お知らせ

10月・神無月・October

10月神無月October

DSC_1733   「季語を生きる」茨木和生
        
「木の実・草の実」より

 少年のころ、我が家では、山と言っても標高100メートルにも満たない里山だが、そこを切り開いてつくった畑で、旬の野菜は自給自足できるようにしていた。土曜日の午後や休日が雨でなければ、母に連れられてその畑で草引きや畑打ちを手伝ったものである。その畑には、柿の木や棗の木や石榴の木が植えられていた。

 この石榴口とがらせてまだ割れず  加藤三七子

 よく熟れて来ると、石榴はひとりでに割れるが、「来週畑に来たときに食べれるようになあ」といいながら、畑仕事を終えて戻るときに、母はとがっている石榴の口に鎌を当てて、十文字の切れ目を入れていた。一週間たって畑に行くと、石榴は口をあけていて、朱色の実が光って満ちていた。小さな実の一つひとつに種が入っていて、甘すっぱい果汁は喉の渇きを癒すのに十分だった。

 畑の崖をなしているところには、おそらく自然生えのものだったと思うが、枸杞の実がよくなっていた。青い実がだんだんと橙色になり、赤くなってくると甘くなり、それを採っては食べていたことを思い出す。

 枸杞の実を喰みて小鳥となるおもひ  鍵和田

 私も小鳥のようにして枸杞の実を啄んでいたのかもしれない。

今ではこの畑はもちろんのこと、ここから上の里山だったところも宅地となって、かつての面影はまったくないが、そこは、私にとって木の実や草の実の宝庫だっただけでなく、自燃薯を掘ったり、茸を採ったりしたところだった。なかでも木に絡みついた蔓にぶらさがっている通草(あけび)は、そのまま山で食べることもしたが、よく学校に持って行ったものである。

 通草蔓ひっぱつてみて仰ぎけり   深見けん二

 見事に熟れて皮に裂け目が入り、白い実の見えている通草がいくつもなっているのであろう。手の届くところにある蔓を引っ張ってみたのだ。蔓を手繰り寄せることができなかったのだろうか。「仰ぎけり」に無念の思いが感じられる。私も幾度となく体験してきた。

 通草割れ空にかるがる吹かれけり   大串 章

 通草殻人採り捨てしものならず    茨木和生

 いったんはその通草をあきらめて帰り、割り挟をつけた長い竹竿を持ってきて採ろうとして通草を仰ぐと、通草の実はなくなっていて、口の開いた殻が風に吹かれていてがっかりしたこともあった。きっと鵯や椋鳥などが先取りをしていったのである。私が見たのは、地に落ちていた通草殻だった。きっと猿が食べたものだろうと思った。

 通草蔓ちぎる嘴細烏かな  阿波野青畝

 通草蔓猿に引かれて割れゐたり  同  

私の句の前の光景を、写生派の阿波野青畝がしっかりと捉えていることに感心する。

 あけびの実餅なり種のある餅なり  山口誓子

 誓子は通草を見るだけでなく、手にして触れ、その中の白い実を食べて、種をぷっと吐き出してもいる。そして、「餅なり種のある餅なり」と断定した。誓子の通草の句は生涯にこの一句だけだから、おそらくこのとき初めて口にしたのであろう。用心深い誓子だったと思うが、通草の実は誓子の好奇心を揺さぶったのだろう。「南生駒」という前書をつけているから、私が日々仰いでいる生駒山の通草を誓子は食べたのだ。通草の実の甘さは上品なものである。

 上品な味といえば、真っ赤に熟した、小さな一位の実も私の好きな木の実の一つである。

 手にのせて火だねのごとし一位の実  飴山 實

 マッチが簡単に手に入るようになり、ライターも普及したから、火種を知る人も少なくなったが、戦後しばらくの間は、マッチはもちろん硫黄を塗った付け木も手に入れることが困難だった。母が、火種を守ることに心を配っていたことを覚えている。一位の実のように、ほんとうに小さな炭の火種から、竈の火を育てていた。

 一位の実一粒口に入れてもらふ  右城暮石

 わが師も一位の実が好きで、一粒味わうのが何よりだと言って口を開けていた。棗(なつめ)の実も一粒、槇(まき)の実も一粒、柴栗は生でもあまいといって、弟子たちの手から口に貰っていた。梨も柿も好きだったわが師が、「えらいこと知ってるねぇ」と感心したのが、私の次の句である。

 父よりも祖父に親しみ柿ばくち  茨木和生

 山柿を二つに切り、その種の数で丁、半を決めるのが柿博打だ。「柿ばくち」という兼題が出て、賭け事の好きだった祖父を思い出して詠んだ句である。

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今月のお題は「久」です。

10月7日にお題2句と雑詠5句を公開します。


天好園の祝賀会


宇多喜代子先生の「日本芸術院賞」、茨木和生先生の「詩歌文学賞」の祝賀会が天好園でひらかれました。左には「草樹」、右には「運河のフラッグが掲げられカッコいいですね!
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小畑晴子 句集「蛍火」Hotarubi

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小畑晴子 句集「蛍火」  文學の森

  帯文

蛍火のシテの面をよぎりけり

晴子さんは、ことに師 阿波野青畝の教えを守って写生の道をひたすらに歩んできた作家である。句のよろしさは、これまで学んできたことを大切にしながら、絶えず前を向いて進んでいるところにある。なによりもことごとくの句が現場に足を運んで、そこでよく見つめ、よく見止めて詠まれている。茨木和生「序」より

