矢部宏治さんの「誰が首相になっても、総選挙後に必ず起こる「2つの重大な出来事」に、
総選挙後にアメリカが計画していると見られることを詳細に説明しておられた。

今回の総選挙で希望の党が出来たのも、
前原誠司が独断で決めた様に見える民進党の解党も、
総てアメリカによる日本の野党潰し計画によるものであったらしい。
前原誠司も小池百合子も米軍の手先として米軍の命令に従った、アメリカの傀儡なのだろう。
アメリカが目論んでいるのは、日本の野党を全滅させることと、
巨大な「自民・公明・希望・維新」による保守連合体制・「大政翼賛体制の成立」なのである。

何故、アメリカは日本の野党を消滅させて、日本に巨大な保守連合を造りたがっているか、
その目的は、
① 全自衛隊基地の米軍使用
② 核兵器の陸上配備

だそうである。

アメリカの軍産複合体がこうした「自衛隊基地の米軍使用」を、
今後すべての基地に対して拡大しようとしている理由は、

① 「自衛隊基地」という隠れ蓑によって、基地の運用経費をすべて日本側に負担させることができる。
②「米軍基地」への反対運動を消滅させることができる。
③ 今後海外での戦争で自衛隊を指揮するための、合同軍事演習を常時行なうことができる


「核兵器の本質」は、「置いた国と置いた国のあいだで撃ち合いの関係になる」ということである。
そして一発でも撃ち合えばその被害があまりにも大きいため、
両者の間には「恐怖の均衡」が成立する


日本の何処か(多分沖縄)に核兵器を配備されたら、
仮想敵国(中国・北朝鮮)と日本が「恐怖の均衡」をとるということになり、
アメリカはある程度フリーハンドを得る事になり、
両者を潰す為に何を企まれるか知れないという、
恐ろしい事態も有りうるという事だろう。

そして、アメリカと北朝鮮の間の核の均衡という状態であれば、
日本や韓国に米軍を駐留する意味がなくなり、
米軍の撤退という未来も想定できるけれど、
日本に核配備を許してしまったら、
米軍は半永久的に居座るという事になるだろうと予想される。
矢部宏治さんの記事の「5」に、
今日本人が肝に銘じなければならないと思われる事を書いておられるので複写させて頂く。

今度の総選挙で安倍総理を排除することを目的に、
「希望の党に投票を」等と書いた事があるが、
安倍総理の危険を遥かに陵駕する危険が、日本に迫っているらしい。

絶対に安保法制容認や改憲を言う勢力には、投票しないで頂きたい。

自民党も希望の党も、皆落選させる気で、
選挙に行かねばならないと思った次第である。。

本当の平和国家になるために

私も6年前から本に書いているように、本土への復帰前は沖縄に、最大1300発もの核兵器が地上配備されていた。

そして嘉手納と辺野古には当時それぞれ数百発の核兵器が貯蔵されていた巨大な弾薬庫がいまもあって、さらにはそれを「将来必要になったらいつでも使えるように維持しておく」という密約まで結ばれているのだ(1969年の佐藤・ニクソンによる「核密約」)。黙っていれば、自然にそういう流れができてしまうことは確実だ。

けれどもこの沖縄への核兵器の地上配備だけは、本土の人間も一体となって、日本人全員で絶対に食い止めなければならない。

 

おそらく身勝手な本土の人間たちは、「沖縄なら自分は安全だ。核兵器だろうと何だろうと、配備すればいいじゃないか。オレには関係ない」と考えるかもしれない。ところが、そうはいかない。

ここが問題の本質なのだが、北朝鮮対策という名目で沖縄に核が配備されたとき、それは自動的に、中国との間で核の撃ち合いの関係を生み出してしまう「恐怖の均衡」が成立するのである。そしていうまでもなく、中国のもつ核兵器は、日本列島全体を瞬時に壊滅させるだけの威力をもっている。

今回の「前原民進党・解党事件」でもよくたとえに登場した、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の教訓を思い出してほしい。「オレだけが助かればいい。ほかの奴らは地獄に落ちてもかまわない」と思った瞬間、われわれ日本人はみな、一体となって地獄へ落ちていくことになる。

同じように核兵器の配備について「沖縄ならいいか」と思った瞬間、「核大国・中国との間での、永遠につづく軍事的対立」=「永遠の朝鮮戦争レジーム」という、最悪の結果がそこには待ち受けているのだ。

けれども逆に、核の地上配備を沖縄と連帯する形で、日本人全体で拒否することができれば、北朝鮮とアメリカの間で「恐怖の均衡」が成立し、バノンが予言していたとおり、やがて北朝鮮の核開発の凍結とひきかえに、米軍は朝鮮半島から撤退し、日本の朝鮮戦争レジームも終わりを告げることになるだろう。

われわれ日本人が望んでやまない「みずからが主権をもち、憲法によって国民の人権が守られる、本当の平和国家としての日本」という輝ける未来は、その先に訪れることになるのである。