2008年07月25日

幸福への道程

2008年7月25日(金)
幸福の椅子























    幸福への道程

人は皆、幸福を求めて生きていると思う。
みんな自分が幸せになりたいと心から願っている。
自分の幸せを願わない人はいない。
たとえ、殺してくれと言っている人でさえ
たとえ、極悪非道で死刑を宣告された人でさえ
幸せになりたいと望んでいる。
自分の幸せを求めた結果、殺人までした人でさえ

でも、現実世界では、
幸せを追い求める人は、絶対に幸せになれない!
一時的に幸せをつかんだと思っても、すぐ水の泡のように消えていく。
なぜって?
幸せは、求めるものではなく、与えられるものなのだ。
何かの努力の結果として、その人に与えられるものなのだ。
だから、幸せそのものを追い求めれば、追い求めるほど
人は不幸になっていく。

幸せを「安楽さ」や「心地よさ」と勘違いしている人がいる。
「安楽さ」や「心地よさ」を求める人は、それを求めるほどに
傷つきやすくなる。
「安楽さ」や「心地よさ」を守ろうとすれば、するほど
人の心の大切ななにかが死んでいく。
そして、ごく小さなことでパニックにおちいる空っぽの人間になっていく。


敗者であっても勝者になれる人がいる。
他人の目には、不幸のどん底にいると映る人でも幸せをかんじている人がいる。
自分の利益ばかり追求している人には、利益さえも逃げて行く。
自分の会社の利益ばかり追求している会社は、いつかその付けを払わなければならなくなる。
なぜなら、利益もまた、幸福と同じで結果なのだ。

僕らに幸せや利益をもたらせてくれるのは、一体なんだろう?
それは、自分以外、自分の会社以外の人たちなのだと思う。
そう、人は、自分以外の何かに献身的に行動したときに、本当の幸福と出会えると思う。
人は、自分以外の人の幸せのために、あるいは正義のために献身になれたとき
その人の本当の自分の人生が始まると思う。
本当の自分の人生を見つければ、生き甲斐と出会える。
その生き甲斐と言うものこそが、幸福の本当の姿であると僕は思う。


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2008年06月05日

心に咲くひまわりの花

ひまわり

















2008年6月5日(木)

人は誰でも生涯忘れられない人をもっていると思う。
なぜなら、そこにその人が生きた証が
刻まれているからだと思う。
それが愛なら、なおさらのことである。
そして、僕も例外ではない。

愛の矢の傷みを耐えて、後姿を見送った人
その人の愛が今も抜けない!

だから、つらいときも独りではない。
泣きたい時も独りではない。
楽しいときも独りではない。
いつもあなたが側にいる。
どんなに遠く離れていても
どんなに別の世界に住んでいても
僕らは、いつも一緒だ!
忘れるなんて、出来ない!
それは、僕の一部でもあるから!


