Deep Blue

世界の深淵、最も深きところを見てみたいとは思わないかい? オヤジと神官さんと、泣き女の幽霊の旅。 賑やかに(幽霊が)泣き叫びつつ各地にお邪魔します。 基本はオヤジの綴る道中日記。 たまに神官さんや幽霊が何か書くかも知れません。 登場人物:ダニエル・ドナート(オヤジ)(333) クローバー・クロウカシス(神官)(502) 泣き女の盾(幽霊)(629) ※このブログはDark Kingdom3のキャラクター日記です。



  「楽しい夢でも見たのかい?



酒場のマスターの手に揺り起こされた時、男は一人だった。
窓の外には小鳥が囀り、既に夜の気配は消え失せている。


あたかも一夜の夢の如く。
幻の如くに、朝は何もなかったかのような顔をして。


 「……夢……?」


どこかぼんやりと、男は応じた。
テーブルに残されたのは、己の空けたグラスばかり。
そう、確かに夢であったのかも知れぬ。
ねずみと呼ばれた男──ぬいぐるみと酒飲み交わしたことも、
サンドリヨンという娘と旅したことも、彼女の首が宙に飛んだことも───…

 「……、ンだこれ?
  …ッは。あいつらに渡してくれってーのかよ。」


いや。夢はやはり夢ではない。
証拠はきちりと、記憶に、心に、────テーブルの上に残されていた。
夢の名残に、置かれていたのはブランデーケーキが3つほど。
可愛らしく残されたそれらを手にして、男は笑う。

 「…ったく。あのなァ…。これは差し入れじゃなく、お供えっつーんだ。お供え。」


確か、いつか言ったと同じ文句を微かに笑って呟いた。
テーブルに3つ並べ置かれたブランデーケーキ、
このうちひとつはハナコと呼び習わす幽霊に宛てたものに違いあるまい。
幽霊は、物が食べられない。当たり前だ。だからこれはお供えだ。

しかしお供えを貰う立場だというのに、この幽霊、先日妙なことをしでかした。
どうやら、自分では食べられない飴を他人のために拵えたらしいのだ。
神官さんとの合作であったらしい。
幽霊さんと飴をつくりました!と、神官さんがにこにことした顔で教えてくれた。
もっとも、神官さんは作ったのやら味見メインだったのやら分からない。

……幽霊がどうやって飴を作ったんだ、とか。それを食べても本当に平気なのか、とか。
聞きたいことは山ほどあったけれども、結局それらは何も聞いていない。
聞いて、幽霊に説明でもされてしまったらどうするのだ。
また、あの恐ろしい顔を、湿った気配を真正面から見て感じなくてはならないというのか。
藪をつつくとはこのことだ。何が出てくるやら…お化けが出てくるやら恐ろしい。
だから、男は何も聞いていない。飴の味も知らないわけだが。


 「律儀なこッて。」


飴は、旅立つ彼ら…ねずみと少女のためのものだった。
だからこのケーキは、そのお礼を意図したものでもあるのだろう。
ならばと二つは残し、ひとつは摘んで、そのまま自らの口の中へと放りやる。
ふわりと甘い、優しい味が酔いを残した喉へと落ちた。

そのまま無造作に椅子を引いて席を立つ。
酒場のマスターに礼を告げて、古びた軋む木戸を押し開けた。
眩しい朝の光が降り注いでくる。
それに男は瞳を細めて背を伸ばした。梢に揺れる緑が目に沁みる。

 「───…俺ァ…、」


その誰もいない宙へと向け、男は静かに言葉を放りやる。
昨夜のねずみへと───共に杯交わした”友”へと向けて、鮮やかなる”夢”へと向けて。

 「永劫の別れじゃありやせん
  死んでもそれはそれでラプンツェル――ハナコの姐御の同類になって会いに来やす


 「…幽霊なんざ、嫌いなンだよ。」


幽霊と共に旅を続ける男は、以前と変わらぬ言葉を、以前とは少し違う響きで音にして嘯く。
だから生きてまた戻れと、そんなことは音にするまでもなく言葉の外に響かせたまま。


