9999年12月31日

自己紹介

初めまして。私は小中高時代にいじめ犯罪被害を受けた過去があり、現在様々な児童支援活動をしています、HN暗器使いと申します。

このブログでは、自分が過去に受けた被害体験の具体的な内容や、社会や世間に感じている事など色々と本音を書き連ねてあります。

元々ブログは、自己整理&愚痴の掃き溜め目的で作った為、全体的に重苦しい内容が多く、そのせいで、絶望的に生きていると誤解されがちですが、実際は現実主義思考で、過去に囚われずしっかり前を向いて生きております(σ_σ)人(σ、σ)


※ツイッターを始めました。ブログはほとんど更新しないので、交流はこちらからお願い致します→ http://twitter.com/Ankitsukai


※2009年7月25日(土)、『本音で語ろう!生きやすさって何??』と言う、生きやすさをテーマにしたイベントを新宿ロフトプラスワンで開催しました!!

作家の雨宮処凛さん、こわれ者の祭典メンバーの月乃光司さん&成宮アイコさんに出演して頂き、どうしたら生き辛さを解消し、生きやすくなれるかを話し合いました。

建設的に本音で生きる希望を模索するこのイベント、また第二回も開催してみたいです。


※2007年から『いじめと犯罪は深刻な問題!!』と言うシンポジウムを、過去に三回開催させて頂きました。

パネリストとして、作家の雨宮処凛さん、ノンフィクションライターの藤井誠二さん、明治大学准教授の内藤朝雄さん、
「性犯罪被害にあうということ」の著者である小林美佳さん、いじめ自殺事件で亡くなられた大河内清輝さんの父親・大河内祥晴さんなど、多方面の方々に出演して頂きました。

イベントは基本一人で切り盛りしてるので、あまり開催できないですが、『理不尽な犯罪虐待暴力をなくしたい』と言う切実な気持ちを軸に、今後も地道に活動していきます。


※活動していると色々誤解を受ける事があるのですが、活動は完全に自腹&個人主催で行っていて、営利目的でも何かの勧誘目的でもないので、理解してもらえたら助かります。

また、私は一切の宗教やその他特定の団体に関わりないですし、どちらかと言えばそう言ったモノに嫌悪感を抱いている側なので、ご理解を頂けたら幸いです。

イベントを開催する理由は、私自身が理不尽な暴行を受け続けた過去があり、あくまでも『犯罪被害当事者の一人』として、問題の深刻さを訴えていきたいと考えているからです。

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2011年11月16日

子ども達主体の本音討論会

●よく『子ども達主体の本音討論会』を開くのですが、これがかなり面白い。討論を繰り返す事で、子ども達は良い意味で逞しくなっていきます。
具体的には、「イヤな事はイヤ!」と言えるようになり、自分で考えて判断する力が身に付き、自分の感情を言葉にして表現できるようになったり…個人差はあれど、討論の中で確実に子ども達は成長していきます。

●「小学生に本格的なディベートなんてできるの?」と聞かれる事がありますが、要は習慣の問題で、一回二回で終わらさず定期的に繰り返してれば、小学生でも充分に深い討論をする事が可能です。
今まで多種多様なテーマで討論してきましたが、全て『問題なく話し合えてます』し、むしろ討論に慣れてくると、小学生の方が深い議論を交わせる印象すらあります。

●この『子ども達主体の本音討論会』について、「進行上で気を付けてる点は?」、「具体的に今までどんなテーマで議論してきたの?」など色々質問される事があるのですが、結構興味ある方もいるかと思うので、今回少し書きまとめてみます。興味ある方は参考に読んでみて下さいませ。

●今まで討論会で扱った具体的なテーマの一部を紹介しますと、『恋愛って何?』、『セックス』、『デートDV』、『流行に染まる事の危うさ』、『親との関係』、『いじめ』、『セクハラの境界線』、『多種多様な性』、『携帯のメリットデメリット』、『犯罪被害』、『格差社会』、『働く事』、『差別感情』、『児童ポルノ規制法』、『学校に行く必要あるのか?』、『空気を読むと言う事』、『なぜ勉強するのか?』、『大人に価値観を押し付けられるのがウザい』、『自分らしく自由に生きる事』…など色々です。
大抵は子ども達から「××と言うテーマでみんなで話してみたいのだけど」と提案を受け、それを議題にします。

●進行上で特に注意するのは、個人攻撃&個人同士の喧嘩にならないようにする事です。また、どうしても数人の発言力のある子達が主導権を握ってしまいがちなので、話が一方的にならないようその辺りは気を配ります。
実りある話し合いにする為に、事前の打ち合わせは念入りに行い、特にその議題を提案した子とは事前に細かく細かく話します。

●討論中は私はなるべくまとめ役に徹し、余計な発言はしないようにしています。子ども達と対等に話せる関係作りはしていますが、何だかんだ言っても私は大人なので…どうしたって発言力ありますから。
もちろん一参加者として発言する事もあるし、討論が行き詰まった時に助け舟を出したりはしますが、結論は子ども達自身が見つけるものなので、私はみんなが納得するまで見守ります。

●一番気を使うのは、実は進行中より討論前後だったりします。「ディープに討論し合ったのは良いけど、その後××さんと××さんが仲が悪くなりました」…とかなっては元も子もないので、討論後に子ども達がしこりを残さないようフォローしたり、普段からざっくばらんに話せる環境作りを大切にしています。

