楽しめ定年退職者!

学校を出てから40余年、社会の紆余曲折を経験し昼夜を問わず働き続け、妻には遥か昔に愛想をつかされ、子供らは何時の間にやら独り立ち。初老を引きずり退職後の生活に。こんな自分に似た人はゴマンといるに違いない。先輩後輩諸氏はどのように楽しんでおられるのだろうか? 元気なうちに楽しんでおかないと。 皆で楽しみを分かち、広く、深く、そして長々と楽しみたいものである、人生を卒業するまでは・・・。

マントラ・サミット・チャレンジ 50 km に挑戦@インドネシア

2018.07.14-15  SAT - SUN

 写真: ATM ウエブサイトからのコピペ
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.    数か月前にアジア・トレイル・マスター(ATM) を率いるクリスに「素晴らしい眺めの山岳トレイルだ。」と教えられた。

写真:フェイスブック、Mantra Summits Challenge より。


下写真: アルジュナ(Arjuna ) 山 3339m からセメル山  3676mを見る。
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.   2か月前にエントリーした。

注: マントラとはヒンドゥ語で「呪文」と言う意味らしい。 今回登頂する主峰の「アルジュナ=ヒンドゥ教の英雄」と、この大会の名称「マントラ」の結びつきは、まだ確認していない。 何れにしても日本では殆ど知られていない山だ。 しかし、地元では人気がある様だ。
 
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.  大会会場は、インドネシアの東ジャワ島のほぼ中部にあるスラバヤから南へ65km程の所にある「カリアンドラ・リゾート・ホテル」に設けられている。

.  スラバヤのジュアンダ空港がこの大会へのゲートウェイだ。 そこから大会会場まではシャトルバスが用意されている。(片道IDR 150K=約1500円)

P7133533 仕事の無い週だったので、この大会を絡めて4~5日 スラバヤに滞在することにした。

.  航空会社はフルサービスのマレーシア航空=MHを選んだ。 事故や行方不明機でたまに話題に上る航空会社だ。 航空運賃はそれ程高く無いが、KL=クアラルンプールで乗り換えないといけない。 (注: 運賃は約51,000円)

.  宿はブミ・シティ・リゾートというスラバヤ市街の中心にあるホテルをネットのホテル検索サイトで選んだ。


P7133548.  そこにはジムやプールはもちろんのこと、野外バーベキュー・レストラン(上写真)やテニスコートなどのリゾート施設が整っていた。

.   週末にはピアノが奏でられ、良く効いた冷房と相まって、エキゾチックな香水も流れ、ゴージャスな雰囲気を醸し出している。

.   国内では高価すぎて、おいそれとは泊まれないリッチなホテルだ。 スラバヤでの宿泊料金は、日本のビジネスホテルと大差ないので大助かりだ。 (約6,500円 / 泊 朝食バイキング付き)
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.   ホテルに併設されたビルに、たまたま前職のスラバヤ事務所が開設されていた。 懐かしさのあまり、中に入って挨拶してしまった。 (写真:ピーターとヤスミン)

.   僕がこの国の一部を担当してた頃の支社長や同僚の名前は全て過去のものとなっていた。

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.   ホテルのスタッフに大会会場までのタクシー代を聞いてみた。 

.   『30 km = IDR 150K (約1,500円)』 との理解があるらしい。 大会会場までは 65km 位であるから、計算するとタクシー運賃は IDR325K(3,250円)と算出され、それに高速の通行料が200~300円程加わることになる。  日本でのタクシー料金と比較するとかなり安く、問題なく支払えそうだ。

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.   スタートは 7/14 土曜日の23時(日本時間午前1時) だ。 他方、現地の受付が15時迄と記されていたので、やや早いが正午過ぎにホテルを出発した。

.   念のためメモに書いた行先をホテルのスタッフから乗務員に説明してもらった。

.   乗務員は自信ありげにタクシーを走らせたが、どうやら「カリアンドラ・リゾート」は知らない様だった。

暫くすると手渡したメモを見ながら誰かにケータイで尋ねていた。 僕の方を振り返り、"にっ”と笑って場所が分かったいうそぶりを見せた。 でも、高速を降りてからは、キョロキョロしたり、道を間違ったり、Uターンしたり、2~3度車を止め、そこいらの人に場所を尋ねていた。

.   車内にカーナビは無く、乗務員はスマホも持ってなかった。 交通渋滞にもしっかりと巻き込まれ、3時間近くかかって大会会場に到着した。 タクシー代は通行料を含めIDR450k(約4500円)になっていた。

.   無事に到着出来て、乗務員がとっても嬉しそうな顔をしていた。 僕は予想以上の運賃と時間に渋い顔をしていた。

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P7143571b.   大会会場は急坂を登った先にあった。 周辺には多くの車が止まり、ランナー達がくつろいでいた。(写真)

.   受付ではメディカル・サーティフィケーション(健康確認書)とウエイバー(訴訟権利放棄書)を提出した。 つぎに、ホイスルやヤッケや手袋や予備食など「必須携行品」を持参しているか一品ずつの確認を受けた。

.   最後にゼッケンとリストバンドのICチップに参加賞をもらった。
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.   でも、5分もかからなかった。

.   序でに帰りのシャトルバスも予約し、運賃を払っておいた。

写真:リストバンドを手首に巻いてくれたシンガポールから応援に来てたお兄さん。

.   間もなく説明会が始まった。(下写真)

P7143570.   バハサ語と英語での説明だった。 しかし、英語は発音が不明瞭で理解できないところが多かった。

.   その内容はウエブの説明の繰り返しが殆どだったようだ。

.   おおよそ1時間の説明が終わっても、スタートまで6時間以上の時間があった。

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.   大会会場は標高770mほどの所に位置し、空気が乾燥し涼しくて気持ちが良い。 以前参加したタイやマレーシアの会場とは雲泥の差だ。

.   じっとしていると半袖では涼し過ぎるほどだ。 日没後は少し寒かった。 この気温を考慮したのか厚手のトレーナーが参加賞だった。 日没後は、皆、トレーナーを羽織り始めた。

.   有り余った時間をATMのクリスや、顔見知りのランナーや大会の担当者とお喋りしてすごした。
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写真の注記:2015 年と 2017 年の ATM チャンピオンのアリフ Arief Wismoyono。 何時もツーショットを撮るイタリアからのアレサンドロ Alessandro Sherpa は 今回も上位を狙って参加していた。 インドから参加のラオ Shashwhat Rao ラオ と ミリンダ Milanda。 ラオ (写真は左端に欠けてしまった。) は 昨年のBTS 170 km で40 時間かかり、栄えある5名の完走者のひとりとなっている。 
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.   19時スタートの75km組約50名を見送り(下写真)、50km組のスタートまで更に4時間。 とっても暇な時間を過ごした。
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.   カヨコさんというシンガポール在住の日本人のお嬢さんも参加していた。(下写真) 急に日本語で声を掛けられたのでビックリしてしまった。 ATMの主催者とコネがあるらしい。
 
.   我が50km組 約200名はスタート20分ほど前からゲート前に集まり、23時きっかりに出発した。 僕は一番最後にゲートをくぐった。

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.   スタート直後は急坂の舗装路だ。 そして、コースを進むにつれて道は細く路面は粗くなり、5-6kmほど進んだ頃には、ひと独りが通れる火山灰の山道になっていた。

.   参加者が少ないので数キロも進むと前後に他のランナーがいなくなった。 ヘッドランプで足元だけを照らして、もくもくと進んだ。 ルートは時折低い草をかき分けながら進む。
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.   外気温が低い所為で、殆ど汗をかかない。 時折、猛烈な眠気を感じたが我慢して進んだ。

