dendrodium

現在一番気になっている事は下記記事に書いた事 「備え(そなえ)あれば患いなし、さなえ(早苗)有りて憂いあり、早苗倒して憂い除かん。」 http://blog.livedoor.jp/dendrodium/archives/96257553.html

ステルス革命(隠密裏の主権者変更)の阻止を訴えます。
民主主義国日本の主権者は私達国民です。
TPP導入で日本の主権を投げ出し、
憲法改正で国民の主権を奪おうとしている安倍政権。
私達は私達の為の国「日本国」を守らねば、
政府や外国企業の奴隷にされてしまいます。(こちら

日本はもう既にステルス革命を遂げられてしまっているのかも知れませんが・・・・・(2020・11・16)

マスコミに載らない海外記事「ある「反ユダヤ主義」心理作戦の分析」を見て、
私は以前にも書いた事があるのですが、
ユダヤ人と言われる人々は、本当は自分達を差別(特別扱い)されることを望んでいる民族なのだろうなと、又しても感じたのでした。

勿論 差別と言っても、戦前のユダヤ人差別の様に、
ユダヤ人であるというだけで、見下され殺される様なこと等を願っている分けではなく、
「選民」として、尊敬の念を以て特別扱いされる事を願っているのだろうと思うのです。
自分達ユダヤ人は、神に選ばれた民・選民として尊敬されるべき者であると主張する事は、
周りの民族・パレスティナ人等を見下して当然であるという意図が見え見えであるのに、
その思い上がりがパレスティナ人達に不快感を与える行為であるという事に、
余りにも無頓着であるという事で、嘗てのユダヤ人大虐殺等という禍々しい歴史も、
自分達の態度にも幾分の原因がなかったとは言えないという事を、
ユダヤ人を自称しておられる方々は、少しは反省されるべき時だと私には思えるのです。

商業活動などで超有能なユダヤ民族の方々は、若しかしたら周辺のパレスティナ人を、
無能であるが故に貧しい民族と思って、見下しておられるのではないでしょうか?
でも、お金儲けについては無能でも、清貧という高尚な考えの下、
敢えて貧乏に甘んじておられるかも知れません。

日本には「1寸の虫にも 5分の魂」という有名な諺が有りますが、
パレスティナ人はお金儲けに長けたユダヤ人的な意味での能力は皆無であるとしても、
「自分達は清貧を大事にする誇り高い民族なのだから、生きて行けるだけの収入さえあれば、
少々貧乏であっても、それは誇りと思っても、恥等とは決して思わない。」という
パレスティナ人にはパレスティナ人としての誇りがあるのではないかと思うのです。

金儲けを上手にする事こそ、周りの者を幸せにできる能力なのに、
「清貧」等と言って、パレスティナ人は負け惜しみが強すぎると、
ユダヤ人(イスラエル人)は思っているのかも知れませんが・・・・・

この様な人々の間の齟齬は同国人同士の間での人間関係でも、屡々ある事だと思いますが、
この場合、富を持っている人は、清貧を吹聴する者に出会った場合、
例え口に出して侮辱する様な無礼な事迄はしないとしても、恐らく大抵の場合
金満家たちは無産化階級の同国人の主張する清貧という考え方を
「貧乏人の負け惜しみ」であると信じて疑わないのではないでしょうか?

それが中東の場合、お金儲けに超有能なユダヤ人と、
清貧を重んじて、誇り高く生きようとしているパレスティナ人が、
せめぎ合う位に間近で隣同士として暮らすことになっているので、
中東に、ややこしい事が起きやすい状況にあるという事なのでしょうね。

最後に「ある「反ユダヤ主義」心理作戦の分析」に結論的に書かれた事を引用させて頂きます。
             (引用)
 欧米諸国におけるパレスチナ支持抗議行動を徹底的に弾圧しようとする狂乱的プロパガンダ活動は、ユダヤ人を反ユダヤ主義攻撃から守ることとは全く無関係だ。それはイスラエルと、イスラエルと同盟関係にある残虐な西側諸国政府の権益を守るためだけのもので、それ以外の何物でもない。

