名古屋発!名古屋の会計事務所 経営者満足を追求する 公認会計士 税理士 出口会計事務所

相続税・贈与税対策、事業承継、後継者教育、事業計画・利益計画策定支援が強みです。(所長:公認会計士 税理士 出口 茂)

2013年09月

安定とマンネリ

このブログを書き始めた頃に書いたことがありますが、

ある会社の社長様に「御社の業績も安定していますね。」と申し上げたところ、

「いや、経営に安定と言うのはないですよ。必死に頑張った結果、安定しているように見えるだけです。」とおっしゃられたことがあります。

何をもって『安定』と言うかはありますが、多くの経営者が、「経営が安定するといいな。」と思いながらも、なかなか手に入れることができません。

経営を取り巻く様々な環境の変化、外部環境の変化、内部環境の変化、社員の変化、経営者自身の老齢化、心境の変化などなど、日々刻々と経営を成り立たせている要素が変化するのですから、その中で『安定』と言うのは難しいのだろうと思います。

一方、「隠居3年」という言葉がありますが、隠居すると3年で死んでしまうという意味です。変化のない、マンネリの中で刺激を受けずに平穏に過ごしていると、生命力が落ちてしまうのかもしれません。ある意味、ストレスや何らかの負荷から解放されると、生き物の本能として、生命を維持する機能が低下してしまうのかもしれません。

長寿の方へのインタビューで「どうすれば長生きできますか?」の問いに

「くよくよしないこと。」

と言う回答が多いように感じます。

若輩者の私なりには、仕事や家事の一線から離れても、何らかの負荷をもって生きていくことになるが、その負荷をどうとらえるかで人生が変わる、と解釈しています。

あるいは、適度な負荷を自分に与えて人間として、生き物として成長を続けることが、生命力を維持することにつながるのかもしれません。

会社経営に話しを元に戻しますと、マンネリは会社組織の生命力を落としてしまうと言うことなのだろうと思います。

社長が、会社も自分も“マンネリ化している”と思ったら、要注意なのだろうと思います。

明日から10月です。残り3か月、マンネリ化することなく進んでい行きたいと思うのであります。





邪馬台国論争 と 真実

私は、子供の頃から歴史が好きでしたが、大学受験の時に世界史が大好きになり、いつ頃か、本当の人の起源、本当の文明の起源、本当の古代史が知りたくて仕方なくなりました。

妙な話しですが、物理も好きです。万物の原理、真理は宇宙の起源解明でもありますので、当然、地球の起源、人類の歴史にもつながります。素人の個人的直感では、現在の主流の量子、電子、クオーク、自発的対称性の破れ理論などは、ちょっと違うのではないかと、素人的には感じていますが・・・。今の理論ですと、何らかの意志、それこそ、神の意思がないと説明がつかないような気がします。

どちらにしても、この宇宙に広がる物質は、石っころでも我々人間も、全て同じものでできていると言うのは不思議なことです。あるいは、違う宇宙に行くと、まったく異なる宇宙のあり方、モノの在り方、精神的な存在があるのかもしれません。

家に帰ると風呂の中で、そのような本を読み始め、寝る前まで本を読みながらいろいろ考えます。仕事と一切関係のない世界の探求で、無趣味な私はリフレッシュしているのかもしれません。

ところで話しを元に戻しますと、子供の頃からの素朴な疑問として、

天皇家が紀元前から続く家柄ならば、紀元後3世紀あたりの邪馬台国がどこにあったのかということは、知っているのではないか

と、ずっと感じていました。

中国は、故宮博物館に、紀元前の秦の始皇帝の時代の度量衡の統一に使われた実際の道具が脈々と引き継がれて残っているので、紀元後の日本の歴史がイマイチよく分からないというのはどういうことなのか!、もうそろそろ本当のことを教えて欲しい!と思います。

あるいは、今回の式年遷宮で、特別に八咫の鏡を公開しちゃいます!なんてことにならないかな。

もうそろそろ、本当のことが知りたいですが、宇宙の真理と同様、知ってはいけないのでしょうか・・・・



キャロライン・ケネディ女史の就任

キャロライン・ケネディ女史が大使になられることは、本当に喜ばしいことです。

何よりも、日本が大好きであることが素晴らしいことです。「日本以外に尽くしたい国はない」と言う言葉はうれしいですね。

私は、ケネディ家のことについてはそれほど詳しいわけではありませんが、悲劇のケネディ家と言われる面もありますが、アメリカでは特別な存在であると思います。

特に、ケネディ大統領の娘さんですし。

そのアメリカでは特別な存在のケネディ女史が、東京に住むと言うことになれば、東電の汚染水問題を含め、原発はちゃんと“コントロール”しないといけませんし、オバマ大統領に直接連絡できる数少ない人間の一人であると言われるケネディ女史が日本に居らっしゃる間に、難解な国際問題を解決するチャンスでもあると、私は思います。

ケネディ女子は、もちろんアメリカの国益を最優先としつつも、

アメリカ⇔ケネディ女史⇔日本

と、アメリカと日本の間、それも、限りなく本当の中間点に近いところの立場で業務をしていただけるといいなあ、と勝手に期待しています。

東京オリンピック開催もありますので、日本が良い方向へ進んで行くことを期待できる9月です。


7年後を考える・・・ビジョン

オリンピックが東京に決まり、少し経ちますが、いろいろな方と話しをしておりますと

「7年後、私はどうしているかな!?」

「7年後、我が社はどうなっているのかな!?」

と言うような会話によくなります。

7年後ですかあ・・・・・・

自分は52歳になっており、単純に40代から50代のおじさんにはなっていますね。

あと、ハゲの進行はどうなっているか。食い止めることができるか。

がんが再発した父が元気でいてくれるといいな。

末っ子が二十歳になっていますね。だいぶ子育てが楽になっていますね。

景気が良くなり、すべてのお客様が心も体も元気でいて欲しいですね。

オリンピックの準備は素人で考えてもとてもたいへんだと思います。56年ぶりなので、前回の経験者もある程度ご健在かもしれませんが、オリンピックのやり方は大きく変わっているでしょうし、時代も異なります。

着々といろいろな問題、課題を克服していかなければなりません。

ただ、開催理念、こんなオリンピックにしたい!というビジョンがあるので、たいへんながらも前向きな作業ではあると思います。

そう考えますと、ビジョンは本当に大切ですね。

色々な書籍で、「経営理念」、「経営ビジョン」は大切と書かれていますが、どこまで大切かはなかなか分からない方が多いと思います。言葉では分かるが、日常の中で理念、ビジョンを大切にできている会社は実際のところなかなか少ないのではないかと感じます。

