2009年01月

2009年01月29日

「 患者さんへ治療の価値をご理解いただくこと 」


およそ15年前、近所に住む若い患者さんが来院しました。お父さんは、会社を経営されている方で、将来はこの患者さんが会社を継ぐであろうことが想像できます。経営者として、ふさわしいオトナになっていただきたいと思いました。まずは、お口の中の治療が必要です。前歯がこんな状態の社長さんが信頼されるでしょうか?

初対面で、少しびっくりしたのは頭髪が金髪であったことです。少し”やんちゃ”をしていたようないかにも”言うことを聞かないタイプ”に見えました。しかし、話してみると意外なほど素直でまじめな青年であることが解ったのです。「最後まで治療に通ってくれますか?」との私の問いに、「はい、通います」ときちんと返事をしてくれたので、徹底的に治療させていただくことにしました。

ところで、まだ働いていない二十歳の青年ですから、自費治療費はたぶん親御さんが払うことになるだろうと解っていました。ある段階で自費治療費のお話をお母さんとさせて頂くことになりました。

当時は、現在ほど診療契約を厳密に行っていなかったので、自費治療費の説明が治療が始まってしばらくしてからといったこともありました。この症例でも仮歯(テンポラリー・レストレーション:TEK)の状態になってご両親に説明することになりました。説明のためにスライドフィルムをコンピュータに取り込んで、引き延ばして大きなカラー写真にして提示する必要がありました。しかし、当時はまだ現在ほどデジタル化されていなかったので、業者に頼むと1枚数千円だと言われました。あまりに経費がかかりすぎるので困っていたら、青山の知り合いがタダで引き受けてくれました。これには本当に助かりました。
早速、大きな写真を十数枚携えて、お母さんとお話しすることにしました。シャープに細部までよく写り込んだ写真を比較すると、私の仕事が理解していただけたようです。自費治療の承諾を得ることができました。


ー 治療の価値は患者さん本人しか解らない ー

治療の価値というものは、その治療を受けた人だけしか解らないものです。治療を受けた方と、治療費をお支払い頂く方が異なる場合、なかなか価値をご理解いただけないことがあり、我々も困ることがあります。この症例の場合、1年半ほど治療期間が掛かりました。何回も通って、長い時間お互いに苦労したことは、私と患者さんご本人以外には理解できないのです。



[ 症例 N.T. ]


正面・術前


術前・正面観

上顎・左右中切歯のう蝕が目立ちます。
その下の歯間乳頭部の腫脹も気になります。前歯の歯肉表面のぶつぶつが目立ちます。これは、線維性の歯肉と呼ばれる状態です(後述:参照のこと)。


術前・5枚法


術前・5枚法写真

う蝕・歯周病の状態など、気になるところが沢山あります。


前歯部の治療期間での変化


1.術前

2.前歯う蝕は暫間充填して、全顎のスケーリング&ルートプレーニングを終えた状態です。かなり、ポケットも浅くなり回復しましたが、上顎中切歯部の歯冠乳頭の腫脹は、未だ残っています。まだ、4ミリ以上のポケットを形成しています。これを残しては、再発のリスクがありますから、生理的環境に修正する必要がありました。

この症例のように、慢性的に炎症が生じている部位に、線維性と言われる”セルライト”のような”オレンジの皮”のようなぶつぶつが大変目立つ歯肉が出現することがあります。歯肉の下の方に”結合組織”というコラーゲン線維などの多い層があります。炎症の繰り返しにより線維組織を作り替える過程で線維成分がなかなか代謝されずに沢山残ってしまったと考えられます。炎症が無くなってもなかなかこの性状は変わりません。こういった症例では、手術で、線維成分が異常に多い厚くなった結合組織層を削いで薄くすることで、生理的性状の歯肉が獲得できます。

*健康な歯肉にも、”スティップリング”とよばれる小さなぷつぷつがみられます。これは生理的なモノで異常ではありません。

3.オペ後、堅い歯肉を縫合した状態です。

4.術前に比べ、前歯の歯間乳頭の生理的形態(引き締まった三角形)が戻ってきた状態を比較して(1,2と4)ご理解下さい。線維性の性状も改善されました。


クラウンレングスニング


う蝕で歯冠が無くなっています。正しく補綴するために歯根を歯肉上に出すために、crown lenngtheningという手術を施し補綴物をセットしました。

第一大臼歯には金のインレー、第二小臼歯にはセラモメタルクラウンを装着しました。


技工物


技工所から補綴物が出来上がってきました。

末永く口腔内で機能してくれることを願っています。ですから、全ての技工物はスキルのある優秀な技工士により仕上げられ、全ての技工物の歯質との辺縁部(マージン)は、顕微鏡(マイクロスコープ)で仕上げてもらっています。

