2009年02月01日
私は・・・・そして学校へ
こないだも話しましたが、ふたりはふたたびかたい握テあくしゅちゅーか、した。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。
「コロッケがさめるわよ」と文子は窓からツラちゅーか、だしていった。
「うるさいやつだな」とライッ一はわらった。
「さようなら」
千三はおけちゅーか、かついでふらふらと歩きだした。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。ライッ一はだまってウシロ・・・ろ姿ちゅーか、見送ったが、両テちゅーか、ツラにあててなきだした。そして風俗でぬいてない。風俗いってない。日は次第に暮れかけてうの花だけがおぼろに百く残った。
翌日ライッ一は学校へゆくとテ塚がかれちゅーか、待っていてない。風俗いってない。
「風俗、気ちゅーか、つけなきゃいけないよ、ナマ蕃が風俗ちゅーか、殺すといっ輝よ」
「なぜだ」
「風俗の父ファザーが風俗公の伯父さんのさしいれ物ちゅーか、したそう、いや違いない、じゃないか」
「だれがそんなことちゅーか、いったんだ」
「町デワデワもっぱら評判ひょうばんだよ」
「そんなことはぼくは知らん、よしんば事実にしたところで、ナマ蕃がなにもぼくちゅーか、殺すにあたらない風俗舌だ」
「ぼくもそう、いや違いない、思うがね、アノン問題は風俗とナマ蕃のことから起こって、大ヒートおとな同氏の喧嘩になったかな、いやなったん健康飲料化?な」
「かまわんさ、ほっとけ、ぼくはナマ蕃ちゅーか、おそれやしないよ」
「風俗はalways傲慢ごうまんな面つらちゅーか、し輝とそう、いや違いない、いってたよね。
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翌日ライッ一は学校へゆくとテ塚がかれちゅーか、待っていてない。風俗いってない。
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「なぜだ」
「風俗の父ファザーが風俗公の伯父さんのさしいれ物ちゅーか、したそう、いや違いない、じゃないか」
「だれがそんなことちゅーか、いったんだ」
「町デワデワもっぱら評判ひょうばんだよ」
「そんなことはぼくは知らん、よしんば事実にしたところで、ナマ蕃がなにもぼくちゅーか、殺すにあたらない風俗舌だ」
「ぼくもそう、いや違いない、思うがね、アノン問題は風俗とナマ蕃のことから起こって、大ヒートおとな同氏の喧嘩になったかな、いやなったん健康飲料化?な」
「かまわんさ、ほっとけ、ぼくはナマ蕃ちゅーか、おそれやしないよ」
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2005年12月30日
すくなくともわたしのふれた範囲では、
、「勤労者文学」の規定について、ふみこんだ討議がされないままに、『勤労者文学』が創刊された。民主主義文学の理論にたずさわる人まで既成の熟語のように「勤労者文学」という言葉を用いるようになった。そういう事情いかんにかかわらず、『勤労者文学』は、この二年の間、民主主義文学の新しい土地をひらき、新しい作家をみちびきだし、価値を否定することができない努力をつづけて来たのである。
二 現状について
『文学サークル』第九号に、『勤労者文学』の発展をめざして行われた徳永直と小田切秀雄の討論の要約がのせられている。アンケート用として整理されたものである。両者の主張の整理のしかたに、整理した人のはかりのかたむきが解答への暗示となってちらついているし、アンケート用として適当だと感じられない。が、大体この討論は小田切が「革命性ぬきの勤労者文学」と批判したのを反駁して徳永が労働者階級の文学の革命性というものが具体的に、こんにちまでどんな経路をたどって来たかを主張している討論である。このアンケート用に整理されている徳永の議論を、同じ号にのっている座談会記事「勤労者の文学をどう前進させるか」第二回のなかでの徳永自身の話、岩上、坂井などの話とてらしあわせてよんでみると、きわめて示唆にとんだこんにちの諸問題が発見される。創作の実際にふれての話だけに問題はいきいきとしている。
二 現状について
