平等院01

事務連絡ではなく御朱印に関わる記事はなんと昨年の日光ぶりです。お待たせしました。

さて、これは私がお休みをいただいていた間、わけあって京都に行った時に偶然平等院を訪れた時の話です。

10円玉の鳳凰堂でお馴染み、宇治の平等院を訪れるのは実はこれが2度目ですが、前回は56年振りとなる改修工事の前に行ったので、様子は多少変わっているはずです。

平等院02


というわけで、やってきました京都駅。
東海道新幹線では、京都の隣(東京寄)は米原駅なのですが、この駅名をずっと「よねはら」と呼んでいたのは秘密です。


平等院03

で、京都から電車に乗って、ちょっと歩いた先に平等院はあります。わたしが訪れた時にはもう夕暮れが迫っていました。
流石は宇治、参道は抹茶の良い香りに包まれていました。

平等院04

で、これが平等院鳳凰堂です!……って、逆光やないかい!

思えばブログの記事用に寺社の写真を撮り始めてそろそろ2年。最近は指の映り込みについてはあまり起こさなくなりましたし、機種変更により更に優秀になったiPhone5ではピンボケもあまり起きません。手ぶれは相変わらずときどき起きますが、これも当初よりかは減りました。

しかし、逆光にだけはどうしても敵わないのです。
この写真を撮ったのは丁度京都が秋から冬に移り変わる頃で、ぶっちゃけ黄昏の光を浴びた鳳凰堂は最高としか言いようがない美しさだったのですが、写真に撮るとこのザマです。申し訳ありません。

平等院05

正面から見るとこんな感じ。やはり逆光が……。

平等院06

少し遠ざかって撮った写真。角度はいまいちですが、少しは鳳凰堂の美しい朱が写っているかと思います。
それにしても、流石は改修工事の甲斐あって、以前訪れた時より朱がより鮮やかになっているような気がします。

鳳凰堂は阿字池の中島に建てられており、別途内部拝観も可能ですが、基本的には外から阿字池の向こうにある鳳凰堂を観る形になります。

禅宗寺院のあのわびさびも、あるいは枯山水もわたしは大好きですが、鳳凰堂がその名の通り朱く、その内部が色鮮やかな極彩色で彩られていればいるほど、非現実感といいますか、拝観者が立つ阿字池の此岸からは遠く尊い世界のように感じられ、やはり浄土がモチーフなんだなあということを感じさせてくれます。一応は現代人のわたしがそう思うわけですから、平安時代の人々はもっと強くその感情を抱いていたのでしょう。たぶん。

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で、こちらが養林庵書院……のはずです。というのも、この時既にスケジュールの都合で急ぎ足だったので、きちんと写真もメモもとっていないのです。申し訳ありません。
もっと悪いことに、実際には参拝している不動堂については写真がない始末。どちらも鳳翔館(撮影禁止)を出た先にあり、不動堂の隣が朱印所になっています。

平等院08

で、御朱印帳がこちら。なんとわたし、御朱印帳を持っていくことすら忘れていたんですよね。全く。

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こちらが鳳凰堂の御朱印。

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こちらが阿弥陀如来の御朱印。

平等院11

最後に、これが最勝寺の不動明王の御朱印です。
ちなみに今でこそ単立寺院ではあるものの、近世においては平等院は浄土宗と天台宗が共同管理しており、この最勝院は天台宗系の塔頭です。

宇治といえば同じく世界遺産の宇治上神社とか、黄檗宗の本山である万福寺とか、見るべきものはいくらでもあるのですが、生憎全く時間がなかったので諦めました。せっかくの京都なのに時間に追われるとは、難儀なものです。

平等院12

こちらは夕暮れの宇治川。流れているのは琵琶湖から流れ出た水です。また写真右端に写っているのは、源氏物語(特に宇治十帖)で宇治川を題材にした紫式部です。

京都のすごいところのひとつに、21世紀の現代の利便性と、平安から続く伝統を両立している点が挙げられると思います。いやもう本当に、京都が好きです。

平等院13

……というわけで、宇治駅で見つけた「利便性と伝統を両立した例」。
よく「昔懐かしポスト」と言えば丸型ポストが連想されますが、京都では壺なんですね……。