昨日はメーデーだったが、日本のメーデーが如何して盛り上がらないかについて、

反戦な家づくり「日本のメーデーが燃えないのはなぜか」が、

興味深い考証をしておられた。

 

日本の資本主義は護送船団方式で、

明治時代に無理矢理「資本主義」の国になった日本は、官僚が敷いたレールの上を政商が走り、多くの零細企業はその下支えをさせられた。

この方式を止めて本当の資本主義になったら、業績の悪い企業はどんどん倒産していく事になるだろう。

企業が倒産したら失業者が出来る。

その時には、

福祉大国と言われるスウェーデンは、企業に対する救済を一切やらない、極度の自由競争主義だという。だから、業績が悪いとどんどん倒産し、じゃんじゃん失業する。なので、不採算分野はさっさと儲かる分野に鞍替えして、失業者は手厚い福祉でバックアップされる

という様になれば、本当の資本主義という事になるのだろう。

しかし、その時には又別の問題が出てくるのかもしれないが・・・・・

 

大企業対下請けの問題は、労働問題でもあるのだと思う。

小企業の経営者は、経営者と言っても名ばかりで、大企業に好い様に使われているし、
従業員も会社が潰れたら失業だから、我慢するしかない状態に置かれている。

 

消費税一つとっても政府は無慈悲に、
大企業の要求に逆らえず、やっと命を繫いでいる様な下請け企業から搾り取って、
代企業に大金を与える仕組みを埋め込んでいる。

 

その昔、政府が消費税を導入しようとした時には、

大企業も国民と一緒に反対していたものだったが、

現在は全然反対しないどころか、マスコミ(大企業の代弁者)に消費税は必要だと言わせていた。

 

製品を輸出する大企業は、下請け(中小企業)が支払った消費税を、

海外では日本の消費税は関係ないという事で、

輸出する時に払い戻される事になっている。

 

払い戻しは輸出する時にされるので、
大企業が、当然の様な顔をして、
払い戻された消費税を受け取る事になる。

大企業は払い戻された消費税を、細かく計算して各下請けに清算しているだろうか?

そんな事をしているという話を聞いた事がない。

 

大企業の為に下請け企業に、消費税分の金額を値引きさせているのと同じことになっている消費税は、
輸出大企業にとっては、出金より入金の方が多くなる打ち出の小槌となっている。

 

こんな風に大企業は陰に日向に政府から援助されているのだろう。

大企業は大金を持っているから、多額の賄賂を政治献金という形で出す事が出来るが、

中小企業にはそんな余力のある会社は殆どないだろうから、
政治家や官僚から相手にされず、見捨てられるということなのかもしれない。

 

下請け企業の問題は、派遣問題と同様に、
現在の格差社会の要因なのではないだろうか?


    (一部引用)

明治時代に無理矢理「資本主義」の国になった日本は、官僚が敷いたレールの上を政商が走り、多くの零細企業はその下支えをさせられた。
敗戦後、財閥解体で一度はそうした構図がなくなるかに見えたが、実質は何も変わらず、官僚主導の官製「資本主義」が異常に発達した。護送船団方式などとも言われた。
限られた巨大企業が圧倒的な主導権をもち、中小零細はそのおこぼれをもらって生きるしかない、という構図は、産業規模が大きくなったぶんだけ、むしろ戦後に強化されたのではないか。

いかに中小企業と大企業の格差があるかについては昨年12月に書いたこの記事を参照してもらいたい 

国民の7割は中小零細企業の社長と社員とその家族だ 

収入面の結論だけ書くと
中小企業の社員のほとんどは、全体の平均年収ももらえていない。
まして小規模企業にいたっては、社員5千人以上の超大企業の年収の6割にすぎない。
これに福利厚生や退職金を含めれば、もっと大きな差が開く。

大企業からギリギリのコストを押しつけられている中小零細企業で、労働者が盛大に権利を主張すると、ほんとに倒産する。
そういう現実の中で、7割の「労働者」は働いている。
そのリアルに向き合っている目からは、組合作ってメーデーで盛り上がれる身分はうらやましい限りだ。

また一方で、大企業社員や公務員は、比較的恵まれた待遇があるために、

あえて組合だ、メーデーだとやらかす動機が薄くなる。
当然のこととして、組合はあっても組織率は激減してきた。

 

日本の「資本主義」は本来の自由競争とはほどとおい官製「資本主義」であり、スタートでできた格差が長年の蓄積でさらに差が開いた状態が今日の姿である。
第2に財閥解体をやらないかぎり、日本に資本主義は生まれないし、本来の意味での労働者もうまれない。

では今の「労働者」に見えているものはなにか。
それは、村落共同体に縛られ、年貢を搾り取られていた農民の姿そのままである。
幕府や殿様が「政官財」にかわり、村落共同体が中小零細企業に様変わりはしているが、大きな構図は江戸時代と何ら変わっていない。

このような今の日本で 労働組合やらメーデーやらが盛んになるわけがない。
この現状を出発点にして、なんとか人が人らしく生きていける途を探るためには、私は労働者VS資本家の闘いではなく、下請けVS元請け、中小零細VS政官財 の闘いを作っていくべきなのだと思っている。

こんどこそ財閥解体を成し遂げて、明治から営々と積み上げてきた官製のアドバンテージをすべて奪い取り、改めて自由競争による資本主義を発進するところから、この国はやり直すべきだ。

なお、誤解のないように蛇足を書いておくと、新自由主義は自由競争とはもっとも遠い場所に生息するアンフェアの権化のような存在であり、資本主義ですらない。だから、資本主義の出来損ないの日本は、やすやすと新自由主義の餌食になったのだ。
だから、私の言う自由競争は、新自由主義礼賛ではない。真逆である。

また、やり直した資本主義がうまくいくという保証もない。
しかし、あまりに不平等から出発した官製「資本主義」を一度解体しなくては、これをいくらこねくり回しても、腐った材料は腐った料理にしかならない。

こうした自由競争の資本主義を生き生きと活動させるために、政治の福祉とかセイフティーガードが必要なのだ。
福祉大国と言われるスウェーデンは、企業に対する救済を一切やらない、極度の自由競争主義だという。だから、業績が悪いとどんどん倒産し、じゃんじゃん失業する。なので、不採算分野はさっさと儲かる分野に鞍替えして、失業者は手厚い福祉でバックアップされる。
国の規模が違うから、単純に引き写しはできないが、これが本来の資本主義なのではないか。

血のメーデーから65年。
昔日の劣化コピーで、惰性のメーデーを続けることよりも、もっとラディカルに変革を考えてみることが必要だ。
5月1日 そう考えた。