旅行・銭湯・鉄道

2022年09月10日

リゾナーレ小淵沢(現リゾナーレ八ヶ岳)

先日テレビで、リゾナーレ八ヶ岳を舞台にしてゲームのようなことをしている番組があって、録画してみました。

リゾナーレ八ヶ岳、星野リゾートの宿として結構人気があり、テレビでもよく取り上げられます。これまでに二回ほど宿泊しています。

リゾナーレ小淵沢


と言っても、星野リゾートになる前の話ですが(笑)。

当時の名前はリゾナーレ小淵沢。流通大手、マイカルが所有する施設でした。マイカルが経営危機に陥って、星野リゾートに売却したのが2001年ということです。ここの再生がうまく行って、星野リゾートの名前が大きく世に広がる、いわばきっかけになった施設だそうです。

元からあった施設は、イタリアのマリオ・ベリーニという建築、インダストリアルデザイナーが手掛けたもの。施設内に街並みを思わせる通りがあったり、洒落た設計。ウェディング施設もあります。施設の外にはお店などもあまりなくて、施設の中だけで色々楽しめるところでした。JRの小淵沢駅から、散歩がてら歩いて行けるくらいの距離(送迎バスあり=バスで5分)。


リゾナーレ小淵沢私が二回目に宿泊したのは2001年10月。確か宿泊した日の夜は、巨人の長嶋監督が最後の指揮を執るとかそんな日で、部屋のテレビでずっと見ていました(左画像;翌朝のニュース番組・笑)。

ということは、名前はそのままだったけれど、実質的には星野リゾートになっていたのかもしれないですね。現在の「リゾナーレ八ヶ岳」に名称が代わったのは2012年だそうです。一回目の宿泊は2000年でしたので、まだ星野リゾートは関わっていなかったと思います。


私の場合、旅行は海方面に行くことが多いのですが、この頃は年に3回も4回も旅行に行っていたので(笑)、たまには山の方にも行って見よう、という中での旅行です。

清里そして、リゾナーレに行くときのパターンは、一泊目は清里、二泊目にリゾナーレというパターンでした。清里では毎回清泉寮に泊まっていて(観光スポットとして有名ですけれど、宿泊もできます)、清泉寮での宿泊は、周りに何もないし、清泉寮の中にも夜になると夕食以外には何もなかったので(実際には星の観察とか、オプションがあったかもしれませんが)、他でもう一泊...というときにリゾナーレ小淵沢(当時)が浮上してきました。清泉寮自体は、リゾナーレとセットの時も含めて4,5回宿泊しています(左画像;2001年の旅行時。清泉寮の近くで撮影)。


リゾナーレにはホテルタイプの部屋とレジデンスタイプの部屋があり、一回目の宿泊の時(2000年)はホテルタイプ、二回目の時(2001年)はレジデンスタイプの部屋に泊まりました。

リゾナーレ小淵沢リゾナーレ小淵沢まだブログを始める前で、施設を写した写真には私かカミさんが大きく写っているので、使える写真があまり多くありません(笑)。左画像は施設の中にあった全体模型です。

右は、2000年頃のチラシ。スタンダードプラン、一泊二食付きで12,500円(土曜日及び指定日は18,500円)。(そんなに高額なところには宿泊しない)私たちが泊まったんだから、そんなものでしょうね。私の記憶では何となく、15,000円くらいのイメージでした。

現在、公式サイトを見ても一泊いくらなのかよくわかりませんが(笑)、ものすごく高そうです(笑)。しかも夕食は別(大人6,200円から)。それで人気の宿なのですから、やはり再生はうまく行ったのでしょう。


リゾナーレ小淵沢


私たちが泊まった時も、料金は宿泊料金に含まれていましたが、通常の私たちの旅行ではあまりない洋食のコースで(笑)、美味しいと思いました(2001年に宿泊時)。

§Mrs.Arthur

当時、すべてがオシャレな空間にとてもわくわくしていた事を思い出しました。


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2022年09月03日

公営国民宿舎ガイドブック

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旅行する予定もないのですが、買ってみました。

公営国民宿舎ガイドブック

公営国民宿舎ガイドブック2022年度版(一般社団法人 国民宿舎協会)