 「また、いつか旅をして
  また、いつか酒を飲んで
  また、いつか――笑いやしょう。


当たり前だ。
互いに旅の中で出会った。そして旅の中で別れた。
ただそれだけのことだ。
ならばまた、旅の中で巡りあうこともあるだろう。…また、笑いあえるだろう。


 「世話になりやした。それじゃあ、また――どこか、で。


 「───またな。」


だからまた、と。
別れではなく再会を約する言葉しか、男は告げない。

手の中には、幽霊との仲を繋ごうとした娘の面影残る、優しい味のケーキが二つ。
きっと神官さんはブランデーケーキに大喜びをするだろう。
その喜びようを思う男の唇の端が、笑みの形にくつりと歪んだ。


その背中に、ひときわ高く、小鳥が朗らかな囀りを響かせた。
なだらかに続く調べは、新しい朝の旅立ちを祝うかのように青い空へと高く、高く響き渡った。

傷ついた盾に瞬き、やわらかな布で気遣うようにそっと磨いてくださるその方を、ワタシは存じあげておりました。

すらりとした身なりの首に下げられた手放されることのない印からして、おそらくどこかの神官さまでいらっしゃるのでしょう。ドナートさまが、盾についた幽霊を祓うようにと、その方に頼んでいらっしゃったこともあり、ワタシはあまりその方の前には姿を現さぬように気をつけていたのです。


けれど、そのときのワタシはすぐには立てずに、漏れでてくる涙をおさえこむのにばかり必死で、そのような注意を払うことはできませんでした。

しゃがれた己の声があさましい願望を紡ぐのを止められず、磨かれる盾に描かれた紅い眸から、つぅぅっと赤い雫が垂れて筋をつくります。


「あれ…? なんだか何か、見えます??」


それは、ワタシが自己嫌悪の暗がりにおちこんでいる間のことでございました。ぽつりと零されたお言葉に、ワタシははっとして顔をあげてしまったのです。首を傾ぐような言葉と共に手が伸ばされて、曖昧なかたちでゆらめく私の髪をすりぬけてゆきます。

「おかしいですねー。幻影ですかね?」

そのことに言葉を返せずにいるうちに、不思議そうに言葉を零された神官さまは、ワタシの小声の呟きに向けて、こう仰ってくださったのです。

「とりあえず盾を捨てるなんて勿体無いことはしないから大丈夫ですよ。
 私たち、貧乏ですからね。贅沢は敵です!」

そう仰ってくださる神官さまの力強くも優しいお言葉は、じわりと胸に灯る小さな火のようでありました。そうして顔をあげたワタシは、盾を挟んで向こうにぱちりとこちらをみつめている碧の瞳を見上げたのです。



「ええと…こんにちは?」



"ワタシ"をみつけた神官さまは、怯えもせず少しばかり驚いたように瞬きをなされたようにみえました。それから、何ごとかううんと悩まれて


「初めまして、じゃ変ですものねっ。一緒に居ましたしねー。うんうん。
 ああでも、こうしてちゃんとお会いするのは初めてなので
 そういう意味では初めましてでしょうか。」


そう言葉を続けられた神官さまは、ぺこりとワタシのようなモノに向かって丁寧に頭をさげてくださったのです。

ドナートさまのお姿をワタシが見失ったのは、深い森の中でのことでした。ずるずると地を這いずるようにしか盾を動かせぬワタシは、盾が木の根にひっかかっているあいだに、すっかり一行から遅れてしまったのです。


