に仕上げた卒研ゼミテキストのコピーなどの雑用もついでに片付け、もう来週末まで大学に来る必要はないだろうということで、大学を発つ。

帰りに大丸ラクト山科店で、赤ワインを1本買って帰り、夕食。と、また大学からメールが来てて、また明日か明後日に教務関連の仕事で出勤しなければならなくなった。

と、書いていて、ふと気づいたが、来週末どころか、今週の土曜日は入学式のために朝早く出勤しなければならない事を思い出した。ただ教室の前に座っていて、各自5分間程度自己紹介するだけだが(俺サマの自己紹介はたぶん7秒程度で終わると思うが)、問題はその5分間(俺サマの場合は7秒)のためだけにスーツを着ていかねばならないのかということ。

通常は年に2回、3月下旬の卒業式と4月初めの入学式の2回だけ一張羅のスーツを着て、それでクリーニングに出して来年まで押入れにしまっておくのだが、今シーズンは入学式の1日だけだから、クリーニングはどうしたものか。

いっその事、スーツなんか着ないで式に出る手もあるな。毎年ジーンズ(平成語では何と呼ぶか知らない。昭和の昔は「Gパン」とも呼んだ)で式に出てる同僚が一人居るし、今年は彼の仲間になろうかしら。

俺サマは子供の頃から、スーツを着なくて済む人生が送りたいと、心の底から強く強く思っていたのだが、スーツを着なくて済んで、特別な才能が無くても学校の勉強を真面目にやっていれば就ける仕事で、特に体力勝負というほどでもなく、しかも今月の売り上げは幾らかしら?みたいな事に悩まされることなく、毎月給料がもらえて毎日風呂に入れる職業は極めて限られている。その事を知って子供心ながら愕然としたものである。何とか狭き門をくぐりぬけたいものだ、と。

でも今はその夢が叶って、幸せである。会社員時代も、研究所勤務だったので、ずっとラフな格好で出勤できた。スーツ必須の営業に飛ばされそうになったけど、その前に大学に転職できた。ああ、スーツを着なくて済む俺サマは、つくづく幸福だ。

幸福だけど、学校の先生の立場上、年に1度は上記のような問題が発生する。俺サマは私大の先生だし、お客様である学生さんをお迎えする入学式だから、それなりの格好をしてかないとマズイだろうというのは、昭和のオヤジ特有の思考なのか何なのかは知らないけど、まあ結局、スーツ、着てくことになるだろうな。

夜は、1ヶ月の海外出張の報告書の拡張版の執筆作業。結局、大学からは出張にかかった経費の一部しか出なくて、結構自腹を切ることになったけど、それでもやはり、それなりのお金を出してもらうとなると、報告書は大小色々出さないといけないものらしい。まあ、そりゃあ、そうかも知れないな、と。



午前は京大生協書籍部、午後は大学で雑用、夜は大阪でまったり

時差ぼけの影響か、早起き。しばし野暮用の後、極楽物療。

帰宅して、今度は百万遍に繰り出し、京大生協ルネ書籍部で、専門書を購入。

年度末のせいか、数学書に関しては、丸善よりも洋書専門書の品揃えが悪かった。京大の先生達が、残った予算でめぼしい本を買い尽くした後だったのかしら。

まあ、しかし半時間ぐらいかけて慎重に選んで、5冊ほど買った後、ルネ食堂にて昼食。

それからバスで京都駅に移動し、JRと近江バスを乗り継いで、大学に出勤。

ちょうど日曜日に丸善で買った専門書も宅配で届いており、午前中に京大生協で買った本と合わせて、キャンパスの一番端にある事務までてくてく歩いて持って行き、例の細胞事件の影響で矢鱈面倒になった予算処理を片付ける。これで今年度の研究費は、ほぼ使い尽くした。

その後、研究室に戻って、事務的な書類を1枚書いて提出し、さらに、来年度の卒研ゼミのテキストのコピー取り作業。

16時過ぎに大学を発ち、大阪へ。早起きして睡眠不足気味なので、電車の中ではほとんど寝ていた。

長年使ってきた財布が破れてきて、さらには小銭入れの部分が緩んできてて、ヨーロッパ出張中にも小銭がぼろぼろ落ちて往生したので、大丸梅田店で新しい財布を買った。

新しい財布は、今まで使ってきたのとほとんど同じ色、形、手触りだが、カードを入れる場所が沢山ついてる。俺サマは今まで使ってた財布が気に入っているし、しかし、病院の診察券とか色々な店のポイントカードが増えてきたので、カードが沢山入るのは有り難い。

ついでに夕食も大丸のレストランフロアで済ませる。

その後、拠点マンションに移動し、なんやかやと22時頃までまったりすごし、淀屋橋22時15分頃の京阪特急に飛び乗る。勿論満席だが、立ってると坐骨神経痛が辛いなと思ってたら、京橋で奇跡的に1つ席が空いた。この時間帯の京阪特急は、枚方でがさっと降りるので、そこではほぼ確実に座れる。

電車の中でメールをチェックしたら、デュッセルドルフの大先生からメールが来てた。共著論文の仕上げ作業が終わったとPDFファイルが送られてきたので、車内でチェック作業。