.   標高2480mの9km地点にある給水所=WS1まで、いっきに登った。 眠気はなかなか抜けなかった。

.   WS1で暖かい紅茶を一杯飲み、登山用のヤッケを着込んで標高3156mのピークにある第1チェックポイント=CP1を目指した。

.   ヤッケを着ると汗で蒸すかと思ったが、寒さが和らぐ程度で丁度よかった。

.   時々、ヘッドランプを消して空を眺めた。 星が輝いている。

.   ルートは火山灰が堆積した上に植物が根を生やした柔らかな坂道だ。
.   暗闇なので地形は判らなかったが、途中からは雨樋の様に凹状になり、岩が露出した急坂になっていた。 雨や登山者により火山灰が流出し、岩が露出したのかも知れない。

.   標高が2900mを超えた辺りから、高山の為か 時折流れる硫黄臭の為か、微かに頭痛を感じ始めた。 また、横からの強い風を受け、霧にも包まれるようになって来た。

.   CP1の2kmほど手前からは山頂を往復するルートになるのだが、その往復路に差し掛かると硫黄臭が一段と強くなった。 路面には時折、硫黄分を含んだ黄色い砂がまじっていた。
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写真: FBより「Mantra Summits Challenge」

.   濃い霧の為にメガネが半分曇り視界が一層悪くなった。
ヘッドランプを最大の明るさにした。 1時間ほど前に乾電池を交換していたので、とっても明るく助かった。

.   気温は 5℃前後と思われた。 風速は15m/sはありそうだ。 時折、思わず口を覆いたくなる様な強烈な硫黄臭、亜硫酸ガスが流れてきた。 やがて、ガスが絶え間なく流れてくるようになった。

.   頭痛が酷く、息苦しくなり、咳き込んだ。
.   前後に殆どランナーがいない。

.   這松が根を広げ、小石が散らばる尾根に出た。 北アルプスの尾根筋を思い出す。 風が更に強くなり体感温度は0℃か氷点下となった。

.   鼻水が垂れ、手がかじかみ、指先の感覚がなくなった。
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(写真: 3339m アルジュナ=Arjuna 山の CP2の手前で。)

.   ヘッドランプに照らし出されるのは1メートル位の半円だけだ。 その向こうは濃い霧と暗闇が広がっていた。 明るくなるのは5時頃なので、まだ半時間ほどあった。

時折すれ違うCP1から戻って来たランナーには、余裕の無い厳しい表情が残っていた。
  
気象条件が悪すぎる。 言うなれば、嵐の夜に富士山のお鉢回りを強いられたような感じで、加えて亜硫酸ガスで充分に息ができない状況なのだ。

ガスで頭の芯までクラクラした。 息を吸わないと苦しいが、ガスを吸うともっと苦しい。 変な葛藤を感じた。

一刻も早くCP1に到着してこの場から遠ざかりたくなった。
インドネシアでは「安全」を優先する文化が発達してないのだろうか。

もし、日本でこのような環境下の大会を開催すれば、新聞沙汰となり責任者が多くの記者とTVカメラの前で頭を下げるようになるのは必至だ。

炎天下でのトレイルと違った難しさを感じた。 低温の強風に体温を奪われ、血流が悪くなり、全身の動きが鈍くなり、更に体温が低下してしまうという悪循環である。

果たして無事に戻れるだろうかと大きな不安を感じた。

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 写真 : FBより。

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厳冬期の穂高の山頂の様な所に設置されたCP1でチップの読み取ってもらい、ゼッケンにステッカーの貼り付けてもらった。

すぐさま、剥げて小石が散らばった馬の背の真暗闇のコースを引き返した。
しかし、10㍍も進むと道が分からなくなり、再びCP1に戻ってルートを教えてもらった。

身の危険を感じた。

無事に戻れるなら、ここで棄権しても悔いが無い思った。

以前、タイとマレーシアの国境でホールドアップに遭遇し「強い嫌悪感に似た感覚に全身が包まれ、腹をくくる覚悟をした・・・」時のようになってしまった。

迷った時のテクニックで、後ろから来た男女のランナーに合流した。
僕の眼鏡が曇って視界を悪くしていたので、メガネをしてない男性に先頭に立ってもらい、3名でゆっくり進んだ。

何故か彼は直ぐに踏み跡の無い方へ進んだ。 一刻も早くここから遠ざかりたかったのかも知れない。 僕は慎重に足元の踏み跡を確認し続け、彼が間違うたびに呼び戻した。

ちょうど深黒の海底から水面の明かりを求めてゆっくり浮上するように、我慢しながら前進した。
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亜硫酸ガスの臭いが無くなり、風が弱まった所まで戻って来て、ようやく生きた心地がした。

振り返って写真を撮った。(写真)

本邦ではあり得ないルートの設定と大会の開催だ。 死亡事故が起こることも考えられる。

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ここから先は、給水所(WS2)を経由して一番の高所 3,339 m アルジュナ山にあるCP2に向かうのだ。 あの強風と寒さと亜硫酸ガスに再度苦しめられるかも知れないと不安は消えなかった。
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しかし、夜明けが近づき、明るくなり、霧が薄まり、気温がが上昇してきて不安が大幅に軽減された。


もっとも、ルートは左右の這松に引っかかれながら進んだり、霧の中でルートが急に切り立った崖の淵に出てしまったり、まだまだ緊張した前進は終わらなかった。


WS2(写真)に降りてきたころには、身体のコンディションが良くなり、元気が出てきた。
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CP2までには、かなりの距離をすすむ。

  いちど樹林帯まで下り、そのまま水平に進み、次に火山灰の急坂を登る。 寒さの為か、何組かの一般登山者が道の脇にへたり込んでいた。(下写真)

若いころに毎週登山を楽しんだ所為か、僕は登り坂は殆ど苦にならない。
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インド人のランナーに追いついた時にそのインド人が教えてくれた。 CP1では外気温が1℃まで下がり、75 ㎞ のランナー9名が軍隊のヘリコプターに救助されたとか。

その疲れた表情のインド人もDNF(棄権)すると言っていた。

あんな強風の暗闇のなかで、ヘリコプターで救助できるのか疑わしかったが、3,022m地点の給水所=WS2まで下れば、救助は可能かもしれない。 (ホテルに戻ってニュースを探してみたがこの記事は見つからなかった。)
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CP2への登りはCP1とは比べ物にならないほど楽であった。

風が山で遮られ、夜が明け視界が広がり、亜硫酸ガスは無く、更には気温の上昇が身体の運動機能を復帰させていた為であろう。

写真: CP2のある3,339m の Arjuna 山


P7153650 別ルートから山頂を目指して登って来た一般登山者も混ざるようになった。

何より嬉しかったのは、ガスが晴れ景色が見え始めたことだ。

頂上からの景色は素晴らしかった。

他方、気になったのは膝の靭帯の調子だ。 登りの登山道や平坦な道でのランニングには問題が無かったが、下りの登山道には自信が無かった。 まだ、完全に治癒しきってないのだ。
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加えて、亜硫酸ガスを吸った所為だと考えられるが、身体のバランスがとりずらくなってしまっている。 下りの道では常々ストックで身体を支え続けないと転びそうになるのがが続いていた。

頂上付近の傾斜のきつい下り坂を下っていると、さっそく膝の靭帯の痛みが出てきた。

樹林帯迄下ると、今までの寒さが嘘であったように、暖かい気温を通り越して急に「暑く」なってきた。

ヤッケを脱ぎ、首のスカーフを取り、ランナーの格好に戻った。

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何処までも続く下り坂では膝をかばったため、大腿四頭筋にかなりの負担をかけた。

樹林帯に入ると霧のためか雨の為か、水分を含んだ火山灰が粘土状になり、それは滑りやすい油の様な物理特性をもっていた。 靴底の溝での踏ん張りが全く効かなくなり、足が前方に滑ってゆき尻餅をつく。 別のランナーも尻や脚は真っ黒だ。

尻餅をついて膝の靭帯に大きな負担をかけた。
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やがて尾てい骨にも影響があったようで、時折、コツリと小さな音が響くするようになって来た。
ぎっくり腰が再発するのかも知れない。