このことで、歯と高い精度で適合して、マージン部の不適合による二次的う蝕の発生や脱落などのリスクを下げています。技工物の精度管理は、口腔内で永い間機能するための必要条件と考えています。当院では、責任をもった治療には必須と考えています。


ファイナル・セット後5枚法


補綴物が、高い精度でセットされた術後の状態です。

右上第一大臼歯は、旧補綴物のまま手を付けませんでした。咬合面の小さいう蝕は、アマルガムという充填物を充填しました。当時は、今のように信頼のできる良いCR(コンポジットレジン)が無かったので、アマルガム*を使用していました。


下顎術前

術後下顎


術前術後の下顎咬合面観を比較すれば、精度ある補綴の状況が解ると思います。
ブリッジ咬合面は、メタルで作ってあります。咬合力が強く、ブラキシズムを持っている可能性があるため、咬合面を白いポーセレン(瀬戸)などの材料にせず、白金加金という金合金でカバーしました。長い間問題なくお使いいただくには良い設計だと思います(ポーセレンでカバーする設計ももちろんできます)。術前の保険インレーと術後のハイカラット金インレーを比較すれば、辺縁部の適合性が遙かに良いことがおわかり頂けると思います。
また、銀色の小さな充填物は辺縁適合が良いアマルガム充填です。

*現在でも、患者さんがご希望ならばアマルガムを充填しています。アマルガムは正確に使用すれば、二次う蝕にもなりずらい優秀な充填材料だと考えています。



術後正面


正面観・術後

腫脹した歯冠乳頭形態は消え、生理的で引き締まった歯肉形態が獲得されました。どうぞ、術前と比較してください。


術前メラニン色素

正面・術後


黄色の線で囲まれた部分に黒いメラニン色素の沈着があります。術後の同じ部位のメラニンが消失していることをご覧下さい。

メラニン色素の出現は、生体防御の一つです。紫外線に当たると出現しますが、同じように長い間炎症が存在したままの部位にも時にメラニン色素の沈着が起きます。逆に、炎症が取れて生理的な歯肉環境が得られると消失すると言われています。この症例は、それを示す典型例です。

*色素沈着部(黄色く囲われた部分)に線維性歯肉の特徴である”ぶつぶつ”の存在がご覧頂けると思います。歯の間にある三角形の部分(歯間乳頭)にある”ぷつぷつ”は、スティップリングと呼ばれる生理的なもので、これは健康的な歯肉に現れるものです(術後の歯間乳頭に見られます)。この点は、間違えないでください。





「 全顎的治療の必要性 」

当院では、全顎的に徹底した歯周治療を行った上、健康的歯周組織が獲得された後に補綴物を装着しています。一口腔内は、一つの世界のようなモノです。ある特定の歯だけ歯石を取ったり,綺麗にしても、他の歯の歯周ポケットやう蝕から、細菌は唾液に混じって移動することが科学的に解っています。付着したところからプラークというコロニーを形成しその場でう蝕を起こしたり、ポケットの中へ移動したりします。ですから、口腔内全部を綺麗にして、全体を健康な状態にしない限り治療した部分の再発のリスクも大きくなるのです。


「 インプラント治療では気をつけて 」

同じ理由から、全顎的治療を徹底的にしないインプラント治療がダメな訳がご理解頂けると思います。日本の多くの先生がこの点をいい加減にしています。リスクが大きいままインプラント治療を終了しています。全顎的に徹底的なう蝕治療や歯周治療をしないインプラント治療は大きな非難をするに値します。
全顎の歯周治療などには時間が掛かかります。ですから、長い治療期間のためにインプラントを希望している患者さんの気が変わって止めてしまわないうちに、早く埋入してしまうのでしょう。全く無責任です。そういった先生が多すぎるので、お気を付け下さい。



*欧米では全顎の感染除去(歯周病治療など)をしていない場合は禁忌症で、埋入できないことが常識として強調されています。


このような知識や技量もない無責任な歯科医師が、高額な治療費獲得のためにインプラント治療を執拗に勧める傾向が見られます。これは非常に大きな問題です。

最近の歯科界全体が間違った方向に進んでいます。こういった危機感や現状を、より多くの患者さんにご理解いただき、正しい治療をなさる良心的な先生を見つけてください。








(16:18)

2009年01月26日

先日、終末医療の関連で代替医療を勧める医師やその代替医療を選択した患者さん達の人間模様の特集がありました。この特集に関しては、ネット上でも批判が沢山出ています。また、livedoorニュースでも取り上げられています。