demian430710 at 21:22|PermalinkComments(6)TrackBack(0)人生 | 

2008年04月24日

月に向かって

月夜























月に向かって

生暖かき早春の月夜

木々は、いまだ、緑なく

そそとして、空に向かって立っている

雲はゆっくりと空を散策

僕もゆっくりと地上を散策

家々は、静かにたたずんで、灯をともし

時折、風が戯れる

いぶし銀のような光りを全身に浴びて

並木道を進む

その僕の歩調に合わせて、月が動く

月は、地上の孤独を照らし出している

月だけが、孤独の彼岸にいるようだ

僕が立ち止まれば、月も立ち止まる


月が語りかけてくる

命を輝かせようと思えば

癒しや慰めは、有害だ。

それは、命の灯をくすぶらせるだけだ

絶望こそが、命に輝きを与える道だ

絶望の彼方にこそ、輝く命に火が燃えると

そこには、孤独さえも存在しない世界があると


demian430710 at 18:52|PermalinkComments(1)TrackBack(0)生き方 | 人生

2008年03月18日

山桜

山桜




















大好きな「山桜」に思う

今年も、もう直ぐ桜の季節になる。
日本人にとって、桜は格別なものがある。

死ぬときは、桜の下で死にたいといった歌人いるくらいで
なにか人を酔わせるもの、妖艶なものを持っている。

この季節になると、思い出すのが、同じ桜でも「山桜」
藤沢周平の「時雨みち」に収められている作品である。

ところが、この作品は、評論家の間では、
同じ「時雨みち」に収められている他の作品と比べ
余り評価されていないようである。

それでも、僕は、この「山桜」が一番印象に残る。
藤沢周平の出世作「暗殺の年輪」は暗い暗い作品であるが
だんだん彼は、「明るい作品」を書き始める。
「山桜」は、その最初の作品ではないかと思う。

冒頭の野江が墓参りの帰りに山桜を見つけるくだりは、
藤沢氏の得意とする田園風景が実にリアルである。
読んでいるとまるで自分がそれを眺めているような気になる。
が、
僕がこの作品に魅せられているのは、そのことではない。

その山桜の下で、再婚した野江と、その野江を思い続けて結ばれなかった
手塚弥一郎とが偶然出会い、山桜の枝を野江に取ってやる。
別れ際

"「いまは、おしあわせでござろうな?」
「はい」
「さようか。案じておったが、それは重畳」
弥一郎はもう一度微笑を見せ、軽く手をあげると背をむけた。今度は大股に
遠ざかって行った。"

ところが野江は、実は幸せとはまったく反対のところにいた。
野江は、最初の夫とは死別し、再婚の家では、苦悩のどん底にいた。

ついには、再婚の家からも離縁され、たどりついたのが・・・

"履物を脱ぎかけて、野江は不意に式台に手をかけると土間にうずくまった。
ほとばしるように眼から涙があふれ落ちるのを感じる。
とり返しのつかない回り道したことがはっきりとわかっていた。
ここが私の来る家だったのだ。
この家がそうだったのだ。なぜもっと早く気づかなかったのだろう。"

形や内容が違えども、苦悩の末に、温かく迎えてくれる自分の本当の居場所を
発見したとき、人は魂のふれあいというものの意味を知るのだと思う。
別な言い方をすれば、自分の生きる意味の発見、魂の発見だと思う。

藤沢周平のこの作品の流れの行き着く先が
彼の作品の金字塔といわれている「蝉しぐれ」ではなかろうかと僕は思う。



demian430710 at 15:05|PermalinkComments(2)TrackBack(0) | 人生

2008年02月13日

生き方には貴賎がある!

職人























生き方には貴賎がある!