2度目に大きく尻餅をつき、靭帯の痛みを再度感じた時、 CP2を通過時に持っていた「完走」への微かな望みを消し去った。

帰国までの道のりや帰国後の膝の回復のことを考えると、酷くならないうちにDNF(棄権)することを考え、CP3かWS3でDNFを宣言しようと決心した。
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靭帯の痛さとツルツルの登山道のおかげで下りの速度が極端に遅くなり、自分でも信じられないほど時間を費やしてしまった。

速度が遅くなると、ほんの数キロの道のりでも何時間もかかるようになった。

僕の挑戦は29km地点にあるWS3 で終わった。

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WS3(写真)でチャーハンを食べ、スイカやバナナも食べた。

スイカが美味しく、何切れも食べた。 満腹になりテントの簡易ベッドで昼寝をした。 時折涼しい風が吹き、昼寝には最高の環境だった。

16時頃に大会会場まで車で送ってくれる予定になっていた。 小母さんがシャワーを浴びないかと親切にバハサ語で勧めてくれた。

着替えやタオルの無い事を考え、丁寧にお断りした。 20代に覚えた幾つかのバハサ語の単語は意外と役立った。
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WS3からは軍隊のトラックで囚人の様に大会会場に「送還」された。(写真)

なぜかトラックのベンチは桟が三本のみで、その桟の間隔が10センチほどあり座り心地が極端に悪い。 5分も座ってるとお尻が痛くなる。

14名の囚人ランナーを乗せたトラックは悪路をゆっくり走り、1時間近くの間、お尻の我慢を強いられた。 インドネシアの軍人のお尻は日本人のそれよりはるかに固いのかも知れない。 何時か機会があれば、インドネシアの軍人のお尻を突っついてみたい。

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大会会場の水道で簡単に身体を洗い、取れにくい火山灰の汚れを少しだけ洗い流して着替えた。 貰ったクーポンで不味いチャーハンを食べた。

シャトルバスが発車する19時までの2時間近くは、並べた椅子の上で寝てしまった。 ジュアンダ空港には20時半ごろに到着した。 そこからホテルまで更に半時間あまりタクシーに乗り、待望のホテルに戻った。

熱いシャワーで身体を洗い終えたのは 21時半頃であった。

ホテルのバーは 22 時に閉まるので、この日のビールは諦め、火山灰で黒くなった道具類の後片付けを終え、深い眠りに落ちた。

色んな事を学び、考えさせられたマントラ・サミット・チャレンジだった。
寒風の中での怖かった「呪文」もひとつの思い出になった。

大きな反省は、練習不足に尽きる。 5月始めのぎっくり腰と6月の2度の北海道自転車ツアー。 それに仕事での出張。 言い訳は山ほどあるが、次回のウルトラ・トレイルは、もっと完全な身体に仕上げてから臨みたいものだ。

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P7143575b写真:ウクライナの ミハエロ Mykhailo Pavliuk 。今回は4位だった。
 


ハードなトレーニングを積んできたと言う優勝候補のパブロ(Pablo Diago Gonzales)は、不運にも優勝できず、フィリピンのダークホース、エリアス・タバックに僅差で抜かれたとニュースが流れていた。

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ラオは ATM チャンピオンシップ(複合成績)で8位に返り咲いた。 (写真:Instagramより)

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アレサンドロは 3位入賞。
(写真:Instagramより)








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ボロボロの靴で優勝した フィリピンからの
Elias Tabac.  (写真:Instagramより)






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<出費メモ>

大会参加費: 9, 600 円(USD 86.-)
航空運賃:    51,180 円
運賃保険と傷害保険: 8,330 円 (3,960 円と4,370 円) 
宿泊代4泊(スラバヤ)と食費:31,512 円 (IDR3,173.612  IDR 766.354)
宿泊代1泊(KLIA):   7,310 円
現地食費など: 3,000 円
国内交通費: 3,160 円
現地交通費: 8,500 円
健康確認書: 5,400 円
その他 :         10,000 円

合計 おおよそ 138,000 円

注: IDR 100.000 = JPY 800 
但し、ブログの中での換算レートは IDR 100.000 = JPY 1,000 とした。

+++ 関係リンク +++

大会ウエブ : http://mantrasc.com/
ATM マントラ・サミット:http://www.asiatrailmaster.com/mantra-summits-challenge/
ATM インスタグラム : https://www.instagram.com/asiatrailmaster/
Face Book : https://www.facebook.com/mantrasummitschallenge/ 

   NB:  大会から2週間以内に、カメラマンが写した写真がFBに掲載されるらしい。

+++ 最後に +++

初めてのDNFとなった。 ひざの故障で参加前から大きく懸念していた。 帰国後、参加者たちが写った写真を見ていると、とっても「完走」したくなってきた。 誰に強制されたり、頼まれたりもしないけど、充分なトレーニングと身体を作り上げ、自分をあの過酷な環境にもう一度晒し、完走したい。

P7173665 参加賞のトレーナー



BIB(ゼッケン)と
今回間違えて持参した電源プラグ。
右のが正しいプラグ。

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+++ インドネシア入国 +++

● 観光目的の場合はビザ不要。
 詳細はこのリンクで。

● 通貨は桁が多いので、混乱しやすい。 おおよそ IDR 100 = 1 円 と理解してよい。 但し、IDR 1000 の桁を省略して会話するので IDR 100 (ワン・ハンドレッド)と言われれば、IDR 100,000.- の事で、おおよそ1,000円のことだと理解すべきである。

● このブログ作成時の実際の為替レートは, 前述の通り(IDR100 K = JPY 800、1000を略してKと表記した。) 現地の物価は日本の3分の1~4分の1なので、物価の違いを考慮の上、価格交渉すべきかも知れない。
 
+++ 参考  このサイトより +++ 

サイトに下の文面が記されていた。 ランナーにとってうれしい内容だったので、簡単に訳して原文と共に貼り付けてみた。
 
『もがき苦しむのは、人の生き様の要素である。 満たされた生活の中に身を置きながら、広がりと見知を求めても、そこには閉ざした生き様しか残ってない。 究極の旅は今の生き様を否定することから始まる。』【ディーン・カーネーシス =現存のウルトラ・マラソン・ランナー】

マントラ・サミット・チャレンジは、ウェリラン峰、アルジュナ峰、カンバー1とレサン・ピークに繋がる、厳しさと苦しさが続く荒々しい登山のルートです。  まさに登高がこの大会の特色です。 岩肌の登山道、ヤブ、滝、そして、硫黄臭などのウェリラン峰、続いて360℃の雄大な景色が楽しめるのが有名なアルジュナ峰です。

マントラ・サミット・チャレンジは今回で3年目の開催で、75kmのウルトラトレイルが追加され、ブッヅン・アスとマハペナの登りを加え、累積5500mの登高となりました。 ランナーこそが、この大会の主催メンバーなのです。

我らは、美しさや、人知れぬ故郷の小道や、大会を通して様々な情景に身を置く、このマランの地で一体となったランナーのチームなのです。 マントラ・サミット・チャレンジで我らがランナーは何を求め、何を期待しているのかを熟知しています。  確りと設置された給水所は、貴方の健康を気遣い、暖かくもてなし、貴方の世話をする、まさに大会のコアとなる要素なのです。

貴方は、我が友が如く暖かく扱われている事に気づき、この大会の思い出をより深きものとするでしょう。 マントラ・サミット・チャレンジを走り、素晴らしき思い出を得る・・・。


“Struggling and suffering are the essence of a life worth living. If you’re not pushing yourself beyond the comfort zone, if you’re not demanding more from yourself – expanding and learning as you go – you’re choosing a numb existence. You’re denying yourself an extraordinary trip” – Dean Karnazes. Mantra Summits Challenge offers you a tough, challenging, raw trail running course climb up to the peak of Welirang, Arjuna, Kembar 1 and Puthuk Lesung. The elevation challenge is the essence of this race. The rocky trails, the bush, the waterfall, the sulphur smell in the peak of Welirang and the famous of Arjuna will mixed up with a magnificent view from the top and along your leg move. Mantra Summits Challenge entering its third year offers you more challenge from what we have before. Now offering you to indulge the 75K ultra trail running. It climb up 5500 m elevation gain with additional hills to conquer, Budug Asu and Mahapena. MANTRA Runners is the organizer of this ultra trail race. We are pack of ultra trail runners in Malang who love to explore the beauty, the hidden trails around home not everybody knows and in turn share it with you through this event. As runners as you are, we understand what you are seeking of, what you are expecting of in the ultra trail race like Mantra Summits Challenge.
A well managed water station making sure your wellbeing to be taking care of and our fellow runners whom voluntarily will serve you with full heartedly hospitality is the major part of this race we really focusing on. You will find us with a unique Arema hospitality whom will treat you as a friend. We love to make a friendship. All those things make this race an extraordinary race. Run in Mantra Summits Challenge, Run Somewhere Extraodinary….