要するに、「いつまでにやる」という期間の感覚が薄い、「これをやる」という明確なビジョンがないので、ダラダラと日常を過ごしてしまう、そんな感じだと思います。

オリンピックは世界中の多くの人を招くのだから、日本の威信をかけて失敗できないというのは関係者の気持ちかと思います。

その気持ちの半分とは言いませんが、10分の1でも持って、自分のビジョンを達成しようとがんばれば、きっと上手くいくと思います。

とにかく、7年後を気持ち良く迎えられるように、7年とは言わず、5年ぐらいのビジョンを明確にしようと思うこの頃です。


とりあえず、末っ子に東京の大学に行ってもらって、オリンピックを楽しもうか、と密かに思い始めました。



環境変化への対応

先週、台風18号が日本を襲いましたが、各地で大きな被害が出ました。

特にテレビの映像で驚いたのが、川の氾濫で水につかった京都 嵐山です。

当事務所のある大曽根も、台風や大雨が降ると水につかる地域なので、台風の前日も嫁さんと事務所の出入口に土嚢を積んでおこうかどうかを話し合いました。

ありがたいことではありますが、スマホの警報が何度も鳴るので、少し警報に鈍感になりました。

しかし、あらためて、自然災害は怖いと思いました。

最近の天気予報は精度が高いので、台風も大雨も事前に情報が入ってきます。子供の頃、両親から「伊勢湾台風は、事前の情報が少なくて、被害が大きくなってしまったから。」とよく聞いたので、今はだいぶ被害の拡大を防いでいるのかもしれません。

自然災害ほど突然はやってきませんが、商売をしていると考えないといけないのが、環境の変化です。

基本的には、

・より便利になる

・より安くなる

・より楽しい、ステキになる

という方向へ流れていくわけなので、世の中全体からすると悪いことではないのだろうと思いますが、大きな固定費をかけて商品、製品を提供する側は、環境の変化は大きなリスクです。

シャープの亀山工場、堺工場は記憶に新しいところです。

競合他社も、消費者のニーズの掘り起こし、環境の変化に対応しようと、新商品、新製品の開発に必死なので、環境としては平等です。

環境の変化が速い、変化が大きい市場は、競争が激しいと言うことです。

私の自分自身の業種、商売で考えますと、想像していたよりも競争の激化は進んでいないように感じています。たぶん、ニーズが環境の変化により微妙に変わるので、競争を仕掛ける側がニーズの微妙な変化についていけれていないこと、あるいは、ニーズを把握し切れていないこともあるのだろうと、勝手に解釈しています。

昨今、「ワンストップ」、「低価格」を謳う会計事務所が少なくなったと感じます。薄っぺらなワンストップサービスではニーズに応えられないのだろうと思います。また、低価格による消費者の移動も、ある程度一区切りついたのかもしれません。あるいは、低価格に実りが少ないとか、うわべだけの低価格に消費者が気が付いたとか。

私の場合、公認会計士でもあり税理士でもあり、どちらかに特化している訳ではないので、ある程度のリスク分散と言いますか、あやふやな立場の恩恵もありますが、10年後TPPの影響が会計士、税理士に規制緩和だけでなく社会構造の変化により、大きなインパクトを与えている可能性はあるかもしれません。

ただ、自然災害ほど突然やってくるわけではありませんし、自分の年齢から考えますと、これから10年が自分の集大成ですから、自分なりに楽しく対応していきたいと思うのであります。

良い会社とは? その1

少し前のブログにも書きましたが、よく『良い会社の条件』とは何ですか?と聞かれますし、いろいろな書籍にそのようなことが書かれています。

その時のブログにも書きましたが、人それぞれ、経営者それぞれで“何が良いか”は異なるのだろうと思います。

財務の視点もあれば、社員の充実度と言う視点もありますし、社会貢献と言う視点などもあります。

ユニクロは良い会社ですか?と聞かれた場合、財務内容や成長性から考えると良い会社じゃないですか、ということになったとしても、空洞化、雇用という視点からすると、国内の生産を増やせなければ社会貢献度としては、イマイチという評価になるかもしれません。(あくまで一つの例えです)

また、コマツと言う会社は、協力会社(外注、下請)を大切にするので、協力会社の結束力が高い(『コマツ愛』が強い)と言うことで有名です。コマツは財務内容も良いですし、付加価値の高い建機もつくっていますが、やはりどうしても世界の景気、設備投資の動向に大きく左右されます。

大企業になると、良い会社かどうか、どのような方向性を目指すかを明確にして実践することは難しくなります。

利害関係者の範囲が大きく広がるからです。

その点、日本の95%以上の中小零細企業は、良い意味でも悪い意味でもワンマンの経営者が、自分あるいは会社が誰を大切にするか、何を大切にするかを明確にすれば、その基準に則って判断すると、良いか悪いか、イマイチかは判断しやすいのだろうと思います。

中小零細の会社の利害関係者ですが、

・株主

・役員

・社員

・お客様

・仕入先

・国、地方公共団体、税務署  など

・地域

でしょうか。

私は、経営者が「会社の存続は私にかかっていますので、万が一の時を考えると、会社と私、あるいは同族関係者にお金が残るようにしなければいけない。社員の幸せはその次です。とにかく存続が前提です。」と言う感じで、嘘偽りのないところで自分を知っておく必要があると思います。

社長が口先で「社員の幸せが第一」と言っても、社員が「うちの社長は結局は自分さえよければという人だから」と陰口を言われるようでは、なかなか良い会社になれないのだろうと思います。

まず、あらゆるところで矛盾や葛藤が生じないための『一貫性』が、良い会社になるための大前提だろうと思うのであります。





結果と過程とどちらが大切ですか

「結果を出さないと、どうしようもない」と言われたり、

「物事は過程が大切」と言われたり、いったいどちらなのでしょうか。

例えば、プロ野球選手であれば、シーズン通して1軍に居られれば、シーズンの結果で翌年の年俸が決まりますが、なかなか1軍に定着できない選手であれば、1軍に上がった間に何とか結果を出さないと、2軍に戻されてしまいます。「過程が大切」なんて言ってられません。

厳しい世界です。

会社の社長であればどうでしょうか。月次の試算表で前月の結果を知る、年間の結果を決算で知る、と言う感じでしょうか。

歩合のセールスマンも、一定の期間の中で結果を求められます。

要するに、どの世界も、一定の期間であれ、不定期であれ、どこかで結果を判定すると言うことです。

ただし、プロ野球選手は、いつかは引退がきます。プロ野球選手の場合、普通のサラリーマンと異なり、引退する平均的な年齢は30歳そこそこですから、死ぬまでにあと40年ぐらいはその後の生活が待っているわけです。

サラリーマンも、会社の社長も、いつかは引退します。

私、個人的には、『死ぬ時に良い人生だったと心の底から思いたい』、そう考えると、今の日常は、本当に一時の一喜一憂で、一見何らかの『結果』のようにみえても単なる『過程』なのかもしれません。