『文学サークル』第九号に、『勤労者文学』の発展をめざして行われた徳永直と小田切秀雄の討論の要約がのせられている。アンケート用として整理されたものである。両者の主張の整理のしかたに、整理した人のはかりのかたむきが解答への暗示となってちらついているし、アンケート用として適当だと感じられない。が、大体この討論は小田切が「革命性ぬきの勤労者文学」と批判したのを反駁して徳永が労働者階級の文学の革命性というものが具体的に、こんにちまでどんな経路をたどって来たかを主張している討論である。このアンケート用に整理されている徳永の議論を、同じ号にのっている座談会記事「勤労者の文学をどう前進させるか」第二回のなかでの徳永自身の話、岩上、坂井などの話とてらしあわせてよんでみると、きわめて示唆にとんだこんにちの諸問題が発見される。創作の実際にふれての話だけに問題はいきいきとしている。
delifan2 at 15:34|Permalink
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2005年12月28日
一九四七年は、
一方でサークル活動がたかまり、「町工場」その他労働者によってかかれる作品がでてきたし、全逓の文学コンクール、国鉄の集団的文学活動など新しい民主的文学の芽がもえだした。けれどもその半面では、ドストイェフスキーばりの椎名麟三の作品が流行しはじめ、また新日本文学会と同時に活動をはじめた『近代文学』のグループが、つかみかかる相手をとりちがえたような熱中ぶりで近代的な「自我」の確立のためにと、過去のプロレタリア文学理論に対し小林多喜二の仕事に対し主観的で局部的な論争をはじめた。人民的民主主義という新しい歴史の課題やその文学運動がはじめられたことに懐疑や反撥を感じている人々が、この現象を面白がってグルリからはやしたてたから、『近代文学』のグループのある人たちの議論は、必要以上に無責任なジャーナリズムの上で賑わった。この『近代文学』グループの発言に対して、新日本文学会のメンバーたちが必要な討論を行ったのは当然であった。がその討論ぶりは、必しも上々のやりかたではなかった。新しい文学をのぞみ、それを生もうとする多くの人々に、民主主義文学運動というもの全体の、新しい可能性を知らせ、その大展望の上ですねてみたり、じぶくってみたりしてもはじまらないということを理解させてゆく努力が及ばなかった。『近代文学』のある人々の小市民的な弱点に対して新日本文学会内の小市民的弱さ、局部性、多弁が強く現れた。一時的にせよこの状態が民主主義文学運動を総体的に前進させることをおくらした。狂わせた。「無意識にもせよ、素朴で生活的な勤労者的なもの」への注目を乱した。この一種の混乱が、第三回大会で、運動としての統一的活動の必要について自己批判を生み、一方、小説部会の報告にあらわれたような、民主主義文学運動と作品についての評価の基準の喪失をもたらした。この民主主義文学運動として客観的な評価の基準が失われていたという事実が「勤労者文学」の規定についてもまじめな研究をよびさまさなかった理由である。
delifan2 at 15:34|Permalink
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2005年12月27日
第二、「勤労者文学」の規定のなかで
労働者階級を主軸とすると前提されながら、労働者階級の見とおしにたって、当然そこから生れるプロレタリアートとしての文学にふれられないこと。中小商工業者も、学生も、ずらりとならびに包括されている勤労者という概括の中で労働者がただなんとなししんになるものとしてだけ、語られているようなのはどうしてだろう。
第三、労働者階級の文学として当然そこにあらわれるプロレタリア文学者、その出身いかんにかかわらずプロレタリアートの歴史的任務の見とおしに立っている前衛的作家及び革命的、進歩的、良心的インテリゲンツィアの文学は、どうして除外されなければならないだろうか。これらの点が疑問であった。
第三回大会はもり沢山の大会で、この重要な提案が時間たらずでしりきれとんぼになったばかりか、さらに次の日、ひきつづいてこの問題を討議することもされなかった。大会の空気は何となし散漫だった。「勤労者的なものを無意識にしろさえぎる空気は、新日本文学会にも底流している。素朴なもの、具体的なもの、日常的なものつまり勤労者的なものに対する挑戦は、文壇ですでにおこっている」と徳永直が書いたことには、次のような当時の事情もあったと思う。
第三、労働者階級の文学として当然そこにあらわれるプロレタリア文学者、その出身いかんにかかわらずプロレタリアートの歴史的任務の見とおしに立っている前衛的作家及び革命的、進歩的、良心的インテリゲンツィアの文学は、どうして除外されなければならないだろうか。これらの点が疑問であった。