●良い討論会をするには、突き詰めたら『子ども達との信頼関係』が何より大切な気がします。
そもそも私と言う人間を信用してもらえなければ、討論会自体が成立しなくなるし、信頼関係は一朝一夕で築けるものではないので、普段から子ども達と丁寧に向き合い、私と言う人間を心から信頼してもらえるよう努めています。

●余談ですが、よくツイッターとかミクシィ上で、自分の意にそぐわない意見をした相手にいきなり議論をふっかけ、揚げ足取りや個人批判を繰り返してる残念な方がいますが、学童の子達は、討論会で揚げ足取りだの個人を中傷だのくだらない事は誰一人しません…本当に意味のある討論とは、相手を尊重する事だと知っているからです。

●「議論って、お互い相手を肯定し合う気持ちがないと成立しないんだよね。人に意見したい時はまず自分が相手を肯定しないとダメ」…これ、小6女子が言ってた事ですが、本当にその通りで私も見習いたいと感じてます。
揚げ足取り、喧嘩腰、反論を前提とした姿勢では、良い話し合いなど生まれないです。

●小学生の内からもっと色々考える機会を作った方が良いと感じます。働く事、恋愛やセックス、犯罪被害の問題、人間関係、なぜ勉強をするのか?、何が正しくて何が間違いなのか?…子ども達は、きちんと自分の頭で考え、自分なりの結論を導き出せる力を持っているし、何より『考える』って凄く大切と思うのです。

●子ども達には色々な事に疑問を抱いて欲しいし、自分で考え臨機応変に対応する力を身に付けて欲しいです。
仕事も、恋愛も、生きる事そのものも、ただ周りに流されていれば幸せになる…ってわけではないので、子ども達が自分らしくハッピーな人生を生きていけるように、できる範囲でサポートしていきたいです。

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2011年11月10日

学童保育の可能性

●今日は学童保育の話。突然ですが、学童保育所ってかなり未知なる可能性を秘めた児童施設だと感じます。
もちろん、児童を安全に預かる事が学童の基本業務ですし、ウチも百人規模で預かってるので、毎日ただ面倒見るだけでヘロヘロになったりもしますが、実際に指導員として長く働いてみて、例えば『子ども達の自由な学びの場』とか、『不登校の子ども達の居場所』とか、様々な方向で開拓していけると言う確信があります。

●「そもそも学童保育って何?」と言う質問をよくされるのですが、主に小学生を対象に、放課後とか、夏休みなど学校が休みの日に子ども達を預かる、簡単に言えば『子ども達の居場所』の事です。
今は共働き家庭や片親家庭も増えていて、それに伴い学童の需要も年々もの凄く高まってるのに、新聞メディアにあまり取り上げられないのは残念です。

●ホント、学童って今もまだまだ発展途上にあります。例えば普段子ども達は何をして過ごすか?…どんな企画&イベントをするのか?…その学童保育所によって実はかなり違っていて、それって言い換えれば『非常に自由度が高く、子ども達の新たな学びの場&居場所としての可能性を秘めている』と言えるわけです。

●私も『日々挑戦!』って感じで、子ども達と相談しながら色々と挑戦しています。
例えば「納豆ってどう作るんだろう?」と言った子がいれば、子ども達と一から調べて作ってみたり、子ども達自身が気になってるテーマを議題に子ども達主体の討論会を開催したり、基礎からダンスを学んでついには本格的なダンス発表会を開催したり、多種多様に挑戦しています。

●実際、学童だからこそ子ども達と色々やれていると思います。学童は学校と違って、特定のカリキュラムをこなさなければならないわけでもないし、何より私も子ども達を『評価』する立場ではないので、例えば、子ども達主体の討論会一つやるにしても、子ども達が本当に話したいテーマを取り上げて、みんなが納得いくまでトコトン自由に話し合う事ができるわけです。

●先ほども少し触れましたが、学童保育所って、不登校の子達の居場所にできると確信しています。
実際ウチの学童にも不登校の子も数人いて、つまり『学校には行ってないけど学童には来てくれてる』って事ですが、学校側とはきちんと話し合って了解済みですし、学校行ってる子も行ってない子も特に支障なく仲良くしてます。

●もちろん、学童保育とフリースクールは違います。学童はあくまで『小学生の預かり保育』なので、フリースクールのように不登校専門の受け入れ業務ではない以上、色々限界もあります…が、それでも、不登校の子達も自分らしく過ごせる居場所が身近にあるって、大切な事と思うのです。

●ぶっちゃけ、近場に通っててくれた方が保護者も安心と思います。フリースクールに通うとなれば、その料金や交通費がかかる上、そもそもフリースクールの数自体が少ないので、住んでる場所によっては遠方から通うしかないですが、学童保育であれば、近場ですし、金銭的にもほとんど負担なく済みますから。

●実際、知り合いのフリースクール出身の人の中には、千葉〜東京間などかなり遠くからフリースクールに通い続けてたって方も結構いるのですが、そこそこ経済的に余裕ある家庭ならそれも可能ですが、経済的に全く余力のない家の子は物理的に不可能です。
そう言った意味でも、学童保育所が不登校の居場所の一つとして、もっと浸透したら良いのにと考えています。

●口でウダウダ言って何もしないのはイヤなので、実際に自分の学童で不登校を受け入れてみてるわけですが、全く運営&子ども達の日常生活に支障ないですし、学校や保護者や近所の誰からもクレームがくる事も一切なく、ごく普通に学童保育所として機能してます。