ホメオパシーという、未だ解明されていない代替医療をガン患者にススメているシーンが出てきました。ホリスティック医学協会という会など見れば、ご本人が出てきます。どうやら、こちらの世界で有名な方のようです。


「 代替医療 とは 」

○代替医療に関しては、Wikipediaの引用を以下に書きます(カッコ内が引用)。

「代替医療(だいたいいりょう、alternative medicine) とは、「通常医療の代わりに用いられる医療」という意味が込められた用語である。代替医療は「補完医療」「相補医療」とも呼ばれる。米国でも日本でも学会等正式の場では「補完代替医療」(Complementary and Alternative Medicine:CAM)の名称が使われることが多いようである。通常医療と代替医療の二つを統合した医療は「統合医療」と呼ばれる。」

・・・

上のようなことだそうですが、凄く怪しいモノから、漢方などの一部そのメカニズムが科学的に解明され始めたモノまで幅広いモノを含みます。ですから、これ自体をひとからげにして語ることは難しいかも知れません。しかし、日常行う治療では現代科学でコンセンサスを得た治療法が既に存在していることから、代替医療を補完的に行うにしても、その療法の意義すら疑わしいモノです。代替医療を真っ先に行う(治療のファーストチョイス)ことは絶対に避けるべきです。

今回のTV特集のような、手の施しようのない末期ガンで”通常医療”に替わり”代替医療”を行うことには、私は反対するつもりが有りません。この点は、通常行われている臨床と区別して考える必要があります。ただ、TVというメディアで評価が定まっていないこれらの代替医療に関して、かなり肯定的姿勢で報道されたことには、一部の視聴者が批判的姿勢を持っても可笑しくはありません。



「 歯科における代替医療 」

ところで、歯科における代替医療にも、沢山落とし穴があります。先にも述べましたが、現代科学でゴールデン・ルールな通常医療を行うことなしに、代替医療を真っ先に行うことは大変に危険で、大抵の場合治療したことにならず、疾患は治癒もしないと思います。

○歯科における代替医療を行う医院や医療機関は、以下のような特徴的文句が歯科医院の宣伝に含まれています。概して、スタンダードな治療(通常医療)を高いレベルで習得した先生は、このような方法をあえて選択しません。えてして、以下のような方法論をウリにする先生は、”その反対”の先生が多いように思います。代替医療を通常医療を行わず、真っ先に行う先生も多いので、時には大変に危険です。

・東洋医学を利用して・・・漢方・鍼灸・・・

・西洋医学は体に悪い××・・・、体に優しい東洋医学的×××を使用して

・この方法は××学会の・・・認定医だけが行える治療法です。
(非公認の団体が学会を名乗り、認定医も作っている)

・ホリスティック医療を中心に・・・

・Oリングテストを行って・・・ 院長は、Oリング××の認定医です。

・Oリングテストにより顎関節症の治療を・・・

・自然治癒力を応用した体に優しい・・・

・自然食で免疫を強化、体の中から自然治癒力を・・・
(待合室に、有機野菜が置いてあったり...)

・全身の免疫を活性化して・・・歯周病や・・・

・歯周病は薬で治ります。(抗真菌剤で治せると言い張る困った先生)

・内科的歯周治療(勘違いをしているようです:コンセンサス無し)

・リフレクソロジーを利用して・・・ ハーブの××により・・・
(エステのような歯科医院”○○・サ○ン”とかいうのも??です)

・×××法による画期的な治療法!・・・
(我流な治療法の提唱をする困った先生・結構沢山います)


等々...

ココで、はっきり言っておきたいことは”代替医療”自体が悪いというよりも、それを施す側の取り扱い方を誤るなということです。我々が臨床で日常向き合う症例に、通常医療の替わりに代替医療を行うべきではないと考えます。

ex.「スケーリング(除石)を徹底的に行うこと無しに、漢方薬処方だけで歯周病を治そうとすること」などナンセンスです。



「 カルトな歯科医師 」

怪しい方法として有名な”Oロング・テスト”に関しても、あたかも科学的根拠が自明であるような書かれ方をしていることがありますが、きちんとした文部科学省・公認学会でのコンセンサスを全く得ていないのです。それどころか、真っ当な歯科医師からは”オカルトもどき”と扱われることさえあります。このような治療法を行う先生方の多くが、科学的根拠があるかのような書き方をするので素人を混乱させるのです。