23時半過ぎに帰宅。大先生に、「1箇所だけ微修正が必要だが、他は問題ないと思う」と返答メールを送る。まあ、色々あったけど、新しい論文を1つ、世に送り出すべく一歩を踏み出せたことは、喜ばしい限りである。

帰国前日の夜、大先生のお誘いでイタリア料理店に行き、「俺サマは社交的会話が大嫌いなのに、何でこういう流れになるねん!?」とさんざんブーたれていたが、1つだけ良いことがあった。

それは、これまでもひとつはっきり分からなかった、この大先生の研究者としてのバックボーンというか、現在の活躍を支える土台が、いつ、どのように形成されたか聞き出せたことである。ああ、若い頃にそういう勉強をしてたから、今があるのね、と。

翻って俺サマの場合は、どうなんだろう。若い頃にやっていた計算機科学や、若いとは言えないけど、今よりは若かった頃にやっていた可換環論が、今の代数幾何学研究の土台になってるって感じは、あんまりしないな。

昭和の昔には、「職を転々とする奴にロクなのは居ない」という事が良く言われたが、色々な分野を転々と渡り歩いてきた俺サマなんざ、まさにそんな感じだな。根無し草の底の浅い研究者なわけで、その辺が馬鹿な俺サマの馬鹿たる所以というべきか。その辺りを、今後どうして行こうかしら。

先日、国立研究所時代の広い意味の上司みたいな人が亡くなった。その香典返しのような贈り物に添え書きがあって、そこには、その人が生前、「自分は(工学者だからエンジニアなど色々職種は選べるはずだが)研究者としてしか生きられなくて、いわば背水の陣で研究者をやっている」みたいな事を言ってたとあった。なるほど。人間、背水の陣の覚悟でやらないと、ロクな仕事はできないんだろうな。

研究者としてでしかやっていけないという点では、俺サマも同じなのだが、図らずしも色々な分野を転々としてきた事が、背水の陣で代数幾何学をやっていく切迫感を薄めているような感じ。自分はこれしかやってこなかったし、今後もこれしか出来ないとなると、嫌がおうにも背水の陣感が高まるんだろうけど。

と、青臭いのか爺臭いのか、よくわからん事を考える切っ掛けができた事が、大先生と一緒に夕飯を食べた収穫ね、と日記には書いておこう。


午前は久々の極楽物療、午後は久々の大学

午前中は自宅で野暮用の後、久々の極楽物療。

帰宅後、支度をして大学に出勤、まずは生協食堂で昼食。それから学科事務に海外出張の土産を渡し、1ヶ月分の郵便物を整理した後、研究室へ。

14時に予定していた学生との面談。短時間で終わり、昨日丸善で買った書籍の予算手続きをしに、遠い所にある事務室へ。予想以上に手続きが面倒で、この件が終わるのは、明日以降になりそう。

また研究室に戻ってきて、今度は海外出張報告書などを作って提出。その後、卒研ゼミ用のテキストをプリントアウトしたりしているうちに、夕方になり、17時頃のバスで大学を発つ。

ああ、そう言えば、俺サマがデュッセルドルフを徘徊している頃に、卒業式が終わってたのね。俺サマは悪い先生なので、「教え子」とか「学生を育てる」とか、そういう概念が全然なくて、数学の切れ目が縁の切れ目みたいな感覚。1月か2月に卒研ゼミなり修論公聴会が終わったら、ハイさよならって感じで、卒業式?まだそんな行事が残ってたか?と。

俺サマは数学者ではないけど、そういう所は数学者以上に数学者的だな。東大や京大の先生は、数学者の道を選ばず(選べず)に大学を去って行った学生の事は、完全に記憶から抹消するようだが、その点では俺サマに似ている。

しかし、それ以外の数学者は、案外、学生に対してだけはウェットで、「数学の切れ目が縁の切れ目」という感じではないことが多い。俺サマなどは、「へえー、数学者って、やっぱりケッタイな人種やなあ」と半分呆れているけど。

可換環論屋時代に共同研究などで色々指導して頂いたり、自宅に招かれたり、ハイキングやコンサートに連れて行ってもらったドイツの大先生などは、俺サマが代数幾何学に転向して研究上の接点が無くなった今、ドイツに出張したついでに、ちょっと会って挨拶でもしてこようかという雰囲気でもない。どれだけ懇意にしてても、分野が変ったら、もうヨソの人になってしまうわけである。

そういった例は他にもいくつか経験しているので、俺サマは数学研究を通じてできる友人というのは、「金の切れ目が縁の切れ目」的な、その場限りのものだ程度に思っている。

そういう感覚は、学生時代からずっと同じ分野でやって来て、同じコミュニティーの中だけで学者生涯を終える、普通の数学者にはわからないかも知れないし、わかっていても、それをことさら意識することもないのだろうと思う。

帰りに山科区内のスーパーで買い物。帰宅してすぐに夕食。夕食後は、久々のラクトスポーツプラザ。楽しいZUMBAと筋トレ。

帰宅後、夜は卒研ゼミのテキストの準備作業など。

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