第三回大会はもり沢山の大会で、この重要な提案が時間たらずでしりきれとんぼになったばかりか、さらに次の日、ひきつづいてこの問題を討議することもされなかった。大会の空気は何となし散漫だった。「勤労者的なものを無意識にしろさえぎる空気は、新日本文学会にも底流している。素朴なもの、具体的なもの、日常的なものつまり勤労者的なものに対する挑戦は、文壇ですでにおこっている」と徳永直が書いたことには、次のような当時の事情もあったと思う。
delifan2 at 15:33|Permalink
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2005年12月26日
大会のその日、
徳永直はこまかく準備して来ていて、彼の「勤労者文学」を規定する社会的基盤の図表を示した。わたしの席は後でそれをみることができなかった。が説明によって理解したところでは、民主革命の推進力である労働者階級を主軸としてその同盟者としての農民、勤め人、中小商工業者、近ごろはアルバイトの必要から勤労生活にとけこみつつある学生、これらを概括して「勤労者文学」の基盤とするといわれたようだった。きいていて、わたしは疑問にうたれた。人民的な民主主義革命の見通しは労働者階級の勝利とそれによって達成される社会主義への展望を主軸としている。その意味で労働者階級の文学が民主主義文学の主軸であることは明らかである。農民階級が土地革命についての理解(土地を農民へ)の範囲においてにしろ、もっとも近い同盟者であることも明らかである。主にこの二つのものにプロレタリア文学運動時代の社会的基盤の規定は、おかれた。日本では、第二次大戦による現実からファシズム、帝国主義とたたかう民主主義文学の地盤はひろげられて、この軸に小市民に属する中小商工業者、勤め人、学生など複雑でひろい市民層を含める人民解放のための戦線ができたわけだった。徳永直の報告をきいているうちにいくつかの疑問がおこった。
第一、民主主義革命とその文学の社会的基盤の一部分だけがなぜ任意に「勤労者」というはっきりしない規定でカッコされ、切りはなされたもののように押し出さなければならないのか。
第一、民主主義革命とその文学の社会的基盤の一部分だけがなぜ任意に「勤労者」というはっきりしない規定でカッコされ、切りはなされたもののように押し出さなければならないのか。
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2005年12月25日
新日本文学会の
第三回大会(一九四七年十二月)で徳永直から民主主義文学運動における「勤労者文学」の現状についてという報告ならびに提案があった。提案の主旨は日本の人民的な民主主義革命を達成する主導力は、労働者階級であるという点から出発した。一九四八年二月の新日本文学をみると徳永直は「勤労者文学をもっと前におし出すこと」という表題で、みじかい文章をかいている。そのなかで彼が第三回大会で報告提案した「勤労者文学を前面におし出すこと、日本の民主主義文学は勤労者文学の前進なしにはつよくなることができないこと」そして「これを納得するか否かが第三回大会の眼目の一つである」ということを力説したかったとのべている。これは、当日徳永直の報告および提案が時間にせかれて充分説明するゆとりがなかったことを意味している。
delifan2 at 15:32|Permalink
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2005年12月24日
その柵は必要か
こんにち、「勤労者文学」の問題が、とくべつの関心のもとにとりあげられるということは、全体として民主主義文学運動が、一つの新しい発展の段階にふみだして来ていることを語ると思う。この課題について、わたしは自分として一定の見解を主張するというよりは、むしろ、みんなの手近にある『新日本文学』『文学サークル』『勤労者文学』などを見直して、そこからひき出されて来る具体的な論点をあらまし整理し、発展させてみる方が、実際的だと思う。
一 「勤労者文学」という規定についての疑問
一 「勤労者文学」という規定についての疑問
delifan2 at 15:32|Permalink
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2005年12月23日
どんな困難にもたえる