●学童を完全にフリースクール化するのは難しいですが、学童で不登校を受け入れる事は確実にできますし、そして、もし日本中の学童が不登校も『自然に』受け入れたら、不登校の子ども達の居場所は広がります。

●話をまとめると、子ども達の居場所って、『大人の小さな工夫で実は簡単に作っていける』って事です。
そして、学童保育は『子ども達の居場所』…そして『子ども達の自由な探求&学びの場』として、一つの大きな可能性を秘めてると確信しています。

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2011年10月20日

性犯罪被害こぼれ話

●レイプ被害って話しても信用してもらえない事もありますが、中でも『容姿が良くない被害者』の場合、特に信用されない傾向が強く、実際私がお会いした性被害者の中に、強姦された事を友人に相談したら、容姿を理由に深刻に受け取ってもらえなかった上に、中には酷い中傷を言われた人もいて、これってなかなか表立った問題にはならないですが、実は相当根深く深刻な問題ではないかと感じます。

●「レイプ=容姿端麗な女性がされるもの」と先入観を持ってる人って案外いますが、当たり前ですが実際は年齢・性別・容姿に関係なく被害者はいます。
先入観によって、例えば「(美人でない)あなたがレイプされたなんて嘘に決まってる」、「(美人でない)あなたがレイプされたのは喜ばしい事」など差別に繋がってる事もあるし、変な先入観を持つのは危ういと感じます。

●具体例なのですが、私がお会いした性被害者の中に、「私みたいなデブでブスが話しても絶対信用してもらえないと思いますが…」と、極端に申し訳なさげに被害を話す方がいました。
詳しく話を聞いたら、どうやら友人達に性被害を相談したら、ウソ扱いされた挙げ句「初体験済ませれて良かったじゃん」…と、とんでもなく酷い事を言われ、強い罪悪感を抱いてしまったらしくて。

●自らの被害者性に引け目を感じてる性被害者って結構いますが、話を聞いてて苦しくなります。
特に、周囲の人達からの心無い言葉の暴力によって二次被害的に傷つき、「自分なんかがレイプ被害を訴えても周りは深刻には受け取ってくれない」と諦めの気持ちに至ってしまうのは、凄く悔しいし残念な事です。

●そう言えば、前に性被害を考えるイベントを開催した時、小林美佳さんに出てもらったのですが、壇上で被害体験を語った後に「別に処女だったわけでもなし…気にするなと言われればそれまでなのだけど」と、自ら付け加えてたのは印象的でした。
こう言う被害者の引け目って、横で聞いてるだけで胃が締め付けられます。

●当然ですが…美人だろうがそうでなかろうが、性経験あろうがなかろうが、金持ちだろうが貧乏だろうが、女だろうが男だろうが、誰でも強姦されれば強姦被害者である事に変わりないです。
超当然ですが…犯罪虐待暴力は、年齢・性別・人種・職業・容姿その他一切関係なく誰に対しても決して許されない行為です。

●しかし、性暴力には様々な偏見が存在しています。「男性が性被害に合うわけがない」「性暴力は若くて容姿端麗な女性がされるもの」「イケメンで社交的でモテる男が女性に乱暴する筈がない」…近年ようやく減ってきたとは言え、まだまだ偏見は根強くあるので、『それは違います』と地道に伝えていく必要あります。

●いわゆるセカンドレイプと呼ばれる発言も色々ありますね。女性の強姦被害者は「貴女から誘ったのでは?」「男の部屋に上がった貴女も悪い」「本当に嫌なら逃げられたのでは?」と責められたり、過去の恋愛経験を持ち出されふしだら扱いされるなど、まだまだ二次被害が根強くあるのが現状です。
…ちなみに男性の強姦被害者は、話しても深刻に扱われなかったり、相手にすらされないのが基本です(苦笑)

●被害者への心無い暴言や間違った偏見って、『思考停止』から生まれてると感じます。性犯罪に限らないですが、何が本当に正しいか自分で考えようとしない、自分自身の問題として考えようとしない…そう言う思考停止した状態から差別や偏見は生まれていて、そう言う人達って恐らく何も考えず心無い暴言を友人周囲にぶつけてて、だからこそタチが悪く、怖い事だなと感じます

●余談ですが、「社会は性犯罪被害者を守ってくれない」と言う意見を聞きますが、これは性被害者に限った話ではなく、例えば暴行傷害事件その他…様々な犯罪被害者にも全く同じ事が言えるのですよね。
性被害者限定で守る社会を目指すのではなく、犯罪被害者全体を守ろうとする社会を目指した方が、良い社会になる気がします。

●悪い所を上げてしまいましたが、少しずつ性被害者に理解ある社会には変わってきてると感じます。
例えば警察も検察も、今は性犯罪の被害者には気を使ってくれますし、ここ数年新聞やメディアも性犯罪の実態を大きく取り扱うようになってきてますし、当事者でない方でも性犯罪の事を『きちんと知ろう』としてくれる人達も大勢いますし、少しずつですが…確実に、性犯罪被害者に優しい社会に向かっています。

●もちろんまだまだ不十分です。加害者に刑罰が甘かったり、被害者支援も足りてなかったり、今回取り上げたように被害者に心無い言葉の暴力を浴びせる人もいたり、被害者に偏見を持ってる人もいたり、まだまだ完璧とは言えないし発展途上です。

