2009年01月22日

現在、医療のトピックとして一番注目を集めている分野が「再生医療」です。歯科界でも、歯周組織再生をねらったエムドゲイン(エナメル基質蛋白の商品名)による再生療法が90年代後半に一般臨床で応用されるようになりました。

それまでも、ゴアテックス膜などを介在させて組織の治癒過程のスピードをコントロールすること、すなわち上皮の根尖側方向への増殖をブロックし、セメント質の再生(新生)と歯根膜線維を再生することで、失われた歯周組織を再生させる方法(GTR法)は有りました。ところで、エムドゲインによる歯周組織再生法では、より胎生学的な組織構築の過程を再現することに因る、より真の組織に近い再生をねらうモノとして大変エポックメイキングでした。

私は、スウェーデン・デンタル・センター弘岡秀明先生と共に、臨床医に対する初期のガイド役として、文献を何編も書き、この組織再生に関する本邦初の教科書を執筆しました。当時、私自身も初めて接する分野であったため一から勉強し,共著者が執筆を私に丸投げしたこともあって、やっとの思いで教科書を作り上げました。

ココにお見せするのは、エナメル基質蛋白であるエムドゲインを使用して歯周組織を再生させた典型的な症例のうちの一つです。私が、この療法に関して精通していることを知ったある先生から患者さんを紹介されて、この療法を試みたのです。以下、20代後半の男性患者にエムドゲインによる歯周組織再生療法を試みた症例です。



[ 症例 M.F. ]

五枚法


初診時の口腔内5枚法写真です。

問題となるのが、左側下顎第一大臼歯の近心部です。
ポケットが8ミリBOP(+)、歯槽骨はクサビ状吸収しています。



術前


術前の手術部の写真

全顎のスケーリング&ルートプレーニング(口全体の歯石可能な限り除去)を行いました。
*原因除去療法を行ったわけです。紹介者である担当医がいるので、補綴物・充填物には一切触れませんでした)。

この後、この療法を行ったのです。


reflection


歯肉への切開後、歯肉を剥離して骨欠損部の炎症性結合組織を十分除去、根面のルートプレーニングをしたところ。

第一大臼歯の近心に骨欠損部が現れています。


欠損部図示・reflectionと同じ写真で


写真の角度の問題で,骨の欠損部が解りずらいのですが、黄色斜線部に深さ約4ミリ、幅2ミリ以上の深い骨欠損があります。まさに、典型的なエムドゲインの適応症といえます。


EDTAゲルで清掃


近心根面を十分にスケーリング&ルートプレーニングした後、根面へEDTAジェル(PrefGel™)を塗布し、根面の脱灰による清掃とコンディショニングを行いました。


・根表面に残存する恐れがある内毒素などの再生阻害因子の除去
・脱灰によるコラーゲン構造の骨格露出による再生担当細胞の遊走(chemotaxis:細胞を誘引する働き)をうながすこと

以上の2つの目的のためEDTAゲルを塗布しました。

洗浄中


EDTAジェルを生理的食塩水で洗浄しているところです。


エムドゲイン塗布


根面が完全に清掃されたところで、エムドゲインのゲルをシリンジで注入・塗布しているところです。


縫合


ナイロンの糸で、変法マットレス縫合という方法で縫合し終わったところです。

完全に手術部が閉鎖されて、抜糸までほどけないようにします。


抜糸前


10日後、抜糸前の状態

縫合直後と基本的な外観には変化がありません。

抜糸後


抜糸直後

この後、6週間ほど手術部は歯ブラシは避けて、洗口剤で洗口してもらいました。
またこの間、歯肉縁上のポリッシングを2週に1回行いました。
このように、初期の再生治癒を妨げないように、歯肉に機械的刺激を与えずに清掃することが必要です。



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この結果、次のようなX線上での骨や歯周組織の再生を確認できました。

骨の時間的成長


術前〜6ヶ月(6Ms)〜1年6ヶ月(1.5Y)後と、時間経過と共に骨(歯周組織)の再生が変化してゆく過程が解ります。

6ヶ月(6Ms)の時点では、まだ、歯槽骨の石灰化度が低いため明瞭な骨の再生を現していません。一方、1年6ヶ月(1.5Y)後には、歯根膜組織の再生を現す明瞭な白線を伴う骨組織が現れています。エムドゲインにおける再生療法では、単に歯槽骨ができるのみならず、セメント質の新生を伴った歯根膜組織の再生が生じているのです。これは、一般的歯周外科手術では果たせません。故に、エムドゲインによる歯周再生療法の意義があります。