親類の葬式に行った。

残された子供である3姉妹とそれぞれの夫、その子供達が集まった。

これまで3姉妹が交代で故人の介護をしてきた。故人は夫を亡くして

一人暮らしだった。

その故人が、病に伏したので、3人は、故人の財布を預かり、引き継いだ。

ところが、二女の当番のときに限り、出費が突出して多かった。

葬儀に参加した3姉妹と夫は、故人の家に、

子供達は、みんな同じ宿舎に泊まった。

ところが、二女の子供達には、宿泊料の領収書を持ってくるように

二女が伝えていた。

葬儀がすんで、みんなが帰る頃になって、それが知れ渡った。

故人の財布から、自分の子供達だけに宿泊料を払っていた。

他の子供達は、そんなことは全く知らされてなく、また、故人の財布から

宿泊料をもらうなどと気持ちも全く持ってなかった。

だから、それを知って驚いた。

長女と三女は、二女の不公平な行為に抗議した。

そこで、子供達全員に宿泊料を払うこととなったが、

働いている子供は、受け取らなかった。

学生の子供は受け取った。

僕は、どこから自分の子供だけにそうしようなどという発想が

生まれるのか不思議であった。

しかも、そのお金は、自分の財布ではないので、全員に払っても

本人には、全く負担にならないのだ。


後で判明したことには、財産相続の分け前を減らしたくなかったとか。

僕は、開いた口がふさがらない気分だ。

そんな発想しか出来ない二女の夫婦を寂しい人だと思った。


いつか読んだか忘れたが永六輔氏の「職人」という本を

読んだときのことを思い出した。

そこには、こう書いてあった。

「職業に貴賎はないというけれど,生き方には貴賎がありますねェ」






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2008年01月30日

子供心を忘れた大人たち、大人になれない大人たち

純な心





















子供心を忘れた大人たち、大人になれない大人たち



子供は純粋だという大人たちがいる

でも、子供は大人が考えるような純粋ではない

子供達は、知りたいだけなのだ

子供達は、興味の赴くままに走る

それが大人の目には純粋に見えるだけだ。

大人たちが余りにも当たり前と思っていることで

子供達に質問されて、答えられなかったことはありませんか?

子供は、知を求めてまっしぐらに走る。

義務や「ねばならぬ」で行動するのではない。

子供は、知りたいから分解する。

それを大人たちには、壊す行為として受け止める。

子供は、壊しているのではなく、知ろうとしているのだ。

物に触り、たたき、投げ、口にいれ、…・

そうすることで世界を獲得していく。



しかし、子供心を失った大人たちは義務があり、「ねばならぬ」があり

人目があり、自分を高く評価して欲しくて、もがいている。

自分が作り上げた習慣と既成概念と自己評価と他人の目でがんじがらめ。

自分の人格を高め、発展させるためのものが、今や桎梏となり

真の自己は、すみに追いやられ、他人の中の自分を生きている。

そこに生きているのは、勝手に意味づけされた義務であり

「そうあるべき」「ねばならぬ」「世間体」だ。

本当の自分は、窒息しそうになっている。



そこから抜け出すのには、自分に素直になれば良いだけ。

心を無にして胸を開けば良いだけ。

無防備で胸を開いても、だれも刃を向けはしない。




でも、大人になれない大人たちは、一見子供心を持っているように見えるが

そこにあるのは、知の探求ではなく、自分だけの欲望の追求である。

閉鎖的な自己保存の要求であり、それゆえに傷つきやすく、直ぐ切れる。

排他的で利己的攻撃的な行動を繰り返す。

他人の目を気にしない代わりに他人の迷惑など眼中にない。

自己主張は強いが慈しみの心は、影もない。

都合の悪いことは、すべて他人や環境のせいにし、自己責任のかけらもない。



そこから、抜け出すには、醜い自己を受け入れれば良いだけ。

どのように愛を求めて醜く見える自分でも素直に受け入れ、慈しめば良い。

それで、誰もあなたを傷つけはしない。

あなたを傷つけているのは、あなた自身だから。



demian430710 at 22:02|PermalinkComments(1)TrackBack(0)人生 | 人間性

2008年01月27日

道程

マッターホルン





















   道程


学生時代、毎日が多忙だった!

勉強に

サークルに

友達との交流に

彼女とのデイトに

アルバイトに

毎日が充実しているように思えた。



ある日、図書館で、ドイツの哲学者・ハイデッガーの言葉に出会った。


「通り過ぎただけの過去は、もう過ぎ去ってしまった。
けれど生き抜かれた過去は、やって来る。」


ふと自分の大学生活を振り返りってみた。

この数年間、自分は、何をし、何を成し遂げたのだろうと考えた。

あんなにも多忙な日々を過ごしてきたのだからと



でも、何もこれというものが思い出せない。

それぞれ、自分なりに一生懸命努力をしてきた。

そして、その努力は、報われた。



でも、それなのに

まるで大海で、方向を見失った船のような気がした。

ただ、人生を通り過ぎてきただけのようなむなしさに襲われた。

過去は過ぎ去り、未来は見えなかった!



自分は今、生きている!