一冊600円(税込)。国民宿舎協会のHPからネットで購入しましたので、送料込みで1000円ちょっとかかりました。ここに紹介されている国民宿舎でしたら、その宿舎の売店やフロントで購入できるところもあります。宿舎で使えるクーポン付き。

国民宿舎ガイド平成15年(2003年)私が初めてこのガイドブックを買ったのは2003年度版で、その時は国民宿舎協会の事務局(?、本部?)が虎ノ門にあって、そこへ自分で買いに行きました(左画像、税込390円)。現在事務局は虎ノ門から移転しているようです。

そのときはカミさんと初めて国民宿舎を利用しようと思って購入。その事務局には各宿舎のパンフレットが置いてあって、検討していたいくつかの宿舎や、学生時代の旅行で宿泊した宿舎の物を持ち帰ってきました。

2003年度版で紹介されているのは197施設。それに対して2022年度版では52施設。ほとんど1/4ですね。現在国民宿舎協会のHPでは53施設(休館中が1館)となっています。私が利用したことがある国民宿舎は、このガイドブックには一つも残っていません(民営などに転化して営業を続けているところはあります)。

2003年度版も今回購入した2022年度版も同じA5版。施設数の減少に合わせて2003年度版では1ページに2施設が紹介されていますが、2022年度版では1施設の紹介に2ページを割いています。


群馬県の四万温泉にある「四万ゆずりは荘」は国民宿舎制度初期からある施設ですが、見てみると今でも利用料金が一泊2食付き6,200円から。一泊1万円を超える宿舎も多い中、いまだに6千円台の宿舎はなかなかないですよ。

...というか、2003年度版だと「四万ゆずりは荘」は、7,400円からとなっています。どうして値下がりした?()。学生時代の卒業旅行を計画した時に買った1991年のガイドブック(山と渓谷社版)では、5,250円となっています(その当時は5,000円台が一般的)。

※調べたところ四万ゆずりは荘では、コロナ禍も鑑みて食事を質素にして料金を下げた「プチ湯治プラン」というプランを設けているようで、その料金が6,200円だそうです。

公営国民宿舎今住んでいる所からだと、やはり一番行きやすそうなのは秩父の「両神荘」ですが、西武秩父駅からバスで50分...。やっぱりちょっと不便(笑)。

※関連記事

§国民宿舎の旅

§国民宿舎の記憶

§公営国民宿舎

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2022年08月11日

公営国民宿舎

国民宿舎は、国立公園・国定公園・都道府県立自然公園・国民保養温泉地などの自然環境にすぐれた休養地に建設されています。国民の誰もが健全なレクリェーションと健康の増進をはかるため気軽に利用できるようにという目的で作られたもので(公営国民宿舎ガイド2003年度版より)、1956年(昭和31年)に制度化されています。

国民宿舎には地方公共団体が設置・運営する公営のものと、一般社団法人国民宿舎協会が国民宿舎として適当な一般旅館や宿坊、山小屋などを指定する民営の物があります(Wikipediaより)。


国民宿舎パンフレット



民営の国民宿舎は利用したことがありませんが、公営の国民宿舎は何度か利用しています。

旅行だからと言ってハメを外す方でもないですし(笑)、子供の頃の家族旅行では同じようにある程度制約がある会社の保養所の旅行が多かったので、国民宿舎の利用も全く違和感がありませんでした。宿の人にあまり気を使わなくていいので、民間の宿よりも気が楽です。

以前は伊豆や千葉県など、近いところにも沢山ありましたしね。上の画像は私が利用した国民宿舎のパンフレットですが、パンフレットを未入手の施設も含めて、過去に私が利用したことがある国民宿舎(記事の最後の方参照)で、現在も国民宿舎として営業している施設は一つもありません(民営として営業していたり、地方自治体直接の運営ではなく、第三セクターのような別組織を作って、国民宿舎を名乗って営業しているところはあります=国民宿舎協会のHPからは除外されています)。

昭和31年制度化ということなので、その頃建設された施設だと老朽化で建て替えが必要になって、建て替えることによる費用負担などを考えてそのまま閉鎖とか、レジャーの多様化、民間施設の充実など、様々な理由で国民宿舎はその施設数を減らし続けています。残念ですけれど、仕方ないですかね。

国民宿舎かつては、今住んでいる所のそばにも変わった形の建物の国民宿舎があったのですが(笑)、2002年に閉鎖。画像は2018年撮影。閉鎖後長いこと建物は放置されていましたが、この画像撮影後、取り壊されました。

