ヘンリーは知りたがりの男の子でした。

ヘンリーは賢い男の子だったので、学校での成績はいつも1ばんでした。

ヘンリーは、この世のすべてを知りたいと思っていました。


『ヘンリーと老人』


ヘンリーは質問するのが大好きでした。

大人どうしの会話によく首をつっこみ、「それはなんで?」と聞きました。

大人たちも、ヘンリーが学校で1ばん賢いのを知っていたので、

こころよく色々なことをおしえました。


ある日、ヘンリーは母親に聞きました。

「ねぇ、あのお山の向こうには何があるの?」

母親はチェリーパイを焼きながら答えました。

「スミーテリという町よ。あそこには広い広い菜の花畑があるわ」

ヘンリーは目をかがやかせながら聞きます。

「それで?それで?」

母親は、チェリーパイの焼き加減を確認し、ふぅと息をつくと、こう答えました。

「あとは、海があるわね。その先に何があるかは分からないわ」



ヘンリーは海を見たことがありませんでした。

もちろん話で聞いたことや絵で見たことはありますが、本物の海は想像したことしかありません。

ヘンリーは今まで、山の向こうを気にしたことがありませんでした。

山と反対方向の村や町には何度も行ったことがあったし、

どんなものがあるかはだいたい知っています。

でも、山の方はなにも知らなかったのです。


山の向こう、菜の花畑、海。

ヘンリーの頭はこれでいっぱいになりました。

知りたい、見たい、行きたい。

ヘンリーは父親に一生けんめいたのみました。

スミーテリに行きたい、スミーテリに連れて行って、と。

しかし、父親は仕事にいそがしく、しばらく休日はしっかりと休ませてくれ、と言いました。

母親も、家事で大変なのでそれどころではない、と言います。

結局、夏までは我慢しなさい、と言われてしまいました。


ヘンリーは、知りたかったのです。

海がどんなものか、山の向こうには何があるのか。

話だけでは、満足できなかったのです。

翌日、ヘンリーは山をのぼりました。



途中までは、慣れた道でした。

この森は、小さいころによく昆虫を捕った場所でもあったからです。

何度も何度もここへ来たのに、どうしてこの先を見ようと思わなかったんだろう、

と、ヘンリーは不思議なきもちになりました。

意識した途端に、この森は目的地ではなくて通過点になってしまったのです。

なぜか沸きあがってきた笑いたい気持ちに、ヘンリーはとまどいを隠せませんでした。


しばらく歩くと、いつの間にか知らない道になりました。

初めてみる景色は、いつでもヘンリーの好奇心をくすぐります。

大きなキノコ、突然目の前をよこぎった、リス。

すべてのものが、ヘンリーの心を楽しくします。

そうやって歩いているうちに、ヘンリーの目の前には小屋が現れました。

しばらく小屋の周りをウロウロしてみましたが、どうにも中の様子が気になります。

マキが割ってあることや、汲んである水が新鮮なことから、この小屋に人が住んでいることが分かりました。

小屋のドアが少し開いていたので、たまらずヘンリーは中をのぞいてみました。

中には、一人のおじいさんがイスに座っていました。



物音に気づいたおじいさんは、ヘンリーを中に招きいれます。

ヘンリーは、少しちゅうちょしたあとに、部屋の中に入ることにしました。

こんな山の中に一人で暮らすおじいさんは、一体なにをやっているのか。

ヘンリーは知りたい気持ちでいっぱいになりました。


「こんなところにお客さんなんて、久しぶりだよ。

 お菓子を出そう。そこに座っておいで」

おじいさんは、やさしい口調でそう言いました。

ヘンリーは聞きます。

「おじいさんは、なんでこんなところに住んでいるの?」

突然の質問におじいさんは少し驚きましたが、おだやかな口調でこう答えました。

「疲れたからじゃよ。わしには一人息子がいたが、いくさで死んでしまった。

 もうわしは、疲れたんじゃ」

ヘンリーは首をかしげます。

疲れたからってどういうことだろう、疲れたのなら寝ればいいのに。

クッキーをパキ、と食べながら、ヘンリーは母親と父親のことを思い出していました。



しばらくおじいさんと話すうちに、ヘンリーはある本に気づきました。

ひどく古ぼけた1冊の本が、棚の上に大事そうにかざってあったのです。