  自選十句

薬草の百は揃へる花野かな

久女でもかな女でもなし毛糸編む

大鯉によろめく猊下放生会

輪の入りし手首足首泣相撲

蛍火のシテの面をよぎりけり

鳴く鹿のよもすがらなり歌仙巻く

流行も不易も一如翁の忌

鳴き過ぐる月の雁あり鳳凰堂

白魚の弾ける命掬ひけり
水やれば箱庭に川うまれけり

秋の句の中からいくつか紹介します。

石庭に月待つ膝を正しけり

茸狩星引き連れて戻りけり

雑茸をどさと入れたるまたぎ飯

薬掘る一縷の鬚根損はず

秋の滝ひびく空海座禅窟

寺を出てなほ寺のあり菊日和

クルス山仰げば鷹の渡りけり

花葛に狭められたる塩の道

船頭の艪を止めくるる良夜かな

蘇を買ひて飛鳥といへる新酒買ふ

一弁の長柄勺より菊の酒

舟でゆく花嫁にあふ白秋忌

葛の花ここより鯖街道に入る

稲の丈揃ひて稗の目立ちけり

木と存問石と存問翁の忌

一茎も畦をそれゐず曼珠沙華

斑鳩も平群も知りて稲雀

香を讃へ器をたたへ菊膾

敦盛の笛を正して菊師去る

草紅葉せり猪罠の中にまで

月の蝕進みつつあり鹿鳴けり

博士とは杣のことなり茸狩

郷四つあるかつらぎの柿日和

     

      

八千草(79号)より

  神の郷   山元志津香
歌仙一巻こんなところに蝌蚪の紐
蝌蚪游ぎゆたゆた杜の径ひかる
わが脈のちよつと不規則蝌蚪反転
蝌蚪ぞくぞく戸籍に父母も兄もなし
空き瓶が蝌蚪一匹の神の郷
蝌蚪のままは厭よ嫌よと尾をふつて
  ー作曲家にー
お玉杓子にシンフォニー聴く児は知命 
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珠玉の七句 
WEP91号(俳句通信)より転載


 

9月・長月・菊月・色取り月・September

9月長月菊月色取り月September

津高里永子さんの「俳句の気持」「ひとり」になれる 深夜叢書社 より
 8月のお知らせで「作りたいとき」「作れないとき」で、右城暮石、茨木和生先生を紹介しました。作者津高さんについては、前回を参考にしてください。今回は三人の女流俳人を紹介します。もちろん他にも有名俳人のエピソードが楽しいので、御本を見てくださいね。

「作らない時」♪明日への怖れ 池田澄子

 口語も文語も無季の句も持ち前の瞬発力でこなされる池田澄子氏は俳句や文章の原稿依頼が届いたら数日中には着手するとのこと。NHK学園郡上市俳句大会の選者として登壇されたとき(平成24年7月)も、2つの総合誌から50句と33句の依頼がいっぺんに来て計83句、締切はまだまだ8月に入ってからなのだけど、不安だから、すでに一応は用意してあるの、とおっしゃっておられました。

じゃんけんで負けて蛍に生まれたの  「空の庭」

 お聞きしたところによると「もしかして明日、句が突然出来なくなるかもしれない、全然浮かばなくなるかもしれない」と常々思われているそうなのです。

太陽は古くて立派鳥の恋

カメラ携えて彼は菫を踏んでいる

相談の結果今日から夏蒲団

茄子焼いて冷やしてたましいの話

きぬかつぎ嘆いたあとのよい気持

暖房や延期をすると老けてしまう

 俳句の言葉は「傲慢でなく安易でなく、習慣に甘えず時流に流されないものでありたいと、強く意識していた。その上で、俳句は何を詠んでも、どう書いてもよいものだと思って」(句集「拝復(あとがき)詠んでこられたという作者のこれらの句は、季語(言葉)の持ち味を活かしながらも先入観から脱却した詠み方なので、俳句でこんなことも言えるのと驚かれる方もおられると思います。本当のことを「だって、そうでしょ?」「そう、思わない?」と言える作者は、まるでアンデルセン童話の「裸の王様」に「王様は裸だよ!」と叫んだ子どもようです。拍手を送りたくなる人も多いのではないでしょうか。

想像のつく夜桜を見に来たわ    

青嵐神社があったので拝む

最初の頃、作者は日常語をそのまま、ぽろりと一句にするような表現は俳句ぽくないかと迷ったこともあったそうですが、作者の師、三橋敏雄氏から、「誰に何と言われようと構わず、どんどんやれ、もっとやれ」とけしかけられたとか。

定位置に夫と茶筒と守宮かな

 そういえば、作者と初めてお会いした日、空に出たら急に雨が降ってきて、「ああ、この雨じゃ、肌が透けちゃうぐらいにびしょびしょになっちゃいそうよねえ」と、とても具体的に、かつ独特の感性でおっしゃられたことを強烈に覚えています。

本当は遭いたし拝復蝉しぐれ

初明り地球に人も寝て起きて

 40代で俳句をはじめて現在70代後半の澄子氏。作者から生みだされるその俳句の瑞々しさは、明日を楽しみながらも謙虚に明日を怖れる、可愛いらしい気持をずっと持ってこられたからなのでしょう。

使い減りして可愛いいのち養花天

「作れないとき」♪おおらかに遊ぶ 加藤三七子

 兵庫県龍野市出身の俳人、加藤三七子先生から伺った話です。

「何人かで、春の夜、まくらがりの那智の滝を見に行って感激したことを阿波野青畝先生にお話ししたらね、先生、とっても悔しがって私も行きたかったなあって。そうしたら数日後に、先生からはがきが舞い込んできてね、夜の滝を見たふりをして詠んだ句が〈闇おぼろ滝の山彦さまたげず〉〈闇おぼろゆけば行かれて滝のみち〉(昭和四十四年作・句集「旅塵を払ふ」所収)というぐあいに七句書かれてあったの。それが、実際に滝を見た私たちの作品よりもよっぽど実感がこもっていて正確で、まいったなと思ったのを思い出します。

霧とべりとよめる那智のたぎつ瀬に   阿波野青畝   「国原」 

那智の瀧木々草々の伏しなびき      〃     「紅葉の賀」

 一句目は、昭和十六年作、二句目は昭和二十七年作と、青畝氏は那智の瀧を何度も見に行かれれていたから、春の夜の滝の雰囲気も想像できたのでしょう。

葛城の山懐に寝釈迦かな     「萬両」

さみだれのあまだればかり浮御堂    〃

十六夜のきのうともなく照らしけり     〃

案山子翁あち見こち見や芋嵐     〃

山又山山桜又山桜        「甲子園」

水ゆれて鳳凰堂へ蛇の首      「春の鳶」

朝夕がどかとよろしき残暑かな     〃

初湯殿卒寿のふぐり伸ばしけり    「西湖」

 あたたかく、ゆったりとした調べと自在な作風で知られている青畝の句。

「ガチガチせんと、大きくあくびをすると、よい句が出来るよ」、遊ぶこと、遊びごころによって、俳句にその人の艶が出てくるんや。どうかしてマルをもらいたい、入選したいと思う心は駄目です」とよく言われていたとか。遊びを知る、人生を楽しむ方法を知る、自分の心を客観的に見るゆとりを持つということを、青畝先生は、いつも私たちのところまで降りてきて教えてくださった、と三七子先生。