しかし、会社はそんな悠長なことは言ってられません。やはり、最終的な結果ではないとしても、どこかでひと区切りつけて、さらに良い結果が出るように効率の良い経営を志さなければいけません。

私が思う良い会社の条件として

・結果を比較的長い期間で判断できる経営体質
 (そのためには当然財務内容が良好でなければいけません)

・結果を判定するブレない基準がある

があります。

逆に言えば、老舗の会社の多くはこの条件に当てはまります。

やはり、仕事は何らかの途中経過なり、途中の結果なりで、より良い方向へ向かうように大きな軌道修正、小さな軌道修正が必要なのかもしれません。

ただ、話は元に戻りますが、人の人生は、そう簡単には割り切れないような気がします。

人生において、一見『結果』だと思われるようなことも、最期の瞬間、総括に向けた『過程』なような気がします。

そう考えると、その場、その場の過程を大切にするという感じでしょか。

あるいは、最期の時まで成長を続けることが人間の使命なのかもしれません。


最近、自分が望む結果に向かっているか、良い過程を歩んでいるか、を考えます。

常にスペースを

“もう、いっぱい いっぱいです”

と言う言葉をたまに聞きます。

いろいろな場面で使われます。

もう、体力的に疲労がピークとか、ストレスがたまり精神的にいっぱいいっぱい、勉強しすぎて頭がパンパンなどなど。

やはり、常に何かを入れれるように、スペースは空けておきたいものです。

よく、人の意見、考えを取り入れるスペースは空けておく、あるいは、どのような人の意見、考えも受け入れるだけの器にしておくことが大切だと感じます。

情報、ストレスが溢れ、なかなか心にスペースを持ち続けることが難しい時代ではあると思います。

私個人的には、“器の大きさ”と“心のスペース”は、ほぼ同じと思っています。

器の大きさを大きくしようとすると、少し背伸びをしないといけないという感覚になるかもしれませんが、心のスペースを広げようと考えれば、若干ですが自然な感覚でできそうな気がします。

心のスペースを広げれば、ストレスの沸点も下がるでしょうし、人を受け入れる心の準備もできそうですし、世の中自分とは考えが異なるいろいろな人がいるんだ、色々な人がいて面白いな、とかそんな感覚になれるのだろうと思います。

少し前、永平寺に行った時、禅の教えの「空(くう)」という感覚を自分が持つことは難しいと思いましたが、単に心のスペースを広げることは自分にもできるかなと感じました。

まず、心のスペースを広げよう!と思うこの頃です。

怪我をしない能力

少し前、大相撲の把瑠都さんが引退されました。茶目っ気があり、好きな力士でしたので大変残念です。

ひざの怪我が悪化し、引退を余儀なくされたそうです。

スポーツ選手は怪我と闘う方が多いですね。

プロ野球を観ていますと、解説者が

「どこも痛いところがない選手なんていませんよ。皆、何とかだましだましやっているんです。」

とよく言います。

プロ野球選手で、大きな怪我と闘った選手はたくさんいらっしゃいます。

ロッテの村田投手、中日の谷沢選手、巨人の吉村選手、桑田投手などなど。

怪我から復帰して活躍された人もいますし、思うように活躍できずに引退された方といろいろです。

スポーツ選手は、100%、120%の力を出して戦うので、思わぬ怪我は付き物なのだと思います。

我々一般人、社会人、ビジネスマンも仕事上で大きな怪我、致命傷、失敗は避けたいです。

私の記憶ですと、王選手やイチロー選手は大きな怪我をしていないような気がします。

たまたまなのか、やはり本能的に致命傷を受けないようにしているのか。

経営も、保守的な人よりも、冒険的な人の方が怪我をしやすいですが、あえて怪我を覚悟して挑戦を続ける経営者の方もいらっしゃいます。ただし、そのような経営者は致命傷を負うことはありません。

適当な怪我をすることで、致命傷にまでは至らないやり方が分かっているのか、本能的に避けているのか。

自分のやりたいことを続けるためには、怪我をしない、特に致命傷を避ける能力も大切だな、と思うのであります。

自信と自分のできること

誰もがそうかもしれませんが、自分ができないことを人がサクサクやっている姿をみると、すごいな、かっこいいなと思います。

例えば、引越し屋さんが重たい家具を辛い顔せずに運ぶ姿をみますと、ほれぼれします。

お米や農作物をつくっている方をみると、本当にありがとうございますと思います。

また、自分の食べる分のお米や野菜などをつくっている人もかっこいいなと思います。

身近なところで言えば、会計データの入力が速い職員(私はたぶん5分の1ぐらいのスピードではないかな)、家では家事をする嫁さん。

貨幣経済の発達で、貯蓄(富と格差も)ができるようになり、それに伴い分業が進んだと思います。

縄文時代の日常がどうだったかは分かりませんが、狩りにも行く、漁にも出る、子育てもする、土器も作る、自分の服も作ると、自分でいろいろなことをしなければいけなかったと想像します。

現代に生きる私は、仕事でお金を得て、米を買い、服を買い、自分のできることに専念させていただいております。

当たり前の日常ですが、とてもありがたいことです。家に電気が届かないと、御飯も炊けないし、洗濯もたいへんです。電力会社の方にも、電気製品にもたいへん助けてもらっております。

ただ、人間として生きていく上で、なるべく自分ができる範囲を広げることができたら、もっと自分に自信が持てるだろうと思います。

時代の変化なのか男が情けなくなったのかは分かりませんが、昔の日本の男は、今よりも凛として、強く、奥さんから尊敬される存在だったのではないかと思います。単に仕事ができるだけでなく、人間としても大人と言いますか。

昔は、今ほど便利でもないし、快適でもなかったので、自分ができない、あるいは他人に任せていることの自覚があり、他人に対する感謝の気持ちも大きかったのかもしれません。

私の場合、それほど尊敬される存在ではないので、家でどっしりと構えて家事を手伝わないとエライことになります。

これから日本の男どもは、奥さんから尊敬されないと、年を取ってエライことになりますよ。自分でできることは、ちゃんとやった方がいい。

そうした方が、いろいろなことに感謝できそうな気がします。

老人ホームもお金がないと入れませんし、自分のことをしてくれる人に感謝の気持ちが持てない人は、可愛がられないし、たぶん、最後の最期に幸せを感じることができないような気がします。

もちろん、仕事は仕事でプロを目指さないといけませんが、それだけではね。

やれること、できることを増やして、生きると言うことにもっと自信を持ちたい思うこの頃です。







ぞれぞれの立場  『風立ちぬ』を観て

友人と飲んでいますと「ところで、『風立ちぬ』って観た?」という話しに、たまになります。

いろいろなところで、いろいろな評価がされているのを見ます。評論家なども賛否両論です。

感動してしばらく席を立てなかった、という人いれば、どこが面白いのか分からないとか。

友人の評価は総じて「感動した」ですが、主人公の行動に対し、“一言言いたい”とか“自分なら違う行動をする”と、主人公に少し不満を持つアラフォーの男どもが多い感じです。

