蛍袋

 逢ひたくて蛍袋に灯をともす  岩淵喜代子
 句集「蛍袋に灯をともす 」第一回俳句四季大賞受賞
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蘭・雪の下・石斛

蘭は原種に近いものだと思います。壊れた鉢から覗いていました。石斛や雪の下も地味に咲いています。DSC_2624DSC_2615DSC_2612

初夏の伊丹バラ園

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薔薇の暮し

友人の薔薇園です。手入れが行き届いています。まるでイングリッシュガーデン。DSC_2598DSC_2597DSC_2591DSC_2588DSC_2586

忍冬・スイカズラ

忍冬・・漢字を見ると冬みたいですね。花は白から黄色になります。薬用です。金銀花・ニンドウ!夏の季語です。
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MMKの俳句感想2017・5

MM
新緑の季節、身も心も爽やかに穏やかに生き抜きたいと(大袈裟でしょうか?)思うのですが、無関心では居られないニュースに悩まされることもありますね。

泰子さん

蛤の貝殻にある履歴かな

 森羅万象、ものみなそれぞれの履歴がある。蛤にしても、殻の中で一生を過ごし、小さな殻から大きな殻へと成長してゆく。どのように殻を大きくしてゆくのか私は知らないが、蛤にも急速な成長の時期があったり遅々とした成長の時期があったりするのであろう。そのような生育の跡を泰子さんは見付け、これこそ蛤の履歴なのだと感動している句。余談だが、以前、蟹に寄生された浅蜊の貝殻に、その跡が残っているのを見たことがある。

設計図通りに揚羽生れにけり

 揚羽蝶が揚羽蝶の形に生まれる。しかも遺伝子の設計図通りに完璧な形に生まれる。何の不思議はないけれど、それにしても、生き物は何と神秘的であることか。

千秋さん

青葉してポプラは風の樹となれり

 風に煌めくポプラの葉。「風の樹」が俳句的な表現として光っている。

村一つ包む蛙の繁殖期

 蛙が棲息するのに適した村の環境なのであろう。村中何処でも、蛙の繁殖期の行動が見られるという。「頑張って」と応援したくなるくらい微笑ましい。ところで、蛙の大合唱、一匹が鳴き出すと不思議なくらい一斉に鳴く。そのような大合唱をも連想させる句。

眞知子さん

散り敷かば幾何学模様桜蕊

もし桜蕊が散り敷いたならば幾何学模様を描くであろうと言う句。見上げると木に残った桜蕊の線の描く模様もすでに幾何学模様をなしているのだ。余談だが、桜蕊が散る前の、葉の緑と蕊の濃い赤紫との色調は結構美しい。

百堂念仏舞の形振響く初夏の村

百堂念仏舞とは、栃木県黒石市百村の祭礼に奉納される民俗芸能。形振(なりふり)とは、形振り構わずと言う言葉があるので判りにくいが、ここでは輪鉦を手に打ち鳴らすことをいう。村中あげての行事なのだ。機会があれば見たいと思う。テレビ放映があるのかも?

順子さん

葉桜に移動図書館来る時間

 葉桜の下で移動図書館がくるのを待っている情景。子供の手をひいて、あるいは談笑しながらの幸せな一時である。

ジーンズは児島製なり若葉風

 倉敷市の児島は国産ジーンズの発祥の地だとか。塩田業の旧野崎家住宅のある通りをジーンズストリートとしてPRしている。ジーンズを身につけて若葉風を切って颯爽と闊歩している姿が目に浮かぶ句。余談だが、ジーンズも、わざわざ穴を開けたり、泥で汚したり・・・我々老人がそれを身につけると、みすぼらしいに違いない。

八重子さん

新緑を抜け新緑へ一両車

軽快に、爽やかに新緑の中を駆け抜ける一両車を詠んだ句。余談だが、最近は鉄道も観光に力を入れ、趣向を凝らした特別仕立ての列車を走らせたりしている。

葉桜や一村なべて落ち着きぬ

 桜の名所であろうか。村外からの花見客も村人も花に浮かれていたのである。葉桜の季節と共にまた元の落ち着きを取り戻した村の様子に、ほっとする作者である。

加代さん

一村に一軒だけの鯉のぼり

 最近は各家庭での鯉幟をあまり見かけなくなり、それこそ一村に一軒見かけるのさえ珍しい位だ。かつては、屋根より高い棒に、先には菖蒲などの季節の草花や風車を飾り、真鯉、緋鯉、子供鯉と雄壮に泳がせていたものだ。今は、あちこちの川で鯉幟を泳がせている。