●ただ、良くなってきてる所は素直に評価した方が良いかなと思いますし、改善すべき所は『一人一人が声を上げて具体的に行動して変えていけば良い』わけで、地道に動いていけば、確実に、今よりもっと被害者に理解ある社会になっていくと感じます。

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2011年08月11日

自由と不自由

●先週末、高学年児童と夏合宿してきました!!その合宿の中で、『児童ポルノ規制法』と『自分らしく自由に生きる事』を議題に、それぞれ子ども達主体の本音討論会をしたのですが、どちらも非常に良かったので、書ける範囲で報告してみます。

●とりあえず今回は、『自分らしく自由に生きる事』の方を報告します。2時間ほど話し合ったのですが、難しいテーマにも関わらず、話がおかしな方向にブレる事もなく議論が進み、そして各々自分達なりの答えを導き出してて、私も子ども達の話を聞いてて沢山の事を学ばされました。

●まず最初に、各々が考えてる『自分らしく自由に生きる』のイメージを照らし合わせる事から始めたのですが、言い方は違えど多くの児童に共通してたのが、「自分の好きな事やりたい事をやって、やりたくない事はやらずに生きる」と言うもので、非常に分かりやすかったので、これを軸に議論を深めてく事にしました。

●意見を交わし合う内に、『社会生活(仕事)』の話に派生したのですが、一人の児童が「働く事に漠然と不安感がある。大人になってもニートとか引きこもりの人もいるし、もし自分もそうなったら…と考えて怖くなった事がある」と発言してくれて、賛同意見も反対意見も出て私も改めて考えさせられました。

●それに対して、「でも自分の食い扶持くらい自分で稼ぐのが当然では?」、「仕事は色々あるんだし、誰でも一つくらい自分に合う仕事が見つかるよ」と返した子達がいて、それに対して「そもそも働きたくない人はどうしたら良いんだよ?働く事に辛さがある人は、何か仕事をしなきゃいけないって時点で、凄い不自由さを抱えて生きなきゃならない」と言う意見が出て印象的でした。

●「それ単なるワガママじゃん」と言う鋭い指摘もありましたが、別の子が「確かにワガママだけど…辛いものを楽しめって難しくないか?」と言う逆の疑問を提示してて、確かに職業の問題以前に働く事にストレスを抱える大人達も世の中にいますし、凄く重要な話をしてる感じがしました。

●また、恋愛の話も出たのですが、「恋愛しなければいけないとか、彼氏がいなければ駄目とか、テレビや流行に押し付けられてる感じが不自由」と発言した子がいて、特に女子を中心に共感の声が飛んでました。
中でも印象的だったのは、「あたしは恋愛も結婚もしたいしするよ。でもそれを社会や誰かに押し付けられるのはウザイ」←…何だか凄く共感できます。

●「お金がある家に生まれた人の方が自由に生きやすい」と言う意見も出て、これも一理あると感じました。
裕福な家庭に生まれたからと言って、必ずしも幸せな人生が送れるって事もないですし、裕福だから故に他力本願だったり、精神的な弱さを抱えてる人もいるので何とも難しいですが、確かに金が人並み以上にある家庭に生まれた人の方が、貧乏な家庭に生まれた人より物理的に選択の幅が広いし、何かと有利なのは事実です。

●結局、理想論や優しさだけでは生きられないので、シビアな目線は必要…かと言って現実論や厳しさばかりでは、せっかくの一度きりの人生が辛くなってしまいます。
現実論と理想論、厳しさと優しさ、自分らしく生きる事と社会や他人と協調する事…両方大切で、そのバランスの中に自由があると感じました。

●とりあえず、子ども達の中でも、『自分らしく自由に生きる=社会生活や既存の一般価値観とどう折り合いを付けて好きなように生きてくか?』、『不自由さからの脱却=マスコミや世間や流行に価値観を押し付けられるので、いかに自分自身をしっかり保ちつつ世間と共存してくか?』…と言うのが漠然とある様子です。

●もちろん、今回一度ディベートしただけで子ども達のもやもやが解消されたとは言えないし、今回話した事で新たな疑問が生まれた子もいるので、その辺りは随時サポートしていきますが、自由についてみんなで丁寧に意見を交わし合えた事は、深い意味があったと感じます。

●…と言うわけで、先日の合宿の中でおこなった『自分らしく自由に生きる事』をテーマにした子ども達主体の討論会の簡易報告でしたが、子ども達とは今までにも散々ディープな話し合いを重ねてきたので、さすがにみんな討論慣れしてて、今回みたいな難しい議論も自分達で上手く昇華してて、何か頼もしさすら感じます。

●少し補足しますと、この『自分らしく自由に生きる事』は、子ども達が自分らで話し合って決めた議題でしたが、やはり本人達で決めたテーマだから、自然に話が盛り上がるんですよね。
子ども達自身が今現在もやもやしてる問題を、人前できちんと言葉にして話し合うって、凄く大切な作業だと私は感じてます。

●「小学生にディベートができるの?」と聞かれる事がありますが、日本の小学生は単にディベートの習慣がないだけで、実は全然こなせるのですよね。
今まで『親との関わり方』とか『セックス』とか『携帯電話のメリットデメリット』など、子ども達が提案した様々な議題で討論会やってきましたが、性の話など超ディープな議題でも、『本音でディベートをおこなえる土台』さえきちんとしてれば、問題なくこなせます。

