IMG_0265a やっぱりね、そうなるでしょうな!

 絶対に、応援したくないですね。\(*_*)/

 その関連記事は、

 <山本太郎氏が東京8区出馬断念した裏事情 小沢グループと立憲幹部の調整不足か〈dot.〉> によると、

 衆院選で東京8区から出馬宣言していたれいわ新選組の山本太郎代表が10月11日、発言を撤回し、波紋を呼んでいる。8日に出馬宣言し、たった4日間で断念に追い込まれた「山本劇場」の舞台裏を取材した。

 「まあ、うちが批判を浴びそうだったので、山本氏が降りてくれて助かった」

 立憲民主党(以下は立民)の幹部は胸をなで下ろした。横浜市で行った断念表明の演説で山本氏は東京8区から出馬表明に至るまでの経過をこう明かした。

 「無理やり山本太郎が東京8区に侵攻してきた。それは違います。『東京8区でどうでしょう?』。こうお言葉をいただいたのは、実は立憲民主党からです。2019年11月29日です。ずいぶん前でしょう。『山本さんが手を打つなら候補者を下げることもやぶさかではない』と。話し合いに参加したのはうちの党の人間、向こうは政治家でした」

 2年近く前に立民から東京8区から出馬の打診があったというのだ。山本氏はその後も水面下で話し合いを続けていたという。

 9月末に立民の平野博文選対本部長は、野党共闘の候補者調整で小沢一郎氏に協力を依頼した。小沢氏が生活の党時代、山本氏は政党「生活の党と山本太郎となかまたち」の共同代表に就いたこともあり、近い関係にある。その後、小沢氏と山本氏と平野氏と立民幹部らが会談した。

 「その時の話し合いでも、山本氏は東京8区から出馬でどうか、という話がでて、概ねそれでいいんじゃないかとまとまり、今の候補者は降ろそう、他党にもそれで調整しようという方向性になった。ただ正式決定ではなかった」(小沢氏に近い関係者)

 だが、山本氏はこの話し合いを「決定」と認識し、それが8日の出馬宣言につながったという。山本氏は立民とのやり取りの音声データもあると主張している。

 「山本氏は東京8区から出馬するつもりで、ポスターなど出馬準備までしていた」(れいわ新選組関係者)

 しかし、立民の枝野幸男代表は山本氏の出馬宣言に苦言を呈した。

 「困惑している。できれば降りていただきたい」

 山本氏も「枝野代表が言っているのは、山本太郎エイリアンが入ってきてちょっと勘弁してよ、ということでしょう」と理解したという。

 立民では東京8区は吉田晴美氏が野党統一候補になる方向で調整が進んでいた。立民は”想定外”の山本氏の出馬宣言に動かざるを得なかった。前出の立民幹部がこう語る。

 「山本氏の話が本当なら、もっと早く東京8区から出馬宣言をしてもよかったのに…。得意のサプライズ狙いでぎりぎりに表明したことが仇になった。吉田氏を呼び出して、来年の参院選はどうか、と立民幹部が説得していたが、難航していた」

 山本氏のれいわ陣営でも想定外だったのは、吉田陣営の反発があまりに強かったことだ。

 「#吉田はるみだと思ってた」というデモが開かれ、東京8区の吉田氏の支援者が活発に動き出したのだ。

 「山本氏が入ってきたら、体を張ってでも演説させない」という吉田氏の支援者もいたという。れいわ新選組関係者がこう話す。

 「山本氏はあまりに地元の反発が強いことに驚き、調整不足だったと痛感していた」

 そして山本氏は枝野氏の一連の発言に不信感を抱くようになったという。

 「(これまでの経緯から)どうやって辻褄を合わせるのか。最後の最後、生みの苦しみで、こちら(山本氏)が譲りましたという形が作られようとしている。そんなの野党共闘ではない。批判されるのは、(枝野)代表だ。代表には説得するという気概がなく、混乱だけ生み出した」

 そして山本氏は東京8区出馬を断念した経緯をこう説明した。

 「このまま、混乱したまま選挙に突入する? 無理ですよ。じゃあ、どうすればいいか。話は簡単です。私が下りればいい。東京8区から出馬を下りることにした。お騒がせをした。いきなり、れいわが悪という共闘はない。この混乱、私が下りて収束させて次に進もうと言いたい」

 しかし、山本氏は次の選挙区については、語らなかった。自民党幹部はこう警戒する。

 「山本氏の東京8区は怖いと思っていたが、出馬断念で助かった。ただ、以前から萩生田光一経産相の地盤である東京24区(八王子市)からの出馬もささやかれている。山本氏の破壊力、無党派層の票を一気に持っていくパワーが東京全体にも波及しかねない。昔、東京8区で出馬したときも公示前日にサプライズ表明した。野党共闘のジョーカーである山本氏の動きからは目が離せない」

と言う事だそうですね。m(_ _)m