埼玉県内には現在、「両神荘」という施設一つだけが残っていますが、やっぱり交通がやや不便そうです(笑)。


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※公営国民宿舎施設数の変遷

国民宿舎ガイド昭和45年(左画像)アルパインガイド2 国民宿舎と国民休暇村(山と渓谷社 昭和43年5月1日初版、昭和45年12月1日9版)350円

紹介されているのは全国240カ所、目下建設中のものが13カ所となっています。



Wikipediaより、1969年当時258カ所。

国民宿舎ガイド1991年(左画像)ヤマケイガイド 国民宿舎・国民休暇村(山と渓谷社 1991年5月改訂第9版)880円(本体854円)

紹介されているのは291か所。





国民宿舎ガイド平成15年(2003年)(左画像)公営国民宿舎2003年度版(社団法人 国民宿舎協会 平成15年4月第7刷)390円(消費税込み)

紹介されているのは197カ所。





国民宿舎ガイド平成17年(2005年)(左画像)公営国民宿舎(社団法人 国民宿舎協会 平成17年4月第9刷)200円

紹介されているのは177カ所。





ページ2003年から2005年、二年間で20施設の減少。

2003年度版では見開き1ページに上下二軒の施設が紹介されていますが、2005年度版では1ページ1施設。その分ページ数は増えていますが、ガイドの価格は390円から200円に、何故かほぼ半減。


そして、現在(2022年8月)公営国民宿舎のHPで紹介されている施設は53施設です。だいぶ減ってしまいました。今住んでいる所から気軽に行けそうな宿舎というのも限定的で、以前は「次はどこへ行こう」と迷っていたのに、選択肢がなくなってしまいました。


国民休暇村は現在も国民宿舎よりは活気があるみたいです。国民休暇村というのは私がイメージする国民宿舎よりはちょっと値段がお高めで民間に近い印象ですが、飯能にもあるようです「休暇村 奥武蔵」。機会があれば行ってみたいです。HPも(国民宿舎よりは)多くの情報が掲載されていて、きれいに整備されています(笑)。

※関連記事

§国民宿舎の旅

§減り続ける国民宿舎

§国民宿舎の記憶


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2022年08月06日

CMホテル

だいぶ前の話ですけれど(笑)、2016年7月19日放送の「マツコの知らない世界」の内容は、「ブーム再来!3大CMホテル!三日月ハトヤ塩原を徹底比較」

一応、過去に3つとも行っています。

§ハトヤ

ハトヤホテル


一番最初に行ったのは伊東の「ハトヤホテル」。1990年代の中頃でした。

どうしてハトヤを選んだのかはもう覚えていませんが、なんとなく伊東に行くことを決めていて、どうせならよく知られた場所を...ということで選んだか、若しくは「じゃらん」か何かを見て決めたのかもしれません。

伊東で毎年開かれる「按針祭」という大きな花火大会に合わせて行き、その日はホテルの屋上が宿泊客に開放されて、ホテル自体も少し高台にあるので、その屋上から花火がよく見えました。一度目に行ってとても良かったので、何年か後にもう一度同じように花火大会に合わせて行きました。夕食はシアターレストランでショーを見ながら。通年やっているのか、それとも夏休みシーズンの特別イベントなのか分かりませんが、夕食時にくじ引きがあって(部屋番号でのくじ引き)、当選すると豪華景品がもらえます。ネットで調べたところ総部屋数は162だということなので、それに近い数から5組くらいの当選という確率ですが、二回行って、二回とも当選してステージ上に上げられました(笑)

「マツコの知らない世界」では「ホテルサンハトヤ」を紹介していましたが、サンハトヤも私は会社の旅行で一度行っています。

※過去の記事によるとハトヤには3回行っているらしい(ちゃんと調べたところ、1996,1998,2000年に宿泊)

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§ホテルニュー塩原

ホテルニュー塩原


ハトヤはテレビCMにこだわって行ったわけではありませんが、1990年代の終わり頃から2000年前後にかけて、テレビでCMをよく見るような有名ホテルに行こうと思って、狙い撃ちしていた時期がありました。

「ホテルニュー塩原」に行ったのは2000年頃(追記:1999年12月)。冬の時期、雪が積もっているような状況で行ったせいもあるかもしれませんが、なんとなく寂しい感じの観光地だと思いました。

