日本では、最近2月14日「バレンタインデー」が定着して居りますが、或筋によるとチョコレート業界が仕掛けたものとか?

 そう言えば、関東地方での「恵方巻」流行もその様だと思われますがね。

 本来の「バレンタインデー」意味を知っておくべきですよね。

 「バレンタインデー Wikipedia」 によると、

バレンタインデー2 バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼるとされる。

 当時、ローマでは、2月14日は女神・ユーノーの祝日だった。ユーノーはすべての神々の女王であり、家庭と結婚の神でもある。翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)ルペルカリア祭の始まる日であった。当時若い男たちと娘たちは生活が別だった。祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。

 ローマ帝国皇帝・クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、兵士たちの婚姻を禁止したと言われている。キリスト教の司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は、婚姻を禁止されて嘆き悲しむ兵士たちを憐れみ、彼らのために内緒で結婚式を行っていたが、やがてその噂が皇帝の耳に入り、怒った皇帝は二度とそのような行為をしないようウァレンティヌスに命令した。しかし、ウァレンティヌスは毅然として皇帝の命令に屈しなかったため、最終的に彼は処刑されたとされる。彼の処刑の日は、ユーノーの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれた。ウァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたという。このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったというのが一般論である。

 上述の逸話には歴史的背景の説明が必要である。初期のローマ教会は、当時の祭事から異教の要素を排除しようと努力した跡がみられる。ルペルカリア祭は排除すべきだが、ただ禁止しても反発を招くだけであったため、教会にはこの祭りに何かキリスト教に由来する理由をつける必要があった。そこで兵士の結婚のために殉教したとされるバレンタイン司教の助けを借りることにしたと考えられる。こうしてキリスト教以前からあったルペルカリア祭は、バレンタイン由来の祭りであると解釈を変更され、祭りはその後も続いた。前述のくじ引きでパートナーを選ぶ話も、ローマの宗教行事は野蛮であるという印象を与えるために初期キリスト教会によって創作されたものである可能性がある。

と言う事だそうですね。この続き・詳細はサイトをご覧下さい。m(_ _)m

【参考】 「バレンタインデーの由来!女性がチョコレートをあげるのは日本だけ?」