でも、生きているだけでは、寂しすぎた。

毎日がただ過ぎていく生活は、無意味に思えた。

確固とした自分の生きる意味が欲しかった。

自分の生きる価値が

このためにこそ、自分の人生があるといえるものが欲しかった。

そして、自分の人生を生き抜きたいと思った。

沸き立つ情熱をもてあましていた。


demian430710 at 16:48|PermalinkComments(3)TrackBack(0)人生 | 生き方

2008年01月26日

心の風景

田舎の風景1






















心の風景



僕は、田舎生まれで、田舎育ち。

だから、いつも僕の周りに自然があった。



真っ赤に空を染め上げる夕暮れ時、

冬枯れのクヌギ林に泣く木枯らし、

さわさわと、楠の葉をゆすり、竹を踊らす風の音、

田んぼ一杯に咲き誇る蓮華の花、

ささやきかえるような小川のせせらぎ、

にぎやかな蝉の鳴き声、

向かいの峰に立ち昇る入道雲、

ゲロゲロと夕立前のかわずの合唱、

田植えの済んだ水田の上を舞い踊るホタルの群れ、

枯葉舞う道野辺、

暖かな晩秋の陽だまりの山之辺、

それらは、みんな僕の生活の一部だった。



幼き日

友人達とその自然の中を走りまわり

木の実や柿をとり、小川で魚を釣った。



1年が永遠に続くかとさえ、思っていた。

そんな思い出が、心に焼き付いて懐かしい。

心の風景となった。



そして、それは、大人になっても

郷愁となって、心を潤してくれる。



でも、都会生まれで、都会育ちの人たちは

どんな心の風景を持っているのだろう。

どんな風景が、郷愁となって、心を潤してくれるのだろう。



僕は、今、田舎生まれの、田舎育ちだったことを

心から幸せに思う。


demian430710 at 18:29|PermalinkComments(3)TrackBack(0)人生 | 癒し

2008年01月20日

月夜

満月













月の友達?


深夜、部屋の電灯を消すと

窓から、明るい光りが降り注いでいた。

窓を開け、テラスに出て、空を見上げる。

天空にただ一人、月が静かに輝いていた。

柔らかな光りを

全身に浴びていると

心が澄んでいくような気がする。

今、どのくらいの人が、この月を

しずかに見上げているのだろうか?

今、このとき、月に心を洗われている人たちと

お友達になれたらいいなあ!




demian430710 at 17:11|PermalinkComments(9)TrackBack(0)人生 | 友情

2008年01月08日

魂のふれあいは、感動もの!

ウェズリー・スナイプス


















孤独な魂の触れあいー映画“ザ・シューター”

お正月は、やはり、良い映画も見たい!

そこでレンタルDVDで“ザ・シューター”と映画を見た!

“ザ・シューター”というとみんなは

あのマーク・ウォールバーグ主演の

同タイトル「ザ・シューター/極大射程」を想像すると思うけど

それとは、違います。

僕の見た“ザ・シューター”の原題は「THE CONTRACTOR」(契約者)

なのです。

お間違えのないように(笑!)

僕は、原題のままの方がいいように思うのですが・・・・

だって、ザ・シューターとしての行為は、最初の1回だけで

後は、ひたすら追われる身。

それを助ける少女エミリー!



こういうと「レオン」を思い浮かべる人がいると思うけど

なんか少し似てることはたしかです。

でも、結末は、全く異なるんです。

それは、主人公が、プロの専従者ではないというところにも

いえることですが・・・・。

レオンでは主人公は死ぬが、“ザ・シューター”では、

生きて自分の日常生活に戻る。

内容を書くと見ていない人に申し訳ないので書かないけど

是非、お正月に見て欲しい映画です。



脇役の少女エミリー役のエリザ・ベネットも印象的です。

エリザ・ベネット









ラストシーンは、意外な展開で感動します!

映画を見終わった後、心がぽかぽかしてきます。

ここに、孤独な魂のふれあいが、僕らに感動を与えて

くれるのだと思う。

家族みんなで見れる映画です。


demian430710 at 15:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 生き方

2008年01月01日

新年のお慶びを申し上げます!