さらに、事態を混乱させることには、科学的根拠が不明の方法論を行っている先生方が、自身の行う治療法に絶対的な自信を持っていることです。まじめな先生も多いことは困った事態に、さらに拍車をかけることになります。ちょうど、10年以上前に世の中を騒がせたカルト宗教団体の幹部が、学歴もあって道理や分別のありそうなまじめそうにみえるヒト(??)が多かったことを思い起こさせます。疑似科学を信奉する精神は、宗教に批判無く心酔する精神構造に似ています。(まさに、カルトの特徴です。)

また、上のような医院へ受診し続ける患者さんの多くは、カルトにおける信者に似て、その院長なり治療法を信じ、信奉しています。それにより、一種の”偽薬効果”で時には何らかの症状の改善が見られる点があることは否めません。では、偽薬効果のような不確実な効果のみに因る治療法を支持するだけのメリットがあるでしょうか?しかも、多くのケースでは通常医療で確実に治療できると解っているのに... この点は、皆さん良くお考え下さい。


*代替医療ではないのですが、3MiXMP法を行っている先生方にも、こういった傾向が見られます。また、業界にデタラメに真似をする先生が多くなると、勝手に作った任意の団体でありながら”学会”(もしくは、研究会)を名乗り、”認定医”や”指導医”なるものを作って正当化する傾向も見られます。怪しい治療法と知っていれば、この”認定医”や”指導医”を”特殊な治療法ができる名医”などと勘違いする患者さんはいなくなると思います。意味のないこういった”認定医”や”指導医”が野放しなのは、時に患者さんには大変な迷惑をかけることになります。



Onion


これは、Oリングテストをしているイメージ映像です。



「 当院へ逃げ込んだ患者さん 」

 ー 顎関節症の治療にご用心 ー

この一年間に数名の患者さんが、ホリスティック歯科治療など、ある種の”代替医療”を掲げる医院から転院してきました。まず、このうちの一人は、顎関節症の治療のためある先生に通っていたようです。しかし、歯周ポケット内には歯石を放置したまま(スケーリングせずに)であり、う蝕治療すらしないまま、怪しげな療法を延々と行っていたようです。もちろん効果はなかったようですが... 顎関節症が治る前に歯周病で歯を失いそうになったくらいです。私が日常行っている教科書に載っている基本的治療で歯周病も治り、う蝕治療を完了した結果、顎関節症状も良くなりました。この方は、西東京から遠路通っていただき大変だったと思います。

また、ある患者さんは、麹○のオフィス近所の”賞状(講習会の修了証書)が沢山飾ってある歯科医院(患者の言*)”で、上下左右の臼歯部の補綴処置を受けたそうです。 しかし、誤った咬合挙上の治療(かみ合わせを上げる治療)をされたため、前歯部が咬合せず開口状態(open bite)になってしまったようです(画像参照)。この結果、顎関節症になったようです。そのため、ある国立大学歯学部付属歯科病院で診てもらったそうです。ここでは、補綴科も受診していますが、顎関節症状から由来する僧帽筋周辺の疼痛を緩和するため、ある科でマッサージのようなリラックス法を繰り返して受け続けているそうです。(一応。補綴科では補綴し直しを提案されています)

↑のごとくこの患者さんは、二重の道理に合わない治療を受けたことになります。(当院へは、セカンドオピニオンを得るため来院したようです。また、お気の毒な方ですが、予約が守れないので当院ではその後の治療をお引き受けしませんでした。)

*時々、医院の待合室や診療室の壁に”講習会修了証書(サーティフィケート)”など沢山飾っている先生がいます。もちろんその先生の趣味ですから、かまわないのですが、これはその先生の技量や医学的見識を保証するモノでは全くありません。度を過ぎると下品ですし、何も解らない患者さんに”立派な先生だ”と勘違いさせるための手段にしているヒトもいます。お間違えないように!!


panorama

X線写真(パノラマ像)からは:根充不足、穿孔、根破折、過剰な量の歯質削除、不良な補綴物...ひどい状況が解ります。パノラマ像で開口状態が解るのは珍しいですね。まさに、これは歯科医師による医原性疾患の典型例です。この症例の治療には、全顎的リコンストラクション(補綴処置による咬合の再構成)する必要がありますが、慎重に行う必要があります。私も簡単に引く受けられないような大変難しい症例だと思います。治療したつもりが、状態を悪化させる可能性もあります。

・・・

とにかく、治療の基本は原因を取り除くことです。この部分を間違えると合理的・科学的な治療方法としては認められません。上のリラックス法など対症療法で時間稼ぎに他なりません。ですから、顎関節症が絶対に治りません。

この治療の基本概念が十分に守られ、行われた場合にのみ補足的療法としてのある種の代替医療も意味を持ってくることがあります。

疑似科学のような似非(えせ)治療法に惑わされることなく、科学的根拠に基づいた正攻法での治療をしっかりしてくれる先生を捜してください。









(16:16)