私は、感動と言いますか、どのような表現が適切かは分かりませんが、しばらく席を立てなかった、と言う感覚でした。最後のユーミンの歌が終わって、ようやく何とか立ち上がれる、という感じでした。

まあ、鈍感な私の感想などはどうでも良いです。

友人と話しをしていて、友人が感じた思いを聞いていると、たいへん面白いです。もちろん、私の感じたことも言いますが、結構議論になります。

たぶん、『男としての生き方』をどう持っているかで、それぞれの人の感じ方は大きく変わるのでしょう。

ですから、様々な賛辞、酷評はさておいて、やはり、実際に120分観てみないと、どのような映画かは分からないということです。

日本人であるかどうか、男か女か、小学生か40代のおやじか、大学生か戦争経験者か、親が好きか好きでないか、旦那のことが好きか嫌いか、などなどで感じ方もそれぞれなのでしょう。

逆に言えば、それだけ奥が深い内容なのだと、私は思います。

宮崎駿さんが引退されることはとても残念ですが、引退を覚悟した作品だからこそ、という映画なのではないかと感じるのであります。



戦争経験者の大叔父亡くなる

先日、祖父の弟の大叔父が亡くなりました。

祖父の兄弟のうち4人が戦争に行き、祖父を含む2人は途中で帰ってきて、先日亡くなった大叔父は終戦まで海軍におり、一人の大叔父は中国で亡くなりました。

私はずっと長男の家系なので、子供の頃から、お盆やお正月になりますと、たくさんの親戚の方々が来てくれますが、子供の頃は、祖父の兄弟や父の兄弟などが戦争や戦時中の防空壕によく逃げ込んだこと、疎開の生活のことなど戦時中の日常の生活の話しをしているのをよく聞いていました。

先日亡くなった大叔父は海軍で潜水艦に乗っていたそうで、潜水艦が沈み、命からがら助けてもらった命なので、社会のために生きていきたいと、家に来るとよく語っていました。

お通夜も、大叔父の生前の社会活動の広さもあり、本当にたくさんの弔問客様に来ていただき、名古屋市長もお忙しいとは思いましたが、通夜式の最初から最後までいらっしゃいました。

今は家のどこにしまってあるのか分からなくなってしまいましたが、中国で亡くなった大叔父の遺品の戦争で携帯していた双眼鏡、コンパス、戦死していただいたという勲章などは、子供の頃は単純にかっこいいと思って眺めていたものです。

戦争の経験を語る身近な人がいなくなった今、戦争が身近なものから一つの歴史に変わったような気がしました。

率直なところ、戦争を直接知らない私は、今後どのように戦争と向き合い、隣国と向き合えば良いのか分かりません。

大叔父の遺影を見て、少し心細く思いました。



タイミング 『シリア情勢』

国連が、シリアが化学兵器を使用したことを認めました。

何というタイミングなのでしょうか。

このタイミングがどうしてこのタイミングだったのかは、いろいろあるのでしょうし、ある意味、『正義』という理念はバランス、危機回避、国益、メンツ、それぞれの立場では、あやふやなものであること、むしろ、あまり大切なことではないのかもしれない、ということを個人的にはあらためて感じました。

アメリカがシリアを攻めて、中東がメチャクチャになったり、欧米とイスラムが争うことになるようなことは避けることができて良かったですが、難民問題など、根本的な問題の解決はこれからなのでしょう。

しかし、物事においてタイミングはとても大切なことだと、あらためて感じました。

話しは変わりますが、歌舞伎、コンサートなどが終了した後の、ファンの掛け声は本当に絶妙なタイミングですよね。

当たり前ですが、何度も観に行った人でないと、あのようなタイミングで声をかけれるものではありません。

0.5秒でも遅れたらマズイ。

日常において、そこまで微妙なタイミングで何かをしなければいけないことはあまりないと思いますが、同じことでもタイミングが遅れたり、早すぎたりすると、まったく効果がない、あるいは逆効果と言うことは多々あります。

特に、人の口から出る言葉は、取り消すことが難しいですし、言う機を逸したら言わない方が良いことが多いので、難しいです。

シリア情勢が何とか良い方向へ向かい、後々、あのタイミングの発表のおかげで今がある、となることを祈るばかりです。



弱さの克服

心配事があると、“自分って弱いなあ・・・”と思います。

人間、だれでも悩みや心配はあるのでしょうが、悩みや心配事をかかえると、前向きな行動が止まってしまいます。

時間は流れていくので、とてももったいないことです。

個人的な感覚ですが、

’困漾⊃看杙をかかえない(普通の人だと悩み、心配になることを、問題点、課題が分かったと前向きにとらえる発想とでもいいましょうか。)

多少悩みや心配事はあるが、目の前のやるべきこと一所懸命やる

G困澆篆看杙は相当気になり足を引っ張られるが、目の前のことを何とかやる

で困澆篆看杙で頭が一杯で、何も手につかない

と大ざっぱに分かれるのではないかと思います。

私の場合、とい△燭蠅妊Ε蹈Ε蹐靴討い襪里如何とか△離好董璽犬望紊りたいです。

どうしたらそうなれるのかを、弱い自分なりに考えていますが、

・自分の最大目標、あるいは最終目標が明確

・現在、過去の選択、今ある現状の責任はすべて自分にあるという自覚

・自分に正直になる

・他人の評価を気にしない

あたりをしっかりすれば良いのかな、と感じています。どれも一朝一夕では難しいですが。


私の場合、月曜日の朝が鍵なんですよね。

それぞれの立場  『新富裕者層』

一月ぐらい前でしょうか、日曜日の夜にNHKで『新富裕者層』の海外移転(脱出?)のことを特集していました。

その中で、アメリカかどこかの新富裕者の方が

「働いてもいない人のために自分が多額の税金を払うのはバカバカしい。」

とおっしゃっていたことが印象的で、株式の売却益に税金が課税されないプエルトリコに移住しておりました。

私の場合、この日本に居て初めてお金を儲けることができるので、日本で生きていれば日本で税金を払うのが当たり前と言う感覚です。確かに、税収は効率的に使っていただきたいとは思いますが。

それよりも、自分の国に対する愛着をお金のためにスッパリと切ることができることに対し、ある意味潔さも感じつつ、人それぞれの選択だもんな、と心の中で呟きながらテレビを観ていました。