+++ おしまい。 +++

 

北海道、本番の道央5泊のチャリツアー

2018. 06. 12 - 06.17

  3週間前と違い、今回は、台湾の自転車クラブの友人11名を引率しての「本番ツアー」だ。 ルートは前と同じだ。 しかし、気候がかなり違っていた。 冷雨、雲天、やがて、快晴・・・。 ツアーの全ての日は7℃~14℃前後の気温で、現地の人達も6月とは思えないといっていた。 我がメンバーは異口同音に寒がっていた。 

  台湾チームとは千歳空港で待ち合わせをし、札幌で別れるまでの6日間、行動を共にした。 

<Day-1  6/12 Tue 雨>

  11名がほぼ予定通りに午後1時半に新千歳空港に到着した。 15分ほどで到着口から出てきた。 何名かが税関で荷物検査を受けたと言っていた。 昨今の金の密輸に税関が調査を強化しているようだ。 それとも、人相が悪かったのかな?  

262964 (2)  全員が出揃ったところで、僕は11名を従えてJRで札幌駅に移動した。 そこからタクシーですすき野にあるホテル「サンルートニュー札幌」に向かった。 結構、雨足が強い。 

  11名を従えて行動するのには、大声と体力が必要なのを思い起こした。

  札幌で再会の夜は、戦国居酒屋に連れて行った。 いきなり、全員で超盛り上がった夜であった。 店員の一人が台湾人で、料理の説明を現地語でしてくれ、更には戦国の説明も加わわり、いつの間にか「えいえいおっー!」の掛け声が居酒屋内に何度も響き渡っていた。 この日から毎夜「えいえいおっー!」の掛け声で夕食が始まった。

<Day-2  6/13 Wed 雨>

P6133415 (2)  いよいよチャリンコに乗る日だ。 雨足は少し弱くなったが、歩道を歩く人は皆しっかり傘をさしている。 外気温は11-12℃だ。  走行距離は40km程で長くは無いが、累積登高標高は820mほどある。 

  初夏の気候の台湾中部の都市からいきなり吐く息が白くなる様な中を走るのは、結構辛そうだ。 もっとも、途中から登坂が続くので、身体が暖まり、寒さに震えることはないだろう。 加えて、今宵の宿は、支笏湖畔にある丸駒温泉なので、湯船に浸かりゆっくり身体を温められるだろう。
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  ルートは、豊平川の河川敷を進み、真駒内公園から国道に沿って進み、そのまま、丸駒温泉まで向かう。 途中は丘越えが3~4回あるが、坂はそれ程急ではない。

  昼食は「芸術の森」で取る予定していたが、身体を完全に冷やしてからの再稼働はきつそうなので途中のコンビニで済ませた。 
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  丸駒温泉は、今回のルートから3kmほど外れ、翌朝もその3kmを戻らないといけない。 決して温泉の場所は良いとは言えない反面、湯の質が良く、屋内や露天でたっぷり暖まることが出来る。 

  また、脱衣所から廊下を下り、30メートル程進んだところにある露天風呂は、湖岸を低い石塁で囲っただけのシンプルな露天風呂で、頭上には湖畔の木々が枝を張り、湯船の底は玉砂利が広がる。 湯温は30℃を少し超えたくらいのぬるま湯である。 湖水を混ぜて適温にしてるのかも知れない。 魚が泳いで迷い込んできそうな湯船だ。 そして、小さなパティションの向こうから女性陣の笑い声が聞こえる。 のどかな露天風呂だ。

<Day-3  6/14 THU 曇り>

P6143430  今回のツアーで一番長い距離を走行する日だ。 もっとも距離は100km(累積登高距離=890m)ほどなので、「長い」とは言えないが、初心者のライダーには、やや厳しい距離かも知れない。   

  晴れれば最高に長めがいいルートなのだが、今回は殆ど良い景色が望めない。 それでも、湖面を見渡し、みんなが異口同音に「景色好!」 と言っていた。 
  
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  ルートは、「きのこ王国」を経て、羊蹄山を反時計回りに半周する。 途中、少し晴れ間があったが、午後遅くになると、今にも雨が降り出しそうな曇天に代わり、遅れる仲間を辛抱強く待ちながら、ニセコを目指して、ひたすらペダルをこき続けた。 
 
  ニセコのホテルは、高級のホテル「Chalet Ivy」であった。 オーナーの車だろうか、マセラティ・クワトロポルテが停めてあった。 

  僕の後ろのタイヤの空気が減り気味だったので、念のためにチューブを交換した。 取り外したチューブを注意深く検証すると、小さいながら、わずかに空気の漏れる穴が空いていた。 

 <Day-4  6/15 FRI 曇りのち晴れ>
P6153447  ほぼ全天を覆いつくしていた雲は、強い朝日の日差しで少しずつ消え始めていた。 朝食を終え、全員が出発する頃には、朝日が眩しく輝いていた。

  簡単なブリーフィングを終え早々にニセコを出発し、赤井川経由で小樽を目指した。

  みんなは残雪が白く輝くニセコや羊蹄山を見て、とっても嬉しそうだった。 景色の良いところでは、たっぷり時間を取り、存分に写真を撮ってもらうことにした。 
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20180615_北海道鐵騎行 D4_180618_0098  ようやく、全景の羊蹄山が顔を出してくれて、ほっとした。

  この日は、羊蹄山を後ろに見ながら、ひたすら、小樽を目指し、二つの峠を乗り越えて進んだ。

  峠はたいていトンネルになっていたが、交通量が少ない所為か、あまり、危険な雰囲気を感じる事無く、トンネルを抜けることが出来た。 









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  下見ツアーの時に見つけておいた『A-ブランド』というゴルフクラブのクラブハウスで昼食を取った。 見晴らしの良い、レストランの一室が当てが割れ、安くて美味しいラーメンや焼きそばなど、みんな満足だった。 

  ルートは余市を目指しているのだが、途中の「フルーツ街道」を右折して小樽に向かった。 途中から国道5号線に入り、歩道をゆっくり進んだ。  国道5号線の余市よりは、歩道が無く、道幅が狭く、大型車両の通行が多いので、「フルーツ街道」をバイパスとして、歩道の整備されたところまで進んだのだ。
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  幾つかのトンネルと超え、ゆっくりと歩道を進み、緩い坂道を下りながら、小樽の街に到着した。 

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  自転車を降り、手で押して観光客が群がる小樽の運河脇を進んだ。 みんなは、思い思いに運河を背に記念写真の撮影に余念が無い。

  無事にツアーの大半を終え、ツアー先導役として、ほっとした。 只一点、歩道の縁石にタイヤをひっかけ、チェンニィが転倒してしまった。 幸い、顔面を擦りむいただけの様だった。 本人は痛がったが、ホテルでたっぷり殺菌剤を顔に塗りこんでやった。

 (写真: 1961年生まれ、W.B. チェンニィ)
  この日は夕食後、みんな、思い思いに夜の小樽に繰り出した。 

 <Day-5  6/16 SAT 晴れのち曇り> 

P6163481 (2)  最終日は、札幌までの35kmの自転車行で終わる。 今日のメインは、小樽観光と札幌での食べ放題だ。 そう、チャリンコ・ライダーから観光客にゆっくり戻ってゆく日だ。 