・・

歯周再生療法を行うに当たって、十分な初期治療(スケーリング&ルートプレーニングなどを含む原因除去療法)が行われる必要があります。原因除去療法によりある程度の治癒を得た結果、まだ残っている深いポケットを伴う骨欠損で適応症に当てはまる部位に、この療法が試みられて初めて成功への第一段階をクリアしたことになります。手術は、上に提示したような臼歯部の場合では、歯周外科手術に関するスキルが要求されます。

この再生法は、基本的歯周治療をルーティーンで行っている医院でないと難しいと考えています。また、多くの先生のお話では、初期治療を行わないで直接行っているようなことも耳にしますが、それでは無理です。この再生法の本質を理解していない人があまりにも多いことは嘆かわしい次第です。

多くの医院ホームページで、「当院ではエムドゲインによる再生療法ができる」と宣伝されていますが、本当にこの療法をやりこなすだけの見識と技量をもった先生は,私の観たところそんなに多くはないと思います。それは先に書いた様なことで、本質を理解できていない先生が多いからです。簡単にそういった”宣伝”を信じず、見識と技量のある先生に診てもらうようにしてください。



エムドゲインの手術風景です。良かったらご覧下さい(解説は英語です)。




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「 エムドゲインについて 」

エナメル基質蛋白は、胎生期にヒトの歯胚内で分泌される蛋白で、アメロジェニン(amelogenin)が主成分です。製品化するにあたり、ヒトの胎生期の蛋白を採取するわけにはいかないので、ブタの歯胚から採取・精製しています。もう、全世界で100万件以上の手術が行われ、問題は起こっておりません(感染対策など施されています=ご安心下さい)。このように精製されて商品化されたエナメル基質蛋白が、エムドゲイン(EMDOGAIN)です。スウェーデンのBiora社から発売されています。

エムドゲインの主成分といえるアメロジェニンは、歯牙のエナメル質形成に関与しており、また、歯周組織のセメント質の形成など歯根膜組織を形成する際に働くことも解っています。換言すると、エムドゲインを使用した歯周組織再生療法は、この性質を使用して歯周組織を再生させるように考えられた療法です。


「 細胞外マトリックスについて 」

エムドゲインの主成分であるアメロジェニンは、いわゆる細胞外マトリックス(Extracellular matrix:ECM=細胞外基質)の一種です(*)。ECMとは、細胞の間にコラーゲン線維などの骨格形成(足場)をしているモノと共に存在して、細胞を支持したり、細胞に栄養したり、細胞の移動を容易にしたり、細胞に”シグナル”といわれる(信号の様な)指示を与える役目を担っています。

*アメロジェニンは、歯周組織や歯胚に限局して存在し、存在時期も限定されるため、一般的にはECMとして語られません。しかし、その役割・働き等からココでは細胞外マトリックスとして分類しました。

シグナルによって、ある種の細胞を作業現場にリクルートして、組織や器官形成の一部の仕事を担当させます。歯周組織の場合は、残存歯周組織から細胞がリクルートされて再生が開始すると思われています。形成する対象に応じて、形成に役立つ専門の細胞がリクルートされます。

ある仕事に特化した働きをする専門の細胞は”分化した細胞”といわれます。一方、仕事内容が定まっていない専門家ではなく素人の細胞を”未分化な細胞”といいます。歯周組織再生では、歯根膜から未分化な細胞(
未分化間葉細胞)がECMなどのシグナルを受け、分化して線維芽細胞などになり再生を始めると考えられています。また、現場では指示を与えられた細胞達がさらに隣接する組織構造を作る細胞を呼び寄せて、次々に組織が再生してゆくものと考えられています。

このECMにはいろいろな種類があり、女性にお馴染みの保湿成分であるヒアルロン酸も一種のECMです。お肌の表皮は、角化層の下に細胞が敷き詰められていますが,その下層に細胞がまばらなコラーゲン線維やヒアルロン酸などECMが豊富な”結合組織”が存在して、これが表皮を支持しています。ヒアルロン酸の保湿効果は、このECMが水分を抱え込む性質に因ります。また、肌の弾力があるのは、この層のおかげです。さらに、老化の実態は、ECMの存在が減ったり,バランスが悪くなったモノといえます。

ところで、このECMが最近の再生医療の一番ホットな分野でもあるのです。先日、あるTV番組でも特集されたのですが、指先が切断されたヒトの傷口に、ブタの膀胱内皮から抽出したECMを連続して毎日塗布したところ、4週間で完全に指先が再生されたという驚くべきモノでした。私も、興味深くこの番組を観ていました。後日、信憑性のある文献を調べたらこれが真実であることが書かれていました。

エムドゲインでも、こういったECMによる再生が使われていたことになります。エナメル基質蛋白というECMは、89年に研究がスタートしたそうですから、ECMを使用した再生医療では、医科の再生医療に先んじてパイオニアといえます。今後、さらに臨床成績が良い確実な再生方法が発見されることを切に願っています。








(16:53)

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