昔、家族旅行で那須に行った時だったか、塩原温泉には行ったことがあって、その時は夏の時期で馬車(トテ馬車)に乗りました(私が幼稚園児くらい)。

現在ホテルニュー塩原は、大江戸温泉グループ傘下になっています。

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§ホテル三日月

勝浦ホテル三日月


ホテル三日月グループでは、現在人気なのは木更津にある「龍宮城ホテルスパ三日月」ですが、ここは比較的新しい施設で(2000年日帰り温泉施設として開業。ホテルは2002年から)、私は行く計画を立てたことがありませんでした。何と言っても、このホテルを有名にしたのは、あの元都知事ですよね(笑)。

それと、木更津という所は大学時代に友人がいて、彼はそこから都心の大学まで通っていたので、なんとなく観光地として認識していなかったというのもあるかもしれません。

そんなわけで、私が行ったことがあるのは勝浦のホテル三日月だけ(1990年代後半)。

しかし、これも会社の旅行で、夕方にホテルについてすぐに宴会になって、翌朝一番で帰ったのでホテルの記憶はあまり残っていません(笑)。海辺にあって景色は良かったです。

現在の正式な名称は「三日月シーパークホテル勝浦」。

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§ホテルニュー岡部

ホテルニュー岡部


「マツコの知らない世界」の3大CMホテルにもう一つ加えるならば、ホテルニュー岡部(鬼怒川温泉)。ここも2000年前後に行きました(追記1999年4月)。一泊の旅行でずっと雨が降っていたのが残念でした。

現在はホテル三日月傘下になっていて、「日光きぬ川 ホテルスパ三日月」として営業しています。

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松の井ホテル§松の井ホテル

水上温泉にある大きなホテル。現在の名称は「源泉湯の宿 松乃井」で、前述のホテルに比べて知名度は落ちるかもしれませんが、テレビ埼玉では現在もよくCMを見ます。

恐らく経営も何度か代わっていると思いますが、私がここに初めて行ったのは幼稚園くらいの時。家族旅行で初めて泊まったまともな(?)ホテルでした。過去に記事として詳しく書いています(関連記事参照)。

一番の驚きは、館内にボウリング場があったこと(現在はないようです)。泊まったのが1972〜1974年頃なので、少し前にあったボウリングブームの時にボウリング場を作ったのかもしれません。私は、まだ小さいことを理由に投げさせてもらえず、父と姉が投げるのを見ていました(笑)。

「松の井ホテル」にはその後1990年代か2000年代か、これまた会社の旅行で行っています。画像のパンフレットはその時に入手。窓から見た景色が、二十数年前に見たそのまま(昔の写真も残っているので)だったことに感動しました。

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今年の夏は、少し前からテレビでよく「白樺リゾート池の平ホテル」のCMを見かけます。ここも昔からテレビCMをよく流していました。恐らくほんの数か月前まではコロナの感染の波が穏やかでしたから、この夏は大々的に観光客を呼び込もうという目算だったのでしょうね。

テレビドラマの江戸川乱歩シリーズ、「湖底の美女」(1982年放送)の舞台が白樺湖で、このドラマを何度も繰り返して見ているので、白樺湖に行ってみたくなりました。将来的にはこの池の平ホテルに行ってみたいですね(ドラマ内での登場人物の宿泊先は別のホテル)。


※関連記事

§ハトヤホテル

§松の井ホテル

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2022年06月04日

おふろの王様 光が丘店(閉店)

先日、上板橋の記事を書いてから、あちらに住んでいた頃のことを思い出して色々調べていたら、ショックな事実が判明しました。

当時、よく行っていたスーパー銭湯が閉店していました。

おふろの王様

おふろの王様 光が丘店

私が気分転換のためにスーパー銭湯、普通の銭湯に行くようになったのは2000年代の初め頃だったと思いますが、そのきっかけになった、最初に行ったスーパー銭湯がここ、おふろの王様光が丘店でした。