P6163489 (2)  朝一番で、サポーティング・ビークルの運転手の中村氏に頼んで、全員を小樽のオルゴール館まで車で送ってもらった。 1時間余りの観光とお土産ショッピングの時間だ。 全員が集まると再びホテルに戻り、荷物を車に積み込み、いよいよ最後の35km走に出発だ。 時間は間もなく12時だ。 
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  天気は快晴。 国道5号線はまだまだ、大型車両が多く、極力、歩道を進むようにした。 小樽から暫くは高台を行くので、景色が良い。 

  途中のラーメン屋で昼食を終え、一気に札幌の市街地に進んだ。
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  一行がすすき野に到着すると、丁度、札幌神宮祭の山車に遭遇した。 「ボーナスだ!」と言いながら楽しんで、祭囃子を聞きながら写真と撮っていた。  
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  あっという間に、6日間のチャリ・ツアーが終わってしまった。  いっぱいの思い出と、楽しい写真がたくさん残った。 

  人生、楽しみは自分で求め、作っていくのが良いのかも知れない。
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  +++ 写真集 +++ 


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 +++  Route Map +++

前回の試走時の記憶をもとに、コメントを書き込みながらルートを書き上げた。 また、ガーミンから標高を取り込み、累積登高距離が分かるようにした。

Route maps 003_ページ_1 Route maps 003_ページ_2 Route maps 003_ページ_3 Route maps 003_ページ_4 Route maps 003_ページ_5 




































































+++++ おしまい +++++++ 

北海道、道央の4泊チャリツアー

2018. 05.20 Sun ~05.24 Thu
Routes1
  来月(6月)の前職の友人らとのチャリツアーの下見のため道央を回ってみた。 

  札幌を起点に、支笏湖~ニセコ~小樽 まで走り、札幌に戻ってくる300kmに満たないコースだ。(地図) 
 
  交通量の多い道は避け、のんびりと安全に走行できるルートを探すのが目的だ。

 +++

Day-1 5/21 :(アプローチ) 15時頃に千歳空港に到着する便を選んだ。 この日は、輪行バッグのチャリンコを担いで、空港からJR で札幌へ向かい、更に、札幌駅からタクシーで札幌インターナショナル・ユースホステルまで移動した。  
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  到着後、早々にユースホステルの1階の室内駐車場で自転車を組み立て、サイクルショップ・ナカムラまで、自転車で往った。 

  この中村氏に6月に車でサポートを依頼しているのだ。 (写真)

  彼の店で、半時間ほど走行ルートの打ち合わせを行った。 

 +++

Day-2  5/22 :(チャリ初日) ユースホステルでゆっくり朝食を済ませ、8時半頃から自転車を漕ぎ始めた。 (このユースホステルには荷物をデポできるロッカーがある。 再度宿泊する旅行者限定のロッカーの様だ) 

  中村氏のアドバイスに従い、豊平川に出て、右岸(山側に向かっては左側)の河川敷を進んだ。 河川敷を走ると、市内の交通量の多い道を回避し快適に距離を稼げる。 

  河川敷を8キロほど進むと、自転車道は真駒内公園に続く。 打ち合わせでは「石山陸橋」をサポーティングビークルとの合流地点にしたが、その近くにセブンイレブン(真駒内南町店)があったので、そこを合流地点にすることにした。 
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  ルートは453号線に沿ってゆっくり登ってゆく。 交通量はやや多いが、札幌市街地の主要国道ほど多くは無い。 

  途中、右手に「芸術の森」という、休憩にもってこいの場所があった。 ここには、レストランもあるようなので、来月の昼食場所には良いかも知れない。 進むに従い、ルートの登り傾斜が徐々にきつくなるので、この「芸術の森」辺りで、しっかり食物補給しておくのが良い。
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  6月は丸駒温泉に宿泊するのだが、今回は支笏湖温泉のユースホステルだ。 のんびり支笏湖畔を進んだが、湖畔は孵化したアブラムシの大群が何処までも続き、余りの数の多さに閉口してしまった。 100㍍も進むと身体じゅうが、アブラムシだらけになってしまい、殆ど100メートル毎に立ち止まって体中のアブラムシを振り払った。 何だか油でべっとりする。 不快極まりない。 
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  行程を考えると、支笏湖の北端に位置する丸駒温泉に泊まるよりも、10キロほど進んだ支笏湖温泉に泊まるほうが良いのだが、宿を選んだのは、友人なので文句が言えない。  





  +++

Day-3  5/22 :(チャリ2日目) 今回のツアーで一番孝行距離が長く、景色のいいルートを通る日だ。 もっとも、100キロに満たないので、時間的、体力的に全く問題が無い。 

  美しい支笏湖を離れ、樹林帯の中をゆっくり進んでゆく。 支笏湖は、支笏湖温泉から樹林帯の中に入り、遠景がほとんど見えなくなる。 

  途中にある「道の駅フォレスト大滝」は閉鎖になっていた。 隣接する「きのこ王国」で食物を補充し、燃料切れの「ハンガーノック」恐れは回避された。 支笏湖周辺から京極町までの70km前後には、コンビニが無いので、食物補給はこの「きのこ王国」で行う必要がある
 (下写真:きのこ王国の脇にあった残雪と湧水地)
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  ルートは276号を進んでゆくが、「きんこ王国」を進んで6kmほどの所から左折する695号のショートカット(近道)を進んだ。  
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 この695号を進むと、羊蹄山(1898m)とその手前に佇む尻別岳(1107m)が見えてくる。  そして、276号に戻っても、羊蹄山をずっと左に見ながら進むようになる。
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  京極町の1~2キロ先に、羊蹄山の雪解け水がコントンと湧き出す「ふきだし公園」がある。 

  ここの水をボトルに汲み取り飲んでみた。 冷たく非常に美味しかった。 雪解け水が年月をかけて濾過され湧き出してきたのであろう。

  京極町からルートは478号になり、変わらず左に羊蹄山を見ながら俱知安に近づいてゆく。
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 この478号は羊蹄山を眺めるのに最適の道だ。 チャリンコを停めて、暫しユックリ眺めたい。

 俱知安が近くになると、ニセコはすぐ先だ。 やはり、100キロを超さないチャリ行は楽である。


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 (写真:ニセコの街から振り返り、羊蹄山を見る。)


  この日は、オーナーがオーストラリア人であるゲストハウス「オオワシ・ロッジ」に素泊まりで泊まった。 

  宿泊料は三千円だった。 快適で、自転車の保管庫があり、シャワー室や、広々したラウンジや充分な広さの自炊部屋が備わっていた。 

  スタッフが親切で、翌朝はわざわざ見送りに来てくれた。 

Day-4  5/23  :  (チャリ3日目) この日は、魅力が少なく、小樽の海鮮料理とビールを目指して走る日だ。 加えて、雲が多く青空が余り見られなかった。 
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  でも、393号のメープル・ロードはやや登り坂であったが、気持ちよく走行できた。 

  時折、大型車両が通行するが、交通量は多くなく、快適に距離を稼げる。 

  2kmに及ぶ樺立トンネルを抜けると、道は下り坂となり、あっという間に赤井川の道の駅に着く。 

  休憩するのに丁度いいところにある。 
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  赤井川からは余市に通じる753号を通った。 393号で直接小樽に向かうより、交通量が少なく、登り下りが少ない。 

  赤井川から10kmあまり進むと左手にお城の様な建物が見えてくる。

  A-Brandというゴルフ場のお城の様なクラブハウスだ。(写真) 中に入って聞いてみると、部外者の昼食も歓迎すると言っていた。 メニューを見せてもらうと、安価で美味しそうだった。 楽しみだ。 
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  ここからは道が下り坂であっという間に5号線まで行ける。 もっとも、その手前で右折して、「小樽フルーツ街道」を進む。 