最近記事が消される事が多くなっているのでしょうか?
私の記事など、どうっていう事もないだろうと思われますのに、
先日 フェイスブックの私のページに投稿という形で表示していた記事の一つに、
「この記事は存在しません」という様な表示が出ていたので、
「ない筈ないのに?」と思って調べて見ましたら、
その記事だけでなく、幾つもの記事が消えてなくなっている事に気づいたのです。

私の様な無学の、只の婆が書いた物にさえ、この様な事をされるという事は、
名の知れた人が書かれた物など、相当締め上げられているのかも知れませんね。

時は今、高市早苗の、手の内に?

『保守的な?政策を打ち出す(主張する)』高市政権を支持されるいわゆる『保守』の方々がおられるようですが…。
『国作りの基礎』の農業政策に於いて、『自給率100%』が持論のはずなのに、『自給率を減らす“減反政策”』に後戻りしたり、『種の利権をグローバル企業に売り渡す』高市政権は『極左』政権であって、『(伝統や国土を守る)保守』政治家とはほど遠い存在です。
『世界で(少なくとも先進国中)最も飢餓リスクの高い』日本で『食糧安保』をないがしろにする高市政権は『イラン戦争』での『物資不足リスク』を前にますますヤバくなっているように見えますね。
☆【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】ますます種子が危ない~国民よりも企業利益が最優先される流れ
食料・農業問題 本質と裏側
鈴木 宣弘
東京大学 大学院 特任教授・名誉教授
高市政権は食糧問題を何と心得ているのでしょうね。
『自給率を減らす“減反政策”』に後戻りしたり、『種の利権をグローバル企業に売り渡す』政策を進めているそうです。
鈴木先生の仰っている通り、高市政権は
『世界で(少なくとも先進国中)最も飢餓リスクの高い』日本で『食糧安保』をないがしろにする高市政権は『イラン戦争』での『物資不足リスク』を前にますますヤバくなっていると言って過言ではないのではないでしょうか?

私の住む住宅団地の河沿いの歩道脇に植えられた桜も、
植えられてから何時しか50年近く経っているのですが、
今将に満開で尚散り始めてもいない状態にあります。
こんな状態を、この世の春を謳歌していると言うのかと思い乍ら観て通ったのですが、
その道筋の河原から盛り上がった土手には、古くから竹林があったらしいのですが、
最近その竹林の彼方此方で、竹の植栽が根元から傾き始めている処が出来ているのです。

近年、この団地の近くの農家で、代替わりが続いたらしく、
先代のご当主が、次々この世から退隠して終われた模様で、
先代のご当主と思われる方々が、此れ迄は団地脇の河原の植物への手当を、
地道に続けて下さっていたので、河原の竹にしても守られていたのだと、
感じ入らざるを得ない様な異変が団地の傍を流れる河沿いで、
大きく成長した竹の林でも起き始めている様です。

現在の農家の当主の方々は、私達新興団地の住人と余り変わらない「只のサラリーマン」になって終っておられるようで、
彼等のお父さん達の様に地域の植栽への手当てを、
ご自分の受け持つべき仕事として、当然の様に弛まず続けて下さる方々が、
殆ど居られなくなったようです。

現在の大部分の農家の当主の方々は学齢期、
近所に出来た新興の住宅団地の子と、同級生として成長しておられたのですが、
団地の子の方が人数が多かった事もあって、其れ迄の環境が一気に変わったのかも知れません。
団地では休日に子供達を遊園地などに連れて行っている家が多かったりして、
そんな団地の子の休日を羨んで大きくなった人が多いのではないかと思われるのです。