 また青畝は書画の達人でもあったのでうが、あるとき皿の上を動き回る蟹を描こうとして蟹の脚をばらばらに描いてしまったのを「どうだ」と訊かれた三七子先生が「下手なところがおもしろい」と答えたら「ええ、ことばやなあ」と返されたそうです。最後に、情熱的な恋愛の歌を多く遺した和泉式部が大好きで、洋服も和服もセンス抜群であった三七子先生のたおやかな句を少し紹介します。

小説の男と女水中花         「萬華鏡」

きぬぎぬのうれひがほある雛かな         〃

撩乱と打伏したりし夜の紫苑         「螢籠」

花芒袂重しとおもひけり           「戀歌」

なみおとを戀歌ときき雪女郎          〃

朴の花月となるべくただよへり      「水無月遍路」

「作らないとき」♪楽しく年を重ねるために 大石悦子

 誰でも年々、一つずつ歳をとっていくものなのですが、体力の衰えを感じはじめると老いるということに対して、どうしてもマイナス志向になりがちです。しかし、俳句を長年作り続けておられる方々は、自己の老いでさえも客観的に淡々と、また情けないところをそのままに、あるいは大仰に詠む楽しさをご存知のようなのです。

金魚飼ふことの上手や老ゆるとは     「有情」

死者の着し蒲団かわれを寝ねしめず   〃 

散骨の舟か蘆間に見失ふ       〃  
贋物が似合ひて老いてクリスマス     〃        

歌かるた年とつてからわかること      〃 

冬すみれ死顔は歯を見せぬやう      〃 

辞世とはけふ見し花を見しままに      〃 

 これらの句は大石悦子氏の第五句集「有情(平成二四年)からのものです。まだまだのご年齢と思うのですが、老いや死を意識された、切なさを秘めたこれらの句に惹かれました。以前から、〈日向ぼこせる老い父の長睫毛〉「群萌」、〈母よ月の夜は影踏みをしませんか〉「那々」と肉親への情愛のこもった句を詠み続けられ、たとえば、後白河上皇撰による平安時代後期の歌謡集『梁塵秘抄』の一説「遊びをせんとや生まれけむ」を借用された〈てふてふや遊びをせむとて吾が生れぬ〉「群萌」や、〈赤とんぼ夫に揶揄さる少女趣味)「群萌」、〈山中に鯉飼ふさくらさくらかな〉「百花」、〈菊枕はづしたるとき匂ひけり〉「百花」などの清楚さと妖艶さ、優雅さを併せ持つ作者の句柄は、生来の品の良さを失わずに精進を積み重ねてこられたからこその結果なのでしょう。
趾(あしゆび)に香油垂らして春待つか   「有情」

象(かめむし)は来るはパソコンは鈍(のろ)いは

流れくる桃を百年待つとせむ        

綿虫と息合ひて世に後れけり       
        

ついつい全文紹介してしまいました。 

9月のお題は「白」です。

  9月7日にお題2句と雑詠5句を公開します。
 白いモノ
          

 

鳳17号

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季刊   17号 

あるいは山を、

あるいは海を

ありえるであろう、

自己の魂を覓ぐべく、

ほうほう(鳳々)と

声にして跋渉する。

ご挨拶;平成24年夏号から同人季刊誌とし、発行してまいりました「鳳」を、この17号より個人誌として続けることとなりました。師の茨木和生先生の「一人ででも続ければよい」とのお言葉と、家族の励ましが決心に繋がりました。・同人誌「鳳」をお読みいただいておりました皆様にご報告とご挨拶を、また新たにお読みいただく方々にご挨拶をさせていただきます。  平成28年7月  発行人  浅井陽子

「更衣」 (37句)  浅井陽子 (読んで思った鑑賞・感想少し・・工藤泰子)

青空のととのひ来たる更衣

切れ切れの思ひ出パセリ刻みけり

麭生地の発酵すすむ夜の雷

 陽子さんはパンを手造りされています。パン生地?の発酵をすすめるのは、夜の雷なのかしら?何事も大きく膨らませるためには、発酵が必要なのかな?と・・季語の夜の雷もいいですね!暗闇を音と光が切り裂く・・「新鳳」発行の覚悟の様なものを見ました。ちなみに、発行と発酵が掛けてある・・なんて邪推はいけませんよ!

光琳忌切手の洛中洛外図

目差を山から山へ鉾の稚児

 俳句の鑑賞の醍醐味はこんな句に出会った時にあります。俳句誌に載せられた祇園祭の陽子さんの記事を思い出しました。とにかく細部まで観察されています。目差・・これに気付く人はいても、「山から山へ」は言えません。(ちなみに32基の山鉾?)

日本―国名のことなど―  谷口智行

 自ら朝貢国と位置づけていた「()(こく)日本という正式国号は、689の「飛鳥(あすか)(きよ)御原令(みはらりょう)。・・・・・ 日本倭国り。にあ日本す。

日本国は支配下になった地域に「国」「郡」(最初は里)という行政単位を設定したものの、津軽・下北などの東北最北部はその枠組みに入らなかった。それらの集落は「村」と呼ばれた。「村」は中世まで公的な国制の外にある集落の呼称であった。以下超略して・(すみません)・・「よい字を用いよ」ということで(713年の「諸国郡郷名著好字令」)三乃国は美濃国、山背国は山城国になったりした。そして最終的には、次に示す六十六国、二島に落ち着いたのである・・・大国(十三ヵ国・大和国、山城国など)、上国(三十五か国)、中国(十一か国)、下国(九か国・二島を含む)  

句句燦燦(!)  浅井陽子

茨木先生の句集から、夏の花の桐の花・朴の花の句を取り上げて胸に響く鑑賞文!