あたらしい年のはじめに




















明けましておめでとうございます!


みなさんにとって、よりよき年になりなすように!

そして、今年もデミアンを宜しく!

今年は、とにかく行動を重視して、

いろんなことにチャレンジしていこうと思います。

ホームページでは、詩と創作を増やしていくつもりです。

僕のホームページ「アフロディーテ」も宜しくお願いします。

いろんな分野で何かが壊れていってるような気がした昨年でしたが

今年は、新しく生まれようとしているようなものを

僕もなにか探して、取り組んでみたいと思います。

今年は、人生に花を咲かせたい!!!

自分自身で育て上げた花を!



demian430710 at 00:21|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2007年12月19日

水滴になりたい

水滴














水滴になりたい


あなたはもうここにいない

夕立のように去っていった

ここには濡れて立っているぼくがいるだけ

入道雲のような愛は ここでは見えない

雲さえも去っていく

去って行ってしまう

ぼくは木の葉の先よりこぼれる

水滴の中に

砕け散った愛の破片を見る



あなたが残していったミュージック

あなたが残していった数々の思い出

あなたの笑顔

あなたの癖

ぼくはそれをまとって立っていた



そこにはぼくの行くべき道はなく

ぼくの帰るべき家もない

ぼくの身を置く場所とてない

ただ、白く音のない世界が広がっていた



この身も砕けて水となれ

この身も砕けて水となれ

そこにしばしの安らぎがあろう



砕けきれない悲しさが

こんなにもぼくを苦しめる

人間であることが こんなにも辛く

心を持つことが こんなにもうらめしく



心を持たず 形も持たず

自由に流れゆく

水が羨ましい



移ろいゆくもののみが美しく

残されたものは沈黙する


demian430710 at 19:08|PermalinkComments(3)TrackBack(1)生き方 | 

2007年12月12日

後姿!

心の般若














後ろ姿


「なんでまだ、厚かましくいるんだ」

「使いモノにならんクズが!」

「月給泥棒!」

「早くやめてしまえばいいのに!」

上司や同僚たちが口汚く云う

そして 

おまえには みんな聞こえている

それでも毎日出勤する

出勤すること事態が勇気のいる戦いだった

みんなの冷ややかな顔だけが見える

そして なによりも

おまえの目には はっきりと焼き付いている

自分自身の惨めな寂しい後ろ姿が!



でも おまえは負けずにがんばった


燃え立つ青春で自然は蒸しかえっていた

陽炎ように立ち上る

情熱を身にまとっていた



でも 自問せずにはいられない

私は いったい誰ですか

なにを求めて生きているのですか

私に生きる力をください!



もう一人の自分が応える

お前は、十分に耐え抜いた

お前を恥じてはいけない

お前に自分の後ろ姿がどんなに見えようとも

抱きしめて、愛しんでやりなさい

それができれば、お前は答えをみつけるだろう!





demian430710 at 23:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)人生 | 人間性

2007年12月06日

時に

冬の林

















   時に


時に 僕は

突っ張ってみても 結果は一層悪くなるのに

わかっているのに

わかっていても

どうしようもなく突っ張りたくて

心はズタズタ

惨めな自分をますます惨めにして

それだけに また

わかっているのに

わかっていても

余計に突っ張らずにはいられない時があるのです




苦しみのない幸せな人生を願うけど

苦しみのない

痛みのない人生なんて

この世にありようがないように感じるときがあるのです



demian430710 at 22:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)人生 | 生き方