田植水引いて村中動きだす
 稲作地帯の風景である。田に水を引いて、畦を塗って、耕して・・・忙しい農作業が続く。「村中が動きだす」俳句的な的を射た表現だ。

紳介さん

退屈な幸福論よビール干す

「ほんまにそうですね」と幸福論を聞かされる人に同情したくなる句。でも、しらふの状態では我慢できない話でも、ビール一杯飲み干せば我慢ができる。それが酒の席と言うものかも知れない。「退屈な話は聞きたくない、もう私は帰る」と最後のビールを飲み干して帰るのでは、話し手がかわいそうだものね。

峡の村夏雲流れくるばかり

 訪れるものは筧の音ぐらいだと、昔、誰かも言っていた。今も昔も変わらない山村の生活だ。自然と共にある、人里離れた生活も、また幸せと言えるかもしれない。

瞳子さん

不図動く雀隠れの水輪かな

雀隠れとは、春、草木の芽が伸びて雀を隠すほどになること。その茂った草の下水に何かの動く水輪ができたと。泥鰌かな?泡かな?

蛤の鳴き出す雨となりにけり

余談だが「雀大水に入って蛤となる」(礼記)から「雀蛤となる」という秋の季語ができたと言われている。ところで「蛤が鳴く」も「雨」の関係も瞳子さん教えて!!

智行さん

律儀なる山村の四季ちるさくら

 桜の開花も、同じ地域でも、ちょっとした条件の違いで時期がずれる。一本だけ随分早いなと思ったら、ビルの南側で日当たりがよいからだったり・・・。都会では季節が掴み難いことがある。そうした影響が少ないのが山村かと思われる。桜ばかりでない。山村では人々も律儀に四季折々の暮らしをしているのである。

沖虹をくぐり来たるは空舟

 空舟(うつろぶね、うつおふね)とは、丸木舟。神仏の使いや異界の者が乗って漂着すると言う伝説が多いと(大辞林)に記されている。熊野、新宮には徐福が漂着したという伝説がある。悠久の時間を感じさせる句であり、また、熊野を研究しておられる人の句だと感心する。

恭子さん

野良仕事あすは八十八夜かな

 草取り、種蒔きと農作業に追われる毎日になった。それもそのはず、明日は八十八夜だものと。農事に追われながらもそれを楽しんでいる人の姿が見える句。

村娘産直市の花菖蒲

 この村娘は産直市の人気者なのだ。花菖蒲に象徴されるような娘さんなのだ。

       
 地元の俳句誌の編集をしている方が、「同じような俳句ばかりだ」と言われていたが、私には「新しい」を見付けることはなかなか難しいことです。では、ごきげんよう。

      

栃木「しらさぎ俳句会」

この度私たちのプールの仲間が、「しらさぎ俳句会」を作りました。4月からなので今回は2回目。仲間は7人(見学2)。まだまだ始めたばかりの俳人達です。2回目の句会の感想を少し。

俳句の評価が分からないとの意見がありました。私でさえ明確にはわからないので、何度か句会を行っているうちに分かってくるような気がしますと答えた。2回目でも皆様の俳句が少しずつ俳句らしくなっているのが自己評価の賜物ではないでしょうか。さらに素直な心で自然に向かい言葉にして、何度も声をだして読んでみてください。すると季重なりや、同じ内容の言葉の表現に気づきますと答えました。この点でのアドバイスがありましたらコメントください。最後に、句会の時は遠慮せずに発言してください。そのためには、もう少しゆっくりペースで句会を行いたいと思います。分からないこと、感動したことなど皆さんに知らせたいことは、是非とも発言してください。俳句は句座の文学だからとまとめました。初心者の集まりですので良いアドバイスがありましたら是非お願いします。

桜舞ひいたずら仔犬飛びはねる         善紀

朋友(とも)と飲む満開桜口実に             俊雄

薫風や聖地の鐘の丘に立つ           眞知子

末永く幸福に咲け二輪草               藤田

花満ちて人のやさしき道となる         千秋

初心者にしては、良い句があるでしょう。
    
 