2009年01月22日

現在、医療のトピックとして一番注目を集めている分野が「再生医療」です。

歯科界でも歯周組織再生を狙ったエムドゲイン(エナメル基質蛋白の商品名)による歯周組織再生療法が90年代後半に一般臨床で応用されるようになりました。

それまでも、ゴアテックス膜などを介在させて組織の治癒過程のスピードをコントロールすることで,上皮の根尖側方向への増殖をブロックし、セメント質の再生(新生)と歯根膜線維を再生することで、失われた歯周組織を再生させる方法(GTR法)は有りました。ところで、エムドゲインによる歯周組織再生法では、より胎生学的な組織構築の過程を近似したカタチで再現することに因る、より真の組織に近い再生をねらうモノとして大変エポックメイキングに語られるモノと言えます。

私は、スウェーデン・デンタル・センターの弘岡秀明先生と共に、臨床医に対する初期のガイド役として、文献を何編も書き、この歯周組織再生療法に関する本邦初の教科書を執筆しました。当時、私自身も初めて接する分野であったため一から勉強し,共著者が多忙のため執筆を私に丸投げしたこともあって、やっとの思いで教科書を作り上げました。

ココにお見せするのは、エナメル基質蛋白であるエムドゲインを使用して歯周組織を再生させた典型的な症例のうちの一つです。私が、この療法に関して精通していることを知ったある先生からこの患者さんを紹介されて、この療法を試みたのです。
以下に示す症例は、20代後半の男性患者にエムドゲインによる歯周組織再生療法を試みた症例です。



[ 症例 M.F. ]

五枚法


初診時の口腔内5枚法写真です。

問題となるのが、左側下顎第一大臼歯の近心部です。
ポケットが8ミリBOP(+)、歯槽骨はクサビ状吸収しています。



術前


術前の手術部の写真

全顎のスケーリング&ルートプレーニング(口全体の歯石可能な限り除去)を行いました。
*原因除去療法を行ったわけです。紹介者である担当医がいるので、補綴物・充填物には一切触れませんでした)。

この後、一応に歯周組織の健全性が得られた状態にこの療法を行ったのです(これは,この療法のキーポイントです)。


reflection


歯肉への切開後、歯肉を剥離して骨欠損部の炎症性結合組織を十分除去、根面のルートプレーニングをしたところ。

第一大臼歯の近心に骨欠損部が現れています。


欠損部図示・reflectionと同じ写真で


写真の角度の問題で,骨の欠損部が解りずらいのですが、黄色斜線部に深さ約4ミリ、幅2ミリ以上の深い骨欠損があります。まさにこれが典型的なエムドゲインの適応症といえます。


EDTAゲルで清掃


近心根面を十分にスケーリング&ルートプレーニングした後、根面へEDTAジェル(PrefGel™;)を塗布し、根面の脱灰による清掃とコンディショニングを行いました。


・根表面に残存する恐れがある内毒素などの再生阻害因子の除去
・脱灰によるコラーゲン構造の骨格露出による再生担当細胞の遊走(chemotaxis:細胞を誘引する働き)をうながすこと

以上の2つの目的のためEDTAゲルを塗布しました。

洗浄中


EDTAジェルを生理的食塩水で洗浄しているところです。


エムドゲイン塗布


根面が完全に清掃されたところで、エムドゲインのゲルをシリンジで注入・塗布しているところです。


縫合


ナイロンの糸で、変法マットレス縫合という方法で縫合し終わったところです。

完全に手術部が閉鎖されて、抜糸までほどけないようにします。


抜糸前


10日後、抜糸前の状態

縫合直後と基本的な外観には変化がありません。

抜糸後


抜糸直後

この後、6週間ほど手術部は歯ブラシは避けて、洗口剤で洗口してもらいました。
またこの間、歯肉縁上のポリッシングを2週に1回行いました。
このように、初期の再生治癒を妨げないように、歯肉に機械的刺激を与えずに清掃することが必要です。



・・・・



この結果、次のようなX線上での骨や歯周組織の再生を確認できました。

骨の時間的成長


術前〜6ヶ月(6Ms)〜1年6ヶ月(1.5Y)後と、時間経過と共に骨(歯周組織)の再生が変化してゆく過程が解ります。

6ヶ月(6Ms)の時点では、まだ、歯槽骨の石灰化度が低いため明瞭な骨の再生を現していません。一方、1年6ヶ月(1.5Y)後には、歯根膜組織の再生を現す明瞭な白線を伴う骨組織が現れています。エムドゲインにおける再生療法では、単に歯槽骨ができるのみならず、セメント質の新生を伴った歯根膜組織の再生が生じているのです。これは、一般的歯周外科手術では果たせません。故に、エムドゲインによる歯周再生療法の意義があります。