作品&エッセイ「激震の町」加藤いろは熊本市在住「晨」同人・「阿蘇」所属

テント泊車中泊あり月おぼろ

麦の秋活断層の上に住む

激震の町に育ちて燕の子

エッセイ 「菜の花」  森山久代「運河・晨」

菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村

菜の花のはじめや北に雪の山 松瀬青々

他にも一茶・茅舎・青畝・朱鳥の俳句の背景と考察が丁寧にされているエッセイ!

俳枕(1) 宇治   浅井陽子

「俳枕」とは歌枕という周知の言葉を俳句に転用したもの。吟行のガイド本?枕に・・したい!

水ゆれて鳳凰堂へ蛇の首   阿波野青畝

お御籤は兎のかたち宇治祭    陽子

日々是俳句      浅井陽子 

 日々の吟行や参加行事と俳句・・

528日;俳人協会の関西俳句大会。 当日句 

鷹羽狩行特選 鯉のぼり畳みぬ口の大きさに  陽子 

531日;地域の小学校で俳句の授業

ででむしを帽子に肩に駆け寄りぬ   陽子
     

八月・葉月・はづき

8月葉月August

暑い夏!「作りたいとき」「作れないとき」「作らないとき」の三章に、俳句のポイントがビシビシ書いてある本を見つけました。作れないときに読んでみるのもいいかしら。
津高里永子さんの
「俳句の気持」「ひとり」になれる 深夜叢書社
津高里永子さんは昭和31年兵庫県西宮生れ。桐朋学園大学音楽学部演奏学科卒。NHK学園俳句講座専任講師。・・「未来図」を経て「小熊座」同人。句集「地球の日」(角川学芸出版)・・「初めての俳句―俳句必携」(NHK学園)、「鑑賞女性俳句の世界」(角川学芸出版)俳人協会幹事・・

あとがきより本書はNHK学園俳句講座の機関誌「俳句」88号から通巻195号まで107回連載した「俳句・はじめの一歩」を大幅加筆修正したもので・・・仕事柄、多くの俳人の方々にお目にかかれました・・インタビューや俳句大会などの合間に・・貴重な“俳句の核”なるものを教えていただいていたのでした・・・。俳人;秋元不死男、安住敦、飴山實・・・吉田汀史、和田悟朗、渡辺白泉  など多数!

第一章♪死ぬまで新しく

葉脈のふくらむ月下美人咲く     右城暮石

盛り分けて出す日米のさくらんぼ    〃

缶ビール飲み終わりたる手の軽し    〃

払ひたる蟻がきよとんと吾を見る     〃

おもしろくなし敬老の日のテレビ     〃

工事車を寄せてもらつて紅葉狩     〃

連れてきてもらひし雪のあるところ    〃

 これらは96歳で亡くなられるまで、嘘をつかないことをモットーに、俳句道を貫かれた右城暮石氏の句です。第6句集「散歩圏」(平成6年)所蔵の句で、90代の作品から選んでみました。晩年に高知へ帰郷されてからの句です。ほんとうのことというのは、こんなに面白いことなのであるということを、ほのぼのと教えてくれています。

台所赤くなるほどトマト置く  右城暮石「散歩圏」補遺(頑張れよ)

買物に念押すアイスクリームを   〃     

放流の稚鮎元気に頑張れよ     〃

 縁あって俳句をはじめたのですから、死ぬまで毎日、新しい気持ちで過ごせますように。 

第2章♪俳句雑学入門

空あけて祭来るなり山の国    茨木和生

油火を点す畦道秋祭        〃

悪たれの戻りてゐたる春祭     〃

これらは奈良県在住の俳人、茨木和生先生の「祭」の句です。そういえば、五七五に収めるために「南瓜の花」を「花南瓜」、「敬老の日」を「敬老日」と縮めて表現することは許されていますが、「夏の風邪」を「夏風邪」と言っても「春の風邪」を「春風邪」と言うのはあまり耳慣れないし、「靄」(もや)だけでは季語ではないのに、「冬の靄」や「寒靄(かんあい)」という季語はある・・・・・など、どうしてと問われると困ってしまう暗黙の了解ごときもけっこうあります。ただし、「穴惑」を「穴惑う」、「高きに登る」を「高く登る」など、季語をくずして用いることは、日本固有の文化遺産である俳句を守るためにもぜひ、自重していただきたいと思います。

後退は身を曲げてする穴惑  茨木和生「遠つ川」

釣糸を絡めてゐたる穴惑        「倭(やまと)」 

 茨木先生は自らを「出たきり老人」(寝たきり老人をもじって)と称されるだけあって、季語の現場を、それもあまり見かけられなくなった季語の現場へよく出向かれます。季語の扱いに対して厳しく楽しく、たとえば「“うららか”に“春”をつけて、“春うらら”にしたらあかんで。“ハルウララ”はあの、負けてばっかしで有名になった、高知の元競走馬だけやねん」とみんなを笑わせて指導されます。

日輪はほがらほがらに蛇の衣    「三輪崎」

火を落す狐の声を聞き分けて    「畳薦(たたみこも)」

 句の良さがわからないとか、ことばが独特でわからないなどと言って私は俳句に向かない、と早急にあきらめないでください。あるとき、ぱっとわかる瞬間が必ず訪れます。

傷舐めて母は全能桃の花      「木の国」
       
8月のお題は「音」です。8月7日にお題2句と雑詠5句を公開します。
リオではオリンピックがはじまります!カーニバルの音楽が聞こえてきそうですね。聖火リレーもチャクチャク・コクコク・・どんな音が出るでしょうか?
写真は「俳句の気持ち」ミニチュアの虫かごと猫のかざり。
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7月です!五年目になりました!

