お早う御座います、Dr.MINOです。m(_ _)m

王子稲荷神社 王子と言えば、飛鳥山とお稲荷さんで有名ですが、以前或方の「大晦日狐の行列」を拝見してから、余計に興味を持って居りました。また、落語「王子の狐」でも有名ですね。本日TVでも紹介されて居りましたので、チョッと調べてみました。

 「王子稲荷神社-Wikipedia」 によると、

 王子稲荷神社(おうじいなりじんじゃ)は、東京都北区岸町にある神社である。落語『王子の狐』で有名な神社である。

 ふるくは岸稲荷と号した。 荒川流域がひろかったころ、その岸に鎮座した神であったから、名付けられたという。

 徳川家康が王子稲荷、王子権現、両社の別当であった金輪寺に宥養上人を招いて以降、江戸北域にあって存在を大きくした。 『江戸砂子』王子稲荷の条に「狐火おびただし、この火にしたがひて、田畑のよしあしを所の民うらなふことありといふ。狐火にわうじ田畑のよしあしを知らんとここに金輪寺かな。年毎に刻限おなじからず、一時ほどのうちなり。宵にあり、あかつきにありなどして、これを見んために遠方より来るもの空しく帰ること多し、一夜とどまれば必ず見るといへり」とある。 毎年大晦日の夜、諸国のキツネ、社地の東、古榎のあたりにあつまり、装束をあらためるといい、江戸時代、狐火で有名であった。

 社伝に「康平年中、源頼義、奥州追討のみぎり、深く当社を信仰し、関東稲荷総司とあがむ」 と伝承する。 この当時言うところの「関東」とは、遠く陸奥国まで含む「東国三十三国」をさす。 以降、江戸中期までは神域に「東国三十三国」の幟、扁額を備えていたが、寛政改革時に幕府の行政干渉によりそれらの没収を受けてより、せまく「関東八州」の稲荷の総社とのみ観光紹介に許されたため、関八州稲荷の頭領として知られるようになったのが経緯であるが、「東国三十三国」の稲荷の頭領というのがもともと正しい伝承である。

 毎月午の日が縁日で、2月初午の日、二の午、三の午にはにぎわう。 社務所にて火防(ひぶせ)の凧、守札がだされ、境内にも凧を売る店が立つ。

大晦日狐の行列

 毎年大晦日の除夜とともに近くの装束稲荷を出発する地元の人々による「大晦日狐の行列」が王子稲荷へ向かいたいへんな賑わいとなる。

と言う事だそうですね。(*_*)/~