プエルトリコに移住された方のもう一つの言葉で

「お金は儲けることよりも、残す方が大切だ。」

というのも印象的でした。

まあ、確かに残すことも大切でしょうが、何のために残すのか?はどうなのかな。

お金を残すために自分の故郷を捨てることは自分にはできないなあ。やはり、先祖代々の土地を守らないといけないし、友人、お客様などとの人間関係が自分の人生の全てだし。

逆に言えば、海外でお金を儲けて暮らす自信もないしなあ・・・・・

私は、自分が暮らせるお金と、子供を育てるお金があれば十分なので、どれだけ税率が高くなっても、日本で生きて、日本で死にたいと思います。税金が嫌で海外に逃げた人は、「私は日本人です。」と堂々と言えるのかな、とも思います。内戦や迫害によって海外に逃げるのとは全く意味は異なると思います。

そうは言っても、とてつもないお金持ちになったことがないので、お金持ちの方の気持ちも、正直分かりません。
私のやっかみかもしれません。

これからの時代がどうなるか、私の子供たちがどうなるかは、正直分かりません。

ただ、子供たちには、お金も大切だけど、もっと大切なものがある、という生き方をして欲しいですし、世界中どこでも生きられる力を持って欲しいな、と自分ができないことを望んでしまうのであります。







それぞれの立場

当事務所のあるお客様が、設立何十周年記念と言うことで、寄付金を多額にされることになりました。

お客様から、「税務的なこともあるので、出口さんから寄付先に一度連絡していただきたい。」とご依頼を受け、電話をしました。

その寄付の金額が多額のため、指定寄付金となる寄付先の枠を超えてしまうということで、寄付先の名古屋の担当者の方も、うれしい反面どうしようか、という感じになりました。

私、個人的には、毎月引き落としになる寄付はしておりますが、寄付先が困ってしまうほどの多額の寄付をしたことがないので、寄付を受ける側の都合もあるのだと、少し新鮮でした。

相続の仕事をしておりますとよくあることなのですが、相続人の方で、「財産は基本的にはいらない。」とか「この財産だったらもらうけど、あれは絶対にいらない。」とか第三者から見ると、“もらっちゃえばいいのになあ”と思う財産を拒否される方が結構いらっしゃいます。

固定資産税だけ発生し持っててもあまり意味がない財産でなくても、もらうのを拒否される相続人さんは結構いるものです。

相続の場合は、あげる側は亡くなってしまっているので、自分の遺志が実行されるかの確認はできませんが、あげる方も、もらう方も、それぞれの都合、考えがあります。

同じ環境に生きた家族の中でも、考えが異なり、足並みがそろわないということは普通にあることなので、赤の他人であれば、なおさらそれぞれの立場で考えが異なり、それぞれの立場の都合が出てきます。

今回、寄付を受ける側のバタバタした様子を見まして、まだまだ、いろいろな経験がたりないなあ、と思ったのであります。



サッカー本田選手のジレンマ

サッカー日本代表の本田選手のこの夏のチーム移籍はなくなり、移籍先とみられていたACミランと本田選手サイドの戦略、目論見が外れたという記事が少し前にありました。

どのような原因で移籍がダメになったのかは当事者でないと分からないと思いますが、記事から流れてくる情報では、現在所属しているロシアのチームとACミランとの移籍金で折り合いがなかなかつかないということのようです。

本田選手は、以前観たNHKの「プロフェッショナル」と言う番組の中では、欧州のビッグクラブへの移籍を目指しているような発言をされていたので、一番大切な本田選手の気持ちとしては、移籍がなくなりやり切れない感じなのかもしれません。

現在所属するロシアのチームのことは分かりませんが、他のチームに所属していたら、もっと早く移籍が実現していたかもしれません。

本田選手とチームは、双方が契約時に納得して契約を結んだ訳なので、致し方ないことだと思います。

所属するチームがなかなか離してくれない。でも自分は出たい。なかなか上手くいきません。


プライベートでも仕事でも、誰と付き合うかは、生きていくうえでとても大切なことです。

身近なところで言えば、結婚。

結婚するかしないか、結婚した方が良いかどうかは置いておいて、人が人生の中で結婚するという前提で言えば、人生の中で一番大切なこと、失敗したくないことの一番は、結婚だと私は思っています。(個人的な感想でもあります。)

人の人生、幸せは結婚で大きく左右されると思いますが、結婚する前は、なかなか死ぬまでのことを真剣に考える人は少ないように思います。

死ぬまでとは言わなくとも、いざ結婚式をどのように挙げるかという段階で、結婚する当事者、両家のご両親の間で、結婚式はこうするべき、こうしたいでもめたりします。

些細な問題ではあるのですが、そこで「好き!!」と言うだけでは片付かないこともある、と気づいたりしますが、それを乗り越える愛情や覚悟があれば問題ないのですが、それが砕けたり、心情的なしこり、不信感などが長く尾を引くことが多々あります。

そうか、相手には相手を育てた家族がいる、その人とも付き合っていくのだ、と実感します。

誰と付き合うかと言うのは、実は本当に難しいことで、誰と付き合うかが、その人の人生そのものになると、私は思います。

だからと言って、臆病になって門戸を狭め過ぎるのも、面白い人生から距離を置くことになってしまします。

しかし、どれくらい先まで読めるかは分かりませんが、自分の人生で、取り返しのつかない時間の過ごし方をするのも避けたいところです。

本田選手もいろいろ考えることもあるでしょうが、現在のチームで今までよりも良い結果を残し、望む環境でご活躍されることを祈っております。



好きです トルコ

トルコ人は日本人が大好きです。

17、18年ほど前の夏、トルコに20日、隣のギリシアに10日ほど行ったことがあります。

日本から宿を予約することなく行きましたが、トルコの人々はとても親切で、親日なので、いろいろなところで助けていただき、まったく困ることなく旅をすることができました。

事件となったカッパドキアももちろん行きました。涼しい洞窟で昼寝をしていたら、トルコ人に“こんなところで寝る日本人は見たことがない”と起こされてしまいました。

バスで旅をしましたが、バスに乗り遅れて半日ほど暇そうにカフェでボーっとしていると、見知らぬトルコ人が暇つぶしに付き合ってくれました。

2週間ほどトルコで過ごし、一旦ギリシアに移動してギリシアでもフラフラしておりましたが、公園で昼寝をしても起こされることもなく、なんかちょっとドライだなと思いました。

再度トルコのイスタンブールに戻ると、トルコ人がホテルまで荷物を持ってあげるよと言うので、ホテルは今から探すと言うと、一緒にホテルを探してくれました。

今は知りませんが、当時、トルコは日本の女性の観光客が多かったです。日本の女性はたいへんモテモテになるので、とても気分が良いそうです。私も、一人で旅をする日本の女性とよく話をしましたが、“私って、こんなにモテたっけ”とか“こんな良い気持ちになるのは初めて”とかという言葉をよく耳にしました。