 

        7月 JULY

  「木偶の」は7月7日で5年目になります!みなさまのあたたかいコメントが推進力です。これからもよろしくお願いします。

   2015年7月から2016年6月までの「お題」の俳句
 2015年7月「再」

端居せる再昨日(をととひ)逮捕されたるが 谷口智行 

再びは点さず雨の蛍かな 堀瞳子

再々の風評被害七変化  坂東恭子

8月「開」

海開き神事待てずに寝てしまふ 檜尾とき魚

蓮開く青き朝の来たりけり 新居三和

百年が過ぎ炎天の開会式 中村敏之

9月「今」

今朝の秋ゐないだれかにふりかへる 谷口智行

一山に今生の声つくつくし 安藤加代

墨染の僧衣ひらりと今朝の秋 野中千秋

10月「向」

風向きを知り懇ろに松手入れ 坂東恭子

右向け右とかかる号令秋高し 岩城眉女

向かい合う生の一字や吾亦紅 新居三和

 11月「名」

蚯蚓鳴くおいと呼ばれし名無し妻 佐藤八重子

小春日やタンタンと言ふパンダの名 池端順子

 秋日和皇居の木々にみな名札 松村公美子

 12月「満」

 枯菊にみんなみの日の満ちゐたり 堀瞳子

満を持し引き金に指神の留守 岩城眉女

満目の紅葉燃え尽き症候群 野中千秋

 2016年1月「立」

通学路の朝の立哨姫椿 坂東恭子

願立ては二つとなりし初詣 安藤加代 

四本の燭立て迎ふ待降節 池端順子

 2月「前」

節分や前しか見えぬ面の内 佐藤八重子

前山のひかりの香る梅の花 野中千秋

寒の水治療の前歯にキンとくる 松村公美子

 3月「中」

春の足音ドロップの缶の中 岩城眉女

四次元の逢瀬鏡の中の雛 中村敏之 

中日の鳥が鳥呼びゐたりけり 瞳子

 4月「原」

草原の風が運べる紙コップ 佐藤八重子

草原を牛と分け合ふ揚ひばり 安藤加代

原っぱは寝そべるところ風光る 工藤泰子 

 5月「青」

エンブレム遂に決まるや青嵐  池端順子

青林檎アダム・ニュートン・アップル社 新居三和 

三次元群青世界男滝 工藤泰子

 6月「清」

清女とは清少納言「夏は夜」 谷口智行

清水の滝の柄杓に人の列 松村公美子 

清姫は美人不美人若楓 中村敏之 
              
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五年前の7月7日の記事を紹介します。(旧メンバー)

 雷と豪雨のあと、晴間が見えてきました。今夜は天の川が見れるでしょうか?みんなの俳句の上達と無事を祈って、笹に短冊と網かざりをつけました。
 一舟に七夕の竹船溜り   檜尾とき魚

星合やゆつくり来よと夫の声  喜岡圭子

七夕や父母にもありぬ恋の頃   堀瞳子

医学生ぎやあぎやあ星祭のピンサロ   谷口智行   

星祭母の命の火を見守る  岩城眉女

光害の条例もあり星迎   工藤泰子         

七夕やまあイケメンの面差し  坂東恭子

 仕上がりし服やや派手目星祭  新居三和

 七夕に集ふ男女の個の光   野中千秋

七夕や子の短冊に励まされ   池端順子

七夕に凸凹「木偶の俳句」を夜空に打ち上げることにしました。七夕は秋の季語なのですが・・七にこだわり七句を・・・

七夕の飾りには字や歌の短冊もですが、星やスイカをぶら下げますよね!他にも折り紙でわっかつづり、提灯飾り、階段、あみかざりなどがあります。手は届かないけど夜空に「網かざり」ネットをかけてみようかな?

こんな風にしてスタートした「木偶の会」の凸凹俳句あれこれです!
 7月のお題は「風」です。
77日にお題2句と雑詠5句を公開します。
 

俳句の杜2016 精選アンソロジー・高松早基子の文と句

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俳句の杜2016 精選アンソロジー(本阿弥書店)を紹介します。

 日日の暮らしに季節輝きを教えてくれる人生の伴走者ひびきあう俳句の世界16人の作家による100句と書き下ろしエッセーを収録

出井なつ子 岡田幸子 尾形 忍 小河原清江 小泉芝雲 河野照子 児玉孝子 鈴木みち子 高橋美奈子 高松早基子 中島悠美子 堀尾 巌 松浦新子 松田眞之 百瀬和子 山田節子




高松早基子(たかまつ・さきこ)

 昭和26年生まれ。昭和57年、右城暮石主宰の「運河」入会。茨木和生主宰の下、平成10年度運河賞受賞、平成19年度、23年度、浮標賞受賞。現在、天水集同人。平成24年「晨」同人。俳人協会会員、大阪俳人クラブ幹事、奈良県俳句協会会員。句集「練供養」(平成12年)

「霜月祭」

 私の住まいは大阪府と奈良県の境に横たわる金剛葛城山系の奈良県側の麓に広がる街にあります。古くは葛城王朝で栄え、修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)の生誕地です。江戸時代には、「御所町(ごせまち)」として栄えた歴史と、豊かな自然溢れる街です。

 「御所町」は南北の交通の要所にあたり、綿や菜種の栽培により、大和絣・油・肥料・運搬・醸造・旅篭など様々な商売に栄えました。その街並みは、四百年前の町割りや環濠などが、当時のまま残っています。また、文政十三年のおかげ参りでは、半年間で一万人弱に宿や食事を施行しています。このおもてなしの心が、今に引き継がれている街です。

 役小角(役行者)は、茅原の吉祥草寺に生まれ、金剛葛城山で修行の後、大峯山などの行場を開かれました。毎年十一月第二日曜日に大峯山の戸閉式が吉祥草寺で行われ、聖護院門跡をはじめ二百人近い山伏が各地から参加され、柴燈大護摩供養が行われます。

 そこで、多くの人に御所を紹介したいという思いから、「霜月祭(そうげつさい)」と称して、この戸閉式に合わせて、町家の公開などの行事を始めました。今年で十八回目になります。

 元庄屋の家には、地方文書(じかたもんじょ・江戸時代の行政文書)が残っています。現当主は、これらを読み解き、論文を発表され、今や御所町研究家として、町のあれこれを分り易く話して下さいます。NPOでは、こちらにある江戸時代の高札(こうさつ・お触書)を復元して高札場を再現しました。薄れた文字を読み解き、檜の板に墨書する作業に私も係らせて頂きました。この他に、町の人形作家や染色家などの作品展や模擬店なども楽しめます。我が家も素人の作品ですが、母の日本画と私の書作品を展示しています。