●子ども達には、少しでも納得した人生を歩んで欲しいし、自分で生きてく力を身に付けてもらいたいです。
自分はどう生きたいか?納得するまで考え、選択し、行動し、結果の責任を自分で果たす…言葉で言うように簡単にはいかないですが、自分で納得して選んだ人生なら、心から笑って過ごせますから。


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2011年06月21日

性被害について色々

●これが新聞掲載された当時、ネット掲示板で誹謗中傷されまくるわ、ブログに連日中傷の書き込みがあるわ、散々な目に合いました。昔から性被害を話しても深刻に扱われなかったりネタ扱いされる事はあり慣れてましたが、この時は久々に本気で悲しくなりました。
http://t.co/1Zop0ph

●2ちゃんねるも、ツイッターもそうですが、個人の誹謗中傷は本当に止めて欲しい…特に悪い噂を事実のように書くのは悪質。中傷する側は面白半分でも、中傷された方は傷つくし、信頼を失わされる事もあるし、何より一度書き込めばずっと他人の目に触れる可能性があり、その辺り考えて書き込んで欲しいです。

●性犯罪被害者=女性と言う基本軸がありますが、確かに被害者の大半は女性で、加害者の大半が男性ですが、実はあまり知られてないだけで、男性の性被害者も確実に存在しています。
男性間の性暴力もあれば女性→男性の性暴力もあり、性被害者は老若男女いて、結構人知れず苦しんでいたりするのですよね。

●私が今まで直接お会いした事のある強姦被害者は男性5名女性34人の計39人いて、その内38人が被害届を出してなく訴訟も起こしてません。
また、私自身も被害者ですが同様です。子ども時代に被害を受けた方もいれば、大人になっての被害もいてばらばらですが、データ上に出てこない被害者が大勢いると言う実感はあります。

●性被害って、話しても信じてもらえない事があるんですよね。特に男性被害者は、信用されない&真面目に受け取られないってのはよくある話で。私みたいなヘラヘラしてる奴は別として、信用されない事で深刻に悩む被害者もいるので、もし皆さんが何かで性被害者の話を聞く機会あれば、まずは信用して耳を傾けてもらえたら嬉しいです。

●性被害を告白すると色々と誤解を受けやすい。個人的に困るのが、性被害者ってだけで腫れ物のように扱われたり、心の病や性依存症を患っていると決め付けられる事で、もちろん偏見や先入観を持つ人ばかりではないけど、変な誤解を与えてギクシャクするのも面倒なので、被害体験は隠すようにしています。

●性被害の話を周りに隠して生活してる事について、「なぜ隠すの?」と聞かれた事もありますが、そりゃ言えないですよ。被害体験を話しても、信じてもらえない事もあれば、極端な哀れみを持たれたり、軽蔑され距離を置かれる事も。
もちろん特に信頼関係がある相手には個人的に話す事もありますが、日常生活に支障が出るリスクを冒してまで、安易に告白できないですって(苦笑)

●性被害を語ってよく聞かれる質問の一つが、「男性からレイプされた少年は、自分は同性愛者になってしまうのではないかと不安感を持つと聞きますが、その葛藤はありますか?」
私の場合、被害当時はどう受け止めて良いか分からない苦しみは確かにありましたが、「自分がゲイになる」と言う葛藤は全くなかったんですよね。

●「男性から性被害受けたのに何でゲイになる不安がないの?」、「本当はゲイだけど自分で認めたくないだけでは?」と勘ぐられた事があり、これが結構厄介です。
私は同性愛ではないのに、同性愛である事を強制されてる感じがして、『男性間の性被害者=ゲイ』って決め付けられる事が逆に苦しかったりします。

●性被害者に対して「あなたにも隙があったのでは?」「嫌なら何で逃げなかったの?」など二次被害的な質問する人が稀にいますが、暴力的な相手から逃げるって超困難ですよ?そもそも、隙のない人間なんて存在するのかな…?そう言う事言う人がいると、被害者は余計に被害を訴え難くなくなるから控えて欲しいです。

●性被害体験を語ると、「加害者を裁判で訴える気ないの?」、「話が事実なら訴えないのはおかしい」と言われる事がありますが、裁判裁判って簡単に言いますが、お金も時間も凄く掛かるし、仕事や私生活に悪影響が出るし、精神的な負担は半端ないし、その辺りを考えてから言って欲しいと切実に感じます。

●過去の被害体験を話すと、それだけで「不幸で暗い人生を生きてる」…と固定概念を持たれる事があり、不幸だと決め付けられる事が大きな苦しみに感じる事があります。
別に暴力を受けて育ったからと言って、暗い人生を生きてるわけではないんですけどね…人生謳歌してるサバイバーがいても良いと思うのですが。

●「性被害者は××になる傾向がある」と言うのを断定的に捉えるのは、良くないと思います。
同じような性虐待性被害を受けた人でも、百人いれば百通りの性格やその後の人生があって、例えば心の病を発症する人もいれば発症しない人もいるし、「被害者は××」は必ずしもイコールになるものではないです。

●「人より辛い経験をしてきた分誰より幸せになって」と言われる事があるのですが、「誰より幸せに〜」なんて極端な考えでは、心に無理が生じてむしろ幸せになれない気がします。
酷い体験をしたからと言って、別に特別な人生の成功者になる必要はないし、フツーに自分らしく幸せなら、それで良いのではないでしょうか?

●性被害者って、どう言う被害を受けたか…ではなく、「その後どれだけ苦しみ不幸に生きているか」で被害の程度を判断されがちなので、私みたいなのほほんサバイバーは少し肩身が狭いです。
笑って楽しく生きてて、性に肯定的で、病んでなくて、前向き思考な被害者がいても良いじゃないか!!