なさけなさが、またひたひたと足先から喉元まで身をひたしていくのを感じました。



そうして、木々の合間から現れたオークの吠え声に身を竦ませている間に、
ワタシの意識はまた、すっかり恐怖に飲まれてしまいました。









暗がりに飲まれた意識が戻ったのち、普段といくつか違うことがありました。

ひとつは、盾に傷が増えていたことです。
もうひとつは、前後の記憶が曖昧になっていたことです。

それゆえ、それは推測ではありました。

けれども、確かな納得感をもち胸に残ります。


つまり、ワタシは──倒れてしまったのだ。ということでした。


この霧のような身体に痛みというものはありません。攻撃が恐怖を喚起するのも、痛いような気がしてしまうというだけのことです。
ワタシには、あの平原が見渡せる道に呆然と在る以前の記憶がありません。

ですから、すべてのことは推測でした。

それでも、"盾"として在ろうと思っていた身には、それは震えをもたらす事実ではありました。



この霧のような姿ですら、動けなくなってしまうのだ、ということは、
即ち役を為せぬ可能性があるのだということであるのです。

それを自覚したときに覚えた感情は、棍棒を振り下ろされるのとは、違う恐怖でありました。


ひややかに首の薄皮にあてられた刃のような、


 捨てられた という、冴え冴えとした幻の痛みでした。


ぐさりと脈もうたぬ心臓が突き刺されたような心地だけがありました。手前勝手な涙だけがぽたぽたと後から後から溢れてきます。

そう。頬を伝う雫を感じながら呆、と盾を背負いしゃくりあげていたときのことです。








「あ、良かった。見つかりました!」


去来する喪失感に動けずにいたワタシの意識を引き戻したのは、
聞き覚えのある、柔かく明るい声でありました。

ワタシが行き会うモノモノと対峙したときに、「おそろしい」と、そう思ってしまう癖はなかなかに治らないもののようでした。

ワタシにとっての怖れというものは、緊張を呼ぶものであり自由にならぬ身中での子竜が吐く炎のようなものでありました。子竜の羽ばたきが起こす嵐は私の胸中を引掻き、はっきりとした輪郭を持たぬ身の喉から声を上げさせるのです。

ひとたび暴れ出すと手のつけられない竜巻は、たびたびワタシの心をすっかりのみこんでしまいました。

そうして、荒れ狂う嵐がさったあとには、いつも曇天がやってきます。

これではだめだ、と。そうわかっているのに治せぬままでは、いずれ迷惑をかけたときにみはなされてしまうのでは、と不安に駆られて暗雲ばかりが大きくなってゆくのです。

その暗闇ばかりを見てしまうおろかな目を覆っても、ぽたぽたと雫がおちるばかりで、いっこうに雨雲は晴れるようすをみせません。




そして、ワタシがその暗がりから這いだせぬうちのことです。





"おいていかれる"と、その不安は現実のものになりました。





ユーレイは祓うものだ。オバケは倒すべきものだ。
何も間違っちゃいない。

珍しい価値観をしているのね、おじ様…
いや通常でやんす!すっげえ通常!!!

私は敵にまわられるより良いと思うのだけれど…
あ、そこは同感でやんす。けど、ほら、仲間だと…退治できないっていうか。

 
ハン、珍しい価値観───じゃ、ねえぞ!???
普通だろ、普通!!!

いやまあそりゃ、仲間は倒すことは出来ねえが──…
……あ、いや。



                    仲 間 ………?




何事もね、受け入れる心というのが大事なのよ。敵なら倒せる勇ましいところはおじ様の長所だけれど、もうちょっとよ!ふぁいと!


嬢ちゃんが笑顔で励ましてくる。
…じゃねえ。この嬢ちゃんも、確かアンデッド…


あれ。俺は何を普通に会話しているんだ?
調子が狂う。


…確かに盾は役に立つ。嬢ちゃん方も怖くはない。
だがな。ユーレイは祓うべきもの。人じゃねえ。共にあっていいもんじゃねえんだよ。


だから、俺は”彼ら”を仲間とは認めない。



絶対だ。

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