 口コミなどで、年々多くの方がお越し下さり、人と人の繋がりや、ぬくもりの感じられる一日となります。

  百句より・・

据り鯛真魚の祝といたしけり

とんど燃ゆとうどとうどと囃しゐて
画数の多き三文字を試筆かな
太平洋眼下に見ゆる寒さかな
透徹の青冬晴の空と海 

八束穂を宮の紋とし祈念祭

黒文字の花に暮石の話また

薄墨の文字の滲みも春めけり

初音聞きをり急坂の翁道

地明けして桜苗木を植ゑゐたり

蟇の紐もつれ解きて見せくれし

  故上島清子に「春ごとの存分に田を走りけり」の句がありて

春ごとの田を走れるは姉かとも

むめさくらもも咲きいのちながらふる

あたたかき豊葦原の里なりき

磯焚火若布張り付く海女の首

石室の大石濡るる西ようず

 大峯山戸開式

戸開式星を仰ぎて宿発てり

 当麻寺聖衆来迎供養会式にて、夫が普賢菩薩の役を得て

面被れば夫にあらざり来迎会

特訓の所作美しき練供養

薬降る藁の大蛇をめぐらせて

日受けよき高天原の青田かな

浮いてこいしつかり者の姉がゐて

修験の山なればの荒れよ青嵐

音よけれ雨の続ける滝なれば

神降(かみたち)の平ら照らせる望の月

行燈のほのかなぬくみ月を待つ

 法隆寺

初鵙や寺領一村一大字

秋興や五百余文字を臨書して

天高し十五代目を継ぐ子生れ

戻ること嫌ひな人と秋惜しむ

旅人も一夜氏子に神楽宿
    

茨木和生 第十三句集 「熊樫」

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茨木和生句集「熊樫」
   東京四季出版   

 

帯文

「平群の山を歩く時、私は熊樫の小枝を折って、身を祓い、道を祓って山の中に入ってゆくことにしている。熊樫の持つ霊力を信じているからである。―「あとがき」より

 自選十句

年よりも若いと言はれ初麗

田の神の祭祀跡ある雪間かな

えかげんな時間大和の春ごとは

蝮穴出でて茨木和生句碑

(にしどち)を持ちて数へて子供の日

ぐるになりゐたるごとくに梅雨茸

梅雨鯰波に酔ひたるごとく浮く

火を見たることなき眼山椒魚

初めから柩置かれて村芝居

ぶくれの尻割り込んで来たりけり

 共鳴句・・(主に夏の句)
業平の越えし峠の山桜

山墓は里に移され山桜

尺物を御饌に揃へて桜鯛

柏手を朝日に打てり朴の花

朴の花谷音ときに空に抜け

梅雨茸毒といひても触るる人

人の手のぬくもり厭ふかたつむり

鳥落しゆきたる空の蝸牛

走りゆく夜の雲見えて時鳥

湖の上梅雨雲の低く過ぐ

梅雨荒れとなる湖の波立ちも

降り来たる雲も祓へり山開

白靴の泥を落して汚しけり

漁船より飛び込みもして泳ぎをり

厚雲の沖に去りたる青田かな

百日紅日差は頼りなげなれど

十万年前は火山ぞ雲の峰

海上の裾崩れ来る雲の峰

灯明を磐に絶やさず日の盛     
旱枯れせず熊樫の苗育つ

          

6月・水無月・みなづき・JUNE

  6月水無月みなづきJUNE

六月・皐月・花菖蒲・アイリス・グラジオラス・あやめ・杜若・著莪・一八短夜(みじかよ、明易し) ・競馬(賀茂競馬、競べ馬、ダービー、勝馬、負馬)花橘・蜜柑の花・朱欒の花・橙のの花・ オリーブの花・柚の花・柿の花・紫陽花額の花・葵・紅の花・鈴蘭・入梅(梅雨に入る、ついり)・梅雨(つゆ、ばいう)五月雨(さみだるる)・出水・五月闇・黒南風(白南風)・黴(黴の香、黴の宿)苔の花・魚梁(やな)・鰻・鯰・濁り鮒・蟹(磯蟹、山蟹、川蟹、沢蟹)・蝸牛蛞蝓・蚯蚓・蝦蟇・雨蛙・河鹿・さくらんぼ・ゆすらうめ・李・杏・実梅(青梅)紫蘇・辣韮・玉葱・枇杷・早苗・代掻く・代田・田植・早乙女・植田・火取虫・アマリリス・ ジギタリス・ベゴニア蛍(源氏蛍、平家蛍、初蛍、蛍火・蛍合戦)蛍狩・(螢見、螢舟) ・螢籠・蛭・田亀・源五郎・あめんぼう・目高・浮草水草の花・藻の花・藻刈・手長蝦・田草取・草取・夏の川・鮎(鮎釣り、鮎狩、鮎掛・鮎の宿・鵜飼〔鵜舟、鵜飼火、鵜篝、鵜匠)・川狩(網打)・夜釣・夜焚釣堀・鰺・いさき・べら・虎魚・鯒・黒鯛(茅海、ちぬ釣)・鰹(鰹舟、鰹釣)生節・青蘆・青すすき・葭切・翡翠・雪加・糸蜻蛉・蠅・蠅除・蠅叩・蜘蛛蜘蛛の囲(蜘蛛の巣)・ゲジゲジ・油虫・守宮・蟻・羽蟻・蟻地獄・蛆・ぼうふら蚊(蚊の声、蚊柱、泣く蚊)・蚤・蚊帳・蚊遣火(蚊遣、蚊火、蚊取線香)蝙蝠青桐・葉柳・南風(みなみ、大南風、南吹く、はえ)・青嵐・風薫(薫風)白夜・夏至・老鶯・時鳥・閑古鳥・仏法僧・筒鳥・駒鳥・瑠璃鳥・夏木・夏木立万緑・緑陰・木下闇・青葉・の子(子鹿、親鹿)・夏の蝶・夏野・夏草・草矢草茂る・夏蓬・夏薊・草刈・干草・昼顔・木苺・苺・蛇・蝮・百足虫・青芝・青蔦ガーベラ・サルビア・虎尾草・ 孔雀草・釣鐘草・雪の下・蓼・若竹・竹の皮脱ぐ竹落葉・雹・水鶏・青鷺・五月晴・暑さ・夏衣・ 単衣・夏服・夏羽織・夏帽子・夏襟・夏帯・夏袴・青簾(葭簾、伊予簾、絵簾、玉 簾)・葦簀・葭戸・ 網戸・籐椅子夏暖簾・皐月富士
 こんな季語もあります!