ただ、この症例は元々同業者からのオファーで行ったために、これ以降の状況は確認出来ていません。もちろん、この患者もこれ以降リコールに応じて頂けませんでした。理論的にはMぅすこし骨レベルが得られた可能性もゼロではありません。

・・

歯周再生療法を行うに当たって、十分な初期治療(スケーリング&ルートプレーニングなどを含む原因除去療法)が行われる必要があります。原因除去療法によりある程度の治癒を得た結果、まだ残っている深いポケットを伴う骨欠損で適応症に当てはまる部位に、この療法が試みられて初めて成功への第一段階をクリアしたことになります。手術は、上に提示したような臼歯部の場合では、歯周外科手術に関するスキルが要求されます。

この再生法は、基本的歯周治療をルーティーンで行っている医院でないと難しいと考えています。また、多くの先生のお話では、初期治療を行わないで直接行っているようなことも耳にしますが、それでは無理です。この再生法の本質を理解していない人があまりにも多いことは嘆かわしい次第です。

多くの医院ホームページで、「当院ではエムドゲインによる再生療法ができる」と宣伝されていますが、本当にこの療法をやりこなすだけの見識と技量をもった先生は,私の観たところそんなに多くはないと思います。それは先に書いた様なことで、本質を理解できていない先生が多いからです。簡単にそういった”宣伝”を信じず、見識と技量のある先生に診てもらうようにしてください。



エムドゲインの手術風景です。良かったらご覧下さい(解説は英語です)。




・・・・


「 エムドゲインについて 」

エナメル基質蛋白は、胎生期にヒトの歯胚内で分泌される蛋白で、アメロジェニン(amelogenin)が主成分です。製品化するにあたり、ヒトの胎生期の蛋白を採取するわけにはいかないので、ブタの歯胚から採取・精製しています。もう、全世界で100万件以上の手術が行われ、問題は起こっておりません(感染対策も高いレベルで施されています=ご安心下さい)。このように精製されて商品化されたエナメル基質蛋白がエムドゲイン(EMDOGAIN)です。スウェーデンのBiora社から発売されています。


エムドゲインの主成分といえるアメロジェニンは歯牙のエナメル質形成過程に関与しています。また、歯周組織のセメント質の形成など歯根膜組織を形成する際に働くことも解っています。
換言すると、エムドゲインを使用した歯周組織再生療法は、この性質を使用して歯周組織を再生させるように考えられた組織再生療法です。
  一般の外科手術だけではこのようにセメント質新生を伴った歯根膜組織の生成は起こりません。

よって生物学的に最も自然な組織祖愛性法だと呼ばれるのはそのためで。


「 細胞外マトリックスについて 」

エムドゲインの主成分であるアメロジェニンは、いわゆる細胞外マトリックス(Extracellular matrix:ECM=細胞外基質)の一種です(*)。ECMとは、細胞の間にコラーゲン線維などの骨格形成(足場)をしているモノと共に存在して、細胞を支持したり、細胞に栄養したり、細胞の移動を容易にしたり、細胞に”シグナル”といわれる(信号の様な)指示を与える役目を担っています。

*アメロジェニンは、歯周組織や歯胚に限局して存在し、存在時期も限定されるため、一般的にはECMとして語られません。しかし、その役割・働き等からココでは細胞外マトリックスとして分類しました。

シグナルによって、ある種の細胞を作業現場にリクルートして、組織や器官形成の一部の仕事を担当させます。歯周組織の場合は、残存歯周組織から細胞がリクルートされて再生が開始すると思われています。形成する対象に応じて、形成に役立つ専門の細胞がリクルートされます。

ある仕事に特化した働きをする専門の細胞は”分化した細胞”といわれます。一方、仕事内容が定まっていない専門家ではなく素人の細胞を”未分化な細胞”といいます。歯周組織再生では、歯根膜から未分化な細胞(
未分化間葉細胞)がECMなどのシグナルを受け、分化して線維芽細胞などになり再生を始めると考えられています。また、現場では指示を与えられた細胞達がさらに隣接する組織構造を作る細胞を呼び寄せて、次々に組織が再生してゆくものと考えられています。