これは残念だなぁ。あちらにいた頃は年に3,4回は行っていたと思います。

おふろの王様Wikipediaによると、ここ光が丘店はおふろの王様の1号店で、1999年にオープンしたそうです。

ここが良かったのは散髪コーナーがあった所。髪を切ったあと、すぐにお風呂に入って洗い流せるのが好きでした。切り方も10分くらいで簡単に切ってくれました。ちゃんとした床屋で丁寧に切ってくれるところで、じっとしているのが子供の頃から苦手でした(笑)。今も、安くて簡単に切ってくれるところで切っています。

あとは、食堂があるので、そこでダラダラしているのも好きでしたね。

もちろんおふろは種類が沢山あって、かなり混雑するスーパー銭湯でした。

東京銭湯マップ練馬に住んでいた頃はここを初めとして、スーパー銭湯だと「さやの湯処」(板橋区前野町)、普通の銭湯だったら「ときわ健康温泉」(板橋区中台)あたりはお気に入りで定期的に行っていました。その他、気分を変えて他の近場の銭湯にもたまに行く感じで、練馬に住んでいた頃は多いときで月に3,4回銭湯に行っていました。

コロナさえ収まってくれれば、今住んでいる所にも自転車で行ける範囲にスーパー銭湯がありますので行ってみたいと思っているんですけれどね。

ちなみに、東京の組合加盟の銭湯の料金は、私が行き始めた2000年代初めは確か400円。それから2009年に東京を離れるまでに430円、450円と立て続けに上がり、現在は480円だそうです。



おふろの王様の公式サイトによると、光が丘店の閉店は2018年6月30日、理由は定期借地権満了ということです。大宮にあったスーパー銭湯も、同じ理由で閉店したところがありました。

おふろの王様光が丘店の跡地は、スーパーマーケットになっているそうです。

§Mrs.Arthur

スーパー銭湯という所に行ったのはここが初めてでした。近場でちょっとしたレジャー感覚を味わえて楽しかったです。

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2022年05月05日

天覧山

こちらへ転居(3年前)してきて以来初めての、レジャーと言えるようなおでかけ(引っ越しでバタバタしているうちにコロナが流行してしまいましたから)。飯能へ行って、天覧山に登ってきました。

飯能



天覧山天覧山天覧山というのは、これはもうハイキングというよりは散歩感覚で登れる低い山(左画像、天覧山遠景)。

コロナの制限が少し緩んで沢山の人が登っていましたが、3歳くらいの子供もいましたし、犬連れで登っている人も複数見かけました(小型犬も)。

天覧山は以前、私が小学生のときに所属していた少年野球チームの遠征旅行で飯能に一泊した時、朝ご飯の前だか食べ終わった後だったか、みんなで散歩感覚で登ったことがあります。

しかし、私が思っていたよりは少し山らしい雰囲気もありました(笑)。私の過去のイメージでは、全体的にもっと丘のような感じのところで、全然疲れることなく登ったような記憶がありましたが、上の画像右側のような、ハイキングコースの登山道のように整備されたところが大半でした。

最近あまり長い距離を歩いていない私は、こういうところを登っただけで相当足が痛くなっています。二、三日後に筋肉痛が出るでしょう(笑)。

天覧山天覧山ふもとから山頂へは、20分程度。標高は195メートルです。山頂には展望台のようなスペースがあります。

このスペースの記憶も残っていないので、ひょっとすると以前登ったときは山頂まで登らなかったという可能性もあります。チームのメンバーは小学生でした(40年以上前の話)。

飯能市街

天覧山山頂より、飯能市街、都心方面


天覧山空気が澄んだ状態なら新宿ビル街やスカイツリーも見えるようですが、今回は昼間でもあり、そこまでは見えませんでした。富士山は、うっすらと見えました(左画像、よ〜く見ると富士山が見えます)。

途中、飯能駅近くで買ったお弁当をカミさんと食べて満足。カミさんも沿線の出身なので、天覧山に登ったことがあるようです。


飯能河原


帰る途中、飯能河原の方にも行ってみました。ここも、何度か来たことがあります。

予備校生の時に友人たち(社会人、予備校生)と来たときはバーベキューもしました。その頃は今ほど情報が氾濫していない時代ですから、こんなに沢山の人出はありませんでしたし、簡易テントを張る人もそんなにいなかったと思います。水着を着て、本格的に泳いだりはしませんでしたが、水に浸かったり、釣りをしたりして遊びました。そういえばカミさんとも30年くらい前の大学生の時に、宮沢湖へ行った帰りに来たことがありました(もちろん結婚前・笑)。