  この辺りの5号線には、歩道が完備されておらず、交通量が多く、自転車走行には向かない。

  このフルーツ街道はアップダウンがある。 暫し5キロほど我慢して進み、左折して5号線に移る。 

  小樽が少し近づき歩道がシッカリしてきている。 トンネル内の歩道はやや狭いが、小樽市街まで安全に歩道を走行できる。 この日は、6月と同じホテル「Grand Park Otaru」を宿にした。 

Day-5  5/24  :(チャリ4日目)  この日は35kmの走行だ。 
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  6月はおそらく午前中に観光し、昼頃のチャリ移動となるだろう。 

  5号線からは、石狩湾を見ながらのんびり走行できる。 途中からは札幌市内までほぼ真っ直ぐな道となっている。

  札幌では、中村氏の店に自転車を預け、そのまま、空港に向かった。 チャリを担がないで移動できるのは、本当にありがたい。


  15:25 発の飛行機で千歳空港をあとにした。 荷物が無い分、心まで軽くなった気分である。

宿泊場所:
1) 札幌インターナショナル・ユースホステル
2) 支笏湖ユースホステル
3) オオワシ・ロッジ
4) グランド・パーク・小樽

飛行機: 
ジェットスター
  往 NRT / CTS=13:00 / 14:45 
  復 CTS / NRT=15:25 / 17:00

概算費用:
往復航空運賃(大型手荷物割増を含む)     ¥21,100.-
全宿泊費用               ¥20,000.-
食費                  ¥10,000.-
成田までの交通費              ¥3,200.-
札幌でのタクシー代             ¥2,500.-
        合計                           ¥56,800.-

写真集:
豊平川の河川敷を行く筆者
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支笏湖への登り=その1(右車線のチャリ道) 
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支笏湖への登り=その2(左車線のチャリ道) 
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支笏湖湖畔の道。 アブラムシがいっぱいだった。
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支笏湖温泉の公園。
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喜茂別への道。
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羊蹄山に向かって。
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小樽にて。
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国道5号線、札幌への道。
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  ++++++ おしまい +++++++

ボルネオ島 BUTM トレイル50kmを走る。

2018.03.10 SAT  

 Kinabalu  (写真:FBより)


  憧れのキナバル山があるボルネオ島(マレーシア・サバ州)でのトレイルランだ。  

  そこは、オラウータンなど、希少動物が住む島でもある。 どんな処を走るのだろうか。 少し期待した。 
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(地図マーク: ボルネオ島のコタキナバル)

  数日前のランニング時に風邪の菌を拾ってしまったのか、僕は喉に痛みを感じ,、少し不安もあった。

    +++

P3092409  大会の受付会場となったのはコタキナバルの街の外れにあるアバンジオ(Avangio) ホテルである。

  空室があったので、このホテルへ投宿することにした。  

  大会前日の受付会場は1階だ。 地上階は「G」なので、日本流での2階がこの大会の受付会場だ。 エレベーターで「1階」に下りると、そこはすでにランナーで一杯だった。 知り合いのランナーも何人か来ていた。 
 
  必須携帯品の検査があるかと思ったが、『大会中にランダムで検査するよ。』との回答だった。  僕は大会中に検査は受けなかった。 
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  受付会場で、出発点までのバスの予約が必要なことを知った。 ウエブからの事前登録を見落としていたのだ。  

  その場でRM100(約3,000円)を払い、乗車登録を行い、チケットを受け取った。  

 (写真: ゼッケン番号"5211"は 1952年11月生まれの僕には覚えやすい番号だ。 出発時は元気満杯だ。)

   +++

 大会当日は、午前四時少し前にホテルの近くに駐車していた大型バスに乗り込んだ。 

  バスは1時間ほどでKiuluという所にある大会会場の体育館に到着した。  まだ周りは暗闇だった。
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(写真: ホーチミン市から参加の山本さん。 3週間前のUTKC 70kmを含め、僕も参加した幾つかの大会に参加していた。 この3週間は3連続のウルトラ・トレイルの様だ。)

  体育館で荷物を預け、手首に巻いたICチップの初期登録(=参加確認)を済ませた。 

  100Km, 50km、30kmのランナーがほぼ同時のスタートなので、体育館の中は大勢のランナーで混雑していた。

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  スタート・ゲートは、この体育館から、5分ほど歩いたところにある。  暗い夜道を歩いて移動した。 気温は23~24℃で暑くはない。 

 +++ 

  スタート会場には、大きな飲料水用タンクがあるだけで、食物もペットボトルの飲料も何もなかった。 

  コーヒーポットがあったので、「コーヒー貰うよ。」と主催者側の担当者に声かけたら「スタッフ用だ。」と冷たく断られた。  

  僕は近くの食品店に向かった。 コーヒーやスポーツドリンクは無かった。 2RM(約60円)で、水のペットボトルを2本買って肩にセットしたボトルに詰め替えた。
   
  +++
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  夜空が白み始めた6時頃、僕を含め、50kmのランナー、300余名が元気にスタートした。 

  ランナー達は舗装路をゆっくり歩きはじめた。 やがて、駆け足に変わっていった。  
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  走り始めて身体が暖まっても、汗ばむ程度だ。 

  気温がそれ程高くない。

  この大会は他の類似した大会に比べると、やや参加者数が多く、ランナーの列が何処までも続いている。 
 
  日の出は6時半頃だ。 20~30分も走ると登り坂がやや急になり、ランナーは走るのを止め再び歩き始めた。  

  朝靄の様なガスの中をヒタヒタと登り続けた。  

  農道が続く。 

  出発して、1時間ほど進むと、ガスが切れてきて、朝日の輝きが見えて来た。  ガスの上には広々した空が広がり、谷間には雲海のガスが流れていた。

   +++

P3102457  峠を回り込むと、雲海の上に聳えるキナバル山が見えた。 

  高い。 幻想的な光景に見入った。  

  キナバル山の標高は4095メートルだ。 機会があれば、ぜひとも登ってみたい山である。 

  標高は異なるが越後三山のひとつ、八海山(標高1778㍍)に姿が似ており、『マレーシアの八海山だ。』と考えながら進んだ。
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  キナバル山が見える見晴らしの良い処では、ランナーが立ち止まり、思い思いに写真を撮っている。 逆光だが、僕も、近くのランナーにシャッターを押してもらった。  

  今回の目的のひとつが達成されたと感じた。 

  絶景をあとにして農道を進む。 この山域には農道が山の斜面に長々と続いている。 

  農道は、労作なく距離が稼げる。  朝の涼しいうちに、可能な限り距離を稼いでおきたかった。

     +++ 

P3102482  最初のエイド(W6)は、6~7km進んだところにあった。  

  ジャングルに分け入ることなく、このエイド(W6)に到着した。 やや、失望感を抱いた。   
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  W6を出発して、少し進むと、ようやくジャングルに入った。

  ジャングルにはゴムの木の樹脂を採取するための山道があり、それがルートになっていた。  山道の踏み跡はしっかりしており、進みやすい。 

  ジャングルの中は意外と静かだ。  時折、ウグイスのような音色だが、鳴き方が全く違う鳥の鳴き声が聞こえる。 また、本邦と全く違う蝉の鳴き声も聞こえる。 それ以外の音は無い。   
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  この頃になると、太陽が高く昇り気温が上がってきていた。  

  僕は、早くもサウナに入ったように全身から汗が噴き出していた。  寒さが残る多摩からいきなりこの暑い地にやって来たので、身体が驚いていたようだ。  周りのランナーは、さほど、汗をかいていない。 

  W6で水をボトルいっぱいに入れたので、水分不足の心配はない。 ただし、食物が無く、何も食べなかったので、エネルギーの枯渇、つまり、ハンガーノックが心配となってきた。 ホテルで朝食をしっかり食べてきたので、しばらくは大丈夫のはずだが。

   +++ 
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  ルートは、農道を進んだり、ジャングルに入ったりを繰り返している。  ジャングルも比較的進みやすく、距離が稼げる。