相手が自分のことを好きだと、自然と相手のことも好きになってしまう。

恋愛は上手くいかないこともあるでしょうが、普通の人間関係であれば、やはり、好意をもっているかどうかは本当に大きいと思います。

このたびの事件で亡くなられた方、亡くなられた方のご遺族に心からお悔やみ申し上げます。

また、テレビに映る悲しいトルコ人の気持ちもとても分かります。

とても残念な事件です。



上手くまわし 容量を増やす

今年の7月から、税理士会の調査研究部に配属されました。税制改正の要望をまとめるのが主な業務ですが、それ以外に、税理士会の機関誌に乗せる税務記事などを書いたりという感じです。投稿は定期的に順番が回ってきますので、まあまあプレッシャーはあります。

会務は2年の任期ですが、現在の部門への配属の前は、研修部に2年、その前は支部の研修担当の副支部長と、ここ数年、会務もそこそこ忙しくしています。

支部の研修担当の副支部長の時は、毎月開催する研修のテーマと講師を探すことが主な業務でしたが、研修会場の場所の確保ができるのが2か月ほど先ぐらいと比較的日程的にタイトなので、講師探しは結構たいへんでした。

仕事も少々オーバーワーク気味ですし、年を重ねて体力も落ちてきているようにも感じますし、やはり本業の仕事が最優先なので、会務で本業が疎かになることは正直避けなければと思います。

一方、今回私の担当は、相続税・贈与税についての税制改正の検討です。昨今クローズアップされている税目、テーマなので、勉強をし直すタイミングとしては良いかなと、前向きに考えています。

自宅ではあまり仕事のことは考えたくありませんし、会計税務のことから離れたいので、仕事が終わった後に事務所で勉強をする日々です。

新しいことに慣れるまではちょっとたいへんですが、そのうち大体のことには慣れるものです。

上手くまわせるようになってこれば、今までの自分よりも、少なくとも要領もよくなり、容量も増えたと言うことです。

どうせ一度の人生なので、容量が増えることは喜ばしいことです。

しかし、この任期が済んだら、一度仕事に専念したいなと思います。





東京の土地の価格

土地の価格と言いましても、実際の売買価格もあれば、評価の価格といろいろです。

オリンピックが東京に決まり、建設関係の株だけでなく、不動産関係の株も上がっています。

これからの5、6年は東京都心の貴重な土地が、より貴重になることは間違いなく、実際の売買価格も上昇し、それに伴い、相続税評価額、公示価格なども上がっていくのでしょう。

1990年初頭のバブル崩壊があったように、いつかは下げ止まる、避けたいことですが、急激に暴落する時期が来るかもしれませんので、東京にお住みの方々、東京で商売をする方々は、それを考慮しておく必要があると思います。

需要と供給のバランスが一旦過熱すると、すごいことになります。

不足するもの、不足しそうなものの価格は必ず上がります。

バブルがはじける前後は、土地の相続税評価額が大きく上がり、下がりと、相続税でたいへんご苦労された方、時期がずれて助かった方、いろいろいらっしゃりました。

特に商業地に土地をお持ちの方、会社は、毎年土地の評価、株価の評価をしておくのが良いと思います。

ただ、カジノ構想などにもよりますが、オリンピックが終わる7年先、8年先のさらに先を見ておかないと、目先の相続対策、節税対策で思わぬ損をする方も出てくるような気がします。

東京オリンピックを楽しみにしつつ、東京の方は、自分の足元の土地も、しっかりと考えなければいけない7年になると思います。

相続税による税収が増えることになるでしょう。

名古屋は、名古屋駅周辺以外はあまり関係ないかなあ、とは思いつつも、経済成長率2%目標と東京オリンピック等々もあり、相続のことは継続してしっかりと考えることになりますね。

安心できるお金

先日、あるお客様から

「会社にどれぐらい現預金があれば良いですかね?」

と聞かれました。

その客様は、銀行からの借入はありますが、手持ちの現預金が大きいので実質無借金ですし、取引先の持株会等で所有する換金性の高い有価証券もたくさんあり、生命保険の解約返戻金もたくさんあります。

それらを説明した後

「保守的に現預金だけで考えるならば、借金を返済して、月次の運転資金の4、5か月分の現預金を貯めれたら完璧ではないですかね。銀行借り入れもこのまま順調に返済すれば、再来年の3月にはなくなりますし、理想的な財務内容に近づいていると思います。」

と申し上げました。

10年〜15年ほど前に「事業計画はフローの利益計画だけでなく、ストックの貸借対照表も理想像を追いましょう」という“未来貸借対照表”みたいなものが書籍が書店に多く並びました。

大賛成ですね。過去の流行りで終わらせるのではなく、目標とする貸借対照表は常に持ち続けるべきです。
また、“どうしてうちの会社はお金が残らないのか?”と疑問に思う社長は、自社のキャッシュフロー計算書を作って、現預金の増減の原因を知るべきです。

必要なお金と安心できるお金は異なります。

まず、自社に必要なお金はどれくらいかを考え、どれくらいお金が貯まれば安心できるか、無理のない営業戦略を採ることができるか、を継続して考えることが大切だと思うのであります。






祝!!東京開催 2020年までの道のり

土曜日の夜、NHKなどでオリンピック関係の番組が深夜をまたいで放送されていましたが、どうなるのかな?と気になりつつ、12時頃に寝てしましました。

日曜日、たまたま5時半ごろ目が覚め、“そうだそうだ、オリンピックどうなったかな?”と居間のテレビを観に行きましたところ、ちょうど開催地が決定した直後で、東京開催を喜ぶ招致関係者、一般市民の姿をみることができました。

マドリード、イスタンブールの方々はとても残念だと思います。特にイスタンブールは5回目の挑戦だったので、申し訳ない感じがします。

マドリード、イスタンブールの方々には申し訳ないですが、やはり、東京に決まり、素直に嬉しいです。

まず、スポーツをしている若者の目標ができること。柔道界などで体罰が問題になっています。普通であれば、短期間で体質を変えるのは難しいかもしれませんが、オリンピック開催は短期間で体質を変える良い機会になると思います。

また、東京都民の方々だけでなく、日本国民も嬉しいですよね。経済効果も言われますが、いろいろな意味で活性化すると思いますし、日本の良さをもう一度自覚し、また世界の方々に伝える良い機会になると思います。

平和の祭典のオリンピックで少し下世話な話しですが、できたら、為替は150円ぐらいで、世界の国々からたくさんの観光客に東京だけでなく日本のいろいろなところに来ていただきたいと思います。

7年後の2020年は、皆さんも7歳年を重ねているわけですが、日本はこれからの7年、多くの課題を克服して2020年を迎えることになります。

消費税、TPP、年金、原発、産業の空洞化、少子高齢化、憲法改正などなど。

どれもこれも重い内容ですが、どのように帳尻を合わせるか、課題をどのように克服するのか?という切り口でなく、どのようにしたら国民が今よりも幸せになれるか、国として強くなれるかという気持ちで臨むのが良いと思います。