●多少厳しい言い方ですが、どんなにどん底からのスタートだろうが、その後幸せになれるかどうかは自分次第と感じます。
例え親の愛がなく育っても、虐待やいじめや犯罪被害を受けた事があっても、貧乏な家庭に生まれても、本人が自分を諦めさえしなければ、いくらでも未来に可能性はあると本気で実感しています。

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2011年04月20日

明日にとどく

●超久しぶりの日記更新です。こちらは普段通り忙しくのんびり過ごしてますが、皆さんは元気でしょうか??
頻繁する余震とか原発とか、色々大変な状況ですが、私が不安になっても仕方ないし、余裕がないといざホントにヤバくなった時に大切な人達を守れなくなるので、とりあえずいつも通り生活する事にしてます(笑)

●いじめ被害と性被害に関する事で、昨年、読売新聞さんから取材を受けていたのですが、この度、その記事が掲載される本の販売日が決まりました。
題名は『性暴力』、発売日は4月25日、中央公論新社から発売されます。男女様々な性被害の実態を丁寧に書かれてるので、関心ある方は読んでみて下さいませ。

●余談ですが、その書籍の一連の内容が、関西の報道に贈られる「坂田記念ジャーナリズム賞」なる賞の特別賞を受賞したらしいです。
正直、私にはその賞の価値すら分からないです…が、書籍が認められる事で、より多くの人に性被害の実態が伝わり、結果的に性暴力が減る事に繋がってくれたら良いなと感じています。

●二十日くらい前の話になりますが、ラフォーレ原宿で開催されてたチャリティーフリマに行って来ました!!
松雪泰子さん、MINMIさん、MEGUMIさん、若旦那さんなど著名人をお見かけ。フリマの売り上げは、全て被災地に寄付されるとの事で、買い物を楽しみつつ、微力ながら被災地に貢献もできて良かったです。

●こう言った企画は、何かしら継続的にあると良いなあと感じます。今回のフリマにしても、著名人が直接販売してたり、オシャレなアイテムが安く売られてて、そんでもって売上の全てが被災地の復興に使われると言うのだから、『楽しみながら貢献できる』と、みんなが得をする二重三重にステキな企画で、こう言う企画なら、積極的に参加できるんですけどね。

●震災当日、関東都心もかなり大変な状況でしたが、人から聞いた中でいくつか耳を疑った事がありました。
その一つが『融通の利かない学校の先生たち』の存在。どー考えても大変な時なのに、携帯を取り上げたまま返さなかった高校教諭の話を聞いた時は…唖然としました。

●何の仕事でもそうですが、非常事態でも融通のきかない人って、確かに存在して、そう言うのって嫌だなあと感じます。
何でもかんでもマニュアル通り対応したら良いってわけじゃないし、特に不測の事態の際は、より柔軟な判断が必要な気がします。

●震災に関する事で、個人的に気になってるのですが、被災した児童の中には、例えば不登校してた子もいれば、中には酷いいじめを受けてたり、親から虐待されてた子も当然いたと思います。
被災地ではそう言った個々の事情に関係なく、共同生活を余儀なくされていたりするわけで、元々辛い環境にあった子達はどうしてるのでしょうか??

●また、同じような疑問ですが、被災者の中には、重度の障害を抱える人も当然いると思いますが、そう言った人達はどうしてるのでしょうか??
例えば私の兄は、生まれつきの障害者で、言葉が全く通じない&話せず、一晩中奇声を発してあちこち走り回ったりする事も日常的で、つまり他人との共同生活は不可能ですが、そう言った被災者はどうしてるのでしょう??

●報道では「被災地の人達〜」と一括りにして伝えていますが、元々環境も考え方も十人十色違ってて、震災とは関係なく色々な問題を抱えていた人達もいて、もちろんそれって当たり前なのですが、報道では全く見えてこないデリケートな部分なので、だからこそ妙に気になってしまいます。

●そう言えば、震災とは全く関係ないですが、京大の入試のカンニングで逮捕された男性って、その後どうなったのでしょうかね??
…こんな事言ったら何ですが、もしあの事件が震災後に起きたとしたら、そもそも京大は被害届を出してない気がするし、仮に同じように逮捕されてたとしても、そんな大々的には報道されなかったでしょうから、事態はすぐ沈静化してた気がします。

●別に加害者を擁護する気はないのですが、あれだけ大々的にマスコミに取り上げられてしまったのは、「あの頃他に大きな事件がなかったからではないか??」と感じてて、結局、社会的に大問題になるか否かは、『タイミング』の問題が大きくて、つまり…カンニング事件があった時は、震災前で、ある種平和だったから、だから連日トップニュースになり、逮捕され、逮捕されてからもマスコミに付きまとわれてしまってた気がするんです。

●震災後は、ニュースがとにかく災害関連のみだった日が長く続きましたが、普段起きてるような犯罪事件も全国各地で起きてるんですよね。
全く報道されなかったから、一見すると災害&災害から誘発した犯罪以外は起きてないように見えますが、報道されないだけで、理不尽な犯罪被害に苦しんでる人達も確実にいる事は察したいです。

●…と、全体的にマスコミを責めてる風に受け取られそうな書き方をしてしまいましたが、マスコミの人達も大変だと察してます。
未曾有の大震災が起きて、ベテラン記者すらどうしたら良いやらテンパってる様子すらありましたし、下手な事を言えば民衆に叩かれる…しかし、報道し続けなければならない、苦しい中で真実を追求し続けるって、とても難しい事だと思うし、記者達にも敬意を払いたいと感じています。


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2011年03月15日

生・存・報・告!!