「泥落し」  「季語を生きる」 茨木和生  より

「泥落し」という題で俳句を発表したことがある。その時「泥落し」とは何かと聞かれたので、説明しておこう。大阪から出版された歳時記「新撰例句簡明歳時記」(里見禾水(かすい)編)に登録されている季語である。実はこの歳時記、三田きえ子さんが主宰する「萌」の印刷所からぼろに入っていたものだがと、贈られたものである。表紙も奥書もないものだったが、大阪を軸にして西日本に伝わっている季語を重視した歳時記で、大文館書店という出版社から、昭和9年に版行されたもののようである。里見禾水(明治15年~昭和21年)は鳥取境港の生れで、大阪で薬屋を経営していた。河東碧梧桐ゆかりの俳人らしい。さてその歳時記には「泥落し」がこう解説されている。

 農家に於いて田を一先ず植へ仕舞ひて暫く休養す、これを泥落しと謂ひ小麦団子をつくりて食ふ。此期を利用して商人共村落に出商ひをなす。半夏市と呼ばる。此休み終はりて田草取が始まるなり.
  この歳時記には補助季語として「田植休み」「半夏市」が載せられている。

 簸川べの小村小村や泥落し  松秋   

いちこはとこ集ひて田植休みかな 皇松

 いかさまのもの商ふや半夏市  玉

「泥落し」という言葉は、大和、河内でも使われていたことを知っているが、例句にある簸川(ひかわ)は宍道湖に流れている川だから、鳥取県でも使われていたことが分る。私が「泥落し」で発表したものの中に

持ち寄りて来て泥落し   茨木和生

という句がある。「飣」さいのものとは貯えてあった食べ物の謂(いい)で、食べ物を持ち寄ってきて食べたのだ。松秋さんの句もそうだが、私の句も小さな集落の共同の早苗饗(さなぶり)を詠んだものである。

  今月のお題の俳句

 寺清浄僧等清浄夏めきぬ   高野素十

 棲む魚の砂走りせる清水かな  中村汀女

 旅なれや牛が飲みたる清水掬む 石田波郷   
6月7日にお題2句と雑詠5句を公開します。DSC_1366
         
 



      

五月・皐月

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青梅の葉のそよそよと父とゐる 山尾玉藻

青梅の青の充実日が冥し  岡本眸

青梅にして美しき斑を一つ      鷹羽狩行

青瓜・青蛙・青柿・青桐・青芝・青葉・青富士・青岬・・・・青の季節です!こんな季語もあります! 

「薬の日」 「季語を生きる」  茨木和生より

こんな表題をつけると、「薬の日」は、ごく最近に名づけられた何かの記念日のように思われそうだが、じつは上代から五月五日は「薬の日」「くすりび」として、薬狩が行われた日だった。人間が生きて行くうえで、食べ物は一番大切であろうが、薬もまた大切な物であったに違いない。薬草をはじめ、樹皮や木の実やその根、昆虫や魚、爬虫類をはじめさまざまの小動物、大きな動物でいえば熊の肝などと、長い年月をかけて、薬となるものが見つけられてきた。歳時記を見ると「薬」と字の付く季語が新年の「御薬を供ず」「薬子」からはじまって、夏の「薬の日」「薬草摘」「薬玉」「薬降る」「薬狩」「薬猟」、秋の「薬採る」「薬掘る」、そして冬の「薬喰」と出てくる。なかでも現在の季語としてよく用いられているのが「薬喰」で、その例句はかなりあるのだが、薬という字の季語の、現代俳人の例句を見つけるのはなかなか困難である。私の少年時代と言っても、もう五十年以上も前のことになるが、おそらく旧暦の五月五日ごろだったそうか、母に連れられて現(げん)の証拠(しょうこ)を採りに山に入った記憶がある。「赤い花はあんまり効き目がないんやで、白い花の現の証拠を摘むんや」いわれていたことを思い出す。里山を歩いてよく目に付くのは赤花現の証拠だけど、いまでもやはり白花現の証拠を摘んでいる人がいる。

うつばりに並ぶ釘穴くすりの日    黛 執

日帰りの出来ざる山に薬狩    茨木和生

宇陀の野に薬草掘りにいざ行かむ  下村梅子

蛇の髭も薬草にして名札立つ    右城暮石

落葉して薬草の根を養へり      〃

食ひぶちも穫れぬ生国薬降る    茨木和生
薬の日の昼ごろに降る雨を「薬降る」といい、「神水(じんすい)」といって薬を作るのに効果があるといわれてきたのであった。

五月のお題は「青」です。

お題二句と雑詠五句を五月七日に公開します・

分け入つても分け入つても青い山  山頭火

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中納弓生子 第一句集「青山河」

中納弓生子 句集「青山河」 を紹介します。

DSC_1264帯文;  鷹羽狩行  

ふりむけば誰かゐさうな秋の暮

 芭蕉の〈此道や行く人なしに秋の暮〉をも早期させて、季語の本意・本情に迫っている。

人ひとり置けば箱庭らしき景

 夕涼みをしていいての景色であろうか。あるいは箱庭作りをしていて、あと人物を加えたならば満点なのにと思って眺めているところか。いずれにしても涼しい。 このように、人恋しさとか懐かしさをしみじみと感じせる秀句佳句が多い。        

 西宮舞  抽出12句

 神捏ねし泥より生れ青山河

掬われて金魚は紅き尾をたたむ

いくたりも声をつなぎて初電話

遠足と螺旋階にてすれ違ふ

ゴンドラの揺れて桜の山ゆらぐ

太陽を遮る何もなく泳ぐ

火の鳥の翼をひろげ夕焼雲

盆の月夫の知らざる孫ばかり

天高し神の厩に馬をらず

夜は星の臥所とならむ大枯野

大仏の指(および)に届く冬日かな

時計鳴る帰省の一家去りしあと

  共鳴句

卯波立つ巌の一部となりて釣る

おむすびの顏の案山子が一等賞

猪の皮戸口に干して杣の家

雨粒と同じ数ほどあめんぼう

神殿に神楽の頭どかと据ゑ

スナップに滝の全長入りきらず

一枚の水田鏡よ伊勢平野

少年と呼ぶには早し箱眼鏡

結ぼれて罠となりたる千草かな

風に幣撒きて熊野の海開き

薔薇の門潜り産院より戻る

わだつみの神話聞きつつ船遊び

赤旗は上がれの合図鮑海女

岬から先は荒海うろこ雲

夏座敷夫の忌日の近づき来

寝返りのたびに短夜明けて来る

     
       

