まず、次のグラフを見てほしい。
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2011年の日本人1人あたりの総実労働時間は平均1728時間、英国(1625時間)、フランス(1476時間)、ドイツ(1413時間)、などに比べると長時間労働が依然続いている。オランダ(1379時間)に比べると、実に349時間もの大差となる。一方、2011年の日本の労働時間1時間あたりの生産性は41.6ドル。米国(60.2ドル)、フランス(57.7ドル)やドイツ(55.8ドル)に比べて、日本は生産性が著しく低い(数字はいずれもOECD調べ)。これは、長時間労働→疲労の蓄積→生産性の低下、という世間一般の常識にも適うものである。

長時間労働の原因は残業

ところで、この長時間労働の原因は何か。次の表を見てほしい。これは、勤労者の生活時間を比較したものである。
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か国の男性で比較すると、自宅をでる時間や出社時刻にはほとんど差がない。ところが、帰宅時刻になると2時間近い差が生じてしまう(法定労働時間は日本・アメリカは週40時間、フランスは35時間)。一番大きい差は残業時間であって、日本はアメリカやフランスの3倍近い残業を行っていることが窺える。年間休日数は次表の通りあまり差がないので(もっとも日本の年次有給休暇の18.3日は平均付与日数であって、実際の平均取得日数は9.0日)、わが国の長時間労働の主たる原因は残業にあると言っていいだろう。8435-3










残業を「評価」する誤った精神論

では、なぜわが国では残業が多いのか。わが国の労働慣行のほとんどが、実は、1940年体制とも呼ばれる戦後の高度成長期に確立されたものであることは前にも述べた

そして、このガラパゴス的な終身雇用―年功序列体制の下では、ともすれば軍隊的な上意下達システムが出来上がり、ひたすら部下の忠誠心が試されることになりやすい。いわば上司より先に帰ることが憚られるような空気が、自然に醸成されてしまうのである(いわゆる「つきあい残業」)。例えば会議から戻ってきた上司が、先に帰宅した部下に「あいつはどこへ行ったんだ?」と訝ったり、残っている部下に「遅くまでご苦労さん」と労ったりするだけで、その組織ではつきあい残業が「評価されてしまう」のである。こういった、遅くまで残っている社員をともすれば愛でてしまう誤った不毛の精神論の罪は、極めて深いものがある。加えて、現行の法体系の下では、法定労働時間を超えた残業には割り増し賃金が支払われるので、「つきあい残業」には、インセンティブもまた働くことになってしまう。これでは残業時間が長くなることは当然ではないか。そこには生産性の向上という視点の入り込む余地が、そもそもないのだ。

労働生産性の向上に焦点を当てよう

つきあい残業やダラダラ残業を撲滅するために、我々は何をすればいいのか。先ずは、経営者が、管理者に明確な指示を与えることである。労働の生産性向上が何よりも大切であって、残業は一切評価の対象にならないことをはっきりさせる。そして、社員の自主的な残業は原則禁止として、上司の業務命令がある時のみ残業を行うというルールを確立すべきであろう。

大八木帝人社長は、「育児中の女性は効率的に働く努力をする。そうした女性の働く姿は男性社員に様々な面で影響を与えている」(626日付日経新聞朝刊)と述べておられるが、全く同感である。ダラダラ働いてもいい仕事は出来ない。集中力を高めて効率的に働くことが、いい仕事に繋がるが、集中力はそれほどは持続しないので、その観点からも長時間労働には意味がないのである。有名なGoogle20%ルール(勤務時間の20%は、通常の職務を離れて自分のやりたいことに取り組んでよい)も、逆から見れば、社員の集中力や発想力を高める工夫の1つと見られないこともない。

 次に、中長期的には、裁量労働制の要件をもっと緩和して、労働時間ではなく労働生産性(成果や業績)のみが、評価の対象となる仕組みを官民あげて構築していくことであろう。

昔、スウェーデンの学者の労働生産性の向上についての講義を受けたことがあるが、彼は、「労働生産性の向上は社員の大脳の働きによってのみもたらされるものであって、大脳が生き生きと活動する要件は、①楽しくてワクワクすること、②M&Aのように全く異質の組織や風土に直面して、びっくりすること(刺激を受けること)、③短時間に集中して仕事に取り組むこと、の3つしかない」と喝破していた。今から20年以上も前の話である。

なお、論点が少し拡散するのでここでは触れなかったが、長時間労働が少子化や子育てにもマイナスの影響を与えていること(男性がなかなか帰れないので育児がすべて女性に皺寄せされてしまう)や、一部、文化の発展(例えば観劇や音楽鑑賞をカップルで楽しむ文化が育たない)を阻害していることも指摘しておきたい。まことに、長時間労働を愛でる不毛な精神論の罪は広くて深いのである。