●皆さまこんばんは、そしてお疲れさま。未曾有の震災に見舞われていますが、皆さまは大丈夫ですか??
こちらは都心なので地震が直撃したわけではないですが、子ども達の事で色々てんやわんやな日々です。

●こちらは昨日も今日も学校が午前中までで、普段と違う様子に加えて、未だに続く余震、連日の報道の影響で落ち着かない子達もいますが、私が一緒になってソワソワしても仕方ないので…とりあえず、普段通り接せたらと対応しています。

●地震当日の金曜は、親御さんが帰宅困難で迎えに来れない児童達と、急遽お泊まり保育でした。
突然の大地震にびっくりしましたが…おかげ様で、こちらは全ての児童生徒に怪我はなく、土曜の午前中に全児童を無事に親御さんに引き渡す事ができたので、ホッと一安心な気持ちです。

●子ども達と親御さん方の、再会した時の笑顔が忘れられないです。たった一晩でしたが、子ども達や親御さん達にとっては、長い…本当に長い一晩だったと思います。無事に帰す事ができてホント良かった。

●一晩中子ども達に付きっきりで、結局一睡もしてないので疲労が…地震は関東に直撃したわけではないし、「子ども達と一緒に寝て良い」と校長先生からも指示されてたのですが、ずっと余震が続いてましたし、もし一緒に眠ってしまって、その間に大地震がきて子ども達の身に何かあったら…とか考えたら、とてもじゃないけど眠れなかったですようヾ(´o`ヾ)

●お泊まり保育の時、一人の子が大きめの余震がくる度に目を覚ましてしまい、余震自体もそうですが…親が心配で落ち着かなかった様子で、見てて辛かったです。
親は電車が止まって帰宅できなかっただけなのですが、分かってても子どもが不安なのは当然ですし、PTSDなど心配しています。

●この子に限らず、今回の震災…放射能漏れ…そして連日の震災報道によって、恐怖や不安を感じた子ども達が沢山いるので、こちらは普段通りに接しつつ、一人一人の子を丁寧に見て、心のケアをしっかりしていきたいです。

●あ、ちなみに家に帰ったら部屋が大変な事になってました…全部ぐちゃぐちゃで壊れたものもあり、実は今も片付けきってません。
整理整頓が好きなので、片付いてない自室はストレスなのですが、今は仕事が忙し過ぎて片付ける余力がないので、時間を掛けてのんびり片付けます…(・ω・;)(;・ω・)

●そう言えば、先日子ども達からこんな意見が出ました。「テレビ付けても地震の事しかやってないし、この世の終わりかと思った」→「分かる…全部地震の事だと気が滅入るよね」→「今こそお笑い番組やって欲しいね」→「あたし今なら品川とかでも笑える気がするー」
…一見無神経な発言に聞こえますが、正直みんなの気持ちが分かるし、私は凄く考えさせられました(´ヘ`;)

●ちなみに、昨晩のNEWSzeroに櫻井翔さんが出演してましたが、今日、子ども達数人が「テレビで翔君を見れて元気になれた」「翔君の説明が一番分かりやすかった」と話してました。
今は本当に大変な時ですが、大変な時だからこそ、普段テレビに居るタレントさんや芸人さん達によって、得られるものが無数にあるような気がしました。

●今回の未曾有の震災で、「自分には一体何ができるか?」真剣に考えたのですが、『私は私のやるべき仕事をしっかりこなす』と言う結論に達しました。
沢山の方々が現地の事を考え、意見を出し合ってますが、私は私の守るべき児童生徒達がいるので、そちらに全力を注ぐ事が大切かな…と。

●そんなこんなでこちらも慌ただしい状況なのですが、放射能漏れとか不安な話も色々あるけど、慌ててたらいざ最悪の状況になった時に子ども達を守り抜けなくなるので、しっかり正確な情報を得つつ、張り詰めないようにして上手く頑張っていきたいと思います。

●皆さまそれぞれ住んでる地域が違って、災害の影響を大なり小なり受けてる方もいれば、全く影響なしな環境の方もいるかと思いますが、皆さまどうか御自愛ください。
ねこねこにゃーd(*ゝωб*)b*;X'


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2011年02月02日

モンペは差別用語

●5月に発売予定の性犯罪被害関連の書籍に、私の体験談も少し掲載させて頂く事になりました。
女性被害者の体験談やその後の苦しみも掲載していて、『性暴力は本当に様々なケースがある』と言う参考になると思うので、問題に関心ある方は読んでみて下さいです。

●掲載での名前は『夏希』です。ネットの知り合いにアドバイスを頂いてこの仮名に決めたのですが、意味合いとしては、私が『夏』生まれなのと、いじめや性暴力被害者に『希望』を捨てず生きて欲しい意味を込めて『夏希』です。

●ちなみに、夏希と言う仮名には更に秘密がありまして、HN暗器使いをアルファベットに変えると『ankitsukai』ですが、夏希をアルファベットに変えると『natsuki』となり、つまり…アルファベットを並び替えてたりもして、たかが仮名ですが色々な意味がこもっています。