浜通り156号

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浜通り156号  浜通り俳句協会(結城良一代表)

東日本大震災特集(16)を紹介します。

招待作品

「龍の玉」 駒木根淳子 (麟)

 裏山の鵯のよく鳴く日和なり

 幾万の涕を沈め龍の玉

「玉手箱」  鈴木正治(寒雷)

  齢九十を迎えて・・・。

去年今年玉手箱未だ開かずおく

亀鳴くに応え余生の一日過ぐ

 震災作品 

白百合を汀に供ふ月命日       青木燁子

牛舎には牛のゐぬまま梅雨の月    伊藤雅昭

紫陽花や桟橋落ちて薬師堂      笠間 杏

側溝は除染もならず春埃       小松洋子

放射能禍の村青田点在す       佐藤きよし

原発はいらないと書く星祭       柴田郁子 

大熊町はよもつひらさか花万朶     長岡 由

誰もいない堤防瑰群生す      花貫 寥 

被災地に生まれにぎはふ猫の恋    古市文子

元旦の海蕩蕩と凪ぎわたる      結城良一

夏草や津波の駅に鉄路果つ      中田 昇

特集 震災特集合同句集いわきⅣ

 いわき市俳句連盟合同句集Ⅳ集が発行された。193名の東日本大震災、原発事故という未曾有の大災害に遭遇した人々だからこその句集であると言える。
 
震災をただ受けいれるさくら花   会田い久

 春光や馬穴に満たす生きる水   伊藤一泊

 まつ黒な波ののみこむ春景色   遠藤節子

 汚染てふことば悔しき木の芽時   鯨岡芳子

 春寒し水なき火なき白昼夢    榮 志津

 メルトダウンの炉の上空を鳥帰る  佐藤俊子

 初夢やセシウム赤く見えて覚む   鈴木泰子

 教え子のまさかの水死春の星   (故)武川一夫

 被災駅廃電柱に葛盛る      田崎武夫

 いのちあればと人ごとにいふ嗚呼三月 寺島恭子

 フクシマを語れば口のかじかみぬ  中田昇

 被災者に捧ぐ黙蝶生る     仲野扶美枝

 みちのくの無より始めし稲の花    新田ひろ

災難の慟哭癒す春の天      林十市郎

絶望など無し稲の花みてをれば   古市文子 

 セシウム減少の花野を歩く     結城良一

 待春や諦念と言ふ被災の地    渡辺ふみ夫   他

あとがき

 この七年間のいわき市俳句連盟は、ボディブローの如き会員の高齢化の進行に加え、東日本大震災・原発事故という未曾有の大災害に遭遇し、多くの仲間を失うという、痛ましい変化に見舞われました。昨年には、合同句集いわきⅢの発行者の武川一夫会長をも失いました。いわき俳壇を支えてくれた、これら今は亡き方々の、ご冥福をこころからお祈り申し上げます。ご存知の通り合同句集は十年毎の発行ですが、これを三年繰り上げかつ震災特集として合同句集Ⅳを発行することにしました。震災句という制約の中、実に193名という多数の参加者があり、誠によろこびに堪えません。参加の皆様、本当に有難うございました。震災特集は、大震災の貴重な記録として、次世代へ継承され、いわき地域の俳句の一層の飛躍に繋がることでしょう。いわき市俳句連盟の良さはチームワークにあります。これからもいわきの風土から流派を超えて新しい俳句を発信して行きましょう。
         平成27年10月
結城良一  中田昇

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7月18日(海の日)に「海の俳句大会」が開催されます。
投句は、〒970-8017 いわき市石森1-11-1 古市文子 行
  2句一組千円・・海に関する一句、自由句一句
   締切5月10日 

     
選者; 稲畑廣太郎 、櫂未知子、鈴木正治、棚山波朗、
   古市枯声、宮坂静生、結城良一

講演;「暮しと季語」茨木和生
  

竹内正與句集「鰯雲」

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竹内正與 句集「鰯雲」を紹介します。

  昭和16年静岡県うまれ

 平成7年「宇宙」(島村正主宰入会)

 平成20年「星雲」(鳥井保和主宰)創刊同人、21年「昴星賞」受賞、26年「天星賞」受賞・極星集同人

遠洋の基地全天に鰯雲

帯文:竹内さんのお住まいは焼津市にあり、地元の港の自然諷詠の作品を抽出した。折々眺めている爽やかな港の自然観照の完成度が高く、情景の空間を雄渾に詠い上げている。鳥井保和(「序」より)

鳥井保和 抄出

稲の穂を噛んで豊作疑はず

登檣礼喊声秋の天を衝く

神泉の鯉も紅葉も錦なる

遠洋の基地全天に鰯雲

伽藍より花の雲海見晴るかす

夜桜を花火さながら仰ぎけり

大花野千紫万紅晴れ渡る

糶待ちの湯気立ち昇る大鮪

濁声の次の鮪に糶移る

漁火の沖より漁夫の魂還る 

花の句

巡礼が浴ぶ霊場の落花かな

花吹雪享く観音の千手欲し

雪洞に灯が入り桜月夜かな

奔流に出て散りぢりの花筏

花守も五百羅漢も落花浴ぶ

共鳴句

日の丸が靡く船檣浦の春 (檣・ほばしら)

金星の明を賜り蓮咲く

白波をたて入港の鰹船

白蝶を化石の化身とぞ思ふ

落柿舎の別けて目映き柿若葉

大いなる虹の下にて漁れる

さきがけの螢が端の火を放つ

幕間に星の流るる花火の夜

水垢離は富士の湧水山開き

落日の天くれなゐの鰯雲

底抜けの空魁の雁渡る

松原を舞台に三保の薪能

         



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