P3102507  農道は続いている。  

  山の頂に、畑を作り、パイナップルを出荷している。

  地元のランナーによると、ここで栽培されたパイナップルは糖度が高く、高値で売れるらしい。 
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  車が走れる農道が何処までも続く。

   +++ 

P3102525  2番目のエイド(W7:写真)迄も、それ程苦労なく到着できた。 

  時間は11時半だ。

  W7でも、殆ど食糧がなかった。 バナナと水を補給し、休息を取らずに先を急いだ。

  W7からは、吊り橋がところどころに出てくる。 ゆっくり渡った。  P3102526P3102530


  別の人が同時に吊り橋を渡り始めると、その人の歩調に合わせた揺れと自分の歩調の揺れが混ざり、非常に歩きずらくなる。

  そんな吊り橋が、コースの後半になると数キロ毎にでてくる。

  どの川も、驚くほど水量が豊富だ。 まだ、雨季が始まっていないのに、既にたっぷりの雨が熱帯雨林に降ったのだろうか。 

  所々の小屋にラフティング用のゴムボートが並べられていた。 

  数本の吊り橋を渡ると、その渡り方の要領が分かった。 しかし、板が割れたり、左右に傾いた吊り橋もあり、ヒヤリとする吊り橋も少なからずあった。
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  ルートは変わらず農道や、踏み跡のしっかりした山道を進む。 余り、深いジャングルに入ることは無い。 

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  労作なく距離が稼げるが、昼近くになり、気温がかなり高くなってきていた。 30℃をはるかに超えているように感じられた。  

  風邪の菌を拾っていたためか、暑くなると、急に活力が無くなるように身体が重くなった。

  農道に出ると直射日光が容赦なく照り付け、熱中症が危惧された。  ジャングルの中には木陰があり、農道より凌ぎやすかった。 
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  この頃になると、僕は暑さと日光の熱射で倦怠感すら感じ始めていた。

   +++
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  ねっとりした汗をかきながら、ルートの中間地点となる3番目のエイド(W8)に到着した。 

  ラウドスピーカーで『タツヨシ、あなたは中間地点に到着した。 頑張った。』と大声で僕の到着をアナウンスした。 全てのランナーにこの「激」を飛ばしていた。


  食物はここでも殆ど無かった。 

  テーブルに残ったビスケットを2枚、口に入れてみた。  パサつくビスケットは、この暑さの中で、なかなか喉を通らなかった。  ビスケットがいっぱい残っている理由が分かった。

  リュックに入れてきた『あんこ入りカステラ』を口にした。 

  ショルダーストラップにセットした2本のボトルを飲料水で満たした。  ここからが正念場なので、一本のボトルの中に「shotz」の発汗対策用の電解質パウダーを混入しておいた。 

  ここでも、殆ど休息を取らずに出発した。 
Height Topography2



  (図: 赤丸部が、最も厳しいと予想される区間。)

   +++
P3102578  ルートは殆ど農道だが徐々に傾斜が強くなる。 既に正午を過ぎ、上昇した気温と、脳天から降り注ぐ太陽の熱射で、身体に強い疲労を感じる。

(写真: 少ない木陰で身を寄せ合い休息するランナー)  

  すべてのランナーはこの厳しい環境に苦労しながら立ち向かっていた。  木陰が少なく長い登り坂が続く。  

  風は無い。 湿度は高い。 

  僕は、この急坂にたどり着く迄に、かなり水を飲んでしまっていた。   

  この坂で殆どのランナーは、数分間歩き、木陰で数分間の休息を取るような進み方になっていた。 それ程、暑かった。   

  ボルネオ島内から参加した100kmのランナーは、この日は特に暑く熱中症のランナーが続出したとか言っていた。 
temperature
  また、最高気温は34℃とか、40℃とか異口同音にコメントしていた。  僕の肩にセットしたAmbit3には、最高気温=36.7℃と示されていた。 (図)

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  歩いては休み、休んでは歩く登高を続けた。 しかし、数回繰り返すうちに、立っていられなくなり、近くの木陰にどさりと腰を落とした。  

  身体が重く、数分間の休息で回復する状態ではなくなっていた。

  汗の臭いでハエが集まってくるが、追い払う気力がなくなっていた。  身体が重い。 初期の熱中症だ。

  ぐったりと頭を垂れて休息した。 頭のなかでDNF(途中棄権)の言葉がずっと囁かれていた。 
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  2本のボトルの水を殆ど飲み干してしまっていた。  

  念のために用意しておいたOS-1(経口補水液500cc)を半分ほど飲んだ。 そして、身体の回復をじっと待った。 

  結局、ここの1~2kmの坂を登りきるのに、2時間ほど時間を費やしてしまった。 何とか難局を抜けられた。  用意しておいたOS-1が無ければ、DNFとなっていたかもしれない。 
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  坂を登りきるとルートはジャングルの中に入り、緩い下り坂を進み、尾根の反対側に回った。 

  そこは、少し風があり、涼しかった。  ジャングルに入ってもしばらくのあいだは、頭が重く頭痛が残った。 

  次のエイドまで、まだ8㎞ほど残っていた。  

  既に、2本のボトルの水を完全に飲み干し、半分ほど残った経口補水液のOS-1だけが頼りであった。  
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  この200cc余りのOS-1だけで、猛暑の道を8km進むのはかなり大変であった。 しかし、耐え抜く覚悟をした。 

  ルートは、ジャングルを抜け出し、再び農道に続いていた。 

 (写真:野生のパイナップルの脇を行くランナー。 彼女もヨレヨレだった。)

  暫く農道を進んでいると、子供を3人乗せたモーターバイクが僕の脇を通り過ぎ、10mほど先の広場で止まった。 

  バイクの籠に2リッターの水のペットボトルが積まれているのを目ざとく見つけてしまった。

  僕は躊躇なく水を分けてもらえないか頼んでみた。 
  オジサンは快諾してくれた。 
  500ccほど分けてもらった。 
  水はお湯の様に暖まっていた。 
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  しかし、これで何とか次のエイドまで大きな苦痛を感じること無く進めると確信した。

  暫くすると空には雲が広がり夕立が降りそうになってきた。   

  土砂降りの夕立を期待したのだが、路面を湿らす程度で結果は湿度を増やしただけだった。

   +++
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  待望の第4エイド(W9)に到着した。

  青い水タンクからボトルに流し込んだ生ぬるい水をたっぷり飲んだ。 

  残念ながらスポーツドリンクは置かれて無かった。 近くの売店で小母さんからスポーツドリンクと冷たい水ボトル(計3RM=約90円)を買って、その場で飲み干した。 
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  エイドの小屋に入り、パイナップルを食べた。 深みのある甘味があり、実に美味しかった。 

  別のランナーがポリ袋にパイナップルをごっそり入れていた。 僕も同じようにしたかった。 

  インスタント・ラーメンを食べ、バナナを食べ、コーヒーを飲んだ。  

  少し休んでいるうちに、体力が回復した。 
 
  ようやく『完走するんだ・・・。』という意識が強まり、活力を感じた。   
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  幸い、強烈な太陽の熱射は雲に遮られ、農道はその勾配を落とし、なだらかに続いてゆく。

  吊り橋をたびたび渡る。 念のため、前を行くランナーが渡り終るまで、待つことにした。

  時折、ぱらつく雨は、身体を冷やしてくれるほどではないが、確実に涼しくなってきている。
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   殆ど、ジャングルに入ることなく農道は最後のエイド(W10)まで続いていた。 

  この辺りまで来ると、ランナーはまばらになっていた。
 
  そして、疲れの為か、みんな黙ってひたすら次のエイドを目指すようになっていた。  

   +++  
P3102626

  第5エイド(W10)には、水タンクとバナナが置かれていた。 ここでもスポーツドリンクは無かった。 

 注: この大会のエイド担当者やその管理者は炎天下の運動時の『塩分やミネラル分の補給』の重要性を理解してない様である。 

  スポーツドリンクは近くの店屋で購入しないといけないという設定にスポーツ医学の理解や知識の欠如を感じた。  適切なミネラル分の補給は、事故を防ぐ意味においても、最重要な要素として主催者にも強く求めたい。