ヘンリーは聞きました。

「おじいさん、あの本はなあに?」

「ん、ああ、それか」

おじいさんは、よいしょと腰をあげると、棚の上に手を伸ばしました。

そうして本を手にして、少し寂しそうな目をしたあとに、こう言いました。

「これは、絵本じゃよ。わしの大好きな絵本じゃ」

絵本といえば、ヘンリーも昔はよく読んでもらったものです。

だけど学校へ行くようになってからは、絵本を読むのは恥ずかしいことだと思うようになりました。

だから、おじいさんが絵本を好きというのがまったく分からなかったのです。

ヘンリーは聞きます。

「なんでその本が好きなの?おもしろいの?」

おじいさんはイスに腰掛けると、本を開いてヘンリーに読んであげました。

ヘンリーも、大人が好きな絵本というものに興味しんしんだったので、じっと聞きました。

その絵本は、若い男の人の話でした。



村で1ばんの力持ちだった若い男が、ある日お城の王様の目にとまります。

男の勇敢さと力強さに惚れこんだ王様は、若い男をお城の兵隊に誘いました。

貧しい村で育った男は、父と母の生活を助けるために、と喜んで引き受けます。

父と母や村人も、村の名誉だと喜びました。

兵隊に入った男は、自慢の力をふるって大活躍しました。

村にいくさの報告が来るたびに、父と母は大喜びしました。

男は一人息子だったので、父母の喜びはいっそう大きなものでした。

ある日、男の母が死にました。

父と男はおいおい泣きましたが、泣いても泣いても悲しみは消えませんでした。

そんなある日、お城が大戦争を始めると言いました。

男は、急いで城に戻らねばなりませんでした。

母のために、母を亡くして悲しんでいる父のために、男は一生懸命戦いました。

この戦いに負ければ、この国は滅んでしまいます。

この戦いに勝てば、この国は大いに繁栄します。

村人も一緒になって、お城の兵隊の勝利を祈りました。

その甲斐あってか、兵隊は見事に勝利しました。

村は大喜びしましたが、父は男の生死が気になりました。

戦いの中で気づいたのです。

父は、お国の勝利などどちらでもいいと思い始めていたのです。

妻を失い、子まで失ったら自分には何も残らない。

無事に帰ってきてくれれば、戦争の勝敗はどちらでもよかったのです。

ある日、父のもとに手紙が届きました。

その手紙を読んで、父は大いに泣きました。






ここまで読んで、おじいさんは絵本を読むのをやめました。

ヘンリーは、続きが気になりました。

「生きていて欲しい。男が、生きていて欲しい!」

おじいさんが先のページを読もうとしないので、ヘンリーはたまらず言いました。

「おじいさん、次のページをめくってよ」

しかし、おじいさんはゆっくりと首を横にふります。

「次のページは、糊でくっつけてしまったよ」

ヘンリーは驚きました。

本をそまつにしてはならない、とよく母親に叱られたヘンリーにとって、

本に落書きどころか、糊でページをくっつけてしまうなんて、想像もつかないことなのです。

「なんでそんなことをするの?続きを教えてよ。手紙には何て書いてあったの?」

ヘンリーは必死に訴えましたが、おじいさんはまた首を横にふります。

「わしも知らんのじゃ」

その言葉に、ヘンリーはいよいよビックリしてしまいました。



おじいさんは、何十年も前にその絵本を見つけたと言います。

本屋でその本を見つけたとき思わず声をあげてしまった、と言いました。

なぜなら、その話の父というのが自分にそっくりだったからです。

村で1ばんの力持ちだった一人息子。

兵士としてどんどん出世していった一人息子。

ある日死んでしまった妻。

始まった、大きないくさ。

そして―――

戦果をあげながら、代償として命を落とした、一人息子。


国王に絶賛され、偉い称号を与えられた故人。

村人の語り草となり、誉められ続けた故人、息子。

そんな中、深い悲しみに泣き崩れた、自分。

そんな自分の境遇が絵本とあまりにそっくりだったので、

おじいさんは思わずその本を買いました。

だけど、どうしても最後のページだけは見れなかったと言います。

絵本の中の父が泣いたのは、

息子が生きていたからなのか、息子が死んだからなのか。

その結末を、どうしても見たくなかったのだと言います。