2007年12月05日

訪問

ゆれる瞳















  訪 問


京都の大学に入学して

ぼくは、初めてその家の前に立った

玄関にたたずむぼくを見て

彼女は息を呑んで立ちすくむ

ぼくの顔を驚いたように見つめて動かない



「もしや…・もしやあなたは……・」

ぼくはうなずく

彼女の顔がいろづく

恋する少女のようにぼくを居間に導く

彼女の心がぼくに伝わってくる

「あの人より痩せているけどそっくり!」

彼女は何をしているときでも

視線はぼくから離さない

「そっくりだわ、あなたの声も」

彼女の心のふるえが伝わってくる

「まるであの人といるみたい!」



「あなたがここに来ることをあの人は知ってるの?」

「いいえ、父は知りません」

「じゃ、あなたが……・」

「ええ」


ぼくのまなざしがゆれる

彼女と父の30余年の恋

今も父が愛してやまぬ女性

母を苦しみ続けた女性


そして

彼女のまなざしがゆれる

二人のゆれるまなざしが

すべてを許し

すべてをあがなった


帰り際

彼女はぼくにコートを着せながら言った

「また来て下さるわねえ、遠慮はいらないから」

でも

ぼくは二度と訪問しなかった



誰にも愛を結べなかった母を思い

痛々しくて、寂しすぎて

涙が止まらなかった

不倫の恋とそしられてもいい

母にも愛する人がいたのなら

ぼくの涙もなかったろうに



「これが私の愛する人よ」と

誇らしげにいう母の笑顔が見たい

そうすれば

どんなにか

ぼくの心も軽くなったろうに!



demian430710 at 22:24|PermalinkComments(5)TrackBack(0) | 人間性

2007年11月29日

人の魂は・・・

4分間のピアニスト












映画「4分間のピアニスト」を見てきた。

素晴らしい音楽と衝撃をもらった!


この映画のインフォメーションで

この広い地球の上で無傷の人生なんて、

1つもない。

1度もつまずかずに人生を完走できる人なんて、

1人もいない。

誰にでも、愛に傷つき、生きる目的さえ見失い、

泣いた夜があるはずだ。

人には、魂が共鳴しあう出逢いがある。

孤独に挫けそうになった時、

ジェニーとクリューガーのかけ離れた人生が交わった、

輝ける瞬間を思い出してほしい。

あなたにも、きっといる。

魂の声なき叫びが、互いにハッキリと

聴こえる相手がー。」


レビューでは

こなごなに踏みにじられた少女の

哀しみからあふれ出たすさまじいほどの音楽。

その4分が圧巻でした。
             加藤登紀子 (歌手)

痛々しいほどみずみずしい。

2人の女性の生き方に音楽が重なり、

心が揺さぶられました。
             竹下景子 (女優)

魂と魂のぶつかり合いが、

激しく鍵盤をたたき、弦を弾く。

ラスト4分間の感動で、

体ではなく心がしびれて、席を立てなかった。 
             生野慈郎 (『手紙』監督)」


と記されている。

僕も本当に魂に触れ合えた気がする。

目には見えず、聴くことさえ出来ない

激しい魂の叫びが芸術という形を取ったとき

それは、多くの人の魂を呼び起こし

深い感動を与えることが出来るのだと思った。

人との魂は、自分の生きる位置を求めて

心の奥深くで燃えているのだ。

本人さえも知らぬ深い心の奥で!