  このエイドにコーヒーポットがあったので、尋ねてみたら白湯だという。 

  やむなく白湯を飲んだ。 そうしたら、小母さんがコーヒー飲む? と尋ねてくれた。  「有ったら飲みたい。」と答えたら、バッグから紅茶式のコーヒー袋を取り出し、キティちゃんカップに沈めてくれた。

  暑いときに熱いコーヒーだが、血流が良くなるのか、体力が更に回復するのを感じられた。 
P3102629
  別のランナーからゴールまでは、あと8kmと教えられた。 

  第5エイドまでで、12時間ほどの時間を費やしていた。 このエイドを出て、しばらく進むと日がやや西に傾き始め、暗さを感じた。

  早々に、ヘッドランプの準備をし、リュックには点滅灯を点け、薄暗くなった道を進んだ。

  とっぷり暗くなったころ、ポツリポツリと降っていた雨が強くなってきた。
  ルートは、何度かジャングルを横切っていた。 

  ジャングル内はぬかるみとなり、非常に滑りやすくなっていた。  ぬかるんだ下り坂で、大きな尻餅をついてしまった。  半身泥まみれとなった。
P3102642

  ゴール手前にある最終計測所(52km地点)には、午後8時少し前に到着した。 

  合計約14時間のトレイルであった。

  +++

  ゴールは吊り橋を超えたところだ。 雨の中でゲートをくぐり、メダルと完走のT-シャツをもらった。

  写真を数枚撮ってもらった。 
  
  タンクの水で泥を流し、体育館にむかった。
  雨は何時しか止んでいた。  

  無事に完走できた・・・。
 
  完走してみると、炎天下で あれだけ苦しんだにも拘らず、ひと月前のタイの70kmのジャングル・トレイルに比べ、とっても楽だったと感じた。
P3102648c
  足の痛みも、筋肉痛も無かった。 やはり、50kmは短く楽だな・・・と(大胆にも)感じてしまった。 


  +++ 
 
<コメント>

>> エイドの飲食物の内容には大きく改善する必要を感じた。 6~7箇所の地点で、大会スタッフがランナーの通過確認に労力を割いていた。 それ程ランナーの通過を確認する必要があるのか疑問を持った。 かかる費用を、エイドの飲食物に回してほしかった。

>> 帰還するバスの手配やその乗降などのロジスティックスに改善の余地を感じた。  

>> ルートのリボン表示は的確で、一度もルートに迷うことは無かった。 

Finishing certificate
>>  過半のルートが農道を走る。 もう少し、ジャングル内のトレイルを増やしても良いと感じた。 ランナーが言っていたが、今年はジャングル内に道が付け替えられている・・・と。 多少の改善があったようだ。

>>  この大会だけではないが、走っているランナーと一体感を感じる。 それは、ルートが厳しくなればなるほど、自分が辛くなればなるほど、その一体感が強まる。 不思議な感覚だ。

    ++++ ++++

<翌日の観光>
  コタキナバルの Water-Front に行った。 ここで焼きそばを食べ、マンゴジュースを飲んだ。 合わせて250円くらいだった。 ただし、ホテルに戻るタクシー代がこれの何倍かかかった。 
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+++ ツアーのメモ +++

関連サイト

出費

大会参加費用 約¥10,500.-(RM 350)
大会バス運賃 約¥3,000.-   (RM 100)
飛行機代    ¥57,630.- (含チケットガードの費用)
国内交通費     ¥3,160.-
宿泊費 (4泊食事とTAX含む) 約¥29,000,- (RM 968)
WiFi    (6日間) ¥4,090.-
現地食費・交通費     約¥12,000.- 
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 合計        約¥119,400.-


ほほぅ・・・と記憶に残った事
  •  飛行機の中で、ボルネオ島、マレーシアのサバ州への入国カードは無いのかとCAに尋ねてみた。 入国カードは無いと回答を得た。 半信半疑だったが、入国カードは存在しなかった。 むろん、ビザも不要だ。
  •  コタキナバル空港の到着ロビーの両替え店は、午後10時30分に閉店する。 丁度10時35分ごろ、到着ロビーの両替え店にたどり着いた。 閉まっていた。 近くの人に尋ねたら、出発ロビーの両替店が まだ開いていると教えてくれた。 (ポケットにあった¥12000をマレーシアリンギットに替えた。 約RM410であった。 RM150程が残った。)
  •  タクシーに料金メーターが無い。 (料金メーターのあるタクシー会社もあると後で聞いた。) 空港前で乗ったタクシーは、行先にかかわらず運賃が一律でRM40(約1200円)だった。 30分近くの走行だった。 現地なら物価から考えて600円くらいで充分な運賃だと思えた。 
  •  今回は韓国のLCCであるジンエアーを使った。 オンライン・チェックインのシステムはまだ導入されていなかった。 委託手荷物料は取られなかった。 機内で水と小さな箱に入った食物が配られた。 CAはみんなピチピチのジーンズをはいていた。 その雰囲気は大衆食堂で働くウエートレスだった。 機内の乗客は、海外に行く旅行客と言うより、日帰りバスで食事と買い物に出かける様な、より日常に近い雰囲気の乗客が多かった。
    +++

P3122674


追記> 

  帰国の日、飛行機の出発まで、たっぷり時間があったので、ホテルのロビーで パソコンを開いて、のんびりキーを叩いていた。 
  
  韓国の女性(ユン)にWiFiの質問を受けた。 そして、何となく会話が始まった。 このホテルの近くに住む友人を待っているという。 

  僕は、良い時間つぶしが出来たので、いろいろと話はじめた。 ユンは英語が苦手なようで、かなり不明瞭だったが、構わず話し続けた。 
P3122681
  そうこうするうちに、ユンから、その友人(レイ)と一緒に食事に行かないかと聞かれた。

  しばらくして、レイがトヨタのピックアップで現れ、3名で、何処かのレストランに行く手筈が整った。 一軒目が休みだったので、2件目、レストラン、D'place Kinabalu に行くことにした。 

  ローカルフードが食べられ、ダンスが観られるレストランだ。 ドブロクは、飲み切れなかったがダンスに参加したりして、楽しいひと時を過ごせた。 

  飛行機の出発時間に合わせて空港まで送ってもらい、あっという間にボルネオの夕べが終わった。

P3122689b P3122684





注: このレストランの入り口に食用の芋虫が、飼われていた。 

  『ご自由にお食べください。』とマレー語で表示されていた。  食べてみろと言われた。 美味しいらしい。 芋虫は元気よく動いていた。 
P3122686
  そっと、芋虫の巣に戻してやった。 解放された芋虫は、慌ただしく木くずの中に入っていった。






   +++  おしまい。 今度は何処の大会に出ようかな。 +++

Suunto Ambit3の GPS受信間隔 を変える方法。

2018.03.15 Thu

<自分のメモ用の記事。>

a)  Movescount.com を開いて、自分のアカウントに入り、『自分』をクリック。
b)  写真の様に「自分」の画面の「ギア マイウオッチ」をクリックする。
P3152894_LI












c)  「+カスタムモード」をクリックし、色んなアクティビティを表示する。 
P3152896_LI












  GPS受信間隔を変更したいアクテビティの右端にある「編集」をクリックする。(写真) 
  注: アクティビティの名前も自由に書き換えられる。
P3152898_LI












d)   好みのGPS受信間隔、「GPS精度」を選び、右下の保存をクリックする。(写真) 
P3152899_LI












e)   最後に Abmit3をケーブルで接続すると、Moveslinkが勝手に立ち上がり、自動的にシンクロされる。                もし、Moveslink2 がインストールされてなかったり、削除されていた場合は、このサイトから再度ダウンロードのこと。



 +++ おしまい +++  
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