111日のブログでは、保険の誕生について書いたが、今回は「生命」保険の誕生について、書きたいと思う。

今日の生命保険の母国は英国である。1661年にロンドン市民の年齢別の死亡率を調査した死亡表が公表され、1683年にはダブリン市の死亡表が発表された。1706年には、アミカブル・ソサエティ(世界初の長期間存続した生命保険会社)が生まれたが、数理的基礎に基づき平準保険料を採用した近代的な生命保険会社の誕生は1762年のエクイタブル社(オールド・エクイタブル、相互会社)まで待たねばならなかった。アクチュアリーであったジェームズ・ドドソンが事実上の創立者である。アダム・スミスの『富国論』に先立つこと14年であった(エクイタブル社にならって、フランスでは1787年に国営生命保険会社、ドイツでは1806年にドイツ生命保険銀行、米国では1809年にペンシルバニア生命保険年金会社がそれぞれ設立された)。 

1792年にはエクイタブル社のライバル、ウェストミンスター・ソサエティが登場した。世界初の生命保険株式会社である。1843年には、生命保険会社の営業経験に基づく死亡表である英国17会社表が発表された。17会社表は、後に日本の多くの生命保険会社が創業時に採用することになる。1848年にはアクチュアリー協会(英国)が設立され、1870年には生命保険会社法(英国)が制定されるに至った。福沢諭吉が『西洋旅案内』を刊行し、近代的な保険事業の考え方(3種類の災難請合:海上請合、火災請合、人の生涯請合)を初めてわが国に紹介したのは、1867年、明治維新の1年前のことであった。ただし、簡単な形では、林則徐の遺志を受けた『海国図志』に(生命保険が)「命担保」として紹介されており、1854年にはその和訳本が出版されていた。

次回は、生命保険の商品の種類について、書きたいと思う。