このECMにはいろいろな種類があり、女性にお馴染みの保湿成分であるヒアルロン酸も一種のECMです。お肌の表皮は、角化層の下に細胞が敷き詰められていますが,その下層に細胞がまばらなコラーゲン線維やヒアルロン酸などECMが豊富な”結合組織”が存在して、これが表皮を支持しています。ヒアルロン酸の保湿効果は、このECMが水分を抱え込む性質に因ります。また、肌の弾力があるのは、この層のおかげです。さらに、老化の実態は、ECMの存在が減ったり,バランスが悪くなったモノといえます。

ところで、このECMが最近の再生医療の一番ホットな分野でもあるのです。先日、あるTV番組でも特集されたのですが、指先が切断されたヒトの傷口に、ブタの膀胱内皮から抽出したECMを連続して毎日塗布したところ、4週間で完全に指先が再生されたという驚くべきモノでした。私も、興味深くこの番組を観ていました。後日、信憑性のある文献を調べたらこれが真実であることが書かれていました。

エムドゲインでも、こういったECMによる真の組織再生が使われていたことになります。エナメル基質蛋白というECMは、89年に研究がスタートしたそうですから、ECMを使用した再生医療では、医科の再生医療に先んじたパイオニアといえます。今後、さらに臨床成績が良い確実な再生方法が発見されることを切に私は願っています。







(16:53)

2009年01月16日

今日は、観て簡単に解るブログを書きます。皆さんは、前歯の見かけを気にすることが多いと思います。もし、治療して白い歯を被せるのなら、ヒトからは直したように見えない自然な状態になる方が良いと思いませんか?

今日は、我が医院のスタンダードな前歯修復例の一例をお見せいたします。

TVを観ていても職業病か、芸能人の歯が気になります。前歯数本だけ白く目立ちすぎる不自然な歯の芸能人が意外に多いのです。解りやすく言うと、これは残っている(隣の)歯と色合わせができていない例だろうと思います。多くの患者さんは、残っている歯より白くしたがる傾向があります。しかし、部分的に歯を白くすると特に前歯の場合は、直した歯だけが不自然に白く浮き出て見えるようになってしまいます。ですから、当院ではこういった自然観に関することをご理解いただき、単に患者さんのご希望にそのまま従うことを致しません。


[ 症例 S.K. ]

この患者さんは、年齢28歳のOLで、会社でつまずいて右側中切歯を折ってしまったそうです。電話を頂いてからすぐに来院されました。


歯冠部破折・正面

正面観

中切歯が横に折れています。

歯冠部破折・咬合面観

咬合面観

写真では解りずらいのですが、中切歯の歯髄(神経)の角がわずかに露出(露髄)していました。

露髄したので、この後ラバーダム防湿の下抜髄(神経を抜く)しました。ここでは写真で記録はありませんが暫間的にコンポジットレジンで歯冠を盛り上げ、社会生活に支障がないように即日に仮修復しました。根充後は、金属コアを装着→支台歯形成→テンポラリークラウン(仮の冠)作製→シリコン印象剤で印象などしました。また、印象時に色合わせ(shade taking)も併せて行い、印象と共にラボ(技工所)に作製を依頼しました。

ラボでセラモメタルクラウン*を作製し、装着しました。

*セラモメタルクラウン=メタルボンドクラウン=陶材焼き付け鋳造冠
 金属にセラミック(瀬戸物)を焼き付けた自然観のある冠

この患者さんは、以前当院で歯周病の治療を受けていてBOP(−)であり、歯周処置を割愛できたので今回は治療の実日数が減りました。


shade taking

これが、shade taking(色調の合わせ)資料の一部で使用したスライド画像
VITAシェードという陶材の色見本を隣在歯である左側中切歯に合わせて写真を撮っているところ。

色見本と比べて(比色して)、本物の色合いを技工士は知ることになります。優秀な技工士は、歯科医師のコメント(描写の表記)とこういった資料でその場にいなくとも、正確な患者さんの歯の色合いを再現できるのです。

こういった仕事は、熟練した優秀な技工士とコミュニケーションをしっかりとり行う必要があります。

ラボの技工料というのはピンから切りまであります。安い技工料のラボと高いラボでは4倍ほどの違いがあります。すなわち、これは技量の差と比例します。当院の技工士は、テクニシャンとしてトップクラスの技量を持ち、技工料も一般のラボより高いのです。レベルに合う対価を頂けるよう自費単価を決定しています。


セット後 正面1/2

セット後の正面観です。


正面


右側中切歯が人工物(セラモメタルクラウン)とは解らない自然な再現性です。*追加・前歯表面に窓の格子が縦線で映り込んでいます

良くごらん頂きたい。横走する少し茶色がかった部分*も正確に再現しています。歯肉より1/2は少し茶色く、歯冠側1/2はより白くより透明観もあります。

私と組んでいる青木啓高・技工士は、一流のテクニックを持っているので、こういった自然な再現が可能です。私は、彼の極めて徹底した精度管理や保守的までに丁寧な姿勢が気に入り、仕事をお願いしております。また、マイクロ・スコープによるマージン部の処理・作製もルーティンで行っていただいております。(ここのラボは、レベルの高い医療機関のみ仕事を限定して行っております。)