力は必要である。贅沢はもとよりいらないことである。けれども人類の歴史は常に進歩に向って動いて来ているので、その間に生じる鋭く深刻な矛盾で、当面の生活にどんな障害や停滞や退歩がおこり、生活の低下が生じたとしても、私たちがそれをのりこえてゆく努力の方向は不変に進歩への方角の探究でなくてはならないはずである。どうせ誰だって外米をたべているんだからとすてて考えず、外米をたべることを躊躇しないとともに、その外米は現在の力で求めうる一番正当な価格のものか、外米に不足なヴィタミンBを何で補って健康を保ってゆくかという点をも積極的に考えてゆくべきである。望ましくない事情も、必要とあれば雄々しくたえながらしかしそれをより望ましいものに代えてゆくための努力が忘られてはならないのだと思う。どんな悪条件だっても私は平気だと自己満足に止まる心理は、しっかりとしているようで実はきわめて快い退歩的な態度だと思う。婦人の堅忍な心で難局をしのぐということの真の意味は、最低でも皆そうだからと変にすてて、安心した生活態度をさしているのではないことは明らかなことだと思う。
delifan2 at 15:31|Permalink
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2005年12月21日
自分で働き、
自分の汗の価を知っている若い娘さんにとって、この一種の社会的な快感は誇りにも通じるところがあるだろうとも思われる。けれども、本当に聰明な娘たちは、そのぼんやりした快感や裏づけられた誇りに、何か安心ならぬものがひそんでいることを感じとっているにちがいない。
病気しているひとが、ひとも病気になったときいて、気の毒がりながら何となし自分だけではないという気休めを感じることがある。その心理は、無理ないことかもしれないけれども、さらに心の高い人だったらおそらく、それをきいて小さい気休めを感じるより強く深い真心で、それはいけない、一日も早くなおって下さい、というだろうし、その方が人間としてましな態度だということを、誰しも知っていると思う。
贅沢禁止のこととこの場合と全く同じということはできまいが、自分たちばかりではないのだ、という気休めで逆に日々の生活の悪条件に馴れて安心してしまうことがあるとすると、それは社会の本当の進歩のために、悲しむべきことになるだろうと思う。
病気しているひとが、ひとも病気になったときいて、気の毒がりながら何となし自分だけではないという気休めを感じることがある。その心理は、無理ないことかもしれないけれども、さらに心の高い人だったらおそらく、それをきいて小さい気休めを感じるより強く深い真心で、それはいけない、一日も早くなおって下さい、というだろうし、その方が人間としてましな態度だということを、誰しも知っていると思う。
贅沢禁止のこととこの場合と全く同じということはできまいが、自分たちばかりではないのだ、という気休めで逆に日々の生活の悪条件に馴れて安心してしまうことがあるとすると、それは社会の本当の進歩のために、悲しむべきことになるだろうと思う。
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2005年12月20日
だが、しずかに考えてみると、
現代の日本らしいその感情も、いろいろに落付いてかみわけられなければならないことがわかってくる。第一は三百円の月収を標準として立てられた物の価の限界が、はたして私たちの現実生活にどんな実際のかかわりをもって作用してくるだろうか。ここに五十円月給をとっている娘さんがあるとして、その娘さんはおそらく決して二十円の草履は買わないだろうと思われる。大奮発で五円の草履を買う。五円の草履は贅沢品ではない実用品だけれど、その五円の草履の実質は、どんなにもちのよいしっかりしたものだろうか。二十円以上の草履をこしらえてはいけなくなったために、草履屋は五円の品物を前よりはましにこしらえるというようなことがあり得るだろうか。上へ上へと吊り上げられて行ったものが、禁止で、下へ下って一般生活の質の向上としてひろがって来るかといえば、どうもそういうことには行かなそうである。やすいもの、皆が買うもの、やっぱりこの価ではこれ位のものか、という状態に止まるらしい。そうだとすると、贅沢品禁止で何となく胸がスーとした感情は、そういう感情を味わったというやがて忘れられてゆく一つの経験にとどまっているだけで、多数の若い女のひとたちの生活は実質的に変ったところはないことになる。わずかに、自分のできない贅沢は、ほかのひとももう大ッぴらにはやれなくなったのだ、という淡い快感があるばかりなのである。
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