人は皆、素晴らしい魂を持っている。

けれども、日常は眠り込んでいる。

魂が目覚め、激しく噴き上げてくるのは

大きな困難に遭遇し、戦っているとき

魂を揺さぶるような人とであったとき

人は、自分の魂の激しく燃える存在を知る。

素晴らしい人生とは

長生きすることや経済的なことではない。

わずか4分間であっても

100年を生きた以上の人生もある。


僕もそんな人生を送りたいと願いながらも

いまだ魂は、眠りこけているのが辛い。

あなたにも、きっといる。

魂の声なき叫びが、互いにハッキリと

聴こえる相手がー
。」

でも、いまだ出逢えないでいる。



demian430710 at 17:05|PermalinkComments(4)TrackBack(0)生き方 | 人間性

2007年11月22日

故郷へ

羊飼いの少女





















故郷へ


ぼくはこの国では異邦人

この国に僕の住むべき家がない

羊たちよ

止めようとしないでおくれ

梅の花が初春の香りを運んで来ようとも

もはや僕には遠い遠い昔の幻

すでに春は失われ

また、夏も過ぎ去った

今は秋

世界は深い秋に閉ざされている

失われた日々の羊の群れよ

旅急ぐ僕を そっと通しておくれ

涙にくれて ぼくは君たちの中を歩く

ぼくの国へ行きたい者がいるのなら

ぼくの側に来て 共に泣いておくれ

ぼくの国

淡い夕日の静かにまどろむところ

羊たちよ

この岩山を超えて行こうよ

遙かに遠い西の国

僕の故郷へ




demian430710 at 00:06|PermalinkComments(2)TrackBack(0)人生 | 生と死

2007年11月16日

2つの景色

愛の天使























2つの景色


愛する人といる時

愛する人のいる所

木枯らしすさぶ時でさえ

秋の紅葉のように

僕の心は、紅く燃え、温かい!

愛する人のいる道端の雑草さえ

いとおしく思える。

すべてが、優しく僕に語り掛けてくれる

溢れんばかりの愛に包まれて

この人のために

自分の人生があるとさえ思えてくる

そして

生きていることへの喜びに満たされる。


でも、

あの人のいない今

同じ景色でありながら

なんと違ってみえることだろう!

秋なのに、心の中は木枯らしが吹きすさぶ

すべてが、僕に空々しく見え

胸の奥深くから

たとえようもない寂しさだけが

湧き上がり

命さえ枯れてしまいそうだ。

枯葉を巻き上げる北風の中で

あの人のかわいい笑い声がむなしく

心の中を通り抜けていく!


それでもなお、僕は人を愛したい

それでも、僕と同じ寂しさを抱える人の

心を温めてあげたいと思う。

寂しさゆえに

人の心に火をともしたい!


demian430710 at 14:16|PermalinkComments(2)TrackBack(0) | 人生

2007年10月31日

僕は寂しくなんかない!

天使





















僕は寂しくなんかない!



僕の毎日は、

仕事を追っかけ

仕事に追われ

仕事に生き甲斐を感じている!

だから、アフロディーテに

めぐり逢えなくても

寂しくなんかない




僕の休日は、

予定で一杯だ

友達と逢い

映画を見

ドライブをし

読書にふける

充実した休日を過ごしている

だから、アフロディーテに

めぐり逢えなくても

寂しくなんかない




アフロディーテが

いなくても、僕は生きていける

人生を楽しむことが出来るんだ

だから

だから

お前がいなくても

僕は、寂しくなんかないんだ




夢にさえ、お前が現れなくとも

僕は、さびしくなんかない

ぐっすり眠れて、

気持ちよく目覚めるんだ




そうだ

僕は、ちっとも寂しくなんてない

だから

僕は、寂しいなんて思わないんだ

探し続けているのに

ちっとも姿を見せないお前なんか

いなくても、

僕は、寂しいなんていわないんだ

さびしくなんか

あるものか!

涙なんかでるものか!


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2007年10月25日

愛を信じて生きてきた!

晩秋の草原


















あなたの愛を信じて


あなたの言葉に従って

今日まで生きてきた!

あなたを探して

今日まで旅してきた



あなたは今どこにいるの?


夕焼けが真っ赤に大空を染めた

晩秋の阿蘇

その大草原の中で

僕の心を抱きしめて

私のために生きてといったあなた

死の淵から僕を呼び戻したあなた


あなたは、今どこにいるの?


あの日からの長い年月

僕は、

あなたの言葉を従って

今日まで生きてきた!

あなたを探して

今日まで旅してきた。


あなたの愛を信じて生きてきた!

このまま僕を独りにしないで

もう一度

僕の心を抱きしめて欲しいのです!


I can't live without you!

demian430710 at 22:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 生と死