●今日の本題ですが、『モンスターペアレント』って言葉ありますが、最近は私の周りでもこの言葉を使う人が結構いるのですが、この言葉は教育&児童福祉関係者は使っては駄目と感じます。

●確かにすげぇ自己中で理不尽を押し付けてくる保護者はいますし、もちろん度が過ぎて理不尽なら厳しく対応すれば良いですが、モンスターって『化け物』って意味ですからね?…教育関係者で使ってる人も、悪気なく使ってる感じがしますが、自分の受け持ちの学童生徒の親を怪物扱いするのはどうかと思います。

●例えば何か理不尽な事を言ってくる保護者がいても、クレーマーと決め付けて対応するのではなく、問題発言してくる親が何でその意見を押し付けてくるのか?、それは本当にその親だけに問題がある話なのか?、仮に親側に横暴さがあるにしても、実はこちら側の対応にも問題があったりするのではないか?、一つ一つ丁寧に考える必要があると感じてます。

●何か厳しい発言や行動する保護者を「モンスターペアレント」だの、「性格に問題ある保護者」だので終わらせてしまうと、ただその親と対立が深まるだけで真実が見えて来なくなるし、そうなって結果的に一番苦しむのは、板挟みにされてる子ども自身なのですよね。

●子ども達自身の気持ちを何より大切にして付き合っていく事が、教育関係者や児童福祉関係者にとって凄く大切ではないかなと思うのですが、私が間違ってるのでしょうか??

●何か抗議をしてくる親御さんを、モンスターペアレントって言葉で括ってしまうのは非常に危険と感じます。
なぜなら大抵の保護者は、ただ単に『我が子を守りたい気持ち』で意見し、職員の『説明不足』に対して怒ってるだけだからで、実は職員側が最初から丁寧に対応してれば、問題にすらならない場合が大半です。

●もちろんその一方で、明らかに『子どもの為でも何でもない理不尽な要求』をしてくる保護者も確かにいて、それに関してはガチで厳しく対応して良いと思いますが、その場合も、やはりモンスターペアレントなんて差別的な言葉は使うべきではないです。

●簡単な話、『自分の親をモンスター扱いされてる子どもの心中を考えて欲しい』って事なんですよね…そりゃあ、非常識で理不尽な保護者に皮肉を言いたくなる気持ちは分かりますが、子どもの心中を本気で一番に考えたら、モンスターペアレントなんて差別用語は使えない筈です。


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2011年01月15日

多種多様な性

●先日、子ども達と雑談中に良い具合にタイミングが合ったので、『多種多様な性』をテーマに超本格ディスカッションしてきました。

●最初にそれぞれの恋愛観の話から始まって、次第に恋愛感情って何かと言う話題になり、異性愛と同性愛、大人の異性に恋愛感情を抱く事、性同一性障害、恋愛感情と他の好意感情の違い、そしてsexの事など突っ込んだ事も討論できて、凄く有意義な時間になりました。

●今回の最大の収穫は、今まで個人的に恋愛や性の話をした事なかった子達の考えや意見が色々聞けた事で、さっきそんなに特別仲良いわけではなかった一人の女の子から電話がかかってきて、今日の感想を丁寧に伝えてくれて『面白いからまた話したいなあ』と言ってもらえて、めっさ嬉しい気持ちです。

●余談ですが、その電話くれた子から電話中に言われた言葉…『××はバカだし頼りないし知ってる大人の中で一番ダメだけど、たまに誰より素敵に見える時があるよ。本当にたまーにだけど』
↑言われた瞬間は普通に嬉しかったですが、改めて考えてみたら…アレレ?これは褒められたのか、けなされたのか、どっちに受け取るべきでしょうか??

●話を戻しますが、子ども達と関わってて、「この子達の中に同性愛とか性同一性障害の子がいるのかなー?」と、たまにふと考える瞬間があります。

●接してる限り、大半の子はノーマルな異性愛者な感じですが、子ども達の中に、同性愛やAセクシャルの人達がいても何もおかしい事はないし、私も知り合った子ども達全員とそんなコアな話をするわけではないから、口には出さないけど実は同性愛者とかいるのかな…と、考える瞬間があります。

●例えば、仲良い子の中に恋愛大好きな女の子グループがいますが、彼女達の中に、『フツーに男の子が好きなフリはしてるけど実はレズビアン』って子がいる可能性もあるのかなと。
もし万が一そう言う事があるなら、男の子を好きなフリをし続けるのは辛いだろうなー…と、あくまでも想像ですがふと考えるわけです。

●私は多種多様な性の形があって良いと考えています。ゲイやレズビアンはもちろん、お互いラブラブで心から大切に信頼し合えているなら、例えば12歳の女の子と30歳の男が付き合っても全く問題ないと思いますし、必ずしも恋愛しないと駄目なわけではないので、本人が幸せなら、誰とも恋愛しない生き方も有りだと思います。

●要は性暴力など、相手を傷つけたり悲しませる行動さえしなければ、ノンケだろうがレズビアンだろうが、多種多様な性の在り方があって構わないと感じてるのです。

●異性愛にしろ同性愛にしろ、同一性障害にしろ、大人の男性を好きになったにしろ、Aセクシャルのように恋愛や性に関心が持てないにしろ、子ども達自身が自分や他人の性を大切にし、仮に何年かして自分がマイノリティな性を持っていたと気付いても、罪悪感を抱かず堂々と自分を大事にして生きていけるように、今回みたいなディスカッションの機会は大切にしていきたいです。


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