ちあきの「MMKの俳句鑑賞」2017・5

            
皆様お変わりございませんか。栃木も夏のように暑い日が続いています。連休には、筍を掘り茹でました。田植も終わり自然も大きく変化しています。私は元気。早速鑑賞を。

岩城眉女さん

花蘇鉄咲き継ぐ村の医院跡

 蘇鉄は、再生力が強い花とも言われますが、病院ですから患者の完治を願い蘇鉄を植えたのでしょうか。今はもう病院はないけれどと、隆々と咲いている。

山女跳ね村に被さる小さき空

 山奥の村の、のんびりした澄んだ水と青い空の下に住む老人が見えてきた。ひなびた村だが決して廃村にはなっていない。生き生きとした自然の力が表現されている。

松村公美子さん

甘藷植える日を待つ村の畝の縞

 これから植える甘藷を待つように大きな畑の長い長い畝がみえた。今年も豊作になれという耕作者の気持ちさえ感じられた。

人の渦アメリカ村の薄暑光

 今日本各地にオランダ村・ドイツ村……たくさんある。どこの村も人でいっぱい。地方の村は過疎化が進んでいるのにとの思いが、薄暑光になったのか。

新居三和さん

夏燕一村然と傾れ畠

 村を自由に飛び回る夏燕の逞しさを感じた。傾れ畑を真っ直ぐに横切る速ささえ見えてくる。

村あげて御堂を守る遍路道

 四国の人の遍路への優しい心を感じる。遍路の人のために村中で御堂までの道を整備する。御堂を整備するのでなく、歩く人のために道をならし、草を刈る優しさ、そこに目を向ける作者の視点の良さ。こんな視点を持ちたい。
    

躑躅のいろいろ

いっせいに!とはいきませんが、いろいろな色の躑躅が綺麗です
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H29年5月のお題「村」の俳句あれこれ


        

谷口智行

律儀なる山村の四季ちるさくら

行きゆけば村ごとに咲く山桜

佐藤八重子

葉桜や一村なべて落ち着きぬ

妊鹿村に一つの信号を

安藤加代

一村に一軒だけの鯉のぼり

田植水引いて村中動き出す

堀瞳子

蕨村蕨団地のひろがりぬ

新緑のかこむ松風村雨堂

髙井下真智子

百堂念仏舞の形振(なりふり)響く初夏の村

東京に村八つあり五月晴

岩城眉女

花蘇鉄咲き継ぐ村の医院跡

山女跳ね村に被さる小さき空

坂東恭子

村娘産直市の花菖蒲

無医村の山に煌めく芽杉かな

山田紳介

村中にポストが一つ春の風

峡の村夏雲流れ来るばかり

松村公美子

甘藷植える日を待つ村の畝の縞

人の渦アメリカ村の薄暑光

新居三和

夏燕一村然と傾れ畠

村あげて御堂を守る遍路道

池端順子

一村が茶畑となり波の音

新緑や村長選の始まれり

工藤泰子

廃村の空を支えて花水木

花うばら畠を捨てて村捨てて

野中千秋

一村を吹き飛ばしたる青嵐

村ひとつ包む蛙の繁殖期

           

谷口智行の句(H29年5月)

春の辺りを見ずに飛び立てり

葭切のこゑは念仏病老死

河岸に立つ小さき虹にも魚臭あり

沖虹をくぐり来たるは空舟

赤海亀浜の地熱に孵りけり

堀瞳子の句(H29年5月)

群れ咲きて一人静の空広し

不図うごく雀隠れの水輪かな

蛤の鳴き出す雨となりにけり

砂浴びの羽のやはらか雀の子

一日をたつぷり使ひ雀の子

山田紳介の句(H29年5月)

退屈な幸福論よビール干す

チェロ弾きになりたかったよビール干す

トーストにバターたっぷり三鬼の忌

ゆっくりと我に戻りぬ春の夢

青嵐どこまで転ぶ紙コップ   

安藤加代の句(H29年5月)

藤の花ひかりの粒を返しけり

鳥帰る祈る形に呼吸根

日輪を沈めてつつじ燃えにけり

無辺なる空の深さやひばり落つ

膝を折る山羊の瞳へ若葉風

佐藤八重子の句(H29年5月)

新緑を抜け新緑へ一両車

桐の花あの子この子も縁遠し

家桜厨の窓に花万朶

平らなる水を恐れず葦の角

山頂に在る田圃より水を張る

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