ただし、痛みが伴わなわずに解決することは難しいので、国民は早めに甘い考えでこの課題は乗り越えられないという自覚を持つべきですし、政府も国民にそのように促すべきだと思います。

“いろいろたいへんだったけど、こうして2020年を楽しく迎えられたね”と7年後に日本の国民が思えるようになっていて欲しい、私もそんな気持ちで7年後の52歳を迎えれるように頑張りたいと思うのであります。










効果が出るのは

今年の5月に向けて株価が騰がっていった時、麻生大臣が「勝手に騰がっています。」とおっしゃっていましたが、本当にそうで、海外の投資家の誘導や、塩漬けにしていた個人投資家がちょっと動き出して、ドンドン騰がってしまったという感じではないでしょうか。

アベノミクスの効果ですが、いつ出るでしょうか。

20年以上前に勉強した経済学に記憶を辿ると、何らかの政策の効果が出るのは早くて半年、通常は1年から1年半はかかるという記憶です。

アベノミクスは期待大。ただし、巷で言われているように、「3本目の矢の具体性に欠ける」のでこの先どうなるのか?と先行き不安感がまだまだあります。

簡単に言えば、異次元の金融緩和をしてそのお金をどこに使うのか、を明確にして、使ったお金の効果が出ないと本物ではないということです。

それではどこに使うのか?ですが、もう、無駄には使えないので、まず、お金の使い先の選定が重要です。

例えば、グローバル化で斜陽産業となり、後継者育成も難しい産業にお金を突っ込んだら、延命のためにお金を使うことになります。厳しい言い方をすれば、そこにお金を突っ込んで、一時的に雇用を維持しても、成長戦略とは真逆のお金の使い方になってしまいます。

効率を求めるなら、韓国の経済政策の大企業中心政策が投資とリターンの関係で有効かもしれませんが、財閥を解体した日本には合わないと思います。


私たち民間人が決めれることではないので、安倍内閣を見守るしかありません。

私たちが今できること、会社でやるべきことは何かと考えたら、

・会社の財務を立て直すのかズルズル行くのかの決意

・どこにヒト・カネ・モノを突っ込んでいくか

・効果の測定

かと思います。規模の違い、公共と民間の性格の違いはありますが、やるべきことは国と一緒だと思います。

ただ、やはり、自国の意思のみではコントロールの難しい為替は頭が痛いところです。

私は、来年の夏ごろに何とか景気が良くなっていて欲しいと願っています。


異常か正常か

水曜日はもの凄い雨が降り、事務所の周りの多くの道路が水でつかりました。5時過ぎには雨がやんだのですが、水につかった道路を通ると車が止まってしますので、水でつかった道路を避ける車で事務所の近くの抜け道が夜まで渋滞しました。

名鉄、JRなども運転を見合わせたため、名古屋の郊外から名古屋の高校、大学に通う姪っ子も家に帰れず、一旦我が家に避難しました。名古屋の郊外に通う長男も、何とか親戚の助けを借りて10時ぐらいにようやく帰宅できました。

このあたりで大雨が降りますと、平成12年の東海大豪雨と比べて、「あの時はもっとすごかった。」とか「あと1時間ほど降り続いたら、東海大豪雨みたいになったかもね。」という会話になります。

12、13年前のことは、まだまだ人の記憶に残っており、行動する時の参考になっています。

夏の猛暑、最近の竜巻など、ここ数年、“異常気象”と言われますが、異常が続くと“正常”とは言いませんが、地球システム上、何らかの変化があり今の状況が続いているのだろうと思います。

何かが起こるには、やはりそれなりの原因がある。

会社でも、お客様に迷惑をかけるようなことが起こったり、社内の人間関係がぎくしゃくする事件が起こるような場合、異常な出来事なのか、起こるべくして起こったのかは、経営者として把握しなければいけません。

自然の場合は、正常化する異常現象を受け入れるしかないですが、人間社会のことはある程度コントロールできますので、異常現象が正常化する前に手を打ちたいものです。

オリンピック

2020年のオリンピック開催地の決定が明日に迫ってきました。

最近、いろいろなところで東京に決まったら経済効果はどれくらいか?という記事を見ますが、一時的な活性化だけでなく、日本のことをあらためて世界に発信できる機会と考えますと、東京に決まって欲しいと思います。

当たり前ですが、大きなイベントを行う時は、組織を活性化させないといけませんし、自然とモチベーションも上がります。定期的に開催されるイベントであれば、前回の開催担当者との引き継ぎだけでなく、参加する団体へのあいさつ回りなども必要で、イベントの成功に向けて何が必要か、大切かを一生懸命考えます。

前回の高度成長期の中で行われた東京オリンピックから50年ほど経つわけですが、いろいろな意味で日本が元気になるきっかけになって欲しいです。

私が高校生の時、オリンピック開催地を名古屋とソウルで争い、名古屋有利と言われながら(今思うと本当に有利だったのかどうか分かりませんが)、ソウルに負けてしまいました。

開催決定の場を生放送で観ておりましたので、名古屋人としてがっくりしたことを思い出します。

欧州、アジア、アフリカ、北米、南米のIOC委員の投票で決まるそうですが、今回は一時イスタンブールが有力と言われながらも、先日のNHKのニュースでは、マドリードと東京が横一線の状況、というようなことを言っておりました。

人が決めることですから、何があるか分かりません。

朗報を楽しみにします。



無事これ名馬

先週、中日ドラゴンズの山本マサ選手の来季の現役続行が報道されていました。また、岩瀬選手が9年連続30セーブを達成されました。

山本マサ選手はもう50歳手前です。

岩瀬選手は、ここ数年、「以前ほどの球威、キレがなくなった。」と言われながらも、抑えを任され、セーブ王もとられています。

シーズン中の調整、岩瀬選手に至っては、毎日の調整にとても気を遣われているそうですし、オフの調整もたいへん工夫されているそうです。

私は、仕事の関係でお二人のお顔を拝見したことがありますが、たまたまかもしれませんが、岩瀬選手はお酒の席でもお酒を飲まれていませんでした。

イチロー選手もそうですが、ストイックなのだろうと思います。

ご本人から聞いた話ではなく、勝手に自分が思うのは、そのような偉大な選手の方々は

・今、自分がやるべきことをやっている

という感覚なのではないかと思います。

話しは変わりますが、何代も続く老舗のお店、50年以上続く会社は、やるべきことをやっている会社なのかもしれません。

よく、現代は、先行き不透明、不安定と言われます。確かに時の流れ、技術の進化も速いですので、このような時代に生き残ることはたいへんです。

ただ、どのような時代でも、やるべきことをやらないと上手くいかない、生き残れないわけですので、会社経営者は、自分のやりたいことはプライベートでしっかりと楽しんで、会社の経営は、やはり会社としてやるべきことを続けるという姿勢が大切なのだろうと思います。