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2022年05月03日

伊豆ヶ岳

カミさんに付き合って行ったアウトドア用品の売り場(そういう趣味があるわけではなくて、アウトドア用品メーカーのファッションが好きみたいです)。いろんなコースのハイキングのパンフレットが置いてあって、これを手に取りました。

パンフレット


コピーですけれど(笑)。懐かしいなぁ、伊豆ヶ岳・正丸峠。

私も登山とか趣味にしているわけではないのですが、伊豆ヶ岳だけ、一人で登ったことがあります(関連記事参照)。

伊豆ヶ岳


写真は、そのとき撮った写真。1994年の日付が入っています。もう30年近く前か...。

関連記事にも書いている通り、それより10年くらい前の高校生の時の夏休みに、アルバイトの合間の休日に一緒にアルバイトをしていた中学の時の同級生と、3人で同じ山を登ったことがありました。そのうちの一人は、高校で山岳部に所属していました。社会人になって数年後、それを思い出して突然一人で同じコースを登ってみよう、と思い立って行ったのでした。偶然にも、ゴールデンウィークの一日です。正丸駅で降りて、伊豆ヶ岳に登る計画です。

高校の時は伊豆ヶ岳を登ってすぐに山を下り、バスで飯能まで出ましたが、その時はいくらでも歩ける気がして、天目指峠、子の権現を回って、結局飯能駅まで歩きました(笑)。今になって地図で見てみると、気が遠くなりそうな距離です。

それも含めて、今考えるとずいぶん無茶なことをしたものだと思います。もちろん天気予報は見て行ったと思いますが、山の天気なんて途中どうなるか分かりませんからね(仕事で奥の方を含む多摩地方を担当したときにいろいろ経験しました)。前述の通り登山に関しては素人で、ロクな装備をしていったわけではありませんし。手に持っていた地図は、都市地図だけ(笑)。

伊豆ヶ岳


でもまぁ、やはり楽しかったですね。朝、始発くらいの電車で行って、家(大宮)に着いたのはもう夜になっていたと思います。

鎖場山自体は851メートルと高くはなくて、案内板などもちゃんと整備されていて、行きかう人も結構多いハイキングコースといった感じの行程でした。

唯一といってもいいくらいの難所、鎖場(左画像)は現在通行禁止になっているようです(う回路が整備されているようです)。

※関連記事

§ゴールデンウイークの思い出 その一

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2022年02月17日

かんぽの宿

かんぽの宿「かんぽの宿」が、日本郵政株式会社から営業譲渡されるそうです(4月から)。

いや、私は利用したことはないのですが、郵便局へ行くと、かんぽの宿のパンフレットがよく置いてあって(左画像)、見かけるともらうようにしていました(笑)。

旅館やホテルのパンフレットほどちゃんと作られたものではなくて、A4ペラのチラシを三つ折りにしただけに近い、簡単なパンフレットですが(季節ごとに新しいパンフレットに変わる)、私このサイズのパンフレットに弱くて(笑)、旅館やホテルのものだったら、過去に行った所だったらもちろん行ったことがない旅館やホテルのものまで家に沢山あります。それを見て仮想の宿泊体験に耽るのです。

それから、旅行先で行った観光施設などでもこのサイズのパンフレットがあることがあって、それらも取ってあります。スーパー銭湯のパンフレットもこのサイズのものが多く、いくつか所有しています(スーパー銭湯も、何年も行っていないなぁ)。

パンフレット左画像:過去に宿泊した旅館、ホテルなどのパンフレット

かんぽの宿は、もともとは簡易保険加入者しか利用できなかったらしいのですが、郵政民営化以降はだれでも利用できる施設になったそうです。ここから近いところだと寄居ですかね。

いつかは利用してみたいと思っていました。

営業譲渡の理由は、赤字が続いていたからだそうです。

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2022年01月16日

国民宿舎の記憶

先日の記事に書いた「下久保コテージ」という宿泊施設、「町営の施設」とネットに出ていたのでさらに調べてみたら、国民宿舎だったようです。

国民宿舎ガイド


家には国民宿舎のガイドブックが2冊あって(上画像)、下久保コテージはどちらにも出ていなかったのでそれは知りませんでした。

画像左:山と渓谷社 アルパインガイド2 国民宿舎と国民休暇村 (昭和43年-所有するものは昭和45年版 350円)