それだけの説明を聞いて、ヘンリーはどうにも理解できない感情におそわれました。

「なんで?なんで最後を見ないの?」

ヘンリーは必死に問いただしました。

「例え死んでいたとしても、それはそれで乗り越えていけばいいじゃない。

 生きていたとしたら、いい話だ、で終わればいいじゃない。

 どちらにしたって、知ったあとにどうにでもなるんじゃないの?」

ヘンリーの必死の問いかけにも、おじいさんは穏やかに答えました。

「見てしまったらね、答えは100%決まってしまうんだ」

当たり前のことを当たり前のように言うおじいさんに、ヘンリーは首をかしげました。

おじいさんは続けます。

「わしは、絶対に生きていて欲しいと思っている。

 絵本の中でくらい、幸せな結末を見てみたいからね。

 でも、もしかしたら死んでいるかもしれないんだ。

 でも見なかったら、生きているのか、死んでいるのか、どちらなのか分からない。

 見てしまったら答えはどちらか片方になるが、

 見なければ、答えはどちらにもない」

ヘンリーは頭がいたくなってきました。

確かに、答えを知らない今なら、答えはどちらにもありません。

でも真実は1つなはずです。

ヘンリーは、答えが知りたかったのです。

しかし、おじいさんは相変わらず穏やかな顔でこう言いました。

「わしはこれで、幸せなんじゃよ」

そういうと、アップルティーを口に運び、ズズと飲みました。

それを見てヘンリーも飲んでみましたが、どうにも苦くて飲めませんでした。

おじいさんに手渡された砂糖を入れながら、ヘンリーは思います。

「知ることはいいことのはずだ。

 生きているか死んでいるか、答えはどこかに出ているんだ。

 それを知らないままでいるなんて、どこが幸せなもんか」

甘くなったアップルティーを飲み干すと、ヘンリーはおじいさんに別れを告げました。

「クッキーおいしかったよ。絵本にはびっくりしたけど、アップルティーもおいしかった。

 お話も色々聞けて、とっても楽しかった。

 楽しい時間をありがとう、おじいさん」

おじいさんも、小さな来訪者に感謝の言葉を言いました。

「またいつでもおいで、ぼうや」




ヘンリーはそのまま歩き続けました。

山道は、まだ小さいヘンリーには大変だったけど、それでもがんばって登り続けました。

海が見たい、山の向こうが見たい、その一心でひたすら登り続けたのです。

歩きつかれて泣きべそをかきそうになったころ、ついにヘンリーは山の反対側に着きました。

山の上から見た景色はあまりにきれいで、ヘンリーは思わず笑い出しました。

じーん、という感動が、背中から全身にかけめぐったのです。

目の前に広がる青々とした海は、水平線の向こうまで果てしなく続いていました。

太陽の光に反射してキラキラと光るその水面に、ヘンリーはめまいがしました。

そして眼下には、一面の菜の花畑。

そこで生活する人々の集落、町。

ヘンリーは思いました。

ほら、知るのはいいことなんだ。

知ろうと思わなければ、僕はこの景色を見ることはできなかった。

知って損することなんてない。

おじいさんは、やっぱり間違っていた。

悲しいことだって、知った後に乗り越えていけばいいんだ。

一番悲しいことは、知らないことだ。


満足したヘンリーは、その日は帰ることにしました。

山のふもとのスミーテリや海へ行くのは、夏に家族と来たときにしよう。

今日はもう遅いから、早く家に帰ってお母さんにこのことを報告しよう。

気がつくと、おなかがグーと鳴りました。

ヘンリーは、チェリーパイのにおいを思い出しました。





何年かたち、ヘンリーはたくさんのことを知り、町で1ばん賢い子供になっていました。

ヘンリーは、この世のすべてを知りたいと思っていました。

ある日、古本屋に行ったときのことです。

ヘンリーは、どこかで見たことのある絵本を見つけました。

それは、あのときのおじいさんが読んでくれた本と同じものでした。

さっそく中をパラパラと読んだ後、急いで最後のページを見ました。



















ヘンリーは、知ったことを後悔しました。




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