自分に誇りを持って生き残りたいものです。

名馬になる人は、今やるべきことを続けた人。

やるべきことをいつやるか

「今でしょ!」

ということですね。









地方のまち(街、町)と跡取りのいない会社

地方のまちに行きますと、シャッターの閉まった商店街が多いです。

当事務所のある大曽根商店街もシャッターが閉まった店が多く、「昔はとても人が多く、よく買い物に行ったものだが、最近はすっかりと寂しいですね。」といろいろな方がおっしゃってくれますが、この街で育った私としてもたいへん寂しく感じます。

最近年を取ったのか、“昭和のニオイ”を感じるとホッとするのですが、名古屋からご近所の瀬戸、多治見などの街に行きますと、懐かしい気持ちになる一方、多くの店のシャッターが閉まっており、切なさも感じます。

少子化が問題となっている日本ですが、私のような商売をしていると、何はともあれ、“跡取り”がいないことが会社のパワー不足の大きな原因になっているように思います。

私が20代、30代初めの頃、仕事の場や親戚が集まるプライベートの場で

「あなたのところは跡取りができて良かったですね。」

という言葉をいろいろなところで聞いても、その言葉の深い意味はあまりピンときていませんでした。

村おこし、町おこしだけでなく、会社の存続も、力強いリーダーの存在が欠かせません。

現経営者は、跡取りができればホットもしますし、今以上の良い会社にしようとモチベーションも上がるでしょう。

しかし、バトンタッチと言う作業は本当に骨の折れる仕事です。

また、現経営者も誰かにバトンタッチするためには、絶え間ない経営努力が必要です。

シャッター商店街の復活は、日本の社会情勢などを考えるととても難しいですし、そもそも跡取りがいなければ復活などはありません。

日本の活性化、まちの活性化、会社の活性化、家族の活性化、経済の活性化、人の絆の活性化どれもこれも、カギとなるモノ、カギとなる考えは一緒のような気がします。

私もあと10年以内には事務所のことに対して何らかの方向性を決めないといけない時が来ます。

それまでに何をして、何に備えるか、どのように力を落とさないようにするかなど、しっかりと考えなければいけないと思うのであります。








失われた聖櫃(アーク)

インディージョーンズの最初の作品の「レイダース 失われた聖櫃(アーク)」は私の大好きな映画です。

遥か昔の10代の頃、彼女とのデートで観に行った映画のことはそれはそれで鮮明に覚えていますが、「レイダース 失われた聖櫃(アーク)」を観た時は、“これが映画だよな!!”と思ったことを今でも覚えています。

ただ、10代の頃、ユダヤ教、キリスト教のことを世界史の授業で習うには習いましたが、「聖櫃(アーク)」とは何か?中に何が入っているか?どのような歴史なのか?など全く分かっていませんでした。

ひょっとすると、この映画がきっかけで旧約聖書、ユダヤ人、ユダヤ人の歴史に興味が湧いたのかもしれません。

あの映画を理解できる程度に旧約聖書、ユダヤの歴史を勉強した後で、再度あの映画を観ると、違った意味で興味深いです。

私も、聖櫃(アーク)はどこにあるのだろう?と、たくさんの不思議本を読んでいます。本当に実在するのか。日本の三種の神器と同じく、不思議な存在です。

実際、ナチスは聖櫃(アーク)を真剣に探していたとする書籍は多いですし、ナチスが神秘的な力を求めてチベット探索をしたというのも有名な話しです。ナチスのマークも深い意味があるのでしょう。


物事には、インスピレーションで本質を感じることができる場合もあると思いますが、そこそこの知識や経験をして初めて分かることも多いと思います。

会社経営も、たぶん、そこそこ経験しないと見えてこないのだろうと思います。経営に鉄則や王道はあると思いますが、自分に合う方法を見つけることは難しく、続けることも難しい。

聖櫃(アーク)を手に入れて自分の思う通りのことができたら、というのはドラえもんが欲しいのと似ているのかもしれません。

ただ、本当の宝物は自分の中にある。誰でも心の中に聖櫃(アーク)のような願いがかなう秘密兵器を持っている、自分の気持ちで何とでもなる、自分の気持ちが未来を切り開くのだと、最近よく思うのであります。






『風立ちぬ』 を観て

昨日、宮崎駿監督作品の『風立ちぬ』を末っ子(末っ子はいつものように野球の練習に出かけました)を除く家族で観に行きました。

私が、いろいろ悩み事、考え事をかかえていたこともあるのかもしれませんが、私の心の深いところまでザックリとメッセージが届いたような、そんな感じがしました。

まだ、頭の整理ができませんが、観終わった直後

・きれいな心で正直に生きていこう

・これからは汚い言葉を使わないようにしよう

・目の前の自分ができること、やるべきことを一所懸命やろう

・素敵な人と出会える人間にならなければ

という感覚になりました。

もう一度、二度ぐらいは観ないと、自分の頭がしっかりと整理できないと思います。

なぜ整理できないかと言えば、私の勝手な想像ですが、映画の中に表だっては表現されていないですが、多くの迷いや葛藤があるからです。その迷いや葛藤は、観た人それぞれの価値観で解釈されるのだろうと思います。

「ゼロ戦をつくった人の映画をやるなんて、戦争の反省がないのか」と、お隣の国では反感を買ったという記事をみましたが、私個人的には、宮崎駿さんの、戦争を深く反省し、戦争の中で一人の日本人として、一人の夢を追う男として、一人の女性を愛する男として、自分だったらこのように強く生きたいという心を感じました。

生きる力、本当に大切なことは何かを見失いがちな現代の日本に強烈なメッセージをくれたような、そんな感じがしました。

ただ、最初にも書きましたが、観る時にどのような心境か、それまでどのような経験をしたかなどにより、感じ方が大きく変わる、また、子供にはなかなか難しい映画だと思いました。

引退が発表された宮崎さんの最後の作品です。

10年後、また自分が死ぬ前にも観てみたい、そんな映画です。



半沢流 やられたら倍返し? 

復讐は映画やドラマで良く描かれます。

銀行を舞台にしたドラマが人気のようですが、機を逸してしまったのと、ここ10年ほどはなぜか重たい内容のドラマ
を観たいと思わないこともあり、ドラマを観ている方々から「途中からでも面白いですよ。」と言われましたが、観ておりません。

しかし、いろいろなところで「やられたら倍返し」というような言葉や、だいたいのストーリーが耳に入ってきます。

その都度、復讐の倍返しではなく、「倍返し」は感謝の気持ちでうれしさを倍返ししようよ、と心の中でつぶやいてしまいます。

私は、銀行勤めのできない甘ちゃん、いや、清らかな清流でしか生きられないきれいな心の魚ちゃんでいいのだ!!と心に決めて生きていこうと思うこの頃です。
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