それに引き換え、自分達の親世代は会社の休みの日には、
町内にある植栽の手入れをする義務を負っているかのように、
河原に自然に生えている竹などが、ちゃんと生育できる様、手入れをしたり、
農道の雑草を抜いたりと、こまごまと手入れして、
普通の畑仕事が済んでいても、休日には細々と畑の手入ればかりしていて、
親は休日でも自分達子供を遊園地に連れて行ってやろうと思った事もない様な人だった、
という不満を持って成長した人が多かったからかと思われるのですが、
現在の地域の農家の当主の方々は、彼等の親御さん世代の方々が、
地域の自然を守る為に休日返上で、こまごまと手入して下さっていた事を受け継いで、
自然を守る仕事をする気になられる方が少ないのだろうと思われるのです。
(子供さん達は団地の子と同じ様に休日には遊園地という人も多いのかも知れません。)

という訳で此れ迄、親御さんの世代の方々が地道にお世話して下さっていたので、
守られていた地域の自然が、守護神の様な方々のご隠居や今世からの退隠等に遭って、
私達の団地脇の河原の竹林や彼方此方で今、大きな異変が起きている様です。

最近迄は大きな竹が風にそよいでいるのを見ても、自然のままに生えた竹が時間が経って、
大きくなっただけで至極当たり前の事と思っていたのでしたが、
近年、昔の様に手入れが行き届かなくなって来るとどうなるかを目の当たりにして、
近隣の農家の方々の弛まぬご努力のお陰で、河原の縁に茂っている竹林も、
此れ迄見ていた様な勢いのある状態にあったのだと、今更のように思い知ったのでした。

最近迄、お勉強・お勉強と、お勉強さえ出来れば上出来という風潮が続いていた所為で、
子供時代は「塾』通いが当たり前の様な時代が続いていましたが、
その御勉強なるモノが出来るからと言って、それが果たしてそれ程の値打ちがあるのかどうか、
疑問視せざるを得ない様な事も多くある様です。
今更のようですが、江戸時代から明治・大正・昭和と受け継がれて来た伝統には、
私達にとって大事なものが数多く、培かわれていたのかも知れないと思わされたのでした。

くろねこの短語「殺傷能力のある武器輸出解禁」を自民・維新が提言・・・戦争で儲ける「死の商人」として“世界の真ん中で咲き誇る日本”!!によると、
自民党と維新の会が「殺傷能力のある武器の輸出を原則容認するという提言」をしたのだそうです。

日本は1976年三木内閣の時宮沢外務大臣が、
たとえ何がしかの外貨の黒字がかせげるといたしましても、わが国は兵器の輸出をして金をかせぐほど落ちぶれてはいない」と高らかに謳ったという事が語り継がれる、
平和立国の国であることを誇りとして来ていた筈でしたのに、
・防衛装備品「5類型」を大幅緩和へ 与党が“殺傷武器”の輸出を原則認める提言を高市総理に提出し、
政府はこの春にも制度を見直すと、此れ迄の武器輸出(禁止)3原則を取り下げる方針なのだそうです。

しかも高市早苗総理は、殺傷武器輸出解禁については国会ではなく、非公開の国家安全保障会議(NSC)で勝手に議論を進めて、
日本を武器を売って儲ける「死の商人」に変えて終としているのだそうです。

「貧すりゃ鈍する」とは言いますが、
例え貧しても日本はもう絶対に軍事立国の国には戻らない決心をしていた筈ですのに、
この侭ズルズルと、武器商人で儲ける為に戦争まで拡大しかねない国に戻して良いのでしょうか?

小学校への入学は広島市で、4年生の時長崎市の小学校に転校しましたので、
私は広島と長崎の夏休み中の登校日でですが、
毎年原爆の日に校庭で「三度許すまじ原爆を・・・」という歌を歌っていたものでした。
そして、日本はもう絶対に戦争を容認する様な人が総理大臣になる様な事はないだろうと、
芯から信じていたものでしたが・・・・


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