画像右:山と渓谷社 ヤマケイガイド 国民宿舎・国民休暇村 (1991-平成3-年版 880円)


左の古い物は父が購入したもの。後述の家族旅行を計画するために購入したものと思われます。そして右の方は、私が大学の卒業旅行を計画した時に購入したもの。左の古いガイドブックが家にあったのを知っていたので、安く済ませるために国民宿舎を使おうと思ったときにこれを購入しました。

下久保コテージは、恐らく左のガイドブックが出た後に出来て、右のガイドブックが出る前には閉鎖されたのでしょう。私が泊まったのは昭和55,56年頃でした。


下久保コテージも国民宿舎だったとすると、これまで結構国民宿舎を使ってきたんだな、と思います。

国民宿舎に宿泊する旅行は、2000年代に入ってからよく行きました。

国民宿舎の夕食左画像:国民宿舎の夕食

料金は安いですし(私が利用していたのは一泊二食付きで一人6,000円台から7,000円台くらいの宿)、確かに食事は民間でそれなりの値段のところに比べれば落ちますけれど、特別料理なんかを頼めば満足できます。2000年代に入ってからはインターネットで空室状況が分かったり(当時。現在はHPが変わって以前あった一覧で空き状況が見られるページはなくなったようです)、簡単に予約できたりすることを知って、カミさんとの旅行でも結構行きました。昔はなかなか空きがなかったり、申し込みも繁忙期の申し込みは特殊だったり、面倒でした。


飯岡荘2005左画像:国民宿舎飯岡荘(2005年)

宿についてチェックインしたら、部屋へ行くのに宿の人に案内されるわけでもなく、部屋に入ったら宿の人も来ないですから(布団は自分で敷く)、気が楽と言えば楽です。私の場合、そういうので気をつかうのはあまり好きではないので。

地理的に交通機関(とくに電車の駅)から不便なところにある宿舎が多いとか、部屋に風呂がない(ところが多い)とか、不満を言えば出てきますけれど、それを差し引いても私にとってはプラスが多かったので、プライベートの旅行ではよく利用しました。安宿で不便を感じながら宿泊するというのは、家族旅行で泊まった父の会社の保養所とか、学生時代のサークルの合宿などで慣れています(笑)。やっぱり国民宿舎の、ある程度制約がある施設での宿泊というのは、特に子供の頃の家族旅行で、父の会社の保養所に宿泊したのによく似ています(門限があって、食事は食堂で他の宿泊客と一緒など)。


そもそも、恐らく私が初めてくらいに旅行した時に泊まったのも国民宿舎でした。私が3〜5歳くらいの時です。

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2022年01月02日

下久保コテージ

以前検索した時は、それらしいものを見つけることができなかったのですが、改めて検索してみたらいくつかヒット。

小学生の時に、下久保コテージという宿泊施設に泊まったことがあります。家族の旅行ではなくて、少年野球の遠征試合でした。

車に乗せられて行きましたが、どこをどう行ったのか全然記憶にはなく、「下久保」という名前も、同じ埼玉県内らしいのですが、地名だとしたらどのあたりなのかはあまり想像できません。なにしろ、この時の遠征に関しては写真が一枚も残っていないので、記憶もあいまいです。

調べてみたところ、埼玉県の神泉町というところに「下久保ダム」という神流湖をせき止めたダムがあり、下久保コテージ(町営の宿泊施設)はそのそばにあったようです。現在コテージはなくなっています。

こちらから見ると、秩父とか寄居とかから、もっと奥の方になります。

そのときの遠征試合(半分旅行気分)では、ダムは見なかったな(笑)。


少年野球チームに在籍したのは小学校5年と6年の時で(5年の時にチームが出来たので)、ある年はこの下久保コテージ、もう一方の年には飯能に遠征で行きました(前述のように、半分旅行のような意味合いの遠征)。飯能の遠征試合の時だったか忘れましたが、帰りに宮沢湖に(遊びに)寄ったことを覚えています。


そういえば、飯能で対戦したチームの名前を覚えていたので検索したら、あれから40年くらい経っているのに、まだそのチームが存在していました。

すごい!。

......と思ったら、HPが残っているだけで、数年前に廃部になったようです。...あらら。

私が入っていた野球チームは、とっくの昔になくなっています(笑)。


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