dr.mino-hitokotomonomousu その様で、その結果が・・・。

 その関連記事は、

 <秋篠宮さまが2021年誕生日会見で指摘した皇族の「公」「私」の曖昧さ> によると、

【皇室のトリビア】#59 真子さま秋篠宮陛下 結婚して渡米した眞子さん夫妻は、ニューヨークの生活を満喫しているようだ。現地の日本人社会でも評判がいいというから、世間の反対を押し切って結婚したことに、きっと後悔はないのだろう。  前回まで、眞子さんの結婚が「公」よりも「私」を優先したと批判されたことを書いてきた。これについて、秋篠宮さまは2021年の誕生日会見でこう述べられている。  〈彼女は結婚するまでの間、(略)常に公的なものを優先してきていると私は思います。(略)もし結婚するという、これは私的なことだとは思いますけれども、これを優先させたとしても結婚することを公にしてから既に4年経っているわけですね。もし、それを優先させた、優先させているということになれば、10年経っても20年経っても結婚はできないということになるかと思います〉  「『私』を優先する結婚は許されない」なら、国民の了解を得なさいということになり、秋篠宮さまが言うように皇族は結婚できないことになってしまう。「私」と「公」の境界が曖昧なことがよくわかるお言葉である。戦前のように、皇族にふさわしい結婚相手の候補者から天皇の勅許で決めるなら、あるいは国民から文句は出ないかもしれないが、今の時代には絵空事に過ぎないだろう。  ところで、天皇は存在そのものが公的だと述べたが、昭和天皇が生後間もなく両親から離されてご養育係に預けられたのも、そうなるように育てられたのだろう。しかし、皇太子時代にイギリスを訪問したとき、エドワード8世から〈父陛下にどれ位おあいになるかときかれたが、其頃は一週一度位であった故(略)返答に苦しんだことは今に私は忘れぬ〉(「昭和天皇拝謁記」)と悔やまれている。「家族」という実感がなかったのかもしれない。その一方で、昭和天皇は皇太子のこと(現上皇さま)を「東宮ちゃん」と呼ぶなど、子供たちが大人になっても「ちゃん」付けで呼んだのは、家庭に渇望があったのではないだろうか。  戦後は上皇さまの代から、庶民と同じように子供たちと一緒に生活するようになった。ただ違和感を抱いた人たちから、皇太子だった上皇さまが皮肉を込めて「マイホームパパ」などと呼ばれたのは時代の端境期だったからだろう。「公」である皇族に「私」が入ってきたことに、拒絶感があったのだ。それでも上皇さまは、「私にとり、家族は大切でありましたが、昭和天皇をお助けし、(略)国や社会のために尽くすことは最も重要なことと考えてきました。……私人として過ごすときにも自分たちの立場を完全に離れることはできません」(2001年)と述べ、「私」は大切だと述べつつ、全力で「公」に尽くすことを意識されている。  今の陛下は自然体に任せようとしているのだろう。上皇さまのお言葉と同じ時期に「私は家族を思うことと、それから国や社会に尽くすということ、これは両立することだと思います」(2002年)と述べられたのは、家族(「私」)と「国や社会に尽くす」(「公」)は並立するものだとの思いだろう。  時代を経るごとに、「公」の中に「私」が広がっていく印象を受けるのは、個を大切にする社会に向かっているからだ。秋篠宮さまが自主性を重んじるのも、こうした流れと無縁ではない。それでも眞子さんと秋篠宮さまに違いがあったことは会見でも明らかだが、それは、この「公」と「私」のどちらに重きを置いたかである。このズレは、眞子さんと世間の間でもあったから、小室さんとの結婚が批判につながったといえる。  皇室における「公」と「私」の領域は、今もその境界は曖昧だ。それなのに、皇族は「公」が大事で「私」は我慢すべきだというのは、ただ皇族を不幸にするだけである。私たちは皇族に何を求めるのか、一人一人が冷静に考えてみるべきかもしれない。(つづく)

と言う事だそうですね。m(_ _)m