*天然の歯は、一様な色合いから均一に出来上がっているのではなく、色の付いたシマ模様や内部での部分的着色などがあるのです。そういった特徴を自然に再現することが、こういった左右一方を補綴するときには必要になります。左右の歯の色が違う人の多くは、こういった正しい再現ができていないレベルの低い技工過程で冠が出来上がっているものと思います(概して、下手な技工士による安いモノとも言えます)。

自然観を得るなら、セラモメタル・クラウンやキャスタブル・セラミック・クラウン、オールセラミック・クラウンなどにより、上に書いたような配慮ある仕事をする歯科医院で治療する必要があります。当院ではこれを励行しています。



ですから、「安かろう、悪かろう」という考え方もある程度は本当なのです。



smile


 スマイルも自然


皆さんも、キチンとした治療をしてくれるバランスの良い歯科医師を見つけてください。









(17:21)

2009年01月09日

麹町に移転して、設備は格段に良くなりました。以前はアナログだった部分がデジタル化されました。デジタルの時代になって、磁気媒体へ記録するようになってから、アナログ媒体(X線フィルム、スライドフィルム)を使用していた時代に比べれば、それらの保管場所をとらないですむという利点があります。しかし、以前はフィルムを手に取ってみることができたのですが、磁気媒体ではコンピュータがないと観ることができないようになりました。必ずしもデジタル化が良い点ばかりでもありません。

デジタルでも、アナログでも記録をある規格性をもって撮影することが重要である点は全く変わりません。患者さんには、直接関係の無いようなことですが、理屈を理解した上で受診していただくと、我々の仕事をより高いレベルでご理解いただけると思います。

真っ当な臨床家は、X線での記録を大切にしています。皆さんもお口の中を撮影されたことがおありだと思いますが、術前術後の比較ができるようにある程度の基準を設けて撮影することが必要です。


ホルダー

これは、デンタルフィルム(3×4センチほどのフィルム)を保持してお口の中に噛んで位置づけるホルダーです。このホルダーで以下のような位置づけをして撮影することで規格性のある撮影が可能です。



ホルダー位置づけ

撮影用のホルダーの正しい位置づけ(○の方が正しい位置づけ)で、歪まない正しく規格性のある撮影ができます。未だに、フィルムを手指で押さえて撮影させている医院も多いようですが、歪んで正しい記録とはなりません。正しい医療機関は、上のようなホルダーを使用しています。

*歯内療法の治療途中で撮影する際は、ホルダーが使用できない場合もあります。この場合は、手指で押さえることも希にあります。


14枚法

これは14枚法という、お口の中を分割して撮影する方法です。勝手にフィルムを分割するのではなく、それぞれ基準を設けて分割します。上の写真は、その分割の基準を示しています。

*智歯が無い場合など臼歯部で1づつ省いた10枚法も多用されます。


・・・・


すでに、先日のブログで書いている症例ですが、以下にそのとき提示した10枚法でのX線写真を再度載せます。

術前X-RAY

初診時のひどい状態(詳しくは前のブログ参照)

歯内療法がなされていない点に注目

X線撮影すると行われた治療の状態がすべて見えてしまいます。

初診時に、各患者さんの過去の治療が一目で解ってしまうのです。不良な治療を見つけても、単に過去の担当医を非難するようなことは倫理的ではありませんが、治療する必要性がある場合、不良な現状は正確にお伝えせざるを得ません。


final X-ray

私が治療した後の(メインテナンス前の)状態

歯内療法が正しく行われた点に注目

上の2つの写真を比較できるのは、ある程度の規格性を持って撮影したからです。全く規格性がない方法では、術前術後の細かい比較ができません。


上下6前歯比較 X-ray

歯のカタチが変わったため、術前術後で正確な位置づけの再現ができませんでしたが、ホルダーによる規格性があったので、かなり比較しやすくなりました。歯内療法による治療効果は、根尖病巣の縮小や消退でわかります。


・・・


ここで、良い医院選択のキーポイントです。

臨床写真と同じで、正しい医療機関では規格性を持って正しく撮影したモノをきちんと保管しています。撮影したフィルムが汚かったり、保管が悪い医院は、ろくな診療をしていないと思います。


 

 X線画像は、臨床家の仕事をうつす鏡です。












(11:41)